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数学の基礎としての集合論 vs. 数学としての集合論 渕野 昌 (Saka´ e Fuchino) 中部大学 工学部 [email protected]

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数学の基礎としての集合論vs. 数学としての集合論

渕野 昌 (Sakae Fuchino)

中部大学 工学部

[email protected]

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集合論は数学の基礎である

この主張は本当のところどういう意味なのか?

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集合論の公理系 (ZFC)

Zermelo-Fraenkel Axiom Systemwith Axiom of Choice

“すべての(数学的)オブジェクトは集合である” という立場から出発する.

(もっとも数学的なオブジェクトである)数 0, 1, 2, 3, . . . は集合ではないので

はないか?

0, 1, 2, . . . は ∅, {∅}, {∅, {∅}},. . . のこととすることで集合として扱える.基本述語: =, ∈

(外延性公理) 任意の x, y に対し,すべての z で,z ∈ x と z ∈ y が同値に

なるとき,x = y が成り立つ.

(空集合公理) 要素を一つも持たないような集合が存在する.

この集合を ∅ であらわし,空集合(くうしゅうごう)とよぶ.

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(外延性公理) 任意の x, y に対し,すべての z で,z ∈ x と z ∈ y が同値に

なるとき,x = y が成り立つ.

(空集合公理) 要素を一つも持たないような集合が存在する.

(対の公理) 任意の x と y に対し,x と y だけを要素として持つような z

が存在する.

対の公理でその存在の保証された集合 z を {x, y} とあらわす.特に x = y のとき

には,これを {x} と書いて,singleton x とよぶ.対の公理を用いて2つの集合

x, y の順序対 (x, y) を,{{x}, {x, y}} のこととして導入することができる.このとき,(x, y) = (x′, y′) ⇔ x = x′ かつ y = y′ という同値関係が成り立つことに注

意する.

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(外延性公理) 任意の x, y に対し,すべての z で,z ∈ x と z ∈ y が同値に

なるとき,x = y が成り立つ.

(空集合公理) 要素を一つも持たないような集合が存在する.

(対の公理) 任意の x と y に対し,x と y だけを要素として持つような z

が存在する.

(和集合の公理) 任意の x に対し,集合 y で,任意の z が y の元であるこ

とと,ある u ∈ x が存在して z ∈ u となることが同値にな

るようなものが存在する.

x = {ui : i ∈ Γ} のとき y =⋃

i∈Γ ui と書くこともある.

特に,x = {v, w} のときには,上の公理での y は v と w の普通の意味での和集

合 v ∪ w となる.

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集合に関する性質 ϕ ごとに次の公理を考える:

(分出公理)ϕ x1,. . . , xn を固定するとき,任意の x に対し,x の元 z で

ϕ(z, x1, . . . xn) を満たすようなものの全体からなる集合 y が存

在する.

上のような y を y = {z ∈ x : ϕ(z, x1, . . . xn)} とあらわす.

(無限公理) 集合 x で空集合を元として含み,すべての y ∈ x に対し,y ∪{y} ∈ x となるようなものが存在する.

仮定により ∅ ∈ x だから,{∅} ∈ x, {∅, {∅}} ∈ x, {∅, {∅}, {∅, {∅}}} ∈ x, . . . と

なり,直観的な意味で x は無限個の元を含んでいることがわかる.自然数 0, 1, 2,

. . . は,それぞれ ∅, {∅}, {∅, {∅}}, . . . のこととして導入するのだったから,無限

公理で存在の保証された集合 x は 0, 1, 2,. . . のすべてを含む.x と分出公理を用

いると,自然数の全体からなる集合 N = {0, 1, 2, . . . } の存在が証明できる.

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集合 x が集合 y の部分集合であるとは,すべての z に対し,z ∈ x なら z ∈ y が

成り立つこととし,これを x ⊆ y であらわす.

(べき集合の公理) 任意の x に対し,そのべき集合が存在する.つまり,集

合 y で,すべての z に対し z ∈ y ⇔ z ⊆ x となるよう

なものが存在する.

集合 x のべき集合を P(x) とあらわす.

たとえば,N の部分集合を実数の二進表示と対応づけて考えることにより(X ⊆ Nで 2n + 1 が X に含まれていたときには X に対応する実数の二進表示での小数点

以下 n 桁目の数字は 1 とする,などと決めることで),上の公理でその存在の保

証された集合 P(N) (の適当な部分集合)から,実数の全体の集合 R を,ここで

の公理的集合論の枠組の中で構成することができる.

