気管支熱形成術 bronchial thermoplastyigakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/441/44-1...総説...

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聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 44, pp. 1–5, 2016 聖マリアンナ医科大学 内科学 (呼吸器内科) 気管支熱形成術 (Bronchial Thermoplasty) みね した まさ みち (受付:平成 27 12 15 ) 呼吸器インターベンション技術の発展により中枢気道狭窄のみならず末梢気道閉塞による 疾患に対しても様々な手技が開発されつつある重症持続型喘息患者を対象とした気管支熱形 成術は経気管支鏡的に挿入したプローブで気管支平滑筋に熱変性を与える方法であり無作為 化二重盲検試験で喘息関連 QOL の有意な改善が得られる等の効果が示され18 歳以上の内科 的治療でコントロール不十分な重症持続性喘息の治療として FDA の承認を受けたその後 5 年間の経過観察においても効果は維持されておりまた同治療による肺・気管支の損傷や肺機 能の低下などの有害事象が認められなかったことが報告されたこれらの知見を踏まえ厚生労 働省は平成 26 9 17 日付で気管支熱形成術用機材の製造販売を承認し平成 27 4 月か ら保険診療での実施が可能となった聖マリアンナ医科大学病院でも同年 6 月から開始し例を積み重ねている索引用語 呼吸器インターベンション気管支熱形成術重症持続型喘息 1. 緒言 吸入ステロイドを軸とする治療により喘息による 死亡者数は順調に減少しているが高用量の吸入ス テロイド (inhaled corticosteroids以下 ICS と略) 長時間作用型 β2 刺激薬 (long acting beta agonists以下 LABA と略) 等による治療を行ってもコント ロールが不十分な重症持続型喘息患者は服薬のア ドヒアランスが十分で吸入手技も問題なく施行でき ている状況でも 3.6%に認められるという報告があ 1) 喘息治療上の大きな課題である気管支喘息発作時の気道狭窄の主な原因として気 道平滑筋の収縮があるが特に重症喘息においては 気道平滑筋が肥厚し気道狭窄をより高度にしているこの平滑筋組織を除去することにより発作の軽減を 図る目的で気管支熱形成術 (Bronchial Thermo‐ plasty以下 BT と略) が開発された本稿では BT 開発の経緯と効果治療の適応と方法合併症とそ の対処について記載する2. 開発の経緯と効果 熱により気道平滑筋に損傷を与える方法について犬を用いた研究で 65°C 以上 10 秒の処置で平滑筋が 減じその効果は 3 年間継続することが報告され 2) ヒトの気道平滑筋に対する効果としては肺切 除予定患者を対象に行った研究で平滑筋変性効果は 55°C よりも 65°C の処置で効果良好であることが確 認され 3) 喘息患者に対する安全性と効果を検討する 研究が開始された最初に 16 名の安定した喘息患 者に対し BT 2 年間の観察を行い一過性の有害 事象を認めたものの十分実用可能と判断され 4) 等〜重症の喘息患者を対象としBT 1 年間の効 果と安全性を検討する Asthma Interventional Re‐ search (AIR) Trial が行われた 5) この研究では 112 1 1

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Page 1: 気管支熱形成術 Bronchial Thermoplastyigakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/441/44-1...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 44, pp. 1–5, 2016 聖マリアンナ医科大学

総 説 聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 44, pp. 1–5, 2016

聖マリアンナ医科大学 内科学 (呼吸器内科)

気管支熱形成術 (Bronchial Thermoplasty)

峯みね

下した

昌まさ

道みち

(受付:平成 27 年 12 月 15 日)

抄 録呼吸器インターベンション技術の発展により,中枢気道狭窄のみならず末梢気道閉塞による

疾患に対しても様々な手技が開発されつつある。重症持続型喘息患者を対象とした気管支熱形成術は経気管支鏡的に挿入したプローブで気管支平滑筋に熱変性を与える方法であり,無作為化二重盲検試験で喘息関連 QOL の有意な改善が得られる等の効果が示され,18 歳以上の内科的治療でコントロール不十分な重症持続性喘息の治療として FDA の承認を受けた。その後 5

