気管・気管支 pdf/978-4-7849...気管・気管支 前面 1 1+2 1 1+2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8...

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気管・気管支 前面 1 1 1+2 1+2 2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8 8 9 9 10 10 7 9 9 10 10 後面 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち,右 肺が 3 葉,左肺が 2 葉に分かれるのは,それぞれが 3 本と 2 本の葉気管支を持つことによる。 葉気管支は各葉でそれぞれ数本の枝に分かれ,肺葉内の 一定の領域に分布する。この気管支を区域気管支segmen- tal bronchi と呼び,その分布領域のことを肺区域 broncho- pulmonary segments という。右肺は10 区域,左肺は8 区域 に分けられるs。肺区域には固有の区域気管支とそれに伴 う動脈が分布し,肺の基本的な構成単位とみなされる。し たがって肺区域を理解することは,X 線写真やCT,気管支 鏡による診断や外科手術においてきわめて重要となる。 区域気管支は,右上葉と左上葉の上区域枝を除き,基本 的に鋭角に分岐する。区域気管支の枝もごく一部を除き, 鋭角に分岐する。これらの分岐角度は,腫瘍やリンパ節腫 脹など,壁内外の病変があると鈍化する。 右主気管支は気管分岐部より約 2cm の位置,すなわち 肺に進入する直前に,まず右上葉気管支を出す。 右上葉:右上葉気管支は肺内で外上方へ走り,肺尖枝 B 1 ),後上葉枝(B 2 ),前上葉枝(B 3 )の 3 本の区域気管支に 分かれ,それぞれの区域をつくる。 右中葉:右上葉気管支分岐部の約 2cm 下方で右中葉気 管支が分岐する。右中葉気管支は前外方に向かい,外側中 葉枝(B 4 )と内側中葉枝(B 5 )の 2 本の区域気管支に分かれ, それぞれの区域をつくる。 右下葉:右主気管支は右中葉気管支を出したのち,さら に後下方へ進み右下葉気管支となる。ここからまず上葉枝(B 6 )が分かれ,上下葉区をつくる。次いで肺底部へ 向かって順に内側肺底枝(B 7 ),前肺底枝(B 8 ),外側肺底 枝(B 9 ),後肺底枝(B 10 )が分かれ,それぞれ横隔膜と接す る肺区域をつくる。 左主気管支は気管分岐部より約 5cm の位置,すなわち 肺内に進入した後に,上下の葉気管支に分かれる。 左上葉:左上葉気管支は直ちに上下の 2 枝に分かれ,上 方の枝は肺尖後枝(B 1+2 )と前上葉枝(B 3 )に,下方の枝は上 舌枝(B 4 )と下舌枝(B 5 )に分岐して各区域をつくる。 左下葉:左下葉気管支はまず上下葉枝(B 6 )を後方へ出 したのち肺底部へ向かい,順に前肺底枝(B 8 ),外側肺底枝 B 9 ),後肺底枝(B 10 )を分岐する。心臓が張り出している ために,内側肺底枝(B 7 )とそれに対応する内側肺底区は欠 けていることが多い。 気管支 はそれぞれ一定領域分布 して, 肺葉 肺区域づくる d 肺区域;前面と後面 16

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Page 1: 気管・気管支 PDF/978-4-7849...気管・気管支 前面 1 1+2 1 1+2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8 8 9 9 10 10 7 9 9 10 10 後面 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち

気管・気管支

前面

1 11+21+2

2 2

3 33

44

4

4

5

66

5

8 8

99

10 10

7 99 1010

後面

 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち,右肺が3葉,左肺が2葉に分かれるのは,それぞれが3本と2

本の葉気管支を持つことによる。 葉気管支は各葉でそれぞれ数本の枝に分かれ,肺葉内の一定の領域に分布する。この気管支を区域気管支segmen-

tal bronchiと呼び,その分布領域のことを肺区域broncho-

pulmonary segmentsという。右肺は10区域,左肺は8区域に分けられるs。肺区域には固有の区域気管支とそれに伴う動脈が分布し,肺の基本的な構成単位とみなされる。したがって肺区域を理解することは,X線写真やCT,気管支鏡による診断や外科手術においてきわめて重要となる。 区域気管支は,右上葉と左上葉の上区域枝を除き,基本的に鋭角に分岐する。区域気管支の枝もごく一部を除き,鋭角に分岐する。これらの分岐角度は,腫瘍やリンパ節腫脹など,壁内外の病変があると鈍化する。