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順序対の定義から,集合 a, b に対し,{(x, y) : x ∈ a, y ∈ b} ⊆ P(P(a ∪ b)) と

なるので,べき集合の公理と分出公理を用いると,a と b の直積(デカルト積)

a × b = {(x, y) : x ∈ a, y ∈ b} の存在が示せる.これにより,たとえば,集合R2 = R× R, R3 = R2 × R etc. を集合論の中で扱うことができる.

集合 a から集合 b への写像(関数)も,グラフ f ⊆ a× b として扱かうことがで

きる.つまり,f ⊆ a× b が a から b への関数である,とは,すべての x ∈ a に対

し,(x, y) ∈ f となるような y ∈ b がちょうど1つ存在することとして定義する.

f(x) は (x, y) ∈ f となるような(f が関数なら一意に決まるところの) y をあら

わす.

分出公理により,RR = {f ∈ P(P(P(R))) : f は R から R への関数} や,C(R) =

{f ∈ RR : f は R から R への連続関数 } などといった集合の存在も示せる.このように続けることで,我々が普通に出会う数学的対象は,すべて公理的集

合論の枠組の中で扱えるようになる.

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このように続けることで,我々が普通に出会う数学的対象は,すべて公理的集

合論の枠組の中で扱えるようになる.

たとえば,前記のようにして構成した N は,(たとえばペアノが定式化したよう

な)自然数の全体の満たすべき性質を,すべて満たすものになっていることを示す

ことができる.(ここでの N の定義から,n ∈ N に対し,n + 1 は n ∪ {n} のこととして定義すればよい.N での ∈ に関する帰納法による関数の導入原理を用意しておくと,このことから数の和や積の演算が自然に導入できる.等々.)

古典的数学で通常に行われる推論はすべて集合論の公理系からの演繹に翻訳できる

ことが確かめられる.

ZFC では今までに考察した公理に加えてさらに次のような公理も仮定する:

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集合に関する性質 ϕ ごとに次の公理を考える:

(置換公理)ϕ すべての集合 A と,c1, . . . , cn に対し,任意の a ∈ A をとっ

たときに,ϕ(a, b, A, c1, . . . , cn) となるような b が一意に決まるな

ら,集合 C で,すべての a ∈ A に対し ϕ(a, b, A, c1, . . . , cn) とな

る b ∈ C が見つかるようなものが存在する.

(基礎の公理) 空集合でない任意の集合 x に対し,y ∈ x で,どんな z ∈ x

をとってきても z ∈ y とならないようなものが存在する.

基礎の公理から,すべての集合 x に対し x ∈ x とはならないことがわかる.また,

集合の列 x0, x1, x2, . . . で,xn 3 xn+1 がすべての n ∈ N に対し成り立つなら,x = {xn : n ∈ N} とすると,x は基礎の公理の反例になってしまう.したがって,

基礎の公理のもとでは,このような集合列は存在しない.

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(選択公理) 空集合を含まないような任意の集合 x に対し,x から⋃

x への

写像 f で f(z) ∈ z がすべての z ∈ x に対し成り立つようなも

のが存在する.

このような f は,集合族 x の一つ一つの要素 z から z の“代表” 元 f(z) を選び

出す関数となっている.

以上の公理を集めてできる体系を ZFC と呼ぶ.目標: ここまでを 40分で話す!

問題点!!!

分出公理と置換公理での “集合に関する性質 ϕ” とは何を指すのか規定されてい

ない!!!

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問題点の解決:

1階の論理を用いて集合論を記述する.— Thoralf Skolem (1887–1963)

1階の論理は,その論理における論理式(命題や述語をあらわす記号列)とそれら

の間の演繹関係の定義によって与えられる.ZFC における論理式の全体は次のよ

うにして帰納的に(つまり記号列の複雑さに関する帰納法により)導入される:

変数(記号)を無限個用意しておく.これを使って,

(1) x, y が変数なら,表現 x = y, x ∈ y は ZFC の論理式である;

(2) ϕ, ψ が論理式なら,(ϕ ∧ ψ), (ϕ ∨ ψ), (ϕ → ψ), (ϕ ↔ ψ), ¬ϕ は論理式;

(3) ϕ が論理式で x が変数なら ∃x(ϕ), ∀x(ϕ) は論理式である;

(4) 集合論の論理式は (1), (2), (3) の繰返し適用により得られるもののみ.

により ZFC の論理式を定義する.

