植生における水循環seib-dgvm.com/hsato////lecture/02_forestenvphysics.pdf ·...
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降水が植生を介して大気や河川に移動する順番で解説します
(1)遮断蒸発
(2)浸透・流出・土壌浸食
(3)水ポテンシャルと根系における吸水
(4)通導組織による水の移動
(5)気孔コンダクタンスと蒸散
植生における水循環
主なネタ本→
はじめに:地球システム・生態システムにおける水循環の重要性
(1) 水蒸気と雲は、主要な温室効果物質である。
(2) 地表面から大気への乱流によるエネルギー輸送(潜熱熱+顕熱)において、その約77%を潜熱による輸送が占める。
(3) 植生分布は降水量の多寡により強く規定されるなど、水循環は生物地球化学過程も大きく制御する。
(4) 現在、人は普通にアクセスできる淡水のうちの半分を利用している
地球放射の大気中の減衰
遮断蒸発(Canopy Interception)
樹冠には、典型的には、針葉樹林では降水の15%程度を蓄え、広葉樹林では降水の5~10%を蓄えることができる。
遮断蒸発の割合は、針葉樹・広葉樹の別の他に、葉量・樹形・樹皮テクスチャ・樹冠構造・雨の降り方などに応じて異なる。
例えば、樹冠構造が入り組んで、乱流の発生しやすい植生では、一般に遮断蒸発量が高くなるが、このような条件における遮断蒸発速度は、正味放射量や飽差と強く相関せず、また昼夜の差も小さい。
樹冠に遮断される降雪の割合は、降雨のそれの倍にも達することがしばしばである。ツンドラのように雪面が常に直射に晒される場所、または大陸性の亜寒帯林のように降水量と風速の低い場所では、それぞれ約30%と約50%の冬期降水が昇華によって失われる。
実測例:
様々なユーカリ属における葉面積と樹冠に貯蔵可能な水量との関係
図:加藤知道監訳「生態系生態学第2版」森北出版
遮断蒸発の扱い例:LPJ-DGVMモデル(Gertenら2004による水文過程改良版)の場合
EI = min(α*Eq, Isc)
EI 遮断による一日の蒸発量 (mm/day)α Priestley-Taylor係数 (1.32)Eq Priestley-Taylor式により算出される平衡蒸発散量 (mm/day)Isc 遮断蒸発貯留量(mm/day)
Isc = P × LAI × i × fv
P 一日の降水量 (雨と雪は区別しない, mm/day)LAI 葉面積指数 (m2/m2)i 植生タイプごとのパラメーター(右の表を参照)fv 植被率(フェノロジーの効果込み, 0.0~1.0)
Priestley-Taylor式から算出される水制約の無い時の蒸発量
樹冠に貯留できる最大水量。これから溢れた降水のみが地表に到達する
針葉と広葉とで3倍もの
差があるが、これはBiomeごとの雨の降り
方の違いの効果も暗に表現しているため
Gerten et al. (2004) J. Hydrol. 286
「森林伐採に伴う土壌流出は、人類の歴史において繰り返し文明を崩壊させてきた」ジャレド・ダイアモンド“文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの”より
地表面の状態は、地中への水の入りやすさに影響する浸透できなかった降水の一部は地表流出し、しばしば土壌浸食を起こす
地表面から地中までの水の流れと土壌浸食(Infiltration)
米国南部:不適切な耕作が土壌浸食をもたらした例
出典:片岡夏実訳「土の文明史」築地書館
