症 例itpと血栓症の関係については,5年間における血...

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119 宮崎医会誌 2015 ; 39 : 119-123. 症  例 抗カルジオリピン抗体とループスアンチコアグラント陽性 を示した特発性血小板減少性紫斑病の1例 坂元 貴道 河野  浩 武内 正紀 松岡  均 今村 卓郎 要約:抗カルジオリピン抗体(aCL)とループスアンチコアグラント(LAC)陽性を示した特発性血小 板減少性紫斑病(ITP)の1例を経験した。患者は 30 歳男性。2013 年3月の職場健診で血小板数 4.7× 10 /μ1 と異常を指摘されたが放置していた。6月に階段で転倒後に左上腕部と右膝内側部に皮下出血 し,精査したところ,ITP と診断された。さらに血液凝固線溶系で APTT84.8 秒と著明な延長を認め, 免疫学的検査でaCLとLAC陽性を示したことから抗リン脂質抗体症候群(APS)の合併が疑われた。 入院後の画像診断の結果,動静脈血栓症は認められなかった。aCL 抗体かつ LAC 高値を示す ITP は経 過中に動静脈血栓症を高率に発症することから,ITP 診断時の抗リン脂質抗体(aPL)のスクリーニン グは重要であり,さらに aPL 陽性新規 ITP 患者では血栓症予防の治療と定期的な経過観察が必要である と考えられた。 〔平成 27 年5月 29 日入稿,平成 27 年6月 26 日受理〕 古賀総合病院内科 はじめに 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)は,その発症 機転から,略称は ITP のまま免疫性血小板性紫斑病 (immune thrombocytopenic purpura)とも呼称さ れるようになってきた。ITPは除外診断によるが, 鑑別疾患が多く診断に苦慮することも多い。また経 過中に他の自己免疫疾患を合併することも知られて いる。ITP は出血傾向を来す疾患であるが,その 30 ~ 60%で抗リン脂質抗体(aPL)が陽性となり,抗 リン脂質抗体症候群(APS)を合併することも少な くない。抗カルジオリピン抗体(aCL)とループス アンチコアグラント(LAC)高値を示すITPは経 過中における動静脈血栓症の高リスクが指摘されて いる。今回我々は,aCLとLAC陽性を示したITP の 1 例を経験した。入院後の検査で APS の診断基準 は満たさなかったものの,血栓症の高リスクと考え られたことから退院後も定期的な経過観察を行うこ ととした。 患者:30歳男性,会社員。主訴:左上腕部,右 膝内側部皮下出血。既往歴:学生時代は柔道をして いたが,打撲後の皮下出血や関節内出血をおこした エピソードはない。家族歴:母,悪性リンパ腫。活歴:喫煙歴なし,飲酒は機会飲酒。現病歴:2013 年3月職場健診で血小板数4.7×10 /μ1と血小板 減少を指摘されたが放置していた。4月頃から四肢 の軽い打撲後に軽度皮下出血をきたすようになっ た。6月に階段で転倒後,左上腕部と右膝内側部に できた皮下出血がなかなか消失しないため,近医を 受診したところ,血液検査で血小板数 3.0×10 /μ1 であり,当科外来を紹介された。血液検査で血小板 数 2.2×10 /μ1,APTT87.5秒のため当院入院と なった。入院時身体所見: 身長 179.4 ㎝,体重 92.8 ㎏, 血圧133/93㎜Hg,脈拍89回/分,体温36.7℃。図 1のように左上腕部に 15×7 ㎝,右膝内側部に5× 6㎝の皮下出血が認められた。関節内出血,筋肉内

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Page 1: 症 例ITPと血栓症の関係については,5年間における血 栓発症率においてaPL陰性ITP患者群(62.2%)が 2.3%であるのに対し,aPL陽性ITP患者群(37.8%)

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宮崎医会誌 2015 ; 39 : 119-123.