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∧, ∨, →, ↔, ¬, ∃x (· · · ), ∀x (· · · ) は,それぞれ 「かつ」,「または」,「ならば」,「同値」,「でない」,「x が存在して · · ·」,「すべての x に対し · · ·」 と読み下され,そのような意味に解釈される.

集合論の公理をすべて上で導入したような論理式として書く.

外延性公理:

∀x∀y (∀z (z ∈ x ↔ z ∈ y) → x = y)

空集合公理:

∃x∀y (¬y ∈ x)

etc.

分出公理:

各論理式 ϕ に対し,

∀x∀x1 · · · ∀xn∃z∀u (u ∈ z ↔ (u ∈ x ∧ ϕ(u, x1, . . . xn)))

を公理系に加える.

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分出公理と置換公理での“集合に関する性質”は“ZFC の(1階の論理での)論

理式”で置き換えられる!

1階の論理では論理式による推論(あるいは証明)の概念も次のようにして規

定することができる:

ϕ, ϕ → ψ ` ψ などいう推論規則を有限個あつめた “推論規則集” R を具体的に与えることができて,ZFC での論理式 ϕ の ZFC からの証明を,論理式の列

ϕ0, ϕ1,. . . , ϕn で,ϕn は ϕ と等しく,各 ϕi, i ≤ n は,ZFC の公理の1つであ

るか,あるいは j0,. . . jk−1 < i で,ϕj0, ϕj1,. . . , ϕjk−1` ϕi が推論規則の1つのパ

ターンとマッチするものとなっているようなものがとれることと定義する.

このような論理式の列を ϕ の ZFC からの証明とよぶ.

ϕ の ZFC からの証明が存在するとき,ϕ は ZFC の定理である,といい,こ

れを ZFC ` ϕ とかく.推論規則が妥当に与えられているとすると,ZFC ` ϕ な

ら,ϕ の ZFC からの形式的な証明は数学的な証明と解釈することができる.

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論理式の定義では,“∅”, “⊆”, “P(·)” などの記号は許されていないが,これらは,コンピュータ言語でのマクロのようなものとして扱かうことができ,これらの記号

を使った論理式は,必要なら“∈” と “=” のみを使った論理式に展開できる.

ゲーデル (K.Godel) の完全性定理により,(1階の論理体系として知られてい

る推論規則集 R に関して),すべての ZFC の論理式ϕ であらわされる数学的命

題の数学的証明が存在すれば,(その証明が正しいものであるかぎり)対応する ϕ

の(形式的体系 R での) ZFC からの証明が存在する!

全数学はこのような公理的集合論の体系の中にうめこまれた部分体系として捉える

ことができる.

だからなんなの??

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全数学を公理的集合論の体系の部分体系として捉えることの意義:

(1) 全数学を集合論の中に埋め込んで考えることにより,数学を大きな枠組の中

で統一的な視点から扱かうことができる.

(2) 不完全性定理 ...

(3) 数学の無矛盾性の問題 ...

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ゲーデルの第一不完全性定理 どのような数学的体系も,そこで数論の一部が展開

できて,体系が無矛盾なら完全でない,つまりその体系からの演繹によって真偽の

確定のできないような(その体系での)命題が存在する.

ZFC の中で証明もできず,その否定も証明できないことの証明された数学的命題

(つまり ZFC から独立な数学的命題)が近年(1960年以降)になって多数見つ

かっている.

このような言わゆる独立性証明 (indedendence proof) には,もちろん ZFC の

公理系が確定していることが大前提となるであり,その証明には当然数理論理学の

手法も不可欠である.

集合論の公理系 ZFC を全数学を内包する理論として認識すると,ZFC から独立

な命題は,“数学的に証明できず,その否定もまた数学的に証明できないような命

題” ととらえなおせる.

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例:Tonelli の定理により,2変数実関数 f : [0, 1]2 → [0, 1] が可測なら,等式

∫ 10

∫ 10 f(x, y)dx dy =

∫ 10

∫ 10 f(x, y)dy dx が成り立つ.

この命題から f の可測性を除いた

(∗) すべての 2変数実関数 f : [0, 1]2 → [0, 1] に対し,∫ 1

0

∫ 10 f(x, y)dx dy と

∫ 10

∫ 10 f(x, y)dy dx が存在するなら,等式

∫ 10

∫ 10 f(x, y)dx dy =

∫ 10

∫ 10 f(x, y)dy dx が成り立つ.

という主張が正しいかどうかは自然な疑問であろう.

この主張 (∗) は,ZFC から独立である!