植被は、地表面における保水力維持と、土壌への有機物の投入を通じて、一般に降水の土壌への浸透を促進する。
土壌生物による土壌の団粒構造やパイプ構造の形成を促進することで、土壌の透水性と保水力を高くする。
森林は、遮断蒸発と蒸散のために、河川流出量を減少させる。
しかし、森林は、降水時に地表流となって一時に流出する水量を抑え、土壌に保水した水を中間流や地下水流として徐々に河川に流出させるために、河川流量を平滑化させる。
図の出典:藤森隆郎「森林生態学」全国林業改良普及協会
時間
図の出典:塚本良則「森林水文学」文永堂出版
日本中部と同緯度のアメリカ南部アパラチャ山系にあるCoweeta試験地で行われた流域実験の結果。7年間の平均値。5月初旬から10月中旬までが蒸散期間。降雨は年間を通じてほぼ一定。
実際のハイドログラフ
蒸散が最大の時期と流出量が増加する時期との間に明らかなギャップがある
森林の下層植生バイオマス・リター量と土壌への浸透能力との関係
間伐の遅れたヒノキ林では、土壌の浸透能力が大幅に低下し、土壌流出量が高くなる。
土地利用の放棄が土壌浸食を生じさせるという、過去に例を見ないタイプの土壌流出が現在日本で進行している
様々な森林における土壌浸食量
地表面が下層植生や枯死物で厚く覆われているほど、土壌への浸透能力は高まる
ヒノキ林ではリター層が著しく発達しにくい
余談:放棄人工林における土壌流出
放棄された人工林がもたらす問題保水力低下と土壌流出
台風や豪雨による崩壊リスク
放棄された人工林
東海豪雨による森林崩壊(沢抜け)の例
間伐している人工林
↑←
写真
と図
作成
:蔵治
光一
郎教
授
写真
:台
風2
1・
22号
土木
学会
調査
団
日本の森林は40%以上が人工林であるが、間伐が間伐対象林齢の森林の半数程度しか実施されていない。放棄人工林は、いずれ広葉樹から成る自然林に遷移するが、その過程で公益上の諸問題が生じる
CREST課題 「荒廃人工林の管理による流量増加と河川環境の改善を図る革新的な技術の開発」の成果
様々な野外操作実験により、林床植生やリターの量と、降水の土壌浸透能力・土壌流出量との定量的関係が明らかになっている。
強度の間伐を行う事が放置人工林対策になる
強度間伐後の下層植生の回復 間伐後の林床照度変化
強度の間伐により林床が明るくなり、下層植生が回復する。これに伴って、林床の最大浸透速度が増大し(保水力の増加)、土壌流出速度が低下する(土壌流出の阻止)。そのような森林は徐々に温帯広葉樹林へ戻り、やがてメンテナンスフリーとなると期待される
土壌流出の広域シミュレーション
Revised USLE* (RUSLE)による土壌移動速度
= R×L×S×K×C×P
R:表層流出量の関数L:斜面長の関数S:斜面傾斜の関数K:土壌の流れやすさの関数C:植被による関数P:管理の関数
*土壌流出量の代表的な経験モデルUSLE(the Universal Soil Loss Equation)の改訂版
出典:佐藤ら (2018) 日本土壌肥料学雑誌89
USLEを組み込んだVISITモデルによる、現在の土壌流出量の分布
出典:Ito (2007) GRL34
気候変動+
土地利用変化
気候変動のみ(MIRIC@A1Bシナリオ)
土地利用変化のみ
21世紀中の変化のシミュレーション
RUSLEを使用した全球シミュレーション例:表土流出に伴う炭素流出量@現在気候
アジアモンスーン域のように総水量の増大が予測される地域にて、顕著な増大が予測されている
温帯域においては、現在も生じている植生回復トレンドが持続し、それが減少トレンドを生じさせている?
