第1章 太陽系の小さな仲間たち8 ii 太陽系の小さな仲間たち 1...

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5 第 1 章 太陽系の小さな仲間たち I 太陽系を見渡す 彗星も地球と同じ、太陽の周りを回っている太陽系のメンバーです。太陽系、と一口に言 いますが、そこにはいったいどのような天体があるのでしょうか。太陽系とは、中心にある 太陽とその周囲を公転する大小さまざまな天体から成ります。言い換えれば、太陽の重力に 束縛され支配されている天体たちの総称が太陽系なのです。太陽=恒星は 1 つだけですが、 周囲の天体には、木星のように直径が地球の 10 倍以上もある巨大な天体から、砂粒のよう なものまで千差万別です。まずは私たちが暮らす太陽系にどのような天体があるのか、概観 してみましょう。 図 1 太陽系の模式図 描かれている天体の大きさや太陽からの距離などの比は正しくない。

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Page 1: 第1章 太陽系の小さな仲間たち8 II 太陽系の小さな仲間たち 1 小惑星(asteroid) 主に岩石や金属からなる太陽系小天体が小惑星です。多くは火星と木星の軌道の間に帯状

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第 1 章 太陽系の小さな仲間たち

I 太陽系を見渡す

彗星も地球と同じ、太陽の周りを回っている太陽系のメンバーです。太陽系、と一口に言

いますが、そこにはいったいどのような天体があるのでしょうか。太陽系とは、中心にある

太陽とその周囲を公転する大小さまざまな天体から成ります。言い換えれば、太陽の重力に

束縛され支配されている天体たちの総称が太陽系なのです。太陽=恒星は 1 つだけですが、

周囲の天体には、木星のように直径が地球の 10 倍以上もある巨大な天体から、砂粒のよう

なものまで千差万別です。まずは私たちが暮らす太陽系にどのような天体があるのか、概観

してみましょう。

図 1 太陽系の模式図

描かれている天体の大きさや太陽からの距離などの比は正しくない。

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1 恒星(star)

中心部で水素の熱核融合反応※1が起き、自ら光と熱を放射して輝く天体が恒星です。太陽

系には太陽ただ 1 つしかありません。

2 惑星(planet)

以下の定義を満たす天体が惑星です。太陽系には水星・金星・地球・火星・木星・土星・

天王星・海王星の8天体があります。ちなみに惑星の定義は、2006年の国際天文学連合(IAU)

の総会で初めて決議されたもので、それ以前は惑星という天体の明確な定義はありませんで

した。その組成や内部構造からケイ酸塩鉱物を主体とする岩石が主成分の岩石惑星、水素や

ヘリウムなどの揮発性物質を主成分とする巨大ガス惑星、水やアンモニアなどの氷マントル

を持つ氷惑星に分類することもあります※2。

<惑星の定義>

(a) 太陽の周囲を公転する (b) 質量が大きいため自らの重力で流体力学的平衡形状(ほぼ球状)となっている (c) 自らが公転する軌道の領域から他の天体を力学的に一掃している

3 準惑星(dwarf planet)

上記の惑星の定義のうち、(c) を満たしていない天体が準惑星です。太陽系には 2020 年 4月 1 日現在でケレス、冥王星、エリス、マケマケ、ハウメアの 5 天体があります。また準惑

星候補天体の数は十数個に及びます。 この分類方法には検討の余地があると考えられています。すなわち現在は、小惑星のケレ

スと太陽系外縁天体である冥王星やエリスが同じカテゴリに分類されています。しかし、太

陽から 3 億 km しか離れていないケレスと 30 億 km 以上離れた冥王星では、組成や成因に

大きな違いがあると考えられ、それを同じ分類にすることは問題があると考える研究者も多

くいます。日本学術会議が準惑星というカテゴリの積極的使用を推奨しないのも、このため

です。

4 衛星(satellite)

惑星、準惑星、太陽系小天体の(後述)の周囲を公転する天体が衛星です。明確な定義は

ありません。 なお、ある惑星から見てその惑星の周囲を公転しているように見えるが、力学的には太陽

の周囲を公転している天体を準衛星と言います。

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表 1 太陽系天体の衛星(2020 年 4 月 1 日現在)

天体名 確定衛星数※3 発見された

総衛星数

衛星を持つ太陽系小天体の例

水星 0 0 シルヴィア(87 Sylvia):MA アンティオペ(90 Antiope):MA クレオパトラ(216 Kleopatra):MA イダ(243 Ida):MA パトロクロス(617 Patroclus):TA セクメト(5381 Sekhmet):NEAs レンポ(47171 Lempo):TNO クワオアー(50000 Quaoar):TNO

MA:メインベルト小惑星 TA:トロヤ群小惑星 NEAs:近地球小惑星 TNO:太陽系外縁天体

金星 0 0

地球 1※4 1

火星 2 2

木星 72 79

土星 53 85(82※5)

天王星 27 27

海王星 14 14

ケレス 0 0

冥王星 5 5

エリス 1 1

マケマケ 1 1

ハウメア 2 2

5 太陽系小天体(small solar system bodies)

惑星、準惑星、衛星以外のすべての太陽系天体を太陽系小天体と言います。さらに小惑星

や彗星、太陽系外縁天体などに細分されます。 ※1

水素原子核 4 つが結合しヘリウム原子核がつくられる反応。太陽を含む大部分の恒星の主要なエネルギ

ー源。水素原子核 4 つがいきなりヘリウム原子核になるのではなく、反応は順々に進む。

※2

従来は地球型惑星、木星型惑星などと分類されることもある(天王星型惑星を含めることもある)。惑星

形成論においてその分類を疑問視する声もあり、統一的な考えはまだない。

※3

軌道が確定し命名された衛星の数。

※4

2020 CD3のような一時的な衛星は含まない。

※5

S/2004 S 3、S/2004 S 4、S/2004 S 6 は同じ天体、または粒子塊(clump)の可能性がある。これらを除

くと 82 個となる。

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II 太陽系の小さな仲間たち

1 小惑星(asteroid)

