確かな学力を身につけ, 自己肯定感を高める授業の...

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確かな学力を身につけ, 自己肯定感を高める授業の創造 ~養護教諭による4年保健学習 「大人になる準備って楽しいね!」の実践を通して~ 愛知県蒲郡市立形原小学校 養護教諭 村 上 陽 香

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Page 1: 確かな学力を身につけ, 自己肯定感を高める授業の …...確かな学力を身につけ, 自己肯定感を高める授業の創造 ~養護教諭による4年保健学習

確かな学力を身につけ,

自己肯定感を高める授業の創造

~養護教諭による4年保健学習

「大人になる準備って楽しいね!」の実践を通して~

愛知県蒲郡市立形原小学校

養護教諭 村 上 陽 香

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目 次

1.はじめに(主題設定の理由) ・・・・・・・・・ P1

2.研究の構想

(1)めざす子ども像 ・・・・・・・・・・・・・ P1

(2)研究の仮説 ・・・・・・・・・・・・・・・ P2

(3)研究の手だて ・・・・・・・・・・・・・・ P2

(4)手立ての検証方法について ・・・・・・・・ P3

3.単元構想・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ P5

4.研究の実践と考察

(1)手立てⅠ―アの検証 ・・・・・・・・・・・ P6

(2)手立てⅠ―イ・ウの検証 ・・・・・・・・・ P7

(3)手立てⅡの検証 ・・・・・・・・・・・・・ P10

(4)手立てⅢの検証 ・・・・・・・・・・・・・ P11

5.研究の成果と今後の課題

(1)研究の成果 ・・・・・・・・・・・・・・・ P12

(2)今後の課題 ・・・・・・・・・・・・・・・ P14

6.おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ P15

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1.はじめに

保健教育は子どもの健やかな体の成長に貢献するだけでなく,子ども自身が授業や保健

指導で身につけた知識を活かして,自らの健康課題について考え,行動することができる

「確かな学力」の育成を目指している。しかし,本校の子どもたちは受動的かつ漠然と「健

康は大切だ」と感じている。そのため,保健学習を楽しむ姿は見られるものの,学習した

健康課題が自分にとって大切であると実感し,自分自身を振り返る姿が見られなかった。

これは保健の授業が教師主導であり,教材価値の理由や意味を実感させる授業になってい

ないことが原因の1つではないかと考える。

小学4年生は成人までの半分の年齢の10歳になることから,成長の節目を迎える学年

であるともいえる。そこで,道徳では担任と話し合い「命の誕生」を題材として取り上げ,

人間の成長について考えさせた。

本学級の児童は,まだ体の変化を実感していない子が多いが,女児で体格の大きい子に

は,すでに胸が膨らみ始めるなど第二次性徴の兆候も見られる。そのため,「水泳の授業は

いやだ」と話しかけてくる子や,保護者の中には「そろそろ初経がくるのではないか心配

だが,子どもはどう考えているのだろうか」と相談してくる人もいる。一方で,まだ体の

ことには興味や関心がほとんどなく,幼さが残る言動や行動を見せる男児もいる。そこで

今回は,養護教諭が4年生保健「育ちゆく体とわたし」の単元を行うことでより効果的に,

今後「思春期や二次性徴」を迎える子どもたちに,体の変化について自分にも関係のある

大切なものであると理解させるとともに,子どもたち一人一人に自分の体を見つめさせ,

自分の体が成長していくことを楽しみだと感じさせたい。

また,学習指導要領には「自分と他人では,発育・発達などに違いがあることに気付き,

それらを肯定的に受け止めることが大切であることについて触れるものとする」と示され

ており,「自己肯定感」を育てることが述べられている。このことからも,今後まもなく起

きる第二次性徴の知識を事前にもたせることにより,変化への不安や嫌悪感,劣等感を除

去し,発育・発達を肯定的に受け止められるようになってほしいと願い,研究主題を設定

した。

2.研究の方法

(1) 研究の目標(めざす子ども像)

