国家総合職対象 官庁訪問対策グループ討議 課題 ·...

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伊藤塾 KY161216M-1 1 無断複製・頒布を禁止します 国家総合職対象 官庁訪問対策グループ討議 課題 (12/16 金 11:30-14:30 御茶ノ水校実施) 【第1問】 カジノを中心とした統合型リゾート(IR)を推進する法案(「カジノ法案」)が2016126 日、衆院本会議で自民党、日本維新の会などの賛成多数で可決、参院に送付されました。民進、 自由、社民の3党は退席し、共産党は反対、自主投票の公明党は賛否が分かれました。同法案は、 超党派の議員によって結成された「国際観光産業振興議員連盟(IR議員連盟)」がとりまとめた もので、2013年、2015年と国会に提出されましたが継続審議となっていたものです。 カジノのほか、国際会議場やショッピングセンター、宿泊施設などが一体的に運営されるIR には、経済効果が期待されています。米カジノ運営大手、MGMリゾーツ・インターナショナル のジェームス・ムーレン会長・最高経営責任者(CEO)はロイターとのインタビューで、投資 規模は「5000億円から1兆円になるだろう」と述べています。一方、反対派はカジノがマネー・ ロンダリングの温床になる恐れがあると指摘。また、ギャンブル依存症への対策が、はっきり決 まっていない段階での解禁は、社会的に弊害が多いと主張しています。 皆さんは、「統合型リゾート(IR)」を推進した場合の効果、並びに問題点を様々な角度から 検討してください。その上で推進するべきか否か、グループとしての見解をまとめてください。 [資料1]太田正隆「統合型リゾート(IR)構想」(『MICE Japan』2016年11月号)より IR推進法案は正確にいうと「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」といい、 直近では平成27428日に議案提出がなされている。過去にも国会に提出されていたが、審議 の遅れなどにより成立に至っていない。共産党を除く会派が超党派で議員連盟を構成し、成長戦 略、税収増加、雇用創出、訪日観光推進、観光振興、地方創生等の大きな経済波及効果が期待で きるとしている。最大の争点は、ギャンブル依存症増加、青少年への悪影響、治安の悪化等社会 的な影響が想定されることである。これには日本弁護士連盟をはじめ各種の団体が反対をしてい ることも事実である。 <保養地から統合型> カジノ(CASINO)ゲームの原型はヨーロッパ生れである。元々は王侯貴族等の有産階級が 好んでおこなった紳士淑女の遊び場というイメージ、米国等の新大陸では金をもった人々が一攫 千金を狙ってだれでも参加できるイメージが強い。また、保養地等に併設された一施設でモンテ カルロやドイツ・バーデンバーデンのような温泉保養地の立地し規模も小さいのが欧州型、ラス ベガスに代表される複数の大型施設が乱立し、劇場や各種エンターテイメントも併設されたまさ に統合されたリゾートの原型が米国型カジノである。 その後、カジノを含む会議場、展示施設、ショッピングセンター、レストラン、劇場、各種エ ンターテイメントを兼ね備えた統合型リゾート(Integrated Resort)として成長し、代表的な ものとしてシンガポールにあるマリーナ・ベイ・サンズ(Marina Bay Sans2010年開業)や ワールド・リゾート・セントーサ(World Resort Sentosa2010年開業)がある。 マリーナ・ベイ・サンズには巨大な国際会議場と展示場が設置され、レジャーのみならずビジ ネス客をも取り込み成功を収めている。また、ワールド・リゾート・セントーサではユニバーサ ル・スタジオ・シンガポール(Universal Studio)を敷地内に展開し、巨大水族館マリーナ・ラ イフ・パーク等を併設することでレジャー色の強い統合型リゾート構成している。

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伊藤塾 KY161216M-1

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国家総合職対象 官庁訪問対策グループ討議 課題

(12/16 金 11:30-14:30 御茶ノ水校実施)

