language the gender the intersection ideology
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The Japanese Association of Sociolinguistic Sciences
NII-Electronic Library Service
The Japanese Assooiation of Sooiolinguistio Soienoes
社会言語科学 第 4 巻第 2号2002年 3 月 70−107ペ ージ
The Japanese Journal of Language in Society, Vol.4No ,2March 2002, pp .70.107
翻 訳
言語と ジ ェ ン ダー の 文化 : 構造 ・ 語用 ・ イデオロ ギー が交差する領域
マ イ ケ ル ・シ ル ヴ ァース テ ィ ン
小山 亘 ・徳地慎 二 共訳
Language and the culture of gender:
At the intersection of structure, usage
, and ideology
Michael SilversteinWataru Koyama , Shinji Tokuchi
翻訳 者による紹介よる序
以下に 訳出 した論考は ,シ カ ゴ 大学 言語学部 ・人
類学部 ・心理学部 ・社会思想 プ ロ グラ ム 教授 マ イケ
ル ・シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン (Michael Silverstein) に
よ る“Language and the eulture ef gender: At the
intersection of structure, usage
, and ideology”の
全訳,及 び,当論文の 初出とな っ た論文集 『記号論
的媒介作用 ・記号 メ デ ィ ア化 : 構造的及び心 理 的視
点』 Semiotic Mediαtion’ Structurα 1 and PsyChO−
logical Perspectives (1985; Orlando, FL : Aca −
demic Press)の 編者 で あ る言語法学者 エ リザ ベ ス・
マ ーツ (Elizabeth Mertz ) と, 言語人類学者,社
会記号学者 , そ して パ ース 研究家で もあ る リチ ャー
ド 。パ ーメ ン テ ィ ア (Richard J. Parmentier) に
よ る 当論文の 冒頭に付 され た 紹介文 (pp .219−220 ;
論文の 本体 は pp .220−259)の 全訳で ある.また ,当
論文 は, ア メ リカ 言語人類学者 ブ ラ ウ ン ト (Ben
Blount)が編 した , ボ ア ズ 以 降現在 ま で の 北米言
語人類学の 変遷を辿 っ た リーダーで あ る 『言語,文
化 , 社会』 (Lαnguage , Culture,αnd Society; A
Booh of Reαdin8s.2nd ed .1995 [1974]. Prospect
Heights, IL: Waveland Press) の 513−550 頁 に も
も再掲 されて い る.同論文集には ,シ ル ヴ ァ
ース テ ィ
ン に よ る北米言語人類学 の 古典的論考 「転換子,言
語範 疇,文化叙述」“Shifters
, linguistic catego −
ries, and cultural descriptions” (1976) も,
187−221頁に 合わせ て再掲 され て お り, ブ ラ ウ ン ト
に よ る簡単な紹介文が 106−107頁に あ る の で 参照 さ
れた い .そ の 他,比較的入手 の 容易な シ ル ヴ ァー
ス
テ ィ ン の 最近 の 著作と して 以下 の 論文を挙げて お く.
1996.“Monoglot ‘Standard ’
in America :
Standardization and metaphors of linguis−
tic hegemony .”In: Donald Brenneis and
Ronald Macaulay , eds ., The Matrix of
L αnguage ’ Contemporαry Arne厂icαn
Linguistic Anthroρologys , 284−306.
Boulder, CO : Westview.“ The secret life of
texts.”In: Michael Silverstein and Greg
Urban, eds .
,N αturαl Histortes of Discourse
.81−105.Chicago, IL : University of Chicago
Press.
1998.“The uses and utility of ideology: A
commentary .” In: Bambi Schieffelin,
Kathryne Woolard , and Paul Kroskrity,
eds ., L α nguage Ideologies: 1)「actice and
Theory,123−145. Oxford : Oxford UP .
“The improvisational performance of
culture in realtime discursive practice.”
