生徒の主体的活動を生かした気象教育yuzz.holy.jp/.../research_presentation/07/07_y08.pdf*神奈川支部・田園調布学園中等部高等部...

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*神奈川支部・田園調布学園中等部高等部 **神奈川支部 ***東京支部 生徒の主体的活動を生かした気象教育 荒川 知子*・竹内 仁**・本間静夫*** 1.はじめに 21 世紀を生きる子供たちにとって必要な能力を 身につけるために,教育のあり方を検討すべきであ るという動きが強くなってきた。文部科学省から は,初等中等教育におけるアクティブ・ラーニング の必要性が言われている。生徒が「教わる」授業か ら,生徒が「学ぶ」授業へと,授業そのもののあり 方の転換が求められている。気象庁では既に対話型 ワークショップ教材を作成して配布し,出前授業等 に活用がなされている。 筆者の勤務校では,自由選択講座である『土曜プ ログラム』として学年やクラスの枠にとらわれず, 生徒の興味・関心を広げる取組を行ってきた(荒川, 2011)。 2014 年度からは 2 年間にわたり,東京私学 教育研究所の研究協力校として,アクティブ・ラー ニングに取り組んでいる。筆者も,生徒の主体性を 伸ばす授業に取り組んでいる。筆者が土曜プログラ ムの中で行っている「やってみよう天気予報」でも, 生徒の主体的な活動を多く取り入れようとしてい る。ここでは,生徒の主体的活動を多く取り入れた 講座の一例について報告する。 2.実施内容 土曜プログラムでは,「実験で知る天気のしく み」,「あなたもお天気キャスター」など 6 テーマ を選び,1 テーマ 3 回の授業を 1 セットとして講座 を構成している。「どうやって守る?地球と自然」の 1 回目として行った「大雨・洪水から身を守ろう」 で,生徒の主体的活動を重視した授業を行った。メ イン講師として竹内仁会員,サブ講師として本間静 夫会員の 2 名が担当し,筆者とともに本時の授業を 行った。 なお,本校では,防災訓練において,大雨や洪水 の際に警戒すべき事項(冠水による歩行困難,マン ホールの蓋外れ,アンダーパスでの水没等)につい ては,全教員が同じスライド資料を使って講話を行 っており,これらの事項については,今回の講座で は取り扱わなかった。 1)テーマと目的 本時のテーマは,「朝,登校してきたら田園調布 駅が豪雨!あなたはどうしますか?」とした。 目標として,①きちんと通学路を守って学校に来 る,②迂回ルートで登校する,③駅でひたすら待つ, ④家に帰る,の 4 つから自分の行動を決めること, またその理由を説明できること,を設定した。 生徒のグループは学年をまたいで構成した。1 ループの人数は 3 名または 4 名とし,2 名ずつ向か い合わせて,生徒が話しやすいような座席配置とし た。また,開始にあたってはグループ内で自己紹介 をさせ,異なる学年の生徒でも話がしやすいよう促 した。 2)参考資料の入手 生徒が行動を決めるための資料を作成した。 まず,ハザードマップとは何かを説明した。次に, 学校周辺の地形図を生徒に渡し,田園調布駅,学校, 通常の通学路を地図上にマークして確認させた上 で,ハザードマップに示された浸水予想区域を色づ けさせた。迂回路を探す際には,各グループに iPad を配布し,google map 等を利用して,生徒が実際 にその道で登校できるかどうかを確かめられるよ うにした(写真 1)。 写真 1:迂回ルートの検討 3)発表 各グループでの検討結果を生徒が発表した(写真 2)。結果として,①通学路を守って登校する,を選 んだグループはなく,②迂回ルートで登校する,③ 田園調布駅で待つ,④家に帰る,がそれぞれ 2 グル ープずつであった。各グループで行動を考えた理由 は,およそ次のようであった。 写真 2:検討結果の発表 04 教育-03

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Page 1: 生徒の主体的活動を生かした気象教育yuzz.holy.jp/.../research_presentation/07/07_y08.pdf*神奈川支部・田園調布学園中等部高等部 **神奈川支部 ***東京支部