【第1問】

カジノを中心とした統合型リゾート(IR)を推進する法案(「カジノ法案」)が2016年12月6

日、衆院本会議で自民党、日本維新の会などの賛成多数で可決、参院に送付されました。民進、

自由、社民の3党は退席し、共産党は反対、自主投票の公明党は賛否が分かれました。同法案は、

超党派の議員によって結成された「国際観光産業振興議員連盟(IR議員連盟)」がとりまとめた

もので、2013年、2015年と国会に提出されましたが継続審議となっていたものです。

カジノのほか、国際会議場やショッピングセンター、宿泊施設などが一体的に運営されるIR

には、経済効果が期待されています。米カジノ運営大手、MGMリゾーツ・インターナショナル

のジェームス・ムーレン会長・最高経営責任者(CEO)はロイターとのインタビューで、投資

規模は「5000億円から1兆円になるだろう」と述べています。一方、反対派はカジノがマネー・

ロンダリングの温床になる恐れがあると指摘。また、ギャンブル依存症への対策が、はっきり決

まっていない段階での解禁は、社会的に弊害が多いと主張しています。

皆さんは、「統合型リゾート(IR)」を推進した場合の効果、並びに問題点を様々な角度から

検討してください。その上で推進するべきか否か、グループとしての見解をまとめてください。

[資料1]太田正隆「統合型リゾート(IR)構想」(『MICE Japan』2016年11月号)より

IR推進法案は正確にいうと「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」といい、

直近では平成27年4月28日に議案提出がなされている。過去にも国会に提出されていたが、審議

の遅れなどにより成立に至っていない。共産党を除く会派が超党派で議員連盟を構成し、成長戦

略、税収増加、雇用創出、訪日観光推進、観光振興、地方創生等の大きな経済波及効果が期待で

きるとしている。最大の争点は、ギャンブル依存症増加、青少年への悪影響、治安の悪化等社会

的な影響が想定されることである。これには日本弁護士連盟をはじめ各種の団体が反対をしてい

ることも事実である。

<保養地から統合型>

カジノ(CASINO)ゲームの原型はヨーロッパ生れである。元々は王侯貴族等の有産階級が

好んでおこなった紳士淑女の遊び場というイメージ、米国等の新大陸では金をもった人々が一攫

千金を狙ってだれでも参加できるイメージが強い。また、保養地等に併設された一施設でモンテ

カルロやドイツ・バーデンバーデンのような温泉保養地の立地し規模も小さいのが欧州型、ラス

ベガスに代表される複数の大型施設が乱立し、劇場や各種エンターテイメントも併設されたまさ

に統合されたリゾートの原型が米国型カジノである。

その後、カジノを含む会議場、展示施設、ショッピングセンター、レストラン、劇場、各種エ

ンターテイメントを兼ね備えた統合型リゾート(Integrated Resort)として成長し、代表的な

ものとしてシンガポールにあるマリーナ・ベイ・サンズ(Marina Bay Sans・2010年開業)や

ワールド・リゾート・セントーサ(World Resort Sentosa・2010年開業)がある。

マリーナ・ベイ・サンズには巨大な国際会議場と展示場が設置され、レジャーのみならずビジ

ネス客をも取り込み成功を収めている。また、ワールド・リゾート・セントーサではユニバーサ

ル・スタジオ・シンガポール(Universal Studio)を敷地内に展開し、巨大水族館マリーナ・ラ

イフ・パーク等を併設することでレジャー色の強い統合型リゾート構成している。

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シンガポールは1965年の建国以来、カジノを禁止していたが、社会へ及ぼす負の影響と経済