In: Keith Sawyer, ed ,, Creαtivity in
Perform αnce , 265−312. Greenwich, CT :
Ablex.
2000.“Whorfianism and the linguistic imagina−
tion of nationality .”In: Paul Kroskrity,
ed . Reginzes of Langu αge,85−138. Santa Fe,
NM : School of American Research.
こ れ らの 論文集 に は ,シ ル ヴ ァ
ース テ ィ ン と共に
一 70一
N 工工一Eleotronio Library
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小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文 化
デ ル ・ ハ イ ム ズ以降の ア メ リ カ及 び他の 英語圏に お
ける言 語人類学 の 中心 力を構成 して い る Richard
Bauman , Charles Briggs, James Collins, Joseph
Errington, Susan Gal, William Hanks
, John
Haviland, William Hanks , Michael Herzfeld
, Jane
Hill, Judith Irvine, Paul Kroskrity
, Don Kuklick
,
Elizabeth Mertz, Susan Phillips, Bambi
Shieffelin, Greg Urban, Kathryn Woolard 等の 論
文 も掲載 されて い る の で 合わ せ て 参照 された い . こ
れ らの 論文 に十全 に示 さ れ て い る よ う に, H 本で は
ベ ネデ ィ ク ト ・ ア ン ダーソ ン の 「想像 の 共同体」論
以外殆ど知 られ て い な い現代 ア メ リカ言語人類学 の
潮流 は,1970年代以降の リ クール ・ギ ア ツ 解釈学 ,
ポ ス ト構造主義 (特 に バ ル ト, フーコ ー
,パ フ チ ン
バ ク テ ィ ン,デ リダ等),或 い は多少重複す るが ,
文学理論や 科学理論 に おけ る新歴史主義や批判的相
対主義,社会理論に お ける フ ェ ミニ ズ ム や フ ラ ン ク
フ ル ト学派 (特に 再発見 された ア ド ル ノ と ベ ン ヤ ミ
ン ),ブル ド ユーや ギ デ ン ズ等 の ヨ ーロ
ッパ 社会学,
更に は カ ル チ ュ ラ ル ・ス タデ ィーズ (特に こ の流派
の 先駆的存在で あ る レ イ モ ン ド ・ウ ィ リ ア ム ズ) や
メ デ ィ ア ・ス タデ ィーズ な ど,北米言語人類学に と っ
て は概ね異邦異郷に お け る異分野の 展開に向か っ て,
英語文化圏 の 持つ ナ シ ョ ナ ル な境界や,言語学の 持
つ 専門分野的限界に 閉塞 す る こ とな く,活発な 交換
を行 っ て来 た.そ の一
方で ,ア メ リカ言語人類学 は
20世紀中葉以来 の 新ブ ル ー ム フ ィール ド派 や チ ョ
ム ス キ ー主義者な ど の 形式主義言語学の 興隆に もか
かわ らず,19世紀末以 来の 古典的言語学者 ボ ア ズ,
サ ピ ア , ウ ォー
フ へ と繋が らざ る を えな い 自らの 系
譜を批判的に 自覚 し史的研究対象 と して 来た.加え
て ,デ ル ・ハ イ ム ズ以来の 課題 で あ る (1) サ ピ ア
の 歴史主義的 ・現象学的言語学 , (2) ローマ ン ・ヤ
コ ブ ソ ン の 転換子論や詩的機能に よ る談話構成論
(3) バ ル ト記号論へ と繋が る フ ラ ン ス 言語学者バ ン
ヴ ェ ニ ス トの 萌芽的な パ ロール ・デ ィ ス ク
ール 研究,
そ して (4) カ ン トの 「真善美」 全領域 を カ ヴ ァー
しよ うとす る パ ース 記号論 ・ 実践的認識論 ,
こ れ ら
四者 の 接合 とい う , 言わ ば 19−20世紀言語 ・人文 ・
社会 ・自然科学全体を包括する壮大な 「未完の プ ロ
ジ ェ ク ト」 を貫徹 しよ うと い う意志を も,ア メ リカ