*神奈川支部・田園調布学園中等部高等部 **神奈川支部 ***東京支部

生徒の主体的活動を生かした気象教育

荒川 知子*・竹内 仁**・本間静夫***

1.はじめに

21 世紀を生きる子供たちにとって必要な能力を

身につけるために,教育のあり方を検討すべきであ

るという動きが強くなってきた。文部科学省から

は,初等中等教育におけるアクティブ・ラーニング

の必要性が言われている。生徒が「教わる」授業か

ら,生徒が「学ぶ」授業へと,授業そのもののあり

方の転換が求められている。気象庁では既に対話型

ワークショップ教材を作成して配布し,出前授業等

に活用がなされている。

筆者の勤務校では,自由選択講座である『土曜プ

ログラム』として学年やクラスの枠にとらわれず,

生徒の興味・関心を広げる取組を行ってきた(荒川,

2011)。2014 年度からは 2 年間にわたり,東京私学

教育研究所の研究協力校として,アクティブ・ラー

ニングに取り組んでいる。筆者も,生徒の主体性を

伸ばす授業に取り組んでいる。筆者が土曜プログラ

ムの中で行っている「やってみよう天気予報」でも,

生徒の主体的な活動を多く取り入れようとしてい

る。ここでは,生徒の主体的活動を多く取り入れた

講座の一例について報告する。

2.実施内容

土曜プログラムでは,「実験で知る天気のしく

み」,「あなたもお天気キャスター」など 6 テーマ

を選び,1 テーマ 3 回の授業を 1 セットとして講座

を構成している。「どうやって守る?地球と自然」の

1 回目として行った「大雨・洪水から身を守ろう」

で,生徒の主体的活動を重視した授業を行った。メ

イン講師として竹内仁会員,サブ講師として本間静

夫会員の 2 名が担当し,筆者とともに本時の授業を

行った。

なお,本校では,防災訓練において,大雨や洪水

の際に警戒すべき事項(冠水による歩行困難,マン

ホールの蓋外れ,アンダーパスでの水没等)につい

ては,全教員が同じスライド資料を使って講話を行

っており,これらの事項については,今回の講座で

は取り扱わなかった。

1)テーマと目的

本時のテーマは,「朝,登校してきたら田園調布

駅が豪雨!あなたはどうしますか?」とした。 目標として,①きちんと通学路を守って学校に来

る,②迂回ルートで登校する,③駅でひたすら待つ,

④家に帰る,の 4 つから自分の行動を決めること,

またその理由を説明できること,を設定した。

生徒のグループは学年をまたいで構成した。1 グ

ループの人数は 3 名または 4 名とし,2 名ずつ向か

い合わせて,生徒が話しやすいような座席配置とし

た。また,開始にあたってはグループ内で自己紹介

をさせ,異なる学年の生徒でも話がしやすいよう促

した。

2)参考資料の入手

生徒が行動を決めるための資料を作成した。

まず,ハザードマップとは何かを説明した。次に,

学校周辺の地形図を生徒に渡し,田園調布駅,学校,

通常の通学路を地図上にマークして確認させた上

で,ハザードマップに示された浸水予想区域を色づ

けさせた。迂回路を探す際には,各グループに iPadを配布し,google map 等を利用して,生徒が実際

にその道で登校できるかどうかを確かめられるよ

うにした(写真 1)。

写真 1:迂回ルートの検討

3)発表

各グループでの検討結果を生徒が発表した(写真

2)。結果として,①通学路を守って登校する,を選

んだグループはなく,②迂回ルートで登校する,③

田園調布駅で待つ,④家に帰る,がそれぞれ 2 グル

ープずつであった。各グループで行動を考えた理由

は,およそ次のようであった。

写真 2:検討結果の発表

04 教育-03

Page 2: 生徒の主体的活動を生かした気象教育yuzz.holy.jp/.../research_presentation/07/07_y08.pdf*神奈川支部・田園調布学園中等部高等部 **神奈川支部 ***東京支部