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定理.(1) (Sierpinski 1920) ZFC の公理系にマルティンの公理を加えた体

系から (∗) の反例となるような関数の存在が示せる.特に ZFC の公理系に連続

体仮説を加えたものから (∗) の反例となる関数が構成できる.したがって,(ZFC

が矛盾を含まないないとすると) ZFC から (∗) を証明することはできない.(2) (Laczkovich 1985, Friedman 1980, Freiling 1986) forcing による

ZFC のモデル M で,(∗) の成り立つようなものが存在する.特に ZFC が矛盾を

含まないなら ZFC から (∗) の否定を証明することはできない.

上のような事情に関する識見は,公理的集合論に解析学を埋め込んで考える立場か

らはじめて得られるもので,従来の解析学にとどまっていたのでは決して得ること

のできないものである!

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ゲーデルの第二不完全性定理 どのような数学的体系も,そこで数論の一部が展

開ででき,体系が無矛盾なら,その体系の中で体系自身の無矛盾性の証明を得るこ

とができない.

この定理により,集合論,したがって,全数学は,その無矛盾性の完全な保証を得

ることが理論的にきない.一方:

初等自然数論の公理系(ペアノの公理系) のように,その無矛盾性がある意味で

確立されているものがある.これは勿論,第二不完全性定理の意味での厳格な有限

の立場からの無矛盾性の証明ではないが,無矛盾性の “度合” が強いことを示唆す

る結果とは言える.

“逆数学”で扱かわれるような,ペアノの公理からあまり離れておらず,その無

矛盾性の度合の確立されている集合論の部分公理系の中で,ある範囲の数学が展開

できることが分れば,その範囲で実行可能な数学的議論に関しては,その整合性,

無矛盾性に対する一定の保証が得られたと考えてよいことになる.

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逆に,ある種の数学的命題の中には,無矛盾性に関して集合論よりさらに強い理論

を必要とするものもある.

決定性の公理 (AD) は,ZFC から選択公理を除いたもの(これを ZF とあら

わす)のもとで使うと,例えば「すべての実数の集合はルベーク可測である」とい

う定理を導いてくれる公理であるが,ZF + AD からは ZFC の無矛盾性が証明

できてしまうので,第二不完全性定理により,AD + ZF は ZFC だけの中では

解釈することができない理論になっている.実は 「すべての実数の集合はルベー

ク可測である」も ZF と組み合せると ZFC の無矛盾性を帰結する強い体系となっ

てしまうが,その無矛盾性に関する強さ(つまり無矛盾性の少なさ)は ZF + AD

よりはずっと弱いものになることが示せる.

このような議論で用いられる「無矛盾性に関して集合論よりさらに強い理論」の

うち現在まで知られているもののほとんどすべては,無矛盾性の度合に関して線型

に順序づけられることが知られている.

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「無矛盾性に関して集合論よりさらに強い理論(複数)」の,無矛盾性の度合に

関して線型に順序づけられた体系は,様々な巨大基数(基数:無限集合の大きさ)

の存在公理によって導入される.

“巨大基数”などという存在しないかもしれないものを研究して何になるのか?

・ “集合の世界には存在しうるものはすべて存在する” (c.f. カントルの“絶対”)

という立場からは,むしろ巨大基数はすべて存在すべきである.

・巨大基数の存在は,“実数学” にも影響をおよぼす:

定理.(H. Woodin) ある種の巨大基数が存在すれば,いくつかの開集合か

ら出発してそれらの射影や集合算によって得られるような集合はすべてルベーグ可

測になる.

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数学としての集合論

以上のような説明をすると,集合論とは数学の基礎の研究をするために,形式論理

での論理式の変形をしているような分野である,というような誤解を受けそうであ

る.しかし

集合論の研究者の多くは,むしろ,集合論を数理論理学に属す研究分野というより

は,他の言わゆる純粋数学に近い分野としてとらえている.

「数学としての集合論」という集合論の側面を如実に示す例:

. . .

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日本語で読める参考文献(の一部):

K. Kunen, 藤田 博司 訳, 集合論, to appear.

渕野 昌: Forcing Axioms と連続体問題 — 最近の公理的集合論の動向から,

『数学』, to appear.

A. Kanamori, 渕野 昌 訳,巨大基数の集合論,シュプリンガー・フェアラーク東

京 (株) (1998).

松原 洋: 松原 洋:Non-Stationary Ideal と Universe of Sets, 『数学』,

Vol. 51 (1999).