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52 SOKEIZAI Vol.50 2009No.12 機能性潤滑剤を添加した 高密度成形用鉄粉の開発 財団法人素形材センター会長賞 自動車の軽量化およびエンジンの高性能化に伴い、自動車焼結部品への 高強度化のニーズはますます高まっている。筆者らは離型性に優れた鉄 系焼結部品用機能性潤滑剤を開発し、内部潤滑剤の添加量を低減するこ とで既存設備のまま高密度・高強度化が可能となる高密度成形用鉄粉の 商品化に成功した。 1.はじめに 西田 智 藤浦 貴保 谷口 祐司 鈴木 浩則 ㈱ 神戸製鋼所 近年、地球温暖化や大気汚染などの環境問題が大 きく取り上げられ、自動車業界においては燃費向上 のため自動車の軽量化やエンジンの高性能化が強く 望まれている。 鉄系焼結部品は、複雑形状部品を寸法精度よく大 量に、かつ低コストで製造できることから、自動車 ではエンジンやトランスミッション部品などに広く 適用されている。焼結部品は、 図1 で示されるように、 主原料である鉄粉に銅粉や黒鉛粉、潤滑剤などの副 資材を混合し、プレスで成形した後、加熱焼結して 製造される。 鉄系焼結部品においても、自動車の軽量化に寄与 する高強度化のニーズに対し、様々な材料やプロセ スが検討されている。なかでも通常 10 % 近く存在す る空孔をできるだけ減らし、密度を高めて高強度化 を達成させる手法が効果的である。しかしながら、 従来の高密度成形方法である温間成形や型潤滑成形 方法では、加熱装置や潤滑剤塗布装置などの特別な 付帯設備が必要なため、より簡便に高密度化できる 手法が望まれていた。 そこで、筆者らは、離型性に優れた潤滑剤を使用 することで内部潤滑剤の添加量を低減し、既存設備 のままで高密度化を可能とした。本報では、離型性 に優れた機能性潤滑剤の性質と、機能性潤滑剤を添 加した高密度鉄粉の特性を報告する。 図1 粉末冶金の製造プロセス

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Page 1: 特集 神戸製鋼所 091208sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/200912nishida.pdf · 点以下である60℃付近から徐々に低下し、ebsに比 べて低い値であることがわかる。これは、圧粉体を

52 SOKEIZAI Vol.50(2009)No.12

機能性潤滑剤を添加した高密度成形用鉄粉の開発

財団法人素形材センター会長賞

自動車の軽量化およびエンジンの高性能化に伴い、自動車焼結部品への高強度化のニーズはますます高まっている。筆者らは離型性に優れた鉄系焼結部品用機能性潤滑剤を開発し、内部潤滑剤の添加量を低減することで既存設備のまま高密度・高強度化が可能となる高密度成形用鉄粉の商品化に成功した。

1.はじめに

西田 智 藤浦 貴保 谷口 祐司鈴木 浩則㈱神戸製鋼所

 近年、地球温暖化や大気汚染などの環境問題が大きく取り上げられ、自動車業界においては燃費向上のため自動車の軽量化やエンジンの高性能化が強く望まれている。 鉄系焼結部品は、複雑形状部品を寸法精度よく大量に、かつ低コストで製造できることから、自動車ではエンジンやトランスミッション部品などに広く適用されている。焼結部品は、図1で示されるように、主原料である鉄粉に銅粉や黒鉛粉、潤滑剤などの副資材を混合し、プレスで成形した後、加熱焼結して製造される。 鉄系焼結部品においても、自動車の軽量化に寄与する高強度化のニーズに対し、様々な材料やプロセスが検討されている。なかでも通常10%近く存在する空孔をできるだけ減らし、密度を高めて高強度化を達成させる手法が効果的である。しかしながら、従来の高密度成形方法である温間成形や型潤滑成形方法では、加熱装置や潤滑剤塗布装置などの特別な付帯設備が必要なため、より簡便に高密度化できる手法が望まれていた。 そこで、筆者らは、離型性に優れた潤滑剤を使用することで内部潤滑剤の添加量を低減し、既存設備

のままで高密度化を可能とした。本報では、離型性に優れた機能性潤滑剤の性質と、機能性潤滑剤を添加した高密度鉄粉の特性を報告する。

図1 粉末冶金の製造プロセス

・黒鉛

・銅粉

・潤滑剤鉄粉 副原料

配 合

混 合

成形・抜出

脱ロウ・焼結

機械部品  (製品) 

