特集 食の安全・安心とiso 22000 審査解説 審査は...

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ISO 22000は、食の安全を追求する ために食品製造業(一次食品製造、食 品加工、二次食品加工)だけでなく、フ ードチェーンに携わるさまざまな業態 (作物生産、飼料製造、卸売業、小売 業)に加え、フードチェーンに間接的に かかわる業態(建設業、機械製作メー カーなど)までも認証の対象となり、よ り多くの業種での取り組みが期待され ている。ISOの審査機関も、ISO 22000の普及をにらみ2005年の規格発 行後、審査サービスの準備を進めてき た。ビューローベリタスジャパンの関根 吉家氏に、ISO 22000の審査、審査を 通じて感じたことについて話を聞いた。 ISO 22000では実地審査を 重視 ―審査概要について。 関根 ISO 22000の登録審査は1stス テージと2ndステージの2段階に分けて 行います。審査の中身についてはISO 審査では安全に関するノウ ハウに注目 ―審査を行うにあたって意識している 点は。 関根 ISO 22000の食品安全マネジメ ントシステム(FSMS)を導入する組織に は認証を通して、食の安全に関して自 分たちの取り組みが万全との確信を 持ってもらいたいと考えています。審 査はそのためのお手伝いという位置 づけです。 審査で特に意識して見ているのは、 安全なものを作ることに関して皆さん が必ず持っているノウハウがうまく表 現されているかどうかということです。 もちろん、文書に起こしてある手順が 現場でしっかり守られているかといっ た確認も重要です。ただもっと重視し て見るのは、例えば、ある活動が決め られていて、それを守ることが結果的 に食品安全を担保することにつながっ ているかどうかといった点です。 9001やISO 14001の審査と基本的には 同じで、1stでは文書を中心にその構 築度合いを確認し、2ndで実際の活動 がきちんと計画どおりになっているの かしっかり見させてもらいます。また、 更新審査は3年ごと、維持審査は年 1回もしくは2回実施します。 審査工数の考え方はISO/TS 22003 の付属書Bで書かれていますが、特に サンプリングについてはISO 9001など と比較して厳しく設定されていると思 います。また、実地審査が重視されて おり、例えば深夜しか行わない工程 でも食品安全にとって重要なプロセス なら、その時間に審査を実施すること もあります。 ビューローベリタスジャパンの審査 実績は、登録組織数7件、すでに審査 が終了して登録証発行待ちは3件、審 査の1stステージが終わったものが2件 です(2007年6月末現在)。また、認定 については、2006年に英国のUKASか ら認定を受けており、日本適合性認定 協会(JAB)の認定についても現在、申 請を検討中です。 No.117 August 2007 22 審査は食の安全に関する ノウハウが表現されているか 確認する場である 特集 食の安全・安心とISO 22000 審査解説 取材先:ビューローベリタスジャパン株式会社 システム認証本部 テクニカル部 HACCP/ISO 22000プロダクトマネジャー 関根 吉家

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Page 1: 特集 食の安全・安心とISO 22000 審査解説 審査は …...審査工数の考え方はISO/TS 22003 の付属書Bで書かれていますが、特に サンプリングについてはISO

