language the gender the intersection ideology

Post on 21-Jan-2022

6 Views

Category:

Documents

0 Downloads

Preview:

Click to see full reader

TRANSCRIPT

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号2002年 3 月 70−107ペ ージ

The  Japanese  Journal of Language  in Society,      Vol.4No ,2March  2002, pp .70.107

翻 訳

言語と ジ ェ ン ダー の 文化 : 構造 ・ 語用 ・ イデオロ ギー が交差する領域

マ イ ケ ル ・シ ル ヴ ァース テ ィ ン

 小山 亘 ・徳地慎 二 共訳

      Language  and  the culture  of  gender:

At the intersection of  structure, usage

, and  ideology

    Michael SilversteinWataru Koyama , Shinji Tokuchi

翻訳 者による紹介よる序

 以下に 訳出 した論考は ,シ カ ゴ 大学 言語学部 ・人

類学部 ・心理学部 ・社会思想 プ ロ グラ ム 教授 マ イケ

ル ・シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン (Michael Silverstein) に

よ る“Language  and  the eulture  ef gender: At the

intersection of  structure, usage

, and  ideology”の

全訳,及 び,当論文の 初出とな っ た論文集 『記号論

的媒介作用 ・記号 メ デ ィ ア化 : 構造的及び心 理 的視

点』 Semiotic Mediαtion’ Structurα 1 and  PsyChO−

logical  Perspectives (1985; Orlando,  FL : Aca −

demic Press)の 編者 で あ る言語法学者 エ リザ ベ ス・

マ ーツ (Elizabeth Mertz ) と, 言語人類学者,社

会記号学者 , そ して パ ース 研究家で もあ る リチ ャー

ド 。パ ーメ ン テ ィ ア (Richard J. Parmentier) に

よ る 当論文の 冒頭に付 され た 紹介文 (pp .219−220 ;

論文の 本体 は pp .220−259)の 全訳で ある.また ,当

論文 は, ア メ リカ 言語人類学者 ブ ラ ウ ン ト (Ben

Blount)が編 した , ボ ア ズ 以 降現在 ま で の 北米言

語人類学の 変遷を辿 っ た リーダーで あ る 『言語,文

化 , 社会』 (Lαnguage ,  Culture,αnd  Society; A

Booh of  Reαdin8s.2nd ed .1995 [1974].  Prospect

Heights, IL: Waveland  Press) の 513−550 頁 に も

も再掲 されて い る.同論文集には ,シ ル ヴ ァ

ース テ ィ

ン に よ る北米言語人類学 の 古典的論考 「転換子,言

語範 疇,文化叙述」“Shifters

,  linguistic catego −

ries,  and   cultural   descriptions” (1976) も,

187−221頁に 合わせ て再掲 され て お り, ブ ラ ウ ン ト

に よ る簡単な紹介文が 106−107頁に あ る の で 参照 さ

れた い .そ の 他,比較的入手 の 容易な シ ル ヴ ァー

テ ィ ン の 最近 の 著作と して 以下 の 論文を挙げて お く.

1996.“Monoglot  ‘Standard ’

  in  America :

   Standardization and  metaphors  of  linguis−

    tic hegemony .”In: Donald   Brenneis  and

    Ronald   Macaulay ,  eds .,  The  Matrix   of

    L αnguage ’   Contemporαry   Arne厂icαn

    Linguistic   Anthroρologys ,   284−306.

    Boulder, CO : Westview.“ The secret  life of

    texts.”In: Michael  Silverstein  and   Greg

    Urban, eds .

,N αturαl Histortes of  Discourse

    .81−105.Chicago, IL : University of  Chicago

      Press.

1998.“The  uses   and   utility   of   ideology: A

    commentary .”  In:  Bambi  Schieffelin,

    Kathryne   Woolard ,  and   Paul  Kroskrity,

    eds ., L α nguage  Ideologies: 1)「actice  and

    Theory,123−145. Oxford : Oxford UP .

   “The  improvisational  performance  of

    culture  in  realtime  discursive practice.”

    In: Keith Sawyer, ed ,, Creαtivity in

    Perform αnce , 265−312.  Greenwich,  CT :

    Ablex.

2000.“Whorfianism and  the linguistic imagina−

    tion  of   nationality .”In: Paul  Kroskrity,

    ed . Reginzes of  Langu αge,85−138. Santa Fe,

    NM : School of  American  Research.

こ れ らの 論文集 に は ,シ ル ヴ ァ

ース テ ィ ン と共に

一 70一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文 化

デ ル ・ ハ イ ム ズ以降の ア メ リ カ及 び他の 英語圏に お

ける言 語人類学 の 中心 力を構成 して い る Richard

Bauman , Charles Briggs,  James  Collins,  Joseph

Errington,  Susan  Gal,  William  Hanks

,  John

Haviland, William Hanks , Michael Herzfeld

, Jane

Hill, Judith Irvine, Paul Kroskrity

, Don  Kuklick

Elizabeth  Mertz,  Susan  Phillips,  Bambi

Shieffelin, Greg Urban, Kathryn Woolard 等の 論

文 も掲載 されて い る の で 合わ せ て 参照 された い . こ

れ らの 論文 に十全 に示 さ れ て い る よ う に, H 本で は

ベ ネデ ィ ク ト ・ ア ン ダーソ ン の 「想像 の 共同体」論

以外殆ど知 られ て い な い現代 ア メ リカ言語人類学 の

潮流 は,1970年代以降の リ クール ・ギ ア ツ 解釈学 ,

ポ ス ト構造主義 (特 に バ ル ト, フーコ ー

,パ フ チ ン

バ ク テ ィ ン,デ リダ等),或 い は多少重複す るが ,

文学理論や 科学理論 に おけ る新歴史主義や批判的相

対主義,社会理論に お ける フ ェ ミニ ズ ム や フ ラ ン ク

フ ル ト学派 (特に 再発見 された ア ド ル ノ と ベ ン ヤ ミ

ン ),ブル ド ユーや ギ デ ン ズ等 の ヨ ーロ

ッパ 社会学,

更に は カ ル チ ュ ラ ル ・ス タデ ィーズ (特に こ の流派

の 先駆的存在で あ る レ イ モ ン ド ・ウ ィ リ ア ム ズ) や

メ デ ィ ア ・ス タデ ィーズ な ど,北米言語人類学に と っ

て は概ね異邦異郷に お け る異分野の 展開に向か っ て,

英語文化圏 の 持つ ナ シ ョ ナ ル な境界や,言語学の 持

つ 専門分野的限界に 閉塞 す る こ とな く,活発な 交換

を行 っ て来 た.そ の一

方で ,ア メ リカ言語人類学 は

20世紀中葉以来 の 新ブ ル ー ム フ ィール ド派 や チ ョ

ム ス キ ー主義者な ど の 形式主義言語学の 興隆に もか

かわ らず,19世紀末以 来の 古典的言語学者 ボ ア ズ,

サ ピ ア , ウ ォー

フ へ と繋が らざ る を えな い 自らの 系

譜を批判的に 自覚 し史的研究対象 と して 来た.加え

て ,デ ル ・ハ イ ム ズ以来の 課題 で あ る (1) サ ピ ア

の 歴史主義的 ・現象学的言語学 , (2) ローマ ン ・ヤ

コ ブ ソ ン の 転換子論や詩的機能に よ る談話構成論

(3) バ ル ト記号論へ と繋が る フ ラ ン ス 言語学者バ ン

ヴ ェ ニ ス トの 萌芽的な パ ロール ・デ ィ ス ク

ール 研究,

そ して (4) カ ン トの 「真善美」 全領域 を カ ヴ ァー

しよ うとす る パ ース 記号論 ・ 実践的認識論 ,

こ れ ら

四者 の 接合 とい う , 言わ ば 19−20世紀言語 ・人文 ・

社会 ・自然科学全体を包括する壮大な 「未完の プ ロ

ジ ェ ク ト」 を貫徹 しよ うと い う意志を も,ア メ リカ

言語人類学は保持 し続けて来た よ う に思われ る.特

に シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン に 関 して 云 え ば, 彼 が

1962−69年に 学生生徒と して 所属 し,66−69年 に か

けて フ ェ ロ ーと して 教鞭を 取 り ,72 年 に 言語学 で

博士号を取得した マ サ チ ューセ ッ ツ 州の ケ ン ブ リ ッ

ジ市に位置する ハ ーヴ ァー ド大学に お い て , 当時同

大学で 教職 にあ っ たヤ コ ブ ソ ン や ク リプ キ の 理論を

始め, 更に は ケ ン ブ リ ッ ジ界隈で,知識社会学で 云

うと こ ろ の 「見え な い 大学」(invisible college ) に

比較的近似 した組織を形成 して い た ク ワ イ ン と バ ト

ナ ム 等の 弟子達 などに よ る 言及 ・指示的語用 に関す

る言語哲学 ・ 論理学の 諸理論,ある い は チ ョ ム ス キー

と そ の 弟子達な ど の 形式的言語構造に 関す る形式的

理論,更 に は当時再発 見され て い た J.L.オース テ ィ

ン や,特 に生成文法派 や自然論理 学者 , ひ い て は機

能主義言語学者 に対 して影響力を高め て い た グ ラ イ

ス や サ ール な ど の 所謂 「日常 言語学派」 の 理 論を,

根本的に は,当時未だ イ ン デ ィ ア ナ 大学や シ カ ゴ 大

学 ス ラ ヴ言語 ・文化学部を中心に 勢力を保 っ て い た

ヤ コ ブ ソ ン の 記号論的言語理論の 枠組み で対峙 し,

総括し, 批判的に 自 らの 理 論に 吸収 して 行 っ た と言

え る,

 ま た,(1)ヤ コ ブ ソ ン 記号論 。言語論に親和的で,

60 年代以降 ア メ リ カ言語学 に お け る 反 ・形式主

義勢力 の 中心 的存在の一人とな っ て い た 「言語 (伝

達行為) の 民俗誌」 グループ の 旗手 ハ イ ム ズが,現

在 の 合衆国西北部で 用い られ て い た ア メ リカ諸言語、

特 に チ ヌー

ク語を専門 とする言語人類学者で あ っ た

こ と,(2) 19世紀 ド イ ッ 民族心 理学 の 理 論,統計

法 を含 む実証主義,歴史 ・文化的相対主義,個別主

義 (particularism ), 現象学的視座 , そ して 比較言

語学的技術な どを備えた西洋言語学者に よ る こ れ ら

合衆国北西部 ア メ リカ 言語 の 研究 は 19 世紀末 か ら

20世紀初頭にか けて ボ ア ズや サ ピ ア に よ っ て 先鞭

をっ け られ た もの で ある こ と,(3)シ ル ヴ ァー

ス テ ィ

ン 自身が,社会学で 云 う処の 「職業化」 の 過程で ,

バ ン ク ーバ ーに近 い コ ロ ン バ ス 川流域 の 低地チ ヌー

ク語の長期的現地調査を行い,これ に基づ きハ ーヴ ァー

ド大学博士論文を執筆 した こ と, 最後に , (4)ウ ォー

一 71一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2 号

フ と共に サ ピ ア の 弟子で あ っ た ス タ ン リー ・ ニュー

マ ン と ア メ リカ南西部で 共同研 究を行 っ た こ とな ど

に よ り, シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン は早 くか らボ ア ズ ・サ

ピ ア ・ ウ ォー

フ の 理論,研究,及 び,社会的伝統に

親 し ん だ の み な ら ず,60−70年代に 進行中 で あ っ た

生成言語理論や論理学研究,更 に は構造主義 に 代わ っ

て 70 年代中葉か らア メ リカ文化人類学 を席捲す る

こ とにな る解釈学 ・現象学的潮流 を, 19−20世紀西

洋文化全体 の 知的パ ラ ダ イ ム の 中で 位置付け ,こ れ

ら当時最 も 「進ん だ」 と見な され て い た諸理論,諸

潮流の 歴史的 ・文化的特殊性,連続性,そ して 限定

され た有効性 を,ボ ア ズ ・サ ピア系列 の.占典的言語

学 ・言語人類学を準拠枠 と して 明 らか に する諸論文

を発表 して 行 っ た .

  シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン の 研究の モ チ ーフ を強 い て 短

く纏め よ うとす るな らば , そ れ は以 下の 20世紀 言

語学の 二大巨人巨峰 の 内部に見出され る と言 え るか

も しれな い ,まず,特 に ,「真 は 全体 で あ る」 と し

た ヘ ーゲ ル ,基礎付け (厳密化) と現前化を志向し

た フ ッ サ ール, 「普遍的」 枠組 み か ら ア メ リ カ 諸言

語 を分析 し西洋言語学 とそ の 言語 の 相対化 ・ 特殊化

を図 っ た ボ ア ズ, そ して カ ン ト主義認識論の 実践論

的解消を目指 した パ ース の 四 者を高 く評価 し,常 に

諸科学の 厳密化 と統合を同時に 試み続 け , 構造形式

の 占典主 義的美学に 惹か れ っ っ も, 行為 の 持 っ 「ロ

マ ン 主義的」力動性 と直感的想像力の 持っ 統覚性を ,

彼の 遠 く長い学究活動の 基本 と した ヤ コ ブ ソ ン .そ

して もう一

人, ヘ ル ダー等の ロ マ ン 主義者 の 影響下

に あ りな が ら ,ヘ ル マ ン ・パ ウ ル ポ ール な ど の 比較

歴史言語学手法を早期に 習得 し,そ の 分析の洞察力,

形式美,複雑性,迅速性,全て に お い て 他者 の 追 随

を全 く許 さ な い とさえ思われ る多数 の 個別研究を ア

メ リ カ諸言語に 対 して 行い, しか し同時に ,

こ れ ら

の 今日 か ら見れ ば 「共時的形式性」 に 関す る研究 と

思え る分析を,実は観察者 と被観察者の 間に起 こ る

認知的視点 の乖離 と接近の 問題 と云 う解釈学的 ・精

神科学的 ・文化科学的 ・ 現象学的な枠組み の 中で捉

え,更 に こ の 認 知 ・ 心 理 的問題 を,究極的に は多種

多様 なネ イ テ ィ ヴ ・ア メ リ カ ン の個々 の歴史の解釈,

再構,そ して 統合と云 う歴史科学的問題 設定の 中で

回収 し よ うと し た サ ピ ア . こ の 両者 の 交点に こ そ,

シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン の 記 号論的言語人類学理 論 の

「概念上 の核」(本文参照) は位置 して い る.そ して

こ の交点は, 形式言語学 と社会語用論 , ラ ン グ とパ

ロ ール, 共時態 と通時態,普遍 と特殊 一般 と個別,

内包 と外延 , 理 論 と体験,合理主義 と経験主義,古

典主義 と ロ マ ン 主義,等 々 の 二項対立的分析範疇の

交点で もあ る の だ.シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン 臼身の 「言

語イ デ オ ロ ギー」, 即 ち彼 自身の 言語理論 は, こ れ

ら相反す る構造論的契機 と語用論的衝撃に不可避的

に動か され , 不断に 「弁証法的な」相互 作用を行 っ

て お り,教条的普遍主 義 と絶対的相対主義の 両極間

で , 益 々 複雑性 と潜在力を増 しなが ら, 高次元の 記

号論的地平 へ と旋回過程を演 じて い る と,取敢え ず

言え る の か も知れ な い .

 英語圏に お い て 比較的入手 しやす い 文献の 内 ,シ

ル ヴ ァース テ ィ ン 言語記号論 を,分析哲学や 日常言

語学派,「ポ ス ト構造主義」文学 理論な ど と の 関連

で 極 めて 明瞭に描写 した もの と して,以下の ベ ン ジ ャ

ミン ・リー

の 著作が あ る.また 日本語 H 文の 文献 と

して,

シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン の 記号論的心理学 と,パ ー

ス 記 号論や ヴ ィ ゴ ツ キー発達社会心 理学 と の 関連を

照射 した もの として 古山論文 , 加え て , 以 下に 訳出

した論文の特 に後半部分に深 く関連 して ,シ ル ヴ ァ

ス テ ィ ン 社会歴史言語学 と近現代思想 , 近 現代史 ,

お よ びパ ース 哲学 と の 関連性を素描 した もの と して

小山論文を挙 げ て お く.加え て ,言語学者 の 間で は

広 く知 られ て い る もの で あ るが , 分裂能格 を中心 と

し て ,能格 対格構造 に関す る比較言語学的デ ータ

か ら シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン が論証 した 「名詞句階層」

に つ い て は,機能主義的言語学 の視点か ら簡明に要

約 した もの と して角田 の 著作を,そ して ,シ ル ヴ ァ

ス テ ィ ン 記 号論の 視点か ら 「名詞句階層」 の 発見 の

意義を解説 した もの と して ,北欧 の 専門誌 に掲載さ

れ た もの な の で やや入手 しに くい と思われる が,小

山の 英語論文を参照 された い :

Lee, Benjamin ,1997.  Tα lking He αds’ Langu αge,

   ハ4etαtαngu αge,  and   the  Semiotics  of

   Subjectivitbl. Durham , NC : Duke UP .

一 72一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

古 山宣洋, 2000.「言語獲得を 可能 に す る記号論 的

   基礎」.『現代思想』 voL28 −5 (「心理 学 へ の

   招待」特集 4 月号):212−225.

小山 亙,2000.「記号言語理 性批判序説 :記 号論

   の 『可能性 ; 終焉」の か くも長 き不在.」『現

   代思想』 vol .28−8 (「メ デ ィ オ ロ ジ ー」特集 7

   月号):169−191.

角田太作,199L 『世界 の 言語 と日本語.」東京 : く

   ろ しお.

Koyama ,  Wataru ,2000.  Critique of   linguistic

   reason  H : Structure and  pragmatics,

   synchrony  and  diachrony, and  language and

   metalanguage ,  RASK ’  Internαtionαlt

   tidsshrift for sprog  og  hommunih αtion 12’

   21−63,   tidsshrift  for   sprog    og

   homrnunihα tion 12:21−63.

 訳 出に当た っ ては,まず論文 の 前半部分を徳地慎

二 が , 後半部分を小山亘が訳 した上で ,全体の 用語 ・

文体論的統一の為,後者が全体の再校を行 っ た.よ っ

て 最終的な文責 は小山が担う.加え て ,こ の序文 の

責任 も小山に 存する.

 最後 に な るが , 著者 の シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン 氏は,

今で は既 に 初出か ら 15年以上 も経 て い る こ の 論文

の 日本語初訳に あた り,御親切に も自省的序文を自

ら書か れ る意志を伝え て.ドさ っ たが , 訳者の 時問的

な制約 の た め, 誠に残念なが ら辞退 させ て い ただ く

結果 と な っ た .此処に 謝 して お詫 び申 し上 げた い .

初出の 論集の 編者達に よる紹介

 現代 の 記号論的研究の 中心課題 は ,い か に して イ

デ オ ロ ギー理論と,現実の 社会的行為の説明 とを統

合す るか , と い う こ と で あ る. こ の 統合は, コ ミュ

ニ ケ ーシ ョ ン 行為の コ ン テ ク ス トが示す変項 ・ 変異

と い う側面 と,他方,記号論的 コー ド と い う規則に

支配 され た側面 とを結び っ け る体系的な語用論的 も

しくは指標的関係の 重要性を十分認識 しうる理 論で

な ければ不可能で あ る こ とを, こ れ ま で の 研究が示

して い る.同様に, こ の 統合を成 し遂 げるた め には,

記・号論的プ ロ セ ス に対す る我々 の 理 解 に は内在的 に

限界があ り,す べ て の 内省的理解が , 理 解の対象を

歪め た り偏 っ た形で しか把握 し得な い 性質を本来的

に 持 っ て い る こ とを十分理解す る必要が ある.

 以下の 論考で ,シ ル ヴ ァ

ース テ ィ ン は,言語 と文

化に お け る ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム の 研究 に は,

一見

相互 に独立 して い るか に見え るが ,実際は連動 して

い る三 っ の 領域間の 関係の分析が 含まれ て い る と論

じる.先ず 第一

に , ジ ェ ン ダーは,「有生」 (anima

te),「動作主」 (agentive ) 等 の 名詞範躊 と共 に ,

名詞句の形式的な範疇で あ る.「有生」は 「動作主」,

つ ま り 「動作の主体 とな りうる もの 」 の下位範疇で

あ り,「男性」(masculine )「女性」 (fe皿 inine) と

い っ た ジ ェ ン ダー

の 範疇は,「有生」 の 下位範疇 と

な る.こ うして こ れ らの 形式的 な名詞範疇は,意味

(ソ シ ュール の signifi .や valeur ) や外示 (denota−

tion) の レ ヴ ェ ル で 包含的な階層関係 (入 れ子構造)

を形成 し, 言語が 言及や叙述 (reference  and  tensed

& modalized  predication ) の た め に 語 用 レ ヴ ェ ル

で 用い られ る こ とを可能 にす る.言語類型論的 に見

ると,こ の 形式的な範疇と して の ジ ェ ン ダーは, ド

イ ッ 語や フ ラ ン ス 語などの 言語 で は名詞句 に形態論

的な マー

ク を っ け て 表 され た り,あ る い は , 英語 に

見 られ るよ うに,ジ ェ ン ダーを持 つ 名詞 自体 に で は

な く, そ の 名詞 に 照応する代名詞 に形態論的な マ ー

ク を っ け て 統語的に表 された りする.第二 に, ジ ェ

ン ダーとは進展中の会話の 中に現れ る語用論的また

は指標的範疇で ある.例えば,ジ ェ ン ダーは,社会

的地位 , 敬語 , 力関係 , ま た 親密さ と い っ た会話 の

参加者た ち に関係する社会的な指標に関係して い る.

第三 に,ジ ェ ン ダーは,言語構造やそ の 使用に関 し

て 言語使用者が抱 く考 えや理解が , 「メ タ言語的な」

認識の 限界に よ っ て 拘束され制限されて い る とい う

意味 で ,社会化 され , 慣習化され た イ デ オ ロ ギ ーで

あ ると い え る. っ ま り,ラ ッ セ ル の タイ プ理論や タ

ル ス キ など の 論理 学の 用語 を援用 して, ロ マ ン ・ヤ

コ ブ ソ ン や シ ル ヴ ァース テ ィ ン は,

一階の レ ヴ ェ ル

に現 れ る言語構 造 や そ の 使 用, つ ま り対象言語

(object  language)に 対 して , 言語使用者が持 っ 意

識 を , 二 階 レ ヴ ェ ル の メ タ言語 (metalanguage )

一 73一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2 号

と位置付け,更に , シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン は,ジ ェ ン

ダー

の 形式的範疇や 語用に関 して,言語使用者が 持

っ 意識 を メ タ言語的な ジ ェ ン ダー意識 っ ま り ジ ェ

ン ダー・イ デ オ ロ ギー

で ある こ とを明 らかに した.

シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン に 拠れば, こ の イ デ オ ロ ギ ーは,一階の レ ヴ ェ ル に 属す る ジ ェ ン ダ

ーの言語構造や語

用を歪 あ た り偏 っ た形で しか把握 し得な い が , そ の

歪曲に は社会的な 体系性が あ り, か つ 言語変化の 重

要な一

因 とな っ て い るの で ある。

  シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン は以下 の論考 によ り,ジ ェ ン

ダー ・イ デ オ ロ ギ ー

は,言及 的お よび語用論的ジ ェ

ン ダ ーの 使用 と複雑に 相互 に影響 し合 っ て い る事を

明か に した.言語構造や 使用 に於 ける ジ ェ ン ダー

使用者 に よ っ て 解釈され,彼 らの イ デ オ ロ ギ ーに 取

り込 まれ る時, 言及的な意味 と コ ン テ ク ス ト的な語

用 の 規則性 の 間 の 微妙な 乖離 (ズ レ )が読 み違え ら

れ,後者は 前者に 基づ い て 解釈され る傾向に あ る.

こ う して 予測 され る よ う に,英語の 言語使用に 対す

る現代 の フ ェ ミニ ス トた ち の 批判 は大抵,実際の 言

語的使用や評価 ・価値付け に お い て 現れ る社会指標

的な不均衡 の 根源が,名詞句に お け る ジ ェ ン ダーの

範疇の 不均衡 ・非対称性と い う外示的 ・言及的な様

相 に ある と解釈する.特 に,フ ェ ミ ニ ス ト達の注意

の 多 くが , 外示的 ・言及的範疇で あ る he/she と い

う照応代名詞 に 向け られ て きた 事 は特筆 に 価する.

さ らに , 言語 の イ デ オ ロ ギ ーや 語用 は次の点 に お い

て も相互 に関連 し合 っ て い ると言え る.言語 に対 し

て 或 る イ デ オ ロ ギ ー的立場を標榜 して い る人 に よ っ

て 使用 さ れ た り回避 され た りする言語形態 は , 自動

的に,一般社会に よ っ て こ れ らの 言語使用者 の 政治

的な立場 と関連付 け られて い る或る特定の 社会指標

的価値や意味を付与 さ れ て し ま う の で ある.

  シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン の結論は,言語構造,実際の

言語使用,そ して 内省的イ デ オ ロ ギー,こ の 三 者の

相互 関連を包括的に分析する こ とを通 して の み, フ ェ

ミ ニ ス ト 達 の よ うな政治的な批判が , 本来 は語用論

的現象で ある の に それ らを言及 的な現象と して 理解

しよ うとする傾向か ら,解放され うると い う もの で

あ る. こ うして ,規範的な文法に対す る フ ェ ミ= ス

ト達 に よ る異議 申し立 て,

そ れ に よ る規範文法 の 変

化 に も関わ らず,言語 構造が名詞句の 形式的 ・ 外示

的範疇に お い て非対称的で あ り続け て い る と い う事

実の 方に , 我々 の 関心 が 向け られ,社会 に お い て 権

力関係の不均衡 ・不平等を コー

ド化 して い る本当の

媒体で あ る言語使用 の 社会指標的な パ タ ーン か ら我々

の 目が逸 らされ て しまわ な い よ う に せ ね ばな らな い

と シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン は論 じて い る.