表の出典: 佐藤・安成(2014) 渡邊ほか編「臨床環境学」2章、名古屋大学出版会値の出典: 久馬(2005) 「土とはなんだろうか?」、 京都大学学術出版会
ある推定によれば、世界の陸地において1 haあたり土壌生成速度は平均570 kg/年*
これは厚さにすると、概ね0.057 mm/年
これを遙かに上回る速度で、土壌の流出が生じている。その主な理由は、人の土地利用と考えられる。
現在、人の土地利用が土壌流出量を大幅に増大させている
*
土壌ー植物ー大気間の水の流れ
水は、水ポテンシャル(ψt)が、高い方から低い方へ向かって移動 する
Ψt = Ψp + Ψm + Ψo + Ψg
Ψt : 合計水ポテンシャル。地面直上に置いた純水をΨt=0と定義するΨp : 水力(Hydrostatic pressure)ポテンシャルΨm : 基質(Matrix)ポテンシャルΨo : 浸透(Osmetic)ポテンシャルΨg : 重力(Gravity)ポテンシャル
土壌ー植物ー大気間の水ポテンシャル勾配(図中の値は、おおよその範囲)
図の
出典
:森林
立地
学会
編「森
のバ
ラン
ス」
土壌から葉への吸水速度=土壌水ポテンシャル-葉の水ポテンシャルー重力ポテンシャル
通水抵抗
基質ポテンシャルと重力ポテンシャルで決まる。-6kPaより弱い張力で保持されている土壌水は、重力ポテンシャルで速やかに排水される。-150kPaの毛管連絡切断点より強い張力で保持されている土壌水(難有効水)は、植物は根の周辺のみから吸水できる
細胞質の溶質のモル濃度で決まる浸透ポテンシャル(マイナス値)と、細胞壁が水を押し出そうとする圧ポテンシャル(プラス値)の和で決定される
重力ポテンシャル = 樹高(m) × 重力加速度(約9.8 N/Kg)= 樹高(m) ×9.8 kPa
図の出典:森林立地学会編「森のバランス」
葉の含水率と水ポテンシャル
水ポテンシャルが0のときの細胞内の水分量を1とした時の相対値
圧ポテンシャルが0となる相対含水率よりもさらに含水率が低下すると原形質分離が起きる
水ポテンシャル(実線)は、圧ポテンシャルの分だけ、浸透ポテンシャル(破線)よりも高い(吸水力が低い)
写真の出典:Wikipedia”原形質分離”
図の作成:大槻恭一
吸引圧h(cmH2O)の常用対数pF=log10h
吸引
圧
33cm H2O
1000cm H2O
15900cm H2O
植物の生長や水の移動において重要な土壌状態を示す値
土壌含水率の低下とともに基質ポテンシャルは高まる
水分定数は土壌の種類に強く依存する
図の作成:大槻恭一
土壌の種類ごとの圃場容水量(Field Capacity)と萎れ点(Wilting point)
土壌含水率大小
圃場容水量:水頭が-0.033MPa (約-0.33mH2O,pF=2.5)
永久萎れ点:-1.5MPa (約-150mH2O,pF=4.2)
表の作成:大槻恭一
水ポテンシャルは様々な単位で表される
吸引圧(cm)は、符号を入れ替えてhPaと読み替えても、大体合う。ので、ザックリと、-10(g)hPa
表の作成:大槻恭一
空気侵入ポテンシャル(ψmの最大値。Ψmがこの値の時に、
土壌空隙は全て水で満たされている)
Ψm=-33cmとなる体積容水率(圃場容水量)
Ψm=-1500cmとなる体積容水率 (成長阻害水分点)
水力コンダクタンス
体積容水率θとマトリックスポテンシャルψmとの関係
ところで、先の表ではψmが-33kPaのシルト質土の含水率θ-33は0.33m3m-3であり上の結果と一致しない。表中の値は、土性別の土壌について測定された平均値であり、パラメーターの平均値を用いて推定した含水率とは必ずしも一致しない。
作成:大槻恭一
先の表のシルト質壌土のパラメーターを用いて、マトリックスポテンシャルψmが-33kPa
と-10kPaにおける体積含水率θを求めよ。なお、飽和含水率θsは0.5m3m-3とする。
例題
手順1)θとψmの関係式を変形
手順3)手順1の式に、各パラメーター値を代入
手順2)シルト質壌土のψeの単位を変換
−0.21 m × 9.8 = − 2.058 kPa
