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「子どもと美術」における造形技法指導の展開 ―教材「自己紹介絵本」の可能性を探る― On the Development of The Guidance on Basic Techniques of Art in a Nursery Teacher Training Course -The possibility of the teaching material “Handmade picture book for self introduction”- Masako KON はじめに 子どもの豊かな表現を育む保育者は、表現の「受 け手」であるだけでなく「読み手」、「表し手」と しての感性をも磨く必要があり、保育者自らの表 現に対する躊躇いを克服することがその第一歩と なる。筆者はこれまで、保育者養成における造形 の基礎的な知識技能の学習において、学生や保育 の現場にとって最も身近な芸術作品である「絵 本」の視覚表現性に着目し、エリック・カール等 代表的な作家の作品を紹介しながら、コラージュ 等の造形技法体験を取り入れてきた。保育現場に おいても、子どもの自由な感覚をより豊かに表現 させ伸ばす手段として造形技法の体験が用いられ ており、実際に幼少期に体験したことのある学生 も多い。実践の結果、学生は多様な表現の楽しさ や喜びを素直に感じられ、表現の出発点としての 発見や感動を再確認しながら造形活動を行えたこ と、その喜びや楽しさを他者と共有し合えていた こと、子どもや保育への思いを引き出されていた ことが分かった。絵本の鑑賞や造形技法の体験は、 学生にとっては単に基礎的な素材や技術の理解だ けでなく、保育者としての心の在り方を意識させ ることにもつながる実践となり、体験を実施した 「子どもと美術」(1年次通年、卒業必修科目) の到達目標である「創造する喜びや楽しさを感じ ながら様々な造形活動を行う」、「創造する喜びや 楽しさを他者と共感し評価し合う」、「材料・用 具・技法の扱い方を理解し、適切に用いる」こと の一端が達成できるものであった(註1)。 このとき課題となったのは、実際の保育との結 びつきを具体的にイメージできるような授業展開 としての考察である。学生が造形表現を主体的に 学び、造形の基礎的な知識技能を学習することは もちろん、保育者としてのまなざしを持ち、子ど もたちとの活動をどのように豊かにしていくかと いう問題意識を持って取り組める教材の検討が必 要であると考え、今回、造形技法体験から保育実 習での実践を想定した「自己紹介絵本」づくりに 取り組むこととした。子どもたちは日常生活の中 で、事象が変化する不思議さ、楽しさを様々な形 で自然に体験している。そのような子どもたちの 興味を大切にしながら、その体験を造形活動へと 導いていくことのできる保育者を養成したい。 様々な造形技法に取り組み、出合った色や形から イメージをふくらませ、あるいは既にあるイメー ジに近づけようと色や形をコントロールし、何か に見立てたり、温度や感情等を表現したりする活 動は、子どもたちと学生が心通わせる教材づくり にも活かせるのではないかと考える。今回制作す る教材を「自己紹介絵本」とした理由は、子ども とのかかわりを深めることの意義や保育の具体的 な展開について、学生の意識しやすさを考慮した ためである。子どもからすれば飛び入りの先生で ある実習生にとって、子どもが興味や関心を持ち、 受け入れてくれる自己紹介を工夫することは重要 である。 今回は活動中の学生の姿や完成した作品、「自 己紹介絵本」発表後の学生に対して行ったアン ケートの結果から学生の学びの内容を分析し、今 後の授業構築につながるよう教材の成果と課題を 長崎女子短期大学紀要 第41号 平成28年度〈2017.3〉 -114-

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Page 1: ―教材「自己紹介絵本」の可能性を探る― · 自己紹介絵本発表後のアンケートでは「今回の 教材づくりで使用した造形技法」、「その技法を選

「子どもと美術」における造形技法指導の展開―教材「自己紹介絵本」の可能性を探る―

昆 正 子

On the Development of The Guidance on Basic Techniques of Art in a NurseryTeacher Training Course

-The possibility of the teaching material “Handmade picture book for self introduction”-