主に岩石や金属からなる太陽系小天体が小惑星です。多くは火星と木星の軌道の間に帯状

に分布しています(これを小惑星帯/メインベルトと言います)。図 2 を見るとまんべんな

く分布しているように見えますが、実際には木星の引力の影響を受けて小惑星がたくさん集

まっているところ、ほとんどないところがあります(図 3)。そのような場所は小惑星と木

星の公転周期の比がきれいな整数比になっています(このような現象を共鳴きょうめい

と言います)。

図 2 太陽系の北極方向から見た小惑星の分布

赤外線天文衛星「あかり」が検出した 5,120 個の小惑星の 2007 年 8 月 26 日時点の太陽系内の分布。

©ISAS/JAXA

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図 3 小惑星の軌道長半径と個数の関係

グラフ上の 4:1 や 3:1 といった数字が木星とその軌道を公転する小惑星の公転周期の比を表している。

すなわち 4:1 とは木星が太陽のまわりを 1周する間に小惑星が 4周することを意味する。そしてそのよ

うな軌道を持つ小惑星はほとんど存在しない。

小惑星の中には地球軌道に接近するものもあり、それらは地球近傍小惑星(Near Earth

Asteroids:NEAs)と呼ばれます※6。これらは軌道が地球と交差し地球に衝突する可能性も

あることから現在、世界中で精力的に捜索が行われています。日本では岡山県井原市にある

「日本スペースガード協会」がその役目を果たしています。

いくつかの惑星にはその軌道上にあるラグランジュ点※7 付近を運動するトロヤ群と呼ば

れる小惑星グループがあります。2019 年 5 月現在で、地球に 1 個、火星に 9 個、木星に 7,000

個以上、天王星に 1 個、海王星に 23 個のトロヤ群小惑星が発見されています(特に断りな

くトロヤ群小惑星というときは、木星のラグランジュ点付近を運動する小惑星群をいいま

す)。

また、小惑星には似通った軌道(軌道長半径や軌道傾斜角)を持つグループがいくつかあ

り、それらを小惑星の族(family)と呼びます。これは元々1 つだった天体がバラバラに分

裂した後に同じ軌道を回り続けているものや、木星などの重力の影響で一定範囲内の軌道に

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集まったものだと考えられています。初めて小惑星の族を発見したのは日本の天文学者・平

山清次です。

図 4 小惑星の軌道長半径と軌道傾斜角の関係

小惑星はスペクトルによる分類もされています。S 型や C 型、D 型といった小惑星があ

りますが、これは表面の組成の違いを表していると考えられています。

小惑星は、2020 年 4 月 1 日現在、太陽系には軌道が確定し小惑星番号が付けられたもの

だけでも 54 万 5,000 個以上、発見されただけのものも含めれば 93 万個以上もあります。

2 彗星(comet)

主に氷(水や二酸化炭素など)とチリ(ケイ酸塩鉱物など)からなる太陽系小天体が彗星

です。細長い楕円軌道を持つものが多く、太陽に接近することで氷が昇華し※9、コマと尾を

形成します。その姿は千差万別ですが、軌道によって分類されることが多いです。

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2020 年 4 月 1 日現在、現在 400 個近い数の周期彗星と 3,500 個を超える多数の非周期彗

星が確認されています。彗星については第 2 章で詳しく説明します。

3 (太陽系)外縁天体(trans-Neptunian objects:TNO)

主に海王星軌道の外側を公転し、氷(水や二酸化炭素など)と岩石からなる太陽系小天体

が外縁天体です。海王星軌道の外側に円盤状に広がるエッジワース・カイパーベルト天体(単

にカイパーベルト天体とも)や、海王星の重力でカイパーベルトの外側に飛ばされ軌道の傾

きが大きくなった散乱円盤天体(エッジワース・カイパーベルト天体に含める場合もある)

などに細分され、オールトの雲まで含めることもあります。また、木星軌道と海王星軌道の

間を公転している、ケンタウルス族天体と呼ばれる外縁天体と小惑星の中間的な性格を持つ

天体群もあります。

外縁天体は、2020 年 4 月 1 日現在、10,000 個以上が発見されています。エッジワース・

カイパーベルトやオールトの雲については第 2 章で詳しく説明します。

4 冥王星型めいおうせいがた

天体てんたい

(Plutoid)

外縁天体であり、かつ準惑星でもある天体が冥王星型天体です。現在は冥王星・エリス・

マケマケ・ハウメアの 4 天体がありますが、さらに増える可能性は大いにあります。

※3

地球近傍小惑星(NEAs)はその軌道から主にアポロ群、アモール群、アテン群に大別される。それぞれ

の軌道の定義は以下の通り(次ページの図も参照)だが、NEAs は地球や金星などの惑星の重力の影響

を受けやすいため軌道が変わりやすく、所属する群が変わる可能性も大いにある。

・アポロ群:軌道長半径が 1 天文単位以上で近日点距離が地球の遠日点距離(1.017 天文単位)以下の小

惑星。つまり、軌道の大部分は地球の軌道より外側であるが、一時的に地球より内側にく

る小惑星を言う。1 天文単位は太陽-地球間の平均距離 1 億 5000 万 km。

・アモール群:軌道長半径が 1 天文単位以上で近日点距離が地球の遠日点距離(1.017 天文単位)以上

1.3 天文単位以下の小惑星。つまり、軌道が地球の軌道に外接するが交差はせず、火星の

軌道を横断するような小惑星を言う。

・アテン群:軌道長半径が 1 天文単位以下で遠日点距離が地球の近日点距離(0.983 天文単位)以上の小

惑星。つまり、軌道の大部分は地球の軌道の内側であるが、一時的に地球より外側にく

る小惑星を言う。

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※7

質量が無視できほどの小さな天体が、2 つの大質量天体の軌道面に安定して留まれることができる 5 つの

点をラグランジュ点(秤動点)と言う。下図は太陽と地球の場合のラグランジュ点(L1~L5)。ちなみに

この図は地球の公転面を天の北極側から見ている。

※8

最新の小惑星の数は、国際天文学連合(IAU)の小惑星センター(Minor Planet Center:MPC)のウェ

ブサイトを参照のこと。

https://minorplanetcenter.net/mpc/summary

L1 L2 L3

L4

L5

太陽

地球

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※9

固体が液体を経ずに気体になること、またはその逆。宇宙空間はほとんど真空に近いため、水(H2O)