本研究における,「確かな学力を身につけ,自己肯定感を高める授業」を通して育成した

い子ども像とは,次項に示すような子である。

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資料1:個別のワークシート

Ⅰ .体の発育・発達について理解し,正しい知識を身につけることができる子

Ⅱ .発育には個人差があることに気づき,成長を肯定的に受け止めることができる子

Ⅲ .学んだ知識をもとに,自分自身について考え,健康課題をもつことができる子

(2) 研究の仮説

研究の目標に迫るために,以下に示す次の3つの仮説を立てた。

仮説Ⅰ―子どもたちの興味・関心を高め,主体的に学習に取り組むことができるように教

材を工夫することで,発育・発達についての理解が深まり,知識を身につけるこ

とができるであろう。

仮説Ⅱ―事例を用いて,発達についての不安や悩みを共有したり,対処法について交流させたり

することで,発育には個人差があることに気づき,成長を肯定的に受け止めることができ

るであろう。

仮説Ⅲ―子どもたちにとって身近で具体的な資料を活用し,それをもとに考えさせることで,学ん

だ知識を自分のこととして捉え,健康課題をもって学習活動に取り組むであろう。

(3) 仮説に迫るための手立て

手立てⅠ―ア ワークシートの工夫と活用

単元の導入として,1年生から4年生

までの身長の伸びのグラフが描かれた,

個別のワークシート(資料1)を活用し

た。自分の成長の変化に興味をもたせる

ことで,より主体的に学習に取り組むこ

とができるであろう。

また,グラフの様子を発表させ,発育の

仕方を比べていく場面を設定することで,発達には個人差があることを実感し,正しい知

識を身につけることができるであろうと考えた。

手立てⅠ―イ 教材やその提示方法の工夫

子どもの五感をゆさぶる教材の作成や提示方法の工夫をすることで,成長や認知の個人

差をこえて,全員が理解を深められる授業を仕組むことができると考えた。

手立てⅠ―ウ 抽象的な知識を,実感を伴って理解させる場の設定

教科書の内容を動作化や視覚化することで,子どもたちに忠実にイメージさせ,体に現

実に起きるものとして考えるための基盤にすることができるであろうと考えた。

A子

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手立てⅡ 事例を用いたロールプレイングの場の設定

発達について悩んでいる事例を提示し,その対応についてロールプレイング形式で不安

や悩みを共有したり,対処方法についてのアイディアを自由に出し合ったりすることで,

発育には個人差があることに気づき,成長を肯定的に受け止めることができるであろう。

手立てⅢ 授業と自分の生活をつなぐための工夫

子どもたちにとって身近で具体的な資料を活用し,それをもとに考えさせることで,学んだ

知識を自分のこととして捉え,健康課題をもって学習活動に取り組むことができるであろう。

(4)手立ての検証方法について

本研究では,以下に示す2つの変容を追うことで手立ての検証をしていく。

①抽出児童A子の変容

6月に行った身体測定では,A

子は学級で一番身長が高く,母親

から「初経について準備をしてお

いたほうが良いですか」との相談

があった。しかし,A子本人は,

資料2の「私には関係ないと思え

て」にもあるように,自分に起き

る事象として捉えられていないと

思われる発言があった。

また,A子の発育・発達に対す

る自己肯定感の低さを感じたのが,

資料3の対話記録にある「いきな

り体が変わったら怖い」「みんなよ

り早く大人になんかなりたくな

い」である。A子は体の成長につ

いての知識が乏しいため,発育に

個人差があることを肯定的に受け止めることができず,不安が先立ってしまう。

そんなA子に,この実践を通して知識を自分のこととして捉え,健康課題をもって学習活

動に取り組み,成長していくことを楽しみに思えるようになってほしいと願う。

資料2:A子との対話記録(9月 初経指導直後)

C1:女の子だけの勉強,大切なことがいっぱいあって

おもしろかったね。

A子:えっ?そんなに大切なことだった?

T :少し難しかったかな?