  ハ ム レ ッ トの 有名な独白を思わ せ る 「『彼』 と呼

ぶ べ きか , 呼ば な い べ きか」に 代表 されるよ うな英

語 の 代名詞 の 用法に 関す る現代の 社会 言語学的 ジ レ

ン マ は,記 号 の 体系 と し て の 言語 に つ い て よ り大き

な理論的問題点 を提示 して い る.そ して また,それ

は,政治 的闘争 の 中で 言語が い か に動員され る か に

っ い て の実践的な教訓を も示唆 して くれ る.先ず最

初 に 理論的ポ イ ン トか ら始 め よ う.言語 の 科学が取

り扱 うデ ータ は,デ カ ル ト的合理 主義者達が言 うよ

うな理想的な話者の言語能力や , ある い は経験主 義

者達が言 うよ うな 言及的な語用の 機能な ど と い っ た

単なる言語 の 断片で は な く,歴史,文化 , 社会, 人

間すべ て に 関わ る全体的な言語的事実 で あ り,そ の

性質 に お い て 究極的に 「弁証法的」で ある.つ ま り,

言語 の 科学が 取 り扱 うべ きデー

タ は , 言語形式 と そ

の 言及的機能,そ して 非言及的な 社会指標的機能,

更に それ を取 り巻 く イ デ オ ロ ギーの 間 の 相関 が織り

成す人間学的全体で あ る.言い換えれ ば,言語科学

が 分析の 対象と す る べ き もの は , 我 々 人間が社会的

利害関係を持ちな が らお互 い に交わ り合 う と い う日

常的な状況の 中で使われ る,社会的に意味の ある記

号形態が示す,不安定で 絶えず変化す る相彑作用な

の で あ る.重要な こ と に,

こ の 相互作用 に は , 文化

的イ デ オ ロ ギ ーと い う社会的事実が抜 き差 しが た く

絡ん で い るの だか ら,言語科学 は こ の 文化的イ デオ

ロ ギー

の 様態 も分析せ ね ば な らな い.そ して , 言語

的事実 は , 私たちが それを所謂 「共時的な使用」と

見 よ うと 「通時的な変化」 と見 よ う と, 根本的 に 弁

証法的で しか あ りえ な い .言語事実は ,分 け る こ と

が困難であ り,また , が た く不可分に 通時的且 っ 共

一 74一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 : 翻 訳 言 語 と ジ ェ ン ダー

の 文化

時的な全体で ある. しか し,少な くと も論考の 端緒

に お い て は , こ の 全体を,伝統的な観点か ら学術的

見地 の独立性を遵守 した上で , 言語構造,コ ン テ ク

ス トに お け る語用, そ して言語 の イデオ ロ ギー

と い っ

た 三 っ の 観点か ら考察する こ とが.可能で あ ろ う.

  また こ の こ とか ら二 番 目に 示 され る教訓が あ る.

それ は,言語を編制 し組織化 しよ うとす る 「標準語

化」 の よ うな試み一 すな わち,よ り

一般的な社会

的か っ 政治的諸価値 へ の 固執を示 さ ず に は い な い よ

うな言語 の 規範的な標準を 明瞭に組織化 しよ うとす

る試み一

は通時的に展開す る そ の よ うな弁証法的

な社会的プ ロ セ ス の 一環で ある とい うこ と に な る.

こ の 弁証 法的 プ ロ セ ス の一っ の 要素は , あ る特定 の

言語形態 ・ 意味 ・ 外示 ・ 言及 の 価値 (valeur )を,

言語使用者が理解 し,合理化す る (rationalize ) と

い うイ デ オ ロ ギー的形成で あ るが , 最終的に言語を

社会制度 ・慣習 と して編制す る の は,イ デ オ ロ ギー

作用よ り大きな弁証 法的な過程で ある.ある言語形

態や 使用が正 しい か誤 っ て い るか に関 して 言語使用

者が持 っ 明確 な意見 ・見解,つ ま り言語イ デ オ ロ ギー

は , こ の 大 きなプ ロ セ ス に関与す る諸力 の一

っ に過

ぎず , しか も一般 に 間接的な影響 しか与え な い .

 さ て ,興味深 い こ と に, ス ミ ス は 70年代 も終 焉

を迎え る 1979年に , 語用 に 於け る ジ = ン ダーの 社

会的 マ ーカ ーと して の 機能 に つ い て の概観的研究の

結部 で ,「こ とばが , 民族運 動や ナ シ ョ ナ リ ス トの

運動の 焦点 に な っ たよ うに,性別 の 問に おける関係

の一

般的関心 の 焦点に な る こ と はありそ うに な い 」

(Smith 1979: 138) と書い て い る.た とえ著述 か ら

出版 まで に か か る で あ ろ う数年の 時 の 流 れを考慮に

入れ て も,殆 どす べ て の 日常的 ある い は学術的な生

活に お い て , 60年代後半よ り 10余年 に 亘 り幾多 の

メ デ ィ ア を通 して ジ ェ ン ダーと言語に 関 し て 行われ

た公論 の 後 で , こ の よ うな発言が な され た事は 全 く

理解 し難 い.実際, 英語や他の ヨー

ロ ッパ 系の 標準

語 に お い て , 言語 とジ ェ ン ダーと い う社会的に構成

され た問題 に関 して の 特定 の見解や分析に 基 く言語

改革に っ い て の 提案 は溢れ ん ばか りで あ る.一方そ

の よ うな提案が な され て い る間に も, 政府や他の 公

的な機構 は,書 き言葉や話言葉に おけ る称号 (例 :

Mr .,Mrs ., Ms .),地位名 (例 : policeman,  chair

man ,  actress ),ある い は固有名の 規則 (例 : 婚姻

後の 姓や子供の 姓) な どを変更 して い る.一般誌 と

同様に,学術誌 や教科書出版社 も皆を喜ばせ る よ う

に,あ る い は よ り消極的に は少な くと も誰の気に も

障 らな い よ う に , 人 称代名詞 の 使用 に つ い て の 明確

な ガイ ド ラ イ ン を策定 して い る.こ の よ うな現象は,

実際 , 言語が 明 らか に社会的関心 の 「焦.点」で あ り,

現在進行中 の 或 る プ ロ セ ス の 媒体で ある事 を示 して

お り , 我 々 は で きる限 りの 分析的な厳密 さを もっ て

こ の 過程 を理解す る必要が ある.

 こ の 問題を考え始め るに際 し,まず我々 は,従来

はお互 い に 別 の もの と して 扱わ れ て き た 二 っ の パ ー

ス ペ ク テ ィ ヴ,構造的,語用論的,そ して イデ オ ロ

ギ ー的 パ ース ペ ク テ ィ ヴの 関係を見出す こ とが で き

る.私が こ こ で 展開 しよ う とす る議論は ,こ れ ら の

分析上 は区別 しうるで きるr つ の 領域が,ジ ェ ン ダー

と い う言語的 (そ して 社会言語学的)事実 に おい て

お互 い に関係 し合 っ て い る,と い う こ と で あ る. さ

ら に よ り一般的に言え ば,以下の 論述 は,何か を指

示言及 した り叙述 し た りす る こ と に関連 して い る全

て の 言語的カ テ ゴ リーは,注 意深 く調 べ れ ば,.ヒ記

の 三 っ 領域の 交点に 位置づ け られ て い る と い う例証

で あ る.そ こ で 先ず最初 に ,少な くと もこ れ ら 三 っ

の パ ース ペ ク テ ィ ヴが従来示 され て きた形に従 っ て

そ の 性格を簡単に 示 し,そ の 上で , ジ ェ ン ダーを こ

の 三 つ の パ ース ペ クテ ィ ヴ に 基づ い て調 べ る こ と と

す る,結部に お い て ,私は,こ れ らの 三 つ の 領域は

単に 分析的な区別に 過 ぎな い と い う本論文 の 主旨 に

戻 り,何が こ れ らに取 っ て 代わ る べ きか,提案を試

み る.

 構造的な領域 に お い て ,言語の形式的範疇と して

の 規範 は,形式的範疇が文法体系 に お い て 複雑に相

互関連 して 構成する規則 と して 定義 され て い る.こ

の 文法的な規範 は, ソ シ ュール の言 うラ ン グで あ り,

ラ ン グは伝達行為の媒体 と して の 言語の 実際の 使用 ,

つ ま り ソ シ ュール の 言うパ ロ

ール の 基底 に あ る,或

い は ラ ン グ は パ ロー

ル と い う現実態に よ っ て 潜在態

と して 示 され て い る と言われ て い る.こ の 「潜在態」

と い う意味に お い て 文法範疇は抽象的で あ る の だ が,

一 75 一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号

文法範疇は従来, コ ミュニ ケ ーシ ョ ン に つ い て の あ

る仮定 の 基で , 具体的 な言語使用か ら抽出 ・ 抽象化

され て 来た.特に ,言語構造に対す る伝統的な見方

は以下 の よ うな 仮 定を暗黙裡に行 っ て い る.つ まり,

伝達行為 とは命題 に関す る もの で あ り, 何か に 言及

し (言及対象や 談話の 題 目を拾 い 上 げ),そ れ ら に

っ い て ,多様な種類や多様な程度 の 様相 の 論理的 ス

コ ープ 内で ,特徴を述 べ た り,叙述 した り , 真偽価

値 を持 っ た 叙述を行 う よ う構成 され て い る と い う前

提で あ る.英語の 文法範 躊の 中で も最 も 「具体的な」

単数 ・対 ・複数と言う数 の 範晤を例に取れ ば,こ の

一対の 範疇は,単体の 対象物を拾 い 上 げ るか (また

は対象物を単体と して捉 え るか), あ る い は複体 の

対象物を拾 い 上 げるか (また は複数体 と捉え る か)

に 関連す る形式 E の 規則性 の一

っ で あ る よ う に 思 わ

れ て い る.また,英語 の文法範疇で最 も 「抽象的な」

もの で あ り,形式的に は主 に語順 に よ っ て 示 され る

主格 ・対 ・ 対象格とい う格 の 範疇を例 に取れ ば , こ

れ もまた究極的に は , 対象物 の 間に あ る叙述で き る

関係の 方向性 (例えば,誰が Who (主格),誰 か ら

from   whom (対象 格) 買 うか , 或 い は誰 に to

whom (対象格)売 る か ) に 関連づ け られ る形式上

の規則性の一

っ で ある よ う に 思われ て い る.結局 ,

使用者や , 言語を専門に する文法家が 「言語構造」

と呼ぶ 物 の 殆 ど全て が, 言語的 コ ミ ュニ ケ

ーシ ョ ン

の 命題的 も しくは 言及 ・表象的な価値 に関す る こ の

よ うな仮定か ら抽出され抽象化 され た も の な の で あ

る.

 次 に言語に対す る第二 の パ ース ペ クテ ィ ブ で あ る

語用論に つ い て 触れ る.語用 論と は,言語使用を コ

ミ ュニ ケ ーシ ョ ン に 関わ る実際の 状況 の 中 の 談話 と

して 研究 し, 言語形態が どの よ うに伝達行為 に参加

する使用者達 に 状況的に 「適切」で ある と理解され

る指標 と して 生起 して い るか に っ い て ,また,言語

形態が ど の よ うに伝達行為に参加す る使用者達に よ っ

て そ の 結果と して 理解され る 「効果」を もた らす指

標 と して 生起 して い るか に っ い て の 規則性を探求す

る分野で あ る.言語 を 単に 抽象的な命題 構造 と捉え

ずに ,談話 と して 研究す る語用論 に お い て は,或る

談話の 中で 既に現れた言語形態は,談話参加者に よ っ

て 共有 さ れ た コ ミュニ ケ ーシ ョ ン の コ ン テ ク ス トの

一部で あ る と考え られ,談話 の内部 で既 出の 言語形

態と新 出の 言語形態の 間に働 く連結 の原理    特

に こ の 連結 の 原理 の 重要な一

形態 と して ,ヤ コ ブ ソ

ン の 云 う 「詩的機能」 (poetic function)一

が 研

究され る.ま た 語用論 の 分析対象は , 使用者が言語

形態を用 い る状況に適切に ,そ して 状況 に お い て 効

果を持っ よ うに 遂行され る約束や侮辱, 悪霊 除 けな

どの オー

ス テ ィ ン が 云 うと こ ろ の 「言葉で 何か をす

る こ と」,つ ま り所謂発話内行 為や 発 話媒介行為を

含む こ と に な る.そ して こ れは非常に重要な点だが,

語用論 は,談話に於 い て 「同 じ こ とを言 う」場合 に

用い られ る体系性を持つ 多様な異形体が ,ど の よ う

に 発話行為に おけ る参加者達の 社会的ア イデ ン テ ィ

テ ィ の マーカ ーに な っ て い る か と い う問題を研究対

象に 含ん で い る.語用論 へ の幾 っ か の ア プ ローチ の

相違点は , 言語使用 に お け る結果志向性 (フ ッ サ ー

ル ), 合凵的性 (ウ ェーバ ー), あ る い は話者個人 の

意図 (グ ラ イ ス ) と い っ た問題 に関与するか どうか ,

また,こ れ に 関連 した問題領域で あるが,或る特定

の 言語形態の一

回的な偶然 の生起,あ る い はそ の 言

語形態 の 体系的な指標的価値を扱 うかど うか に あ る.

こ れ らの .一二っ の 関心領域 は し ば しば 区別 されず , と

も に実際の 言語使用の 「機能」 (function) と 呼 ば

れ るが , こ こ で は厳密に , 前者を合 目的的機能,後

者を指標的機能と して 区別す る こ とに す る.

  しか し, こ の よ うに して ,特 に 言語使用 に お け る

合 目的性 を指標的価値や意義か ら区別 して 考え る時,

言語に つ い て 第三 の パ ース ペ ク テ ィ ヴが示唆される.

つ ま り, ま さ に使用者自身が言語使用を言語行為 の

目的 の 為の 手段と は っ きりと考え て い る と云 う事が

指 し示 して い る の は , 言語構造 に つ い て の 彼 らの 理

解と同じよ うに , 語用論に っ い て の 彼 らの 理解 もま

た ,利害関係を伴 っ た人間が行 う行為に っ い て の 社

会学的図式 に おい て,少なくとも潜在的に は合理化 ・

虚偽意識 (rationalization ) と して 分析的に再構成

で きる と云 う事で ある. こ う して ,言語使用に お い

て 参加者達が 目的意識を持 っ か らに は,彼らが明 ら

か に 言語行為 に持 ち込む 言語形態,意味,機能, 価

値等に つ い て の イ デ オ ロ ギーの 考慮が必要 とな る.

一 76 一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 ;翻訳 言語と ジ ェ ン ダー

の 文化

こ の よ うな イデオ ロ ギー的な領域 は,一

階の 言語行

為や言語構造 を,メ タ ・レ ヴ ェ ル ,二階 レ ヴ ェ ル,

つ ま りの メ タ ・ レ ヴ ェ ル で 把握す るとい う一般的な

傾向が , 比較的組織化され て 現れ た もの で あ る.言

語 に っ い て の い かなる陳述 も,言語 を談話の ト ピ ッ

クとす るか らに は,実際,メ タ言語的な陳述で ある.

そ して,イ デ オ ロ ギ ー分析は , ど の 程度ま で そ の よ

うな メ タ 言語的陳述 が , お そ らく体系的 に ,合理化

され て い るか を,社会に お い て 自発的に 現れ る行為

者自身の 再帰的 自己認識 と して 文化的に理 解可能な

形で 研究す る もの で あ る. い か に し て 言語使用 の

「正 しさ」 と 「誤 り」 と い う教条 が合理 化 され て い

る の で あ ろ うか ? ど の よ う に, こ の 教条 は,価値

付け され た行為様態 とな っ た言語が本質的に持 っ と

され る表象力 , 美, 表現力等 の 教条 と関係 して い る

の で あ ろ うか ? こ の よ う な 問題 は イ デ オ ロ ギ ー分

析あ る い は文化分析 の 視点か ら研究で きるの で ある.

 言語 に於ける ジ ェ ン ダーの 現象 は,差 し当た っ て ,

こ れ らの 三 っ の 内ど の 視点か らで も研究 しうるよ う

に 思 われ る こ と だ ろ う.確か に , ある特定の 言語 は,

命題的な言語構造 とい う規範体系の一局面 と して ジ ェ

ン ダ ーの体系を持 っ て い ると云われ る.また , 談話

の レ ヴ ェ ル で 「同 じ意味」 を表す,形式 的に異な っ

た言語形態 が ,ジ ェ ン ダ

ーに関する話者な ど の ア イ

デ ン テ ィ テ ィ を指標する とい っ た 言語使用 は,男言

葉 ・ 対 。女言葉と い う領域 に属 して い る と考え られ

て い る.そ して 確かに,言語使用者 は , 男性や女性

が そ れぞれ どの よ う に話すか , 或 い は話す べ きか を

つ い て の 見解を持 っ て お り,い る.また彼 らが ジ ェ

ン ダーに 関す る ア イデ ン テ ィ テ ィ の 社会的な現実 で

あ る と見なす状況を決定する の に , 言語構造や言語

使用が , 本質的に或 い は実際 に ど の よ うな役割を果

た す か に つ い て の 見解 も言語使用者 は持 っ て い る の

で あ る. しか しなが ら,通俗的な記述 に お い て も専

門的 な説明 に お い て も, 実際如何 に こ れ ら三者が相

互 に結びつ い て い るか は普通 あ まり注意 さ れ て 来な

か っ た.現代英語 に 関 す る現在進行中の 事態を主 な

例証 と して ,こ の相互関連を以下,探求する.

 私の こ こ で の議論は まず , 現代英語 に おける ジ ェ

ン ダーと い う構造的範疇は , 名詞句範疇に 関す る普

遍的で予測可能な類型 に当て嵌 ま っ て い る とい うこ

とで あ る.現代英語に お ける ジ ェ ン ダーの 体系は,

意味論的な範疇を言語形式に よ っ て コ ー ド化する相

互 に矛盾 しな い 幾っ か の 異な っ た方法 の 内の一

っ で

ある.また , 英語の 用法に於 ける ジ ェ ン ダーの 語用

論的指標性は,非常に広範に 見 られる現象 , すなわ

ち,社会的力関係の 非対称性や,そ れ に 類似 した制

度化さ れ た社会構造 の 階層的側面に 関係す る言語使

用か ら生 じる.英語に お い て は,従来,ジ ェ ン ダー

の 語用論的表現は , ジ ェ ン ダー

の構造的範疇に対 し

て は周辺的な,非常に 間接的な関係性 しか 持 っ て 来

な か っ た.そ して ジ ェ ン ダー

の イ デ オ ロ ギーは今現

在,政治的闘争 の一部分と して 英語 に現れ て い る.

しか し, こ れ らの 問題の 様 々 な側面に っ い て の 見解

は , 言語 使用者達の メ タ言語的な認識 の 特徴を , 予

期で きる よ うな形 で 反映 して い る.即ち,語用論的

特徴は,構造的な ジ ェ ン ダー範疇 の 原理 の 誤 っ た分

析 , 理 論的に 予想で きる形で誤 っ た分析 に基づ い て

理 解 され,分析 され て い る,英語を母語 とす る話者

達 の メ タ言語能力は , 語用的効果を英語 の 表象構造

の モ デ ル に 引き付 けて理解 し, こ の モ デ ル に よ っ て ,

理論的に 予想で きる形で 語用法 と構造を解釈 ・合理

化 しよ う とす る.適切 な分析的見地を取るな らば,

こ の 語用法と構造,そ して 言語使用者の 理解 と合理

化の 間で不断に 展開する弁証法的過程は,究極的に

は , 具体的な,明瞭 に実証可能な歴 史的な言語変化

と して 現れ る事が理 解 で き る で あ ろ う.

言及と叙述 の 範疇と しての ジ ェ ン ダー

 先ず,最初 に構造的な意味 に於け る名詞句 と して

の ジ ェ ン ダーと,デ ィ ス コー

ス で の 使用法 に おける

ジ ェ ン ダーの概念を区別す る こ とか ら始め よ う.下

の 表 1 に 見 られ るよ う に , 具体例を’:行 ・二 列か ら

な る 四 っ の セ ル に 並 べ る こ と に よ り,言語の特定の

形態が持ちう る こ れ ら二 っ の 価値が,巨 い に 独立 し

て い る こ とを明示す る こ とが出来 る.い ろ い ろな物

の ジ ェ ン ダーが 言葉で ど の よ うに言及 した り叙述 し

た りされ て い るか とい う事実か ら抽出で きる形式的

な規則性を表す言語構造は,表 1 の 横軸に 示 され て

一 77一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4巻第 2号

い る.他方, 発話の 場面にお い て ジ ェ ン ダーとい う

社会的現実が い か に指標 さ れ る か とい う事実か ら抽

出で き る形式的な規則性 を表す言語使用 は,表 1 の

縦軸に 示 され て い る.こ う して ,どの よ うな言語形

態 も, そ れを適切な セ ル に配置す れ ば , そ の 形態が

こ れ ら二 っ の 意味で の ジ ェ ン ダーを持 っ て い るか

(+ ),い な い か (一)を,

一目瞭然に示す こ とが 出

来る こ と に な る.

 例え ば ,ジ ェ ン ダ

ーとい う伝統的な文法範躊, 或

い は名詞句 の ジ ェ ン ダー ・ク ラ ス は言及 と叙述 と い

う分析的見地 に 基づ く形式的な区分で ある.多くの ,

或 い は多分,全て の 言語 に見 られ る よ うに,あ る種

の名詞 は,そ れが い か な る文法範疇に 属するか に 関

わ らず,表 1 に示 した よ うな類の 非形式的,意味論

的な範疇化を伴い,社会的に ジ ェ ン ダーを持 っ と見

な され て い る物を言及す る し,あ る種 の 動詞は社会

的に ジ ェ ン ダー

を持つ と見 な され て い る物の 状態や

活動 を 叙述す る.例え ば ヘ ブ ラ イ 語 の よ うな 多 くの

言語で は,進行中の 談話 に お い て話 し手や 聞 き手の

役割に あ る人物 に っ い て 言及 した り叙述 した りする

形態 , 即ち所謂一

人称 ・ 二 人称代名詞,そ して 所謂

一人称 ・二 入称動詞 と い っ た 形態 さえ , 話 し于や聞

き手の ジ ェ ン ダー

を形式的に 区別す る.言及 と叙述

の 対象 とな る物体の ジ ェ ン ダー

を示す こ れ ら全 て の

例 は左側の コ ラ ム に示 して ある.

  こ れ に対 して,表 1の列 は,言及 と叙述 の 対象物

に つ い て の 命題的内容 と は 全 く無関係に , 言語的相

互行為に お ける参加者の少な くとも一人の ジ ェ ン ダ

を談話に お い て 指標す る形式 の 体系が備わ っ て い る

か ,い な い か を示 して い る.参加者の ジ ェ ン ダ

ーを

指示す る形式が 音韻論的で あ ろ うが 形態論的で あ ろ

うが或 い はそ の 他で あろ うが,多くの 言語 に於け る

所謂 「男言葉 ・女言葉」 は こ の 手 の 類で あ る.また

表 1の 左 上の セ ル に見 られ るよ うに , 参加者の ジ ェ

ン ダー

を異な っ た代名詞形で 示 した り一人称 ・二 人

称 の 異 な っ た 屈折形 で 示 した りす る こ とは,言及 ・

叙述 と談話,両方の ジ ェ ン ダーの体系に 同時に 関与

する事 に注 目された い. こ の よ うな 言及 や叙述 は,

談話 の指標性 によ っ て の み話 し手や聞き手等の 言及

対象 が 分 か る の で あ る か ら, 本 質 的 に 直示 的

(deictic)で あ る.

 例 えば , 表 1 の 左 下に相当す る純粋 に言及 ・叙述

的な, 指標 ・談 話的 で な い 意味 に 於ける ジ ェ ン ダー・

シ ス テ ム は,他の 形式的範疇化 と同 じよ うに ,あ る

種の 意味論的特徴 と結 びっ い た名詞 や名詞句の 形式

的範疇化の 一っ に過 ぎな い.か つ て ウ ォ

ーフ が指摘

した よ うに ,か っ て ウ ォー

フ が指摘 した よ う に , 英

語の ジ ェ ン ダー ・ シ ス テ ム と呼ば れ て い る の は , 英

語 の 全 て の 基本的な単数名詞 の語幹 を,そ れ らが 言

及継続 (reference  maintenance )の 統語的 シ ス テ ム

表 1

言語 に於 ける ジ ェ ン ダー区別 の 範疇的記号化

言及 と叙述 に於 け る ジ ェン ダー形式

談話に お け る ジ ェン ダー形式 十

十一

人称 ・二 人称代名詞 と動詞形式.

例 : タ イ 語,ヘ ブ ラ イ 語,ロ シ ア 語

規則的 な名詞句の 「ジ ェ ン ダー」 ・

クラ ス.例 :英語,フ ラ ン ス 語,

チ ヌー

ク 語,デ ュ ィ ル バ ル 語

あ る種 の 名詞 に よ る ジ ェ ン ダーの 言

及,そ して あ る種 の 動詞 に よ る ジ ェ

ン ダーの 叙述.(殆ど の 言語,全部

の 言語 ?)

「女言葉 ・男 言 葉j,

例 : コ ア サ テ ィ 語 , ヤ ナ 語 ,

  チ ャ ク チ ー語

諸言語の そ の 他すべ て の 特質.

一 78一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小 LII 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

の 中で取 り得る代替可能 な前方照応代名詞に よ っ て

範畴化 した もの で あ る.こ れ らの例 として は,man

は he に ,  woman は she に ,

  Cαr は itに な る の が挙

げ られ る ((そ して 勿論 , 複数形の men , ω orrzen ,

cαrs は全て theyとな りジ ェ ン ダーが示 されな い))、

他 の 多 くの 言語 と違 っ て ,英語 で は,名詞 自体 の形

態 に は , そ の 名詞の ジ ェ ン ダー範疇を示す物はな く,

また , 例えば“−ess

”の よ う に

, 幾 つ か の 派生 的接

尾辞な ど で 規則的に女性ジ ェ ン ダーを示す物 はあ る

の だが,名詞の ジ ェ ン ダーを示す為に,非 ・短縮形

で 現れ る語の 語幹に必ず付与されね ばな らな い接頭

辞 や接尾辞と い っ たな ど の よ うな 局部的 , 形態論的

な形式的な徴号 もな い .例 え ば“−ess

”の よ う に ,

幾っ か の 派生的接尾辞な どで規則的に女性ジ ェ ン ダー

を示す物はあ る の だが.

 英語の シ ス テ ム を名詞範曙化の 全て の 可能 な シ ス

テ ム か ら区別す る際に , 表 2 に示 さ れ て い る ように ,

実際に は 三 っ の 関係す る現象が あ る こ とに 注意せ ね

ばな らな い .

