上皮細胞におけるセンサータンパク質の 発現とその …新潟歯学 44(1)2014...

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- 43 - - 43 - 最近のトピックス 最近のトピックス 【は じ め に】 近年同定された新規陽イオンチャネルである Transient receptor potential(TRP)チャネルタンパク は,温度や機械刺激,化学刺激により活性化されるユニー クな感覚センサータンパクであることが知られている。 当初,TRP チャネルタンパクは感覚神経に特異的に発 現していると認識されていたが,その後,多くの TRP ホモログが同定され,全身の臓器,組織,細胞に広く発 現していることが報告されている。本稿では,上皮細胞 におけるこれらの TRP チャネルタンパクの発現とその 機能に関して,我々の最近の研究結果を交えながら概説 したい。 【TRP とは】 TRP チャネルタンパクをコードする trp 遺伝子はショ ウジョウバエの光受容応答変異株の原因遺伝子として同 定され,後に電気生理学的な解析により非選択性陽イオ ンチャネルとして機能することが確認された。現在 TRP チャネルは,分子構造の違いから TRPV,TRPM, TRPA,TRPC,TRPP,TRPML,TRPL の7つのサブ ファミリーに分類され,またそれぞれのサブグルーブは 更に細分化されている。各々の TRP チャネルタンパク は細胞内外の様々かつ複合的な刺激によって活性化され ることが知られており,温度,機械刺激,化学刺激,浸 透圧,痛み,酸・塩基などが確認されている。近年の精 力的な研究により,これら TRP チャネルファミリーが 多彩な細胞機能に関与しており,炎症性疾患をはじめと する様々な疾患の病態形成に関与していることが明らか となりつつある。 【上皮細胞における TRPV1】 TRP チャネルファミリーの中で最も盛んに研究が進 んでいる TRPV ファミリーに属する TRPV1 は,唐辛 子の辛味成分であるカプサイシンや,酸や熱刺激によっ て活性化されるタンパクで,侵害受容体として重要な役 割を持つことが知られている 1) 。皮膚・角膜・気道・肺・ 腸・膀胱などの上皮細胞における TRPV1 の存在が、遺 伝子レベル・タンパクレベルで報告され、その機能に関 しても検討が行われている 2) 。筆者は留学先において, TRPV1 が腸管上皮細胞に発現しており,マトリゲルを 用いた三次元培養下において,TRPV1 を介したシグナ リングが細胞増殖に関与していることを明らかにした (図1,Unpublished data)。 【口腔上皮細胞における TRPV1】 近年,ラットの口蓋粘膜上皮や頬粘膜上皮に TRP チャ ネルが発現しており,感覚センサーとしての上皮細胞の 機能が報告されている 3) 。筆者らはこれまでに,歯肉上 皮細胞の多機能性を報告しており 4,5) ,歯周疾患の発症・ 進行に寄与するその歯肉上皮細胞に注目し,歯周組織に 各種TRPVが発現していることを確認した(図2, Unpublished data)。口腔は,外来性の細菌やウィルス, 43 上皮細胞におけるセンサータンパク質の 発現とその機能 The expression and function of TRP channels in epithelial cells 新潟大学大学院医歯学総合研究科 歯周診断・再建学分野 高橋直紀 Division of Periodontology, Department of Oral Biological Sciences, Niigata University Graduate School of Medicine and Dental Sciences Naoki Takahashi 図1 (上)ヒト及びマウス腸管上皮細胞株における Trpv1 遺伝子発現 (下) 野生型及び Trpv1 ノックアウトマウ ス由来腸管上皮細胞の三次元培養下における細胞増殖 能の比較

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Page 1: 上皮細胞におけるセンサータンパク質の 発現とその …新潟歯学 44(1)2014 -44- 44 飲食物や異物が最初に体内に入る場所であり,そこに存

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最 近 の ト ピ ッ ク ス

最 近 の ト ピ ッ ク ス

【は じ め に】

  近 年 同 定 さ れ た 新 規 陽 イ オ ン チ ャ ネ ル で あ るTransient receptor potential(TRP)チャネルタンパクは,温度や機械刺激,化学刺激により活性化されるユニークな感覚センサータンパクであることが知られている。当初,TRP チャネルタンパクは感覚神経に特異的に発現していると認識されていたが,その後,多くの TRPホモログが同定され,全身の臓器,組織,細胞に広く発現していることが報告されている。本稿では,上皮細胞におけるこれらの TRP チャネルタンパクの発現とその機能に関して,我々の最近の研究結果を交えながら概説したい。