は液体となることができない。

Ⅲ 小天体最前線

1 なぜ小天体が重要か?

地球のような惑星は、約 46 億年前、誕生したばかりの太陽の周囲にできた原始惑星系円

盤の中で誕生しました。温度が下がるにつれて円盤をつくるガスの一部は凝集してちり..

とな

ります。太陽からあるていど離れた場所では水などの揮発性物質も凍りちり..

となります。そ

のちり..

があつまって微惑星をつくり、その微惑星が衝突・合体を繰り返して原始惑星へと成

長し、惑星をつくったのです。

小惑星や彗星、外縁天体といった太陽系小天体は、惑星へと成長できなかった微惑星の名

残だと考えられています。衝突・合体を繰り返すと、そのエネルギーで微惑星は融けて物質

がかき混ぜられてしまい、元の微惑星の情報は失われてしまいます(ある程度の大きさまで

成長するとさらに比重の違いによって内部が分化してしまいます)。衝突・合体をしていな

い(成長していない)ということは、熱変成を受けていない、すなわち元の微惑星の情報を

保持しているということになるのです(中にはいったんある程度の大きさまで成長した後、

他の天体との衝突で砕けて小さくなったものもありますが)。特に外縁天体など遠方にある

天体は、太陽の光や熱の影響も少ない(宇宙風化※10 の程度が小さい)ので、より始原的な

物質を現在まで保持し続けている可能性があります。つまり、小天体を調べることは、太陽

系が誕生した当時の物質の様子を調べることになり、ひいては地球を含む太陽系がどのよう

に形作られたのかを解き明かすことになるのです。 さらには、太陽系小天体が地球に水や生命の材料となる物質(有機物やリンなど)を運ん

だとも考えられています。前述したように地球は微惑星の衝突・合体によって形成されまし

た。そのときのエネルギーで地球全体はドロドロに融け、表面がマグマオーシャンと呼ばれ

る状態になったと考えられています。すると水などの揮発性物質は蒸発し大気圏外へと散逸

してしまいますし、有機物などは分解されてしまいます。現在の地球の海をつくる水や生命

の材料となった物質(もしくは生命そのもの?)は、地球表面が冷えた後に、小惑星や彗星

の衝突によってもたらされたと考えられているのです(当時は現在よりも格段に小天体の地

球への衝突頻度が高かった)。運び手の候補とされているのは C 型小惑星と彗星で、水につ

いては、C 型小惑星が水(含水鉱物)を含んでいることは小惑星リュウグウ(162173 Ryugu)を探査した日本の小惑星探査機「はやぶさ 2」によって明らかにされていますし、彗星はそ

もそも水の氷が主成分です。有機物についても C 型小惑星には大量に含まれているとされ

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ていますし、彗星のちり..

からは既にアミノ酸が検出されています。「はやぶさ 2」はリュウ

グウのサンプル採取に成功しているとみられ、そのサンプルが入ったカプセルが地球に帰還

するのは 2020 年 12 月の予定です。サンプルを分析することで、どのような有機物がどれ

くらい含まれているかがわかれば、地球の生命の起源に一歩近づけるかもしれません。つま

り小天体を探査することは、私たちのルーツを探ることでもあるのです。

図 5 太陽系形成のシナリオ

©理科年表オフィシャルサイト

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2 曖昧になりつつある小天体の分類

小惑星、彗星、外縁天体…と太陽系小天体内の分類を見てきましたが、これらははっきり

と定義されたものではありません(太陽系内ではっきりと定義された区分は惑星・準惑星・

太陽系小天体だけです)。それどころか、それぞれの境界は曖昧になりつつあり、分類が本

質的な意味をなさなくなってきています。

例えば彗星は氷とちり..

が集まった天体ですが、太陽にあぶられ表面の氷が融けきってしま

えば、残るはちり..

の成分だけですから小惑星と変わらない天体になります。内部に氷が残っ

た場合、何かの拍子で彗星活動を再発させるかもしれませんので、「小惑星ときどき彗星」

という天体になるかもしれません。このような天体を「枯渇彗星」と呼びます。ふたご座流

星群※11 の母天体は小惑星ファエトン(3200 Phaethon)ですが、小惑星は本来であれば大

量のちり..

を惑星間空間に供給できませんから流星群の母天体にはなり得ません。ですが、ふ

たご座流星群のちり..

の軌道とファエトンの軌道が酷似しているために、ふたご座流星群の母

天体と考えられるようになったのです。現在ではファエトンは、昔は彗星であったものが表

面の揮発性物質をすべて失って小惑星のようになっている天体であるとされています。ちな

みにファエトンには 2013 年 6 月、一時的に彗星のような活動が起きた(コマが見られた)

という観測報告もあり、後述する彗星・小惑星遷移天体かもしれません)。

図 6 彗星のようなコマが見られた小惑星ファエトン

©D. Jewitt et al.