A子:難しくないけど,大人になるときになるんだよね。

まだ先のことだから,私には関係ないと思えてき

て,途中からあんまり聞けていなかったかも。

資料3:A子との対話記録(10月 保健室来室時)

A子:友だちが,私は背が高いから生理が来てるのかっ

て聞いてきていやだった。

T :生理がくることがいやなの?

A子:だって,いきなり体が変わったら怖いじゃん。病

気じゃなくても,血が出てくるって怖い。

T :知らないことだから,不安になっちゃうよね。

A子:うん。それに,本当に背が高いからクラスで 1番

最初になったら,だれも分かってくれないじゃん。

みんなより早く大人になんかなりたくない!

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資料4:認知と情意の分布図

②学級全体の変容

実践をするにあたり,事前に教科書を用

いて授業をし,その授業内容に対する調査

を行った。調査は知識が身についているか

を「認知項目」,自己肯定感が育っているか

を「情意項目」とし,各40点満点の分布

図で把握することとした(資料4)。それぞ

れの項目の調査方法は,10個の質問とし

た(資料5)。

認知項目の点数が低い理由として多く挙げられた質問は,「授業の内容が,どうして大切

なのかわかりますか」「授業の内容を自分の生活に当てはめることができますか」であり,

知識を自分のこととして捉えられていない様子がうかがえた。情意項目では「授業は楽し

いですか」「授業に対して,自分の考えや気持ちをもっていますか」の質問の点数が低く,

本研究で学ぶ単元内容について肯定的ではないことが分かった。

そこで,工夫した教材や指導方法を用いることで,肯定的に発育・発達についての知識

を身につけようとする姿を期待する。

資料 5:質問用紙

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3.単元構想(全5時間完了)

○自分の生活をふりかえってみよう。

○大人と子どもの体にはどんな違いがあるのかな。

○体の中では,どんな変化があるのかな。

・男→射精が起きる ・女→月経が起きる

○大人への変化はいつごろ起きるのかな。

・これからみんな変化し始めるんだね

・時期は人によって違うんだね

・6年生は「5年生のとき」って言ってるよ

・もうすぐ自分にも起きるのかもしれないね

・心の準備をしておけば安心だね

大人になる準備をしよう!

・朝ごはんを食べる

・栄養のバランスが

とれた食事をとる

食事

・放課は外で遊ぶ

・体をたくさん動かす

運動

・早寝・早起きをする

・決まった時刻に寝る

休養・睡眠

<男>

・ひげが生えてくる

・肩幅がひろくなる

・わきの下や性器のまわりに毛が

生えてくる

・すね毛が生えてくる

・声変わりする

<女>

・胸がふくらんでくる

・腰幅が大きくなる

・にきびができやすくなる

・わきの下や性器のまわりに毛が

生えてくる

・体にまるみが出てくる

○大きくなってきたわたし

・こんなに大きくなったよ!

・時期によって身長の変化が違うよ

○身長の伸び方は,みんな同じかな?

・途中で身長が追い越されたよ

・発達の仕方は,人によって違うよ

・これからもっと大きくなりたいな

みんな大きくなってきたんだね。【体の成長と個人差】

わたしたちの体が,これから健康でよりよく成長するためには,

どんなことを心がけたらよいのだろう。【生活習慣につなげる】

思春期って何?【大人の心と体になる準備】

ワークシートの

工夫と活用

<手立てⅠ-ア>

・提示方法の工夫 ・視覚化と動作化

<手立てⅠ-イ>

<手立てⅠ-ウ>

バランスこんだて発表会

全員が理解を深 められる教材

<手立てⅠ-イ>

抽象的な知識を, 実感を伴って理 解する場の設定

<手立てⅠ-ウ>

大人になる準備は,いつから始めればいいんだろう?

【学んだ知識を自分のこととして捉える】

授業と自分の生活 をつなぐ場の設定

<手立てⅢ>

わたしたちは,

どんな準備をしたら

いいんだろう?

