建築家の思考プロセスとcad · とレイヤー(重層構造)...

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12 建築家の思考プロセスとCAD その1リチャード・マイヤー ここ数年、 CAD (Computer-Aided Design:コン ピュータ支援設計)は、ハードとソフト両面にわたる 充実と低価格化が一段と進み、建築の設計過程全般に わたって積極的に導入されるようになった。しかしな がらこのハードやソフト、情報資源(チ-タベース)、 ヒューマンウェア-など各々の環境整備は、進んでい ㌦~、、るとは言い難い。又、 CADそのものの利用状況も、 これが持つ特性を清かしきれずに、単に従来の紙と鉛 筆による設計(PAD-lPencil-Aided Design * 1 ) の清書を行なうだけのドラフティングマシンとなって いる現状も多々ある。 cAI)は、そのソフトのコンセプトに「編集機能 とレイヤー(重層構造) 、及び図面の部品化機能」 (*2)を持ち、設計過程の初期の段階から建築の空 間を三次元でシミュレートしながら、幾何学的・手続 き的に計画を誘導できるという特性を持つ。これは、 二次元的なプランが思考プロセスの過程で優位となる 旧来のpADと大きく異なる部分である。 (*1) だが、 CADが建築のデザインに影響を与え全く新し い設計手法の道具となりうるかといった議論は、いま だ結論の域に連していない。 /~、 本論文では具体的な建築家として、リチャード・ マイヤーを取上げ、彼の建築の設計過掛こ見うけられ る「CADの特性要素」つまり「機械的部分・行為」 一代数的、幾何学的な秩序・規則的部分、及び行為 (辛 1 ) -や二次元、三次元における空間構成手法を、 cADという殊に建築設計のプロセスに於いて独自性 を有した道具(Tool)を用いて分析を行なう。 この操作を通じて、 氏.マイヤーの設計行為・思 考プロセスにおける「機械的(CAD的)部分、及び 行為」 - 「CAD的思考」を抽出し、彼の建築とCA Dを用いた設計過程との共通性といった視点から、彼 の作品を見ていくことを目的とする。 1990年度 E]本建築学金 関東支部研究報告集 正会員 衣袋 洋一* 正会員 飯嶋 ** 正会員○渡辺 昌秀** 正会員 浅見 ** 正会員 中村 光利** R.マイヤ-におけるCAD的思考 分析作品- ・ ・①スミス邸, ②アシニウム ③アトランタ美術館 ㊧フランクフルト工芸博物館 R.マイヤーの二次元的思考 二次元上の配置構成・方向性の規定 a)プライベートとパブリック・スペースの 分離と対照 b )平面構成の幾何学的秩序 C)対角二分割(The diagonal bise square p18m ) 以上は、 氏.マイヤーの建築の設計プロセスに於 いて、段階的・手続き的に行なわれる基本的な思考要 素であ8,。又、特にa)及びb)の操作規則は、 全ての建築の中に一貫して表われるものであり、 氏. マイヤーの二次元的な思考プロセスの中で「機械的」 に行なわれる行為である。 a)プライベートとパブリック・スペースの 分離と対照 R.マイヤーの建築は大きく分けて、閉鎖性を持 つ「プライベート・スペース」と、それとは対極的に 開放性を持.? 「パブリック・スぺ-ス」 、及び各々 間に配される「サーキュレーション」によって平面の 構成がなされている。この質的に差異のある二つのス ぺ-スは、サーキュレーションによって明確に分離さ れ、又これによってコントラストを生じさせている。 この行為は、それぞれのスペースが部品ユニット として意識され、 「分離と対照」といったユニット間 の関係性を考慮しながら全体を構成しているというこ とができる。 ー137-

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Page 1: 建築家の思考プロセスとCAD · とレイヤー(重層構造) 、及び図面の部品化機能」 (*2)を持ち、設計過程の初期の段階から建築の空 間を三次元でシミュレートしながら、幾何学的・手続