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実際に、彗星から小惑星になりつつある天体も発見されています。1949 年に発見された

ウィルソン・ハリントン彗星(107P/Wilson-Harrington)は、発見後 3 回観測されたのち

に見失われてしまい、軌道を確定することができませんでした。その後、1979 年に小惑星

1979 VA が発見され、確定した軌道を元に過去の位置をさかのぼるとウィルソン・ハリント

ン彗星と重なり、同一天体であったことが明らかになったのです。そのためこの天体は、今

では彗星と小惑星の両方の名を持つことになり(小惑星番号は 4015)、彗星から小惑星へと

変貌しつつある天体とされました。いずれ枯渇彗星になるのでしょう。このような彗星から

小惑星へと変わりつつある天体を「彗星・小惑星遷移天体」と呼びます。ウィルソン・ハリ

ントン彗星のほか、キロン(95P/Chiron、小惑星番号は 2060)やドン・キホーテ(3552 Don

Quixote)、ほうおう座流星群※12 の母天体であるブランペイン彗星(289P/Blanpain、小惑

星としての仮符号は 2003 WY25)などが彗星・小惑星遷移天体として知られています。

図 7 1949 年 11 月 19 日に撮影されたウィルソン・ハリントン彗星(矢印の先)

©ESO and Palomar Observatory

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図 8 小惑星として観測されたウィルソン・ハリントン彗星(矢印の先)

©石黒正晃

また小惑星のような軌道を持つ彗星も発見されています。1996 年に発見されたエスル

ト・ピッツァロ彗星(133P/Elst-Pizarro)は、彗星活動を示しているにも関わらず、その

軌道が小惑星帯の中にあったのです。その後、リード彗星(238P/Read)など同様な天体が

複数発見されました。通常、彗星は細長い楕円軌道を持ち、軌道が地球の公転面に対して傾

いているものも多いのが特徴です。そのような軌道を持っていたものが惑星の重力で軌道が

変えられてしまったのか、元々、小惑星帯で生まれた天体なのかはわかりません。後者だと

すると、小惑星帯の天体の多様性が一段と増すことになります。このような軌道が小惑星帯

にある天体を「メインベルト彗星」と呼びます。

図 9 メインベルト彗星 エルスト・ピッツァロ

©Images taken with the UH 2.2-meter telescope by H. Hsieh and D. Jewitt (Univ. Hawaii).

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このように太陽系小天体の分類は曖昧なものになりつつあります。太陽系小天体は単純に

分類できるものはなく多様性に富んでいるのです。その多様性を明らかにすることこそが、

太陽系の謎でもあり、太陽系の本質を解き明かす鍵でもあるのです。皆さんにも、これから

太陽系小天体についてのニュース・記事や書籍などを目にする際には、その本質を捉え、分

類にこだわらない視点を持っていただければと思います。

※10

太陽風(太陽から吹き出す電気を帯びた小さな粒の流れ)や宇宙線(太陽系外から飛来する高エネルギ

ーの小さな粒)が天体を作る岩石に当たると、その表面の鉱物の化学組成が変化する。これを宇宙風化

という。 ※11

毎年、12 月中旬に活発な活動を見せる流星群。1 時間に 50 個程度の流星を見ることができ、3 大流星群

に数えられる。真冬の寒い時期ではあるが夜更かしをせずに(21 時ごろに)観察できるため、最も見や

すい流星群の一つである。 ※12

1956 年 12 月 5 日に突発出現を見せた流星群。その様子は、南極へ向かい航行中だった南極観測船「宗

谷」に乗船中の第 1 次南極越冬隊隊員・中村純二によって観測された。その後、2014 年 12 月 2 日、国

立天文台の研究者を中心とする観測チームなどによって 58 年ぶりに出現が観測されている。

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第 2 章 彗星はどのような天体か?

I 彗星の名前のつけ方は?

彗星には、現在、基本的に発見者の名前が先着順に 3 名までつけられます。最近では発見

者が個人ではなく人工衛星やプロジェクト名であることも多々あります。例えば、IRAS・

荒貴・オルコック彗星(C/1983 H1)という彗星がありますが、これはアメリカの赤外線天

文衛星 IRAS(InfraRed Astronomical Satellite)※13、日本人のアマチュア天文家である荒

貴源一氏、イギリスのアマチュア天文家であるジョージ・オルコック氏の 3 名が発見した彗

星です。また、最近よく聞く名前の一つであるリニア彗星は、リンカーン地球近傍小惑星探

査※14 というプロジェクト(自動観測システム)が発見した彗星になります。アトラス彗星

も同様で、小惑星地球衝突最終警報システム ATLAS(Asteroid Terrestrial-impact Last

Alert System)というプロジェクト名に由来します。例外はハレー※15彗星(1P/Halley)、

エンケ※16彗星(2P/Encke)、クロンメリン※17彗星(27P/Crommelin)などです。これはそ

の彗星の軌道を計算した天文学者の名前がそれぞれつけられています。また、彗星の命名法

が確立していなかった 19 世紀以前には「1811 年の大彗星」などと呼ばれるものもあります。

また、このような彗星の名称はあくまで通称であり、正式には符号がつけられます。符号

のつけ方は時代によって変化していますが、現在では下記のようにつけられています。

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先頭のアルファベットは通常、彗星(Comet)を表す C/ がつけられますが、軌道が確定

し、周期彗星であることが明らかになると P/ となります。さらに次の条件の 1 つに当ては

まると、符号から発見年などの情報が除かれ通し番号が付けられます。

1) 2 回目の回帰が観測された 2) 遠日点に達するまで観測された(=彗星が軌道上のどこにいても観測可) 3) 4 回の衝が観測された(ケンタウルス族の場合のみ)

彗星が何らかの理由で消滅した、あるいは長期間観測されずに行方不明になった場合は D/ がつけられ、観測数が足りず軌道が求められなかった場合は X/ がつけられます。 発見された月を表すアルファベットは、数字の 1 や小文字の l(エル)と間違えやすい I