的な効果を考慮し住民の合意形成を構築することに腐心、観光産業の低迷を期に2005年から単

なるカジノではない「IR」という概念が登場し、これを導入することとした。ポイントはマリ

ーナベイ地区とセントーサ地区の二箇所に限定することと、カジノが占める割合を敷地面積の

5%以下と規定したことである。

<IRとMICE>

シンガポールに於いて2005年から検討されたIR(カジノを含む統合型リゾート)は、その後

前述したようにカジノが占める割合を敷地面積の5%以下と規定、また会議場や展示場等の施設

を併設する提案等を活かすことで欧州型や米国型、またマカオ等とも異なる新たな統合型リゾー

トとして発展することになる。1998年の香港返還あたりからLCC(Low Cost Carrier)等の格

安航空の台頭、アジアにおける大交流時代ともいえる国際観光の発展と、重症急性呼吸器症候群

(SARS)等によりシンガポールにおける国際観光の訪問数やホテル稼働率は低迷時代を迎えてい

る。しかしながら2003年をボトムとしてV字的に回復をみせ2009年のリーマンショックを除き

右肩上がりとなっている。

これはシンガポールにおける国際観光を国家目標として挙げ、積極的に統合型リゾート開発や

国際会議誘致等のMICE推進を行った結果である。シンガポールにおける統合型リゾート開発の

考え方は「カジノではなくIRである」という概念によって、カジノを含む会議場、展示施設、

ショッピングセンター、レストラン、劇場、各種エンターテイメントを兼ね備えた統合型リゾー

トを形成し、民間からの投資により導入するとした。

[資料2]東京都「IR(統合型リゾート)に関する調査業務委託報告書」(2014年6月)より

■経済波及効果

○GDP

マカオでは、2004(平成16)年以降、大型IR 開業年において中国本土の成長率を上回る成長

率を記録している。シンガポールでは、IR 施設が相次いで開業した2010(平成22)年のGDP が

前年比15%(約3,400 億円)増となった。

○MICE

ラスベガスにおける国際会議件数は、大型IR 施設が開業した2010(平成22) 年から2011(平

成23)年にかけ倍増した。マカオでもIR 施設開業 に伴い、MICE 件数全体が増加した。さら

にシンガポールでも、IR 開業に伴い、2010(平成22)年に国際会議開催件数が増加に転じ、

2012(平成24)年は世界第1位(952 件)であった。

○外国人旅行者

マカオへの外国人旅行者数は、IR 開業が一つの要因となり、2002(平成14)年から2007(平

成19)年にかけて2倍以上に増加し、2,500 万人以上を記録している。シンガポールの外国人

旅行者数は、IR 開業前後で前年比20%増加し、2013(平成25)年で1,500 万人を記録した。

■雇用創出効果

○雇用者数

マカオでは、2003(平成15)年まで横ばいだった雇用者数が、大型IR において約24,000 人の

直接雇用が生じたこともあり、その後も増加している。シンガポールにおける雇用者数も増加

傾向にあり、2つのIR では14,500 人が雇用されている。

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[リゾート・ワールド・セントーサ]

○開業:2010(平成22)年

○運営主体 ゲンティン・シンガポール

○延床面積 343,000 ㎡

○敷地面積 490,000 ㎡

○カジノ面積 15,000 ㎡(延床面積の4.4%)

○同一建物内又は敷地内にある施設の有無

・ホテル 有り

・コンベンション 有り (延床面積の3.2%)

・ショッピング 有り

・エンターテイメント 有り

→コンベンション施設は3 ヶ所で合計10,900

㎡(アクエリアスホテルバンケットルーム(Equarius Hotel™ Banquet Rooms) 1,600 ㎡、ファンクションルー

ム(Function Rooms) 3,300 ㎡、コンパスボールルーム(Compass Ballroom) 6,000 ㎡)

→ホテル客室数は1,500 部屋。

→世界最大の水族館マリーナ・ライフ・パークを有し、10 万匹以上、800 種類以上の海洋生物を展示している。

→施設内にユニバーサル・スタジオ・シンガポール、シンガポール初となる英国発の有名スパ、コンサート等を楽し

める世界最大のアニマトロニクス・ショーを有する。

[マリーナ・ベイ・サンズ]

○開業:2010(平成22)年

○運営主体 マリーナ・ベイ・サンズ

○延床面積 570,000 ㎡

○敷地面積 154,938 ㎡

○カジノ面積 15,000 ㎡(延床面積の2.6%)

○同一建物内又は敷地内にある施設の有無

・ホテル 有り (延床面積の46.6%)

・コンベンション 有り (延床面積の21.2%)

・ショッピング 有り

・エンターテイメント 有り (延床面積の29.0%)

→カジノ上層階の会員限定サロンにあるハイリミット (High

Limit)、ルビー (Ruby)、パイザ (Paiza) の各エリアでは、200 種類以上のゲームが楽しめる。

→コンベンション施設は121,000 ㎡であり、ラスベガスのマンダレイベイに匹敵する超大型施設。

→ホテル客室数は2,600 部屋(265,683 ㎡)。

→エンターテイメント施設は165,157 ㎡であり、サンズ・スカイパーク( Sands Sky Park)(9,941 ㎡)、科学博物

館(Museum of Art Science)(48,000 ㎡)、劇場(Theaters)(21,980 ㎡)、クリスタルパビリオン(Crystal

Pavilions)(5,914 ㎡)、イベントプラザ(Event Plaza)(5,000 ㎡)を含んでいる。

→ショップス(The Shoppes at Marina Bay Sands)(74,322 ㎡)には300 件以上の店舗が軒を連ね、施設の真

ん中を運河が流れており、船に乗って巡ることができる。

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[資料3]日本弁護士連合会「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる

「カジノ解禁推進法案」)に反対する意見書(2014年5月9日)より

3 カジノ解禁推進法案の問題点

(1) カジノによる経済効果への疑問

カジノ推進の立法目的に経済の活性化が掲げられているが、その経済効果は、十分な検証の上

に評価されるべきである。韓国、米国等ではカジノ設置自治体の人口が減少したり、また、多額

の損失を被ったという調査結果も存在する。地域経済自体がカジノ依存体質に陥れば、将来的な

カジノからの脱却はおろか、副次的弊害を抑え込むためにカジノ規制が必要となった場合でも、

自治体財政を脅かす行為として忌避されてしまいかねない。また、以下に述べる問題点が指摘さ

れているが、経済効果についてはプラス面のみが喧伝され、経済的なマイナス要因の可能性につ

いて、客観的な検証はほとんどなされていない。

(2) 暴力団対策上の問題

2007年6月に策定された「企業が反社会的勢力による被害を防止する ための指針」や、2011

年10月までに全都道府県で施行された暴力団排除条例に基づき、官民一体となった暴排活動が

進められた結果、暴力団の資金源は逼迫しつつある。このような暴力団がカジノへの関与に強い

意欲を持つことは、容易に想定される。この点、カジノ営業を行う事業主体からは暴力団を排除

するための制度が整備されるとのことであるが、事業主体として参入し得なくても、事業主体に

対する出資や従業員の送り込み、事業主体からの委託先・下請への参入等は十分可能である。カ

ジノ利用者をターゲットとしたヤミ金融、カジノ利用を制限された者を対象とした闇カジノの運

営、いわゆる「ジャンケット」(VIP顧客をカジノに送客し、カジノ事業者からコミッションを

得る者)を典型とする、顧客とカジノとの間の「媒介者」としての関与等、周辺領域での資金獲

得活動に参入することも可能である。しかも、これら資金獲得活動を行うに際しては、暴力団員

が直接関与する必要がなく、その周辺者、共生者、元暴力団員等を通じて関与することが十分可

能であり、これら業務を通じて獲得した資金が暴力団の有力な資金源となり得る。

(3) マネー・ローンダリング対策上の問題

我が国も加盟している、マネー・ローンダリング対策・テロ資金供与対策の政府間会合である

FATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)の勧告において、カジノ事業者はマネ

ー・ローンダリングに利用されるおそれの高い非金融業者として指定されている。海外メディア

では、中国の官僚等が関与した多額の資金や北朝鮮が武器及び麻薬輸出によって得た資金が、マ

カオのカジノを通してローンダリングされている疑いが報道されている。我が国にカジノを設け

た場合、仮にカジノ事業者に対して、犯罪による収益の移転の防止に関する法律に基づく、取引

時確認、記録の作成・保存、疑わしい取引の届出を求めたとしても、こうしたマネー・ローンダ

リングを完全に防ぐことができるとは考えられない。なお、IR議連においては、キャッシュレ

スシステムにより、カジノ場内での資金の流れを捕捉し、マネー・ローンダリングを抑止するこ

とを検討していると伝えられるが、果たしてカジノ場内での資金の流れを全て捕捉することが技

術的に可能であるのか疑問である。また、仮に資金の流れを捕捉できたとしても、資金源が犯罪

資金であるか否かを直ちに判別することは困難である。

(4) ギャンブル依存症の拡大

ギャンブル依存症の問題はさらに深刻である。ギャンブル依存症は、慢性、進行性、難治性で、

放置すれば自殺に至ることもあるという極めて重篤な疾患である。我が国においては、2008年

の厚生労働省による病的賭博(ギャンブル依存症)の調査によれば、成人男性の9.6%、成人女

性の1.6%が病的賭博とされ、世界各国と比べてその発症率は極めて高く、ギャンブル依存症の

患者は推定で560万人以上にも達する。いったん発症したギャンブル依存症への対策は非常に困

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難であり、むしろギャンブル依存症の患者を新たに発生させない取組こそが重要といえる。一方、