・悩まなくてもいいんだね

悩んでいる子への

言葉かけを考えよう!

ロールプレイング の場の設定

<手立てⅡ>

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資料7:A子のワークシート

4.実践と考察

Ⅰ.自分や友だちの身長の伸びに興味をもち,

主体的に学習に取り組もうとするA子(手立てⅠ-アの検証)

本学級の子どもたちは,身体測定を行うたびに「何 cm だった?」や,「誰が一番伸びた

のかな?」と楽しそうに聞きあう姿が見られる。しかし,A子は1年生の頃から常に学級

で一番身長が高いためか,あまり伸びを楽しみにする様子が見られなかった。

また,身体測定前の保健指導で子どもたちに「身体測定を楽しみにしている子が多いけ

れど,どんなことが楽しみなの

かな?」と投げかけた(資料6)。

すると,「誰が一番伸びたのかっ

てこと」,「低学年のときは誰が

一番大きいかが気になったけど,

今は友だちに抜かされないかの

ほうが気になる」と発言した。

子どもたちの中には,身長の伸

び方には個人差があることを,

漠然と感じている子がいるよう

である。そこで,単元の導入と

して保健教育用 Web 教材「成長

の記録」を用い,個別のワークシートを作成した。子どもたちに自分のワークシートのグ

ラフの様子を発表させ,自分たちのこれまでの発育を比べていくことにした。

資料7は,授業後のA子の

感想である。「わたしはクラス

で一番せが高いけど,一番の

びた子じゃなかった」や,「み

んな成長するタイミングがち

がうと知った」からは,発育

の仕方を比べていく場面で,

発達には個人差があることを実感し,知識として身につけていることが分かる。さらに,

「今度の身体そく定はたくさんのびるように保健の勉強をがんばりたいです」からは,主

資料6:授業記録(身体測定前の保健指導)

T :身体測定を楽しみにしている子が多いけれど,ど

んなことが楽しみなのかな?

C1:誰が一番伸びたのかってことかな。

C2:ぼくも同じだ。

T :誰がクラスで一番大きいかじゃなくて?

C2:うーん。なんか,低学年のときは誰が一番大

きいかが気になったけど,今は友だちに抜

かされないかのほうが気になるかも。

T :そうだね。たくさん伸びる子もいるから,抜かさ

れちゃうことがあるかもね。今回ぐっと伸びた子

がいるのか楽しみだね。

C3:すごくドキドキしてきた。先生,早く身体測定始

めようよ!

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資料 8:考えた献立を発表するA子

体的に学習に取り組む意欲が高まっている様子をうかがうことができる。

個別のワークシートを導入として取り入れたことは,子ども一人一人に自分のこととし

て興味をもたせることができ,主体的に学習に取り組むことができたと考える。また,そ

の取り組みの中に,発育の仕方を比べる場面を設定したことは,より実感を伴って知識を

理解するために有効であったといえる。

Ⅱ. 教科書の内容を現実に起きるものとして忠実にイメージし,

理解を深めるA子(手立てⅠ-イ・ウの検証)

第2時では,よりよく成長するために必

要な栄養素について考える時間を設けた。

教科書には栄養素とその栄養素が含まれる

食材について詳しくまとめられている。そ

こで,子どもたちが理解を深め,教科書の

内容を自分の生活に近づけて考えられるよ

うに“バランスこんだて発表会”を行うこ

とにした。

教材として,給食の献立のうち1品を隠

した写真を提示し,「あと1品足すとしたら,

どんなものにしますか?」と問いかけた。

給食という身近な課題にすることで,A子はこれから何を深めていくのかを視覚的に理

解し,自信をもって発表することができた(資料8)。

資料9:授業記録(A子の発表)

A子:私は魚の塩焼きにしました。理由は,たんぱく質が少ないと感じたからです。質問や,感

想がある人はいますか?

(C1が挙手し,指名される)

C1:A子さんがたんぱく質を選ぶときは,からあげやエビフライにすると思っていた

ので意外でした。どうして魚の塩焼きなんですか?