Masako KON

はじめに子どもの豊かな表現を育む保育者は、表現の「受

け手」であるだけでなく「読み手」、「表し手」としての感性をも磨く必要があり、保育者自らの表現に対する躊躇いを克服することがその第一歩となる。筆者はこれまで、保育者養成における造形の基礎的な知識技能の学習において、学生や保育の現場にとって最も身近な芸術作品である「絵本」の視覚表現性に着目し、エリック・カール等代表的な作家の作品を紹介しながら、コラージュ等の造形技法体験を取り入れてきた。保育現場においても、子どもの自由な感覚をより豊かに表現させ伸ばす手段として造形技法の体験が用いられており、実際に幼少期に体験したことのある学生も多い。実践の結果、学生は多様な表現の楽しさや喜びを素直に感じられ、表現の出発点としての発見や感動を再確認しながら造形活動を行えたこと、その喜びや楽しさを他者と共有し合えていたこと、子どもや保育への思いを引き出されていたことが分かった。絵本の鑑賞や造形技法の体験は、学生にとっては単に基礎的な素材や技術の理解だけでなく、保育者としての心の在り方を意識させることにもつながる実践となり、体験を実施した「子どもと美術」(1年次通年、卒業必修科目)の到達目標である「創造する喜びや楽しさを感じながら様々な造形活動を行う」、「創造する喜びや楽しさを他者と共感し評価し合う」、「材料・用具・技法の扱い方を理解し、適切に用いる」ことの一端が達成できるものであった(註1)。このとき課題となったのは、実際の保育との結

びつきを具体的にイメージできるような授業展開としての考察である。学生が造形表現を主体的に学び、造形の基礎的な知識技能を学習することはもちろん、保育者としてのまなざしを持ち、子どもたちとの活動をどのように豊かにしていくかという問題意識を持って取り組める教材の検討が必要であると考え、今回、造形技法体験から保育実習での実践を想定した「自己紹介絵本」づくりに取り組むこととした。子どもたちは日常生活の中で、事象が変化する不思議さ、楽しさを様々な形で自然に体験している。そのような子どもたちの興味を大切にしながら、その体験を造形活動へと導いていくことのできる保育者を養成したい。様々な造形技法に取り組み、出合った色や形からイメージをふくらませ、あるいは既にあるイメージに近づけようと色や形をコントロールし、何かに見立てたり、温度や感情等を表現したりする活動は、子どもたちと学生が心通わせる教材づくりにも活かせるのではないかと考える。今回制作する教材を「自己紹介絵本」とした理由は、子どもとのかかわりを深めることの意義や保育の具体的な展開について、学生の意識しやすさを考慮したためである。子どもからすれば飛び入りの先生である実習生にとって、子どもが興味や関心を持ち、受け入れてくれる自己紹介を工夫することは重要である。今回は活動中の学生の姿や完成した作品、「自

己紹介絵本」発表後の学生に対して行ったアンケートの結果から学生の学びの内容を分析し、今後の授業構築につながるよう教材の成果と課題を

長崎女子短期大学紀要 第41号 平成28年度〈2017.3〉

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Page 2: ―教材「自己紹介絵本」の可能性を探る― · 自己紹介絵本発表後のアンケートでは「今回の 教材づくりで使用した造形技法」、「その技法を選

検討する。

実践内容実践には平成27年「子どもと美術」(1年次通年、卒業必修、幼稚園免許・保育士資格選択必修科目)計30回(1回につき90分間)のうち、後期9回分(9月~11月)を充てた。〈授業のねらい〉〇発想の手助けとなる資料を収集し、必要な材料や用具について検討し、主体的に取り組む。

〇造形技法を保育現場で展開するために必要な知識と技術を習得する。

〇造形技法やモチーフ、配色・仕掛け等、絵本の内容に合わせて画面に効果的に用いる。

〇教材としての活用を意識した作品作りを意識

し、丁寧に制作する。〇子どもとの交流をイメージした言葉がけや活動の展開について考え、発表を行う。〇他者の作品を尊重する姿勢を持って鑑賞し評価し合い、活動の流れや援助について学ぶ。