Page 2: 特集 神戸製鋼所 091208sokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/200912nishida.pdf · 点以下である60℃付近から徐々に低下し、ebsに比 べて低い値であることがわかる。これは、圧粉体を

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特集 素形材月間~素形材産業技術賞~

 粉末冶金用潤滑剤は、成形・金型抜出時において、主に粉末同士や圧粉体と金型との間の摩擦力を低減するために使用される。潤滑剤の添加方法は、ステアリン酸亜鉛などの金属石鹸や、エチレンビスステアリルアミドなどのワックス系樹脂を粉末で混合する内部潤滑法が一般的である。潤滑剤は図 2のように添加量増加にともない密度を低下させるだけでなく、焼結工程前の脱ロウ工程で圧粉体から取り除く必要があることから極力添加量は少ないほうが好ましいが、潤滑機能を確保するため通常鉄粉の対し0.75%程度添加されている。

 潤滑剤は、鉄粉と混合した後の粉末の流れ性(限界流出径:テスト容器を排出する最小口径のことで当社独自の評価方法)と、混合粉末を成形し金型から圧粉体を抜き出す際の抜出力(離型性)に大きな影響を及ぼすことが知られている。また、様々な市販の潤滑剤で評価した場合、この流れ性と離型性と

は図 3のように相反する関係にあることも知られている。 例えば低融点の潤滑剤は、圧粉体を金型から抜き出す際に潤滑剤が容易に金型壁面へ集積しやすく離型性に優れるが、混合粉末の段階では鉄粉との付着力が強く、凝集や粉末の流れ性を悪化させる原因となる。逆に高融点の潤滑剤は、粉末段階では固体状態を保つため流れ性に優れるが潤滑剤の集積が充分でなく離型性はあまり良くない。このように、従来の潤滑剤では流れ性と離型性を両立させることは困難であった。 筆者らは、図中矢印のように流れ性と離型性の機能を併せ持つことを開発目標とし、成形前の混合粉末の段階では流れ性の機能が、成形・抜出の際には離型性の機能が選択的に発揮することを特徴とする機能性潤滑剤(以下KPA)を開発した。

図 3 各種従来潤滑剤混合粉の流れ性と離型性

図 4 KPAの概念図

図 2 内部潤滑剤の配合量と密度の関係

2.粉末冶金用潤滑剤の役割

 KPAは、融点の異なる二種類のポリハイドロキシルアマイド系潤滑剤で構成される(図 4)。流れ性に寄与する高融点潤滑剤(融点150℃以上)と離型性に寄与する低融点潤滑剤(融点100℃以下)の配合比率とそれぞれの材質や粒径などを最適化することで流れ性と離型性の両特性の改善を行った。また、KPAは焼結炉内の汚染や焼結体の表面汚れを低減させるように金属成分を含まない完全ワックス系とし、環境にも配慮した潤滑剤である。 脱ロウ性を評価するために、鉄粉とKPAを混合した混合粉末の圧粉体を熱天秤で加熱し、加熱中の重量減少を測定した結果を図 5に示す。グラフ

3.機能性潤滑剤KPAのコンセプト

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縦軸は、加熱前の圧粉体に含まれる潤滑剤総量を基準にした重量変化率を示す。温度の上昇とともに有機物である潤滑剤が分解・ガス化し、窒素雰囲気中では 450℃までに完全に圧粉体から脱離できることがわかった。また、KPAは金属分を含まないため、脱ロウ後の残存物はなかった。

4.1 KPAを添加した混合粉末の基礎特性 アトマイズ鉄粉300M(平均粒径70µm)に 2 %銅粉(平均粒約30µm)と0.8%黒鉛粉(平均粒径5µm)と各種潤滑剤を0.75%添加した黒鉛偏析防止鉄粉(当社商標名セグレス)を試作し諸特性を比較した。潤滑剤は、開発したKPAと、比較材として市販のステアリン酸亜鉛Zn-st(平均粒径10µm)とエチレンビスアマイドEBS(平均粒径25µm)を使用し、同じ添加量で比較した。 表 1は 3種類の混合粉の代表的な粉体特性と圧粉体特性を示す。見掛密度は JIS 2504、流動度は JIS 2502 の方法に準じて測定し、圧粉体特性として混合粉を490MPaの成形圧力で 31.8mm×12.7mm高さが6.3mmの直方体に成形した時の圧粉体密度と三点曲げによる圧粉体強度(JIS Z2511)を示す。また、離型性の特性を示すため、490、588、686MPaの三水準の成形圧力で、直径25mm高さが25mmの円筒形に成形した時の圧粉体の抜出力(ピーク値)を図 6に示す。図 6より、KPAを添加した混合粉末は、従来粉と比べて抜出力が大幅に低減し離型性に優れることがわかる。特に成形圧力が高いほど効果的であり、686MPaの成形圧力では従来粉に比べて約20%低減する。さらに、流れ性にも優れ、潤滑剤同量での圧粉体密度と圧粉体強度は従来粉と比べ良好な結果となった。