12

建築家の思考プロセスとCAD

その1リチャード・マイヤー

● は じ め に

ここ数年、 CAD (Computer-Aided Design:コン

ピュータ支援設計)は、ハードとソフト両面にわたる

充実と低価格化が一段と進み、建築の設計過程全般に

わたって積極的に導入されるようになった。しかしな

がらこのハードやソフト、情報資源(チ-タベース)、

ヒューマンウェア-など各々の環境整備は、進んでい㌦~、、るとは言い難い。又、 CADそのものの利用状況も、

これが持つ特性を清かしきれずに、単に従来の紙と鉛

筆による設計(PAD-lPencil-Aided Design * 1 )

の清書を行なうだけのドラフティングマシンとなって

いる現状も多々ある。

cAI)は、そのソフトのコンセプトに「編集機能

とレイヤー(重層構造) 、及び図面の部品化機能」

(*2)を持ち、設計過程の初期の段階から建築の空

間を三次元でシミュレートしながら、幾何学的・手続

き的に計画を誘導できるという特性を持つ。これは、

二次元的なプランが思考プロセスの過程で優位となる

旧来のpADと大きく異なる部分である。 (*1)

だが、 CADが建築のデザインに影響を与え全く新し

い設計手法の道具となりうるかといった議論は、いま

だ結論の域に連していない。

/~、         ◆

本論文では具体的な建築家として、リチャード・

マイヤーを取上げ、彼の建築の設計過掛こ見うけられ

る「CADの特性要素」つまり「機械的部分・行為」

一代数的、幾何学的な秩序・規則的部分、及び行為

(辛 1 ) -や二次元、三次元における空間構成手法を、

cADという殊に建築設計のプロセスに於いて独自性

を有した道具(Tool)を用いて分析を行なう。

この操作を通じて、 氏.マイヤーの設計行為・思

考プロセスにおける「機械的(CAD的)部分、及び

行為」 - 「CAD的思考」を抽出し、彼の建築とCA

Dを用いた設計過程との共通性といった視点から、彼

の作品を見ていくことを目的とする。

1990年度 E]本建築学金

関東支部研究報告集

正会員 衣袋 洋一*   正会員 飯嶋 浮 **

正会員○渡辺 昌秀**  正会員 浅見 消 **

正会員 中村 光利**

□ R.マイヤ-におけるCAD的思考

分析作品- ・ ・①スミス邸, ②アシニウム

③アトランタ美術館

㊧フランクフルト工芸博物館

■ R.マイヤーの二次元的思考

二次元上の配置構成・方向性の規定

a)プライベートとパブリック・スペースの

分離と対照

b )平面構成の幾何学的秩序

C)対角二分割(The diagonal bisection of the

square p18m )

以上は、 氏.マイヤーの建築の設計プロセスに於

いて、段階的・手続き的に行なわれる基本的な思考要

素であ8,。又、特にa)及びb)の操作規則は、彼の

全ての建築の中に一貫して表われるものであり、 氏.

マイヤーの二次元的な思考プロセスの中で「機械的」

に行なわれる行為である。

a)プライベートとパブリック・スペースの

分離と対照

R.マイヤーの建築は大きく分けて、閉鎖性を持

つ「プライベート・スペース」と、それとは対極的に

開放性を持.? 「パブリック・スぺ-ス」 、及び各々の

間に配される「サーキュレーション」によって平面の

構成がなされている。この質的に差異のある二つのス

ぺ-スは、サーキュレーションによって明確に分離さ

れ、又これによってコントラストを生じさせている。

この行為は、それぞれのスペースが部品ユニット

として意識され、 「分離と対照」といったユニット間

の関係性を考慮しながら全体を構成しているというこ

とができる。

ー137-

Page 2: 建築家の思考プロセスとCAD · とレイヤー(重層構造) 、及び図面の部品化機能」 (*2)を持ち、設計過程の初期の段階から建築の空 間を三次元でシミュレートしながら、幾何学的・手続