〈材料の準備〉・スケッチブック(B4程度)・紙類(色画用紙、折り紙、障子紙等)・クレヨン ・アクリル絵の具 ・筆 ・はさみ・カッターナイフ ・のり ・両面テープ・その他(マーブリング液、ブラシ、網等)〈対 象〉「子どもと美術」受講生(本学幼児教育学科1年生)108名(Aクラス53名、Bクラス55名)

〈授業の流れ〉第1回目オリエンテーション

〇これまでの活動の振り返りを行う。学生は前期のうちに各種造形技法(スクラッチ、マーブリング、ドリッピング、デカルコマニー、スタンピング、コラージュ、にじみ、折り染め、ぼかし、ステンシル)を一通り体験している。過去の作品を見返し、技法の手順や材料、完成後の作品イメージについて再確認する。〇課題「自己紹介絵本」づくりについて、絵本の構想~発表までの活動計画を確認する。〇事前学習として自身のプロフィールや技法の特徴等をまとめておくことで、次回の内容(絵本の構想)に入りやすくする。

第2回目絵本の構想を練る

〇計画性のある制作活動を意識する。作品完成までの見通しを持って取り組むため、絵本制作計画表(資料1)に「本時の活動予定」と「本時の成果と次回の課題」を記入する(以後、毎時の活動前後に記入する)。〇見本の作品と発表風景の映像を鑑賞する。(プロジェクタ、スクリーン使用)完成作品や発表のイメージをふくらませる。

〇絵コンテ(資料2)を作成する。造形技法はもとより、配色・仕掛け等、絵本の内容に合わせて画面に効果的に用いることを心がける。また一人5~10分程度の発表を想定して内容を練る。授業終了後、教員は絵コンテを回収する。内容をチェックし、(助言があれば記入)、早めに学生に返却する。学生は絵コンテを確認し、次回からの制作に必要な材料・道具を準備する。

第3回目~第8回目絵本の制作

〇絵コンテをもとに作品を制作する。絵本制作計画表と絵コンテはスケッチブックの見返しに貼り付ける。教材としての活用を意識した作品作りを意識し、丁寧に制作する。絵の具を使用した場合、乾燥に時間を要するため、作業効率を考えて取り組むようにする。教員は造形技法活動用の作業スペースを確保しておく。そこでは技法に要する材料・道具の準備や作業しやすい環境構成、後片付けについて、学生が互いに心がけて行う。教員は巡回し、学生の質問に応じたり適宜助言したりする。

第9回目絵本の発表

〇「自己紹介絵本」の発表会を行う(グループ発表)。学生は6名程度のグループになる。発表順を決め、評価表(資料3)に自身とメンバーの氏名を書く。保育現場での発表をイメージし、笑顔と明るさ・元気のよさを前提に、以下の項目に配慮して互いに絵本を発表し合う。・流れを把握し、テンポよく演じる・子どもに伝わりやすい言葉を選び、演じる・子どもの反応をひろい、やりとりを楽しみながら演じる聞き手は受け身ではなく園児役として、積極的に発表に参加する姿勢で臨む。

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〇評価表を記入する。聞き手は発表内容に対し4段階評価を行い、感想や助言を書き添える。発表者も同様に自己評価を行う。評価表は教員に提出する。〇代表者による発表学生同士で話し合い、グループの中から代表者を決め、推薦者を立てる。代表者は学生全員の前で発表する。推薦者は代表者の作品もしくは発表のどこが魅力かを説明する。〇その他の自己紹介の例を確認する。今回の自己紹介教材はあくまでも一例であり、実際は目の前の子どもたちの特性や発達段階に合わせた教材を準備することが必要であることや、自己紹介の様々な手法について、参考資料を見ながら確認する。今後の学習に向けたさらなる意識づけとする。〇まとめ返却された評価表を確認し、班のメンバーが自身の発表に対しどのような感想・気づきをもったか知り、振り返りの材料とする。アンケート用紙に授業で学んだこと、また保育現場での実践に向けて思うことを記入し、作品とともに提出する。