言語人類学は保持 し続けて来た よ う に思われ る.特
に シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン に 関 して 云 え ば, 彼 が
1962−69年に 学生生徒と して 所属 し,66−69年 に か
けて フ ェ ロ ーと して 教鞭を 取 り ,72 年 に 言語学 で
博士号を取得した マ サ チ ューセ ッ ツ 州の ケ ン ブ リ ッ
ジ市に位置する ハ ーヴ ァー ド大学に お い て , 当時同
大学で 教職 にあ っ たヤ コ ブ ソ ン や ク リプ キ の 理論を
始め, 更に は ケ ン ブ リ ッ ジ界隈で,知識社会学で 云
うと こ ろ の 「見え な い 大学」(invisible college ) に
比較的近似 した組織を形成 して い た ク ワ イ ン と バ ト
ナ ム 等の 弟子達 などに よ る 言及 ・指示的語用 に関す
る言語哲学 ・ 論理学の 諸理論,ある い は チ ョ ム ス キー
と そ の 弟子達な ど の 形式的言語構造に 関す る形式的
理論,更 に は当時再発 見され て い た J.L.オース テ ィ
ン や,特 に生成文法派 や自然論理 学者 , ひ い て は機
能主義言語学者 に対 して影響力を高め て い た グ ラ イ
ス や サ ール な ど の 所謂 「日常 言語学派」 の 理 論を,
根本的に は,当時未だ イ ン デ ィ ア ナ 大学や シ カ ゴ 大
学 ス ラ ヴ言語 ・文化学部を中心に 勢力を保 っ て い た
ヤ コ ブ ソ ン の 記号論的言語理論の 枠組み で対峙 し,
総括し, 批判的に 自 らの 理 論に 吸収 して 行 っ た と言
え る,
ま た,(1)ヤ コ ブ ソ ン 記号論 。言語論に親和的で,
60 年代以降 ア メ リ カ言語学 に お け る 反 ・形式主
義勢力 の 中心 的存在の一人とな っ て い た 「言語 (伝
達行為) の 民俗誌」 グループ の 旗手 ハ イ ム ズが,現
在 の 合衆国西北部で 用い られ て い た ア メ リカ諸言語、
特 に チ ヌー
ク語を専門 とする言語人類学者で あ っ た
こ と,(2) 19世紀 ド イ ッ 民族心 理学 の 理 論,統計
法 を含 む実証主義,歴史 ・文化的相対主義,個別主
義 (particularism ), 現象学的視座 , そ して 比較言
語学的技術な どを備えた西洋言語学者に よ る こ れ ら
合衆国北西部 ア メ リカ 言語 の 研究 は 19 世紀末 か ら
20世紀初頭にか けて ボ ア ズや サ ピ ア に よ っ て 先鞭
をっ け られ た もの で ある こ と,(3)シ ル ヴ ァー
ス テ ィ
ン 自身が,社会学で 云 う処の 「職業化」 の 過程で ,
バ ン ク ーバ ーに近 い コ ロ ン バ ス 川流域 の 低地チ ヌー
ク語の長期的現地調査を行い,これ に基づ きハ ーヴ ァー
ド大学博士論文を執筆 した こ と, 最後に , (4)ウ ォー
一 71一
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社会言語科学 第 4 巻第 2 号
フ と共に サ ピ ア の 弟子で あ っ た ス タ ン リー ・ ニュー
マ ン と ア メ リカ南西部で 共同研 究を行 っ た こ とな ど
に よ り, シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン は早 くか らボ ア ズ ・サ
ピ ア ・ ウ ォー
フ の 理論,研究,及 び,社会的伝統に
親 し ん だ の み な ら ず,60−70年代に 進行中 で あ っ た
生成言語理論や論理学研究,更 に は構造主義 に 代わ っ
て 70 年代中葉か らア メ リカ文化人類学 を席捲す る
こ とにな る解釈学 ・現象学的潮流 を, 19−20世紀西
洋文化全体 の 知的パ ラ ダ イ ム の 中で 位置付け ,こ れ
ら当時最 も 「進ん だ」 と見な され て い た諸理論,諸
潮流の 歴史的 ・文化的特殊性,連続性,そ して 限定
され た有効性 を,ボ ア ズ ・サ ピア系列 の.占典的言語
学 ・言語人類学を準拠枠 と して 明 らか に する諸論文
を発表 して 行 っ た .
シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン の 研究の モ チ ーフ を強 い て 短
く纏め よ うとす るな らば , そ れ は以 下の 20世紀 言
語学の 二大巨人巨峰 の 内部に見出され る と言 え るか
も しれな い ,まず,特 に ,「真 は 全体 で あ る」 と し
た ヘ ーゲ ル ,基礎付け (厳密化) と現前化を志向し
た フ ッ サ ール, 「普遍的」 枠組 み か ら ア メ リ カ 諸言
語 を分析 し西洋言語学 とそ の 言語 の 相対化 ・ 特殊化
を図 っ た ボ ア ズ, そ して カ ン ト主義認識論の 実践論
的解消を目指 した パ ース の 四 者を高 く評価 し,常 に
諸科学の 厳密化 と統合を同時に 試み続 け , 構造形式
の 占典主 義的美学に 惹か れ っ っ も, 行為 の 持 っ 「ロ
マ ン 主義的」力動性 と直感的想像力の 持っ 統覚性を ,
彼の 遠 く長い学究活動の 基本 と した ヤ コ ブ ソ ン .そ
して もう一
人, ヘ ル ダー等の ロ マ ン 主義者 の 影響下
に あ りな が ら ,ヘ ル マ ン ・パ ウ ル ポ ール な ど の 比較
歴史言語学手法を早期に 習得 し,そ の 分析の洞察力,
形式美,複雑性,迅速性,全て に お い て 他者 の 追 随
を全 く許 さ な い とさえ思われ る多数 の 個別研究を ア
メ リ カ諸言語に 対 して 行い, しか し同時に ,
こ れ ら
の 今日 か ら見れ ば 「共時的形式性」 に 関す る研究 と
思え る分析を,実は観察者 と被観察者の 間に起 こ る
認知的視点 の乖離 と接近の 問題 と云 う解釈学的 ・精
神科学的 ・文化科学的 ・ 現象学的な枠組み の 中で捉
え,更 に こ の 認 知 ・ 心 理 的問題 を,究極的に は多種
多様 なネ イ テ ィ ヴ ・ア メ リ カ ン の個々 の歴史の解釈,
再構,そ して 統合と云 う歴史科学的問題 設定の 中で
回収 し よ うと し た サ ピ ア . こ の 両者 の 交点に こ そ,
シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン の 記 号論的言語人類学理 論 の
「概念上 の核」(本文参照) は位置 して い る.そ して
こ の交点は, 形式言語学 と社会語用論 , ラ ン グ とパ
ロ ール, 共時態 と通時態,普遍 と特殊 一般 と個別,
内包 と外延 , 理 論 と体験,合理主義 と経験主義,古
典主義 と ロ マ ン 主義,等 々 の 二項対立的分析範疇の
交点で もあ る の だ.シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン 臼身の 「言
語イ デ オ ロ ギー」, 即 ち彼 自身の 言語理論 は, こ れ
ら相反す る構造論的契機 と語用論的衝撃に不可避的
に動か され , 不断に 「弁証法的な」相互 作用を行 っ
て お り,教条的普遍主 義 と絶対的相対主義の 両極間
で , 益 々 複雑性 と潜在力を増 しなが ら, 高次元の 記
号論的地平 へ と旋回過程を演 じて い る と,取敢え ず
言え る の か も知れ な い .