ISO 22000は、食の安全を追求する

ために食品製造業(一次食品製造、食

品加工、二次食品加工)だけでなく、フ

ードチェーンに携わるさまざまな業態

(作物生産、飼料製造、卸売業、小売

業)に加え、フードチェーンに間接的に

かかわる業態(建設業、機械製作メー

カーなど)までも認証の対象となり、よ

り多くの業種での取り組みが期待され

ている。ISOの審査機関も、ISO

22000の普及をにらみ2005年の規格発

行後、審査サービスの準備を進めてき

た。ビューローベリタスジャパンの関根

吉家氏に、ISO 22000の審査、審査を

通じて感じたことについて話を聞いた。

ISO 22000では実地審査を重視

―審査概要について。

関根 ISO 22000の登録審査は1stス

テージと2ndステージの2段階に分けて

行います。審査の中身についてはISO

審査では安全に関するノウハウに注目

―審査を行うにあたって意識している

点は。

関根 ISO 22000の食品安全マネジメ

ントシステム(FSMS)を導入する組織に

は認証を通して、食の安全に関して自

分たちの取り組みが万全との確信を

持ってもらいたいと考えています。審

査はそのためのお手伝いという位置

づけです。

審査で特に意識して見ているのは、

安全なものを作ることに関して皆さん

が必ず持っているノウハウがうまく表

現されているかどうかということです。

もちろん、文書に起こしてある手順が

現場でしっかり守られているかといっ

た確認も重要です。ただもっと重視し

て見るのは、例えば、ある活動が決め

られていて、それを守ることが結果的

に食品安全を担保することにつながっ

ているかどうかといった点です。

9001やISO 14001の審査と基本的には

同じで、1stでは文書を中心にその構

築度合いを確認し、2ndで実際の活動

がきちんと計画どおりになっているの

かしっかり見させてもらいます。また、

更新審査は3年ごと、維持審査は年

1回もしくは2回実施します。

審査工数の考え方はISO/TS 22003

の付属書Bで書かれていますが、特に

サンプリングについてはISO 9001など

と比較して厳しく設定されていると思

います。また、実地審査が重視されて

おり、例えば深夜しか行わない工程

でも食品安全にとって重要なプロセス

なら、その時間に審査を実施すること

もあります。

ビューローベリタスジャパンの審査

実績は、登録組織数7件、すでに審査

が終了して登録証発行待ちは3件、審

査の1stステージが終わったものが2件

です(2007年6月末現在)。また、認定

については、2006年に英国のUKASか

ら認定を受けており、日本適合性認定

協会(JAB)の認定についても現在、申

請を検討中です。

No.117 August 200722

審査は食の安全に関するノウハウが表現されているか

確認する場である

特集 食の安全・安心とISO 22000 審査解説

取材先:ビューローベリタスジャパン株式会社システム認証本部テクニカル部 HACCP/ISO 22000プロダクトマネジャー

関根吉家氏

Page 2: 特集 食の安全・安心とISO 22000 審査解説 審査は …...審査工数の考え方はISO/TS 22003 の付属書Bで書かれていますが、特に サンプリングについてはISO

ハザード分析の役割とは?

―実際に組織のFSMSを見てみた感

想は。

関根 ハザード分析を含めその周辺

で、どうやればいいのか分からず苦労

している組織が多いと感じます。

ご存じの通りマネジメントシステム規

格は、こういう状態にしてくださいとか、

こういう目的で活動してくださいという

内容で、そのための具体的な手法に

ついては書かれてはいません。ですか

ら、何をすればいいのか分からない、

実際に自分たちのやっていることに結

びつけて考えられないようです。

もちろん、いきなり全部理解するの

は簡単ではないかもしれません。た

だ、FSMSの根幹に関わってくるハザ

ード分析についてよく分からないまま

システム構築を進めると、できあがっ

てみたら効果の出ないシステムになっ

ていたという事態になりかねないの

で注意が必要です。

―ハザード分析は特にしっかり理解す

るということですね。

関根 ISO 22000で求められるハザー

ド分析は、ISO 14001の経験をお持ち

なら環境影響評価に似ているものと考

えれば分かりやすいでしょう。

ハザード分析に関する流れを簡単

に紹介すると、まず自分たちの仕事の

中で、食品安全にかかわるハザード

(危険因子)を全て抽出して、その中か

ら自分たちがコントロールをしなけれ

ばならないハザードを選択することに

なります。続いて、コントロール対象の

ハザードを発生しないようにするため

のプロセス、例えば製造段階などと

はっきりさせますが、これがCCP(重要

管理点)の明確化になります。次に、

そのプロセスでハザードが有害になら

ないような条件を明確にします。これ

を許容限界の明確化といいます。そ

して有害にならないための管理手段

を特定し、その実行へとつなげてい

くのです。

ただ、厚生労働省の総合衛生管理

製造過程承認制度(マル総)をご存じ

の場合、このマル総のハザード分析表

が頭の中に出てきて混乱してしまうよ

うですね。マル総の表はあくまでも

CCPをはっきりさせるものであり、ISO

22000のハザード分析とは役割に違い

があるのです。

―具体的には。

関根 マル総ではCCPを確定するの

がハザード分析でした。一方、ISO

22000では、ハザードを明確にして、

PRP(前提条件プログラム)をO-PRP

(オペレーション前提条件プログラム)