A子:最初は,ししゃもフライにしました。でも,フライには衣があって,油や粉が使

ってありました。たんぱく質じゃないものを摂りすぎちゃうかなと思ったから,

何もついていない魚の塩焼きにしました。

C1: なるほど!衣って炭水化物?

C2: 衣って何からできているんだっけ?

T : 小麦粉,卵,パン粉,油だよ。

A子: 先生!卵がどんな栄養だったか,もう1回教科書で確認したい!

T : じゃあ,みんなでもう一度教科書を見てみよう。

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資料 10:プチおとなに教えてもらう子ども

資料11:発毛を確認する子ども

前項資料9は,A子が発表した際の授業記録である。「フライには衣があって,油や粉が

使ってありました」や,「卵がどんな栄養だったか,もう1回確認したい」からは,A子が

知識を実生活に沿って忠実にイメージし,より知識を深めるために教科書を見直した姿が

見て取れる。

授業の回数を重ねていくうちに,教科書を見ることに対して肯定的な受けとめ方が子ど

もたちに芽生えてきたため,第3時からは,思春期の体の変化について学びをすすめた。

いきなり教科書や教材を見せるのではなく,内容には既知と未知があることを話し,“未知

の部分を知る”を焦点化させてから教材を提示した。それにより,教材を提示した際に,

面白がったり恥ずかしがったりすることなく進めることができた。

体の外の変化は,グループ活動での実践とした。前項で述べたように,体の変化には既

知と未知の部分があり,その程度には大きく個人差があることを肯定的に考えさせるため,

あえて知識の差がある子どもたちを同

じグループとした。そして,そのグル

ープ分けを効果的に働かせるために,

既知の子の名称を「プチおとな」とい

うリーダーに任命し,活用していこう

と考えた。

グループの中で,課題の答えが分か

る子を「プチおとな」とし,未知の子

に答えを教えていく立場に設定した

(資料10)。そして,未知の子には教

えてもらった答えを発表させる役割にしたこと

で,教師主導でなく子ども同士で肯定的に教え

合うことができた。

資料11は「プチおとな」の子から,わきの

発毛について教えてもらった“未知の子”の反

応である。わきの発毛という体の変化が起きる

ことを知り,思わず自分のわきを確認している

姿からも,認知の個人差をこえて,理解を深め

ることができた。

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資料14:A子のワークシート

資料12:A子のワークシート

資料13:月経のしくみの説明文を図式化するA子

A子についても,グループ

活動後の感想(資料12)に

あるように,体の変化を知る

ことに意欲的な姿が見られた。

第4時では,体の中の変化

について視覚化し,抽象的な体の変化を忠実にイメージさせることを目的として実践をし

た。教科書では,月経についての説明の中に“栄養を含んだ血液”という語句があり,子

どもは血液から痛みや恐怖を連想することが懸念された。そこで,教科書の説明を図式化

し,理解を深めていく場を設定した。

資料13は,月経の周期に

応じて,子宮内膜が次第に厚

くなっていき,月経が始まる

と,内膜の組織がはがれ落ち

て出血が起きるしくみを図式

化したものである。血液でで

きた内膜を,取り外しができ

る教材にし,教師が読む教科

書の説明文の内容に合わせて

動作化させた。月経に対して

不安感をもっていたA子は,

動作化をしたことで月経のし

くみを忠実にイメー

ジし,自分の体に現

実に起きるものとし

て安心感を得ること

ができた(資料14)。

子どもの五感をゆ

さぶる教材の作成や提示方法の工夫をし,抽象的な知識であったものを,実感を伴って理

解させる場の設定をすることで,子どもたちは教科書の内容を忠実にイメージし,体に現

実に起きるものとして考えることができた。成長の個人差をこえて,全員理解を深められ

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資料15:A子のワークシート

資料16:ロールプレイをするA子

資料17:A子のワークシート

る授業を仕組むことは,体の発育・発達について理解し,知識を身に着けさせるために有

効であったといえる。

Ⅲ.ロールプレイを通して,自分の考えを深めるA子(手立てⅡの検証)