【TRPとは】

 TRP チャネルタンパクをコードする trp 遺伝子はショウジョウバエの光受容応答変異株の原因遺伝子として同定され,後に電気生理学的な解析により非選択性陽イオンチャネルとして機能することが確認された。現在TRP チャネルは,分子構造の違いから TRPV,TRPM,TRPA,TRPC,TRPP,TRPML,TRPL の7つのサブファミリーに分類され,またそれぞれのサブグルーブは更に細分化されている。各々の TRP チャネルタンパクは細胞内外の様々かつ複合的な刺激によって活性化されることが知られており,温度,機械刺激,化学刺激,浸透圧,痛み,酸・塩基などが確認されている。近年の精力的な研究により,これら TRP チャネルファミリーが多彩な細胞機能に関与しており,炎症性疾患をはじめとする様々な疾患の病態形成に関与していることが明らか

となりつつある。

【上皮細胞における TRPV1】

 TRP チャネルファミリーの中で最も盛んに研究が進んでいる TRPV ファミリーに属する TRPV1 は,唐辛子の辛味成分であるカプサイシンや,酸や熱刺激によって活性化されるタンパクで,侵害受容体として重要な役割を持つことが知られている 1)。皮膚・角膜・気道・肺・腸・膀胱などの上皮細胞における TRPV1 の存在が、遺伝子レベル・タンパクレベルで報告され、その機能に関しても検討が行われている 2)。筆者は留学先において,TRPV1 が腸管上皮細胞に発現しており,マトリゲルを用いた三次元培養下において,TRPV1 を介したシグナリングが細胞増殖に関与していることを明らかにした

(図1,Unpublished data)。

【口腔上皮細胞における TRPV1】

 近年,ラットの口蓋粘膜上皮や頬粘膜上皮に TRP チャネルが発現しており,感覚センサーとしての上皮細胞の機能が報告されている 3)。筆者らはこれまでに,歯肉上皮細胞の多機能性を報告しており 4,5),歯周疾患の発症・進行に寄与するその歯肉上皮細胞に注目し,歯周組織に各種 TRPV が発現していることを確認した(図2,Unpublished data)。口腔は,外来性の細菌やウィルス,

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上皮細胞におけるセンサータンパク質の発現とその機能The expression and function of TRP channels in epithelial cells

新潟大学大学院医歯学総合研究科歯周診断・再建学分野

高橋直紀Division of Periodontology, Department of Oral Biological

Sciences, Niigata University Graduate School of Medicine and Dental Sciences

Naoki Takahashi

図1 �(上)ヒト及びマウス腸管上皮細胞株におけるTrpv1遺伝子発現�(下)�野生型及びTrpv1 ノックアウトマウス由来腸管上皮細胞の三次元培養下における細胞増殖能の比較

Page 2: 上皮細胞におけるセンサータンパク質の 発現とその …新潟歯学 44(1)2014 -44- 44 飲食物や異物が最初に体内に入る場所であり,そこに存

新潟歯学会誌 44(1):2014

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飲食物や異物が最初に体内に入る場所であり,そこに存在する上皮細胞は体内のどの臓器よりこれらのセンサータンパクが選択的に局在し,高度に機能していることが予測される。歯肉上皮細胞における TRP チャネルタンパク発現とその機能を検索することで,歯周疾患におけるTRPチャネルの関与が明らかになることが期待される。

図2 �ヒト及びマウス歯周組織における各種Trpv 遺伝子の発現

【参 考 文 献】

1)Caterina MJ et al.: The capsaicin receptor: a heat-activated ion channel in the pain pathway. Nature, 389: 816-824, 1997.

2)Peier AM et al.: A heat-sensitive TRP channel expressed in keratinocytes. Science, 296: 2046-2049, 2002.

3)Wang B et al.: Oral epithelial cells are activated via TRP channels. J Dent Res, 90: 163-167, 2011.

4)Takahashi N et al.: Interleukin-1 receptor-associated kinase-M in gingival epithelial cells attenuates the inflammatory response elicited by Porphyromonas gingivalis. J Periodontal Res, 45: 512-519, 2010.

5)Takahashi N et al.: Effect of interleukin-17 on the expression of chemokines in gingival epithelial cells. Eur J Oral Sci, 119: 339-344, 2011.