図 5 KPA混合粉の重量減少曲線

図 6 各種潤滑剤混合粉末の抜出力

図 7 KPAの粘弾性測定結果

4.2 KPAの潤滑作用メカニズム KPAがZn-stやEBSに比べて圧粉体の抜出力が低く離型性に優れるメカニズムを解明するため各種実験を行った。まず、溶融粘土測定機にてKPAと従来のEBS潤滑剤の各温度での粘弾性を測定した。測定方法は、ディスク間に約 1 mmの厚さに圧縮させた潤滑剤を置き、ディスクを62.5rad/sec(10Hz)で回転させた時に得られるトルク値から求めた。図 7はKPAとEBSの粘弾性を比較したもので、KPAは融

4.KPAの特性

表 1 各種潤滑剤混合粉末の粉体・圧粉体特性

潤滑剤の種類 KPA Zn-st EBS

見掛密度  (g/cm3) 3.27 3.49 3. 24

流動度   (s/50g) 24.1 22.1 28. 3

圧粉体密度(g/cm3)* 6.92 6.90 6. 91

圧粉体強度(MPa)* 11.95 10.04 10.62

* 成形圧力:490 MPa

8

9

10

11

12

400 500 600 700 800

成形圧 MPa

KPA

Znst

EBS

300M+2Cu+0.8Gr+0.75Lub(セグレス)

20%低減

抜出力 MPa

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55Vol.50(2009)No.12 SOKEIZAI

特集 素形材月間~素形材産業技術賞~

点以下である60℃付近から徐々に低下し、EBSに比べて低い値であることがわかる。これは、圧粉体を成形・金型から抜出す工程において、KPAは粘性が低いため圧粉体内部から金型壁面へ集積しやすく、潤滑機能が発揮されやすいことを意味する。 次に、KPAとEBS潤滑剤の静摩擦係数をHEIDON摺動試験機で測定して比較した。鋼板上に潤滑剤を10~30µmの厚さで塗布し、面圧 2~ 3MPa加重をかけて100mm/minの速度で摺動させたときの、摺動距離に対する抵抗力のピークから静摩擦係数を計測した。図 8に示される静摩擦係数の測定結果から、EBSは測定温度の上昇とともに静摩擦係数が増加するのに対し、KPAはほとんど温度とともに増加する傾向は見られず、特に60℃付近を超えるとEBSとの差が顕著となることがわかる。静摩擦係数は、潤滑剤そのものの機能としての潤滑性を示すが、室温成形であっても圧力と摩擦熱により局部的には60℃を超える部位があることが推測され、KPAの潤滑性が効果的に発揮していると考えられる。

 図 9は、同図上部概念図に示されるように成形または圧粉体抜出工程において、実際に潤滑剤が圧粉体表面に集積が起きていることを確認するため、圧粉体の表面をEDX観察した結果である。鉄粉に銘柄の違う潤滑剤のみ0.75%配合した混合粉末 3種類を異なる成形圧力 3水準で成形し、圧粉体パンチ側の面に存在する潤滑剤分布を、潤滑剤に含まれるCの検出により比較した。 この結果、いずれの潤滑剤も成形圧力が高くなるに従ってC分布が濃縮していることがわかり、潤滑剤が圧粉体表面で高濃度となっている。特に、潤滑剤の比較では、KPAの集積が一番顕著であることがわかる。 以上の実験から、KPAは静摩擦係数が低く潤滑性

機能に優れるだけでなく、粘性が低く圧粉体表面への染み出しが効果的に発揮され、それらの相乗効果により、他の潤滑剤に比べて抜出力が低く離型性に優れる結果となったと考えられる。