第5時の授業では,個人差や男女差はあっても,思春期の体が新しい生命を生み出すた

めの準備をしているのだということを理解し,自分の成長について喜びや期待がもてるよ

うに,ロールプレイでの実践とした。はじめに,子どもたちが発達について悩んでいる事

例を提示し,“あなた

が保健室の先生だっ

たら,どのように答

えるか”を考えさせ,

ワークシートの記入

を行った(資料15)。

そして発表の際は,

子どもたちの要望で,

資料16のように,養護教諭

の白衣を着て演技することに

した。子どもたちは白衣を着

ることに関心を示し,積極的

に発言をした。不安や悩みを

共有したり,対処方法につい

てのアイディアを自由に出し

合ったりすることができた。

資料17は,演技を終えた

A子の感想である。大

人の体へと成長するこ

とに不安を抱いていた

A子が安心したことが

分かる。また,感想に

「大人になるときなやんだら,自分で今日やった言葉を思い出して」とあるように,事例

を提示し,その対応についてロールプレイング形式で不安や悩みを共有したり,対処方法

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資料19:6年生からのアドバイス

についてのアイディアを自由に出し合ったりすることは,発育には個人差があることに気づ

き,成長を肯定的に受け止めるために有効であったといえる。

Ⅳ.身近な教材から学んだ知識を自分のこととして捉え,

大人の体へと発達することに楽しみに感じるA子(手立てⅢの検証)

体の変化への理解が深まり,

自分に起きるものとして考え

るための基盤をつくることが

できた子どもたち。そんな子

どもたちに「勉強したことは,

いつから役に立つと思う?」

と投げかけた。資料18の授

業記録にあるように,「もう心

の準備をしないと」と発言す

る子どももいれば,A児のよ

うに「子どもを産むためだか

ら,もっと大人になってから」

と考えている子どもや,「私は

背が低いから,まだ知らなく

てもいい」と答える子どもも

いた。

そこで,4年生のみんなへのアド

バイスの手紙を読むことにした。手

紙を書いた人物が,身近で親しみの

ある6年生であることを伝えると,

子どもたちは,驚きと興味を示した

ことから,自分にも近い将来である

と意識を向けるようになっているこ

とが分かる。

資料19は,教材として提示した

6年生が書いたアドバイスの手紙で

資料18:授業記録(教材提示前の投げかけ)

T :勉強したことは,いつから役に立つと思う?

C1:いまでしょ!

C2:もう心の準備をしないといかん気がする。

T :それ以外の意見の子はいますか?

A子:子どもを産むためだから,もっと大人になってか

らでいいんじゃないかな。

C3:私もまだいいや。

T :理由もつけたして,教えてほしいな。

C3:私は背が低いから,まだ知らなくてもいいことだ

って思いました。

C4:それ,個人差って言って,この前勉強したやつだ。

T :しっかり覚えてるね。じゃあ,実際はどうなのか,

みんなの少しだけ先輩の人たちの気持ちを聞いて

みようか。

A子:どうやって?

T :先生は,その人に頼んで,4年生のみんなへのアドバイ

スの手紙を書いてもらいました。

C4:少し先輩って誰だろう?先生,早く読んで!