英語圏に お い て 比較的入手 しやす い 文献の 内 ,シ
ル ヴ ァース テ ィ ン 言語記号論 を,分析哲学や 日常言
語学派,「ポ ス ト構造主義」文学 理論な ど と の 関連
で 極 めて 明瞭に描写 した もの と して,以下の ベ ン ジ ャ
ミン ・リー
の 著作が あ る.また 日本語 H 文の 文献 と
して,
シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン の 記号論的心理学 と,パ ー
ス 記 号論や ヴ ィ ゴ ツ キー発達社会心 理学 と の 関連を
照射 した もの として 古山論文 , 加え て , 以 下に 訳出
した論文の特 に後半部分に深 く関連 して ,シ ル ヴ ァ
ー
ス テ ィ ン 社会歴史言語学 と近現代思想 , 近 現代史 ,
お よ びパ ース 哲学 と の 関連性を素描 した もの と して
小山論文を挙 げ て お く.加え て ,言語学者 の 間で は
広 く知 られ て い る もの で あ るが , 分裂能格 を中心 と
し て ,能格 対格構造 に関す る比較言語学的デ ータ
か ら シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン が論証 した 「名詞句階層」
に つ い て は,機能主義的言語学 の視点か ら簡明に要
約 した もの と して角田 の 著作を,そ して ,シ ル ヴ ァ
ー
ス テ ィ ン 記 号論の 視点か ら 「名詞句階層」 の 発見 の
意義を解説 した もの と して ,北欧 の 専門誌 に掲載さ
れ た もの な の で やや入手 しに くい と思われる が,小
山の 英語論文を参照 された い :
Lee, Benjamin ,1997. Tα lking He αds’ Langu αge,
ハ4etαtαngu αge, and the Semiotics of
Subjectivitbl. Durham , NC : Duke UP .
一 72一
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小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化
古 山宣洋, 2000.「言語獲得を 可能 に す る記号論 的
基礎」.『現代思想』 voL28 −5 (「心理 学 へ の
招待」特集 4 月号):212−225.
小山 亙,2000.「記号言語理 性批判序説 :記 号論
の 『可能性 ; 終焉」の か くも長 き不在.」『現
代思想』 vol .28−8 (「メ デ ィ オ ロ ジ ー」特集 7
月号):169−191.
角田太作,199L 『世界 の 言語 と日本語.」東京 : く
ろ しお.
Koyama , Wataru ,2000. Critique of linguistic
reason H : Structure and pragmatics,
synchrony and diachrony, and language and
metalanguage , RASK ’ Internαtionαlt
tidsshrift for sprog og hommunih αtion 12’
21−63, tidsshrift for sprog og
homrnunihα tion 12:21−63.
訳 出に当た っ ては,まず論文 の 前半部分を徳地慎
二 が , 後半部分を小山亘が訳 した上で ,全体の 用語 ・
文体論的統一の為,後者が全体の再校を行 っ た.よ っ
て 最終的な文責 は小山が担う.加え て ,こ の序文 の
責任 も小山に 存する.
最後 に な るが , 著者 の シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン 氏は,
今で は既 に 初出か ら 15年以上 も経 て い る こ の 論文
の 日本語初訳に あた り,御親切に も自省的序文を自
ら書か れ る意志を伝え て.ドさ っ たが , 訳者の 時問的
な制約 の た め, 誠に残念なが ら辞退 させ て い ただ く
結果 と な っ た .此処に 謝 して お詫 び申 し上 げた い .