 右主気管支は気管分岐部より約2cmの位置,すなわち肺に進入する直前に,まず右上葉気管支を出す。 右上葉:右上葉気管支は肺内で外上方へ走り,肺尖枝(B1),後上葉枝(B2),前上葉枝(B3)の3本の区域気管支に分かれ,それぞれの区域をつくる。

 右中葉:右上葉気管支分岐部の約2cm下方で右中葉気管支が分岐する。右中葉気管支は前外方に向かい,外側中葉枝(B4)と内側中葉枝(B5)の2本の区域気管支に分かれ,それぞれの区域をつくる。 右下葉:右主気管支は右中葉気管支を出したのち,さらに後下方へ進み右下葉気管支となる。ここからまず上—下葉枝(B6)が分かれ,上—下葉区をつくる。次いで肺底部へ向かって順に内側肺底枝(B7),前肺底枝(B8),外側肺底枝(B9),後肺底枝(B10)が分かれ,それぞれ横隔膜と接する肺区域をつくる。

 左主気管支は気管分岐部より約5cmの位置,すなわち肺内に進入した後に,上下の葉気管支に分かれる。 左上葉:左上葉気管支は直ちに上下の2枝に分かれ,上方の枝は肺尖後枝(B1+2)と前上葉枝(B3)に,下方の枝は上舌枝(B4)と下舌枝(B5)に分岐して各区域をつくる。 左下葉:左下葉気管支はまず上—下葉枝(B6)を後方へ出したのち肺底部へ向かい,順に前肺底枝(B8),外側肺底枝(B9),後肺底枝(B10)を分岐する。心臓が張り出しているために,内側肺底枝(B7)とそれに対応する内側肺底区は欠けていることが多い。

気管支の枝はそれぞれ一定の領域に分布して,肺葉と肺区域を形づくる

d肺区域;前面と後面

1 6

Page 2: 気管・気管支 PDF/978-4-7849...気管・気管支 前面 1 1+2 1 1+2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8 8 9 9 10 10 7 9 9 10 10 後面 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち

右肺:内側面

気管支:前面

左肺:内側面

左肺:外側面

気管支:後面

右肺:外側面

1+2

1+2

1+2

1+2

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66

6

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10

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3

4

4

5

5

88

99 7

66

10

10

1010

s肺区域

f肺区域;内側面と外側面

肺区域 分布 肺区域 分布

右上葉

S1 肺尖区 肺尖と上縦隔周囲

左上葉

S1+2 肺尖後区 肺尖と上縦隔周囲および後方から外側域 上1/3S2 後上葉区 後方から外側域 上1/3

S3 前上葉区 前方から外側域 上1/2 S3 前上葉区 前方から外側域 上1/2

右中葉

S4 外側中葉区 前方の外側域 下1/2 S4 上舌区 前方から外側域 中1/4

S5 内側中葉区 前方の内側域 下1/2 S5 下舌区 前方から内側域 下1/4

右下葉

S6 上‒下葉区 下葉上部,背側中央1/3

左下葉

S6 上‒下葉区 下葉上部,背側中央1/3

S7 内側肺底区 肺底部内側S8 前肺底区 肺底部前方の外側域 S8 前肺底区 肺底部前方の外側域S9 外側肺底区 肺底部後方の外側域 S9 外側肺底区 肺底部後方の外側域S10 後肺底区 肺底部後方 S10 後肺底区 肺底部後方

1 7

Page 3: 気管・気管支 PDF/978-4-7849...気管・気管支 前面 1 1+2 1 1+2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8 8 9 9 10 10 7 9 9 10 10 後面 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち

血液によるガス運搬

 ヘモグロビンの酸素解離曲線は定常状態でS字曲線を描く。このためヘモグロビンは,酸素分圧の高い肺ではより多くの酸素と結合し,酸素分圧の低い末梢組織ではより多くの酸素を放出する。酸素解離曲線は,①血液のpHおよび②CO2濃度,③体温,④赤血球の2, 3 -BPG濃度の影響を受けて偏位する。

pHの低下,CO2の増加,温度の上昇は,ヘモグロビンから酸素を離れやすくする 血液中の水素イオン(H+)濃度が高くなると,すなわちpHが低くなると,水素イオンはヘモグロビンに結合し,下式の反応は右向きに進む。