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- 12 -

資料20:A子のワークシート

ある。子どもたちは「背が低いのに5年生になってすぐに初経がきたんだって」,「心の準

備をしてなかったから,びっくりして保健室に行ったのかな?」と,手紙を読んだことで,

近い将来の健康課題であることを意識して学習活動に取り組むことができた。

はじめは「もっとおとなになってからでいい」と言っていたA子の授業後の感想には,

資料20のように

「6年生がなってい

ると知って,いつ生

理になるのか楽し

み」と,学習した内

容を自分にも起きる

健康課題として捉えている姿が見て取れる。また,日常生活へ広げる支援として,A子に

保健室での保健指導で“睡眠と栄養の大切さ”について話したことが今回の授業と関連付

けて感想に書かれており,既習内容と関連付けて主体的に学習活動に取り組むことができた。

このように,子どもたちにとって身近で具体的な資料を活用し,それをもとに考えさせること

は,学んだ知識を自分のこととして捉え,健康課題をもって学習活動に取り組むために有効であっ

たといえる。

5.研究をふり返る

以上の研究実践を振り返り,その成果と課題をあげる。

(1)仮説Ⅰについて

個別のワークシートを用い,成長には個人差があることに気づかせたり,教材を視覚化

や動作化したりして,子どもたちの興味・関心を高め,主体的に学習に取り組むことがで

きるようにすることは,発育・発達についての理解が深まり,正しい知識を身につけるた

めに有効であったといえる。また,教材との印象的な出会わせ方が,その後の主体性にも

関わってくることが分かった。

(2)仮説Ⅱについて

事例のロールプレイングを用いて,仲間と発達についての不安や悩みを共有したり,対処法に

ついて考えさせたりすることは,自分の考えを見直し新たな考えをみつけ,成長を肯定的に受け止

めるために効果的であったといえる。一方で,集中することが苦手な子どもの中には,ロールプレ

イングを行った後のワークシートを書く際に,座学への気持ちの切り替えに時間がかかる子もいた。

今回は担任の机間指導で対応することができたが,今後は教師が切り替えに効果的な声かけの仕方

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- 13 -

A子のアンケート

A子のワークシート

を工夫していく必要があると感じた。

(3)仮説Ⅲについて

単元終末では,身近で憧れをもつ存在である6年生を資料として提示することで,学んだ知識

を自分のこととして捉え,近い将来に対し,健康課題をもって学習活動に取り組むことができた。

また,資料を作成するにあたり,6年生女子に知識の復習をさせ,成長した自分を振り返らせるこ

とは,6年生にとっても,既習の知識を自分に起きる健康課題として捉え,自分の生活を見つめ直

させるために効果的であった。

(4)本研究での変容について

本研究で検証した手立てによる変容は,以下に示す2つのようになった。

①抽出児童A子の変容

12月,A子が月経用品の準備をしたことを話しに保健室へ来室した。学んだ知識を自

分のこととして捉え,健康課題をもって日常生活を過ごす姿が見られた。

また,単元終末でワーク

シートに感想を書いた際は

「大人になるのが不安じゃ

なくて,楽しみになったこ

と」と,成長を肯定的に受

け止めることができるよう

になった。

事前調査として行ったアンケ

ートと同じ項目のアンケートを,

単元が終了した後に再度実施し

たところ,A子の情意項目の点

数は40点満点になっており,

自己肯定感が高まっていること

が分かった。

この実践を通して,知識を自

分のこととして捉え,成長して

いくことを楽しみに思えるよう

になったA子の変容を嬉しく思う。

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- 14 -

認知と情意の分布図

認知と情意の分布図

②学級全体の変容

単元終了後に,実践前に行った調

査と同様の調査を再度行った。「認知

項目」と「情意項目」の両方が高得

点の子どもの割合は,25%から,

100%へと大きく変容が見られた。

全員が認知と情意ともに高得点に

なったことで, 手立てⅠ―イで示し

た,全員が理解を深められる授業を

仕組むことができたと感じた。

また,前項のA子の感想にもある

ように,授業の内容を面白がったり,

恥ずかしがったりする子どもがいな

くなった。単元テストの前には,堂々