土壌に入った水は、圃場容水量 (Field capacity; 重力と基質ポテンシャルが釣り合った状態)に達するまで、または母岩や凍結層に達するまで、下方に移動する。
その際の移動速度は、 水力コンダクタンス(Hydraulic conductance)に規定される。
Ksat :飽和時の水力コンダクタンスZ :深さ(深いほど大きな正の値)F :正の値を持つ定数
粒子の粗い土壌ほど、圃場容水量は低く、また水力コンダクタンスは高い。また、水力コンダクタンスは、土壌深度と共に急速に低下する(下式のようにモデル化される)。
Js = ΔΨt ×K / l
l : 経路長K : 水力conductance
土壌中の水の移動速度(Js)は、水ポテンシャルの勾配と、水力コンダクタンスで決まる
また、水力コンダクタンスは、土壌の乾燥と共に急速に小さくなる。これはmatrix potentialが強くなるのと、土壌中の水の流路が大幅に伸びるため。
土壌には通水抵抗があるため水ポテンシャル勾配の解消には時間がかかる
シベリアのカラマツにおける、吸水速度と蒸散速度の時系列変化。明け方は、幹に蓄えた水で蒸散を行い、失われた水は夜間にrechargeされる。
木本の幹には、多くの場合、5~10日分の蒸散量に相当する水が含まれている。
植物体には通水抵抗があるため水ポテンシャル勾配の解消には時間がかかる
根の中の通水経路には、細胞壁や細胞間隙を通るアポプラスト経路と細胞内を通るシンプラスト経路があるが、根内には菌類等の侵入を抑えるカスパリー線があるため、アポプラスト経路であっても1度は細胞内を通過する
図:加藤知道監訳「生態系生態学第2版」森北出版
図の出典:Lee et al. (2005) PNAS 102
Hydraulic Redistribution
根系を介した土壌水の再配分のこと。土壌深部から土壌浅部への、土壌水の持ち上げのみ現す際にはHydraulic Liftとも呼称される。
これらは気孔が閉じているとき、根系が2形性(例えば、直根と側根の組み合わせなど)、土壌粒子が細かくて水が浸透しにくい、などの条件下で発生しやすい。
Hydraulic liftで再配分される土壌水量は、蒸散量の14~33%という報告もあり、無視できない。土壌浅部は深部よりも栄養塩量も土壌生物量も多いため、Hydraulic liftは生態系全体の生産性を増加させることに寄与するようである。直根
側根降雨があったタイミング
図の出典:Lee et al. (2005) PNAS 102(49)
アマゾン盆地における影響評価
蒸発散速度 地表気温
全球における影響結果
蒸発散速度 地表気温
年平均
緯度帯ごと
季節変化
Hydraulic Redistributionは、全球水循環に大きな影響を与えている可能性が指摘されている
大気循環モデルCAM2と陸面過程モデルCLMとの結合モデルを用いた影響評価シミュレーション
しかし、このメカニズムを取り込んだ動的全球植生モデルは、多分存在しない
根の鉛直分布(土壌含水率の鉛直分布と相互作用がある)
生活型ごと Biomeごと
隣接した草地と灌木地帯間における、水ポテンシャルの鉛直分布。草本よりも木は、より深くに根を伸ばすため。土壌の深いところまで乾燥させる
草本よりも木本、木本よりも灌木で、深い根を持つ傾向あり。ただし、同じ生活型やBiomeであっても、膨大な多様性がある
広域植生モデルにおいては、草本と木本間のみに鉛直方向の水競争を仮定することが一般的。
Root Depthに関するメタ解析の結果 (Fan et al. 2017)
図の出典:Fan et al. (2017) PNAS 114 (40)
A. 年降水量B. 土壌テクスチャC. 土壌の厚さD. 植物の生活型E. 植物の分類群F. 地下水位
影響あり
顕著な影響あり
2200以上の観察データを用いたメタ解析の結果。メタ解析とは、複数の研究結果を統合した、より総合的な見地から分析のこと。
図の出典:Fan et al. (2017) PNAS 114 (40)
種群に関わらず、Root depthは、年降水量ではなく、地下水位によって制御されていることが分かった
最も顕著な影響を与えた地下水位について、更なる解析を行うために、種群(genera)ごとに、root depthと年降水量との相関、 root depthと地下水位深との相関を、それぞれプロットした。