資料1 絵本制作計画表

資料2 絵コンテ

資料3 自己紹介絵本の評価表用紙

「子どもと美術」における造形技法指導の展開

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Page 4: ―教材「自己紹介絵本」の可能性を探る― · 自己紹介絵本発表後のアンケートでは「今回の 教材づくりで使用した造形技法」、「その技法を選

結果と考察自己紹介絵本発表後のアンケートでは「今回の

教材づくりで使用した造形技法」、「その技法を選んだ理由」、「その技法は取り入れた場面に合っていたか」について、選択回答式の設問を設けた(使用した造形技法については複数選択可とした)。また、「取り組んだ造形技法に対してやり方や特性などの理解が深まったか」、「教材づくりと発表してみての感想や今後保育現場での学習に向けて思うこと」については自由記述とした。その結果、「今回の教材づくりで使用した造形

技法」については、「マーブリング」を選択した学生が66%と多く、「スタンピング」11%、「折り染め」8%、「ぼかし」8%、「ステンシル」3%、「ドリッピング」、「デカルコマニー」、「コラージュ」、「にじみ」は1%となった。「その技法を選んだ理由」として最も多かった

回答は、「場面のイメージに合っていると思ったから」(56%)となり、次いで「楽しく取り組めるから」(26%)、「簡単に取り組めるから」(13%)、「その他」(5%)となった。その他の理由としては「興味があったから」、「色合いがきれいだから」、「子どもの興味を引けそうだから」等があった。「その技法は取り入れた場面に合っていたか」

については、「合っていた」(48%)、「とても合っていた」(47%)とほとんどの学生が自身の取り入れた造形技法に対し満足していることがうかがえた。学生の中には「後づけだったため、全体の構図のバランスが悪くなってしまった」、「イメージとかけ離れ、よく分からないものになった」等、個人の計画性や表現力の課題のため、「あまり合わなかった」(4%)、「合わなかった」(1%)とした者もいた。「取り組んだ造形技法に対してやり方や特性な

どの理解が深まったか」については、全員が「深まった」あるいは「以前より理解できた」と答え、実践中の工夫や発見について具体的に記述している学生が多かった。例えば以下のような記述があった。・それぞれバラバラな色を水に浮かべて、混ぜることで、同じ色を使っても、そのデザインは一度しかできないというところに楽しさを感じた。・授業の中でもマーブリングを体験したことはありましたが、今回改めて技法を使うことで、前回よりもうまく使えました。マーブリングは優しいイメージやきれ

いなイメージを表現できると思いました。絵の具のたらし方で、模様が変わるので、より楽しむことができました。・ステンシルをすることで、やわらかい雰囲気にすることができた。・スタンピングの仕方で、授業ではキャップのふたやプリンカップでの仕方しか知らなかったけれど、今回の絵本制作で他の材料を使ったやり方でしてみて、こんなやり方もあるのだと知りました。・折り染めは自分が思うような柄にはならないというところが面白かったです。折り方やにじみ具合で柄が変わったので、不思議な感覚でした。・最後まで模様がどのようにできるか分からないので、自分の想像したものとできるだけ近づけられるよう考えるのは大変でしたが、楽しかったです。・注意しなければいけないことや、どんなふうにすればきれいにできるのか等が少しわかるようになりました。「教材づくりと発表してみての感想や今後の学習に向けて思うこと」の記述内容については以下のとおりである。「自身の制作に関して」・見せた時の相手の反応を想像しながら作るのはワクワクした。・子どもに分かる言葉やモチーフ選びは大変だが大切である。・授業内で制作時間は確保されていたが、自分の時間配分が甘く、計画性の大切さを実感した。・子どもにも伝わるよう、形や色等、構成をシンプルにした。・見やすい配色、ものの配置、材料の選択についても、今後制作ではよく考えたい。「技法に関して」・各対象を細かく研究し、自分の好きな技法で楽しんで取り組めた。・スタンピングとステンシル技法の楽しさが実感できた。・いろいろな工夫をすると、子どもたちがより興味を示してくれると思う。いろいろなアイデアを今のうちから身につけておきたい。・他の技法にも取り組んでみたい。「自身の発表に関して」・皆自分の作品に驚いてくれ、努力した甲斐があった。・できるだけ笑顔で一人ひとりの顔を見ながら発表できたのでよかった。・子どもの反応を拾ったり、子どもと一緒に声をそろえることも大事だと思いました。・子どもたちとのあらゆるコミュニケーションを知る機会にもなった。・聞き手は学生で、子どもと話すように話せず、保育者になりきれなかった。恥ずかしがらず、慣れて、自信を持って発表できるようになりたい。「他者の発表に関して」・皆丁寧に制作しており、一人ひとりの個性が出ていて面白いと感じた。・自分にはなかった発想があり、驚いた。アイデアや発表の仕方の参考になった。・皆明るい笑顔で明るいトーンで話していた。それだけ