初出の 論集の 編者達に よる紹介
現代 の 記号論的研究の 中心課題 は ,い か に して イ
デ オ ロ ギー理論と,現実の 社会的行為の説明 とを統
合す るか , と い う こ と で あ る. こ の 統合は, コ ミュ
ニ ケ ーシ ョ ン 行為の コ ン テ ク ス トが示す変項 ・ 変異
と い う側面 と,他方,記号論的 コー ド と い う規則に
支配 され た側面 とを結び っ け る体系的な語用論的 も
しくは指標的関係の 重要性を十分認識 しうる理 論で
な ければ不可能で あ る こ とを, こ れ ま で の 研究が示
して い る.同様に, こ の 統合を成 し遂 げるた め には,
記・号論的プ ロ セ ス に対す る我々 の 理 解 に は内在的 に
限界があ り,す べ て の 内省的理解が , 理 解の対象を
歪め た り偏 っ た形で しか把握 し得な い 性質を本来的
に 持 っ て い る こ とを十分理解す る必要が ある.
以下の 論考で ,シ ル ヴ ァ
ース テ ィ ン は,言語 と文
化に お け る ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム の 研究 に は,
一見
相互 に独立 して い るか に見え るが ,実際は連動 して
い る三 っ の 領域間の 関係の分析が 含まれ て い る と論
じる.先ず 第一
に , ジ ェ ン ダーは,「有生」 (anima
te),「動作主」 (agentive ) 等 の 名詞範躊 と共 に ,
名詞句の形式的な範疇で あ る.「有生」は 「動作主」,
つ ま り 「動作の主体 とな りうる もの 」 の下位範疇で
あ り,「男性」(masculine )「女性」 (fe皿 inine) と
い っ た ジ ェ ン ダー
の 範疇は,「有生」 の 下位範疇 と
な る.こ うして こ れ らの 形式的 な名詞範疇は,意味
(ソ シ ュール の signifi .や valeur ) や外示 (denota−
tion) の レ ヴ ェ ル で 包含的な階層関係 (入 れ子構造)
を形成 し, 言語が 言及や叙述 (reference and tensed
& modalized predication ) の た め に 語 用 レ ヴ ェ ル
で 用い られ る こ とを可能 にす る.言語類型論的 に見
ると,こ の 形式的な範疇と して の ジ ェ ン ダーは, ド
イ ッ 語や フ ラ ン ス 語などの 言語 で は名詞句 に形態論
的な マー
ク を っ け て 表 され た り,あ る い は , 英語 に
見 られ るよ うに,ジ ェ ン ダーを持 つ 名詞 自体 に で は
な く, そ の 名詞 に 照応する代名詞 に形態論的な マ ー
ク を っ け て 統語的に表 された りする.第二 に, ジ ェ
ン ダーとは進展中の会話の 中に現れ る語用論的また
は指標的範疇で ある.例えば,ジ ェ ン ダーは,社会
的地位 , 敬語 , 力関係 , ま た 親密さ と い っ た会話 の
参加者た ち に関係する社会的な指標に関係して い る.
第三 に,ジ ェ ン ダーは,言語構造やそ の 使用に関 し
て 言語使用者が抱 く考 えや理解が , 「メ タ言語的な」
認識の 限界に よ っ て 拘束され制限されて い る とい う
意味 で ,社会化 され , 慣習化され た イ デ オ ロ ギ ーで
あ ると い え る. っ ま り,ラ ッ セ ル の タイ プ理論や タ
ル ス キ など の 論理 学の 用語 を援用 して, ロ マ ン ・ヤ
コ ブ ソ ン や シ ル ヴ ァース テ ィ ン は,
一階の レ ヴ ェ ル
に現 れ る言語構 造 や そ の 使 用, つ ま り対象言語
(object language)に 対 して , 言語使用者が持 っ 意
識 を , 二 階 レ ヴ ェ ル の メ タ言語 (metalanguage )
一 73一
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と位置付け,更に , シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン は,ジ ェ ン
ダー
の 形式的範疇や 語用に関 して,言語使用者が 持
っ 意識 を メ タ言語的な ジ ェ ン ダー意識 っ ま り ジ ェ
ン ダー・イ デ オ ロ ギー
で ある こ とを明 らかに した.
シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン に 拠れば, こ の イ デ オ ロ ギ ーは,一階の レ ヴ ェ ル に 属す る ジ ェ ン ダ
ーの言語構造や語
用を歪 あ た り偏 っ た形で しか把握 し得な い が , そ の
歪曲に は社会的な 体系性が あ り, か つ 言語変化の 重
要な一
因 とな っ て い るの で ある。
シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン は以下 の論考 によ り,ジ ェ ン
ダー ・イ デ オ ロ ギ ー
は,言及 的お よび語用論的ジ ェ
ン ダ ーの 使用 と複雑に 相互 に影響 し合 っ て い る事を
明か に した.言語構造や 使用 に於 ける ジ ェ ン ダー
が
使用者 に よ っ て 解釈され,彼 らの イ デ オ ロ ギ ーに 取
り込 まれ る時, 言及的な意味 と コ ン テ ク ス ト的な語
用 の 規則性 の 間 の 微妙な 乖離 (ズ レ )が読 み違え ら
れ,後者は 前者に 基づ い て 解釈され る傾向に あ る.
こ う して 予測 され る よ う に,英語の 言語使用に 対す
る現代 の フ ェ ミニ ス トた ち の 批判 は大抵,実際の 言
語的使用や評価 ・価値付け に お い て 現れ る社会指標
的な不均衡 の 根源が,名詞句に お け る ジ ェ ン ダーの
範疇の 不均衡 ・非対称性と い う外示的 ・言及的な様
相 に ある と解釈する.特 に,フ ェ ミ ニ ス ト達の注意
の 多 くが , 外示的 ・言及的範疇で あ る he/she と い
う照応代名詞 に 向け られ て きた 事 は特筆 に 価する.
さ らに , 言語 の イ デ オ ロ ギ ーや 語用 は次の点 に お い
て も相互 に関連 し合 っ て い ると言え る.言語 に対 し
て 或 る イ デ オ ロ ギ ー的立場を標榜 して い る人 に よ っ
て 使用 さ れ た り回避 され た りする言語形態 は , 自動
的に,一般社会に よ っ て こ れ らの 言語使用者 の 政治
的な立場 と関連付 け られて い る或る特定の 社会指標
的価値や意味を付与 さ れ て し ま う の で ある.
シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン の結論は,言語構造,実際の
言語使用,そ して 内省的イ デ オ ロ ギー,こ の 三 者の
相互 関連を包括的に分析する こ とを通 して の み, フ ェ
ミ ニ ス ト 達 の よ うな政治的な批判が , 本来 は語用論
的現象で ある の に それ らを言及 的な現象と して 理解
しよ うとする傾向か ら,解放され うると い う もの で
あ る. こ うして ,規範的な文法に対す る フ ェ ミ= ス
ト達 に よ る異議 申し立 て,
そ れ に よ る規範文法 の 変
化 に も関わ らず,言語 構造が名詞句の 形式的 ・ 外示
的範疇に お い て非対称的で あ り続け て い る と い う事
実の 方に , 我々 の 関心 が 向け られ,社会 に お い て 権
力関係の不均衡 ・不平等を コー
ド化 して い る本当の
媒体で あ る言語使用 の 社会指標的な パ タ ーン か ら我々
の 目が逸 らされ て しまわ な い よ う に せ ね ばな らな い
と シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン は論 じて い る.