とCCPに分けて管理手段をはっきりさ

せるのがハザード分析の役割となり

ます。

―過去の経験によって誤解している

ケースですね。

関根 もう一つ審査現場で気になるの

は、PRPとO-PRPを混同しているケー

ス、さらにこれらをマル総やHACCPの

取り組みで出てきたSSOP(衛生標準

作業手順)やGMP(適正製造規範)な

どとも混同しているケースが少なくな

いことです。

PRPとはFSMSを構築する際、整備

しておく衛生管理を維持するために必

要な活動や基本条件を示したもので

す。一方、O-PRPは、ハザード分析で

明確になったハザードに対する管理手

段を指します。ですから、両者では、

手順などで求められる厳しさが全く異

なってくるのです。PRPとO-PRPの区

別が曖昧なままで、実際の工程につ

いて整理がついていないケースや、中

にはPRPと言っているがO-PRPの取り

組みになっているものも見かけます。

―PRPとO-PRPの違いをしっかり認

識した上で、的確に分けてそれぞれに

合った管理レベルの対応へとつなげ

る必要があるわけですね。

関根 その目的のために書かれた規

格がISO 22000ともいえるでしょう。こ

の規格の要求事項は、それにしたがっ

て取り組むと、組織がもともと持って

いた食品安全ためのノウハウを組織

として明確にすることになる、こういっ

た中身になっています。つまり自分た

ちのノウハウ、いわば経験に裏付けさ

れて今やっていることを整理するのが

FSMSの構築作業といえば分かりやす

いでしょう。現に安全な食品を作って

23No.117 August 2007

特集 食の安全・安心とISO 22000

Page 3: 特集 食の安全・安心とISO 22000 審査解説 審査は …...審査工数の考え方はISO/TS 22003 の付属書Bで書かれていますが、特に サンプリングについてはISO