症  例

抗カルジオリピン抗体とループスアンチコアグラント陽性を示した特発性血小板減少性紫斑病の1例

坂元 貴道 河野  浩 武内 正紀

松岡  均 今村 卓郎

要約:抗カルジオリピン抗体(aCL)とループスアンチコアグラント(LAC)陽性を示した特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の1例を経験した。患者は30歳男性。2013年3月の職場健診で血小板数4.7×104/μ1と異常を指摘されたが放置していた。6月に階段で転倒後に左上腕部と右膝内側部に皮下出血し,精査したところ,ITPと診断された。さらに血液凝固線溶系でAPTT84.8秒と著明な延長を認め,免疫学的検査でaCLとLAC陽性を示したことから抗リン脂質抗体症候群(APS)の合併が疑われた。入院後の画像診断の結果,動静脈血栓症は認められなかった。aCL抗体かつLAC高値を示すITPは経過中に動静脈血栓症を高率に発症することから,ITP診断時の抗リン脂質抗体(aPL)のスクリーニングは重要であり,さらにaPL陽性新規ITP患者では血栓症予防の治療と定期的な経過観察が必要であると考えられた。 〔平成27年5月29日入稿,平成27年6月26日受理〕

古賀総合病院内科

は じ め に

 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)は,その発症機転から,略称はITPのまま免疫性血小板性紫斑病(immune thrombocytopenic purpura)とも呼称されるようになってきた。ITPは除外診断によるが,鑑別疾患が多く診断に苦慮することも多い。また経過中に他の自己免疫疾患を合併することも知られている。ITPは出血傾向を来す疾患であるが,その30~ 60%で抗リン脂質抗体(aPL)が陽性となり,抗リン脂質抗体症候群(APS)を合併することも少なくない。抗カルジオリピン抗体(aCL)とループスアンチコアグラント(LAC)高値を示すITPは経過中における動静脈血栓症の高リスクが指摘されている。今回我々は,aCLとLAC陽性を示したITPの1例を経験した。入院後の検査でAPSの診断基準は満たさなかったものの,血栓症の高リスクと考えられたことから退院後も定期的な経過観察を行うこ

ととした。

症 例

 患者:30歳男性,会社員。主訴:左上腕部,右膝内側部皮下出血。既往歴:学生時代は柔道をしていたが,打撲後の皮下出血や関節内出血をおこしたエピソードはない。家族歴:母,悪性リンパ腫。生活歴:喫煙歴なし,飲酒は機会飲酒。現病歴:2013年3月職場健診で血小板数4.7×104/μ1と血小板減少を指摘されたが放置していた。4月頃から四肢の軽い打撲後に軽度皮下出血をきたすようになった。6月に階段で転倒後,左上腕部と右膝内側部にできた皮下出血がなかなか消失しないため,近医を受診したところ,血液検査で血小板数3.0×104/μ1であり,当科外来を紹介された。血液検査で血小板数2.2×104/μ1,APTT87.5秒のため当院入院となった。入院時身体所見:身長179.4㎝,体重92.8㎏,血圧133/93㎜Hg,脈拍89回/分,体温36.7℃。図1のように左上腕部に15×7㎝,右膝内側部に5×6㎝の皮下出血が認められた。関節内出血,筋肉内

Page 2: 症 例ITPと血栓症の関係については,5年間における血 栓発症率においてaPL陰性ITP患者群(62.2%)が 2.3%であるのに対し,aPL陽性ITP患者群(37.8%)

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宮崎医会誌 第39巻 第2号 2015年9月

出血,歯肉出血などは認められなかった。胸腹部に異常所見なし。神経学的異常所見なし。入院時検査成績(表1):血液検査で血小板数3.9×104/μ1,生化学検査で肝機能,腎機能に異常なく,血液凝固線溶系でAPTT84.8秒と延長していた。免疫学的検査で血小板関連IgG(PA-IgG)が530ng/107cells(正

常値46ng/107cells以下)と陽性,骨髄所見で巨核球数は正常であり,赤血球および顆粒球の両系統は細胞数,形態ともに正常であった。また,aCLIgG120U/ml(正常値10U/ml未満),aCLβ2GPI抗体125U/ml以上(基準値3.5U/ml未満),LAC2.88(基準値1.3未満)と陽性であった。

a b

図1.入院時皮膚所見.