根系の深さは、環境条件に応じた表現型可塑性の程度がとても大きい。
幾つかのDGVMでは、土壌乾燥度に応じて、地上部と地下部のNPP配分比率を変えてやることで、この表現型可塑性を表現している。
図の出典:Fan et al. (2017) PNAS 114 (40)
先のメタ解析とConsistentな観測事例。同じ気候区に生育している同じ種であっても、地下水面の深さに応じて根の深さが異なる
シベリアニレ
Plains cottonwood (ポプラの一種)
地下水位の位置
図の出典:Fan et al. (2017) PNAS 114 (40)
地下水位が、ある程度浅い(5m程度まで)場合に、根深と地下水位の関係は、最も顕著に生じる
Fisher et al. (2018) GCB 24
←パッチ間で異なる水資源プールを持つ(ED2, LPJ-Guessなど)
水資源を巡る競争の植生モデルにおける表現
←半乾燥帯などでは、木本は広い根系を持ち、広い面積から土壌水を集めることがあるが、このような機構を扱う広域植生モデルは無い
←全てのパッチが同一の水資源プールを共有(CLM, SEIBなど)
実際の状況は、これらの中間。パッチやギャップの大きさ、根系の水平分布に応じて、適切なサイズが決まるはず
他方、殆どの植生モデルが土壌水の鉛直方向の競争は考慮する(でも、きちんと検証してない)
幹における水の流れ
樹木は根から水分と養分を吸収し、幹を上昇して樹冠部に達し、葉で太陽光線を受けて光合成を行う。この光合成産物が木部と樹皮部の間の形成層に送られ、ここで細胞分裂が生じ、樹木は成長する。
初め未着色である年輪はある程度古くなると着色される。未着色の部分を辺材といい、着色された部分を心材という。
辺材の細胞は生きていて、水分を通したり養分を貯蔵したりしているが、心材の細胞は既に死んでおり、幹の機械強度を保つ以外の機能は喪失している。心材には、耐朽性を保つための物質が蓄積されている。
きれいな正相関を持つ。傾きは、種や環境によって異なる。
北米に分布する3つの針葉樹種において観察された、辺材断面積と葉面積との間の相関
心材と辺材
幹内の通導組織の水中は、水の凝集力と壁面への付着力によって維持される。
よって、水コンダクタンス(通導性)とキャビテーション(通導組織の水中が切れてしまうこと)のリスクとの間には、正のトレードオフが生じる。
寒冷地の木本は、凍結によるキャビテーションのリスクに晒されるため、細い導管を多数持つ種が多く、また導管のrefillが出来る種もある。
←キャビテーションが生じる植物体の水ポテンシャル
(横軸)と、生育地の土壌における最低水ポテンシャル(縦軸)との関係。正の相関がある。
通導組織の導水性とキャビテーション
気孔と蒸散
気孔は広葉の場合は葉の裏側に分布する。葉面の気孔以外の部位は、クチクラという不透水層で覆われている。したがって、顕熱の交換は葉の両面で生じるが、樹幹が乾燥している時の潜熱の交換は、ほぼ葉の裏面でのみ生じる。
図:熊谷朝臣
気孔の数は、1 cm2あたり約一万個。気孔面積の葉面積に対する比率は0.3~3%を占めるにすぎない。水の蒸散は、この面積比に比例するわけでは無く、一種のオアシス効果(水面の点在効果)により、葉面全体が濡れている時の10%程度の効率で、蒸発が生じる。
植物が気孔を開く理由はCO2の取り込み。気孔からの水蒸気の放出は、一般にコストと考えられている* 。従って、その開口度は、植物の水ポテンシャルに応じて制御される。
葉肉細胞間隙。その葉内における体積割合は、種や葉によって異なり20~80%
*葉を冷やす事で、葉の温度を光合成に適した範囲に収める機能を持つとの指摘もあるようです
気孔コンダクタンス
気孔のガスの通りやすさを気孔コンダクタンスと呼ぶ。気孔コンダクタンスの逆数が気孔抵抗である
GcとGhがゴッチャに扱われている気がするので注意。水蒸気はCO2よりも分子量が小さく、より拡散しやすいので、以下の関係が成り立つ。
Gh = 1.56×Gc
光合成速度Aと気孔コンダクタンスGcの間には次の関係が成り立つ。
A = Gc × (Ca - Ci)