カジノは利益を上げるために多数の賭博客を得ようとするのは当然であり、カジノ設置によって

ギャンブル依存症の患者が増加することは避けられない。カジノの収益によってギャンブル依存

症対策を推進するとの見解もあるが、ギャンブル依存症対策をカジノの収益で行うのは本末転倒

であって、独自にその対策を強力に推進すべきものである。

(5) 多重債務問題再燃の危険性

賭博には必ず敗者が存在する。破産調査の結果によると、破産した者のうちギャンブルが原因

と見られる者が5%程度にのぼる(当連合会「破産事件及び個人再生事件記録調査」)。2006年の

貸金業法改正等、官民一体となって取り組まれてきた一連の多重債務者対策によって、この間、

多重債務者が激減し、結果として、破産者等の経済的に破綻する者、また、経済的理由によって

自殺する者も減少してきた。カジノの合法化は、これら一連の対策に逆行して、多重債務者を再

び増やす結果をもたらす可能性がある。

(6) 青少年の健全育成への悪影響

合法的賭博が拡大することによる青少年の健全育成への悪影響も座視できない。とりわけ、

「IR方式」は、家族で出かける先に賭博場が存在する方式であるから、青少年らが賭博に対す

る抵抗感を喪失したまま成長することになりかねない。

(7) 民間企業の設置、運営によることの問題

現行刑法は、賭博及び富くじに関する規定(刑法第185条以下)を設けているが、他方で、特

別法(当せん金付証標法、競馬法、自転車競技法、小型自転車競争法、モーターボート競争法、

スポーツ振興投票の実施等に関する法律等)により、賭博罪・富くじ罪に該当する行為を合法化

する規定が置かれている。違法行為を惹起し、暴力団等の資金源となりうるような賭博・ 富く

じが処罰の対象とされており、最近では、賭博罪の保護法益について、公認された賭博制度に対

する公共の信頼とする考え方も有力になっている。カジノについても、違法性阻却を認めること

ができるかどうかについては、その予想される弊害に照らし、既に公認されている公営ギャンブ

ルと比較して、目的の公益性、運営主体の性格、収益の扱い、射倖性の程度、運営主体の廉潔性・

健全性、運営主体への公的監督、副次的弊害の防止等の観点から、具体的に検討されなければな

らない。しかしながら、カジノ解禁推進法案では民間企業が運営するカジノ施設における不正行

為の防止や運営に伴う有害な影響の排除の措置等は何ら具体的ではないが、そもそも民間企業の

設置、運営にかかるカジノにおいて、公共の信頼を担保することは困難といわざるをえない。

[資料4]横浜市「IR(統合型リゾート)等新たな戦略的都市づくり検討調査(その2)報

告書(2016年3月)より

3.ギャンブル依存症に対する調査

○シンガポール

<ギャンブル依存症の現状>

シンガポールでは、ギャンブル依存症の有病率は年々低下しており、2014 年時点で0.7%に

なっている。

<ギャンブル依存症の対策>

シンガポールでは、2005 年のIR 導入決定以前、1985 年及び2002 年にも経済不振を背景に

カジノ合法化が検討されたが、ギャンブル依存症に陥る危険性の増加を理由として見送られてき

た経過があり、2005 年のIR 導入決定の際も、論点の一つはギャンブル依存症対策であった。

この経緯を踏まえ、政府は2005 年にIR を閣議決定するに当たって、6 項目(①問題ギャン

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ブル全国協議会の設立、②ギャンブル依存症の公教育、③コミュニティに対するカウンセリング