いる企業には、意識するしないに関わ

らず、安全に関して相当なノウハウが

蓄積されているはずです。

ところが、従来はそのノウハウは働

いている従業員個人のもので、組織の

財産にはなっていないケースが少なく

なかったと思います。ISO 22000の

FSMSを構築することは、個人のノウ

ハウを、組織の財産として整理するこ

とと言えるのです。

―整理できれば新人が入ってきても、

ベテランが異動しても安全確保のレベ

ルが下がることは避けられますね。

関根 日常活動の中で「ここをきちん

と行わないと、結果的に安全な食品

が作れない」という活動について、

FSMSという仕組みの中ですべて網羅

して整理すること、こういったことを

求めているのがISO 22000の要求事項

と考えてください。この点を頭に入れ

て要求事項を見ながら、これは自分た

ちの活動に必要、あるいは不要などと

判断していくといいでしょう。

―自分たちの取り組みと安全につい

てのつながりを確認するわけですね。

関根 また、システム構築の際、どう

しても要求事項一つひとつを満たすこ

とに目が行きがちです。ただ、個々に

入り込んでしまうと、例えば自分の担

当の中だけで満たすといった取り組み

になり、商品の安全にどのような影響

があるのかといった大切な視点が抜け

らく多くの組織がコンサルタントの支援

を受けることになるでしょう。その際、

何事もコンサル任せにしないのは言う

までもありませんが、特に、自分たち

の強みについてうまく引き出して整理

するにはどうしたらいいのか、この点を

しっかり教えてもらうことをおすすめし

ます。

また、文書作りにも注意が必要です。

いきなり文書作りに取りかかると、そ

れほど重要でないプロセスに関しても

とりあえず作っておこうという状態にな

るでしょう。こうした進め方だと、開か

れない手順書ばかりといったいわゆる

重たいシステムになるおそれが高いで

す。

ISO 22000の要求事項をみると、手

順に関しては、文書化について触れて

はいませんが、ISO 9001以上に多く求

める内容になっており、極力、余分な

文書を作らないといった意識が必要で

しょう。

―そのためにはどうすればいいのでし

ょうか。

関根 中心軸という発想をしてみてく

ださい。まず自分たちの伝統などの強

みを整理して、それを中心に据えると

いう考え方です。中心軸をはっきりさ

せることで、自分たちにとって本当に

重要な活動はどこなのか見えてくるは

ずです。まずそこを手厚くするために、

必要に応じてデータを取り揃えたり文

書を作成したりします。そして中心軸

以外はむしろできるだけ薄くてもいい

かねないので注意が必要です。

業界ガイドラインなどへの対応もポイント

関根 審査ではまた、その組織の業

界のガイドラインや業界の常識などに

関して、どんな判断をして具体的にど

んな対応とっているのか、こういった

点も確認するようにしています。もちろ

んガイドラインの大半は、行政による

法令や通達、指示とは異なり、必ずし

も従わなければならないものでもない

でしょう。ただ、業界でガイドラインの

類が作られる場合、その業界の安全

に関するノウハウを盛り込んでいるケ

ースが多いはずです。ですからガイド

ラインがあれば、どのように対応してい

るか審査で伺うようにしています。

自分たちの強みを把握する

―食品業界では人的資源などが豊富

とはいえない中小企業が多く、また

FSMS自体、QMSやEMSと比べて構

築の手間がかかると言われています。

FSMSを要領よく構築する秘訣などあ

りますか。

関根 規格を読んで理解して、自分

たちだけでシステムを構築するのは相

当、手間暇がかかると思います。おそ

No.117 August 200724

Page 4: 特集 食の安全・安心とISO 22000 審査解説 審査は …...審査工数の考え方はISO/TS 22003 の付属書Bで書かれていますが、特に サンプリングについてはISO

と思います。

ですからたとえ同じ業種であっても、

手順書の中身が同じでないケースもあ

るはずです。それぞれの組織によって

違っていて構わないですし、強みが分

かってくれば、むしろ異なるものがで

きるはずです。

審査員の専門性について

―審査員に関しては、ISO/TS 22003

が求める力量が高く、審査機関にとっ

て審査員を揃えていくことが課題にな

っているのでは。

関根 確かに食品分野の業務経験が

求められるなどハードル自体は、少々

高いとは思います。もちろん審査員に

は食品分野の経験があった方がベター

でしょう。また、さまざまな検査を含

めた品質管理業務全般を一通り経験

していれば理想的です。例えば審査現

場で、こういう分析はできるはずだとか、

この分析は現実にはちょっと無理だと

か、そういう見方ができればいい審査

につながると思います。

検査の話がでましたが、企業規模が

小さく検査についてのノウハウがあま

りない組織もあるようです。例えば、

データの種類や使い方、データをとる

方法などについて知識が不足している

ケースや、あるいはそもそもどういった

データが必要かということもあまり分か

っていないケースもありますね。そうし

た企業の審査現場で、検査について

知識や経験があれば、「こうやればも

っと簡単にできるはず」などといった視

点で見ることができるのです。逆に詳

しくないと、審査先の説明を受けて「あ

あそうですね」というやりとりで終わっ

てしまうはずです。

ただ審査員に求められている本質

は業務経験だけではなく、審査の現場

でしっかり必要なことが分かるかどう

かだと思います。

例えば、検査データに関してバック

データとして活用して必要な取り組み

へつなげているのか、その上で一連の

ノウハウがしっかりと組織の財産にな

っているのか、こういった見方が審査

では重要になってくるのです。

―冒頭の「皆さんが必ず持っているノ

ウハウがうまく表現されているかどうか

を確認する」ということですね。

関根 もちろん、ISOマネジメントシス

テムを理解していて食品分野の業務経

験があるのが理想的です。ただ両方を

備えている人材はまだ少ないのが現状

です。今後のISO 22000の普及を考え

ると、審査員だけでなくコンサルタント

を含めた人材育成が急務だと考えて

います。▼ 

(取材日:2007年6月20日)

25No.117 August 2007

特集 食の安全・安心とISO 22000

ビューローベリタスジャパン株式会社システム認証本部テクニカル部 

HACCP/ISO 22000プロダクトマネジャー 関根吉家氏