 右 の 列に示 され て い る の は , 言及 的言語構造の 中

で一般的に 見 られ る様々 な名詞を範疇化す る際の 髪

式的 もしくは文法的ラ ベ ル で ある. こ れ らは,表の

下 に 行 けば行 くほどよ り包括的 とな り,よ り下の範

躊は そ れ よ りも上 の 範躊を内包 し,逆に よ り上 の 範

疇は それよ りも下 の 範疇 の 特殊化 し た形式で あ る と

い う性質を持つ .例え ば, 人間名詞の 範疇に属する

い か な る形式も有生名詞とい う範疇に 属する こ と に

な る が , そ の 逆は成 り立 た な い .ま た 有生名詞の 形

式は必然的に 動作主名詞 で ある が,そ の逆 は成 り立

た な い.一般的に,我々 が名詞形を そ れ らの 体系的

な形式上 の 特性,すなわち言語要素 と して の それ ら

の 文法的特性の 点か ら見る際に は,色 々 な名詞形が

所属する範躊 の 間 に,こ の よ うな階層化 され た内包

関係が存在する こ と に な る.(こ の 状況 は時折 , 特

定の 言語に お い て はよ り複雑 とな り,表 2に あるよ

うな名詞範疇 の 普遍的図式の 中 の 或 る レ ベ ル に お い

て,

二 つ 以 上 の形式的範疇に 跨るよ うな 範疇化 を行

う形式的な ク ラ ス が存在す る事があ るが, こ こ で は

簡略化す るこ と にす る.)

  さて ,形式的な範躊は全て , 意味上の 中核 と で も

呼び う る もの を持 っ て い る.つ ま り,全 て の 形式的

な範疇は,あ る特定 の 意 味論的な中核に対応 して い

る.よ り正確に 言えば,形式的範疇は , あ る特定の

意味論的範疇に , 認知 科学で い う 「プ ロ ト タ イ プ対

応」 を して お り,後者の 範疇が 前者 の 範疇の 「意味

ヒの 中核」 とな る,即ち,「意味 hの 中核」 と は,

概念の体系に 属す る諸要素 の 内, あ る形式的な範疇

に対応する特定の 一組 の 意味範疇に 固有で あ り ,か

っ 限定 し う る概念的特徴で あ る.実際, こ う云 っ た

概念的範疇の お かげ で ,我々 が特定の 言語の 形式的

表 2

言及 に お ける ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム は名詞 の 形 式上,意味上,そ して 言及語用上 の ク ラ ス の

一っ を形成す

る分類上 の 区別 で あ る

排他的に 言及 さ れ る対象 《概念的》 形 式 的

女の 人

男の 人

社会的地位 や役割を持 っ 物 (人)

動物,獣

精霊 , 神,天気

小さ な生物,物

無生 の 道具

食物, 人工 物

境界を持っ 可算物

状態 , 観念

《女性》

《男性》

《人間》

《有生》

《有意 , 動因, 自然 力》

《物体》

《形や他の 物質的特徴》

《食用性,功利性》

《可算性》

《抽象物》

    女 性 名 詞

   男性名詞

   人間名詞

   有生名詞

  動作主名詞

   中性名詞

形状 ・道具名詞

物質名詞

可算名詞

抽象名詞

一 79一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4巻第 2 号

特徴を分析する時,ど の 形式的範疇を扱 っ て い るか

を,他の 可能な形式的範疇 と区別 して 認識出来 る こ

と に な る. フ ラ ン ス 語や ドイ ッ 語や他 の ヨ ーロ ッ パ

系言語で は,殆 どの 人が こ れ らの言語 を学ぶ 際 に気

付 くよ うに,す べ て の名詞は少な くと も一

つ の 形式

的な ジ ェ ン ダ ー範躊を持っ が, こ れ らの 言語 に お け

る形式的な ジ ェ ン ダー範躊 の 割 り当て の 内の 幾っ か

は,概念的に は,っ ま り例え ば フ ラ ン ス 語の 語が 言

及 して い るよ うに見え る物体 に つ い て 我 々英語の 話

者が持 っ て い る概念に拠 れば , 根拠 の な い もの の よ

うに 思 わ れ る,例えば,我々 は普通,机を使用物と

概念化す るか ら,こ の使用物 とい う特性を中心 に し

た概念的範疇に 基 づ い て , table (机) と い う名詞

の 形式的な分類が物質名詞で ある べ きだ と考え る.

しか し,フ ラ ン ス 語で は,英語 の tabte  に 最 も近

い単語の (1α) tableは,女性 名詞の 形式 的範 疇に

属 して い る.ま た ,e α sy  ch α ir (安楽椅子) に 関 し

て も, フ ラ ン ス 語で は,(le)fαuteuit とい う風 に,

男性名詞 の 範疇 とな る.

  こ れ ら,我々 の 用い る英語 の ジ ェ ン ダー・シ ス テ

ム の 観点か ら不一

致 と見な さ れ得 る状況 は, しば し

ば ,ソ シ ュ

ール や イ ェ ル ム ズ レ ウ の 流れを汲む形式

主義言語学者達が ,それ ぞれ の 言語 の 形式範疇 の 完

全 な恣意性を話題に する際に誤 っ て 用 い られ て き来

た. しか し, これは間違 っ て い る.一目瞭然の こ と

で あ る が , 或 る体系が形式的 ジ ェン ダー ・ シ ス テ ム

と正当に 呼ば れ うる為に は,他の どん な言及対象が

男性や女性 と同 じ形式的 ク ラ ス に 分配 され よ うと,

少な くと も概念的に 《男性》 と して 言及 され る物 と

概念的 に 《女性 》 と して 言及 され る物 とを区別す る

概念的中核に対応 して い な ければな らない .確か に,

合衆国北西部の ナ ヴ ァ ホ語や ア パッ チ語 の よ うな ア

メ リカ の 言語な ど多 くの言語 は,名詞を分類する ヒ

で複雑な シ ス テ ム を持 ち,育生,動作主,形状,道

具等の 込み 入 っ た 形式的名詞範 疇の 体系を持 っ て い

る. しか し, こ れ らの 言語 は,《男性》 と 《女性》

とを区別す る概念的中核 に 基 づ い て 言及対象を弁別

す る形式的範疇を持た な い の で ,ジ ェ ン ダー ・シ ス

テ ム を 持 っ て い る と は 云 え ず , 単 な る名詞 分類

(noun  classification ) シ ス テ ム を持 っ て い る と し

か言え な い .形式的な ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム の 本質

は , 概念的男性と概念的女性の 特質を , それ ら に 対

応する形式的範疇 に よ っ て 区別す る こ とに あり,形

式的 シ ス テ ム と概念的シ ス テ ム との 間の 対応が他の

点に お い て い かな るもの で あ ろ うと関係が な い .

 今ま で , 我々 は形式 と概念的あ る い は意味論的に

中核と考え られ る特質と の 間に あ る対応関係の 観点

か ら ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム を特徴づ け て きたが , 更

に注目すべ き別の 対応関係が あ り, それ は次の 問題

に 関わ る.即 ち,言語 の使 い手が或る形式的に区別

された名詞範疇を使う時に, 普通 ど の よ うに して 対

象物 や物を,他 の 物か ら区別 して 排他的 に 言及す る

の だ ろ うか とい う問題で あ る. こ こ で我々 が問題 に

して い るの は , 文法的規則性か ら導 き出され る言語

形式 の形式的範疇 の 全体で は な く, また少な くとも

そ の 範疇の 中核 に お い て 概念的に 特徴づ け る こ との

で き る言及 され た対象物の 範疇化,っ ま り外示 (de

notation ,  extension )で もな い .我 々 が こ こ で 問

題に して い る の は , 言及 (reference ,  referring )

とい う特定 の, 真に語用論的な言語行為で あ る.っ

ま り,談話 に 於 い て特定 の 文法的な形式 を適応す る

こ と に よ り,あ る特定 の 物を他の 物か ら区別 して ,

排他的に 取 り上 げ言及す る と い う言語使用を問題 に

して い る.更に 云えば,問題とな っ て い る の は,如

何に して ,使用された形式的 ・意味的範疇が言及 し

て い る現実世界に あ る物体を , 特定的に,そ して 他

の物体と は区別 して 排他的に特徴づ ける か で ある.

 我 々 は こ の 問題を次 の よ うに考え る こ とが で き る

か もしれな い.概念的 (意味的)範疇化は包含的 と

な る傾向が あ っ て ,例え ば,表 2 の一番上 の 範疇は

それ よ り下 の 範躊の よ り特殊化 した下位範疇と して

含 まれ る.他方,弁別的 , 排他的な言及 の 範疇 は,

或 る形式的範疇が , 他 の どん な形式的範疇が言及す

る事物と も異な っ た , あ る特定の 事物 に言及す る た

め に 典型 的に使用 され る の か を示す.例 として,動

作主 と人間 と い う形式的範疇を比較 し て み よ う.定

義上,動作主範躊の 意味論的中核で あ る 《有意,動

因,自然力》 とい っ た意味的特徴を , 《人間》 と い

う概念は 含ん で い る.っ ま り,《人間》 は 《有意 ,

動因 , 自然力》の 下位範疇 で あり,人 は普通 , あた

一 80一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 : 翻訳 言語と ジ =ン ダーの 文化

か も行為者 と して 振る舞 う力 と意思を もっ て い るか

の よ うに 言語 に お い て 概念化 され て い る, しか し,

人間名詞 と は対照的関係 に あ る , 動作主 名詞 と して

文法的に コー

ド化 され た範疇に よ っ て 言及 され る典

型 的な物体は , 実際, 人で は な くて,精霊,天候の

力 , 天の 神と い っ た物で あ る. っ ま り,意味的な レ

ヴ ェ ル で , 行為者と して 働く力 と意志を持 っ て い る

事 を示す動作主名詞は,言及 の レ ヴ ェ ル で は,行為

者 と して 働 く力 と意志を持 っ て い る と見な さ れ て い

る物の 内,動作主名詞の 下位範疇で ある人間名詞の

対象とな る物以外 の物を,特定的, 排他的 , 典型 的

に 言及す る と理解 さ れ る の で あ る.よ っ て ,人間名

詞で はな くて 特 に動作主名詞 として コー

ド化され る

の は精霊,天候の 力,天の神 とい っ た物で あ り,こ

れ こ の 例は,排他的,特定的言及を行 う際に , 言語

の 体系が 普通ど の よ う に 適 用 さ れ るかを示 して い る.

人間名詞で 言及 され る物を除外 し て ,動作主 の名詞

範疇で 言及され る類 の 物体は , 神や精霊,天候な ど

で あ る と言え るだろ う.

 表 2 に示 され て い る の は普遍的に 適応で き る包括

的な図式で あり,英語 の よ うな個別言語は ,こ の 図

式 に適切な調整 (個別言語的パ ラ メ ータ化) を加え

た特殊化された下位 シ ス テ ム と言え る.一

般的特徴

と して , そ の よ うな 個別言語が行 う調整 は,普遍的

な 図式 に ある 全 て の 可能な区別 を付 けず,そ の一

の み を形式的に コー

ド化す る もの で ある, しか し,

い か に フ ラ ン ス 語な どの ジ ェ ン ダーの 体系に 比 べ れ

ば単純 な もの で あれ , 我々 が英語の ジ ェ ン ダー・シ

ス テ ム に於 い て 付 け て い る 形式的区別は,意 味的

構造 談話使用

または

《男性》, 《女性》,そ して 《中性》が こ の 普遍的図

式 の 中で 占め る位置に見合 っ た特徴を示 して い る.

つ ま り,英語の ジ ェ ン ダー

。 シ ス テ ム は,非対称的

な有標 ・無標関係 と呼ばれ る もの を示 し, こ の 非対

称的な関係 は , 或る限 られ た仕方で 概念的中核 を越

え て 広が りを示 して い る.

 標準英 語 に お け る“Apassenger   must   have

dropped his/her scarf ,P’

(乗客 が彼 の /彼女 の ス

カーフ を落と した) の よ うな事例 は有標性 が示す非

対称性を見事に示 して い る.こ の 文 の 主語 の 位置に

あ る α  p α ssenger 「乗客」 は , 概念 的に 人間 で あ り

意志を持っ もの で ある と い う特徴の みを有する事,

すなわち人間と して コー

ド化を され て い る こ と以外

の い かな る情報 もあたえ られ て い な い の だ が, こ の

ap αssenger 「乗客」 と云 う語句 に対 して 言 及を 継

続す る場合,標準的な代名詞 と して は hisが 用 い ら

れ て 来た. こ の よ うな 例か ら分か る こ と は , 男性形

と い う形式的 ジ ェ ン ダー範疇は不特定 の 人間で あ り

うるす べ て の言及対象 に 当て は ま り,ゆ え に 女性形

に 対 して 所謂 「無標範疇」 と呼ばれ る こ とに な る の

で ある.図 1で 示 され て い るよ うに,言語 とい うも

の は構造的に , 有標 ・無標 の 範疇に よ っ て 非常 に規

則的に形づ け られ て お り,談話 の 中に お ける こ れ ら

の範 疇の 現れ方もまた非常 に規則的で あ る.そ して ,

或 る意味論的 ・言及的領域 の下位範疇で あ る よ うな

或る一組 の 有標 ・無標 の 範 疇が存在 し, 後者 は前者

の 領域全体を カ ヴ ァー

して い る と仮定 して ,こ こ に

与 え られ て い る区分 の 表を見る こ とに しよ う.もし,

形式的に は人間で あ り概念的に 《人間》で あ りうる

イデ オ ロ ギー

〃 懸

凡例 :

%= 贓 心

・ 有襯

図 1 言 語に お ける有標 ・ 無標範疇の性質

一 81一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号

言及対象の 全体が,「構造」 と い う表 示の 下に描 か

れ て い る単斜線 の 引か れた大 きい 四角形で 示 され る

と すれ ば , す べ て の 形態論的 ・ 統語論的構造を考慮

に 入れ た場合, こ れが男性 ジ ェ ン ダー範疇の言及の

可能な範囲で あ る.女性 と云 う構造範疇の可能 な言

及 の 範囲 はよ り小 さ く, 二 重線で 囲 まれ た 四角形の

部分 で あ る.女性範疇はそれが現れ るとき に は , よ

り特殊 で よ り情報量 の 多 い も の で あ る,つ ま り そ れ

は構造的観点か らは概念的に 《人》 とか 《人間》で

あると い っ た事 の みを伝え て くれ る男性範疇よ りも

言及対象 に っ い て よ り限定的な何か を伝え て くれ る

こ と に な る の で あ る.

 対照的 に,談話 の レ ヴ ェ ル で は,男性,女性 の 2

つ の 形式的範疇が 出現す る方法に は二 つ の 可能性が

あ る.以 前に述 べ た よ うな言及が限定的で な い場合

に は,里性また は女性 の 出現は,下 の 図で 「談 話使

用」 と書かれ た下に ある二 っ の 図の 左側,っ ま り

本線で 示 され た領域 と二 本線が 引か れた領域が対峙

して い る図が示すよ うに,一方の 可能な言及対象が

他方の 可能な言及対象 を内包す ると云 う構造的非対

称性を保持す る.そ して 二 重 に囲 まれ た 部分 の 出現

は , よ り多 くの情報を与 え る手段 と して 情報量が多

い とい う こ と に な る. しか し, 多 くの 使用に於 い て,

特に 言及が限定 さ れ て い る場合,無標の 範疇で あ る

男性が言及す る範囲は女性が言及する範囲と対立し,

「談話使用」の 右側の 図,っ ま り一

本線 の 二 っ の 領

域が 相互 に排他的 に な っ て い る図に示され て い るよ

う に ,両者は 「あれか,こ れか」 的な,排他的な言

及範囲を持 っ 事に な る.談話使用に お け る こ の 曖昧

さ,つ ま り談話に於 い て 排他的使用 と非 ・排他的 ,

包括的使用 の 両者が あ り う る と云 う曖昧さは , 概念

的な範疇化 と実際に 談話の 中で 行われる示差的な言

及 と の 間 の 相違点を捉え て い る こ とは注 目すべ きで

あ る.何故な ら , 男性形が人間の 男性を言及 し, 女

性形が人間 の 女性を言及する と言 え るの は , 我 々 が

典型的な 言及 と名付けた こ の レ ベ ル に お い て の み行

わ れ る か らだ.男性形 は,女性を典型 的に言及する

女性形を示す小 さな長方形を排除 した大 きい長方形

の一

本線で 囲まれ た残余に よ っ て 示され て い る男性

で あ る人間 の 対象を排他的に言及する の に典型的に

使わ れ るの で ある.

 infαnt (幼児),  bα by (赤ち ゃ ん)等 は 形式 ヒの

マ ーカ ーと して は従来 , itを文法的に一致す る照応

代名詞と して 取 っ て 来た.即ち , こ れ らの 名詞 は,

小 さ くて 虚弱な生 き物を表す名詞 と同 じ よ うに扱わ

れ て 来た の だが,形式範疇が典型 的な対象 を特定的

に言及する こ の レ ヴ ェ ル に於い て , こ れ らの語の ジ ェ

ン ダーの 範疇に つ い て, 我々 が 言語使用 の 際に そ の

使用を躊躇 して しまう事 に 注 目しなければな らな い.

また,我々 は大 きい動物, 特に ペ ッ トや家庭内で 飼

われ擬人化,形 式的 に人間化 され て い る 動物 に it

で 言及する事 に も躊躇を感 じ , 代名詞 と して heや

she を使 っ て い る. こ の 用法 に 於 い て ,ジ ェ ン ダー

は時折,形式的人間化の 二 次的次元 と して ,動植物

の 種に 基 づ い て 割 り当て られ る.そ の 結果 , 普通 は

犬 は he に な る で あ ろ う し, 猫は she に な る.ま た,

か っ て は驚異的で ,感情的に語 られ て い た被造物 で

あ っ たが,今で は単 なる 「物」 と して の 性質が強 い

もの に急速に変化 しっ っ あ る船 (そ して 「空の船」,

つ ま り飛行機) は伝統的に は代名詞 と して she と一

致 さ せ ら れ て 来た し,自動車 もまたそ うで ある.次

に,新聞に お ける ス ト レー ト な itの 使用 と , 航空

会社 の従業員が高揚 して 感情的に 使 っ た として 引用

さ れ ド ラ マ チ ッ ク劇的に用 い られ て い る he,  she の

使用 と の 問の 対比を見て み る こ と にす る.

 マ イ ア ミ発一 67 人の 乗客と 7 人 の 乗組 員を乗せ た

ボ ーイ ン グ 727機 (airliner )が パ ーム ビーチ 国際空 港

を離陸の 後,飛 行機 (its) の 着 陸 ギ ァ が 完 全 に 元 に 戻

らな い と い う故障の 為,火曜 日 の 夜 に マ イ ア ミ国際空

港 に 緊急 の 胴体着陸を 行 い 無事 に 成功 した.7人 が 軽傷

の 模様,イース タ ン 航空 の 広報 の ジ ム 。ア シ ュロ ッ ク

は次 の よ う に 語 っ た,「彼 は ギ ァ を上げて 全 て 上 げ て 飛

行機 (her)の 腹か らそ の (her)機体 を ス ラ イ ドさせ

たん だ,機体 (her) の お な かを だ ぜ.』 イ ース タ ン 航

空 194 便で あ っ た この 飛行機 (the airplane )は 二;・・一

ヨー

ク 市 の ジ ョ ン ・F ・ケ ネ デ ィ 空 港 と ニ ュー

ヨー

ク 州

の ア ル バ ニ ーに 向か っ て 飛行 して い た,緊急設備班 が

見守 る 中,飛行機 (the plane ) は着陸の 際 , 横滑 りし

火 花 を 出 しなが らよ うや く止ま っ た.(シ カ ゴ ・ト リビ ュー

一 82一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 : 翻訳 言語 と ジェ ン ダーの 文化

ン 紙 11983 年 2 月 16 日.第一

部 5 頁)

 意識可能な レ ヴ ェ ル に お い て , こ れ らの 用法に つ

い て 我々 が言語使用者と して 感 じる躊躇は,構造的

な形式的範疇を い きな り典型 的で 排他的な言及 の レ

ヴ ェ ル で解釈 して い る事か ら来るの で あ り,言語構

造 の 意識的な認知に起因す る の で はな い .言語構造

を構成す る内包的階層性を示す概念的原理 と形式的

範疇 は , ただ分析的視点か らの み抽出で きる もの で

あ り,使用者に よ っ て は暗黙裡 に しか,「無意識的」

に しか知 られて い な い か らだ な の で あ るだ.図 1の

右側に 示され て い るよ うに, こ の こ とは言語の イ デ

オ ロ ギ ーの あ り様,っ ま り,話 し手が構造を解釈 ・

合理 化する仕方 に大 き な影響を与え て い る.何故 な

ら, 女性と男性の 間 に は有標 ・対 ・無標 と云 う不均

衡な対立が構造的に存在する に もか かわ らず ,ジ ェ

ン ダーに っ い て の イ デ オ ロ ギ ー的な 自省が な され る

レ ヴ ェ ル に 於い て は,男性対女性は均衡で 且 っ 正反

対 の 異な っ た 「男性」対 「女性」 と して 理解 さ れ る

か らで ある.

  こ こ で,代名詞化 に関与す る英語 の 名詞句範疇の

体系が ,形式的か っ 概念的な レ ヴ ェ ル に 於 い て 図 2

に あ る よ う な パ ター

ン を構成する事 に 留意 して 欲 し

い .まず こ の 体系の最 も内側の 区分か ら始 める とす

る.(有標の)女性 は (無標 の )「非 ・女 性」,っ ま

り俗 に言 う男性か ら区別 さ れ る.そ して (有標の )

有生 とい う全体 を示す範疇は (無標の )非 ・有生,

俗に言う中性か ら区別 され る.そ して 有生 , 非 ・有

生の 双方は,(有標の )複数 とは対照 的 に は っ きり

と示 され る (無標 の )単数 の 中に 含 まれ る.すべ て

の 英語 の 名詞 は,特定 の 概念的 ・意 味的含意を伴 っ

て , 図示した体系の 中に あ る三 つ の 内少な くと も一

非 ・複数 (単数)

 女性形

有生 非 ・女性形 (男性)

非 ・有生 (中性)

っ の ジ ェ ン ダーを,そ の 基本的な形式的範疇と して

持 っ て い る.

 前述 した よ う に,英語に お い て は , 名詞の ジ ェ ン

ダーの 範疇は,名詞そ の もの 以外の 場所 に お い て示

され る.す な わ ち, 言及を継続する た め に名詞 の代

わ りと して ,正 しい形で 使われ る特定の 代名詞 と し

て現れ る の で ある.そ して,名詞や代名詞が言及す

る典型的な対象物 は ジ ェ ン ダーの 概念的範疇 と は区

別 さ れ なけれ ばな らな い .今ま で に 研究され た こ と

が あ る殆 ど全て の 体系 と同 じよ うに , こ の 英語 の言

語構造 は , 図 2 に示され て い る よ うな有標 ・無標 の

不均衡 な体系に基づ い て で きて い ると云 う事実 の結

果,典型 的な対象物と ジ ェ ン ダー範疇 と の間 で し ば

しば不一致が生 じる. こ の 不一致 こ そ が,意識 可能

な レ ヴ ェ ル で の 言語使用 に お い て 我々 を躊躇 さ せ る

の で あ る.そ して こ の 躊躇 は,使用さ れ る代名詞 の

形が, ジ ェ ン ダーに関わ らず 一様 に they で あ る形

式的複数範疇の 中で も繰り返 され る.なぜな らば,

概念的,及 び言及的 な特徴 は,名詞 の 単数形や 複数

形 とで はな く, 名詞そ の もの と結び付け られて い る

の だか ら.更に , 以 下の 例が示す よ うに, 概念的範

疇と典型的言及 を区別す る よ うな代名詞が明示的に

顕在 しな い場合で さえ も,こ の よ うな躊躇は , 語用

に 於 い て存在 し続け る こ とが あ る.

註 :有標 ・対 ・無標

図 2 現代英語の 名詞範疇 (ジ ェ ン ダーと数)

  「私 の 不満の 種 の一

つ は 最近 は や りの“

guys”

の 使

わ れ方で あ る,よく,グループ の 中 に 女性が含ま れ て

い て もグル ープ の 人 た ち を“

guys”

と呼ぶ こ と を耳に

す る こ と が あ る だ ろ う.実際,女 性 が 他 の 女性 の グルー

プ を“you  guys

”と呼ぶ こ と を耳 に す る こ と は 全 くふ

っ う に あ る こ とで あ る,こ の こ とは私 に は奇妙 に 映 る,

しか し,私 が 尋 ね た 人達の 何人 か は ,“gu ジ が 複数形

で 使 わ れ る と,「男性」 とい う意味が 影 も形 もな くな る

と断固 として 言い 張 っ た,あ る 時,私 が あ る女性と こ

の こ と に っ い て 議論 して い た 時,彼女 は 次 の よ う に 言

い続 け た.『あなたに と っ て は こ の“

guys”

と い う言葉

に は 男性 の 匂 い が付 き纏 っ て い る か も しれ な い が ,殆

ど の 人 に と っ て そ ん な事 は全然な い .』私 は納得しなか っ

た が , ど ん な こ とを 言 っ て も彼女 の 意見 を変 え る こ と

はで き な か っ た だろ う.しか し最後 に,私 に と っ て は

一 83一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会 言語科学 第 4 巻第 2 号

運良く,彼女 は私 を納得 さ せ よ う と必死 に な っ て 次 の

よ うに 言 っ た.『ど うして ? 私 は男 の 人 た ちで さえ (g

uys ),そ れ を女 の グ ル ープ に 使 うの を耳 に した こ と が

あ るの よ.」(1’ve  even  heard guys (強調) use  it to

refer  to a  bunch  of  women ,)彼女は こ の 科白 を 口 に

して しま っ た後 に な っ て 初め て,彼女が 自分自身の キ

張 を台無 しに して しま う よ う な 事を言 っ て し ま っ た と

よ うや く気付 い た の だ.」 (Hofstadter  1982:30)

 勿論,こ の 文の 著者ホ ., フ ス タ ッ ターが ま ともな

言語学者で あ っ た な らば , こ ん な ナ イーヴな事を言

い は し な か っ た だ ろ う,排他的 に も非 ・排他的 (内

包的) に も機能 で きる無標範疇は, い わゆ る 「対比

的ス ト レ ス (強音)」を与 え られれ ば,二 重 に機能

する無標範疇は,排他的な言及で ある事を強調する

の に使 う こ とが で き る.他方 , 対比的 ス ト レ ス が 無

け れば,それ は概念的範疇化が許す限 りの 広い 冂∫能

な言及対象を持 っ .(また, こ の 例文で は“guys

は 「女性」“woman / women

”と対比 的に 用い られ

て い る事か ら も,排他的な意味を持っ .)

