産業現場における化学物質による健康障害 事例及び対策について · 2017....

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産業現場における化学物質による健康障害 事例及び対策について 自治医科大学 保健センター 小川 真規

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  • 産業現場における化学物質による健康障害

    事例及び対策について

    自治医科大学 保健センター

    小川 真規

  • はじめに

    有機溶剤中毒予防規則で規制される物質数

    第1種、第2種、第3種:44物質特定化学物質障害予防規則で規制される物質数

    製造等禁止物質:8物質第1類物質、第2類物質、第3類物質:72物質

    規則に該当しない物質については、自主的な管理が

    求められる。

  • 2016年6月~

  • 産業中毒の現状

    化学物質による業務上

    疾病は3番目に多く、休業3日以下や休業を伴わない事例を含めると

    かなりの件数が発生し

    ているものと思われる。

    平成27年休業4日以上の業務上疾病発生状況

    負傷に起因する疾病(内、腰痛)

    5339 (4521)

    異常温度条件による疾病(内、熱中症)

    642(464)

    化学物質による疾病 247

    病原体による疾病 201

    手指前腕の障害および頸肩腕症候群

    182

    重劇業務による運動器疾患と内臓脱

    125

    など

    合計 7368

    平成28年度「労働衛生のしおり」より

  • 今日の内容

    事例提示(溶剤、一酸化炭素、金属)

    生物学的モニタリングの異常事例

    曝露対策事例

  • 有機溶剤による健康障害

    常温・常圧下で揮発性に富み、油脂、天然・合成樹脂、ゴム、繊維などの非水溶性の物質を溶かす物質

  • 事例1

    ・38歳男性。・頭部を航空機器内部に入れ、石油系溶剤(ミネラススピリッ

    ト)を使い、30分ほど機械の整備。・呼吸苦、手のしびれ、眼やのどの痛み、頭重感、嘔気・嘔吐

    を呈し来院。

  • ・来院時呼吸が20回/分と過換気傾向・酸素飽和度、血圧、意識レベル正常

    ・胸部レントゲンも異常なし

    化学性肺炎が心配された事例であるが、 半日安静お

    よび酸素投与で経過観察し、著変なく帰宅。

  • 事例2

    ・20歳男性。・トルエンを扱う作業(マーキング業務)に従事。

    ・埃防止のため、窓は閉鎖しており、換気は悪い作業場。

    ・同僚が倒れているところを発見し救急来院。

    (発見時意識なし)

  • ・来院時意識レベルは回復(JCSで1桁)、シンナー臭(+)・バイタル、一般採血、心電図、血液ガス、レントゲンに異常は認めず。

    輸液、酸素投与で経過観察。

    1日経過を見たが、症状の悪化なく帰宅となった。

  • トルエン⇒馬尿酸

    ・馬尿酸値は1.00g/l⇒分布1??

    ・輸液のため尿中クレアチニンが17.9mg/dlと低値

    ・クレアチニンが100mg/dlくらいだと馬尿酸5.59g/l⇒分布3??