H++HbO2 + H・Hb+O2

水素イオンの結合したヘモグロビンは立体構造が変化して,酸素親和性が低下する(アロステリック効果)。その結果,酸素解離曲線は右にシフトする。P また,血液中のCO2濃度が高くなると,赤血球中に存在する炭酸脱水酵素の働きでH+とHCO3

‒が生成され(F),

水素イオン濃度が増加する。また,CO2分子自身は4量体のグロビン蛋白分子のいずれかのN末端バリンのα-アミノ基にカルバミノ結合し(F),アロステリック効果により酸素解離曲線を右にシフトさせる。 このようにH+(CO2)によってヘモグロビンの酸素解離曲線が右にシフトすることをボーア効果Bohr effectという(1904年にKroghとの共著でこの現象を初めて報告したのがChristian

Bohrで,原子物理学のパイオニアNiels Bohrの父である)。ボーア効果により,同じ酸素分圧でも酸素飽和度は低下し,酸素はヘモグロビンから離れやすくなる。 代謝が活発な組織ではCO2が多く産生され,pHは低下する。酸素不足の状態では嫌気的解糖が行われるため乳酸が蓄積し,pHはさらに低下する。このような場所でヘモグロビンはボーア効果により,結合していた酸素を放出する。また,活発な代謝により組織の温度が高くなると,酸素はさらにヘモグロビンから離れやすくなる。こうして毛細血管血の酸素分圧が増加し,低酸素状態の組織に,より多くの酸素を供給することができる。{ 一方,肺では血液中からCO2が排出され,CO2分圧と水

酸素飽和度(%)

0

10

20

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10 20 30 40 50 60 70 80 90 110100

PO2(Torr)

肺胞気

CO2 乳酸

ヘモグロビン

赤血球

活動中の筋肉

ミオグロビン

pH低下

組織温度上昇

動脈血静脈血活動中の筋肉

強度の運動

pH低下によるO2放出分

pH 7.4(PCO2=40 Torr)

ミオグロビン

ヘモグロビン

ボーア効果

pH 7.2(PCO2=60 Torr)

ミオグロビンに酸素を渡す

放出された酸素はミオグロビンが保持する

ヘモグロビンの酸素親和性低下

代 謝

酸素放出

酸素飽和度(%)

0

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10 20 30 40 50 60 70 80 90 110100

PO2(Torr)

肺胞気

CO2 乳酸

ヘモグロビン

赤血球

活動中の筋肉

ミオグロビン

pH低下

組織温度上昇

動脈血静脈血活動中の筋肉

強度の運動

pH低下によるO2放出分

pH 7.4(PCO2=40 Torr)

ミオグロビン

ヘモグロビン

ボーア効果

pH 7.2(PCO2=60 Torr)

ミオグロビンに酸素を渡す

放出された酸素はミオグロビンが保持する

ヘモグロビンの酸素親和性低下

代 謝

酸素放出

血液のpH低下やCO2増加は,ヘモグロビンから酸素を離れやすくする

P酸素解離曲線に与えるpH,CO2の影響(ボーア効果) {末梢組織への酸素の供給血液中のpHの低下,あるいはPCO2の増加による酸素解離曲線の右方移動をボーア効果と呼ぶ。つまり,同じ酸素分圧で酸素飽和度は低下し,Hbに結合していた酸素は放出される。PCO2の増加によるボーア効果は,同時に起こるpH低下によるものと,CO2のヘモグロビンへの直接作用の双方による。

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Page 4: 気管・気管支 PDF/978-4-7849...気管・気管支 前面 1 1+2 1 1+2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8 8 9 9 10 10 7 9 9 10 10 後面 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち

酸素飽和度(%)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

10 20 30 40 50 60 70 80 90 110100

PO2(Torr)

Hb:BPG = 2:3

Hb:BPG = 2:1

BPGなし

C O-

C OPO32-

C

H

2,3-ビスホスホグリセリン酸

OPO32-

H

O

H

β鎖

His

His

His

His

Lys

Lys

2,3-BPGValVal

β鎖

}酸素解離曲線に与える2,3-BPGの影響 A 2,3-BPGとデオキシヘモグロビンの結合2,3-BPG(マイナス荷電)は,ヘモグロビンβ鎖のアミノ基(プラス荷電)と結合して,2本のβ鎖間に架橋を形成する。これがヘムポケットの入口部をふさぎ,酸素の結合を妨げる。