表1.入院時検査成績.

〈CBC〉 <Chemistry> <Serology>WBC 7000 /μl TP 7.5 g/dl CRP 0.03 ㎎/dl St 2.0 % Alb 4.4 g/dl PAIgG 530 ng/107cells Seg 72.0 % BUN 15.0 ㎎/dl anticardiolipinAbIgG 120 U/ml Ly 19.0 % Cre 0.83 ㎎/dl anticardiolipinβ2GPIAb >125 Mono 5.0 % UA 7.1 ㎎/dl lupusanticoagulant2.88 Eosin 0.5 % T-Bil 1.39 ㎎/dl ANA 320 x Baso 1.0 % T-Cho 189 ㎎/dl  homogenous 40 x a.ly 0.5 % Glu 132 ㎎/dl  speckled 40 xRBC 478×103 /μl Na 142 mEq/L antiss-DNAlgGAb 46 AU/mlHb 15.6 g/dl K 3.4 mEq/L antids-DNAlgGAb <10 IU/mlHct 42.9 % Cl 104 mEq/L FT3 3.18 pg/dlPlt 3.9x104 /μl Ca 8.9 ㎎/dl FT4 1.21 ng/dl<Coagulation> 2.8 mEq/L TSH 1.91 μ/dlPt 12.6 sec ST 24 IU/L Thyroglobulin 7.2 ng/mlPT-INR 1.28 LT 38 IU/L antiTg 22.8 IU/mlAPTT 84.8 sec DH 191 IU/L HBsAg (-)FIB 252 ㎎/dl GTP 25 IU/L HCVAb (-)FDP 1.5 μg/ml LP 180 IU/L TPHA (-)D-dimer 1.0 μg/ml h-E 330 IU/L antiH.pyloriAb (-)トロンボテスト-INR 1.06 MY 48 IU/LBleedingtime 4.0 minCoagulationtime 14.0 min

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坂元 貴道 他:aCL,LAC陽性のITP

臨 床 経 過

 抗リン脂質抗体症候群(APS)の合併が疑われたため,動静脈血栓症の有無を評価するため頭部MRI(図2A),胸腹部造影CT(図2B),両下肢MRA(図2C),眼底検査を施行したが,血栓症や明らかな血管の狭窄・閉塞病変,網膜動静脈血栓症の所見は認められなかった。臨床所見からAPSの診断基準(APS診断基準Miyakisら,2006年)は満たさず,APSの合併は否定的だった。また,抗核抗体が320倍(基準値:40未満)を示したことから全身性エリテマトーデス(SLE)の可能性も考えられた。抗ss-DNA IgG抗体(ELIZA)は46AU/ml(正常値25AU/ml以下)と陽性であったが,より診断価値の高い抗ds-DNAIgG抗体(ELIZA)が10IU/ml未満(正常値12IU/ml以下)であり,さらに臨床所見と合わせてSLEの診断基準を満たしていなかった。 以上の検査結果と臨床的に血小板減少をきたしうる他の疾患が否定的と考えられたためITPと診断し,入院後はプレドニゾロン(PSL)70㎎/day内服により治療を開始した。PSL内服後より血小板増加が認められ,皮下出血は治癒したが,APTTは正常化しなかったため(図3),血栓症のhigh riskと考えアスピリン100㎎/日の内服を開始した。全