及びサポートサービスの提供、④ギャンブル依存症者に対する治療強化、⑤ギャンブルの研究、

⑥厳格な法規制の導入)から成る国家フレームワークを導入し、国全体を挙げてギャンブル依存

症対策に取り組むことを決定した。結果として、シンガポールのギャンブル依存症対策は、他国・

地域と比較して充実した内容となっていると考えられる

○米国ネバダ州

<ギャンブル依存症の現状>

ネバダ州では、ギャンブル依存症の有病者数・有病率は2002 年時点で95,100 人(うち病的

ギャンブラー52,000 人、問題ギャンブラー43,100 人)、6.4%であった。また、調査基準は不明

であるが、2009 年の有病者数は58,500 人(病的ギャンブラー19,500人、問題ギャンブラー

39,000 人)、2012 年の有病者数・有病率は56,315 人、2.7%であった。

<ギャンブル依存症の対策>

ネバダ州では、カジノ産業の健全性維持のため遵守すべき最低限の規制を整えながらも、カジ

ノ産業成長のため事業者間の自由競争を重視する政策を採用している。そのため、入場料制度や

自己排除プログラム等の需要抑止に繋がる法規制はあまり導入されていない。以上の背景から、

行政による徹底した法規制ではなく、カジノ運営事業者による責任あるゲーミング活動、カジノ

運営事業者より支援を受けた民間団体による取組がギャンブル依存症対策の活動の中心となっ

ている。

○韓国

<ギャンブル依存症の現状>

韓国では、問題ギャンブラー及び中リスクギャンブラーの割合は2008 年から2014 年にかけ

て概ね横ばいであり、2014 年時点で合わせて5.4%となっている。

<ギャンブル依存症の対策>

韓国では、内国人の利用が可能なカンウォンランドが開業した2000 年頃から、カジノ産業に

おけるギャンブル依存症対策の検討が開始された。カンウォンランド開業後、内国人のカジノ利

用が増加し、内国人のギャンブル依存症者の増加が社会問題になった。これに対応すべく、2001

年、株式会社カンウォンランドは、韓国ギャンブル予防治癒センターを設立し、ギャンブル依存

症者に対する無料相談サービスを開始した。その後、予防・治療プログラムの開発・提供や調査

研究等の機能が追加され、現在はカンウォンランド依存症管理センターとして運営されている。

○日本

<ギャンブル依存症の現状>

厚生労働省の厚生労働科学研究によれば、日本のギャンブル依存の割合は2008 年時点で

5.1%、2013 年時点で4.8%となっている。報告書によると、「これは、パチンコによる頻度の増

大の影響が大きく、わが国独特の状況を示しているといえる。」と記載している。なお、日本の

有病率の調査対象として、公営賭博のほか、パチンコや証券信用取引等も含まれている。

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【第2問】

2016年12月8日、自民・公明両党は、2017年度税制改正大綱を決定しました。今回の税制

改正大綱において焦点となったもののひとつに、所得税の配偶者控除の見直しがあります。

現行制度では配偶者の年収要件が103万円以下になっていますが、大綱では、これを2018年

1月から150万円以下に引き上げることが明記されました。また、世帯の手取り収入が急激に

減らないようにするために、150万円を超えた場合は満額38万円の控除額を9段階に分けて減

らしていき、201万円超でゼロにすることとしています。一方で、対象拡大による税収減を防

ぐために、世帯主の年収が1220万円を超えると控除を受けられないということも盛り込まれ

ました。このような与党大綱には、パート労働の主婦等の女性の就労をより促進するなどの

狙いがあります。

皆さんは、まず、この配偶者控除の見直しについて、メリットとデメリットも含めて自由

に議論してください。そして、配偶者控除の制度を今後どうしていくべきか、グループとし

ての見解をまとめてください。

[資料1]政府税制調査会「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告

(案)」(2016年11月14日)より

個人所得課税については、本年6月2日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針

2016」において、「政府税制調査会が取りまとめたこれまでの論点整理に沿って、同調査会にお

ける更なる議論も踏まえつつ、経済社会の構造変化を踏まえた税制の構造的な見直しを計画期間

中のできるだけ早期に行う」とされている。

当調査会においては、これまで、「一次レポート」(「働き方の選択に対して中立的な税制の

構築をはじめとする個人所得課税改革に関する論点整理(第一次レポート)」平成26年11月7日・

税制調査会)及び「論点整理」(「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整

理」平成27年11月13日・税制調査会)をとりまとめてきた。

これらの論点整理を通じ、当調査会は、多様な働き方に中立的な仕組みを構築するとともに、

安心して結婚し子供を産み育てることができるようにするなど若い世代に光を当てることが必

要であると指摘してきた。こうした取組みは、人々がその能力を一層発揮できるようにすること

に寄与し、ひいては日本経済の潜在力の発揮にもつながっていくものである。

今後、新たな任期の下においても、こうした基本的な考え方を堅持しつつ、引き続き議論を継

続していく。個人所得課税改革については論点が多岐にわたることから、まずは、働き方の選択

に対して中立的な税制の構築に関する点を中心に議論を行い、今後の検討に供するため本中間報

告をとりまとめた。

1.働き方の選択に対して中立的な税制の構築

⑵ 配偶者控除に関する問題点の指摘と見直しの意義

配偶者控除や配偶者特別控除が創設された時代と比較すると、正社員の終身雇用・年功賃金を

中核とする雇用システムの構造変化を背景に、男性の雇用者と無職の妻からなる「片働き世帯」

は減少する一方で、「共働き世帯」、特に、「夫フルタイム・妻パートタイムの世帯」が増加し

ている。また、今後も生産年齢人口の減少が続くと見込まれる中で、働きたい女性が働きやすい

環境づくりが重要となる。このように、人々の働き方や家族のあり方などを巡る状況も大きく変

化している中、意欲、個性や能力に応じて希望を持って働くことができるシステムの構築が求め

られているが、配偶者控除について、「片働き世帯」が一方的に優遇されていることは不公平で

はないかとの指摘がある。

また、「パート世帯」においては、配偶者が基礎控除の適用を受けるとともに納税者本人も配

偶者控除の適用を受けている(いわゆる「二重の控除」が行われている)ため、「片働き世帯」

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や「共働き世帯」よりも控除額の合計額が多く、アンバランスが生じているとの指摘がある。

