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12 【第三種郵便物認可】 日本経済新聞 2019年 (令和元年) 6月23日 (日曜日) 使使姿使

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Page 1: 【第三種郵便物認可】 日本経済新聞...【第三種郵便物認可】 日本経済新聞 2019年(令和元年) 6月23日(日曜日) 12

12 【第三種郵便物認可】 日本経済新聞 2019年 (令和元年) 6月23日 (日曜日)

 今年5月、ファッションデザイナーの

ジョルジオ・アルマーニ氏(

)が

ぶりに来日した。東京国立博物館で開

催した「2020クルーズコレクショ

ン」で、ショーの最後に登場した彼は合

掌し、深くお辞儀をした。ゲストに挨拶

しながら長いランウェイを歩き、日本

への敬意を表現した。

 親日家としても知られるアルマーニ

氏によって見いだされ、グローバルに

広がった日本の魅力は少なくない。同

ブランドのビルに使われる竹や漆のテ

ーブルはその一例だ。東日本大震災の

直後には、多色使いの着物の帯を左右

非対称に結んだベルトなど、日本文化

にヒントを得たコレクションを発表

し、日本の美を讃た

えた。震災孤児への経

済支援も含め、様々に被災地を激励し

ようとするその姿勢は、多くの人の共

感をよんだ。

 優れたファッションデザイナーとい

うのは、服よりもむしろ、時代が求めて

いる人間像をデザインする力のある人

のことである。アルマーニ氏はまさに

その一人だろう。彼は、世紀において

男性像、女性像の両方に大きな変革を

もたらしたデザイナーである。

 アルマーニ氏は1975年に

歳で

ジョルジオ・アルマーニ社を設立した。

医学部で人体構造を学んだ経験を活か

し、メンズスーツに革命を起こす。固い

芯地で鎧よ

ろい

のように男性を武装させてい

た従来のスーツの構造を解体し、艶や

かで柔らかな素材を使ったアンコンス

トラクティッド(堅牢

けんろう

な構築物ではな

い)ジャケットを世に出した。

 芯地がなく骨格の動きを流麗に見せ

るスーツは、映画『アメリカン・ジゴロ』

(1980)で主役のリチャード・ギア

の衣装に採用され、一躍脚光を浴びた。

官能的なアルマーニのメンズウエアを

身に着けたギアは新たな時代を象徴す

る男性像となり、年代の男性は、個性

やセクシーさを表現することを楽しみ

はじめた。

 一方、年代は女性の管理職やトッ

プが活躍しはじめた時代でもある。ア

ルマーニ氏はメンズウエアで成功した

手法を女性服に応用し、女性に優雅な

貫禄と威厳を与えるスーツを作った。

それまでは女性が着る仕事服といえば

有能な秘書に見えるような服がほとん

どだった。だが彼が上質な素材で作る

高級テイラードスタイルは、女性の品

位とトップの威厳を両立させるもの

で、服により自信を得た女性らは、より

高いステージで活躍の場を広げた。

 このようにアルマーニ氏は、常に時

流を先導し、男女双方の願望を後押し

するような作品を創造してきた。

 一方、彼はビジネスマンとしても手

腕が高く評価されている。1990年

代に起きたラグジュアリーブランドの

買収戦争に巻き込まれることなく、主

任デザイナーにして経営者(単独株主

の代表取締役社長)という立場を守り

抜いてきた。そのうえで会社をインテ

リア、レストラン、ホテルなど幅広い分

野をカバーするトータルライフスタイ

ルブランドに育て上げたのだ。

 デザインと経営、双方のキャリアを

築いた背景には、一つの別れがあった。

公私ともにパートナーだった

歳年下

のセルジオ・ガレオッティを失った経験

である。彼はアルマーニ氏とともにブ

ランドを立ち上げ、経営や対外的な仕

事を担っていたが、1985年に

の若さで他界した。支えを失ったアル

マーニ氏は絶望し、しばらく引きこも

る。だがデザイナーにして経営者とい

う2つの顔を兼備して再出発するので

ある。その後はクリエイティブな才能

を戦略や財務の分野にも発揮し、独創

的な宣伝戦略を展開していった。

 前述の「アメリカン・ジゴロ」にして

も、映画に衣装を提供するという手法

をいち早くとった広報戦略だ。現在で

はごく一般的に行われている「セレブ

リティ・エンドースメント(有名人お墨

付き=アカデミー賞授賞式などに出席

するスターに自社の衣装を着てもらう

宣伝手法)」は、アルマーニ氏の発想に

端を発している。

 絶望に立ち向かって運命を切り開

き、数々のアイデアで人々に影響を与

えてきたアルマーニ氏。今回のショー

の前には取材陣に「生きる意義は、ミス

テリー、ただ在るだけ」「将来に対して

は予定を立てなかった。自分の信じる

道をただ懸命に歩いてきた。その結果

が今」と静かに語った。

 まるで禅僧のように人生を達観しつ

つも、強くエレガントに仕事に向かう。

そんな彼の在り方そのものが、今の時

代が求める人間像として、私たちを魅

了する。

服飾史家 中野香織

吉川秀樹撮影