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で聞いている側も笑顔になった。大切なことだと思う。・作品についても発表についても、自分の足りないところに気付けた。「保育現場での実践に関して」・技法遊びのよさを実感した。実際に子どもと一緒に造形技法を使って、楽しみたいと思う。・保育現場では、子どもたちの興味を引き、しっかり伝わるようにしたい。・子どもたちに見せてあげたい意欲がわいてきた。発表の練習を重ねたい。・保育現場では子どもの反応を拾い、臨機応変に対応できるようにしたい。・子どもの年齢に応じて作る内容や言葉遣いも違うと思う。わかりやすく、おもしろいと思う教材づくりと発表をもっと頑張りたい。・登場人物になりきった声とナレーションの声をわけて、話に子どもたちが入っていけるように意識して読んでいきたい。・前もっていろいろな教材を用意し、発表準備をしておきたい。・絵本だけでなく、エプロンやパネルシアターで自己紹介を作ったり、歌にのせてみたりすることもできるのだと知った。工夫は大切だと思った。・先生が面白いと思ったことは子どもたちもやってみたいと思うだろう。子どもたちもできるものをたくさん知っておくべきだと思った。

1 学生の主体的な学びについて「自己紹介絵本」という課題に対する学生の反

応はよく、「楽しそう」、「納得いく作品ができたら、今後実習や就職後に活用したい」という声が多く聞かれた。毎時間計画を立て(資料4)、自ら参考資料を収集し、必要な材料や用具を検討しながら制作する姿が見られた(写真1)。構想~制作段階では、造形技法の効果的な用い方や配色

等、画面の構成に悩む学生が多く、筆者も適宜参考資料を示しながら助言を行った。学生たちがそれぞれ絵コンテを土台に試行錯誤を繰り返し、工夫を重ねた結果、子どもへの思いの詰まったユニークな作品が多く生まれた(資料5)。ときには学生同士で制作途中の作品を見合ったり情報を交換したりして、自らの完成イメージに近づけるためのヒントを得ている場面もあった。このように学生が活動に意欲的になり最後まで根気強く取り組んだのは、絵本や各種シアター等の保育教材にもともと興味がある学生が多いことや、発表会を設けたこと、先輩等から実習前の教材準備の大切さを聞いていること等が理由ではないかと、学生の言動から推察する。表現の工夫について熟考したり、互いの作品と発表を積極的に評価し合ったりする姿から、今回の「自己紹介絵本」が学生にとって必要感のある題材であり、自ら手を動かし、課題解決と資質向上に取り組むことのできる教材であったと考えられる。

写真1 制作中の風景

資料4 毎時の制作計画と成果の記入例

「子どもと美術」における造形技法指導の展開

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2 造形技法を用いた活動を保育現場で展開するために必要な知識と技術の習得について悩みながらの制作で「大変だった」としても、

学生は「ワクワクした」、「楽しかった」という気持ちを持てていた理由には、まず技法の楽しさ、美しさ等の魅力が考えられる。思いがけない模様ができあがる面白さ、不思議さ、そして技法をコントロールするための工夫等、制作を重ねる中で分かっていくことが、学生たちにとっては素朴な喜びや発見につながっていた。もう一つの理由はやはり、自分本位ではなく子