また、蒸散速度Eと気孔コンダクタンスGhの間には次の関係が成り立つ。
E = Gh × (Hi - Hs)
記号 説明 よく使われる単位
Gc 気孔コンダクタンス(CO2) mol CO2 m-2 s-1
Gh 気孔コンダクタンス(水蒸気) mol H2Om-2 s-1
Cs 葉表面のCO2濃度 μmol mol-1
Ci 細胞間隙のCO2濃度 μmol mol-1
Hs 葉表面における水蒸気濃度 mmol mol-1
Hi 細胞間隙の水蒸気濃度 mmol mol-1
A 光合成速度 μmol CO2 m-2 s-1
E 蒸散速度 mmol CO2 m-2 s-1
葉内は湿度100%と仮定できるので、Hiは葉温から算出できる。
CO2濃度は、ppmvがそのまま使える
大気
200 ”Mr. WaterVapor”
1分子のCO2を取り込むために、例えば200分子*もの水分子が、葉から流出する
1 ”Mr. CO2”
*以下の環境条件下の概算値気温30℃、相対湿度60%、大気中CO2濃度400PPM、気孔内CO2分圧が大気の70%、水蒸気とCO2の拡散係数比は1.56とした
葉内
実習:上の200分子の根拠を示せ。なお、30℃の飽和水蒸気圧は約40hPa、大気圧は、海抜0m付近で約1000hPaである
気孔コンダクタンスについての経験的知見
葉面からの蒸散速度は、飽差と風速、そして気孔コンダクタンスにより制御されている。気孔コンダクタンスには、次の経験的知見が得られている。
(1) 暗黒下ではほぼゼロ。光強度と共に上昇し、やがて飽和する。
(2) 空気が乾燥すると下がる。
(3) CO2濃度が上がると下がる。
(4) 土壌水分が不足すると下がる。
(5) 葉の水ポテンシャルが下がると下がる。
(6) 夜がくると(明るくても)下がる種もいる。
このように気孔コンダクタンスの反応は複雑で、制御の生理メカニズムも完全には分かっていない事もあり、半経験的モデルにより扱われる
現在広く利用される気孔コンダクタンスモデルの構造
)/1()CO( 32
2mink
kgg飽差濃度大気中
光合成速度
濃度大気中
相対湿度光合成速度
2
1minCO
kgg
Jarvis型
BWB型
Leuning型
g 気孔コンダクタンス
gmax 最大の気孔コンダクタンス
gmin 最低の気孔コンダクタンス
kn 経験的な定数
Γ CO2補償点
大気の乾燥度を表す変数として、相対湿度と飽差の2種類が混在している。
Jarvis型モデルは、光合成速度を必要としない(観測した気象要素とCO2濃度のみの関数)ため、観測系の研究者に人気
BWB型モデルは、光合成速度の関数とすることで、
より実際の生理機構を反映させた。これはシンプルながらも実測値と良く合うために、多用されている。
Leuning型モデルは、相対湿度の代わりに飽差を用いる。これは、実際の気孔コンダクタンスが相対湿度では無くて飽差に依存しているため。ついでに、CO2補償点を考慮に入れ、低CO2濃度下の挙動を正確に表現した。
g = gmax × f1(光強度) × f2(飽差) × f3(大気中CO2濃度) × f4(気温) × ‥
Big leafモデル
Ball型モデルの検証例
出典:Ball et al. (1987)
様々な環境条件下における光合成速度(A、横軸)と気孔コンダクタンス(g、縦軸)との関係
hs : 相対湿度cs : CO2濃度
Ball型関数の出力(横軸)と気孔コンダクタンス(縦軸)との関係
大気乾燥度の変化予測*は、飽差と相対湿度とで大きく異なる
20世紀末† 21世紀末†
20世紀末† 21世紀末†
相対
湿度
飽差
東経20度南北縦断ライン
21
世紀末
20
世紀末
東経20度南北縦断ライン
21
世紀末
20
世紀末
* IP
CC
-AR
4A
1B
CO
2排
出シ
ナリ
オの
元に
おけ
るM
IRO
C-A
GC
M出
力† 最
後の
10年
間の
平均
値
このような、「飽差が増大しても、相対湿度は殆ど変化しない」という予測は、多くのGCMから得られている
42
.4 h
Pa
@30℃RH 70%
@35℃相対湿度 70%
56
.2 h
Pa
大気中のCO2分子数が変わらなければ、VPDは上昇、RHは下降、しかし変化の割合は前者の方が大