就業調整との関連では、前述のとおり、配偶者特別控除の導入により、配偶者の給与収入が103

万円を超えても世帯の手取り収入が逆転しない仕組みとなっており、税制上、いわゆる「103万

円の壁」は解消している。他方で、配偶者特別控除の導入後も、配偶者が就業時間を調整するこ

とにより、納税者本人に配偶者控除が適用される103万円以内にパート収入を抑える傾向がある

との指摘がある。こうした傾向の要因として、配偶者控除に係る「103万円」という水準が企業

の配偶者手当の支給基準として援用されているためではないか、また、いわゆる「103万円の壁」

が引き続き心理的な壁として作用しているためではないか、といった指摘もなされている。

働き方の選択に対して中立的な仕組みの構築に向けては、家族や働き方等を巡る状況の変化を

踏まえ、これからの社会によりふさわしい税制を構築する観点から、税制面で更なる見直しを進

めていくことが必要である。

⑶ 配偶者控除の見直しの選択肢に対する考え方

当調査会は「一次レポート」で示された選択肢を踏まえて議論を行った。その結果、働き方の

選択に対して中立的な税制を構築する観点から現在の配偶者控除を更に見直すことが適当であ

り、その際には税収中立を堅持する必要があるとの方向性で一致した。また、後述の「2.所得

控除方式の見直し」でも触れるように、担税力の減殺を調整する必要性や所得再分配機能の回復

の観点から高所得者にまで税負担の軽減効果を及ぼす必要性は乏しいとの認識を共有した。他方、

具体的な制度の案については委員の間に様々な意見があり、整理すると以下のとおりである。

配偶者控除を廃止するとともに廃止によって生じる財源を子育て支援の拡充に充てるとの案

(「一次レポート」の選択肢A-1)は、配偶者が無業者、パートタイム労働者またはフルタイ

ム労働者のいずれであっても控除が適用されず、配偶者の収入が納税者本人の税負担に一切影響

しない中立的な仕組みになるとともに、政策的な支援の対象を子育て世代に重点化する考え方で

ある。

他方、一定の収入以下の配偶者、特に、介護等の様々な理由で収入を得ることのできない配偶

者を有する者について担税力の減殺を調整しないのは、納税者本人が高所得者である場合は別と

しても、個人の担税力の大きさに着目する現行の所得税制において、他の控除との整合性も含め

問題があるのではないか、といった課題がある。前述のとおり、配偶者控除が広く納税者に適用

されている中では、廃止による影響が大きい点は否めない。

また、子育て支援の拡充に当たっては、税制が多くの役割を果たすことには限界があるため、

社会保障制度における給付の方がより効果的に支援を行うことができると考えられる。こうした

場合には、配偶者控除の廃止により生じる財源を子育て支援に係る給付に充てるための仕組みの

構築が重要であり、歳出面も組み合わせて財政中立とすべきである。

配偶者控除に代えて移転的基礎控除を税額控除方式で導入するとの案(「一次レポート」の選

択肢B-2)については、働き方の選択に対して中立的な税制となることに加え、所得再分配機

能の回復にも資する点が特徴である。

他方、個人単位課税を基本とする我が国の所得税制において世帯単位で税負担を捉える考え方

を導入することをどう考えるか、多数の納税者について控除の移転が行われると考えられる中で

配偶者の所得を適時・正確に把握して納税者本人に課税を行うことは実務上困難である、といっ

た課題がある。

配偶者控除に代えて夫婦世帯を対象とした新たな控除を設けるとの案(「一次レポート」の選

択肢C)は、一定の収入以下の配偶者を有する者について担税力の減殺を調整するという趣旨で

はない点で配偶者控除とは異なる新たな控除を設けるものであり、制度設計次第で様々な論点が

生じる。

少子化対策の観点からまずは夫婦の形成を支援することに意義があるが、夫婦ではなく子供に

着目した支援を行う方が直接的ではないか、離別や死別により支援がなくなることをどう考える

べきか、といった課題がある。

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また、控除の対象となる者の収入に制限を設けない場合、担税力への配慮や税負担の公平性の

観点から、高所得者の夫婦世帯にまで新たな控除を適用する必要があるのか、控除全体の規模が

現行よりも拡大することに伴う相当額の財源をどのように確保するのか、といった課題がある。

こうした課題に対応するためには、控除の対象となる者の収入を一定額以下に限ることが考えら

れる。

なお、前述のとおり、配偶者控除に係る「103万円」という水準が企業の配偶者手当の支給基

準として援用されていることなどが就業調整という喫緊の課題の一因ではないかとの指摘に対

応する観点から、配偶者控除について、税収中立の考え方を踏まえつつ、配偶者の収入制限であ

る「103万円」を引き上げることも一案との意見があった。

この問題は、家族のあり方や働き方に関する国民の価値観に深く関わる問題でもあることから、

国民的議論が十分に尽くされることを望みたい。

⑷ 他の制度・政策との関係

働き方の選択に対して中立的な仕組みの構築は、税制のみで達成できるものではなく、被用者

保険制度やワーク・ライフ・バランスの実現といった労働政策などの関連する制度・政策におけ

る取組みも極めて重要であり、総合的な対応が必要である。

また、配偶者が一定の収入(例えば103万円)以下であることを支給の要件とする企業の配偶

者手当も、就業調整を生じさせる大きな要因となっている。こうした手当制度を有する企業に対

しては、国家公務員の扶養手当に係る見直しに向けた動きも踏まえ、労使による真摯な話合いの

下、就業調整に係る問題を解消する観点からの抜本的な見直しを強く求めたい。

[資料2]岩見祥男「配偶者控除の見直しに関する議論」(国立国会図書館『調査と情報』第842

号、2015年1月15日)より

Ⅱ 配偶者控除制度に関する議論

3 専業主婦・パート主婦世帯に対する優遇

配偶者控除制度が適用されない共働きの世帯に比べて、専業主婦世帯や「パート主婦世帯」が

優遇されており、世帯間に不公平が生じているとの指摘はしばしば見られるところである。現状

では、配偶者控除制度が適用される範囲内で働くパート主婦は、自身に適用される基礎控除と、

夫に適用される配偶者控除または配偶者特別控除の「二重の控除」の恩恵を受けることができる。

世帯で見た各控除の関係を表すと、図2のようになる〔引用者注:図は省略。以下、図・表につ

いては同様〕。

妻の給与収入が65万円から141万円の範囲の世帯については、最大で合計114万円(夫の基礎控

除38万円+妻の基礎控除38万円+配偶者控除38万円)の控除を受けることができ、同制度が適用

されない共働き世帯の合計76万円(夫の基礎控除38万円+妻の基礎控除38万円)を上回る結果と

なっている。

4 廃止による増税効果

配偶者控除制度が廃止された場合、代替的な施策が講じられないとすれば、それは単なる増税

に過ぎないという批判も予想される。平成26年度現在の同制度の適用者数は、配偶者控除及び配

偶者特別控除合わせて約1500万人であり、全て廃止された場合には、合計6300億円程度の税収増

となる。また、「二重の控除」部分を解消する改定が行われた場合(図3参照)、1200億円程度

の税収増になると試算されている。

Ⅲ 配偶者控除制度は労働力供給を抑制しているか

前章で配偶者控除制度にまつわる議論を見てきたが、制度自体の是非については意見の分かれ

るところとなっている。ただそうした中でも、「103万円の壁」が今でも残っており、それが既

婚女性の就労に影響を及ぼす可能性がある点については、十分に考慮の余地があろう。この章で

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は、配偶者控除制度が既婚女性の労働力供給を抑制しているか否かについて、調査結果等を基に