素イオン濃度が低下する。このため,酸素解離曲線は左にシフトし,酸素はヘモグロビンに結合しやすくなる。また,肺胞気と肺胞毛細血管血との酸素分圧差を大きく保てるので,拡散による酸素運搬量も増加する。

赤血球の2,3-BPGは,毛細血管血でのデオキシヘモグロビンと酸素の再結合を防ぐ 2,3-ビスホスホグリセリン酸 2,3 -bisphosphoglycerate ;

2, 3 -BPG(2, 3 -diphosphoglycerate ; 2, 3 -DPGと同じ)は赤血球内の嫌気的解糖の中間産物で,低酸素状態で増加する。ヘムには結合しないが,ヘモグロビン分子に対して酸素と競合関係にあり,酸素解離曲線を右にシフトさせる}。高所や肺疾患などで低酸素血症になると,1日程度で2, 3 -BPG濃度は増加する。 2, 3 -BPGはデオキシヘモグロビンの2本のβ鎖の間に入り込み,酸素が結合するヘムポケットの入口をふさぐA。つまり,末梢組織で酸素を放出したデオキシヘモグロビンをT型のまま安定化し,酸素の再結合を防ぐ。肺でヘモグロビンがR型に戻ると,2本のβ鎖が接近し,2, 3 -BPGは

押し出され,再び酸素が結合しやすくなる。

ミオグロビンは放出された酸素を筋組織にキープする ミオグロビンmyoglobinはヘモグロビンと同様のヘム蛋白質であるが,単量体であり,酸素1分子と結合する。ヘモグロビンに比べ酸素親和性が高く,またヘモグロビンと異なりアロステリック効果を示さない。したがって,ミオグロビンの酸素解離曲線はヘモグロビンよりも左寄りに双曲線を描く。P ミオグロビンは筋組織に存在し,持続的に収縮して姿勢を維持する骨格筋に特に多く分布する。これらの筋が肉眼で赤っぽく見え「赤筋」と呼ばれるのは,ミオグロビンの赤味のためである。 活動中の筋組織のPO2は約20 Torrまで低下する。このような低酸素状態でも,ヘモグロビンから解離した酸素はほとんどのミオグロビンに結合し,筋細胞内に一時的に保持される。さらに強度・長時間の運動の結果,筋組織のPO2が 5 Torr以下になると,ミオグロビンは酸素を放出して筋細胞に供給する。

4 3

Page 5: 気管・気管支 PDF/978-4-7849...気管・気管支 前面 1 1+2 1 1+2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8 8 9 9 10 10 7 9 9 10 10 後面 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち

肺と呼吸運動

肺尖

【右肺の内側面】

肺尖

【左肺の内側面】

【縦隔を右方から見る】 【縦隔を左方から見る】

食道の圧痕

奇静脈の圧痕

肺門リンパ節

気管支動脈

肺間膜中葉

肺門

上葉

PV

PV

BPA

PV

PV

BPA

PV

PVPV

PVPV

PV

BB

BB

PA PA PAPA

下葉

右鎖骨下動脈の圧痕

右腕頭静脈の圧痕

奇静脈

下大静脈食道神経叢

心膜横隔動静脈

横隔膜横隔膜

食道神経叢

大内臓神経

肋間動静脈と肋間神経

肋間動静脈と肋間神経

交感神経幹

右上肋間静脈

食道左総頚動脈

鎖骨と鎖骨下筋

左鎖骨下静脈

前斜角筋

大動脈弓

左腕頭静脈

横隔神経

胸骨柄

胸骨体

胸腺

気管

右迷走神経

第1肋骨

1

2

3

4

5

1

2

3

4

5

胸膜上膜

第1肋骨

食道

胸管

左上肋間静脈

左迷走神経

反回神経

動脈管索

交感神経幹

気管支動脈

肺門リンパ節

肺間膜

副半奇静脈

食道動脈

半奇静脈

大内臓神経

胸膜上膜腕神経叢 腕神経叢右鎖骨下動脈 左鎖骨下動脈

前斜角筋

右鎖骨下静脈

右腕頭静脈

左腕頭静脈

上大静脈

上行大動脈

横隔神経

胸腺

壁側胸膜

壁側胸膜

心膜横隔動静脈

鎖骨と鎖骨下筋

上大静脈の圧痕

前縁

心圧痕

水平裂

下大静脈の圧痕肺底(横隔面) 下縁

気管の圧痕

下葉

大動脈弓の圧痕

前縁

心圧痕

心切痕

肺底(横隔面)大動脈の圧痕食道の圧痕 下縁

左鎖骨下動脈の圧痕

左腕頭静脈の圧痕

斜裂斜裂

斜裂斜裂

肺門

PV

PVB

PA

PV

PVB

PA

上葉

気管支や血管は肺門から肺に出入りする∞ 肺の内側面のほぼ中央に,気管支・血管・リンパ管・神経が肺に出入りする部位があり,肺門hilum of lungという。肺門は第5~7胸椎の高さにあり,右肺では右心耳の上方で上大静脈の後方に,左肺では大動脈弓直下で下行大動脈の前方に位置している。 肺門では原則として肺静脈が前方にあり,その後方に肺動脈と気管支がある。これら肺に出入りするものは結合組織で束ねられ,肺根 root of lungと呼ばれる。肺の表面を覆う肺胸膜は,肺門で反転して肺根を包んだ後に壁側胸膜に移行する。その際,肺の前面と後面からの胸膜は肺門の下方で合わさって細長いヒダを作る。これを肺間膜pulmo-

nary ligamentという。 肺の内側面には,縦隔内のさまざまな構造物に押されてできた特有の圧痕が認められる。なかでも心臓によって作られた心圧痕cardiac impressionは特徴的であり,左右とも内側面の前下方に認められるが,特に左肺で著しい。

胸部X線写真は,肺や縦隔の異常を知る上で重要である 胸部X線写真§を見てみよう。肺そのものは空気を多く含むため,X線はほとんど吸収されずに透過してしまう(写真には黒く写る)。この黒い領域を肺野といい,正常では血管や気管支の影がかすかに見られるのみである。 一方,周囲の構造はX線透過性が低いため白く写る。縦隔の陰影は正面像で右に2つ,左に4つの膨らみを形づくる。これらは心臓および大血管の作る影である。 横隔膜は通常,第10肋骨後部と第6肋骨前部の陰影の交点の高さにある。ドーム状に挙上しており,側方は肋骨横隔洞となって落ち込んでいるのが認められる。 肺門部にみられる影は肺動静脈および太い気管支によるもので,肺門陰影という。正常では左の肺門陰影は右より1~2cm高い位置にある。これは,左肺動脈が左主気管支を乗り越えるためである。癌や結核,サルコイドーシスなどの疾患では肺門リンパ節(<)が腫脹し,肺門部に異常陰影を認めることがある。

肺の内側面は多くの構造物に接している

∞肺の内側面とそれに対応する縦隔の側面

B : 気管支PA : 肺動脈PV : 肺静脈

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Page 6: 気管・気管支 PDF/978-4-7849...気管・気管支 前面 1 1+2 1 1+2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8 8 9 9 10 10 7 9 9 10 10 後面 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち

1

2

1

2

3

4

右横隔膜

左横隔膜

肋骨横隔洞肋骨横隔洞

気管

大動脈弓

気管支

§胸部X線写真  縦隔陰影(白線)と肺門陰影(赤線)