VP=
29.7
VPD=
12.7
VP=
39.3
飽差=
16.9
飽和水蒸気圧は気温と共に上昇
飽差と相対湿度の挙動が異なる理由の一つ
飽和
水蒸
気圧
飽和
水蒸
気圧
(hP
a)
気温 (ºC) VP=
29.7
VPD=
26.5
@35℃RH 52%
実際には、高いVPDは高い蒸発散効率をもたらすので、RHは比較的安定する(しかしVPDの拡大分は全て埋まらない)。
短縮形一覧(これらは業界で一般的です)
VP:水蒸気圧(Vapor Pressure)
VPD:飽差 (Vapor
Pressure Deficit)
RH :相対湿度(Relative Humidity)
相対湿度を用いた気孔コンダクタンスモデルは、現在においても多くの気候モデルや地球システムモデルで利用されている
Land Surface Model GCM Nation
CLM4 NCAR-CCSM4.0 USA
CLM3 NCAR-CCSM3.0 USA
LSM NCAR-PCM1 USA
Friend and Kiang GISS-ER USA
LM2 GFDL-CM2.0 USA
LM2 GFDL-CM2.1 USA
MOSES-2 UKMO-HadGEM1 UK
MOSES-2 UKMO-HadGEM3 UK
CTEM-CLASS2.7 CCCMA-CGCM3.1 Canada
BCC-AVIM BCC-CM1 China
CLM3 FGOALS-s2 China
ISBA BCCR-BCM2.0 Norway
ISBA CNRM-CM3 France
ORCHIDEE IPSL-CM4 France
JSBACH/BETHY ECHAM5/MPI-OM Germany
Roeckner et al. MIUB-ECHO-GGermany/Korea
Based on SiB MRI-CGCM2.3.2 Japan
MATSIRO MIROC3.2(hires) Japan
MATSIRO MIROC3.2(medres) Japan
Gordon et al. CSIRO-MK3.0 Australia
Gordon et al. CSIRO-MK3.5 Australia
Sim-CYCLE(VISIT) Japan
SEIB-DGVM Japan
ED USA
NOAH-GEM USA
IBIS USA
IBIS-2 USA
SiB2.5 (SiB3?) USA
VISA USA
作成: 高橋厚裕
地球
シス
テム
モデ
ル・気
候モ
デル
(GC
M・E
SM
)
陸面
過程
モデ
ル(L
SM
)
飽差(Leuning type model)
相対湿度(BWB type model)
Stomata conductance
is a function of
SEIB-DGVMを用いた感度分析@アフリカ大陸
今世紀末にかけて、全体に植物生産力が強まるという予測。気孔コンダクタンスモデル間の差は、地図上では目立たないが、、
MIROC-GCM出力@IAR4-A1Bシナリオ
*
飽差の関数(Leuningモデル)
相対湿度の関数(BWBモデル)
20世紀末の気候条件において、大陸全体のGPPが大体一致するようにパラメーターを推定
State at the end of
Sat
o e
t al
. (2
015) JG
R-B
ioge
. 120(5
)
21世紀中GPP変化量の、モデル間の差分(Leuningモデル – BWBモデル)
いずれの気孔コンダクタンスモデルの元でも上昇したが、LeuningモデルはBWB
モデルよりも上昇幅が大きかった
LeuningモデルはBWBモデルに比べ、特にサヘル域において生産性の増加量が目立った
年GPP の今世紀中の変化(大陸平均)
なぜ、このような差が生じたのだろう、、、
(KgC
m-2
yr-
1)
(KgC
m-2
yr-
1)
Leuningモデル
BWBモデル
大陸全体の平均値21世紀中の変化
飽差(VPD)モデル 相対湿度(RH)モデル
年GPP +17.5 % +16.6 %
年蒸散量 -3.2 % -1.6 %
展葉期間(LAI>0.1) +3.4日 +2.2日
