効率的なノイズ源の特定を可能とするノイズ伝搬方向特定装...

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NTT 技術ジャーナル 2016.7 51 伝導ノイズ調査の現状と課題 故障修理の現場では,伝導ノイズに起因する故障(可 聴雑音混入,通信エラーなど)が発生した場合,ノイズ の発生源を特定し,ノイズの発生原因となる機器の修理, またはノイズ対策フィルタの挿入によって解決を図りま す.ノイズの発生源を特定する場合,どの通信線,電力 線からノイズが発生しているかの切分けが必要となりま す.現状,切分けの方法としては,可聴雑音の強弱によ る切分け,またはノイズサーチテスタ,オシロスコープ などの測定器を用いた切分けを行っています.しかし, これらの切分け方法では以下の課題がありました. ① 可聴雑音の強弱による切分けは,定量的ではなく 差分が不明確である. ② 測定器の操作や測定結果の解析には高いスキルが 必要である. ③ いずれの切分け方法も多数の個所で測定を行う必 要があり,多大な時間が必要である. ノイズ伝搬方向特定装置の開発 NTT東日本技術協力センタでは,測定器の専門的な スキルがない現場保守者でも,ノイズ発生源の特定を迅 速かつ効率的に実施するため,ノイズ伝搬方向特定装置 を開発しました. 本開発品の装置外観(装置本体,測定プローブ)およ び測定画面を図1 に示します.本開発品は,故障修理現 場での作業性を考慮し,本体を片手で持てる大きさまで 小型化し,さらに電流プローブおよび電圧プローブを一 体型のプローブとして開発しました.また,プローブは ノイズの測定の際には幅広い周波数のノイズを正確に測 周波数 ノイズ伝搬方向 ノイズ レベル 20 cm 15 cm 装置本体 測定 プローブ 図 1  ノイズ伝搬方向測定装置の外観 効率的なノイズ源の特定を可能とするノイズ伝搬方向特定装置 通信サービスにおいて,伝導ノイズにより,可聴雑音混入や通信エラーなどのトラブルが発生することがあります. こうした場合,ノイズの発生源を特定する必要がありますが,発生源を特定するには通信線や電力線など多数の個所 を探索するため,多大な時間を要しています.そこで,NTT東日本技術協力センタでは,ノイズの発生源の特定を迅 速かつ効率的に実施するため,ノイズ伝搬方向特定装置を開発しました.

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NTT技術ジャーナル 2016.7 51

伝導ノイズ調査の現状と課題

故障修理の現場では,伝導ノイズに起因する故障(可聴雑音混入,通信エラーなど)が発生した場合,ノイズの発生源を特定し,ノイズの発生原因となる機器の修理,またはノイズ対策フィルタの挿入によって解決を図ります.ノイズの発生源を特定する場合,どの通信線,電力線からノイズが発生しているかの切分けが必要となります.現状,切分けの方法としては,可聴雑音の強弱による切分け,またはノイズサーチテスタ,オシロスコープなどの測定器を用いた切分けを行っています.しかし,これらの切分け方法では以下の課題がありました.① 可聴雑音の強弱による切分けは,定量的ではなく差分が不明確である.② 測定器の操作や測定結果の解析には高いスキルが

必要である.③ いずれの切分け方法も多数の個所で測定を行う必要があり,多大な時間が必要である.

ノイズ伝搬方向特定装置の開発

NTT東日本技術協力センタでは,測定器の専門的なスキルがない現場保守者でも,ノイズ発生源の特定を迅速かつ効率的に実施するため,ノイズ伝搬方向特定装置を開発しました.本開発品の装置外観(装置本体,測定プローブ)および測定画面を図 1に示します.本開発品は,故障修理現場での作業性を考慮し,本体を片手で持てる大きさまで小型化し,さらに電流プローブおよび電圧プローブを一体型のプローブとして開発しました.また,プローブはノイズの測定の際には幅広い周波数のノイズを正確に測

伝導ノイズ調査の現状と課題

ノイズ伝搬方向特定装置の開発

周波数

ノイズ伝搬方向ノイズレベル

20 cm

15 cm

装置本体

測定プローブ

図 1  ノイズ伝搬方向測定装置の外観

効率的なノイズ源の特定を可能とするノイズ伝搬方向特定装置通信サービスにおいて,伝導ノイズにより,可聴雑音混入や通信エラーなどのトラブルが発生することがあります.こうした場合,ノイズの発生源を特定する必要がありますが,発生源を特定するには通信線や電力線など多数の個所を探索するため,多大な時間を要しています.そこで,NTT東日本技術協力センタでは,ノイズの発生源の特定を迅速かつ効率的に実施するため,ノイズ伝搬方向特定装置を開発しました.

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NTT技術ジャーナル 2016.752

定する必要があるため,磁性体の配置,コイルの巻き方などを工夫することで,周波数特性の改善に成功しました.本体の測定画面では,ノイズの発生周波数,ノイズレベルをグラフで示し,さらにノイズの伝搬方向を矢印で表示します.