表 3

 比較 の た め に形式上非常に 異な っ た名詞分類の 体

系を持っ 別 の ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム を考え て み よう.

デ ィ ク ソ ン が 1972 年の 論文の 308−311 頁で 述 べ て

い る よ うに , 北東オース ト ラ リア の デ ュィ ル バ ル 語

は,名詞分類に 関 して ,典型 的な オー

ス ト ラ リ ア の

ア ボ リジ ニ ーの 言語体系を示す.表 3 に見 られ るよ

うに , デ ュ ィ ル バ ル 語 に は 4 っ の 形式 的な 名詞類

(noun  class )が あ り, そ れ ら は 名詞 と 共と も に 起

こ る指定辞 (ドイ ッ 語の der/ die/ dasの よ うな も

の) に よ っ て マーク され,それ ぞれ の 指定辞は概念

的核 とな る もの と連関され て い る.デ ュ ィ ル バ ル 語

の 名詞類 の 体系 は ジ ェン ダー・シ ス テ ム 以外の もの

も含ん で い る わ けで あ る が,そ の ジ ェ ン ダー ・シ ス

テ ム の 特徴は , 1類 と ]類の 対比 に 現れ て い る, 1

類と 且類が概念的な 《男性》 と 《女性》の 間の 区別

を保持 して い る限 りに お い て , そ の 他 の ど ん な区別

を含ん で い よ うと も,ジ ェ ン ダーの 区別を して い る

と言え るか らで あ る,皿類は 《食用の 果物や野菜》

を含み ,IV類は 《そ の 他全て 》を含 む所謂 「残余範

躊」 (residual  category )で ある.先ず 1 類 と n 類

ジ ェ ンダーの 言及 を含む デ ュ ィ ル バ ル語 (オ ース トラ リア)の 名詞分類に つ い て

Ibayi 類 ll balan 類 皿 balam 類 IVbala 類

カ ン ガ ル ー

フ ク ロ ネ ズ ミ

コ ウ モ リ

殆 ど の ヘ ビ

殆 ど の 魚

あ る 種 の 鳥

殆 ど の 昆 虫

嵐,虹

ブー

メ ラ ン

何種類か の 槍

そ の 他

  女

オ ニ ネ ズ ミ

カ モ ノ ハ シ ,ハ リモ グ ラ

あ る種の ヘ ビ

あ る種の 魚

殆ど の 鳥

ホ タ ル ,サ ソ リ,コ オ ロ ギ

hairy mary  grub ヘ ア1丿一メ ア リー

(地虫 の一

種)火 や 水 と連想 され う るす べ て の もの

太陽 と星

何種類化 の 槍

何種類か の 木々

そ の 他

食用 の 実を つ け る

す べ て の 木

ミ ツ バ チ と蜂蜜

山芋 の 胴 の 部分

何種類 か の 槍

殆 ど の 木

人 間 の 体 の 部分

(食用 の )肉

草,泥,石,騒音

言語,そ の 他

一 84一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 : 翻訳 言語と ジ ェ ン ダー

の 文化

を考え て み ると , 1類の 概念的な原理 は 《有生》,

《入間 の 男性》とい っ た特徴や,そ れ らの メ トニ ミー

的 (換喩 ・ 転喩的)拡張を 中心 とする.そ の一方,

ll類の 概念的原理 は 《人間 の 女性》, 《水》,《火》,

《戦い 》に集中す る.デ ィ ク ソ ン が観察するよ うに,

我々 が 1類 ある い は H 類に 属する と 予想す る言及対

象は民間伝承 に お い て それ が 持っ と信 じられ て い る

特性 に よ っ て 逆 の 類に 属す る事 もあ る.例 えば,鳥

は死ん だ女性 の人間の 魂が 生 まれ変わ っ た もの と考

え られて い るか ら 一

神話上 の男の 人物と同一

で あ

る と見 な され, 1類に 属す る セ キ レ イを除い て一 n

類に分類され る.そ して概念的特徴が , 特に 注意を

要す ると見 な され て い る場合,そ して特に言及対称

が人問 に 対 して 害が あ る場合は,予想 され るの とは

逆の類 に属す る こ と に よ っ て 示 され て い る.

 こ の よ う に ,こ の シ ス テ ム が先 に示 した 分類に 関

す る一般的な原理 と一致する こ と は 明 らか で あ る.

IV類 は残余範疇の形式ク ラ ス であ り,そ して 皿類 は

無生物が 《食用 の 部分 (を持 つ 植物)》 と云 う概念

的な 原理 に よ り特殊化 した もの で ある.そ して 更に

我々 は更に デ ィ ク ソ ン の ク ラ ス 転移の 原理 を適用す

る こ と に よ り, こ の シ ス テ ム の 規則性を更に高 め る

こ とが で きる.即 ち , 1類は基本的な 《有生》 の ク

ラ ス で あ り, n 類は例えば 《人間》,《女性》等と云 っ

た 《有生》を更に 細分化する よ うな,特殊化 した特

徴を持つ 本来的に 有生 で あ る もの や,そ れ ら特定 の

生 き物に 関連 した もの と云 っ た,幾 つ か の付随的概

念の 原理 に よ っ て 1類が特殊化 され た もの で あ る.

H 類 は ,こ の シ ス テ ム に お い て最 も特殊化 さ れ,最

も細か く特徴づ けられ た概念を基 に した形式 1二の ク

ラ ス で ある,また , 人間以外の生 き物 と は 異な り ,

人間に対 して は 《男性 。対 ・ 女性》は 概念的に 区別

さ れ た分類上 の 原理 で あり,そ して英語 の 照応代名

詞の“Isaw  a gdgg. He was  running  after  a cat .

とか“It’s a she −dog.

”等 の 使 用に お い て 見 られ る

の と同 じよ う に,人間以外 の い かな る種 も,そ の種

が形式的 ・ 概念的に 1類 に属 しよ うが, n 類 に属そ

しよ うが 関わ り無 く,言語使用 の 場 に於 い て適 当な

分類辞 (classifier ) を使 う事に よ っ て,そ の 雌雄

(女性 ・男性)の 区別が な され る と 言 う事実 は ,注

目に値す る.例えば犬 は,人間の 身近 な仲間 と して

家庭で飼わ れる とい う非常に特殊な区別を も っ た生

き物な の で , 私たち英語の 話者が 予想 する よ う に は

1 類に属せ ず,よ り特殊化 され て い る n 類へ と転移

され て お り, よ っ て 普通 の 用法 は“balan [H 類]

guda”

で あ るが ,《男性の 犬》 は ,“bayi [1 類]

guda”

と い うふ う に 1類 とな る こ とは興味深 い 現象

で ある.

コ ミュ ニ ケー

シ ョ ンにおける会話参加者の ジェ ン ダー指標

 今ま で述 べ て きたような名詞分類の 内に 属する ジェ

ン ダー ・シ ス テ ム は ,ジ ェ ン ダー指標と対照をなす.

後者に お い て は , 話 し手が談話 の コ ン テ ク ス ト の 中

で或 る特定 の 形態を使用す る時 , そ の 形態 は,そ の

形態を取 り巻 く談話の コ ン テ ク ス トにお け る話 し手

や聞 き手の ジ ェ ン ダーに関す る何かを示 して くれ る.

最 も単純な場合,ジ ェ ン ダーを指標する形態 を取 り

巻 く談話の コ ン テ ク ス トを構成す るの は , 伝達内容

(メ ッ セ ージ) の 送 り手 (話し手) と受 け手 (聴 き

手)が 参加者で あ るよ うな 進行中の ミ ク ロ 社会的状

況で あ る.そ こ で は 何が言 われ て い るか は問題 で は

な い し, 誰が 話題 に あが っ て い る と か 何が話題 に あ

が っ て い る とか も重要で はな い.談話の 内容に 関わ

り無 く,指標形式はそれ らが使用 される コ ン テ ク ス

トに っ い て の 何かを示 して い る の で あ る.表 4 で 示

した よ うに,形式的な ジ ェ ン ダー指標が起こ りうる ,

そ して 実際に起 こ っ て い る幾 っ か の異な っ た様式が

類型論的に存在す る.サ ピ ア派 の ア メ リカ 言語学者

メ ア リ 。バ ース が述 べ たよ う に (cf .  Haas  1944),

元 々現在の ア ラ バ マ 州周辺の ア メ リ カ ン ・ イ ン デ ィ

ア ン の言語で あ っ た コ ア サ テ ィ 語は,表 4 の 1 に 示

され るよ う に , 聞き手の ジ ェ ン ダーに関係 な く話し

手の ジ ェ ン ダー

を男性,或 い は女性 と して 規則的 ・

体系的に 指標す る.そ して 表 4 の H は,話 し手 の ジ ェ

ン ダー

に関わ らず聞 き手の ジ ェ ン ダー

を男性,或い

は女性と して 規則的 ・体系的 に指標する.例え ば パ ー

ス (Haas 1941)に よ る と ト ゥニ カ語 の よ う な言語

は , 聞き手 と言及対象とが談話状況に於 い て 同一

場合 とな る所謂 「二 人称代名詞⊥ っ まり言 及 ・ 叙

一 85一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号

表 4 「男性 ・対 ・女性の 話 し言葉」が,談話 の実際の 場面に お け る話 し

  手及 び聞 き手の ジ ェ ン ダ ーを コー

ド化する三 つ の類型

類型  話者 の ジ ェ ン ダー 聴き手の ジ ェン ダー 伊

1  男女を区別

皿  男女を 考慮 せ ず’

皿  聴 き手 と 同性 ;

男女 を 考慮 せ ず

男女を区別

話者と同性 ;

そ の 他全 て の 組 み 合わせ と区別

コ ア サ テ ィ 語

  (未確認)

 ヤ ナ 語

述 の 次元 と談話指標 の 次元 とが必 然的に混ざ り合 う

と云 う性格を持っ 二 人称代名詞に 対 して ,規則的 ・

体系的な ジ ェ ン ダー

の 区別を す る.最後 に,表 4 の

皿 に 見 られ る三 番目の タイプ は , 談話参加者の ジ ェ

ン ダーの 他の い か な る組み合 わせ と も区別 して,話

し手 と聞 き手両方 の ジ ェ ン ダーが揃 っ て 男性,或い

は女性 で ある こ とを規則的 ・体系的に示 して い る.

例 えば , サ ピ ア (Sapir 1949 [1929]) に よ る と カ

リ フ ォ ル ニ ア 州 の ア メ リカ ン ・ イ ン デ ィ ア ン の 言語

で あ る ヤ ナ語 は 規則的 ・体系 的 に , 或 る語形 に よ っ

て , 男性の話 し手が男性の 聴 き手に伝達行為を行 っ

て い る 事を指標 し, そ して他 の ジ ェ ン ダー

の 組み 合

わ せ に は , こ れ とは 異な っ た語形を用 い る.

  こ の 現 象が典型 的 に は どの よ う に起 こ る か を例証

す る た め に ,表 5 に お い て 訳 と共に コ ア サ テ ィ 語 の

動詞の 屈 折形を い くっ か示 して み る.こ の 言語の他

の 全て の 動詞 が そ う で あ るよ う に ,此処 に 挙 げた

「ヒげ る」 と云 う動詞 の 語幹 に は表 5 に 挙 げ た よ り

もも っ と多 くの 屈 折形が あ り,以下の こ とはそれ ら

全 て の 形態に も当て 嵌 まる の で あ るが , こ れ らの 形

態 の 基底に あ る基本的な規則性 は何か と云 うと,言

及 される人称や法や時制等に よ る様々 な屈折を伴い

っ っ も,必ず 女性が話す もの が基本的な形式 で あ る

と い うこ とで ある.女性が話す形態                   表 5か ら男性が 話す形態を 派生 さ せ るた

て 頻繁 に音変化が引 き起 こ さ

れ る.故 に ,“ −s

と云 う指

標形式 は明白に 「彼はそれ を

持ち上げて い る (話 し千は男)」

の よ うな形 態 に は現 れ る が

(表 5参照), 「あ な た は そ れ

を持ち トげて い る」 の よ うな

形 で は ,少 な く と も構造的

(形態音素 的) に 1よ (IPA で

は.)の 音の 直後 に 現 れ る“ −s

は,表面的 (音声的)

に は隠れ て い る.サ ピ ア の 美 しい 分析が示 して い る

よ うに , ヤ ナ 語に は男性が 男性 に 話す時 の 形態を区

別す る遙 か に も っ と複 雑 な 接 尾 辞 や 音 の 変 化

(Sandhi)の体系があ る.

 我 々 は こ こ で ,何が談話 の ト ピ ッ ク な の か は重要

で な い こ とを強調 して お き た い . ジ ェ ン ダー指標 と

は,誰が談話を行 っ て お り,誰 に 対 して 談話が行わ

れ て い るの か と い う こ とを形態を持 っ て規則的 ・体

系的に区別す る こ とで あ る.そ して 上 に 例示 した よ

うな最大限に 明白な場合に お い て は , 接辞 に よ っ て

で あ ろ うと音の 形態 の 変化 に よ っ て で あ ろ う と, つ

ま り形式的手段が何で あろ うと ,ジ ェ ン ダーの 指標

が 唯一

の 「意味」で あるよ うな明白で 且 っ 組織的な

形式的な 変化 ・変体が 存在する,また , 次 の 二 点 に

留意 され た い .(1) こ の よ うな ジ ェ ン ダー指標の 体

系の あ る言語社会に お い て は , そ の 言語社会 の 誰 も

が こ れ らの 形式を知 っ て い る し, また談話に お い て

生産す る こ ともで き る.勿論,或 る用法が適切か ど

うかは,話 し手や聞き手が暗黙裡に遂行 して い る ジ ェ

ン ダー

の 指標的な規則 に よ っ て 決定 され て い る の で

は あ る が .そ して こ の 規則を破る者,例え ば了供達

は,成人男子 ・女子 どち らか , 或 い は 双方 の ジ ェ ン

コ ア サテ ィ 語の動詞形変化表 (直接法 と命令法からの抽出例)

め に は,指標 マ ーカ ーで ある接尾辞

“ −s”

を付加す る の だが ,そ の 結果 ,

複雑で は あるが完璧 に規則的な こ の

言語 の 規則 に従 っ て,既 に 屈 折部の

中に ある音 の連続 と , そ の 末尾に 付

加 され た“−s

”の 組み 合わ せ に よ っ

女性の 話す形態  男性 の 話す形態 訳

lak. w ,

lakawwlakaww

. l

lak. wlak

. w . in

lak.  w .

lakaww ,,s

lakaww ,  s

lak.  wslak

。 w ,..s

あ な た は それを持ち Lげ て い る

彼 は そ れ を持ち上げ る だ ろ う

私は そ れ を 持ち上 げ て い る

彼 は そ れ を 持 ち.1:げて い る

そ れ を持 ち 上 げ る な 1

一 86一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダー

の 文化

ダーの 話 し手に よ っ て 矯正 され る.(2)語 り の 中で

登場人物の 会話状況が談話の トピ ッ クと して 扱われ

る時 , 引用され る話 は こ れ ら登場人物た ちが 持 っ て

い る こ と に な っ て い る適切な ジ ェ ン ダーを指標 して

使われ る.こ の よ うな使用が非常に高度 に意識化 さ

れ た レ ベ ル に ま で 到達 した メ タ言語 的な用法で あ る

事は明 らかだ ろ う.

社会階層 の ジ ェ ンダー的指標 と統計的指標

  こ う した範疇的 で 明瞭に観察で きる ジ ェ ン ダ ー指

標 は , 男性対女性の ス ピーチ の 統計的指標 (特 に隠

然 と して の み現 れ る統計的指標)と対照 を な す.統

計的指標 は西欧や北米 の よ うな 「発達」 した,経済

階級的に階層化され た社会 の 都市部 で ,1960年代

以 来 ラ ボ ヴに 代表され るよ うな (cf.  Labov 1972),

「社会言語学者」達 に よ っ て 発 見 され て 来た も の で

あ る.こ の よ うな社会で は,特に 書き言葉に お い て,

組 織化 された社会 的権威を通 して 顕示 され,規範 と

して コ ード化 され た 言語の 標準化が強 く存在する.

「社会言語学的」研究は,実際 に 産 出 され た言語 の

トー

ク ン の トー

ク ン か ら抽出され た サ ン プ ル に 見 ら

れ る相対的に 標準語的/非標準語的な形式の 現出の

頻度が,話者の 持 っ 階級 , 地位 , 年齢 ,ジ ェ ン ダ

な どの多 くの相互に 交差する社会 グ ル ープや社会学

的範疇 と,ど の よ う に相関関係 を持つ かを探 っ た り,

或 い は被験者 ・被観察者が 生産 した サ ン プ ル の コ ン

テ ク ス ト的条件が 全体 と して持 つ 課題要求 , 例えば

「ス タ イ ル 」,「フ ォーマ リ テ ィ 」等 と , ど の よ う に

相関す る か を調査 した りして 来た.す なわ ち,標準

的 ・対 ・非標準的言語形態 の 出現頻度 は,話 し手の

諸々 の 社会的ア イ デ ン テ ィ テ ィ ,或い は全体的な場

面上の 「ス タ イ ル 」一

様々 な コ ン テ ク ス ト が話者

に標準語形を誘発 さ せ る 「要求の 強さ」 の度合い 一

の 指標 と して見 る こ とがで きる と云 う事実を社会言

語学者達 は 示 し て 来た の で あ る.

  こ の よ うな調査 に よ っ て 繰 り返 し示 され て 来 た の

は ,

一般的に 言語使用者 の社会経済的階級 に お ける

位置は , 標準語形式の 生産 の 頻度 と直接に 相関 して

い る と云 う事実で あり, 標準形を生み出す場面的な

「ス タイ ル 」効果が 最 も強 く見 られ る の は,連続体

を構成す る社会階層の 最上 層部に あ るの で はな く,

そ の近傍 に あ る , と い う こ と で あ る. (こ の 点 に っ

い て は後述 す る.) ジ ェ ン ダー

の よ う な 特定 の 社会

的変項 に 焦点を当て る とき,他 の 変項 の 影響を制御

すれ ば,統計的に有意義 となる形 で,女性の 話 し手

は全体と して 男性の 話 し手よ り も標準語を よ り多く

使用 し, 非標準語形をよ り少な く使用す るもの で あ

る と云 っ た一般的規則性が現れ る.そ して こ の ジ ェ

ン ダ ーと標準語化 に 関す る効果 は,社会的,そ して

/或 い は 社会経済的階級や 場面 ヒの ス タ イ ル の効果

と相互 に 作用 し合 っ て い る.例え ば , 表 6 は ラ ボ ヴ

系社会 言語学者 ウ ォ ル フ ラ ム に よ る デ ト ロ イ トで の

黒人英語の 研究 (Wolfram 1969) に基づ くデー

を要約した調査結果を示 して い る.(こ れ は ト ラ ッ

ドギ ル (Trudgill(1974: 91) に 再掲 され て い る.)

異な っ た 四 っ の 社会経済的階級 に お け る,非標準形

で あ る 二 重否定の 出現 に関す る発話デー

タ を数値化

した結果 , す べ て の グ ルー

プ に お い て 女性は特徴的

に 非標準語形使用 の 頻度が 低く,そ して 標準語使用

の 頻度が 高 くな っ て い る こ と が 分か っ た .特 に ,中

層階層の 下層 一 これは,表 6 に再掲 した ウ ォ ル フ

表 6 英語の男性 ・対 ・女性の ス ピーチ の段階的,所謂 「統計的」 なデ ータ ;デ トロ イ トの 非 ・標準的ス ピー

  チにお ける 二 重否定 (… Ain’t … No …)からの 例 ;Trudg川 (1974: 91)から再掲)

発話デー

タ トー

ク ン 全体 の 内,多重否定が 現 出する パ ーセ ン ト

ジ ェ ン ダー 中層階層 の 上層  中層階層の 下層  労働者階級の 上層  労働者階級の 下層

30ρUO 32,41

,4

OaUO尸

D43

19080り

匚」

一 87一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4巻第 2号

ラ ム の研究成果で は,計測上の 技術的必要性要請 に

よ り黒人社会に お ける 「中層階級の 上層」 と名づ け

ら れ て い る 一に お い て

, 女性 の 話 し手 の 非標準形

が完全 に欠落 して い る と い う絶対性を帯びた現象に

至 っ て い る.

  この 二重否定の よ うな形態は , 北ア メ リカ都市部

の よ う に階級に よ っ て 階層化 され た社会 に お ける標

準化 とい う文化的 シ ス テ ム に 関与して 作用 して い る

の で あ るが ,事実 hは紛 れ も無 く,英語 の 話 し手 の

男性 ・対 ・女性の ジ ェ ン ダーの 段階的また は統計的

な指標で ある.英語に お い て は, コ ア サ テ ィ 語や そ

の 他 の 言語 に見 られ る よ うに そ の 形態が存在す るか,

しな い か に よ っ て ,明示的,そ して 排他的に話 し手

の ジ ェ ン ダー ・ア イ デ ン テ ィ テ ィ を指標する と考え

られ る よ うな特別な形式的 マーカ ー

は存在 しな い ,

む しろ,実際 の 言語 生産 に お け る トーク ン に 産 出さ

れ る発話デ ータの頻度で 計量で きるよ うな効果を も

た らす,標準語化 され た 語形 を産出し具現化す る度

合 い の 違 い が話 し手の二 っ の ジ ェ ン ダーを区別 して

い る よ うで ある.

  こ の 英語 の 体系 の 特徴 を陰画 と して 最 も明瞭 に 映

し出す比較対照的な事例 は タ イ 語の 「私」,「あなた」

に 相当す る談話 の 参加者 に関する代名詞で あろ う.

こ の よ うな代名詞 で は,言及 は談話状況 に お い て 話

し手か聞 き手か の どち らか に よ っ て 対 して な され る

か ら,ジ ェ ン ダー指標が 言及対象の ジ ェ ン ダーと大

変規則 的 に相 関 し て い る . 言語 人類学者 ク ッ ク

(Cooke 1970: 11−15,19−39) の デ ータを要約 した も

の で あ る表 7 に 見 られ る よ うに , タ イ語 の 非常 に 多

くの一

人称代名詞か ら こ こ に サ ン プ ル と して 取 り上

げ た 四 つ の 形態 の 「意 味」は ,こ れ らの 代名詞が適

切に使われ て い る よ うな特定 の ス ピーチ の 状況を定

義する変項に よ っ て ,明 らか に す る こ とがで きる.

そ して こ れ らの 代名詞が全 て 話 し手 に言及 して お り,

こ の 点にお い て , 言及的次元に 関して は非常に大雑

把に 云 え ば 全て 「同 じ意 味で あ る」 こ とに 注意 して

欲 しい . しか し,言及的 「意味」 に 加え て ,我 々 は

話 し手 ・聞 き手両方 の ジ ェ ン ダーや 年齢層,そ して

話 し手と聞 き手 の 間 の 関係性 の 特徴を考慮に 入れな

け れ ば な らな い .例え ば まず, ア メ リ カ の 社会学者

シ ル ズが 云 う 「敬 意 の 付 与」 (deference  entitle −

ment ;cf . Shils 1982) の よ うな,話 し手 に 対 し て

聞 き手 の 相対的な社会的地位 一 つ ま り聞 き手が 話

し手よ り地位が 高い か , 低い か,同 じ程度で あ る か

一が挙げ られ る.ま た,話 し手 と聞 き手 との 間 で

前提とされ て い る親密さ の度合い,そ して発話の刻々

と変容する動 きの 中で 即興的に,特定の 形式の 使用

に よ り創発さ れ た り,間主観的 ・ 現象学的に 発話 の

場に もた らされ る親密 さが あ る.第三 に 社会的相互

行為の 制約の 有無 (「話者の 自由度」)が挙げ られ る.

こ れ は こ の コ ン テ ク ス トの 話者 と聴 き手 と い う二項

関係 に関する社会的相互行為 の 標準 ・ 規範に 対す る

話し手の 固執 ・遵守の 度合い で あ る.

  ジ ェ ン ダー

そ の もの は ス ピー

チ の 場面を構成す る

様々 な他の 変項 と相互 作用 しあ い,言及的,指標的

両方の 規則性の 複雑な パ ター

ン を形成す る. こ れ ら

の 幾 っ か は後で 現代英語の例 と比較す る た め に も此

処で 示 して お きた い.(表 8 に要約 が あ る の で参照

の こ と.)す なわ ち , 所与の い か な る形式 の 使 用 に

お い て も, そ れ らが他 の点に 関 して ど の よ うで あ ろ

うが , 実際の 使用 で は,話 し手と比較 して 聞 き手 の

相対的地位が高 くなれ ばな る ほ ど話 し手 と聞 き手 と

の 間の 親密さ は強 くな る.換言すれ ば , 所与の い か

な る形式の 使用 に お い て も,話 し手 の 地 位 と, 話 し

手 と聞 き手と の 間の 親密さ と の 間 に は逆比例 の 関係

が成立 して い る.例えば,女性 が話す言葉の dich.n

と ch .n の一

対 に関 して 云え ば,前者 に おい て は,

相対的な聞き手 の 地位が平等 (/) か ら (+ )へ と

高くな る に つ れ て , 他 の もの は相対的に 不変 の ま ま

で あ る の に , 親密さ は 0か ら 1 に 上 が り,ま た 後者

に お い て も,聞 き手の 相対的な地位 が下位 (一)か

ら平等 (/)に 上が る に つ れ て 同 じ よ う に親密 さ は

上昇する.こ れ ら に限 らず他の一

人称代名詞形 も,

話し手 と比較 して 高い 地位で親密な聞 き手,もし く

は低い 地位で 親密で な い聞 き千を指標する こ とが で

きる.よ り一般的に言えば,表 8 に サ ン プ ル と し て

取 り上げた四 っ の 形態 に亘 っ て 横断的 に 観察すれ ば

分か るよ う に , こ れ ら四 つ の指標的言語記号 に よ っ

て 示 され て い る言語体系は,基 本的に は , 話者 の 聴

き手に 対する相対的地位 と, 話者と聴 き手の 間の 親

一 88一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

密さ と が 逆 の関係に あ る もの だが,相補的に ,話者

の 地位と親密 さが正比例す る こ とも許す もの で ある.