どもの目線や自らの立場を意識したことで、子どもや保育にかける思いが高まっていたためであろう。学生の作品は全体的に丁寧な仕上がりになっており、技巧が光るものも目立った(写真2~写真4)。「実際に子どもと技法遊びをやってみたい」と

いう学生もおり、技法体験中も自然と子どもへの提供の仕方を意識することが多いようであった。

子どもの造形活動を計画するうえで、準備~展開~片付けまでの環境構成が重要である。例えばマーブリングの環境設定では、シートを敷いた机の上にマーブリングコーナーを設け、障子紙、マーブリング液、新聞紙、竹串、バット、乾燥棚を用意する。一度体験している活動であっても「水場の確認とタオルの準備が必要」、「先に紙に名前を書いておくとよい」、「乾かすスペースを確保しておく」等、学生は事前の配慮を再確認でき、また「紙をあらかじめ他の形に切っておいてもおもしろそう」等、活動の発展を考える機会ともなった。

3 造形技法やモチーフ、配色・仕掛け等の効果的な用い方の理解についてアンケートにおいて、自分が取り組んだ造形技法について、やり方や特性等の理解が深まったか尋ねると、「深まった」とする学生が多くいたが、多くが「マーブリング」のみを使用しており、取り組んだ造形技法に大きく偏りがあったこと、そ

資料5 絵コンテづくりから絵本完成へ(学生の作例から)

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の技法の選択については「場面のイメージに合っているから」との理由が半分を占めたことがアンケート結果から分かった。普段使わない溶液を用いて思いがけない模様が簡単にでき上がることの驚き、楽しさ、配色や模様の工夫ができる等の魅力もあるだろうが、学生の作品を見てみると、衣服等の模様等のほか、水流や気流、感情表現等にも活用できる汎用性の高さから、多くの学生がマーブリングを用いたようである。今回、造形技法の種類や数の決定については学

生の任意であったが、アンケートの自由記述では「他の技法を試し、今後の制作に取り入れてみたい」という感想も目立った。自己紹介絵本の制作に入る前に、学生の発想や表現の幅が広がるよう、各技法についてより詳しい参考資料(活動展開写真や作例)を示し、学生が作品イメージを持ちやすいよう配慮すべきであった。子どもの年齢や発達段階に応じた材料・用具の選択や環境構成等、保育現場で各種造形技法を実践するにあたり必要となる知識について、十分に理解を深められる授業の工夫が今後の課題である。またアンケート結果では、学生の9割程度が、

自分が選んだ造形技法と用いた場面のイメージが「とても合っていた」、「合っていた」と答えており、今回の場合、部分的ではあるが、造形技法を効果的に用いるための知識や理解が深められたの

ではないかと考える。形や構図等、「子どもが分かりやすいよう、内容をシンプルにした」、「見やすい配色を考えたい」等の工夫を心がけていたことが明らかになった。相手の見やすさ・伝わりやすさを意識した画面構成についても理解する機会となった。

4 子どもとの交流をイメージした言葉がけや活動の展開に関する学びについて自由記述欄でほとんどの学生が記入していたのが、他者との評価場面(写真5、写真6)での気づき・感想である。作品発表における自己評価・相互評価によって、学生は笑顔や明るい雰囲気等の基本的な姿勢の大切さを再認識でき、「皆の作品には参考にしたいものが沢山あり、自分も取り入れたいと思った」、「シンプルでも園児を引きつける方法はあると知った」等の新たな発想や表現等の今後の制作へのヒント、「子どもの発言を拾う」、「声色の工夫」、「子どもに見える見せ方」、「オノマトペを用いる」等子どもを引きつけ楽しんでもらうための工夫、「せりふや話の流れを覚える」、「準備・練習の大切さ」といった子どもの前に立つ者としての心構え等、多くの学びがあったようである。また「大切なのは子どもたちとコミュニケーションを深めること。楽しさが感じられるように、言葉や表情、楽しい雰囲気も大事」、「子どもの発想力や表現は未知なので、そういうところを引き出しながら実践してみたいと思う。実践だけにこだわるのではなく、きちんと子どもたちの様子や環境をしっかり見ながら、子どもたちを楽しませたい」という感想もあり、作品そのもののできばえにとらわれたり、子どもとのかかわりが独善的になったりすることのないよう、基本的な姿勢に