を除いた A~Y が使われます。発見年を表す数字と発見月を表すアルファベットの間には半

角スペースが入ります。 発見月を表すアルファベットの次にくる数字は、その期間内の何番目に発見されたかを示

します。そして最後に、「アイソン」といった発見者名がつきます。この記号を見るだけで、

アイソン彗星は 2012 年 9 月後半の 1 番目に発見された彗星であることがわかるのです。

※13

IRAS はアメリカの NASA、オランダの NIVR、イギリスの SERC が共同で計画した赤外線天文衛星。4

つの波長の赤外線で全天の 96%を観測、赤外線源の地図を作成した。また多くの小惑星・彗星を発見し

ている。

※14

アメリカ空軍と NASA、MIT のリンカーン研究所が共同で運営している、地球近傍小惑星の発見と追跡

のためのプロジェクト。リニア(LINEAR)とは Lincoln Near-Earth Asteroid Research の略。主に口

径 1m の望遠鏡が用いられ、自動観測を行っている。これまでに 5 万個を超える小惑星や数十個の彗星

を発見している。

※15

エドモンド・ハレー(Edmond Halley:1656-1742)はイギリスの天文学者。ハレー彗星の軌道計算だ

けでなく、恒星の固有運動の発見や金星の日面通過を用いて太陽-地球間の距離を求める方法を考案す

るなど幅広く活躍した。

※16

ヨハン・フランツ・エンケ(Johann Franz Encke:1791-1865)はドイツの天文学者。エンケ彗星の

軌道計算のほか、土星の A 環の隙間(エンケの間隙)などで知られる。

※17

アンドリュー・クロンメリン(Andrew Crommelin:1865-1939)はイギリスの天文学者。クロンメリ

ン彗星の軌道計算のほか、日食観測などで知られる。

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Ⅱ 彗星の構造は?

彗星は、大きく「核」「コマ」「尾」に分けられます。

図 10 彗星のつくり

©国立天文台 天文情報センター

核は彗星の本体とも言うべきもので、直径は数百 m~数 km(大きくても数十 km)※18 しかありません。

形はジャガイモのような不定形をしています。探査機

によって直接、核の大きさや形が測定された例はまだ

数例しかありません。核は様々な物質の氷とちり..

が混

ざり合った「汚れた雪だま(dirty snow ball)」※19で、

その内部構造などはほとんど明らかになっていませ

んが、表面はダストマントルと呼ばれるちり..

の層で覆

われていると考えられています(特に何回も太陽に接

近している彗星の場合)。

図 11 探査機によって直接撮影された彗星の核

上がハートレー彗星(103P/Hartley)、下がヴィルト彗星

(81P/Wild)。

©NASA/JPL-Caltech/UMD(上)/NASA/JPL-Caltech(下)

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コマは、氷が太陽の光や熱によって

蒸発してできたガスと、それに伴って

放出されたちり..

からなる一時的な彗星

の大気です。ガスは、氷が太陽の光の

エネルギーによって分解されてできた

二次生成物、三次生成物で、ラジカル

と呼ばれる不安定な分子です。コマの

さらに外側には水素ガスからなる「水

素コマ」が存在することが知られてい

ますが、紫外線で輝いているため宇宙

空間からしか観測できず、観測された

例は多くはありません。コマの大きさ

は、太陽からの距離にもよりますが 10万~100 万 km ほどの広がりを持ち、

水素コマは 1000 万 km(太陽の直径の

10 倍近く)を超える広がりを持つ例が

あります。

図 12 日本の彗星探査機「すいせい」が捉えたハレー彗星の水素コマ

©JAXA/ISAS

尾はさらに「ちりの尾(ダストテイル)」「イオンの尾(イオンテイル)」「中性原子の尾」

に分けられます。

ちりの尾は、コマにあった数ミクロンという大きさのちり..

が、太陽の光の圧力(光圧)で

吹き流されたものです※20(流星物質となるようなミリメートルサイズの大きなちり..

は太陽

光圧では飛ばされず、コマ周辺にとどまります)。ちり..

にも様々な大きさがあり、光圧は小

さなものほどよく効くため、ちり..

が放出されるスピードはまちまちとなり、ちりの尾は幅広

い緩やかなカーブを描いた曲線になります。様々な時刻に放出された同じ大きさのちり..

が描

く軌跡を「シンダイン」、同時刻に放出された様々な大きさのちり..

が描く軌跡を「シンクロ

ン」といいます。図 13 を見ながら、彗星の尾が広がっていく様子を見てみましょう。ある

時刻 T1 に様々な大きさのちり..

が放出されたとします。T2 になると T1 で放出されたちり..

その大きさに応じた距離まで飛ばされていきます。と同時に、また様々な大きさのちり..

を放

出します。その後、T3、T4 と同様に続きますが、彗星が太陽に近づいているときは短時間

で大きく運動方向が変わり、彗星から見た太陽の方向も変わります。そのためちり..

が飛び出

す方向も変化し、幅広いカーブを描くのです。

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図 13 彗星のちり..