っ ま り , 仏教僧に よ り使わ れ る .αα dtα ma α に 関 し

て は,そ の よ うな高い 地位の 人は地位が同等か低 い

人 に し か 話 す こ と が で きな い の だ か ら , dich.n や

ch .n に っ い て 上 に 見た こ と の 逆 が真 と な り,話者

の 聴 き手に対す る地位が高 けれ ば高い ほど , 両者間

の 親密 さは高 くな る.また , 男性が話 し手で あ る時,

ch.n は次の 二 っ の 状況 を指標す る の に 同等 に使わ

れ る こ と に も注意 し た い .っ ま り,

一っ の 状況は,

聞 き手が相対的 に低い 地位 に あ る場合, そ して もう

一っ の 状況 は聞 き手が女性で あ る場合 で あ る.最後

に,男性の 話 し手は ph.m とい う形式を聞 き手の 相

対的な地位が ど うで あ ろ うと, 中立で標準化 した 用

法 と して使用す るが , 女性 の 話 し手は聞き手の 様 々

な相対的地 位 に 対応 して 形式を変化 さ せ な け れ ば な

らな い .即 ち,女性の 話 し手 は,よ り詳細 に,ま た

明確に 聞 き手の地位の 非対称性 を マー

ク しな くて は

い けな い の で ある.

  こ の デー

タは同 じよ うな多 くの一

人称 ・二 人称形

式の代表例で ある.こ れ に 基 づ き,す べ て を考慮 に

入れ る と, こ れ らの 言語形式 の指標的価値に関 して,

人の地位 と ,コ ミ ュ

ニ ケーシ ョ ン に於い て が 起 こ る

際 の 前提 とされ て い る親密 さ と の 間 に 相反す る関係

表 ア ジ ェ ン ダーの 区分に 反応する談話参加者を指標する代名詞 ;少な くとも代名詞 の言 及対象 (話者,聴

  き手,あるい は両者)の ジ ェ ン ダーを,そ して頻繁 に言及対象と他の 談話参加者の ジ ェ ン ダーを示す.

  こ こ に 挙げた代名詞の 言及対象は必ず話 者である.(Cooke (1970:38, Ghart  10)よ り再掲 した.)

話 者 聴 き手 聴 き手 の 話者 に 対す る関係

タ イ語 の一

人称

(1)代名詞 女性 成人  女性

          話者の

成人  地位 親近 自由度 社会的資格

.aadtamaa

dich.n

ph.mch

,n

  / +

一 / +

/ +   一  + 1   0

/+   /  0   0

        +   + 1   0

     /    0    0

    (/ + ) (0 )  0一 (+ 1)

    十 1−   (0)/  + 1

話者 は仏教僧

話者 ・聴 き手共, 仏教僧

凡例 :一 = 非, 負, 劣 ; + ; 有 , 正 , 優 ;/ ; 中,等,同 ;数 = 程度 ;() = 共示的 ニ

ュ ア ン ス

註 : 「話者 の 自由度」 = 話者に よ る 基 本的標準あ る い は よ り適当な使用法に対す る遵 守の 欠如な い し挑戦

表 8  一般化と観察

観 察 (表 7 に示さ れ た ジ ェ ン ダー区分 に 反応す る談話の 参加者を指示す る 代名詞 に つ い て の 観察)

 a .同 じ形式 が,よ り 高い 地位 の 人 に 対 して 使 わ れ た 時は , 親密 さの 値を増す.但 し,仏教 の 僧侶が 喋る 言葉は例外で ,

   逆 の 関係が 成立す る.

  b.低 い 地位 の 人 に 使 わ れ る の と同 じ形式が 女性 に も使 わ れ る.

  c ,女性 は聴 き手が 自分よ り劣位か,同等か,高位 か に よ っ て言語形式 を 変え ね ば な らな い .

一般化

 a .聞き手 に 対す る 話 し手 の 地 位 の 向 上 は聞 き手 と 話 し手 の 間の 親密 さ の 向上 と は 逆 に な る.

 b .表 7 に お け る類推的区別 は女性 ; 男性 :仏教僧一低 い : 中立 : 高 い 地位,とな る.

一 89一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語 科学 第 4 巻第 2 号

を示す体系が 存在す る こ と が 判明す る,地位 の 尺度

の 最高の 位置 に あ る仏教僧の言語使用 は こ の こ とを

相補的 に確証 して い る.無標の ,そ して残余的ケー

ス は , 類推的区別 の 中間項に位置する成人男性の 話

し手で あ り,低い地位が 中立 の 地位に 対す る よ うに,

女性が男性に 対 し,中立 の 地位位置が高 い 地位位置

に対す るよ う に,男性が仏教僧 に対 して い る.と い

う こ とは つ ま り, タ イ語に お ける ジ ェ ン ダー指標と,

聞 き手 の相対的な地位の 指標と の 間に は , 男牲に 対

して女性が話す こ とが,地位 の 低 い 人が高 い 人 へ 話

す こ とと等価で ある よ うな,比喩的, 類推的 と呼び

う る関係 が存在す る の で ある.言語的に指標 され た

そ の よ うな関係 は一方で は社会 に於けるよ り広範な

関係に 対応す る し,最 も重要な こ と に は,代名詞“ 1”

に よ っ て 言及 され る 「現実」 に対応 する よ う に

思わ れ る.そ して こ の よ うな社会的指標 と言及的対

象 と い う二 っ の 体系 の 重 な り合 い こ そが言及行為の

内に宿 る指標的価値,発話内行為的価値を強化す る

の で あ る.

 以 ヒ,強力 な言及 の体系 の一

部に属す る形態を使

用す る事に よ っ て遂行 さ れ る ジ ェ ン ダ ーの コ ン テ ク

ス ト的次元 を含ん で お り,語用論的 に (比喩 ・類推

的 に)相互に 関連づ け られ て い る,指標の諸体系の

原理 を明快に例証 して い る範疇 の 事例を 見 て 来た.

こ こ で , 英語の よ う に, 言語形式 の 区別 の 統計 的頻

度が示す 差異が, ジ ェ ン ダー・ア イ デ ン テ ィ テ ィ の

区別 と相関を示すよ うな類型の言語にお け る ジ ェ ン

ダー指標 に戻 る こ とに する. タ イ 語に お い て は , 男

性 : 女性 と云 う ジ ェ ン ダーの 区分 と,高位 :低位と

云 う相対的地位 と の 間 に 類推 関係が見 られ た.社会

言語学者が標準語形式の 出現 の 変異性に っ い て 発見

した事を鑑み れば,こ の よ うな類推 は英語や他 の 同

じよ うな言語 に も該当する こ とが理 解で きるか も知

れ な い .

 図 3 は,多 くの 調査結 果で 繰り返 し見 られ る関係

を図式的に表 して い る (当然,実際の 変数や傾斜は

お の お の の 調 査で 異 な る).「上層階級」,「中層階級」,

「下層階級」 な ど と ラ ン クを付され た一

連の 社会的,

或 い は社会経済的範疇や 集団 の一

っ一

つ に対 して,

標準語化 に関連す る適切な言語形態を考慮に 入れれ

ば , 比較的標準語化 さ れ た言語形態の 発生頻度 を,

所謂状況的 「ス タイ ル 」 の 関数 と して 座標軸上 に描

く事が で きる.っ ま り, 標準語に 対 して社会学 的な

意味で 「忠実」で あ る者が標準語形を使 うよ うに導

く, 全 て の 組織的 , 及び人間関係的要因を含む,状

況 の 「フ ォーマ リ テ ィ 」 の 関数と して 描 く事が で き

るわ け で あ る.一般的な特徴 と して 言え ば,最下層

の集団によ る標準語形 の 発話の 頻度は低 く,よ り強

度 に標準語形が要請され る状況 に な っ て も, 低 い 頻

度の まま で あ る.正反対 の 極 に あ る, 最上層 の 集団

で は,状況が フ ォーマ ル に な る に つ れ て , 頻度は微

妙 に増え は す るが,相対的に安定 した標準語 化の 程

度を示す.こ の両極の 中間に位置す る集団で は , 社

会階級が 上 が る に つ れ て,

よ り大き な程度 の 標準語

化が見 られ る.更に興味深 い こ とに は 最もイ ン フ ォー

マ ル な状況 か ら最 も フ ォーマ ル に 状況に 向か うに つ

れ て,標準語形 の 頻度 は当然 ヒ昇す る の で あ る が,

社会階級が上が る に つ れ て , 上昇 の 勾配傾斜が急に

な る.特に,社会階層 の 最上層に近 い が,最 上層に

属す るわ けで はな い集団一

つ ま り中流階級 一の

典型的な特徴 と して ,最 も極端に標準語形が求 め ら

れ る よ うな状況 で ,最上層 の 集団や更に構造的規範

さえ 超え る よ うな頻度 で ,標準語形 が 現れ て い る

(こ れ は,「過 剰修 正」 hypercorrectionと呼 ばれ る

現象であ る).

図 3 社会指標的機能を持ち,発話状況の フ ォー

  リデ ィ に関連 して規則的に頻度が変異する言語形

  (ラ ボヴの云うマーカー)と社会階層の相関関係

 特に ア ン グ ロ ・ア メ リカ の よ うな個々 人 の 流動を

許す形で 階層化 さ れ た社会で,

ラ ボ ヴ (1982)な ど

の 社会 言語学者は , ま さ に こ の 種の 統計的変異を 明

らか に示す結果を得た.こ の よ うな社会で は,言語

一 90一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 ; 翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

的な標準形 と非 ・標準形が生起す る頻度は,あ る特

定 の 「標準性」 の 程度を示す と い う , は っ きり した

社会指標的価値を持ち , また , 話者 の 社会的な 地位

も共示す る. こ の 種の 社会で は標準語 と い う規範に

対 して , あ る種の 「社会言語的な 臼信の 欠如」が感

じられ て お り , こ の 自己不信は , 社会階層の 最上層

に近 い が , 最上層に 属す るわ けで は な い 集団が 最も

強 く持 っ て い る,(こ れ は, フ ォー

マ リテ ィ の 程度

が 異な る状況 によ っ て ,彼 らの 発話する言語形態が

非常 に顕著に変化する事 に示 され て い る.) こ の よ

うな社会言語学的自己不信は,言語 に対する態度 な

ど の 主観的評価に 関す る幾種か の 社会心理学 的調査

結果と合致する事が,過去の研究か ら分か っ て い る.

例え ば,肯定的ある い は望ま しい と見な され る人格

や 地位にか かわ る多 くの 性質 に関 して ,相対的 に標

準語的な 形態を用 い る人 々 を,よ り高 く評価 す る こ

とが挙げ られ る.また,自分自身の発話に お ける非 ・

標準形の 頻度を少なめ に 報告す る一

方で ,標準形 の

頻度は多 い 目に 報告 した り , あ る い は多 い 目 に数え

さえ した り, 更 に は , 完全 に 標準で あ る と報告 した

りさえする こ と,更に 「過剰修正」, っ まり,本当

は標準形 な の だが , 表面的に は非 ・標準的に 見え る

形態を避 けるた め に,例え ば between you  and  Iの

よ うな実は規範的 で な い ,非 ・標準形 を使 っ て しま

う誘惑 に 簡単 に の っ て しまう こ と, 加え て標準と非 ・

標準の差異に 関連する 言語形態 に,ど の よ うな テ ス

ト に お い て も, よ り過敏 に反応 す る こ と , な ど で あ

る.一

般的に 言 っ て ,中流階級 の 下層部か ら中層部

に か け て が ,こ の よ うな 社会言語的 自己不信を最大

限 に示 し,彼 らの 言語形態 の 発話頻度 は,先に 論 じ

た よ うな特徴的な傾斜の 形を示す.

  ま た,男性 と女性 と い う ジ ェン ダーの 対照 を ,こ

の 点 に 照 らし合わせ て 調 べ た時,階層や年齢や民族

な ど,話者達 を各種社会集団 に範疇分 けする他の 変

数 とは独立 して , 同 じ特徴が現 れ る. こ の 意味 にお

い て , ある特徴的な 「女性語」が 存在 し,

そ れ は,

こ の 種の 社会に お い て は現実性を持 っ 現象で ある と

言え る. こ の 「女性語」 とは,標準語 に対する志向

性,つ ま り コ ア サ テ ィ 語に お ける よ う に絶対的,範

疇的に で は な く,確率統計的に 現れ る形で指標 さ れ

る,標準語 と して 明文化された社会規範 に対する志

向性で あ る.男性 よ りも女性 の 方が よ り 「正 しく」

し ゃ べ る と思わ せ る に足 る ほ ど , 社会指標的に 有意

義な頻度に お い て , 男性と女性 の 発話の 体系は,標

準語 に対す る志 向性が違 う の だ.また , それ は , タ

イ語にお け るよ う に言語 の 表面に 公 然 と現れ て お ら

ず, い わば表面下 に 隠れ て い る現 象で あると い える.

標準語化 と社会階層の 間 の 確率統計的な関係を発見

した時に の み,そ の 関係の 体系内で 女性の言語使用

と言語態度の 占thる位置が ,次の よ うな類の 暗黙の

同一一性を持 っ こ とを分か らせ て くれ るか らで あるだ.

つ ま り,こ れ らの 社会に お け る女性の 男性に 対す る

関係 は,社会経済的な階級 の次元に お い て 相対的に

低 い者が , 高い 者に 対 して 持 っ 関係 と同一

で あ ると

い う事を で ある.よ っ て,次の よ うに 言え る か もし

れ な い .最 も 「上手 く」 しゃ べ り,また最 も上手 く

しゃ べ ろ う と志向して い る人々 が,「標準化」 され

た振る舞い や行為が もた らす利得の 慣習的な 理 解に

お い て 最高位に い る人々 が普通 は享受する権力を,

味わ え な い の は奇妙な事だ と云 うふ う に .

  こ の社会 言語的な編制が,普遍的で な く,文化に

特有 の事実 に過 ぎな い こ と は , 比較社会学的研究か

ら明白で あ る. こ の こ と は , 標準化 (故に , 言語使

用 の 「正 しさ」)の 両面,つ ま り ジ ェ ン ダー

の ア イ

デ ン テ ィ テ ィ と社会的地位,両方 の面 に関 して 言え

る.と い うの は,ハ イ ム ズ系の言語人類学者オ ッ ク

ス (1974) が 示 した よ うに ,マ ダ ガ ス カ ル 島の メ リ

ナ語 (マ ラ ガ ス ィ )の 言語文化,「良 い 言葉」 に 関

す る文化 で は,正 し く,あ る い は美麗に さえ し ゃ べ

る の は男で あ り,女性一

そ して 子供 , 及び フ ラ ン

ス 人一

は , そ の よ う に しゃ べ ら な い し, また しゃ

べ るべ きで もな い と さ れ て い る.そ して 同 じ く言語

人類学者 アーヴ ィ ン (1975,1978)が示 した ように,

セ ネガ ル の ウ ォ ロ フ 人 は , 「貴族」 と 「グ リ オ ト」

(「無産の 吟遊詩人」) の 間 に カ ース トを 思わ せ る社

会的区分を持ち,こ の 身分的な ア イ デ ン テ ィ テ ィ と

関連 して,貴族の 身分が高ければ高い ほど,そ の 言

葉 は よ り良 くな い もの とな る.なぜな ら, 正 しく一

そ して , 大声 で , 流 暢に, 飾り立て て

一し ゃ べ る

こ と は,貴族 の 本来的な性質 に あま り似合わな い 仕

一 91一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号

事だか ら, 「グ リ オ ト」に回 され て い る の だ,

 以 Eが , 言語 使用 の 語用論的な事実で ある と思 わ

れ る.言語 の 二 つ の 全 く独立した側面の 対照性に 注

目 して ほ しい .第一

に , 名詞句に おけ る男性と女性

と い う構造的,概念的区分 の 無標 ・有標 の 範疇関係

と して, 言及機能 に 関わ る ジ ェ ン ダ

ーの 体系が 存在

する.第 :に,語用論的 な言語使用 の 体系が ある.

社会的な相彑行為 に お い て 現れ,ゆ え に社会的な相

ig1行為を理 解する の に必 要な,多様な社会的次元の

間の 類推的な関連を指標する価値を, こ の 体系は固

有に持 っ て い る. こ の こ と を確認 した 上 で ,次に イ

デ オ ロ ギー

の 問題 に進 も う.

 言語に つ い て の フ ェ ミ ニ ズ ム の 理 論 , そ して 言語

変革の 為の そ の 分析や規範 , 処方箋 は , 多 くがか な

り抽象的で ,文化的な文脈 を無 視したよ うな 「権力」

の レ ト リ ッ ク で語 られ て い る と は云え,ジ ェ ン ダー。

ア イ デ ン テ ィ テ ィ と社会階層の 間の 語用的な比喩関

係を正 しく, 的確 に捉え て い る よ うに 思われ る. し

か し,こ の 比 喩的関係の 原因で あ る と英語話者で あ

る フ ェ ミニ ス トで あ る英語話者達の イ デ オ ロ ギ ーに

よ っ てが見な され して い る領域は , 言語の よ うな社

会的形態に 関する イ デ オ ロ ギ ーの 作用様式が示す ,

おそ ら く最 も典型 的な歪曲 で あ り, ・ 誤認 の 結果,

そ う見な され て い る に過 ぎな い の だ.と い う の も,

こ の 問題 を扱 っ て きた論考の著者達 は,類縁的比喩

の 原因を,言及 と叙述,男性 ・ 女性 ・ 中性な ど の 名

詞 の 分類,或 い は そ れ に 関連 した言及 ・ 叙述に関す

る い ろ い ろな 事実 な ど の, 言及 機能 の 地平に見出し,

指標的な事実 の 起源が言及 的な 事実 の 中に ある と捉

え て きた の で あ る.更に,言語 に対する イ デ オ ロ ギ ー

的な認知 の 特微を既 に E述 して お い たわ けだが,そ

の 特徴通 りに ,こ こ で もまた,言及の 範疇は,そ の

「自律的な」形式構造に もか かわ らず , 形式的 ・統

語論的な範疇と して 認識 され て お らず 一 ある い は

概念的 ・意 味論的な範疇 と して さ え も認知 さ れ て お

らず 一 直接的に言及的 ・語用論的で あ ると理解 さ

れ て い るの で あ る.つ ま り , 範疇 (タイプ)の トー

ク ン 言語 デ ータ トーク ン が 形式的 に 最 も拘束され て

い な い状況で 起こ っ た時 に示す特定的で,典型的で ,

示差 的な,語用的言及の性質に基づ い て ,言及 の 範

疇 は 理解 され て い る,

 時々, 論考の 著者達 は ,

ジ ェ ン ダ ーの 範疇 の 不均

衡な有標 ・無標関係の よ うな現象を , 語用論的な 言

及 の 問題 として 解釈 し,そ の 「自然」 な , 「本来的」

な根拠を発見す る.例えば次に引用する文が示すよ

う に .「女性 の 状況 に特 に ヒ手 く当て は まる用法 を

持 つ 語 は,『女性だ け』 とい う性質を帯 びる.限定

され た 言語使用 の結果,男に は関係 の な い ,概念的

な 『女性の世界』 に対 して だ け, こ れ らの 語 は使用

され るよ うに な る.っ い最近 ま で , こ の 『女性の 世

界』 は 全 く現実 に 存在 して い た.匚中略コ こ の 『女

性 の 世界』 に ,団結 した 女性,姉妹達 の ,あ る種 の

原 ・言語 が 見 出 され る か も知 れ な い 」 (Carter

l980: 229).だが,例えば次に 引用する文 が示 すよ

う に, こ の よ う な 「女性だ け の 」語, つ ま り女性名

詞の独 自性 一 或 い は 「有標性」一

に もかか わ ら

ず, こ の よ うな範疇的な事実自体が不正 で あ ると い

う, 反対の 感情も頻繁に見受 け られ る.例え ば次に

引用す る文が示す よ う に,「私 は読者 に 自分 自身 で

結論を 匚原文で は,his own  conclusion ]導 き出 し

て 欲 しい.今 こ の 文で 私が 使 っ た言葉に 注意 して ほ

し い .英語 で は 実際 , 誰 もが ,全 て の 人 [every −

body]が , 男で あ る と見 な さ れ て い る の だ 一彼

ら [they]が男性で はな い こ とが 明 らか で な い 限 り

は.そ して こ の 種の 言語使用 は,端的に 言 っ て 馬鹿

げて い る.社会的現実を正確 に反映 して い な い か ら

だ .そ れ が言語 が 果た す べ き最低限 の 役割で あ る に

もかか わ らず」 (Carter l980: 234;英文 の 単語 の 強

調は シ ル ヴ ァー

ス テ ィ ン に よ る). こ れ らの 言説 の

要 に な っ て い るの は , 標準語 は , 「現実 の 世界」 へ

の 真 の 手引書,「現実 の 世界」 に 我 々 が 言及 で き る

よ うに導く真実の, 誤 りな き案内番で あ り,また,

そ うで なけれ ばな らな い と い う見解で ある.これ は,

標準平均欧州 (SAE )言語で あ る英語文化 に浸 っ

て い る我々 自身が , 言語 の 本質 に 関 して 抱 い て い る

一般的,総括的な イ デ オ ロ ギ ー

で あ る.ジ ェ ン ダー

と言葉 の 問題 に 関す る議論は,女性 の 言葉の 独自性

を謳 う側で も,女性 の 言葉 の 被抑圧性を告発する側

で も, こ の 言語 イ デ オ ロ ギーに基づ い て 展開 して き

た.新 しい 「標準語」,新 しい 言語規範 の 主唱者達

一 92一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 ; 翻訳 言語と ジ ェ ン ダーの文化

に よ っ て ,上 の 引用文の よ うな文脈 で ,hisを使 う

か,herを使うか と い う選択は,一種 の 病 と して 診

断され,言語問題 とな っ て い る,古い標準的用法を,

我 々 の 英語 の 代名詞 の 体系 (よ り正確に は,照応的

言及の 体系)か ら削除す る こ とが,そ の 処方箋,規

範的処置で あ り, こ の 問題に関連する多種多様 な分

野で ,多 くの 異な っ た処方箋が 出され て い る.

 特定の 言語文化の 内部に 生まれ育 っ た土着 (ネ イ

テ ィ ヴ) の 言語使用者が ,ジ ェ ン ダーの 言語表現 に

対 して 持っ イ デ オ ロ ギ ーと,言及 と語用 の体系が,

相互 に絡み合 い 衝突 し合 う , こ の よ うな事態 は , ま

だ まだ進行中で あ る. しか し,こ の 紛争 の 結果 と し

て もた らされ る言語変化は,大体予測可能で あ る.

お そ らく,言語変化 へ と繋が っ て 行 く歴史的過程の

性格 は , 既にそ の 結巣が 「完了」,我 々 が こ の 言葉

を使 い うる限り に お い て 完 ゴして い ると言え る が ,

か っ て 起 こ っ た英語の 言語変化 と歴史的に比較する

事に よ っ て ,よ り良 く把握で き る だ ろ う,

ひ とつ の パ ラ レ ル : 英語の 人称代名詞

 こ れ か ら考察す る言語変化 は,近代英語の 構造の,

こ れ ま で に 見て きた もの と は 異 な っ た面, つ ま り

「人称」 と 「数」の 局面に 関 して 起 こ り, 現 在の 英

語 の 共時的様態を もた らした もの で あ る.図 4 に 示

した よ うに , 近現代英語の体系は ,

一人株 二 人称

二人称の 区別を 持 っ . こ れ ら は , 談話の ト ピ ッ ク

(言及対象)を談話状況 の 参加者に関係付けて ,「話

者」,「聴 き手」, 「そ れ以 外」と い う よ う に区別す る.

ま た ,一人称に お い て は,単数 と非 ・ 単数 (い わゆ

る 「複数」)と い う数の区分が あ り,三 人 称 に お い

て は , 複数と非 ・複数 (い わゆ る 「単数」) の 区別

が あ る.三人称の非 ・ 複数は , 先に 示 した よ う な図

一人称 二 入称 三人称

単数 1 非 ・複数 She, H 銭 1

非 ・単数 WeYou 複数 They

図 4 近現代英語 の名詞句の範疇 (人称,数  ジ ェ

   ン ダー)

式 に従 い,ジ ェ ン ダーの 区別を示す.少な くと も標

準英語 で は,二人称にお い て数 の 区別は 見 られ な い

こ と に注意 した い .

  こ の よ うな英語 の 体系は,図 5 に示 したよ うな ,

人称 と数 とい う文法範疇が,名詞句 に お い て 取 りう

る , 多 くの異な っ た体系の 中の 可能性 の一

っ に過 ぎ

な い .人称 と い う範疇 は,話者が,「話者」 や 「聴

き手」 と い っ た 状況的,文脈依存的な役割との 関係

で 人 (々 )や 物 (々 )に 言及す る こ とを許す も の で

ある.こ の範疇の ド位範疇は , 図 5の最上部の欄に,

一般に よ く知 られ て い る名称で 示され て お り,そ れ

ぞ れ の下位範疇の 詳細 は t そ の 下に 続 く列に示 され

て い る.図 5 の 両端の 列に は ,三 っ の 異な っ た数 の

タ イプが示 され て い る.(最初の 三 つ の 人称 と , 四

つ 目の 人称 ,つ まり 「三人称」,に対 して , こ れ ら

の 数 の タ イ プ は異 な っ た名称 を付 け られ て い る.有

標 ・ 無標関係が 異な る為で あ る.) こ れ らは , 言及

対象 の 数量 につ い て の 言及を行 うもの で あ る.