年間の経過観察においても効果は維持されており,また同治療による肺・気管支の損傷や肺機能の低下などの有害事象が認められなかったことが報告された。これらの知見を踏まえ厚生労働省は平成 26 年 9 月 17 日付で気管支熱形成術用機材の製造販売を承認し,平成 27 年 4 月から保険診療での実施が可能となった。聖マリアンナ医科大学病院でも同年 6 月から開始し,症例を積み重ねている。

索引用語呼吸器インターベンション,気管支熱形成術,重症持続型喘息

1. 緒言

吸入ステロイドを軸とする治療により喘息による死亡者数は順調に減少しているが,高用量の吸入ステロイド (inhaled corticosteroids,以下 ICS と略) と長時間作用型 β2 刺激薬 (long acting beta agonists,以下 LABA と略) 等による治療を行ってもコントロールが不十分な重症持続型喘息患者は,服薬のアドヒアランスが十分で吸入手技も問題なく施行できている状況でも 3.6%に認められるという報告があり1),喘息治療上の大きな課題である。

気管支喘息発作時の気道狭窄の主な原因として気道平滑筋の収縮があるが,特に重症喘息においては気道平滑筋が肥厚し気道狭窄をより高度にしている。この平滑筋組織を除去することにより発作の軽減を図る目的で気管支熱形成術 (Bronchial Thermo‐

plasty,以下 BT と略) が開発された。本稿では BT

開発の経緯と効果,治療の適応と方法,合併症とその対処,について記載する。

2. 開発の経緯と効果

熱により気道平滑筋に損傷を与える方法について,犬を用いた研究で 65°C 以上 10 秒の処置で平滑筋が減じ,その効果は 3 年間継続することが報告された2)。ヒトの気道平滑筋に対する効果としては,肺切除予定患者を対象に行った研究で平滑筋変性効果は55°C よりも 65°C の処置で効果良好であることが確認され3),喘息患者に対する安全性と効果を検討する研究が開始された。最初に 16 名の安定した喘息患者に対し BT 後 2 年間の観察を行い,一過性の有害事象を認めたものの十分実用可能と判断され4),中等〜重症の喘息患者を対象とし,BT 後 1 年間の効果と安全性を検討する Asthma Interventional Re‐

search (AIR) Trial が行われた5)。この研究では 112

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Page 2: 気管支熱形成術 Bronchial Thermoplastyigakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/441/44-1...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 44, pp. 1–5, 2016 聖マリアンナ医科大学

a:カテーテル、b:コンソール

Boston Scienti�c 社のホームページより

a b

図 1 アレア 気管支サーモプラスティシステム (a:カテーテル,b:コンソール)

名が BT 群と非治療群に割付され,Primary endpoint

である試験開始時と比べた喘息悪化の回数が BT 群で −0.16 ± 0.37 回/週,非治療群で 0.04 ± 0.29 回/週と有意に BT 群で減少したという結果を得た。なおサブ解析でベクロメサゾン換算 1000 μg 以上の高用量ステロイド吸入群でより大きな効果が認められ,BT の対象患者としては高用量 ICS でも症状の残存する患者群が適当と判断された。

このような重症喘息症例に対する BT の安全性がRISA 研究6)で確認され,Sham コントロールをおく多施設無作為化二重盲検試験である AIR-2 Trial7) が実施された。この研究は高用量 ICS と LABA 治療でも症状が残存する重症持続型喘息を対象に BT の効果と安全性を検討したもので,治療前と比較した喘息関連 QOL (Asthma Quality of Life Question‐

naire (AQLQ) Score) の改善を Primary endpoint に設定,190 名が BT 群,98 名が sham 群に割付けられた。本研究は,sham 群は実治療群と同様の気管支鏡手技を受けるが,プローブに通電はされないという処置を受け,また治療する医師と経過観察を行う医師を分けて実施するという,厳密な二重盲検法で行われた。治療後 6, 9, 12 か月後の平均 AQLQ スコアの改善は BT 群で 1.35 ± 1.10,sham 群で 1.16

± 1.23 と相当なプラセボ効果がみられたものの統計学的には有意な差が得られ,また重症発作の頻度が32%減少,救急受診回数は 84%減少,通勤・通学不能な日は 66%減少する等,BT 群で良好な成績が得られた。BT 後数週間は喘息症状の増悪を始めとする合併症の有意な増加を認めるものの,長期的には症状の改善が得られると判断され,FDA の承認を得