の尾ができる様子

図 14 広がったマクノート彗星(C/2006 P1 McNaught)のちりの尾

© S. Deiries/ESO

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ちりの尾には筋模様が見えることもあります(図 15)。これはシンクロニック・バンドと呼

ばれることがありますが、その成因は不明です。

図 15 ヘール・ボップ彗星(C/1995 O1 Hale-Bopp)のシンクロニック・バンド(矢印の先)

©国立天文台 天文情報センター

ちりの尾は彗星の軌道

面に薄く広がっている

ため、地球との位置関

係によって見え方が変

わることも大きな特徴

です。地球が彗星の公

転軌道面を横切る前後

では、ちりの尾が太陽

方向にも伸びているよ

うに見えることがあり、

これを「アンチテイル」

といいます(図 16)。

図 16 パンスターズ彗星(C/2011 L4 PANSTARRS)で見られたアンチテイル(コマの左側)

©石垣島天文台(国立天文台)

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イオンの尾は、コマにあったラジカル分子がさらに太陽の光を受けてイオンに分解され、

それが太陽から飛んでくる太陽風によって流されたものです。イオンは電気を帯びているた

め、同じく電気的な力を及ぼす粒子の流れである太陽風によって引きずられてしまうのです。

太陽風は秒速数百 km もの速さで吹いているため、イオンも高速で飛ばされ細長いまっすぐ

な尾をほぼ太陽の反対方向へと伸ばします。太陽風の流れが変化すると尾の形も変化し、こ

れまでにコブのような構造の「ノット」や、折れ曲がった構造の「キンク」が検出された例

があります※21。イオンの尾の変化は、目には見えない太陽風の流れを知るための、言わば

吹き流しの役割を果たしてもいるのです。

図 17 百武彗星(C/1996 B2 Hyakutake)で見られたイオンの尾の変化

©国立天文台 天文情報センター

中性原子の尾は、これまで検出例が少なく、どのような元素の尾があり得るのか、まだ研

究途上です。ヘール・ボップ彗星(C/1995 O1 Hale-Bopp)やパンスターズ彗星(C/2011 L4 PANSTARRS)で中性ナトリウム原子の尾が、マクノート彗星(C/2006 P1 McNaught)で中性鉄原子の尾が検出された例があります。これら金属原子の尾は、彗星にどのような元

素が含まれているかの手掛かりとなり、彗星核ができた当時の温度など、ひいては太陽系が

誕生したときの環境を知る重要な鍵となります。特に太陽に非常に近づく彗星は太陽からの

熱でちり..

も蒸発してしまうため、様々な金属原子の尾が見られる可能性が高いとされていま

す。

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図 18 パンスターズ彗星(C/2011 L4 PANSTARRS)で見られた中性ナトリウム原子の尾

(矢印の間)

©倉敷科学センター

※18

ハレー彗星の核の大きさは 15×8×8km(探査機ジオットが測定)。また、史上最大級の大きさを持つと

言われるヘール・ボップ彗星は 60km と推定されている(未測定)。ほとんどの彗星核の大きさは明るさ

などから見積もられており、誤差が非常に大きい。

※19

探査機ディープ・インパクトによる衝突実験のデータから、“汚れた雪だま”よりは“凍った泥だま(icy

dirt ball)”ではないかとも考えられている。が、彗星核にも個性があるため、その割合は連続的に変化

しているものかもしれない。

※20

太陽の光の圧力で進む宇宙機が「ソーラーセイル」。日本の小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス」

は世界で初めて成功したソーラーセイルとなった。

※21

百武彗星では、ノットができ徐々に動いていく様子が明瞭に捉えられた。

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III 彗星はなぜ光る?

太陽系天体の光り方を見ると、次のようになります。

(1) 自らエネルギーを生み出し光る →恒星(太陽) (2) 太陽の光を反射して光る →惑星(火星・木星など)、ほとんどの太陽系小天体 (3) まわりを光らせる + 熱せられて自分で光る →流星※22 (4) 太陽の光を反射して光る + (太陽の光を受けて)自分で光を出す →彗星

これを見ると、彗星は独特な光り方をしていることがわかります。

まず太陽の光を反射して光っているのはちり..

です。そのためちり..

でできたコマやちりの尾

は(やや黄味がかった)白色に見えます。一方、太陽の光を受けて自分で光を出しているの

はラジカル分子でできたコマやイオンテイルです。こう書くと、太陽の光をはね返している

のと何ら変わらないように読めますが、その発光メカニズムはまったく違います。太陽の光

を受けて自分で光を出している、このメカニズムは「共鳴散乱」と呼ばれます。

原子は、正(+)の電気をもつ原子核と負(-)の電気をもつ電子に分けられます※23。

電子は原子核のまわりをある一定のエネルギーをもってまわっています(その道すじを電子

軌道といいます※24)。ある電子軌道にいられる電子がもつエネルギーは決まっています。そ

れ以上、大きくても小さくてもその軌道にはいられません。そしてエネルギーの大きさは飛

び飛びの値を取ります。もし外部から電子にエネルギーが加わると、その電子は今いる軌道

にはとどまれません。より大きなエネルギーの軌道へと移ります。ところが、電子にはもと

もとのエネルギーの状態へ戻りたがる性質があります。そのためには、加わったエネルギー

を何らかの方法で放出しなければいけません。そして軌道のエネルギーの大きさが決まって

いるため電子が受け取れるエネルギーも放出するエネルギーも何でもいいわけではありま

せん。電子の数や軌道の状態も原子によって違います。つまり、どのようなエネルギーを受

け取って、かつ放出できるかは原子によって変わるのです。

太陽からは様々な波長(エネルギー)を持った光がやってきますが、前述したように原子

によって受け取れる光の波長(エネルギー)は異なります。放出するエネルギーも原子によ

って違うわけですから、彗星のスペクトル※25 を調べることで、どのような原子、ひいては

どのようなラジカル分子やイオンが光っているのかが分かるわけです。探査機が直接彗星を

訪れる前から彗星の成分(後述)が明らかにされていたのは、このスペクトルのおかげです。

彗星のスペクトルを見ると、太陽の光を反射して光っている成分と共鳴散乱の成分とをはっ

きりと分かれて見えます。

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図 19 共鳴散乱のしくみ

図 20 ニート彗星(C/2001 Q4)のコマのスペクトル

©群馬県立ぐんま天文台

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※22

よく「流星は大気との摩擦で光る」といった記述があるが、厳密にはこれは間違い。 ※23 原子核はさらに陽子と中性子に、陽子や中性子はさらにクォークに分けられる。電子はこれ以上分ける

ことができない“素粒子”。 ※24 実際には、太陽系の惑星のように決まった道筋を電子が動き続けるわけではない。同じエネルギーの状

態を取れる場所を動き回る、と言った方が正しい表現となる。

※25 天体からの光を波長ごとに分け、それぞれの強さを測ってグラフにしたものをスペクトルと言う。

IV 彗星は何でできている?