① 通学路を守って登校する

ハザードマップから危険が予測されるので,避け

るべきである。

② 迂回ルートで登校する

通学路は危険なので,登校するのであれば迂回ル

ートを通る方が良い。迂回ルートであっても危険が

伴う可能性はあるが,駅の収容能力に限りがあるこ

と,帰宅途中で電車が止まるなどの危険を回避する

ことなどから,迂回ルートで登校することが望まし

い。

③ 田園調布駅で待つ

生徒 1000 名以上が登校することから,駅に人が

あふれてしまい,より危険である。しかし,動かず

駅に止まって情報を待つ方が良い。

④ 家に帰る

登校に危険が伴うこと,生徒が待つことで駅の収

容能力を超えてしまうことから,電車が動いている

のであれば運行中に行動した方が良いので,帰宅す

る。

4)講評

大雨・洪水の際に危険となる事項について,スラ

イドを使用して講義した。その際,各グループの結

果をふまえ,それぞれの場合についての問題点や注

意すべき事項について説明を行った。

この場合の行動を決めるポイントは,この後の雨

の見通しにある。駅に着いたときに豪雨でも,その

後弱まる見通しがあれば,駅に止まって雨が弱まる

のを待てば良い。また,駅から出られないほど酷い

降りであれば,駅に止まらざるを得ないであろう。

さらに降りが酷くなりそうであれば,その前に学校

に避難することが望ましい。また,電車が運行を中

止する可能性があれば,その前に帰宅することも考

えられる。

今回は,予報との関連を考えずに,豪雨の際の行

動を考えさせたが,予報をふまえて行動することが

重要であることを十分,説明できた。

3.教育効果

生徒が 1 つのテーマについて自ら調べ,話し合う

ことで,その問題を「自分の問題」として捉えるこ

とができる。

「大雨・洪水から身を守ろう」の講座は,5 年前

より毎年,同時期に行っている。昨年度までは,講

師が大雨・洪水被害と,その際の注意点について説

明し,ハザードマップを作成させていた。これにつ

いては,迂回ルートを示すところまでは,多くの生

徒が達成できていた。しかし,そこまで考えること

ができても,実際に自分がそのルートで登校できる

と答えた生徒は少なかったようである。

今回,google map などの資料を使いながら,グ

ループ討議を行うことで,生徒が実際のルートを具

体的にイメージすることができた。また,4 つの具

体的な行動パターンを提示したことで,考えをまと

めるための方向性が明確になった。

本時を含め 3 回限りではあるが,異なる学年の生

徒とグループを組ませ,コミュニケーション能力の

向上を図った。非常時には,見知らぬ人同士でも助

け合って被害を最小限に食い止める努力が必要と

なる。異なる学年の生徒と活動することは,意味の

あることと考えられる。

4.今後の展開

今回の授業では,駅に着いたときの豪雨が,降り

始めなのか終わりなのか,どのような原因で降って

いる雨なのか,雨の降り方についての検討はされて

いなかった。今後は,予報と関連させて,より具体

的な行動を講座展開として構築していく必要があ

る。

全ての行動パターンについて,全グループが同時

に検討を行ったが,各グループで 1 つの行動につい

て危険事項や注意点を検討させ,グループを組み直

して,検討結果を共有,さらに自分たちの行動を検

討させる,など,ジグソー法を取り入れたグループ

ワークも有効であろう。

5.まとめ

学校における授業でも,出前講座においても,教

える側は話したいことが沢山あり,それを全て伝え

たいと思いがちである。しかし,その全てを生徒が

自分の知識として吸収することは難しい。むしろ,

そのときには面白いと思って話を聞いても,実際に

自分が行動する際の適用性は乏しい,というのが実

情である。一人一人の生徒が,災害時に自らの考え

で行動することができなくては,防災教育の達成度

は低い。

生徒の主体的活動を講座の中心に据えることに

より,講座内容の生徒への定着を図り,生徒自身が

行動できるような防災教育が求められる。今後は,

このように生徒主体の活動を重視した講座を構築

していくことが重要であろう。

参考文献

荒川知子(2011) 出前授業を活用した気象教育の

充実,日本気象予報士会研究成果発表会予稿集

04 教育-03