身状態は良好なことから退院し,外来で経過観察を行うこととした。

考 察

 ITP患者のaPL陽性率は3~6割と報告1−6)されている。また本症例と同じくaCLかつLAC陽性の患者は10%前後にみられる1,2)。新規発症aPL陽性ITPと血栓症の関係については,5年間における血栓発症率においてaPL陰性ITP患者群(62.2%)が2.3%であるのに対し,aPL陽性ITP患者群(37.8%)では61%に何らかの血栓症を生じた。aPL陽性患者の中でも特にLAC陽性ITPでは約70%に血栓症を発症し,38 ヵ月の間にaPL陽性ITP患者群のうち14人(45%)がAPSを合併した。APSを合併したITP患者のLAC陽性率は高く,その統計学的有意差(P=0.036)が認められたと報告3)されている。別の報告でもLACかつaCL抗体高値では動静脈血栓症のリスクが指摘1)されている。 本邦におけるITP患者の7割以上がaPL未測定と報告7)されている。ITP診断時にaPLのスクリーニングをすることは重要であり,さらにaPL陽性の新規ITP患者では血栓症予防の治療と定期的な経過観察が必要であると考えられた。 本論文の要旨は第303回日本内科学会九州地方会(2013年11月16日,那覇市)において報告した。

図2.2A:頭部MRI,2B:胸腹部造影CT,2C:両下肢MRA.

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宮崎医会誌 第39巻 第2号 2015年9月

図3.臨床経過.

PSL(㎎/ day)

参 考 文 献

1)Pierrot-DeseillignyDespujol C,MichelM,KhellafM, et al.Antiphospholipid antibodiesin adultswith immune thrombocytopenicpurpura.BrJHaematol2008;142:638-43.

2)YangYJ, YunGW, Song IC, et al. Clinicalimplications of elevated antiphospholipidantibodies in adult patientswith primaryimmune thrombocytopenia. Korean J InternMed201126:449-54.

3)Diz-KüçükkayaR,HacihanefiogluA,YanerelM, et al. Antiphospholipid antibodies andantiphosphol ipid syndrome in patientspresentingwith immune thrombocytopenicpurpura : a prospective cohort study. Blood

2001;98:1760-4.4)StasiR,StipaE,MasiM,etal.Prevalenceandc l i n i c a l s i g n i f i c a n c e o f e l e v a t e dantiphospholipid antibodies in patientswithidiopathic thrombocytopenic purpura. Blood1994;84:4203-8.

5)Dash S,Marwaha RK,Mohanty S. Lupusanticoagulant in immune thrombocytopenicpurpura.IndianJPediatr2004;71:505-7.

6)山崎雅英.抗リン脂質抗体症候群.一瀬白帝編.図説 血栓・止血・血管学.中外医学社,東京,2005:410-21.

7)高木昇治郞,渡辺斉子,原 輝文,他.慢性突発性血小板減少性紫斑病患者を対象としたレボレート錠使用成績調査の中間報告.臨血 2012;53:1965.

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坂元 貴道 他:aCL,LAC陽性のITP

ACaseofIdiopathicThrombocytopenicPurpurawithAnti-CardiolipinAntibodiesandLupusAnticoagulant

TakamichiSakamoto,HiroshiKawano,MasanoriTakeuchi,HitoshiMatuokaandTakurouImamura

DepartmentofInternalMedicine,KogaGeneralHospital

AbstractWe report a case of idiopathic thrombocytopenic purpura associatedwith anti-phospholipid antibodies.A 30-year-oldmanwasadmittedtoourhospitalcomplainingofsubcutaneousbleeding.Laboratoryfindingsrevealedaplateletcount <5×109/L, prolonged activated partial thromboplastin time(APTT), and high titer of anti-phospholipidantibodies(aPLs).Hewastreatedwithoralprednisoloneat70㎎/day.Theplateletcountincreasedtoover10×109/L,butAPTTremainedprolonged.About30-60%ofITPpatientshaveaPLsandshowasignificantcorrelationbetween thrombosis events and the aPL titer.Although the thrombosis ratewas low, the significant correlationbetweenthrombosisandtheaPLlevelsuggeststhataPLsshouldbetestedforITPdiagnosis.

Key words :idiopathicthrombocytopenicpurpura,lupusanticoagulant