 図 5 に見られ るよ うに ,「包括的一

人称」 は , 少

な くと も話者 と聴き手両者に言及す るの で ,必ず非 ・

単数 で あ る.話者と聴 き手以外の 他者を指 さな い 時

に は双数 とな り, 指す時に は複数 とな る.所謂 「排

他的一人称」 は , 単数の 時は話者だ けを指 し, 双数

の 時は , 話者 に 加え て 他者を一

人指 し, 複数 の 時に

は , 話者 と多数 の 他者を指す .同 じよ うに,二 人称

は , 聴き手を中心 に して , 人 (々 )に言及する.単

数 の 場合に は,聴 き手 の み を , 非 ・単数 の 場合に は

聴き手に加え て も う一人 , あ る い は多数 の他者を指

す. こ れ らと違 い, 二 人称 は,必ず しも談話 の 参加

者を含 む言及対象を指す とは限 らな い の で , よ く見

られ る タ イプ の 思考 に従 っ て , 談話 の 参加者以外 の

もの だけ に 言及 し て い る よ うに思 われ て い る.三 人

称 の 範疇は,あ た か も談話行為 の 「他者」 で ある か

の よ うで ある。三人称で は , 単数で はな く,複数が

有標の 数範疇で あ り,言及対象が 「一っ 以上」 で あ

る事を特定的に示 して い る.[訳者註 : 論理 学 や 分

柝哲学,語用論に お い て よ く知 られ て い るよ うに ,

名詞 に よ る言及 は,あ る言及対象 を , 他 の 物体か ら

区別 し,個別化す る こ とに よ っ て なされ る.三 人称

の 言及対象 は言及行為や 談話の外部に あ る為,言及

一 93一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4巻第 2号

され るまで は談話に お い て個別化され て お らず,よ っ

て 対象を個別化す る言及行為 ,つ ま り単体化が無標

の 言及 行為と な っ て るた め, 単数が 無標 の 数範疇と

な る.一方,三 人称以外の 人称の 言及対象は話者や

聴き手 を中核 と して お り,こ れ らは名詞に よ っ て 言

及され る以前 に,発話行為 自体に よ っ て , そ の 発 話

行為 の 行為者や受 け手 と して ,既 に個別化 され て い

る.故 に,こ れ ら の 人称で は, 既 に 個別化 され て い

る言及対象が単体で ある事を示す言及行為 は有標で

あ り, 結果,単数は有標の数範疇 とな る.] 三 人称

の 非 ・複数 は , 有標 の 双数 と無標の単数に分かれ る.

三 人称が数 の 区別に よ っ て違 っ た形 を持 つ 場合, 単

数形が,単体を示す の み で な く,物 の抽象的な本質

や,ある物の 種類全体を代表する典型,ある い は全

て の 可 能な 言及 対象一

般を示す事,そ して ,抽象的

で 「不加算」 な物を示 す語彙の 範疇で あ る事が , 三

人称 の 単数が無標で ある事を証 して い る.

 図 5 に示 され て い る体系か ら,三人称単数が,全

体系内で最 も無標の 範畴である事が分か る.こ の 体

系か ら演繹で きる言語構造に つ い て の 推測 の 非常 に

多 くを,実際に諸言語 が示す 共時的様態や 言語変化

に お い て 観察す る事が で き る.そ の 内 の一

っ を以下

で 取 り扱 うが ,それ は , 三人称複数 に対 して 非 ・複

数が無標で あ る と い う事実 に 関連 し, 図 4 に あ る よ

うな近現代英語特有 の人称 と数 の 体系 の 発生 を理解

す る の に 必要不可欠 な要件 で ある,

  と い う の も, 近現代英語 の 人称 と数の 体系に 関 し

て 気付か ず に はおれ な い一一

っ の 特徴 は,二 人称の範

疇に,言及機能や意味論 の 観点か ら見て , 不規則性

が ある よ う に思われ る事だ.一人称に 見 られ るよ う

な単数と非 ・単数 の 区別 , 三人称 に見 られ る よ うな

複数 と非 ・ 複数の 区別が,

二 人称 に は欠如 して い る.

英語は昔か らい っ もこ の よ うな体系を持 っ て い た の

か ? もしそ うで な い な ら,ど の よ う に して こ の よ

うな体系 は発生 した の か ? もしも仮 に言語構造 と

い うもの が ,純粋 に言及 と叙述に関る意味論的体系

で あ る とすれ ば,ある言語が 他の 人称に数の 区別を

設 ける場合,二 人称 に も同様 の 区別を設ける こ とが ,

図 5か らも予想 さ れ る だ ろ う. しか しそ うで はな く,

あ る言語構造 の 文法範疇の 構成の 中に入 り込 み , あ

る い は入 り込 まざ る を え な い よ う な,整然 と した言

及 ・叙述 の 構造的な制約を 「覆す」よ うな,他 の 要

因が あ るの で は な い か ? こ の 近 現代 英語 の 二 人称

の 範疇は,正に そ の よ うな ケ ース に思われ る.実際,

近代イ ン グ ラ ン ドの 社会史や , そ の 中か ら現れた近

現代標準英語 の 形態に こ の 社会史が 与え た特定の 力

の 働き方 と い っ た,は っ きり した歴史的説明項 を,

私達 は持 っ て い る の だ. 二人称代名詞 の 範疇 は , 強

力な社会的価値を持 つ 指標を含む語用 の 体系 に巻 き

込 まれ,イ デ オ ロ ギーの 闘争 と変遷の 強 い 影響力 に

さ らされ た 言語形態な の で ある.

 文献学的証拠 に よ る と,古英語の 二人称 の 範躊は,

近現代英語 よ りも規則的で , 単数,複数,そ して お

そ ら く13 世紀 まで ,双数 の 範疇が あ っ た . ま た,

人称を表す形は格の 区別 も同時に示 し,人称形 に よ っ

て 示 され る対象が,統辞的な節 に よ っ て叙述 され る

特定 (有標 )

包括的(一

人 称〉 排他的(一

人 称) 二 人 称

一般 (無標)

三 人 称

単数

(有標 )

聴 き手 を 除外 し、

話者を指す

聴 き手を指す一

人(個)の

他者を指す

単数

(無標)

非 ・複数

(無標)

双 数

(有標)

話者 と聴 き手

を指す

加 え て 、

一人 の

他者を指す

加 え て 、一人

の他者を指す.

,【呻.貯.「 . 囲

 二 人(個)

の他者を指す

双数

(有標)

非 ・単数

(無 標)

複数

(無標)

加えて、一人

以上 の 他者

を指す

加え て、もう

一人以上 の

他者を指す

加えて、もう

一人以 上 の

他者を指す

多数 の

他者を指す

複数

(有標 )

図 5 人称と数と い う名詞句範疇の 普遍的な可能性 (有標 ・無標関係を明記 した)

一 94 一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 1 翻訳 言語と ジ ェン ダーの 文化

命題 にお い て , どの よ うな機能を果たすか 示して い

た .例え ば, 主格形が 「主語」機能を,目的格 ・与

格形が い ろ い ろ な 「目的語」機能を表 した.単数の

範疇で は ,二 人称 の 主 格形 は thu で , 円的格 ・与格

形は the で あ り, か な り規則的な音変化に よ っ て ,

こ れ らの 形 は近代英語 の thou や theeと姿を変え て

生き残 っ た.複数 の 範疇で は,占期英語 の 主格形 と

目的格 ・与格形 はそ れぞれ ge ・と e ・ow で , こ れ

らの 形 も近代英語 の ye と you と し て 残 っ た. こ れ

ら の 4 つ の 形態 は未だ全 く忘れ去れ たわ けで はな い

が , you の みが現代 の 標準英語 に残 っ て い る.以 下

に そ の 概略を示すの は , 以下 に そ の 概略を示すの は,

you 以外 の 形態が使わ れな い 事態を導 い た 構造 的 ・

語用的意味の 変化で あ る.

  13世紀に お い て ,ア ン グ ロ ・ノ

ー マ ン ’ フ ラ ン

ス 語 の 文化的優位 の 為,そ う い っ た 文化の 影響 を受

け , 洗練され た言葉を話そ うと した教養の ある英語

の 話者達は ,二 人称代名詞の 使用法の所謂 「丁寧体」

と 「親近体」 と云 う フ ラ ン ス 語の区分を取 り入れた.

こ の, 単数 の 聴 き手を 二 人称単数形か 二 人称複数形

で 指示言及す る と い う区分 の 結果, thou / thee と

ye/you とい う形 は , 厳密に 言及的 な数 の 範疇 に よ

る区別 の 他に , 社会指標的な 価値を 受け持 っ 事 とな

る.イ ン グ ラ ン ド に お い て 上層階層 や出自の良 さ と

結びっ い て い た フ ラ ン ス 語的用法 は,対応する範疇

に直裁 に翻訳 され て 英語 の 使用法に入 っ て来た の だ.

あ る特定の 社会指標的価値を伴 っ て ,(現代) フ ラ

ン ス 語 の tu/te/ton / tien が thOU / thee/ thine

とな り, VOUS / vot 「e/ V・t「e が ye/blOU/「VOU「 (S)

とな っ た の で あ る.

  こ の 問題 に関 して ブ ラ ウ ン と ギ ル マ ン が 1960年

の, 今日で は古典的 ともな っ た論文で示 したよ うに,

話者間の コ ミ ュニ ケ ー

シ ョ ン状況 の 二 っ の 社会的次

元 , 先に扱 っ た タイ語 の 場合に も見 られ た二 っ の 社

会的次元 を用 い , thou そ の 他 (T) と,ンe そ の 他

(Y )の 社会指標的価値 を考察 して み た い .図 6 を

参照 し て 頂 き た い .(以 下で は,

ブ ラ ウ ン と ギ ル マ

ン が フ ラ ン ス 語や ロ シ ヤ 語の 二人称代名詞の 短縮形

と して 用い た T と V の 代 り に,英語 の 二 人称代名

詞 の短縮形 T と Y を用い て い る.) まず第一に , 聴

き手に対 して話者の 持つ 「権力」 (ある い は地位)

の 優勢 。劣勢 と い う次元が あ る.話者 と聴 き手が異

な っ た二 人称形で お互 い に話 しか けるとい う意味で,

こ の次元 は不均衡 , 非相互的な対話関係で あ る.権

力関係で 優位な聴 き手 ,つ ま り 「上位」に あ る聴き

手に は,話者 は Y で 話 しか け (比喩 的に 言え ば ,

い わ ば,申し 「上げ る」),逆 に,劣位,つ ま り 「下

位」に あ る聴 き手 に は T で 話か け る (い わ ば , こ

き 「下ろ す」 こ き 「下ろ す」).図 6で は , こ れ らは

縦 の 矢印 の 向きに よ っ て 示され て い る.第二 に,

れ は特に 地位が対等な者 に 対 して 当て 嵌は まる の だ

が,話者 と聴 き手の 間に 「連帯性」 (人間間の 同一

性,親近感) と い う次元が あ る.話者 と聴 き手が同

一の 二 人称形で お 互 い に 話しか ける と い う意味で ,

こ の 次元 は均衡 な , 相互 的な対話関係で あ る.連帯

性 を持つ 聴き手に は T で 話 しか け,連帯性 を欠 く

聴 き手に は Y で話 しか け る.

 図 6 に よ り一

目瞭然 で あ る よ う に , こ の 17 世紀

迄 の 初期近代英語で 確立 され た 二 人称 の 語用の 体系

も,再び,地位 と親近感の 相反関係を示 して い る.

権力関係で 上位に あ る者 へ の 話 しか け で あ る事を示

す記号 は , 親近 感を示 さず に話 しか け る 記号 と同一

図 6  thee (T)と you (Y )に よ っ て 指標され る談話参与者の権力 と連帯性 (親近感)の 状況 的関係 (ブ

  ラ ウ ン とギル マ ン (1960)か ら)

一 95一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号

で あ る.公的な 言語,っ ま り真に個人的で はあ らず

社会的地位 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ に依拠せ ね ばな らな

い よ う な,連帯性を持た ない者の間で な さ れ る コ ミ ュ

= ケ ーシ ョ ン の 言語が ,な ぜ 二 人称 の 言及 に Y だ

けを用い て い たか は 臼明で あろ う.また , なぜ上層

階級 の 人 々 や , よ り一

般 に は 出自の 良 い 人 々 が,自

らの 地位の 指標と して お互 い に Y で 呼 び合 っ た か

も自明 で あ ろ う.(二 人称 の 体系 の 将来 に , こ れ は

重 大な意 味を持っ 事 に な る.)大体 1600年まで に は,

話者 と聴 き手の 間で 相互 に Y で 呼び か け る爭が ,

文化的 に 洗練され た 使用法とな り, 「上位階層」 や

「出自の 良 さ」 と い っ た社会的指標価値を もつ よ う

に な っ て い た.Y 形 に よ っ て指 し示 され る こ う い っ

た状況 的変数が , 転喩的プ ロ セ ス を通 して , (T 形

との 対立 に お ける) Y 形 自体が持つ 社会指標的価値

とな っ て い た の で あ る.

  こ うして ,二 人称代名詞に は一

種の 二 重の 機能的

価値が与え られ て い た の で あ る.一っ は , 聴 き手 を

個人 と して (thou/ theeの 場合), 或 い は彼 (女)

の 集団を発話状況 に 結び付け,限定す る人物と して

(ye/you の場合),言及 し指標す ると い う機能で あ

る.もう一

っ は,複雑 で 相互に 関連 しあ う,多様 な

社会指標的な 意味の 体系 に よ っ て ,話者と聴き手の

問の 権力 (非相互的な T /Y の 使用)及び連帯 (相

互的な T / Yの 使用)関係 を指標す る機能で あ る.

確か に , 形態的な変化が幾 っ か あ る に は あ っ た.例

え ば,

16世紀に 〉,e (主格) と )

iou (与格 ・日的格)

の 文法的区分 が 徐 々 に 失 わ れ,す べ て の 格機能 を

yOU と い う,よ り単一な形で 示す よ うに な っ て い っ

た.

  しか し,二 人称 の指標的使用法の 基本的な体系は

17世紀に 入 っ て も変わ らな い か っ た い .例え ば ,

ワ イ ル ド は以下に よ う に伝え て い る.「トマ ス ・モ

ア卿の 義理 の 息子で あ る ロ ウ パ ーは , 彼が そ の 著名

な父親に つ い て書 い た伝記 の 中で ,モ ア が , 伝記 の

著者,つ ま り 『わが 若輩息子 ,ロ ウ パ ー

』 に話 しか

け る時に は thou や theeを用 い ,伝 記 の 著者が ト マ

ス ・モ ア 卿 に話 しかけ る時に は you を用い て い る」

(Wyld  1920: 330). ブ ラ ウ ン と ギ ル マ ン (1960)

もまた,二 人称 の 使用法 の 社会的次元を映 し出す多

くの 例をあげて い る が , こ の 中に は , 1603年に ウ ォ

ル タ ー ・ ラ レ イ卿 (1552?−1618) が 反逆 罪に 問わ

れ た裁判で ,法務長官 エ ド ワー

ド ・コ ウ ク卿が , 被

告人 に 向か っ て語 っ た次の よ うな演説 も含 まれ て い

る.「全て が [中略] お前 の [thy] 扇動 に よ る の

だ. こ い っ [thou],こ の 欺 く蛇め . お前 を 私 は

『お前』 と呼ぶ [1“thou

”thee], こ の [thou]売

国奴が.」  言葉 の ナ イ フ で 開 い た傷 口 に 侮蔑 の 塩

を擦 り付け るよ う に, コ ウ ク は低級 な者に 向け られ

る T 形 を繰 り返 し使 うだ けで な く,

バ ン ヴ ェ ニ ス

ト (1966)が い み じ くも 「発話か らの 派 生動 詞」

delocutionary verb と呼ん だ形態を用 い て い る. つ

ま り,thou と い う発話 され た名詞形 の 引用か ら派

生 した動詞の thou を使 っ て い る の だ (“ to [say ,]

‘thou ’ to someone ”

〉“ to thou to someone

「誰か に 向か っ て 「お前』[と呼ぶ ]」〉 「誰 か に 向

か っ て お前る」).こ う して ,普通の洗練 され た社会,

特に貴族の 称号を 与え られ た者 た ちの社会に お い て,

そ して 裁判 と い うフ ォーマ ル な状況 で 当然期待 され

るよ うに は , 聴き手をそ ち ら様扱い せず,お前扱い

して い る事を ,コ ウ クは 言明 して い る. 1649年 の

チ ャー

ル ズー世の 裁判で は , 被告 も裁判長 もお互 い

を均等に rvou (そ ち ら様 ) と 呼 び 合 っ て い る

(Barber l976: 48−50).そ し て バ ーバ ーが 言 う よ う

に,「階層が均衡な者同士の 問の you の 使用 は, よ

り低 い 階層の 者達に よ っ て真似 られ ,社会階層 の 下

方 へ と広 ま っ て 行 っ た.1600年 まで に は,丁寧 さ,

洗練 さを少 しで も自負す る 全 て の 階級 に お い て ,

ンo π は,単数代名詞の,普通の ,無標の 形で あ り,− h

’ thou は , 例えば話者 の 感情や 社会的優位性 と

い っ た特殊な意味を含 む形と な っ て い た 」 (Barber

1976; 210).しか し,1700年迄に は,元来 の 二 人称

単数代名詞で あ る thou の 使用は, もは や 生産 的 な

言語形態 と して の命を終え て い た の で ある,なぜ で

あ ろ うか ?

  イ ン グ ラ ン ドの 17世紀 は,か な り大 きな 政治的 ,

宗教的 , 知的動乱を経験 し,あ る真の 意味 で ,近現

代英語文化の 形成期で あ っ た と言え る.こ の 時期の

最 も重要な変革と思 われ る出来事 は , こ れ ら三種 の

社会機構 の 内 の ,どの 観点か らで も迫 る こ とが で き

一 96一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳 地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

る の だが , 我 々 の 時代 と違 い,

こ の 当時,こ れ らの

機構の 間に 区別は 存在せず,渾然一体 とな っ て い た

事 は明 らか で ある.例えば,興味深 い こ と に,政治

的な闘争 は , 説教壇 か ら , 国家の 権威と競合関係に

あ っ た多種多様 な プ ロ テ ス タ ン ト諸派 の 役職や セ ク

ト に属する者が行 っ て い た。知的な生活はと い えば,

他の どん な者 に も負けず劣らず,大学 や そ の他の 場

所で な され る聖 職者の 発言に彩 られ て い た の で ある.

 こ の よ うな 17世紀 の 込み入 っ た 状 況の 中で ,一

体 どれ が我 々 の 議論に 直接関連 し て い る社会史的な

動流 で あ るか を判別す べ きで あ ろ う.(Haller 1938、

Hones 1953, Barber 1976 な どを参照の こ と.)まず

最初に,宗教的な言説が,神 の, あ るい は神以外の ,

「真理 , 真実」 の性格 を問題化 した.そ して , こ の

真実が,人々 と世界と の 関係に 入 り込 む言語 な どの

象徴体系 におい て,い か に 表象 され て い るか,或い

は,され る べ きか と云 う事が 問題 とな っ た.程度の

差 こ そ あれ,多様な プ ロ テ ス タ ン ト の 信仰 は全 て ,

神の 真実 を個 々人の 内に あ る もの と した.こ の 結果,

組織が公式に 与えた 「真実」 に,民衆 を羊の如 く従

わせ る事が で き るよ うにと確立された教会儀礼を通

して 入念に練 り上げ ら れ た い か な る形式的な教義 に

も匹敵す るほど,民衆や民衆以外の 入々 の, 個人個

人 の 経験 ,つ ま り彼 らが言語 など に よ っ て 表出 しう

る個人的な体験が,プ ロ テ ス タ ン トに と っ て 重要 と

な っ た. こ の よ うな イ デ オ ロ ギーが

, 進展を続け る

反 ・教会組織 の 言説 の 中に一度現 れ て しま え ば,

「ローマ 」的な権威に 抗す る,イ ン グ ラ ン ド土着 の

政治的に是認 され た英国国教会 の 確立 と い う次元 を

超え出て ,こ の イ デ オ ロ ギ ーが持 っ 方向性を,次の

よ うな所 に まで 貫徹する の を防ぐ もの は何 もな い.

っ ま り,い か な る教会や国家の 権威 さえ,個人の宗

教的な一

そ して 非常 に危険な事に , 市民的な 一

体験や信仰が持っ 心霊感応 的な 実感や,「真実」,に

反する もの と して , 異議申 し立 て の 対象 とす るま で

に な っ て きた の で あ る.そ して 現実 に , 我々 が今 目

な ら 「極左」 と で も呼ぶ よ うな人 々 が , 平等主義と

個人的 自由意志の イ デ オ ロ ギ ーを そ の 限界,そ して

限界 の 彼岸まで 押 し進めた. イ ン グ ラ ン ドの 17 世

紀 は , 王,宮廷,教会な ど の 組織の 権威 と,個 々人

の 経験的な体験 と呼び得 る もの の間で の,一連の 継

続的な闘争 と して 展開 した の で ある.言語一

表象

の意識と, そ の 意識の 対人的伝達 の主要な体系 と し

て の 言語 一は , 幾 っ か の 仕方で , 政治宗教的 ,

して 知的領域の 再編制に 巻き込 まれ た の で ある.

 第一

に, こ れ は ヨー

ロ ッパ 大陸 に 見 られ た 動向と

足並 み を揃 え る もの で あ るが,英語が単 な る地域の

方 言で はな く,

一個 の 「言語 」, 英国の 独 自性 を 表

象す ると い う象徴的な 価値を伴 っ た言語 で あ る とい

う意識が現 れ た.一

個 の 言語と して の英語 に と っ て,

文法や,文体 。話体,修辞な どが , ラ テ ン 語 , 古代

ギ リ シ ャ 語,古代 ヘ ブ ラ イ語等 の 権威ある言語 に と っ

て と同 じ ほ ど問題 とな っ た.(Jones 1953: 272−323,

Michael 1970, Barber 1976: 65−142を見 よ.) こ れ

らの 古典的な言語に代表され る既成秩序 の権威 一

特に ラ テ ン 語で 書かれ た ス コ ラ哲学の 晦渋な修辞が

示す病的な異常肥大 の 如 き特徴 に よ っ て 代表さ れ て

い た,教育的,知的,宗教的,市民社会的権威一

こ の 伝統的な権威に 対す る反抗を行 うの に適 した伝

達手段で あ る と して,英語 は時が進む に つ れ て ます

ます見な さ れ る よ う に な っ て 来た の で あ る.

 こ の結果,「真実の 」経験科学, つ まり当時 「自

然哲学」 と呼ばれ て い た学を確立 しよ うと奮闘中で

あ っ た ベ ーコ ン 主義者達が , ラ テ ン 語とギ リ シ ャ 語

を拒絶 し, 修辞的な 装飾 に 覆わ れ て い な い 平明な英

語 を推奨す る運動を推進 した こ とは驚きに値しな い.

修辞的な補飾 は,「真理」や論理 , そ して言語 の 外

に 存在す る世界を , 万人が経験的に, 実践的に 手に

入れ る の を防ぐ悪 しき障壁で ある と,彼 らは見な し

た か らだ.こ の 運 動の一

っ の 到達点 で あ る 1660年

の 王立学会の 創立 は,言語な ど の 象徴的な表象 と外

的な経験的真実 との関係の 問題に 焦点を当て , 学会

は厳然た る権威を も っ て ,科学的な言説 に お ける平

明な英語 の ス タ イ ル を善 しとす ると決議した.1667

年 に , こ の 自然哲学者の 集団に っ い て,主教 トマ ス ・

ス プ ラ ッ トは , そ の 著作 『ロ ン ドン 王立学会の歴史」

で 次の よ うに描 い て い る.「だか ら,彼 らは 最 も厳

密 に,文体 ・ 話体にお け る肥大,脱線,膨張を全 て

拒絶 した.最 も厳密に , 原初的な純粋 さ と簡潔 さへ

と回帰 した.あ れ ほど多くの物 に つ い て ,同 じ ぐら

一 97一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号

い の 数の 多 くの 言葉が 使われ て い たあ の 時代 に で あ

る.彼 ら は会員 に 厳 しく要請 した.親 しみ やす く,

飾 り気な く,自然な 話 し方を.直裁な表現 を.明瞭

な意味を.土着の,地に足 の っ い た平易 さを.で き

る だ け数学的な平明さ に 森羅万象を近づ け る よ う に

と (Barber 1976: 132か ら転載). ス プ ラ ッ トが 外

延へ の 表象の 問題を太字体 (原文で はイ タ ッ リク体)

で 強調 して い る事 に留意 した い .語が物を表象する.

そ して , こ の 表象関係に お い て ,真理 を直裁に表 し

伝え る事が で きる ,つ ま り真理 に 向か っ て 開かれ た

透明な窓に な っ た , 「数学的」 な平明 さを持 っ た英

語を通 して , 科学的な言説 は真理 へ の 道を突 き進 む

の で あ る.

 注 目す べ き は,まさ しくこ の よ うな言語観が , 清

教主 義の多様な 「水平化運動」,平等 主義運動 の セ

ク トに も現れ る事 で あ る.彼 らは,古典の 教養や修

辞的装飾を ,い わ ゆ る平明体英語で 表 され る個人的

な信仰 の 真 の 栄光 を妨げる , 既成の 高慢な宗教的権

威の 邪悪な業で ある と考えた.主流派で ある支配階

層 の 既成の 英国国教会主義や,後に 現 れ た長老派 に

対抗す る こ れ ら の セ ク トの役割に つ い て,

ハ ラ ーは

次 の よ うに 言 っ て い る.「彼 らの 主 な重要性 は,彼

らが ,清教徒 の 説教一

般,聖 書の 翻訳 と出版,読 み

書 き能力の 広が り に よ っ て ,確実 に 進行 して い た イ

ン グ ラ ン ド社会 の 民主化 の 兆候で あ る と い う事で あ

る.運動 の 全体が志 向 して い た 究極 の 目標は , 聖 書

の 読者で あ る民衆 と い う基盤の 上に,社会を再編成

す る事に あ っ た の で あ る.カ ル ヴ ァ ン 主義は , 既成

の 体制 の 階級的区分に対抗す る,貴族制 の 新た な 基

準を設定す る事に よ っ て ,こ の 運動が 前進する の を

助 け た . しか しま た,カ ル ヴ ァ ン 主義 の 内部に は,

平等主義 の 観念 も暗に存在 して い た.こ の 平等主 義

は,貴族制の 枠組み の 内部に留ま るもの で はな く,

説教者が民衆 に伝道せ ね ば な らな い と い う必 然性の

為に , 常 に前面に押 しや られた. [中略]神の 恩 寵

に よ る選 びと救済が,それを本当に欲 した者に は誰

に で も于に 入 る と い う ふ う に考え な い こ と は難 しく

な っ て きた .更に,唯一

の 真 の貴族 は精神 の 貴族で

あ り,い か な る人間 の 判断 の 基準を も超え て い る と,

カ ル ヴ ァ ン 主義の 説教師が一

度認 め て しまえば,神

の み が誰 が優れ て い る か 分か る の で あ る か ら,社会

の 中の 全て の 人が同 じよ う に扱わ れな ければ な らな

い と宣 言す る方向に大 きな一

歩 を踏み 出 した事に な

る.確か に , 説教師の大多数自身も, 失い た くな い

地位と名声を持 っ た専門家 の 知識人で あ っ た の だか

ら,内部改革 は推奨 して も,国教会の 体制自休は保

持する とい う考え に固執 し, 彼 らの 教条が持 つ 破壊

的な含み が あま り に極端 に ま で 押 し進 め られ な い よ

うに 全力を尽 く しは した.だが , 彼らの 考え の 前提

は認め る と し て も , 彼 らの 中か ら, そ して 彼 らの 周

囲か ら,改革の 緩慢な進行を待ち きれ な い 多 くの 性

急な個人が現れた こ とは,全 く自然な事で あ っ た」

(Haller 1938: 178)。最 も過激 な 神学が示唆 した の

は , 聖職者で は な く俗人 に よ る平等主義で あ り, 分

離派的思考で あ っ た.っ まり,国教会 の 組織 に は関

係な く,信仰の み に よ っ て 神へ と結ばれるよ う自発

的に契約 した個々 人 の集団 と して の 会衆 と い う考え

で あ る, ハ ラー

が 言う に は , 国教会か らの 分離主義

は,「清教徒 の 信仰 と教条が持 っ 宗教的個人 主義 の

極端な表現で ある,こ の個人 主義 は,全 て の 人間を

神 の 前で 急激に 平等化す る もの で あ っ た.更 に , 国

教会に異議を唱え る説教者達 は,た とえそれ が ど の

よ うな者で あれ,で き る限 り多 くの 人 々 を改宗させ

る事を望ん で い た し,実際,い かな る平等化 に よ っ

て も,失 うよ りも得る物 の方が人 きい だ ろ うと考え

た人 々 ,っ ま り平民 ・貧民層 の 内に , ますます多 く

の 改宗者を見出 した.[中略] そ の 結果 , 清教徒 の

説教者達の 主流派に国教会で あれ ほど辛辣に反対さ

れ は したが,神学的に は t カ ル ヴ ァ ン 主 義が倫理 ・

社会面 に お い て 持 つ 最 も重要 な含意 の 自然 な表現で

ある二 っ の思想,っ ま り万人 に 与え られた 普遍的な

恩寵 と自由意志 と い う思 想は , 清教徒 の セ ク トの 中

で 開花 した 」 (1938: 181).そ して , こ れ ら の 思想

が特に 華を咲か せ た の は, 兄弟団一

或 い は彼 らが

17世紀半ば迄 に そ う呼ばれ る よ う に な っ た名称で

言 えば, ク ウ ェーカ ー教徒 (心霊感応者達)

一 に

お い て だ っ た. ク ウ ェーカ ー達 は

十朋 英語を身に 纏

い , こ れ を彼 ら が信 じ た絶対的な 真理 の 指標 と した

の で あ る.