ることができた。しかしながら気道平滑筋に損傷を与えることで気

管支の瘢痕狭窄や気管支拡張症等の後期合併症の発生が懸念されたことから,5 年間の経過観察が義務付けられ,その結果が 2013 年報告された8)。これはAIR-2 Trial で BT を実施された 190 名中 162 名(85.3%) の経過観察の結果をまとめたものであるが,治療後 5 年間にわたり重症の喘息増悪の頻度低下や救急受診回数の減少等,BT の効果が維持されたことが示された。一方 BT による明らかな気管支・肺損傷や肺機能の悪化傾向は認められず,呼吸器疾患関連の有害事象,入院も BT 施行後 1 年間と比較して増加を認めなかった。これらの知見を踏まえ厚生労働省は平成 26 年 9 月 17 日付で BT 用機材の製造販売を承認し,平成 27 年 4 月から保険診療での BT

が実施可能となった。

3. 治療の適応と方法

BT は気管支鏡手技が可能であり,かつ 高用量のICS 及び LABA で喘息症状がコントロールできない,18 歳以上の重症喘息患者に対し, 喘息症状の緩和を目的として実施される。なお,ペースメーカーや体内式除細動器等の植え込み型医用電気機器を使用している患者,気管支鏡治療に必要な薬剤に対し過敏症がある患者,過去に BT を受けた患者,血液凝固障害が疑われている,あるいは抗凝固薬の中止が困難な患者は適応外とされる。

治療は Boston Scientific 社のアレア 気管支サーモプラスティシステム を使用して行われる (図 1a:カテーテル,図 1b:コンソール)。なお気管支鏡は絶

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峯下 昌道2

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図 2 BT 後の無気肺

本症例では 1 回目の右下葉治療後に右下葉無気肺,2 回目の左下葉治療後に左下葉無気肺,3 回目の両上葉治療後に両上葉無気肺を生じたが,いずれもステロイド治療等により軽快した。画像は 3 回目の治療(両上葉に対して 49 回通電) 後に生じた両上葉の無気肺である。

縁対応のある,鉗子孔 2 mm 以上のスコープを使用する必要がある。全身麻酔あるいは局所麻酔管理で気管支鏡を対象気管支に進め,鉗子孔からカテーテルを挿入し,直視下に観察できる範囲の肺内気管支(葉気管支より末梢の径 3 mm から 10 mm の気管支)

を末梢から中枢に向けて処理していく。BT 治療は各々の下葉気管支と両上葉気管支の 3 回に分けて行われ,各治療は少なくとも 3 週間以上の期間をおいて行われる。中葉気管支は細く長いという解剖学的特徴から BT による慢性の合併症を起こしやすいと考えられ,治療対象から除外されている4)。

4. 合併症とその対処

BT 後には喘息症状が悪化するため,過去 14 日間に喘息増悪または経口ステロイド薬の用量変更 (増量または減量) を行なった患者は BT 実施を見合わせる等,喘息の状態が安定しているときに治療を計画する。治療による気道炎症・浮腫の予防のため,BT 前の 3 日間と当日,および翌日の計 5 日間はプレドニン換算で 50 mg の副腎皮質ステロイドを全身投与する。治療後の喘息症状の悪化は治療後 1 日以内に認められるが,標準的な治療で通常平均 7 日以内に軽快する。他の有害事象としては血痰や無気肺9),熱による肺組織の炎症10)等の合併症が報告されている。図 2 は当施設で経験した BT 後の無気肺症例で 3 回目の両上葉気管支治療後に生じた両上葉の

無気肺像である。この症例では 3 回の処置の度にその領域の無気肺を来したが,ステロイド等による治療で 3 回とも軽快した。図 3 は 3 回目の両上葉気管支治療後に生じた,気管支に沿った肺組織の炎症像の画像である。これもステロイド治療の継続にて軽快した。

5. 結語

重症難治性喘息の治療手段として注目を集めている BT であるが,適応にあたっては必要により喘息治療専門医の診断を仰ぐなどの慎重な態度が必要である。また本邦においては始まったばかりの治療手技であり,これから適応,効果,有害事象および長期予後などに関する情報収集が必要である。現在市販後調査が実施されている。

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図 3 BT 後の肺組織の炎症像

3 回目の治療 (両上葉 72 回通電) 後に生じた,両上葉の気管支に沿った肺組織の炎症像

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峯下 昌道4

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