    生物学的モニタリングの利用は、労働衛生に限る

  • 事例3

    ・46歳男性。

    ・トリエタノールアミン(TEA)、ジエタノールアミン(DEA)、鉱油を含む溶剤を保護具もなく、長期にわたり使用。

    ・作業時を中心とした頭痛、のどの痛み、また皮膚の荒

    れが増強し来院。

  • 体調不良

    有機溶剤の使用

    有機溶剤の不適切な使用

    法令に規定されていない物質 「安全」

  • 一酸化炭素による健康障害

    特化物で一番中毒が多い物質

  • 事例4

    ・63歳の男性。・トンネル内で送風設備なく発電機を使用。

    ・頭痛、気分不良、下肢の脱力が出現し救急来院。

  • 当初脳疾患などが疑われていたが、作業内容からCOの影響を疑い、血液ガス分析にてCO-Hb 21%と高値であったため、CO中毒と診断。

    アシドーシスを認めず、意識清明であったため、酸素投与

    にて翌日には症状もなく、CO-Hb 5%となり退院。

    COHbは、パルスオキシメータで用いられる660nmの波長光では、O2Hbと同程度の吸光度を示すため、識別することができない。

    医学書院HPより

  • 金属による健康障害

    ①鉛による健康障害

    鉛健診における有所見率

    平成18年:1.4%平成26年:1.9%平成27年:1.7%

    割合は少ないが、ゼロではない。

  • 事例6

    急性の2事例・塗装業の34歳と30歳の男性。・山の中で鉄橋の塗装業務に従事。内容は古い塗料を

    剥がし新たに塗装を行うものであった。

    ・さび止めとして、四酸化三鉛(Pb3O4)が使われておりこれらもかき落としたため鉛含有粉塵が発生した。

    とある鉄橋のさび止め表示

  • (34歳の症例)・仕事を始め1週後に自制内の腹痛を自覚。その後、腹痛

    の回数は増え、次第に増強。他院にて大腸カメラ等を受

    けるも異常はなく、関節痛も出現。

    ・腹痛のため仕事開始後1ヵ月で仕事を中断、しかし腹痛は続き対症療法を受けていた。

    ・某病院救急外来にてスクリーニング尿中δ-ALAが測定され86.9mg/lと高値であったが、再来受診がなかったため放置。

    ・その後同病院を再受診し、鉛中毒が疑われ当院紹介。

  • (30歳の症例)・仕事開始10日後くらいから、時々腰痛及び深呼吸時

    に生じる自制内の胸痛を自覚。

    ・腰痛、胸痛は徐々に増強し、作業開始1ヶ月後くらいには、ほぼ毎日生じ、腰痛のため長時間座ることも困難。

    精巣が締め付けられるような不快感もあった。

    ・作業開始から2ヶ月後強い腹痛、嘔気を自覚、同僚が鉛中毒であったことから当院受診となった。

  • 入院時の検査結果

    年令

    HbPb-Blevel

    Pb-Plevel

    δ-ALA (spoturine)

    RBCprotoporp

    hyrin

    Urinaryβ2‐MG

    B-Crebasophilic stippling

    3410.5g/dl

    73.1μg/dl

    6.1μg/l

    151.9mg/l

    108μg/dl

    WB

    160μg/l

    1.07mg/dl

    (+)

    3012.4g/dl

    96.3μg/dl

    16.8μg/l

    169.1mg/l

    169μg/dl

    WB

    357μg/l

    0.73mg/dl

    (+)

  • 経過

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    120

    Day 1 Day 2 Day 3 Day 4 Day 5 Day 6 Day 7 Day 8 Day 9 Day

    10

    Day

    16

    0

    24

    6

    810

    12

    1416

    18

    colic, arthralgia

    chelation 0.5g/daydischarge

    (ug/dl) (ug/l)B

    lood

    Plasm

    a

    Hb (g/dl) 10.5 9.6 9.5 10.5 10.6U-Pb (mg/day) 4.0 3.4 0.34 0.13

    ■ : Blood Pb▲ ; Plasma Pb

    34歳症例

    Ogawa M, et al. Clin Toxicol 46, 2008

  • 0

    20

    40

    60

    80

    100

    120

    Day1

    Day3

    Day5

    Day7

    Day9

    Day29

    0

    2

    4

    6

    8

    10

    12

    14

    16

    18

    chelation 0.5g/day 1g/day discharge

    (ug/dl) (ug/l)

    colic, arthralgia

    Blo

    od

    Plasm

    a

    Hb (g/dl) 12.4 12.2 11.5 11.4 12.3U-Pb 4.0 3.8 3.5 3.5 0.41(mg/day)

    ■ : Blood Pb▲ ; Plasma Pb

    30歳症例

    Ogawa M, et al. Clin Toxicol 46, 2008

  • 事例7

    慢性の事例・53歳男性、ハンダ作業に従事。健診で血中鉛が53µg/dl、再検でも45µg/dlと高値のため紹介。

    (1年前は血中鉛は2µg/dl)・病院でも血中鉛は52µg/dl

    自覚症状(-)、貧血(-)赤血球プロトポルフィリン:52µg/dl WB(分布2)

    神経伝導速度(Radial n.):MCVが50.0m/sとやや低下

    ・他の作業者に同様の異常者はいない・職場以外に鉛に曝露する機会なし

  • 曝露回避4か月後の血中鉛濃度41µg/d、10ヵ月後の血中鉛濃度30µg/dl

    橈骨神経のMCVも55.7m/sと改善傾向

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    来院時 2ヵ月後 4ヵ月後 10ヵ月後

    (µg/dl)

    血中鉛の推移

    自覚症状、貧血などを認めないため、鉛職場から離れることで経過観察

    小川真規, 他. 産業医学ジャーナル 32, 2009

  • ②クロムによる健康障害

    ヒトに影響を及ぼす形態として、3価クロム、6価クロムが代表的で、6価のほうが毒性が強い。

    二クロム酸(重クロム酸)

    クロム酸6価クロム

  • 事例8

    ・34、37、53、55歳の男性4名。・夏場工場内で夜間、壁を剥がす作業に従事。

    (通常の作業着・マスク、革の手袋を着用)