 実際,兄弟団 の 創始者で あ るジ ョージ ・フ ォ ッ ク

一 98一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 : 翻訳 言語 と ジ ェン ダーの 文化

ス (1624−1691)の攻撃対象 の一

っ は , 上述 した よ

うな既成 の 指標的価値を持っ ye や you と い っ た 代

名詞の 用法な どの言語行為の 持つ 象徴的意味に関わ っ

て い た.兄弟た ち に と っ て , 聴き手へ の 服従 ・尊敬

や , ス タ イ ル の 洗練な ど の, bleや yo 膨 の 発 話が 持

っ 指標的価値 は , 神 の 前で の 万民 の 市民的平等 に 真 っ

向か ら対立す るもの だ っ た.初期 の ク ウ ェーカ ー

指導者達は , こ の 問題 にっ い て多 くの断定的発言 一

っ ま り , こ の 指標体系に つ い て の彼 らの イ デ オ ロ ギー

的な 「合理 的」解釈一

を行 っ て い る.彼らが解釈

する と こ ろ に よれば , 代名詞 の 用 法は,物の 「自然」

で , 本来的で ,神聖な秩序 に対す る真実 と誤謬の 問

題とな る.17世紀中葉 の ク ウ ェーカ ー達 は , 二 人

称単数には必ず thou や thee を用 い ,  yθ や blouは

徹底的に使用を避 け た .こ れ は 当時の イ ン グ ラ ン ド

の 社会 に お い て ,衝撃的で ,無礼で ,侮辱的な用法

で あり,「高慢」 で 「身の 程知 らず」 の 宗教的 ・市

民的権威に向か い,疑 い よ うもな い挑戦状を叩 きっ

ける よ う明瞭に意図 された もの だ っ た.

 ク ウ ェーカ ーが thou や thee で聴 き手に話 しか け,

そ して 話 しか け る事を推奨 した時 に,彼 らが利用 し

た の は , こ れ らの 言語 形態が ,英語訳 の 聖書で 使わ

れ て い て , そ の 使用法 は T と Y の 亅’寧な 対人的使

用 と異な っ た語用機能 の領域 を持 ち続 けて い た と い

う事実で あ る. こ の た め,ク ウ ェーカ ー教徒は,紛

れ もな く地上に再び現 れた,神の 書 , 聖書の 民で あ

る事に な る.即 ち, ク ウ ェーカ ーが T 形 で 聴 き于

に 話 しか け る時,そ の 指標的な含意と して,彼 らは,

自分達が,他 の ど の よ うな人々 よ りも 一 特 に , 王

に属する権威よ りも一 多 くの正 当性を持 っ 者で あ

る と称 して い る の だ.代名詞の もう一

つ の 機能体系,

っ ま り丁 寧 さの 体 系で は,王 は必ず T 形で は な く

Y 形を使い, そ して Y 形で 呼 ばれ る に 違 い な い 事

に注意 した い.「Thou と Theeは高慢な肉体 に刻 ま

れ る辛辣な傷で ある」 と,ジ ョ

ージ ・フ ォ ッ ク ス は

日記 に書 い て い る.「そ して こ れ ら の 虚栄 の 民,彼

らは神やキ リス トに はそ う話しか けなが ら,自 らそ

の よ うに 話 しか け られ る事 に は耐え られ な い .そ し

て 我 らは , しば しば鞭打たれ,虐 げられ る.時に は

死 の 危険に さえ曝 され る.た だ,高慢な人 々 に こ れ

らの 言葉を使 っ ただけ で .彼 らは言 う,『何 だ と.

こ の 無礼な 道化師が .私 に 向か っ て Thou だ と.』

ま るで ,キ リス ト教徒 の 躾 が,人 に You と い う事

に あ るか の 如 く.そ ん な作法 は,彼 らが着者達 を教

育するた め に使 っ て い る い か な る文法書や教科書に

も書か れ て い な い の に」 (1919 [1694コ ; 381−382),

1660年 に な る と,彼 らの 追従 者で あ っ た ジ ・ ン ・

ス タ ッ ブ ズと ベ ン ジ ャ ミ ン・

フ ァーリ ィ と共著して,

フ ォ ッ ク ス は 『先生や教授の ため の単数 と複数 の 楽

しい学習書 : た くさ ん だ っ た ら You ,

一人 だ っ た

ら Thou ,単数 は一

っ だ か ら Thou , 複数は た くさ

ん だか ら You』 を出版 した. こ れ は教養人 に 向け

て 書かれ た本で , 『楽 しい 学習書』(Battledore) と

は幼 い 生徒た ち の 初歩の 読本だ っ た か ら, こ の タ イ

トル に は道 徳的な 皮肉が 込 め られ て い る わ けだ.こ

こ で の 著者達の 議論は,神か ら与え られ た 「聖書に,

全 て の 言語の 正 しい用法,作法が残 され て い る」 と

い う前提 か ら出発す る (Fox ,  Stubs

,  and   Furley

1660: 20).数 と い う言及的範疇 に っ い て ,当時知

られ て い た多様な言語を調 べ, 著者達 は,単数の 人

に話 しか け る時に は必ず thou を使 う事 の 神聖 な正

当性 と, you 形 の 使用 の 逸脱性 を立証 し,  you 形 の

使用 の 責任 は,究極的 に は,道 を誤 っ た既成の プ ロ

テ ス タ ン ト,例え ば長老派,更に は ロー

マ 教皇 に あ

る と責あ立て た.

  こ れ は注目す べ き, しか し予期で きる 「合理的」

解釈で あ る. こ こ に あ る の は,「非 ・言 及的な T /

Y の 指標的用法が , 比喩的に, 言及的な語用 と して

字義通 りに 直解され て い る」 と で も言 うべ き事態で

あ り , 更 に,こ の 解釈過程に お い て ,数 と い う言及

的範疇が,決定的な役割 を果た して い る.単に彼 ら

がある特定の T / Y の使用法自体に反対 して い ると

い う問題で は な い.そ うで は な く, 彼 らが , 数 とい

う範疇に,純粋 に言及的な真実 の み を求め, 見出し

て い る事が問題 な の で あ る.更 に こ こ で 気付か な け

れば い け な い の は,彼 らが,数 と い う範疇を,示差

的な言及 に よ っ て 他の対象物か ら区別 されて指示 さ

れ る典型 的 な 対象と して ,彼 ら が 数 と い う範疇を事

実上理解 して い るとい うこ と で あり (彼 らの 本の副

題を参照),更 に,図 5 に示 した よ うな,二 人称 と

一 99一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4巻第 2号

三 人称に おける数の 有標 ・無標関係の 違い に対 して

全 く無 自覚で あ る事で あ る.有標 の 一人称や 二 人称

に 対 して ,三 人称は 無標の 人称で あ る.ま た,話者

や聴 き手 と言 っ た発 話状況 に 実在す る対象 を指標 ・

言及す る一人称や 二 人称 と違 っ て , 三人称 は , 我 々

が 「合理 (主 義)的」解釈を行 い, 発話状況に 不在

の 「他者」,例えば 「美」,「徳」,「一角獣」 など の

名詞の 外示な ど の 不在物を抽象的に実体化す る時に

用い る人称の 範躊で ある.非 ・言及的な T / Y の 社

会指標的用法が,比喩的に , 言及 的な語用 と して 字

義通 り に 直解 さ れ た 上 で ,表 9 に あ る よ う に , こ の

無標で,合理 的解釈の 言わ ば温床 で あ る r 人称 の 数

の 体系 に 基 づ い て , 有標の人称で あ る 二 人称の T /

Y の 使用区分が理解 され て い る.ブ ラ ウ ン とギ ル マ

ン (1960)が 「権力を示す you」 と呼ん だ もの は,

基本的に,そ して一義的に単数 で あ る thou の 誤 っ

た,そ して 高慢 に も自惚れ た 「複数化」 で あ ると理

解 され た の で あ る,な らば,一体い か な る権利を持 っ

て , そ して.・.一体 い か な る比喩的真理 を持 っ て

,ど の

よ うな一

個 の 他者が,複数形 で言及 され よ うか.二

人称 の 非 ・単数は , 三 人称の 複数 と,言及に 関 して

一義的 に 等価 で あ る と 見 な された の だ.

  こ の よ うに して ク ウ ェーカ ーの 平明な話法が,彼

らを取 り巻 く大 きな イ ン グ ラ ン ド社会 の 規範 に 対 し

て 持 つ 指標的価値 は以下の よ うに な る.図 7 に示 し

たよ う に , 兄弟た ち に と っ て , thou は 二 人称単数

代名詞 と い う言及価値を持 つ と同時に,社会指標的

には , (1)まず,話者と聴き手の 間で均衡に , 双 方

向的 に使われた場合は,話者 と聴 き手の特定の イ デ

オ ロ ギー的,宗教的集団へ の帰属 (っ ま りク ェーカー

と して の 彼 らの 団結)を指標 し,(2)次 に話者 と聴

き手の 問で 非均衡 に,一

方的に使われた 場合に は,

言語 の フ ォーマ リテ ィ (つ まり丁寧さや服従心)を

通 して 地位を示す と い う社会慣習を ク ェーカ ー教徒

と して話者が支持 して い な い 事を指標す る.

T − !l鱗驚 膿llvs .  Y : 発話者や聴き手に と って , こ れ らの 価値 を

     全て 持 た な い.

図 7  ク ウ ェーカ ーの 平明な話法の 指標的な価値と

  言及的価値

 対照的に , 彼 らを取 り巻 くよ り広範な社会 で は,

T の 双方向的使用は , 先に 見た よ うに,親 しい者同

十 の 団結 , 同志意識 , 友愛 , ある い は親密 さを示す

非常 に 目立 つ 有標記 号で あ り,他方,一方向的使用

もまた,地位の 格差を疑 い よ うもな く示すため に,

非常 に有標 で あ っ た. こ う して , 表 10が 図式的 に

示 し て い る よ う に, 語用 の 二 極化が起 こ り, か っ て

の T / Y 体系 は,新た な種類 の 指標的価値を 与え ら

れ る事となる.話者の ア イ デ ン テ ィ テ ィ を示す指標

的価値を.一方向的用法は , 兄弟 たち と彼 ら以外 の

者達 に と っ て ,全 く逆の 価値を持ち, 論争 の 種とな っ

表 9   「権力」に 関する比喩的用法を言及 的語用 と して 直解する :無標の 言及機能か らの 類推的比喩

三 人称の 「数」

(他者に つ い て 言う)

二 人称 の 「数」

(ある他人に つ い て 、

 そ の 他人 に 向か っ て 言 う)

「一つ 」

有標 の 逆 と 、つ ま り

有標の 範疇を含まな

い と一

義的に解釈さ

れた無標

「一人の 聴 き手」

 (thee/thou)

    対    「一っ 以 上」

4 − 一 一 一 一→ ・ 有標

対 「一人以 上 の聴 き手」

  (ye/yOU)

一 100一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェン ダーの 文化

た.旧来の T / Y の体系を使 っ て 兄弟達 に thou で

話 しか けた で あ ろ う人 々,っ まり,兄弟達の よ うに

決定的に地位が 下の 人々 に 向か っ て は thou で 話 し

か けた で あろ う裁判官 や他の 王宮の高官達 は,裁判

な ど の 公 的な 場面で は当然,兄弟達 に 対 し て さえ

you を使 っ ただ ろ う. しか し,兄弟達 は こ れ に 対 し

て, 彼ら自身の 二 人称の 体系を使 っ て , thou で 応

え,現世的な,世界内的な高慢や 臼惚れ に対 する挑

戦を表現 したで あろ う !兄弟達 は双方 向的に T を使

う.だか ら,こ の セ ク トの 団員で あ ると勘違 い され

な い よ うに , 他 の者達は,そ の 使用 を避 けなけれ ば

な らな い ,兄 弟達 は 双方向的な Y の 使用を避け る.

だか ら,他の 者達 は,それ だ けを使わ な ければな ら

ない.結果 と して , 新 しい体系が生 まれ る.話者が

ク ウ ェーカ ーで あ る事を指標す る語 用 と し て , T は

社会的な規範 に よ っ て 完全 に見限り打 ち捨 て られ,

Y の常 な る使用が採択 され る. こ う して ,英語の規

範における構造的,ある い は形式的な変化が成し遂

げら れ た の だ.

表 10 T / Y 体系の 変遷 に 関 す る旧体 系 と革新 的

  体系の 比較

イ デ オ ロ ギーの 烙印の 付 い た体 系ノーマ ン征服後の 旧体系

ク ウ ェーカー 非 ・ク ウェーカ ー

一方的Y 「上」/Tr 下」

双方的 ・団結  T

双方的 ・団結 な しY

 要約 しよ う.他 言語 で あ る フ ラ ン ス 語か らの 借入

に よ っ て ,ある特定 の形式 的 ・指標的区分が英語に

導入 され た結果,そ れ まで 普遍的な , そ して 言語特

殊的な構造的規制に よ っ て 組織 され て い た英語の 形

式的言及範疇の 使用法が屈 曲す る.や が て , こ の 屈

曲を経た語用法は,公 的権威の 道具 と して の フ ォー

マ ル な標準語 とい う新た に沸き起 こ っ た イ デ オ ロ ギー

に よ っ て 強化 され る.こ れ に 対 して , 平等 と個人的

啓示 と云 う別 の イ デ オ ロ ギー

が , こ の 語用法 の 指標

的区分 を問題化する.こ の イ デ オ ロ ギー

は,標準語

な ど よ りも っ と根本的な標準を打ち立て ,指標的慣

習を含む全て の 語用が こ の 標準に 従わね ば な らな い

と断定す る.そ の 標準 と は,言語 の 持っ 表象的価値

の 教条, 言語範疇の 内に一義的な真理が 宿 る と い う

教条で あ る.従来の 語用法の 区分 は,まさ しくこ の

教条と は IE反対の もの で あると非難 されるの で ある.

上に 分析 したよ うに, こ の よ うな言語観 言語 イ デ

オ ロ ギー

は , そ の 特徴 と して ,無標 の 言及範疇 の 構

造 に まず 目 を奪わ れ,そ の よ う な言及 範躊か らの 比

喩的類推 に よ っ て ,指標的語用 を言及的語用 と して

字義通 り に 直解 し,こ の 比喩 に よ り語用法を 「合理

化」す る. こ こ に 見た特定の ケ ース に限 っ て 云えば,

こ の よ う に非常 に 強 くイ デ オ ロ ギーに 介入 され た語

用法 は, こ の 革新的な イ デ オ ロ ギー

の 見解と決定的

に 違 っ た方向に向か っ て , 構造的規範 と して の 言及

範疇の体系 自体を変化させ る性質の もの な の で ある,

(マ ッ ク ス ・ウ ェーバ ー

の あま りに も有名な カ ル ヴ ァ

ン 主義 と資本主義 の 史的相関関係の 社会学的分析を

想起して い ただ きた い.)

指 標的 ・ 言及的イデ オ ロ ギーの 比喩,そ して 改革へ

の 処方箋

 イ デ オ ロ ギー

的な言語 解釈は, こ の よ うに,構造

的形態 と指標的語用 の 交点で 言語 に接 し,こ の 交点

を通 して 言語に 入 り込ん だ.そ して ,当時非常 に熱

を帯 びた状態 に あ っ た ,言語形態 の 指標的意 味の

「比 喩化」 に緊張をもた らした.こ の 緊張の 解消 は ,

構造体系そ の 物 を,一般に 言語使用者が予測 して い

な い よ う な新 し い 体系構成へ と動か すよ う に 思われ

る.

 言語 と ジ ェ ン ダー

にかかわ る現在の 状況 は , こ の

17 世紀 イ ン グ ラ ン ド の 例 と多 くの 相似点 を持 っ て

い る.イ デ オ ロ ギーに 色づ け られ た認識は,話者の

ジ ェ ン ダーと地位の 指標記号 の 間に 文化的な相似を

直観す る.そ し て ,確率統計的 な ジ ェ ン ダー

の 社会

指標性 を,ジ ェ ン ダー

と い う言及範疇の 内 に 誤認 し,

こ の言及範疇に基づ い て 社会的地位 の不均衡を字義

通 りに 直解す る. こ う して ジ ェ ン ダーと社会的地位

の指標記号 の 間の 文化的相似 を,比喩的な同一

関係

に変形する.確か に, 行為と態度 に お け る 日を惹 く

よ うな標準語化 は,男が する と女性性が匂わ され て

い ると認知 され,逆 に,目を惹 くよ うな非 ・ 標準語

一 101一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2 号

の 使用 は,女が す る と男性性が匂わ され て い ると認

知 され る.だ が,こ れ らの指標的価値と取 り組む こ

と の 目的が 何 で あ れ,所謂 「性差別な しの 言語」を

目指す分析と処方箋 は,我々 が 言語使用の 確率統計

的傾向で ある と確認 した指標的事実を改革する手段

と して ,意味 ・言及の 体系 自体の 範疇的改革 に焦点

を当て て 来た の だ.か く して,

イ デ オ ロ ギ ーに 傾倒

し確信を抱 く者達が採る改革 の 二 っ の 基本的な途 は

次の よ う に な る.(1) ジ ェ ン ダーを示すい ろ い ろな

社会的役割 の 用語の 語彙的中性化 (例えば,ω α iter

(男の 給仕) と ω αitress(女 の 給仕 ) は ,  server

(給仕) に 中性化され る), そ し て (2) あ る一

定の

状況で の ,ジ ェ ン ダー

を示す照応的代名詞の 中性化

(例え ば , he (男性代 名詞) と she (女性代名詞)

は ,何某か の 規範的な形態 に 中性化 され る), こ の

二 っ の路線 で あ る.

 第一の 改革は,ジ ェ ン ダーの 意味範疇の存在自体

に は , 実際に は関わ っ て い な い .こ の 改革 は,形式

的な ジ ェ ン ダー

の 接辞 とい う明確な,露骨 に 目に 見

え る形で 現れ た表現を持っ 意味範疇の 内の幾 っ か の

例 に だ け関わ っ て い る (ω αit(e)r一と い う語幹 に 付

け られ た り,付 け られ な か っ た りす る 一ess と い う

接辞を参照).そ し て , こ の よ う な 形式を 持 っ 表現

は ジ ェ ン ダー

示差 的な言及で あ る と解釈さ れ て お り,

男性 と女性の 「明 らか な」平等 さ に 関係が な く,あ

る い は有害で ある とさえ , イ デ オ ロ ギ ーに 見な され

て い る. こ の,

イ デ オ ロ ギー性を帯び た , 単 に語彙

的に過 ぎな い 語用 改革は,語 用論的 に 云 うと言わば

「不発」や 「乱用」 に終わる危険が あ る一

方,範疇

を維持す る働 きを再活性化 さ せ る力 もあ る.革新的

な名詞 は,根本的に は,単に 有標の 女性名詞の後任

と して ,言語 に 取 り入れ られ るか も しれ な い か らで

ある.例えば,か つ て の ch αirmαn に代 わ っ て 現れ

た ch αirpersonは , 「男性」 に 示 差的に 対立 し て

「女性」を指す よ う に使われ る事が あ る.或 い は ,

革新的な名詞は ,

一群の 派生語 の 語幹と して , 旧来

の 名詞に 急に取 っ て 代わ り,結果 と して ジ ェ ン ダー

の 範 疇 を再 生 させ る か も しれ な い . 例 え ば ,

serveress は, ジ ェ ン ダーに 関 して 中立 と意 図 され

た 新語 server か らの , ご く稀に で は あ るが 実際に

観察された こ との あ る造語形で あ る.

  こ れ に対 して , 第二 の, 代名詞 の 改革は , 言語 の

文法体系に お け る ジ ェ ン ダー

の 範疇の 標示を直撃す

る.言わば,あ る特定 の 状況で照応的に使用 され て

い る , 構造的に無標の 男性形 he/him/his(以 後,

H と略す) の 示差的な言及 の 「真理」価値に , イ デ

オ ロ ギ ーが奇襲をか ける の だ. こ の よ うに して , 表

面 に 見え る形で 明確に分節され た言語形 H が, (こ

の 種の 文で は人 はH を使 うか , 使わな い か , どち ら

かな の で )確率統計的な形で は な く,範疇的な形で,

言語使用 に お い て 存在す るか , しな い か と云 う違 い

が ,改革者達 と の イ デ オ ロ ギ ー的連帯が存在す るか ,

しな い か と云 う違 い の 指標に変え られ る.照応的体

系,っ まり言及継続体系 の 既成 の 機能を利用 して ,

言語の 中に もう一

っ 別 の 新たな指標的対立が作 られ

た わけ で あ る.図 8 に示 した よ う に,イ デ オ ロ ギ ー

に傾倒 した改革者達に と っ て, H 形の 使用は,規則

的な照 応体系の 予測可能 な結果 (cf . The student …

He … 「生徒 [総称]は… そ の者 [男性名詞]は…」

)で あ るだ けで はな い .そ れだ けで は な くて ,彼 ら

に と っ て H 形 の 使用は,意味的な 「人」.般 や 外延

的な人類全般 を表す事は あ りえず , 意味的な 「男性」

や外延的な男 を一義的に 指す事が で きるだけで ある.

そ して ,そ の 結果 H 形は,改革派集団 の 平等主義 の

理念 一及 び, こ の 規範理念に よ っ て 規定され て い

る 「真理」 一

との 連帯を欠 く者と して 話者を指標

す る.お まけに , T / V の 区分 の 場合に つ い て 上に

見た よ うに,い か な る言語使用者も, 社会的利害 ・

関心 の あ る話 し手達に よ っ て は イ デ オ ロ ギ ー的に判

断 され て しま うと云 う拘束服 (ス ト レート ・ジ ャ ケ ッ

ト) の 如 き事実か ら,こ れ らの 憐れな使用者達 を救

い 出す事が で きる有標 ・無標 の 不均衡関係は , 語用

    先行 の 名詞句を前方照応 (指標)す る ;

    概念的男性 に,そ して 示差的 に 外延的男に

    言及 す る ;H =    話者 の 性差別に関す る社会的意識が 低 い ,    或い は,話者が 男女平等主義 に 敵意 を抱 い

    て い る等を指標す る,

図 8  イ デ オ ロ ギ ーに傾倒する集団に と っ て,近現

  代英語 He/ Him/ Hisが持 つ 指標的 ・言及的価

  値

一 102一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 :翻訳 言語 とジ ェ ン ダーの 文化

に お い て は存在 して い な い .

  しか し何が, H の代 わ りに , 連帯を指標する形態

として 処方 され る の か.こ こ で ネイ テ ィ ブの 話者達

は 自分達が デ ィ レ ン マ の よ うな物に突 き当た っ て い

る事 に気付 く. こ の 困難か らの 構造的抜け道 は,未

だ範疇的規範と して確立 されて い な い .明 らか に,

英語の 文法範疇にあ る構造的不均衡 の た あ に ,「示

差的な照応言及 に お ける平等と い う真理 ・正 しさ」

が,悩 ましき問題 とな るの だ, こ の問題の根幹 は,

単数男性 の 範疇が , 概念的 「人」 に つ い て 何か を伝

え る普通 の 文で ,限定的な情報が な い事を示す基本

的な手段 の一

っ である とい う事実で ある (表 2 と図

2を見よ.)例 えば,周知の Man  is mortal , but he

… 「人の 命に は限 りが あ る. しか し彼は…」 の he

を , 論理 学者達 は 人類全 体を外示す る もの を して ,

こ れ に全称記号∀を付ける.こ うしたわけ で , 次の

問題が生 じる.ジ ェ ン ダーの 中性化を意図 しなが ら,

単数の, あ る い は よ り厳密に は概念的な 「非 ・複数」

の, 語彙 , 単語,な い し標準的表現 を使 う場合,H

形が イ デ オ ロ ギー

によ っ て付 け加え られた指標性を

持 っ と い う事実に直面せ ね ばな らな い 言語使用者達

は , そ れ で は一

体ど の よ うに,既出 の ト ピ ッ ク に前

方照応的言及をすれ ば い い の か.多様な解決策が提

案 され,描出され て きた.こ れ ら は多岐に 亘 る.例

えば (1)書き言葉 とい う伝達手段で しか 使え な い

新語の 照 応代名 詞 8/ he ; (2)言及的 に 厳密 な ,

ま るで 論理 学者達 が使 うよ うな離接的照応代 名詞

he or  she ; (3)文が照応代名詞を必要 とする度に ,

he と she を順番に交替 して 使 う方法 (こ れ に は我々

の 内の 殆ど , ある い は全員が 持 つ 即時的な 自己 モ ニ

タ ー能力 の 限界を超 えるもの が必要とされるだ ろう)

; (4)概念的 「人」 の ト ピ ッ ク に関す る ジ ェ ン ダー

の 有標 。無標関係を全面的に 逆転させ , she を ジ ェ

ン ダー中立的,且 っ 概念的 「女性」 の範躊 と して 使

う方法 ; (5) thay が俗語で 不限定 を示 す時 に 使 わ

れ て い る とい う事実を利用 しなが ら,概念的 《人》

の ト ピ ッ ク に関す る数 の 有標 ・無標関係を全面的 に

逆転 させ , 複数形の 名詞を た だ限定 の 欠如を示すた

め に使 う方法, 等.