▼ 分析図1 :平面の分離・分解操作 \

● スミス邸(1965-67) 2階分解図

● アシニウム(1975) 2階分解図

注) 1 ;フ○ライへサートスへ0-ス 2;八〇ア])ック.スヘ○-ス

3 ;サーキュレーション

b )平面構成の幾何学的秩序

(∋基本的直交グリッド

(診変換グリッド

R.マイヤーの建築は、都市的レベルのグリッド

を規準とする①基本的直交グリッド(Primary Orth0-

gonal Grid)と、歴史的環境や既存建築群,ペデスト

リアン・ネットワークなど周辺のコンテクストを導入

して、基本的直交グリッドをベースに変換操作を加え

た(診変換グリッド(Shifted Secondary Grid)の2つ

の幾何学的グッリドによって平面構成が秩序だてられ

ている。

これは「人間という有機体が自然と全く合致した

軸線上にあること、それはおそらく、宇宙すなわち自

然の一切の物、一切の現象が従う組織立ての軸線上に

あることを意味している,」 (*4)といったコルビュ

ジェの理念に基づくものであると解釈できる。

▼ 分析図2:幾何学的グリッドの明示

● アシニウム 指標綿図

● フランクフルト工芸博物館(1986)指標緑園

ここで規定された二つの指標グリッドに、ユニッ

ト化された「プライベート・スぺ-ス」 , 「パブリッ

ク・スペース」と「サーキュレーション」が、 a)の

部分間の関係性を考慮しながら、規則的・機械的に配

されていく。この一連の操作は、前述したrCADの

特性要素」と一致する。したがって「CAD的」とい

うことができる。

-138-

Page 3: 建築家の思考プロセスとCAD · とレイヤー(重層構造) 、及び図面の部品化機能」 (*2)を持ち、設計過程の初期の段階から建築の空 間を三次元でシミュレートしながら、幾何学的・手続

これら二つの空間を、サ-キュレーションを挟ん

で並置させるというダイヤグラムは、各々の空間をユ

ニ、ソト化し「分離と対照」という部分と全体の関係に

基づいて、積み上げているということができる。

▼ 分析図3 :空間構成概念の視覚化

● スミス邸 空間構成概念図

● アシニウム 空間構成概念図

■ 結 論

これまで分析してきたマイヤーの二次元的空間思

考と三次元のそれが、共にrCAD的」であるという

結論に至ることができた。しかし榎本弘之氏もR.マ

イヤーの作品評論の中でいうように、マイヤ-のマイ

ヤーたる所以は、 「人が内部を動き廻る視線のレベル

では、構成の骨格たる秩序、すなわち形式(幾何学的

秩序)は陰に隠れ、豊かな空間に光りのシークエンス

が体験されてゆく。 」 (*6)というような、人の視

点に立った三次元的な空間演出や空間イメージが思考

プロセスに絶えず存在する点である。

このことより、 「CAD的」という点では共通す

るものの、各々の平面処理,空間処理は全く別格なも

のであると考えることができる。

さらにR.マイヤーは、コルビュジェの練り上げ

たドミノシステムの形式を壊し、その構造に備わって

いる特性を解釈し直して、 「視覚の優位さ」を引き出

している。つまり三次元的思考プロセスには、確固た

る空間のイメージがあり、それは二次元上の幾何学的

秩序とは切り放されたものであると認識することがで

きる。

以上のことからR.マイヤ-は、三次元的な思考

プロセスの初期段階に於いて、実体を持たない建築空

間(=壁,床,天井といったアーキテクト二、ソク・エ

レメントをもたない概念上の空間)の立体的な構成イ

メージがなされていると言うことができる。

このことは、 CADによる設計プロセスにおける

「ェレメントを、常に三次元的な単位形態として考え

ることが設計者の認識の中で余儀なくされる」 (* 1)

といったCADの特性に一致する。したがって、 氏.