彗星のスペクトルから、彗星でどのような物質が光を出しているかが分かる、と書きまし

た。では“汚れた雪だま”と呼ばれる彗星は、具体的にどのような物質からできているので

しょうか?

図 21 彗星の典型的な組成

M. C. FESTOU, H. U. KELLER, and H. A. WEAVER 編『Comet II』記載のデータより作成。

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彗星の大部分は水(H2O)の氷です。75~80%を占めると考えられています。次いで多い

のが一酸化炭素(CO)と二酸化炭素(CO2)です。これら 3 種類の物質で彗星の 9 割に及

びます。さらにメタノール(CH3OH)やホルムアルデヒド(H2CO)※26、アンモニア(NH3)、

メタン(CH4)など単純な有機物が含まれます。また硫化りゅうか

水素す い そ

(H2S)※27や一酸化硫黄い お う

(SO)

といった硫化物も含まれます。これらの分子をつくる元素、水素(H)、酸素(O)、炭素(C)、

窒素(N)、硫黄(S)は、生命を形作る物質の大元であるアミノ酸を構成する元素です。実

際、探査機スターダストが採取したヴィルト彗星(81P/Wild)のちり..

からは、アミノ酸の

一種であるグリシン※28 が発見されました。探査機ロゼッタによるチュリュモフ・ゲラシメ

ンコ彗星(67P/Churyumov-Gerasimenko)の観測からは、彗星の周囲からリン(P)※29

が検出されています。彗星からこのような事実から、前述したように生命の元となる物質は

彗星によって地球にもたらされたのではないか、とも言われています。

図 22 探査機スターダストが採取した彗星のちり..

の顕微鏡写真

©NASA/JPL

ちり..

は彗星全体からみるとほんのわずかな量でしかありません。そのほとんどがケイ酸

(SiO4)の四面体構造を基本とするケイ酸塩鉱物であると考えられています。例えばかんら

ん石(オリビン)-フォルステライト Mg2SiO4※30やファイアライト Fe2SiO4など-や輝石

(パイロキシン)-エンスタタイト Mg2SiO6 やフェロシライト Fe2SiO6 など-です。これ

らの鉱物は地球上にもありふれていて、玄武岩などにも多く含まれます。ちり..

をつくる鉱物

が結晶質か非晶質(アモルファス)かは、その鉱物がつくられた温度環境に依存します。星

間塵はほとんどが非晶質のちり..

ですが、原始惑星系円盤には結晶質のちり..

が.発見されていま

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す。そして彗星には結晶質のちり..

が確認されています。このことは、ちり..

を詳しく調べるこ

とによって、彗星ができた当時、言い換えれば太陽系が誕生した当時の温度環境を知る大き

な手掛かりが得られることを意味しています。

※26 ホルムアルデヒドは、いわゆるホルマリンのこと。 ※27 腐卵臭がする物質。温泉の臭いは、ほとんどがこの物質に由来する。 ※28 グリシン(C2H5NO2)はアミノ酸の中で最も単純な構造をもつ物質。コラーゲンに多く含まれる。

※29

リンは原子番号 15 の元素で、生物の遺伝情報を司る DNA(デオキシリボ核酸)や細胞内でエネルギー

の放出や貯蔵などを担う ATP(アデノシン 3 リン酸)、骨や歯をつくるリン酸カルシウムなど、生体内で

広く利用されている元素のひとつである。

※30 フォルステライトの特にきれいな結晶は宝石のペリドットとして知られる。

V 彗星はどう動く?

彗星を含む太陽系天体の軌道は、太陽を焦点とする円錐曲線となります。円錐曲線とは円

錐を様々な角度から切ったときに切り口が示す形で、円・楕円・放物線・双曲線があります。

なぜこのような形になるのかは、ニュートンの万有引力の法則から導くことができます(こ

こでは詳述しません)。その円錐曲線の形を決めるのが離心率 e です。離心率 e の定義など

は、数学的な話になるので述べませんが、離心率 e と円錐曲線の形の関係は以下のようにな

ります。

・e=0 円

・0<e<1 楕円

・e=1 放物線

・e>1 双曲線

図 23 円錐曲線と離心率

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そして天体の軌道の形や宇宙空間での位置を決めるのに必要な値を「軌道要素」と言いま

す。軌道要素は全部で 6 つあり、この値が観測からすべて求まることで、軌道と天体の位置

がただ一つに決まります。6 つの軌道要素は以下の通りです。

図 24 軌道要素

・軌道長半径(a)

楕円軌道の半径のうち長い方。軌道が閉じていない(放物線や双曲線)の場合は定義で

きないため、近日点距離 q を用いる。

・軌道離心率(e)

単に離心率とも。軌道のつぶれぐあいを表す(上記参照)。

・軌道傾斜角(i)

天体の軌道が地球の公転軌道面(黄道面)に対しどのくらい傾いているかを表す。

・昇交点黄経(Ω)

天体の軌道が地球の公転軌道に対しどのような位置で交差しているかを表す。

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・近日点引数(ω)

天体の軌道が地球の軌道に対しどのような向きで交差しているかを表す。

・近日点通過時刻(T)