正面像 側面像

右第1弓:上大静脈 左第1弓:大動脈弓右第2弓:右心房 左第2弓:肺動脈幹 左第3弓:左心房 左第4弓:左心室

肺尖

【右肺の内側面】

肺尖

【左肺の内側面】

【縦隔を右方から見る】 【縦隔を左方から見る】

食道の圧痕

奇静脈の圧痕

肺門リンパ節

気管支動脈

肺間膜中葉

肺門

上葉

PV

PV

BPA

PV

PV

BPA

PV

PVPV

PVPV

PV

BB

BB

PA PA PAPA

下葉

右鎖骨下動脈の圧痕

右腕頭静脈の圧痕

奇静脈

下大静脈食道神経叢

心膜横隔動静脈

横隔膜横隔膜

食道神経叢

大内臓神経

肋間動静脈と肋間神経

肋間動静脈と肋間神経

交感神経幹

右上肋間静脈

食道左総頚動脈

鎖骨と鎖骨下筋

左鎖骨下静脈

前斜角筋

大動脈弓

左腕頭静脈

横隔神経

胸骨柄

胸骨体

胸腺

気管

右迷走神経

第1肋骨

1

2

3

4

5

1

2

3

4

5

胸膜上膜

第1肋骨

食道

胸管

左上肋間静脈

左迷走神経

反回神経

動脈管索

交感神経幹

気管支動脈

肺門リンパ節

肺間膜

副半奇静脈

食道動脈

半奇静脈

大内臓神経

胸膜上膜腕神経叢 腕神経叢右鎖骨下動脈 左鎖骨下動脈

前斜角筋

右鎖骨下静脈

右腕頭静脈

左腕頭静脈

上大静脈

上行大動脈

横隔神経

胸腺

壁側胸膜

壁側胸膜

心膜横隔動静脈

鎖骨と鎖骨下筋

上大静脈の圧痕

前縁

心圧痕

水平裂

下大静脈の圧痕肺底(横隔面) 下縁

気管の圧痕

下葉

大動脈弓の圧痕

前縁

心圧痕

心切痕

肺底(横隔面)大動脈の圧痕食道の圧痕 下縁

左鎖骨下動脈の圧痕

左腕頭静脈の圧痕

斜裂斜裂

斜裂斜裂

肺門

PV

PVB

PA

PV

PVB

PA

上葉

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Page 7: 気管・気管支 PDF/978-4-7849...気管・気管支 前面 1 1+2 1 1+2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8 8 9 9 10 10 7 9 9 10 10 後面 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち

肺と呼吸運動

横隔膜

大脳皮質

随意制御(会話,情動など)

迷走神経

横隔神経

肋間神経

外肋間筋の筋紡錘

ここからの求心性インパルスは肋間神経を介して反射的に収縮を起こす

DRG:孤束核に分布IX・Xの入力を統合する

VRG:疑核とその上下に分布ほぼ延髄の全長を占める

呼息筋,吸息筋へは相反する信号が送られる

頚髄C3-5

胸髄Th1-11

橋呼吸中枢

VRG DRG

気管支平滑筋の伸展受容器

ここからの求心性インパルスはDRGを抑制する(Breuer-Hering反射)

肺胞壁のJ受容器間質液の増加を感知し,DRGに刺激を送る

延髄の呼吸中枢が自発的な呼吸のリズムをつくり出す† 呼吸の基本的なリズムは延髄で形成される。延髄には,①孤束核に密集する背側呼吸ニューロン群dorsal respira-

tory group ; DRGと,②疑核とその周囲に密集する腹側呼吸ニューロン群ventral respiratory group ; VRGとがある。これらを含む無意識下で呼吸の維持・調節を司る下部脳幹内のニューロン群を総称して呼吸中枢と呼ぶ。 肺・上気道・胸郭に存在する知覚受容器や,頚動脈小体などの化学受容器(π)からの信号は,DRGに入力され統合される。DRGからの信号はVRGに伝達され,VRGから頚髄横隔神経核を介して横隔膜を収縮させ,また肋間神経を介して肋間筋や腹筋などの補助呼吸筋にも吸息および呼息の信号を送っている。VRGからDRGへの逆の伝達はないとされ,DRGが末梢からの入力の統合を行うと考えられている。発生学的にはVRGのほうが古く,魚などの鰓呼吸では重要な役割を果たしている。DRGは,のちに空気呼吸をするようになってから発達してきたと推測される。 呼吸リズムは橋—延髄間を切断しても維持されるが,延髄—上位頚髄間を切断すると消失することから,呼吸リズ

ムは延髄で形成されることが分かる。現在有力な説によれば,VRGの一部(pre-Bötzinger complex)で基本的な呼吸リズムが作られているという(このリズムはあえぎ呼吸のリズムで,正常な呼吸リズムではないとの批判もある)。また,延髄橋境界部にある後台形核(retrotrapezoid nucleus ; RTN)および傍顔面神経核領域(parafacial respiratory group ; pFRG)〔RTN/pFRG〕のリズム形成も注目されている。リズムの発生機序については,特定の細胞群がペースメーカーになり生じるとするペースメーカー説と,複数の細胞群のネットワークによって形成されるとする神経回路説とがある。 古典的には,橋の下部2/3に強い吸息のドライブを送る持続性吸息中枢apneustic centerがあり,橋の上部に規則正しい呼吸リズムをつくるように働く呼吸調節中枢pneu-

motaxic centerがあるとされている。延髄で形成されたリズムは橋からの修飾を受け,正常な呼吸リズムが形成されると考えられる。 このように呼吸運動は主に延髄と橋で調節されるが,それ以外に間脳や視床下部,小脳などの影響も当然受けている。たとえば感情による呼吸の変化,発熱時の過呼吸,運