マイヤーの三次元的思考プロセスは「CAD的思考」

であると結論づけられる。

-140-

■ 参 考 文 献 ■

(*1) 「現代建築の発想」 長倉威彦他 丸尊

(*2) コンピューター(CAD)利用による建築作品の分析

-その1:ル・コルビュジェ- 衣盛洋一

(昭和63年度 日本建築学会関東支部研究報告集)

(*3) ル・コルビュジェの思考のプロセスとCAD

-その1 歴史的変速一    衣袋洋一他

( 1989年度 日本建築学会関東支部研究報告集)

(*4) r建築をめざして」 ル・コルビュジェ SD選書

(*5) ra+uJ 84:02 NO.116

(*6) rSDJ 86:02 (納札な全体と免れた秩序

模本弘之)

*    r建築の空間J C・〃ン・f'・〃ン-佐々木宏駅 丸善

*    rRichard Meter Archit.ectj RIZZOLl

*    r建築稚括」 1990:03 (建築設計におけるCADの

利用額境 玲木尚)

*    rSDJ 78:01 (表現の危機 書永耕)

*   ル・コルビュジェの思考のプロセスとCAD

その2-その4       衣袋洋一他

( 1989年度 日本建築学会関東支部研究報告集)

*芝浦工業大学講師  * *同大学院生

協力:芝浦工業大学建築研究会

Page 4: 建築家の思考プロセスとCAD · とレイヤー(重層構造) 、及び図面の部品化機能」 (*2)を持ち、設計過程の初期の段階から建築の空 間を三次元でシミュレートしながら、幾何学的・手続

C)対角二分割

(The Diagonal Bisection Of The Square Plan)

● アトランタ美術館(1983)指標綿図

この建築の平面構成は、 (》基本的直交グリッドを

ベースとする.これに、隣接するメモリアル・アーツ

センターと前面のピーチトリー・ストリート及び歩行

者道路パタ-ンといった諸要素のパラメーターから生

じる、 「対角二分割」の指標軸が、 ①のベースグリッ

ドを、文字通り分割する構成となっている。この行為

は、基本的直交グリッドに配された美術館全体から導

入部(The Entry)を際立たせることを意図している。

又、 R.マイヤーはこの操作を

「・ ・ ・ ・全体として古典主義的に釣り合いのとれた

プランの中に亀裂を導入し、その亀裂を通して世界が

崩れ込んで来るのである。 - ・ ・出入りのための斜

緒は外部まで伸び、その結果、芸術の領域への入門は

この街蕗(ピーチトリー・ストリート)に始まるとい

うことになる。」 (*5)

と論述している。したがって、 b)の幾何学的秩序に

おける②変換グリッドを、周辺のコンテクストからパ

ラレルに導入するのではなく、ここでは建物に流入す

る人の方向性を主眼にした変換であるということがで

きる。

しかしその違いはあるものの、 R.マイヤ-の思

考プロセスに於いて根底となる幾何学的秩序は、一貫

している。

+ R.マイヤーの三次元的思考

・ドミノ・シトロ-アンのコラ-ジュ

R.マイヤーはスミス邸をはじめとして、ル.コ

ルビュジェによるドミノとシトロ-アンの2つのシス

テムを折衷的に導入し、各々は前述したa)のプライ

ベートとパブリック・スペースに置換されているo

● コルビュジェによるドミノシステム(1914)

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≡.………■:...童. � 鐙ナ�粐���・�リ�����

コルビュジェの打ち出したドミノシステムは、ス

ラブによってしきられた水平層状空間が積層されるこ

とから、プランにおける操作が優位となり、主に二次

元のCAD的思考が強く出やすい。 (* 3)

しかし、 氏.マイヤーのドミノシステムでは、垂

直の面が水平の床を支持する必要をなくすといった、

構造上の自由性の解釈を、水平・垂直方向(‡、Y、Z軸方

向)への「三次元的な開放性」と捉えていると言える。

一方のシトロ-アン側は、水平方向や垂直(上下

階層)方向にも閉鎖的である。

● スミス邸 リアルモデル

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