    ・作業開始1時間後くらいから目の痛み、発赤出現、作業終了後も目の症状は持続。

    作業終了後に体幹・四肢を中心に疼痛、そう痒を伴わないしみのような皮疹を自覚。うち2名はその後次第に黒褐色調の皮膚潰瘍を呈した。

  • 受診歴

    患者 直後 24h 60h 5wk

    ① A病院 B病院 当院(血清保存)

    ② A病院 C病院 当院③ A病院 C病院 当院④ A病院 C病院 当院

    (3名血清保存)

    各病院で化学熱傷との診断を得るが、原因は特定されず、

    受傷5週間後に当院を受診。

  • 当院初診時所見

    ① 皮膚所見:四肢に黒色調の皮膚潰瘍残存

    採血、検尿:WBC 7900/μl、ALT 101 IU/lその他異常なし

    ② 皮膚所見:四肢に黒色調の皮膚潰瘍残存

    採血、検尿:WBC 13100/μl、ALT 61 IU/lその他異常なし

    (C病院の胸部CTで網状影(+)も、当院では異常なし)③、 ④ 皮膚所見:四肢に黒色調のしみのみ

    採血、検尿:異常なし

  • 特徴ある皮膚所見、革の手袋の収縮、工場の業種などか

    ら使用物質は不明であるが、フッ化水素やクロム酸を

    疑った。

    Pt①の受傷後24時間後の血清およびPt②~④の受傷後60時間後の血清を入手し、Pt①の血清で血清フッ素および血清クロムを測定。

    血清フッ素は感度以下であったが、血清クロムは測定で

    きたため、Pt②~④でも血清クロムを測定。

  • 患者の血清クロム値

    ・Pt①(受傷後24時間後)の血清Cr:0.15μg/dl

    ・Pt②(受傷後60時間後)の血清Cr: 0.04μg/dl

    ・Pt③、④ (受傷後60時間後)の血清Cr:

  • 血清クロムについて

    ・非曝露者の血清Cr値(3名)全員

  • ・皮膚潰瘍が、クロムによる皮膚障害の特徴と一致

    ・曝露24時間後の血清Cr値が0.15μg/dlと高値・曝露60時間後の1名の血清Cr値が0.04μg/dlと上昇・曝露5週間後には血清Cr値は全員感度以下・曝露60時間後に血清Crが測定できることは、報告

    されている半減期を考慮しても矛盾しない

    ・非曝露者の血清Cr値は感度(0.02μg/dl)以下

    ⇒クロムによる化学熱傷と診断

    その後労基署の調査で、クロムが検出。

  • モニタリングの異常

  • 事例9

    ・石油の分析を行う36歳と44歳男性。

    ・職場の健診で尿中馬尿酸が、分布3および分布2。・トルエンは扱うものの大量ではなく、作業環境測定は

    管理区分1。

    ・採尿は一般健診と同様午前中に実施。

    ・安息香酸含有飲料、果物の摂取はない。

  • 尿中馬尿酸、血中トルエンを測定(午前中)

    ・36歳男性 尿中馬尿酸 3.04g/l (分布3)

    ・44歳男性 尿中馬尿酸 0.75g/l (分布1)

    ・血中トルエンはともに検出感度以下

    (感度は0.01mg/l)

    *トルエンの生物学的半減期:5-6時間

  • 米国産業衛生専門家会議(ACGIH)のトルエン曝露の生物学的許容値(BEI)

    :血中トルエン0.02mg/l(Prior to last shift of workweek)

    ・生データは1名は午前中の採尿にも関わらず分布3・血中トルエンは生物学的許容値以下

    ⇒馬尿酸上昇理由は不明であるが、

    トルエン由来ではない

  • (g/g Cre)

    corre

    cted

    HA

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    1.2

    1.4

    1.6

    without coffee 1 cup of coffee 2 cups of coffee 3 cups of coffee

    The amount of coffee intake

    コーヒー摂取と尿中馬尿酸の関係

    Ogawa M, et al. Ind Health 49, 2011

  • クロロゲン酸 コーヒー酸 キナ酸

    キナ酸 安息香酸 馬尿酸

    推定代謝経路

  • 曝露対策

  • ホルムアルデヒド

    病理検査室で多用

    発がん物質

    管理濃度:0.1ppm 許容濃度:0.1ppm(天井値0.2ppm) (参考)室内濃度指針値:0.08ppm

    一般環境での指針値と作業場の指針値が近い

    特化物

    管理が難しい

  • 作業効率を極力落とさず、発生源の対策(元から断つ)