 所謂 「男女平等的用法」 と矛盾 しな い 構造的規範

の 可能性が こ れ ほ どあ る事 は,特に次の よ うな理 由

で 興味深い.具体的に は,イ デ オ ロ ギー

の 影響を受

けた使用法が言語体系 に介入 し, 言及範疇に 基づ い

て 指標範疇を隠喩的に 直解 し, 言語構造 の 「軽病」

を診断あ る い は発見する と云 う, こ の一連の過程 自

体が , 実は, 疑 い よ うも無 く語用的疾病 を創出する

過程一

あ る い は既に ある語用的疾病を接種 し, そ

れ に 伝染する過程一

で ある の だ.こ の よ うな発見 ・

創出は , 全 くも っ て政治的過 程 で あり,そ こ で は,

言語 使用者 の 意識 に 映 っ た言語が ,範疇的 と化 した

社会指標に 関わ る実践的闘争の媒介とな る.明 らか

に ,こ の過程 は意味 ・ 言及的体系 の 構造的規範の 性

質 に影響を与え る で あ ろ うが , 問題は,ど の よ う に

影響 を与え るか で あ り,これ は複雑であ る.おそ ら

く構造的規範に と っ て 「最善の 」男女平等的指標の

用法 一っ ま り, もう既 に俗語 に おけ る前方照応語

用法 に入 っ て お り, また言語体系 の 普遍 的な 規制を

最 も犯 して い な い よ う に思われる,上 で 五 番目に 挙

げ た方法 一を考察する事 に よ っ て , こ の 複雑性の

幾 っ か に 光を当て る こ とが で きる だ ろ う.

 チ ヌーク語な ど の 多 くの 言語 に は,一般的に 他動

詞 ある い は行為動詞 の 主語 の 位置に 現れ る談話の ト

ピ ッ ク が,「人間」,あ る い は少な くとも 「意思 を持

っ 物」 で あ る場合 ,こ れ らの ト ピ ッ クを不限定な物,

つ ま り そ れ以上 の 情報は 特定 さ れ て い な い 物 と して

談話 に導入 す る為 に 使 う事が で きる,範疇的 に は三

人称複数の 代名詞形があ る.例えば , 英語で は,偏

執狂的な They are  out  to get me 「誰か が 私を 狙 っ

て い る」な どが そ の 例で ある.俗英語で は,既 に か

な り前か ら,似 たよ うな範疇の 形の 使用が,主語の

位置か ら,言及継続 (照応) に 関わ る非 。主語の 位

置 に広が っ て い る.特 に,複数名詞に か か る所有格

修飾語に , 不限定な 先行詞に照応す る 三人称複数代

名詞が 使 わ れて い る .示 差 的 な 言及 の 複 数性 が

everPt (全て ) と い う修飾語 に よ っ て 示唆 され て い

る不限定 の 主語, っ ま り everyone ,  everybody ,

every + [名詞], 等を先行詞 とす る照応代名詞か

ら始ま っ て ,そ こ か ら類推的延長に よ っ て ,他の 不

限定の主語を先行詞とす る場合に も広が っ て行 っ た.

例えば,Everyone put  on  their SCαrves 「誰 もが 自

一 103一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号

分 の ス カ ーフ を巻 い た 」 な どが あ り,或 い は こ こ で

scαrves の 代 り に scαrf と言 っ て も,俗 語 の 用法 で

は完全 に 問題が な い し,多 くの英語の 話者に と っ て,

おそ らく標準的で あ りさえする だ ろ う.every 一を含

む不限定名詞か ら, こ の 使用法 は ,  《複数》概念 よ

り寧 ろ概念的 《人》或 い は 《動物》 へ の 言及 の 不限

定性を強調す る any 一とか some 一な どを 含む 不限定

名詞 に広が っ た.明 らか に , こ の 時点 で ,齢 の と

their 一 そ して ,あ る人 々 に お い て は them 一が ,

一般 的な情報 しか 示 さ な い 不限定形 と して

,二 人称

の you と your に 並ぶ よ うに な っ た. こ の こ と は ,

例えば次の よ うな コ ン ピ ュー

タ使用 マ ニュ ア ル の文

章 の ,三 人称代名詞か ら二 人称代名詞へ の 移行に 見

受け られ る,(こ こ で は,範疇的 な レ ヴ ェ ル で 人称

を変換 す る事に よ っ て , 報告か ら命令 へ の 転換が な

さ れ て い る.)「こ の フ ィーチ ャ

ーを取り除い た時,

デ ータ の 断続 は 止ん だ.残念な が ら, こ の 事が意味

して い る の は,ど の 人 も [everyone ]確実 に 次の 事

を しな けれ ばな らな い と い う事 で あ る.っ まり,彼

らの [their] デ ータ ・ボ タ ン を押 すか ,あ る い は

あ な た の lyour]末端 を オ フ に して ,そ うす る事

に よ っ て あ な た の [rvou「] コ ネ ク シ ョ ン を ち ゃ ん

と遮断 しな ければ な らな い 」 (『テ レ ・デー

タ』 (シ

カ ゴ 大学), 2巻 : 5 号 , 1982 年 12 月). こ の 節 の

主語 everyone の 不限定性 一 つ ま り, マ ニ= ア ル

の 著者 , 受 け手,そ して他の こ の地域的な コ ン ピ ュー

タ使用者共同体に属す る人々 全て を含むよ うに 明 ら

か に 意図 され て い た と思 われ る every 、one に よ る 言

及 の 不限定性 一 を考慮す れ ば, そ して , 所有格 の

修飾語 は,暗黙 に 了解済み の 所有者や場所を明示す

る以上 の役 目は殆ど果 たさな い とい う事を考慮すれ

ば 明 らか な よ うに,著者は以 下の よ うに も言い え た

はずで あ る : 「...どの 人 も [every  one ]次 の 事を

確認 しなけれ ばな らな い とい う事で あ る,匚the]デ ー

タ ・ボ タ ン を押すか,あ る い は [the] 末端 をオ フ

に して , そ うす る事に よ っ て [the] コ ネク シ ョ ン

が ち ゃ ん とサーヴ され て い る か確認せ ね ばな らない .」

 っ まり,三 人称複数 の 照応代名詞は , 範疇的な内

容が は っ きり特定 され て い な い 場合, ある い は時に

は,た だ の限定冠詞が示す範疇的内容以 ヒの 何物 も

全 く特定 され て い な い 場合 に ,言及継続 (照応関係)

を示 す形 と して 談話で 使われ る と い うふ うに ,文法

化 され て い る事 は 明白で ある.そ して ,まさに こ の

よ うな場合に お ける,性差別的な照応代名詞 H の 使

用が,イ デ オ ロ ギ ー的に 傾倒 した 者達 に と っ て ,最

も不快な 出来事で あ る こ と も明 ら か で あ る.だ か ら,

照応代名詞 の 先行名詞で 「男性」 や 「女性」 の概念

が既 に 明 らか に示 され て い る場合な どで はな く,こ

れ らの 場合が , 改革 の 焦点とな っ て きた.例えば ,

H に 対す る修正案 と して ,The  worrt αn put on  their

coat とか ,更 に は,  A ω orn αn put on  their coat

など と い っ た物を提案す る者は あま りい な い よ う に

思 え る.男性名詞が僭越 に も, 他 の 場所で は概念的

に 「人」 で あ る 談 話の ト ピ ッ ク を指す為 に 使 われ て

い る と い う信条が,改革者 の 攻撃 の 前提で あ る こ と

を思 い 出 して 頂 きた い.単なる,先行詞 と代名詞の

問で の ジ ェ ン ダー

の 照応的一

致 と い う範躊的必要性

自体が , 問題 と な っ て い る よ うに は 思 われな い .

(H を使 うとい う不躾な指標行為 に 対 す る,極端 で

実施で きるわ けが な い 解決策の一

っ は,明 らか に ,

明示 的な照応的言及 継続を無 くして しま う事で は あ

る の だ が ,)寧 ろ,図 2 を想起 して 構造的 に 考 えれ

ば,問題 は実 は,不限定 の 動作主 they と 不特 定

の ,属的意味を持 っ 照応 代名詞 their (them ) の 構

造的機構を , 「単数動物」 と云 う新たな,異な っ た,

明示的な 範疇を表現す る為 に使 う事に収斂する と分

か る で あろ う.男女平等主 義の 言語イ デ オ ロ ギーが ,

言及 の 「限定 ・不限定」, 「特定 ・不特定」,「特定お

よ び配分的 ・属的」等の 多様な量 的範躊を全 く区別

して お ら ず,イ デ オ ロ ギ ーが 照応的言及 継続の 仕方

を規範的に処方 して い る 「単数動物」 と い う範疇を

表現す る為 に , 特定 の 量 的範疇を持つ r 人称複数代

名詞 の 機構を使 う事に 問題の 所在が ある の だ.有標

の 複数 と有標 の 女性 と い う, 有標 ・無標 の 不均衡を

持っ 伝統的な英語 の 体系は,無標の H (単数男性)

で こ の 「単数動物」 と い う範畴を表 して 来た.「ジ ェ

ン ダー

」 に つ い て 限定 しな い 言及継続 (照応) の た

め に they /their/ them を照応代名詞 と して使 うと

い う提案 は,実際問題 と して , こ の 伝統的な用法を

転覆 して しまおうとする, they/their/them と い

一 104一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化

う明示的な 言語形態 は , 文法範疇の 観点か ら見れば,

幾 っ か の非常に 異な っ た使用の 領域を持っ 事に な り,

更に は,当然予想 され る形式的区分の部分的中和化

(neutralization ニュー

トラ ラ イ ゼ ー シ ョ ン ) の 結

果,言及継続 の 体系に お い て 前代未聞の,滅茶苦茶

な明示的区分 の 構造が現れ る よ うに な る だ ろ う.っ

まり,指標的形態 TH (thay/their/ them ) は ,

それ が 有標 ・無標体系内で い っ もな が ら占め る位置

を保つ に も関わ らず , 時 に は複数を特定的に言及 し,

時に は単数動物を特定的 に 言及 し,時に は不限定を

(ある い は動作主 も)特定的に 言及 す るよ う に な る

で あろ う.こ の よ うな 「局部的な」形態素に よる解

決策 は , 複雑な言及継続 の統辞的経緯を持っ 談話 に

お い て 「全面的な」混乱を直裁に招 くだ ろ う.

 他の い ろ い ろ な改革案も吟味 して ,そ れ らが , 関

連 する英語 の形態が持 っ 数多 くの 意味的 ・語用的機

能に 対 して ,い か な る結果を もた らす か調 べ る こ と

もで き る.所謂 「非 ・ 男女差別的」談話 の 形態を考

案 しよ うと い う こ れ らの 試み は,普通 ,最大限に 不

快な H を消 し去ろ うとする. しか し,そ ん な事を し

よ うと して み て も, あ る特定 の 進行中で ある 談話 の

文脈に お い て , 限定性を不限定性か ら区別 し, 単数

を複数か ら区別 し, 最初 の 集団を次 の 集団か ら,次

の 集団をそ の 次の 集団か ら, そ して , それをま た …

N 番 目の集団か ら区別 し (全て範疇的に は 三 人称で

ある こ とに 注意)等々 の 必要 な区別を付け る為に は ,

多数の 修正をせね ばな らず , それ らの 修正 が多様 な

構造的困難を引 き起 こ す こ と に 気付 くだ けで あ る.

指標的な違反で あると宣言 して H の 使用を禁 じる方

が , それ が 巻 き起 こ す混 乱 に 対 して 構造的に安定 し

た 解決策を処方する よ り も容易 い .なぜ な ら,一度

H 形が 無標の 一般的範疇で はあ りえ な くな っ たな ら,

多数 の 統語 的体系 が問題 化す る か ら だ . H / TH

(或い は,H / ? ?) の ケ ース は,言及 ・ 叙 述 の 体

系と して の 言語の 構造的な中心に か な り近 く,機能

的に も偏在 して い るた あ, T /Y の ケ ース ほど代替

案が単純で は な い .そ して ,い か な る種類 の 安定が

得 られよ うとも, それ は英語の構造的規範に,T /

V の ケ ース よ り, も っ と深遠な結果を もた らす だ ろ

う.

  しか し,こ れ ら二 っ の ケ ース に は共通 点が あ る.

イデ オ ロ ギ ーは,ある特定の ,構造的に 決定され た

指標的語用法に焦点を当て , こ の 語用法が ,そ の イ

デ オ ロ ギーの伝達媒介と して は欠陥が あ る と見な し

た.一ヒで ,こ の語用法 と何か他の構造的に決定され た

語用法 との 間に , 緊張 した指標的対立を作 り出す.

他に こ こ で扱 う事 もで きた例す べ て と同 じく,こ れ

らの 二 っ の ケ ース は ,ソ シ ュ

ール (1960 [1916] ;

30f.)が パ ロ ール と呼び,私た ちが パ ーフ ォ

ーマ ン

ス (チ ョ ム ス キー  1965:4) と呼ん で い る も の は ,

実 は , ミク ロ 次元 の 実時間で展開 して い る複雑で 双

方向的な関係で あ る事を 示し て い る.

 程度 は い ろ い ろ異な る が,言語構造 の 語用 に おけ

る現実化で ある言語形態 は,た とえ い かな る物で も,

使用者 に と っ て , か れ らが意識的 に は っ き りと認 識

して い よ うが い ま い が ,多重 の 指標的価値を持 っ

(Silverstein 1982 参照).こ れ らの 指標的価値の

殆どが意識 されて い な い . しか し,示差 的 ・一義的

な言及 の使用の 価値を通 して 歪曲 して 認識 さ れ た構

造 の 類推物 あ る い は比喩 と い う形 を と っ て ,指標的

価値は普通,使用者の 意識 に 一llる.そ して , 言語が

ど の よ うに な っ て い る の か , そ して ど の よ う に ある

べ きか と い う事に につ い て の 社会的利害を 持つ イ デ

オ ロ ギ ーを 刺激する.そ うな らば,ある意味 に お い

て ,理 論的な抽象で あ るに もか かわ らず,構造 は,

予測 で きる よ うな使用価値を 「決定」す る と言え る

だ ろう.なぜ な ら, 構造に よ っ て 既 に決定 さ れ て い

る使用価値一

つ ま り,示差的で一

義的な 言及の 構

造 一 を論理 的 ・時間的な前提 と して 用 い, こ の n・j

提を基盤 に して 言語使用を類推的 ・比喩 的に 理解 し,

そ の よ う に して 言語使用を , 構造的 に 決定 さ れ て い

る使用価値に帰 して しま う傾向を,使用者の 言語解

釈が持 っ か らで あ る.っ まり構造的に先 に決定され

て い る使用価値が言語使用に投影 され る傾向が,使

用者の 言語解釈 に 見 られ る か らで あ る.指標表現 の

「真理」 は , そ の よ うな 比喩の一

例で あ る.

  しか し逆 に , 使用 され て い る い かなる言語形態 も,

また同時に行為で ある.即 ち , 言語形態の使用者 に

と っ て , そ の 形態が将来に 指標 と な る よ うな,結果

や効果を 生み 出す行為で ある.言語使用 に お い て ,

一 105一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The  Japanese  Assooiation  of  Sooiolinguistio  Soienoes

社会言語科学 第 4 巻第 2号

い か に そ の よ うな結果や効果が達成され て い る か,

そ して される べ きか に っ い て の 「メ タ」言語意識は,

完全 な物で はな く, あ る制限を持 つ .つ ま り, そ の

よ うな言語意識を ど の 程度 まで 使用者 自身が言語的

に表現 しうるかに よ っ て ,そ の言語意識 は制限され

て い る.具体的に は,ど の 程度まで ,言語意識が指

標的結果や効果を正確に把握で きる の か , そ して,

ど の 程度ま で,そ の よ う な 意識 の 言語的表現 は,使

用 され て い る言語形態か ら分離する こ とが で きな い

の か.こ れ らの程度 に よ っ て ,意味 ・言及機能 を持

っ 言語構造 の体系が,意識的な使用の事実か ら抽出

され うる仕方が 決定 され うるの で あ る.そ れ な らば,

構造的範疇の 将来の 形 は, しば しば イ デ オ ロ ギ ーに

よ っ て色づ けされ て い る言語意識 と,結果を生み 出

す使用価値 ,こ の 両者の 間の相互作用 に よ っ て 「決

定」 さ れ て い る と言え るだ ろ う.構造的範疇が , 言

語 使用と い う社会的行為に おけ る言語意識を通 して

生み 出され た効果や結果が持っ一

貫性 に よ っ て 動か

され,凝 結 させ られ て い る限 りは.

 そ して , 共時態 と呼ばれ る ミ ク ロ 次元 の 実時間 一

つ ま り歴史 の 短期的な 「ひ と こ ま」一 に お い て も,

あ る い は , 私た ちが こ こ で 強調 して きた よ うに ,通

時態 と呼ばれ るマ ク ロ 次元の 実時間 一つ ま り長期

的な歴史的連続体 一に お い て も, こ の よ うな双方

向的な弁証法が,言語 の 事実を , 分離不可能な言語

全体 の 事実を,そ して そ の 全体 の 中で 最 も微細な,

最小限 の事実を さえ も構成 して い るの で あ る.

謝 辞

  こ の 論考は,[1985年 の 出版に先立 っ 脱稿時か ら

見て ]過 去数年間に 亘 っ て ,以 下の 四っ の 表題で発

表 され た関連 した草稿 を改稿 し,あ る点に お い て は

加筆 した も の で ある.(1)「誰 が 言語を 編制す るだ

ろ うか ? 言語伝達に お け る直観 権威, そ して 政

治』,ヴ ァ サ ー大学 ,

マ ス ユー ・ ヴ ァ サ ー 。 レ クチ ャ

, 1981年 10 月 22 日 ; シ カ ゴ大学,人類学部 セ ミ

ナー

, 1982年 5 月 10 日 ;南カ リ フ ォ ル ニ ア 大学,

言語学部 セ ミ ナ ー, 1982年 10月 11 日 ; (2) 『言

語 と ジ ェ ン ダーの不均衡 : 構造, 語用,イ デ オ ロ ギー

(の 交差す る領域)』, シ カ ゴ 大学 , 女性研究へ の ア

プ ロー

チ に つ い て の ,一般教養の 為 の フ ォーラ ム で

の セ ミ ナ ー,1983年 1 月 11日 ; (3)『言語 と ジ ェ

ン ダーの 文化 : 構造,語用,イ デ オ ロ ギーが交差す

る領域』,ジ ョ

ージ ア 大学 , 人類学部 と言語学科,

コ ロ キ ア ム ,1983年 2 月 24 日 ;マ ッ ク ス ・プ ラ ン

ク心理 言語学研究所, セ ミ ナー,1983年 10月 25

日 ; (4)『言語と ジ ェ ン ダー』, シ カ ゴ

,ニ ア ・ノ ー

ス ・ユ ニ タ リア ン ・フ ユ ロ ーシ ッ プ , 1983年 5 月

15 日. こ れ ら の 場 に お られ た聴衆 の 方 々 に 加 え て ,

こ の 稿を書 く過程 で 多岐 に 亘 り価値あ る援助を して

下さ っ た以下の人々 に謝意を表した い : チ ャー

ル ズ ・

ブ リ ッ グ ズ,

ジ ュ デ ィ ス ・シ ャ ピ ロ, デ イヴ ィ ッ ド ・

ゼ イ ガ ー,

エ リ ッ ク ・ ハ ン プ, マ ーシ ャ ル 。サ ー

ン ズ, エ リナー ・オ ッ ク ス ,サ リコ コ 。マ フ ウ ェ ニ ,

マ ヤ ・ピ ッ ク マ ン,スー

ザ ン ・ガ ル ,ジ ョ ン 。ア ル

ジ オ , そ して こ の 巻 匚1985] の 忍耐強い 編者, エ U

ザ ベ ス ・ マ ーツ と リチ ャ

ード ・パ ーメ ン テ ィ ア に.

翻訳 者謝辞

 本稿の 審査 に あた り貴重か っ 有益な コ メ ン トを頂

戴 した査読委員に感謝申し上 げます.また , 本稿を

作成す る に辺 り翻訳を心 よ く許可 して い ただ い たば

か りか,翻訳の権利を得る に辺 り費用を全額個人 の

研 究費よ り支払 っ て い た だ い た シ カ ゴ大学 の マ イ ケ

ル ・シ ル バ ース テ ィ ン 教授 に 心よ り感謝申 し上 げ ま

す.な お,本稿は翻訳 に辺 り,Harcourt Publisher

よ りAl43219 とい う番号で 正式 に許可 を得 て お り

ます.

小山  亘 wkoyamaw @ ba.mbn .or .jp徳池 慎二  tokuchi@po .miyasankei −u .ac .jp

参考文献

Barber, C ・1876. E α rly ハfodem  En81ish. London :

    Andre Deutsch,Benveniste ,  E.1966,  Les  Verbes  Delocutifs. In

   Probl2mes   de  Lin8uistique  Gene 厂ate ,  PP ,

   277.285.Paris;Gallimard,

一 106一

N 工工一Eleotronio  Library  

The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences

NII-Electronic Library Service

The JapaneseAssociation of Sociolinguistic Sciences

,INLLJ twbe : eest:-ge.L Y . 7 S" - OJSZItic

Brown, R. and A. Gilrnan. 1960. The Pronouns of

Power and Solidarity. In Storle in Language,

ed., T, A. Sebeok, pp.253-276. Cambridge,

Mass,: MIT Press.

Carter, A. 1980. The Language of Sisterhood. In 7he

State ofthe Language, eds, L, Michaels and C,

Ricks, pp,226-234, Berkeley: University of

Califernia Press.Chomsky, N. 1965. Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, Mass,: MIT Press.

Cooke, J. R. 1970. 71he Pronominal Systerns of 77tai, Burmese, and Vietnamese. (University of

California Publications in Linguistics,

No.52), Berkeyley: University of California

Press.

Dixon, R. M. W. 1972. 71he Dyirbal Language of IVorthern Queensland, (Cambridge Studies in

Linguistics, No,9). Cambridge: Cambridge

University Press.Fox. G. 1919 [1694]. George Fox, an Autobiography

,ed. R. M. Jones. Philadelphia: Ferris and

Leach.

Fox, G., J, Stubs, and B, Furley, 1660, A Battte-

door for Teachers and Projlessors to Learn

Singutar and Ptural; You to Many, and Thou

to One: Singular One, Thou; Plural Many,

You. London: Robert Wilson (Facsimile

reprint: [1968] English Linguistics 1500-18eO,

No,115, Menston: Scolar Press.)

Haas, M, R. 1941, Tunica. Extract from Uandbooh

ofAmerican indian Languages, Vol.4. New

York: Augustin.

. 1944. Men's and Women's Speech in Koasati.

Language 20: 142-149.Haller, W. 1938. 71he Rise of Puritanisrn, New York:

Columbia University Press.

Hofstadter, D. R. 1982. Metamagical Themas,

&ientific American 247 (5): 18, 22, 26, 30, 36.

Irvine, J. T, 1975, Wolof Speech Styles and Social

Status, VVorhing Papers in Sociolinguistics,

No.23. Austin: Southwest Educational

DevelopmentLaboratory.

. 1978. Wolof Noun Classification: The Social

Setting of Divergent Change, Language in

Society 7: 37-64.

Jones, R. F, 1953. The Triumph of the Engtish

Language. Stanford: Stanford University

Press.

Labov, W. 1972. Sociolinguistic Patterns (Conduct

and Communication Series, No.4). Philadel-

phia: University of Pennsylvania Press.

Michael, I. 1970. English Grammatical Categories

and the Tradition to 1800. Cambridge:

Cambridge University Pres$.

Ochs [Keenan], E. 1974. Norm-makers, Norm-

breakers: Uses of Speech by Men and Women

in a Malagasy Community. In Explorations

in the Ethnogrophy of Sipeahing, eds. R.

Bauman and J. Sherzer, pp,125-143, Cam-

bridge: Cambridge University Press.

Sapir, E. 1949 [1929]. Male and Female Forms of

Speech in Yana. In Sblected Whitings Qf Edivard Sdpir in Language, Culture, and

Personality, ed. D. G. Mandelbaum, pp.206-

212, Berkeley: University of California Press.Saussure, F. de. 1960 [1916]. Cours de Linguistique

Generale (5th ed,) eds, C, Bally and A.

Sechehaye. Paris: Payot.

Shils, E, 1982, Deference. In The Constitution of Societcr, pp.143-175. Chicago: University of

Chicago Press.

Silverstein, M. 1981, The Limits of Awareness,

Working Papers in Sociolinguistics, No.84.

Austin: Southwest Educational Development

Laboratory.

Smith, P. M. 1979. Sex Markers in Speech. In Social

Marhers in SPeech. (European Studies in

Social Psychology), eds. K, R, Scherer and H.

Giles, pp.109-146. Cambridge: Cambridge

University Press.

Trudgill, P. 19T4, Sociolinguistics: an introduction.

Harmondworth: Penguin,

Wolfram, W. 1969, A Sociotinguistic Description of Detroit Negro Sipeech, Washington, D. C.:

Center for Applied Linguistics.

Wyld, H. C. 1920. A History of Modern Colloquial

English. London: T, Fisher Unwin,

(20el al 10 fi 25 Hat[t) (20e2ff 2A 23 eueiEtustN)

(2002 lli 3 ,Ei

11 Hremeecre)

-107-

NII-Electronic

top related