写真3 学生の作品〔スタンピングと仕掛け(ポップアップカード)の組み合わせ〕

写真2 学生の作品(ステンシルによる空)

写真4 学生の作品(窓を開けると折り染め模様のこたつが登場する)

「子どもと美術」における造形技法指導の展開

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ついて全体で認識を深める機会にもなった。

おわりに実際の保育との結びつきを具体的にイメージで

きるような授業展開として、今回自己紹介絵本づくりを実践した。課題としては、学生の造形技法の選択に大きく偏りが見られ、この実践のみでは、学生が各種造形技法についての知識と技術について十分習得できたか不確かである点があげられる。そのため1年前期からの丁寧なポートフォリオ作成等、この実践に至るまでに一通り体験してきた造形技法の知識を確かなものにし、本実践によって応用へと制作体験を重ね理解を深めていくための授業の工夫を行っていきたい。反省点はあるが、時間をかけて取り組んだこの授業を通して、十分ではないにしろ教員の意図や思いを学生に伝えることができたように思う。保育者養成校における造形関連科目では、学生が自身の表現技術と保育実践力をバランスよく向上させていくことのできる題材設定が肝要である。学生が技巧を凝らした作品づくりに終始するのではなく、保育実践現場で求められる専門性や保育に向かう態度を自然と認識できたことは、今回の実践において評価できる点であろう。また、実習に対し漠然とした不安感を持ってい

る学生たちが、「子どもの前でやってみたい」、「もっと練習したい」、「実践に向け中身を工夫したい」と、それぞれの課題意識や、これから始まる実習の準備への意欲が持てたことが何よりであった。実際に保育現場で自己紹介を行う場合には、年齢や実際の子どもたちの姿、環境設定等、考慮すべき様々な点がある。そこで発表終了後、今回のやり方以外にも様々な自己紹介ができることについて写真資料を見せて伝えたところ、「様々な工夫ができるとわかった」、「子どもの年齢や発達等

を意識してつくりたい」、「他の自己紹介のやり方も試してみたい」等、今後実習に向けての教材づくりについて、必要な理解や実践への意欲を高めることにつながった。2年生の教育・保育実習の事前指導において、筆者ら教員は学生に保育で役立つ教材を事前に準備しておくことをすすめている。資料・材料探しや試作等、教材研究の時間が十分とれる1年生のうちから、保育現場での活用をも見越した作品制作を行うことで、学生の保育実践力の育成や実習に対する心配の軽減にもつながると考えられる。今後とも専門科目から実習指導へとつながりを持たせた授業展開を意識したい。実習での自己紹介とは、初めて子どもたちの前に出て、自分を表現する機会である。そこで自己紹介用の教材をつくることの意義は、つくり手の気持ちや温かみといった手づくりのよさが伝わる点にある。保育現場に出たときに、自分たちの手づくり教材を、自信をもって実践してほしい。現場からのフィードバックにより、さらなる教材研究をすすめてほしいと願う。今後、実習にて自己紹介絵本を発表することのできた学生や、保育現場で働く卒業生に対し聞き取り調査等を行い、授業で学んだことが実際にどのように役立っているのか、詳しく確認し、保育実践力を身につけることのできる授業づくりを、改善を加えながら継続していきたい。

註1)昆 正子「保育者養成における基礎的造形技法指導の一事例―絵本の視覚表現に着目して―」『長崎女子短期大学紀要』第39号、2014年

参考文献〇辻 泰秀編 『幼児造形の研究保育内容「造形表現」』2014年 萌文書林〇槇 英子『保育をひらく造形表現』2008年 萌文書林

写真5 発表時の風景(グループ発表) 写真6 発表時の風景(代表者発表)

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