検討する。

2 既婚女性の給与所得分布

(前略)以上の調査から、既婚女性の給与収入は100万円付近に集中がみられ、前節のアンケ

ート調査の結果と合わせて考えると、既婚女性による配偶者控除制度を理由とした就労調整が行

われている可能性が考えられる。

3 定量的分析

配偶者控除制度が既婚女性の労働力供給を抑制しているか否か定量的に分析した事例(表5参

照)について、その結論部分を概観しておこう。

配偶者控除制度が、既婚女性の労働参加の有無に影響を与えるか否かという観点から、以下の

論者が分析を行っている。大石亜希子氏、萩原里紗氏、高橋新吾氏のそれぞれの分析によると、

程度の差はあるものの配偶者控除制度は既婚女性の労働参加を抑制する効果を持つとしている。

一方で、古谷泉生氏、坂田圭氏ほかのそれぞれの分析では、配偶者控除制度は既婚女性労働者の

労働参加に大きな影響を持たないとしている。また、樋口美雄氏ほかの分析では、配偶者控除制

度の拡充が既婚女性の労働参加率を高めるとしており、パート労働という就労形態ではあるもの

の、配偶者控除制度は既婚女性の労働参加を促進する効果を持つとしている。

また、配偶者控除制度が、既婚女性労働者の労働時間に影響を与えるか否かという観点から、

赤林英夫氏及び坂田氏ほかがそれぞれ分析を行っている。これらの分析では、配偶者控除制度は

既婚女性労働者の労働時間を抑制する効果を持つとしている。

[資料3]社説「配偶者控除維持 「働き方改革」に値しない」(毎日新聞2016年12月5日)よ

女性の活躍を後押しするための見直しではなかったのか。これでは安倍政権の「働き方改革」

の本気度が疑われる。

配偶者が専業主婦やパートで働く世帯を減税する所得税の「配偶者控除」について、政府・与

党の見直し案が固まった。控除を満額受けられる配偶者の年収の上限を 103 万円から 150 万円に

引き上げる。一方、主な稼ぎ手の所得が高い場合は控除の対象から外し、これら高所得層への増

税によって財源を確保する。

現行の配偶者控除は、年収 103万円以下の配偶者がいると主な稼ぎ手の課税対象の所得から

38 万円を引いて税負担を軽くする制度だ。連動して配偶者手当を支給している企業も多く、税

の控除と手当を得るために年収 103 万円以下になるよう働く時間を抑えている人は多い。

いわゆる「103万円の壁」で、当初安倍政権は女性の社会参加を阻んでいる「壁」を撤廃する

ことを目指していた。ところが配偶者控除を廃止すると専業主婦や配偶者がパート勤務の世帯が

増税となることから、与党内で慎重論が強く、結局は撤廃を見送って控除の対象となる年収の上

限の引き上げに傾いた。

対象の上限を 150万円に引き上げると新たに控除の対象となる世帯が増え、それまで 103 万円

以下で働いていた人々も 150 万円近くまで働くようになるだろう。多くの世帯が控除拡充の恩恵

を受けられるようになる。働き手不足に悩んでいる企業は歓迎するかもしれない。

また、高所得の世帯を控除の対象から外して増税すれば、財源の確保ができるだけでなく、結

果として格差の解消にも寄与することになる。

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ただ、配偶者控除の見直しの議論は、パート世帯の減税ではなく、女性が活躍できる社会を実

現するために始まったことを忘れてはならない。年収万円まで働いていた女性が 150万円まで働

くようになっても、そのほとんどがパート勤務であることに変わりはないだろう。

社会で働く女性の6割以上が第1子を出産後に離職する。経済や社会を活性化させるためには、

資格やキャリアのある専業主婦や短時間勤務の女性が社会の中心で活躍できるようにすること

が必要だ。政府・与党の配偶者控除見直し案は、当初の目的とは方向性がまったく違うと言わざ

るを得ない。

もちろん、子育てや介護で働けない人には手厚い支援が必要だ。やはり配偶者控除は廃止し、

それで得られる財源を子育て支援などに回すことを検討すべきである。

配偶者控除は専業主婦が多数派だったころの制度である。さらに拡充するのは時代に逆行して

いる。

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