呼吸運動の中枢は脳幹にある

†呼吸の神経性調節

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Page 8: 気管・気管支 PDF/978-4-7849...気管・気管支 前面 1 1+2 1 1+2 2 3 3 3 4 4 4 4 5 6 6 5 8 8 9 9 10 10 7 9 9 10 10 後面 肺は気管支の分岐に対応して区分される。すなわち

呼吸中枢から

胸髄

骨格筋

γαⅠa

筋紡錘(結合組織のカプセルに包まれている)

錘内筋線維

錘外筋線維

下喉頭神経

咽頭枝

下神経節

上神経節

下頚心臓枝

肺神経叢

気管支枝

食道神経叢

上喉頭神経

上頚心臓枝

反回神経

胃・肝・腎へ

延髄から

気管枝 反回神経

食道枝

頚静脈孔

ø筋伸展(伸張)反射 〔第Ⅷ巻参照〕

筋紡錘は結合組織に包まれ,一次終末(Ⅰa線維)と二次終末(Ⅱ群感覚線維)の感覚神経終末がある。筋紡錘が伸展されると神経インパルスの発射が増加し,筋紡錘が存在する筋を反射的に収縮させ,拮抗筋を弛緩させる。γ運動ニューロンは筋紡錘そのものを収縮させ,感覚神経のインパルス発射を増加させ,間接的に筋を収縮させる。このように,筋紡錘とその反射経路は筋の長さを調節するフィードバック機構を有し,一般には呼吸運動よりも主に姿勢制御に関与していると考えられている。

動時の呼吸調節などは,延髄・橋以外にも支配されている。また,呼吸運動は不随意運動であるとともに随意運動でもあり,大脳の運動野からの信号が錐体路を経由して,随意的な呼吸運動を起こすことができる。

◉オンディーヌの呪い

呼吸の不随意運動が障害される疾患で,睡眠時に呼吸停止をきたす。頚髄・脳幹の手術後や脳炎後に発症した例が報告されている。「人間の男と結婚した水の精オンディーヌが,夫の不実を恨んで呪いをかけ,夫は眠りに落ちると同時に呼吸が止まって死んだ」という民話から名付けられた。

末梢神経からの信号が呼吸運動を補助的に調節する 呼吸器の各所には知覚受容器が配置され,その刺激は末梢神経(迷走神経¥)を介して呼吸運動を調節している。 ①肺伸展反射(Breuer-Hering reflex):肺が膨脹すると,気管支や細気管支の平滑筋にある伸展受容器stretch recep-

tor(特にslowly adapting stretch receptorと呼ばれる)からの信号が迷走神経有髄線維を介してDRGを抑制し,呼息への切り換えを促進する。 ②咳

がい

嗽そう

反射:咽頭や太い気道の粘膜に存在する刺激受容器 irritant receptor(rapidly adapting stretch receptorの一種)が異物や煙によって刺激されると,迷走神経有髄線維を介して

咳を起こさせる。Rapidly adapting stretch receptorは末梢気道にも存在し,浅い頻呼吸に関わっている。 ③迷走神経無髄C線維からの反射:bronchial C-fiberとpulmonary C-fiberとがある。前者は気管支平滑筋の緊張,気道分泌,気道上皮の蛋白透過性に関与している。後者はJ受容器 juxta-pulmonary capillary receptorとも呼ばれ,間質の組織間液の増加で刺激され,肺うっ血,肺水腫,間質性肺炎などの際の頻呼吸に関与している。 ④筋伸展(伸張)反射stretch reflex ø:呼吸筋である外肋間筋に豊富に存在する筋紡

ぼうすい

錘muscle spindleが関与する反射。筋紡錘が伸展されると,肋間神経などを介して反射的に筋収縮を起こす。一方,傍胸骨筋や横隔膜の肋骨部には筋紡錘は存在しない。運動時や姿勢変化に対応した呼吸筋の協調運動に関与していると考えられている。

◉痰と咳

気道炎症は粘液分泌を亢進し,分泌液や細菌,白血球とその分解産物(∫)などが痰となる。痰は換気・血流比を不均等にし,詰まって無気肺が生じると血流シャントができ,低酸素血症をきたす(T)。痰が末梢にあるときには気道抵抗は上がらないが,線毛運動で中枢気道に運ばれると,気道抵抗は増大する。中枢気道では刺激受容体を,末梢気道ではC線維を介して咳反射が起こり,強い呼息によって痰を喀出する。

¥迷走神経の分布

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