いずれの気孔コンダクタンスモデルの元でも、変動気候条件のもとにおいて、GPPは増加し蒸散量は低下した
植物生産力が主に降水量によって制限されているアフリカ大陸において、飽差モデルの「より賢い」水利用が、高い植物生産性を示したと解釈できる
成長期間の、あるスナップショットだけを見ると、温暖化条件でより気孔を開放するRHモデルの方が、光合成速度も高かったりする。しかしこれは水資源を、より多く消費することで、土壌含水率を低下させて、展葉期間を短くしてしまう。
Big leafモデル
光合成速度と気孔コンダクタンスとの連立
SEIB-DGVMの場合。細胞間隙CO2濃度が平衡に達するまで、反復計算。
光合成速度は気孔コンダクタンスの関数で、同時に気孔コンダクタンスは光合成速度の関数(Jarvis型モデルを除いて)。そこで、繰り返し計算を行うことで、両者を収束させる必要がある。
CLM4.5の場合 蒸散量に応じて葉温を制御しているため、細胞間隙CO2濃度と葉温の両者が平衡に達するまで、反復計算。
葉温(Ti)を収束させるループ
細胞間隙CO2濃度(ci)を収束させるループ
光合成に関する各種パラメーターは葉温(Ci)の関数で与えられている
出典:Bonan et al. (2014) Geosci. Model Dev. 7これら正負の効果の合計は通常負
土壌の乾燥による光合成速度のダウンレギュレーション
土壌が乾燥すると、植物の水ポテンシャルが低下し、これにより気孔コンダクタンスの低下、続いてCO2
不足による光合成速度の減速が生じる。
しかし、Jarvis型を除いて、気孔コンダクタンスモデル土壌含水率を制御因子として考慮しないため、土壌含水率による光合成速度のdown regulationが別途必要になる。
図:加藤知道監訳「生態系生態学第2版」森北出版有効土壌含水率(萎れ点で0、圃場容水量で1)
c wa
ter
SEIB-DGVMでは以下の関数を光飽和光合成速度に乗してる
𝑐𝑤𝑎𝑡𝑒𝑟 =
2 × 𝑠𝑡𝑎𝑡𝑤𝑎𝑡𝑒𝑟 − 𝑠𝑡𝑎𝑡𝑤𝑎𝑡𝑒𝑟2
statwater
図の出典:彦坂幸毅著「植物の光合成・物質生産の測定とモデリング」共立出版
葉肉抵抗
気孔全開状態の気孔抵抗とほぼ同等とのこと。明示的に扱われている広域植生モデルの例を知らない。光合成のパラメーターに吸収させている?
境界層抵抗コンダクタンスで3mol m2 s-1とか値が大いので、通常無視される(林内など、あまり空気が動かない環境下では、結構影響が大きいかも)
気孔抵抗CO2取り込みの最大の障害。光合成速度をパラメーターに持
つ気孔コンダクタンスモデルを用いる場合には、光合成モデルと連立させる必要がある。
CO2取り込みに関わる3つの抵抗実は気孔抵抗だけ
ではありません
気孔コンダクタンスモデルは、実は今も発展途上である
)/1()CO( 32
2mink
kgg飽差濃度大気中
光合成速度
Leuning型
経験的なパラメーター
最適理論型モデルは、「気孔コンダクタンスは、失われる水蒸気あたりの光合成量を最大にするように制御されている」という仮定の下で、解を得ている。
最適理論型
飽差
濃度大気中
濃度気孔内部の
光合成速度
1.6
CO1
CO
2
2
g
炭素量に換算した単位蒸散量あたりのコスト
最適理論モデルのパラメーターは1つ。しかも、その値の上限・下限も理論的に得られる。また、このモデルは高CO2においても的確に挙動することが確認されている
この他にも葉の水ポテンシャルをパラメーターとして取り入れた気孔コンダクタンスモデルも存在するらしい
グローバルな水循環
図の出典:加藤知道監訳「生態系生態学」
土壌中に存在し植物がアクセス可能な水は、地球上の水のわずかに0.01%。これが陸上生物を支えている。
陸は地球表面の約30%を覆っているが、そこからの蒸発散は、グローバルな蒸発の15%を占めている。→陸面の蒸発効率は海面の約半分。
大気に常時存在する水量は、蒸発と蒸散によって年間に循環する水の総量の2.6%。よって大気中の水の回転率は、約10日。←数時間から数週間オーダーで生じる蒸発散と大気循環が、その時空間変動を支配する。
土壌水分の平均回転率は約2ヶ月(ただし地域差が大きい)。←Seasonalな時間スケールで生じる降水と蒸発散とが、その時空間変動を支配する