と学習した用語を使って質問する姿

も見られた。

この実践を通して,子どもたちの肯定感を育てることの大切さと,学びの良さを実感す

ることができた。

(5)今後の課題

子どもたちの心身の成長には個人差があることから,集団指導で教えるべき内容と個別

指導で教えるべき内容を明確にしていきたい。それらを関連付けて指導し,何が必要なの

か,何が欠けているのか,自分なりの課題を見つけ解決できるよう指導をし,より目標に

迫りたい。

また,授業で全体指導をするにあたって, 養護教諭の専門性をいかした教材分析や保健

室での個別の子どもの理解以上に最も必要になるのは,「児童の実態把握」である。いくら

価値のある教材だと思っていても,その教材が本学級の子どもたちに適当であるか吟味す

ることが大切である。適しているかどうか,どのような活用方法が適切か,どのような進

め方が適切か,子どもの反応や指導の結果は想定できるのか, これらの判断ができない限

り教材は生かすことができない。そのため,保健行事や全体での保健指導を行う際にも, 各

学年・学級の子どもたちの実態,雰囲気を把握しようと日々意識し,この内容の指導をし

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色別の視覚支援

資料21:子どもからの手紙

たら,どのような反応をするかという想定をして子どもたちとかかわる必要がある。

それでもやはりつかみきれない教室での子どもたちの実態もあることから,担任との連

携をより一層強めていくこと,可能な範囲で始業前や給食,授業時間や部活動等,各々の

場面で子どもたちの様子を観察することで, 今後は集団の中での児童の実態把握に努めて

いきたい。

そして,授業を行うにあたって,保健室を空ける時間が発生する。養護教諭としての職

務は保健教育だけではない。そのため,養護教諭不在時の傷病発生について,再度職員と

共通理解を図っていかなくてはならないと感じた。

6.おわりに

二次性徴については,子どもの知識に大きく差があり,強い不安感を与えてしまう可能

性もある。そのため,事前の保健指導の際に,子どもへの説明だけでなく,保護者にあて

てのお知らせを発行した。それにより,これまで会話をしたことのない保護者の方から,

声をかけていただいたり,子どもの健康について相談をしに来室していただいたりする機

会が増えた。また,落ち着きのない子どもや理解に時間のかかる子どもについては,事前

に担任の教師と打ち合わせをし,担任が机間指導で補っていたからこそ,有効に進められ

た実践であると思う。このことから,養護教諭の職務は,それぞれの仕事が独立している

のではなく,すべてが複雑に絡み合っており,日ごろからどんな仕事にも真摯に向き合う

ことの大切さを実感した。

本学級での実践

が終わった後,別

の4年生の学級で

同じ授業を実施し

た。こちらの学級

には,特別支援学

級の子どもも男女

1名ずつ交流して

おり,より自分の

体にどんな変化が

起きるのかを理解させる必要があると考えた。そこで,資料21のように,男女に起きる

変化と,共通で起きる変化を色分けし,「どの性別に何色の変化が起きるか」についても丁

共通

女 男

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子どもからの手紙

寧に説明をした。同じ授業でも,子どもたちの資質や能力に合わせて,バリエーションの

ある指導ができるよう,今後も授業の力をつけていきたいと思う。

最後に,右の手紙は,前

述した色別の視覚支援を行

った,特別支援学級の子ど

もからの手紙である。今回

の支援の手立てが効果的で

あるのかは検証していない

が,授業の創り手である教

師の気持ちは伝わり,子どもの授業への取り組みが違ってくることが分かり,追求意欲が

増した。子どもたちが健康に対し理解を深め,健やかに育っていくために,子どもに寄り

添いながら,職務を遂行していきたい。

<参考・引用文献>

1)小学校学習指導要領解説 体育編 平成20年8月 文部科学省

2)「生きる力」を育む小学校保健教育の手引き 平成25年3月 文部科学省

3)「ふりかえりカード」 平成26年 三河教育研究会養護教諭部会

4)「これからの小学校保健学習」平成21年2月 財団法人 日本学校保健会

5)「3・4年生から始める小学校保健学習のプラン」平成13年2月

財団法人 日本学校保健会

6)「養護教諭の特質を生かした保健学習・保健指導の基本と実際」平成13年3月

財団法人 日本学校保健会

7)「行動科学を生かした保健の授業づくり」 平成12年10月 少年写真新聞社