4.3 KPAを添加した高密度セグレスの特性 KPAは特に離型性に優れているため、金型への負担低減による金型寿命の延長や、複雑形状部品への適用が期待できる。また同時に、従来の潤滑剤の抜出力レベルまでKPAの添加量を低減し、高密度化を狙う使用方法も効果的である。潤滑剤添加量を低減する高密度化プロセスは、特別な付帯設備の追加が必要なく比較的容易に適用できる高密度化手法であり、脱ロウしやすいという環境面にも優れている。以下、KPAを添加することで潤滑剤添加量を従来の1/2 に低減することが可能となった高密度セグレスの特性を紹介する。 高圧縮性純鉄粉300NHに 2 %銅粉(平均粒径約30µm)と0.8%黒鉛粉(平均粒径 5µm)ならびにKPAを0.4%添加した高密度セグレスと、潤滑剤に従来のEBS(平均粒径25µm)潤滑剤を0.8%使用した従来セグレスの 2種類を試作して供試粉とした。表 2は高密度セグレスと従来セグレスの粉体特性を示す。見掛密度には大差は見られないが、高密度セグレスの流動度は約 3.5 秒と大幅に速くなる。

図 8 KPAの静摩擦係数測定結果

図 9 EDXで観察した圧粉体表面の潤滑剤分布

プローブ速度: 100mm/min

荷重(面圧): 約2~3MPa

潤滑剤層(厚み10‑30μm )

プローブ速度: 100mm/min

荷重(面圧): 約2~3MPa

鋼板

摺動

0.1

0.2

0.3

0.4

20 40 60 80 100

静摩擦係数

温度(℃)

EBSKPA

プローブ速度: 100mm/min

荷重(面圧): 約2~3MPa

荷重↓ 鋼板上の塗布層の

  摩擦係数を計測

KPA Zn-St EBS

294MPa

490MPa

686MPa

成形圧力

20μm

潤滑剤

金型ダイ 鉄粉

表 2 高密度セグレスと従来セグレスの粉体特性

高密度セグレス 従来セグレス

見掛密度  (g/cm3) 3.49 3.46

流動度   (s/50g) 23.1 26.5

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 図10は高密度セグレスと従来セグレスを直径25mm高さが25mmの円筒形に成形した場合の成形圧力と圧粉体密度の関係を示す。高密度セグレスは、潤滑剤を低減した効果により圧粉体密度が向上し、従来セグレスより0.2g/cm3高い 7.30g/cm3(686MPa成形)を達成する。また、図11にそれらの圧粉体を抜出す際の抜出力を示す。いずれも密度に依存して抜出力は増加する傾向にあるが、潤滑剤を低減した高密度セグレスは、同じ密度の比較で従来セグレスの抜出力と同等となり、抜出力を悪化させずに潤滑剤添加量を低減できることがわかる。 続いて、二種類の粉末を外径64mm、内径24mmで高さ10mmのリング形状に成形圧力を変えて成形

し、5 %水素を含む窒素雰囲気中で1,120℃30分間焼結して焼結体特性を比較した。図12は、リング形状の焼結体試験片を径方向にプレスで圧縮加重を加え、壊れる圧力から圧環強度を求めた。高密度セグレスは、密度の増加とともに焼結体強度は増加し、同じ成形圧力での比較では、従来セグレスに比べて約16%向上する。また、図13は、圧環強度を測定した後の試験片を使用し、表面と裏面各3箇所をロックウェルのBスケールで硬度を測定した結果を示す。強度と同様、硬度についても密度の増加とともに改善し、686MPaでの成形比較では従来セグレスに比べて約 7 %向上することが確認できた。

株式会社神戸製鋼所 東京本社    鉄粉営業部 鉄粉室         〒141-8688 東京都品川区北品川 5-9 -12    TEL. 03 -5739 -6221  FAX. 03 -5739 -6933   http://www.kobelco.co.jp          

図10 高密度セグレスの圧縮性曲線

図11 高密度セグレスの圧粉体抜出力

図12 高密度セグレスの焼結体圧環強さ

図13 高密度セグレスの焼結体表面硬さ

   

  

 

   

  

 

   

(1 )融点の異なる二種の潤滑剤で構成された機能性潤滑剤KPAは、従来困難とされた流れ性と離型性の両立を可能とする。

(2 )KPA を添加した鉄系混合粉末は、特に離型性に優れることから、金型プレスへの負担を低減し、特に複雑・薄肉形状部品用に適している。

(3 )従来レベルの抜出力までKPAの添加量を低減した高密度用鉄粉は、追加の付帯設備なく高密度部品ができ、高強度・軽量化ニーズに対応する。

(4 )純鉄粉系機械部品のほか、圧縮性の悪い合金系高強度部品や、高密度がさらに追及される磁性鉄粉用など幅広い適用が期待できる。

5.まとめ