主 な 特 徴

開発したノイズ伝搬方向特定装置の主な特徴を示します.(1) ノイズ伝搬方向の測定ノイズの混入している通信線または電力線などをプローブでクランプすることで,ノイズの伝搬方向を表示します.また,ノイズの伝搬方向の表示については,本体の測定画面だけではなく,測定プローブのLEDでも表示します.(2) 電圧 ・ 電流 ・ 電力の測定ノイズの伝搬方向を測定する場合には,ノイズ電圧とノイズ電流を乗算し,ノイズ電力を求める必要があることから,本開発品では,通信線,電力線のノイズ電圧,ノイズ電流を非接触で測定可能とし,その測定結果からノイズ電力を表示します.(3) 開発品の主な仕様本開発品の主な仕様を表に示します.本開発品の測定

が可能な周波数は, NTTの通信サービスで使用する周波数に対応しており,低域( 5 ~15 kHz),中域(15~300 kHz),高域(300 kHz~ 3 MHz)に分けて表示します.また,ノイズの種類によっては,時間帯によって時々発生するノイズも存在するため,数カ月程度の長時間の測

定を可能としました.さらに,測定を行う際には,作業性および電源からのノイズ侵入を防ぐため,電池による駆動が可能となっています.

ノイズ伝搬方向の特定原理

ノイズ伝搬方向特定の原理を図 2に示します.伝搬方向特定装置に搭載されたプローブは,電圧プローブ,電流プローブの一体型プローブとなっており,電圧プローブと電流プローブの 2 つの性質を利用することで,ノイズの伝搬方向を特定しています(1),(2).具体的には,電圧には極性がありませんが,電流には極性があるという性質を利用し,測定した電圧を基準とし,電流との積(電

主 な 特 徴

ノイズ伝搬方向の特定原理

表 試作品の仕様

電圧センサ 非接触静電結合型電流センサ 非接触電流トランス型

周波数帯域低域 5~15 kHz中域 15~300 kHz高域 300 kHz~ 3 MHz

最大電圧入力 20 Vpp最大電流入力 10 App最大電力入力 200 Wpp電力レンジ X1, X10, X100, X1000, X10000

データ記録メモリ 8 Gバイト

連続記録時間 数カ月程度( 1秒記録間隔で約 2年以上記録可能)

表示器 タッチセンサ付カラーLED

電源電池 連続使用時間:約 2時間

ACアダプタ DC 9 V(2A)

電力符号(-)

電力

電流電圧

ノイズの伝搬方向

ノイズ発生源

通信(電力)線

電流プローブ

電圧プローブ

(b) ノイズの伝搬方向と電流プローブの  向きが反対の場合

電力符号(+)

電流

電力

電圧

ノイズの伝搬方向

通信(電力)線

電流プローブ

電圧プローブノイズ発生源

(a) ノイズの伝搬方向と電流プローブの  向きが同じ場合

図 2  ノイズ伝搬方向特定の原理

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NTT技術ジャーナル 2016.7 53

力)を求めます.計算した電力の値が正の場合には電流プローブに対して順方向,値が負の場合には電流プローブに対して逆方向にノイズが伝搬するため,計算値の正負によってノイズの伝搬方向が特定可能となります.本開発品では,ノイズの発生するケーブルをプローブでクランプすることで,ノイズの伝搬方向を矢印で表示し,簡易に伝搬方向が判定可能となります.

調査事例と効果

本開発品を用いて伝導ノイズに関する調査を行った事例を紹介します.図 3に示すお客さまビル 1 で,DA64回線の通信エラーが発生しました.伝導ノイズが通信エラーの原因と考えられたため,お客さまビル 1,お客さまビル 2 の引込み線および近隣の通信線において,本開発品を用いてノイズの伝搬方向を測定しました.その結果,お客さまビル 1 では上部側,お客さまビル 2 では下部側からノイズが伝搬しており,お客さまビル 2 内からノイズが発生していることを確認しました.お客さまビル 2 について詳細に調査を行ったところ,使用中のルータが故障しており,ノイズの発生源となっていることを確認しました.なお,お客さまビル 2 のルータを交換したことで,発生していたノイズはなくなり,お客さまビル 1 での通信エラーは解消しています.このように,伝搬方向特定装置を用いてノイズの伝搬方向を特定することで,ノイズの発生源を効率的に特定可能であることを確認しました.

今後の展開

本開発品は,通信線,電力線などに発生するノイズのレベル,周波数を測定し,さらにその伝搬方向を特定可能なツールとして開発しました.本開発品を用いることで,ノイズ発生源の特定の迅速化および効率化が可能となることを確認しました.現在,NTT東日本技術協力センタや一部の支店において,開発品を用いたトライアルを実施しています.今後は,トライアル結果に基づき,修正点を反映した製品を開発する予定です.技術協力センタでは,現場では解決困難な故障に対応するサポートセンタであることから,保守支援ツールの開発を行い,通信サービス品質の向上に努めています.今後も,あらゆる通信サービスの技術パートナとして現場の課題に取り組み,お客さま満足度向上を図っていきます.■参考文献(1) 奥川 ・ 高橋 ・ 伊藤 ・村川: “伝導妨害波の伝搬方向特定方法に関する検

討,” 信学技報, Vol.111, No.420, pp.31-36, 2012.(2) 奥川 ・ 長尾 ・菅野 ・秋山 ・平澤 ・伊藤 ・村川: “位相補正による伝導妨害

波の伝搬方向判定精度の改善に関する検討,” 2013信学総大, B- 4 -64, 2013.

◆問い合わせ先NTT東日本 ネットワーク事業推進本部サービス運営部 技術協力センタTEL 03-5480-3704FAX 03-5713-9125E-mail gikyo ml.east.ntt.co.jp

調査事例と効果

今後の展開

お客さまビル 2

ノイズ源ルータ

DSU

お客さまビル 1通信エラールータ

DSU

伝搬方向特定装置の測定結果

センタビル

図 3  調査事例(設備構成)