天体が直近で近日点をいつ通過する(した)か。

ちなみに軌道長半径 a と軌道離心率 e で軌道の形が、軌道傾斜角 i と昇交点黄経Ωで軌道が

存在する平面が、近日点引数ωで軌道の向きが、近日点通過時刻で天体の位置が決まります。

地球をはじめとする惑星は、ほぼ円に近い軌道をほぼ同じ平面で公転していますが、彗星は

その軌道が非常に細長い楕円軌道を持つものがほとんどで、なかには放物線や双曲線の軌道

を持つものもあります。大きさも傾きも様々です。

その千差万別な軌道を持つ彗星を、いくつかに分類することができます。まず慣習的に公

転周期 200 年以内の彗星を「短周期彗星」、200 年以上の彗星を「長周期彗星」と呼ぶこと

があります。200 年という数字に科学的根拠はありません。現在では、その軌道の特徴から

彗星を大まかに「黄道面彗星」「ハレー型彗星」「オールト雲彗星」と分類します。

図 25 様々な彗星の軌道を北極方向から見たもの

©国立天文台 天文情報センター

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「黄道面彗星」は軌道が地球の公転面=黄道面に沿っている彗星のグループで、そのほと

んどが短周期彗星です。遠日点が木星軌道のあたりにあるものが多いため、木星族彗星とも

呼ばれます

「ハレー型彗星」は短周期彗星のうち、大きな軌道傾斜角をもつ彗星のグループです。こ

れらは、もともと黄道面彗星であったものが木星などの惑星の重力の影響で軌道を変えられ

たものか、後述するオールト雲彗星が同じく木星などの惑星の重力の影響で公転周期が短く

なったものだと考えられています。

「オールト雲彗星」はいわゆる長周期彗星のことで、放物線軌道や双曲線軌道を持つもの

も多く、軌道傾斜角もまちまちです。

また彗星の中には非常に太陽に近づく軌道を持つものもあります。それらを「サングレー

ザー彗星」と呼びます。大彗星になった池谷・関彗星(C/1965 S1)もサングレーザーです。

太陽観測衛星 SOHO※31は毎年、数多くのサングレーザー彗星を発見しています。

図 26 太陽観測衛星 SOHO が捉えたサングレーザー彗星(矢印の先)

なお、この彗星はその後、崩壊・消滅した。

©LASCO, SOHO Consortium, NRL, ESA, NASA

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※31

太陽観測衛星 SOHO が撮影した画像は web ページで見ることができる。ほぼリアルタイムで更新される

ものもあり、アイソン彗星が近日点を通過するときは SOHO の画像でその様子を見ることができる(web

ページは英語)。

http://sohowww.nascom.nasa.gov/

VI 彗星はどこから?

周期彗星の遠日点距離と個数の関係を見ると、短周期彗星と長周期彗星の間には明確な区

切りがあるように見えます。

図 27 彗星の遠日点距離と個数の関係

©(一社)日本天文教育普及研究会 学校教育のためのアイソン彗星情報提供 WG

また、離心率と軌道傾斜角の関係を見てみると(図 28)、放物線軌道や双曲線軌道の彗星は

様々な方向からやってきているのに対し、楕円軌道の周期彗星はその多くが地球の公転面

(黄道面)からあまり離れない軌道を運動している(軌道の傾きが小さい)ことがわかりま

す。

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図 28 彗星の軌道離心率と軌道傾斜角の関係

©(一社)日本天文教育普及研究会 学校教育のためのアイソン彗星情報提供 WG

このことから、ケネス・エッジワース※32とジェラルド・カイパー※33は、短周期彗星の故郷

として、海王星軌道の外側に円盤状に広がる小天体群があると考えました。それらの軌道が

何らかのきっかけで変化し、太陽に近づくようになったものが短周期彗星だというのです。

これは、二人の名を冠して「エッジワース・カイパーベルト」と呼ばれます(単にカイパー

ベルトとも)。1992 年にエッジワース・カイパーベルトに属すると考えられる天体※34 が発

見され、その後、同じような天体が続々と発見されていることから、その存在が証明されま

した。エッジワース・カイパーベルトの内径は約 45 億 km ほどです。

一方、非周期彗星が様々な方向からやってくることから、ヤン・オールト※35 が非周期彗

星の故郷として考えたのが太陽を球殻状に取り囲む天体群でした。これは「オールトの雲」

と呼ばれています。オールトの雲の存在はほぼ確からしいと考えられてはいますが、その実

在はまだ証明されていません。その広がりは 1 光年ほどと考えられています。球殻状なのか、

連続的でエッジワース・カイパーベルトまでつながっているのかも明らかではありません。

近年、大口径望遠鏡によってセドナ(90377 Sedna)や 2018 VG18など遠日点が非常に遠く

にある軌道を持つ天体がいくつか発見されていますが、これらがオールトの雲に属する天体

なのか否かも現時点では未解明です。

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図 29 エッジワース・カイパーベルト(上)とオールトの雲(下)の模式図

©国立天文台 天文情報センター

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※32

ケネス・エセックス・エッジワース(1880~1972)はアイルランドの天文学者。経済学者としても知ら

れる。

※33

ジェラルド・ピーター・カイパー(1905~1973)はオランダおよびアメリカの天文学者。ぎょしゃ座エ

プシロン星の変光モデルの提唱や天王星の衛星ミランダならびに海王星の衛星ネレイドの発見などでも

知られる。アポロ計画において月面着陸地の選定にも携わっている。

※34

エッジワース・カイパーベルト天体として初めて発見されたのはアルビオン(15760 Albion)。命名され

たのは 2018 年のことで、現在でも仮符号であった 1992 QB1の名でもしばしば呼ばれる。なお、冥王星

が準惑星となったことで、「初めて発見された太陽系外縁天体」はアルビオンではなく冥王星となる。

※35

ヤン・ヘンドリック・オールト(1900~1992)はオランダの天文学者。天の川銀河の恒星が銀河中心(地

球から見ていて座の方向)のまわりを公転していることを示し、また中性水素が出す波長 21 ㎝の電波を

用いて天の川銀河尾腕構造を明らかにしたことで知られる。