序
ハ ム レ ッ トの 有名な独白を思わ せ る 「『彼』 と呼
ぶ べ きか , 呼ば な い べ きか」に 代表 されるよ うな英
語 の 代名詞 の 用法に 関す る現代の 社会 言語学的 ジ レ
ン マ は,記 号 の 体系 と し て の 言語 に つ い て よ り大き
な理論的問題点 を提示 して い る.そ して また,それ
は,政治 的闘争 の 中で 言語が い か に動員され る か に
っ い て の実践的な教訓を も示唆 して くれ る.先ず最
初 に 理論的ポ イ ン トか ら始 め よ う.言語 の 科学が取
り扱 うデ ータ は,デ カ ル ト的合理 主義者達が言 うよ
うな理想的な話者の言語能力や , ある い は経験主 義
者達が言 うよ うな 言及的な語用の 機能な ど と い っ た
単なる言語 の 断片で は な く,歴史,文化 , 社会, 人
間すべ て に 関わ る全体的な言語的事実 で あ り,そ の
性質 に お い て 究極的に 「弁証法的」で ある.つ ま り,
言語 の 科学が 取 り扱 うべ きデー
タ は , 言語形式 と そ
の 言及的機能,そ して 非言及的な 社会指標的機能,
更に それ を取 り巻 く イ デ オ ロ ギーの 間 の 相関 が織り
成す人間学的全体で あ る.言い換えれ ば,言語科学
が 分析の 対象と す る べ き もの は , 我 々 人間が社会的
利害関係を持ちな が らお互 い に交わ り合 う と い う日
常的な状況の 中で使われ る,社会的に意味の ある記
号形態が示す,不安定で 絶えず変化す る相彑作用な
の で あ る.重要な こ と に,
こ の 相互作用 に は , 文化
的イ デ オ ロ ギ ーと い う社会的事実が抜 き差 しが た く
絡ん で い るの だか ら,言語科学 は こ の 文化的イ デオ
ロ ギー
の 様態 も分析せ ね ば な らな い.そ して , 言語
的事実 は , 私たちが それを所謂 「共時的な使用」と
見 よ うと 「通時的な変化」 と見 よ う と, 根本的 に 弁
証法的で しか あ りえ な い .言語事実は ,分 け る こ と
が困難であ り,また , が た く不可分に 通時的且 っ 共
一 74一
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小山 徳地 : 翻 訳 言 語 と ジ ェ ン ダー
の 文化
時的な全体で ある. しか し,少な くと も論考の 端緒
に お い て は , こ の 全体を,伝統的な観点か ら学術的
見地 の独立性を遵守 した上で , 言語構造,コ ン テ ク
ス トに お け る語用, そ して言語 の イデオ ロ ギー
と い っ
た 三 っ の 観点か ら考察する こ とが.可能で あ ろ う.
また こ の こ とか ら二 番 目に 示 され る教訓が あ る.
それ は,言語を編制 し組織化 しよ うとす る 「標準語
化」 の よ うな試み一 すな わち,よ り
一般的な社会
的か っ 政治的諸価値 へ の 固執を示 さ ず に は い な い よ
うな言語 の 規範的な標準を 明瞭に組織化 しよ うとす
る試み一
は通時的に展開す る そ の よ うな弁証法的
な社会的プ ロ セ ス の 一環で ある とい うこ と に な る.
こ の 弁証 法的 プ ロ セ ス の一っ の 要素は , あ る特定 の
言語形態 ・ 意味 ・ 外示 ・ 言及 の 価値 (valeur )を,
言語使用者が理解 し,合理化す る (rationalize ) と
い うイ デ オ ロ ギー的形成で あ るが , 最終的に言語を
社会制度 ・慣習 と して編制す る の は,イ デ オ ロ ギー
作用よ り大きな弁証 法的な過程で ある.ある言語形
態や 使用が正 しい か誤 っ て い るか に関 して 言語使用
者が持 っ 明確 な意見 ・見解,つ ま り言語イ デ オ ロ ギー
は , こ の 大 きなプ ロ セ ス に関与す る諸力 の一
っ に過
ぎず , しか も一般 に 間接的な影響 しか与え な い .
さ て ,興味深 い こ と に, ス ミ ス は 70年代 も終 焉
を迎え る 1979年に , 語用 に 於け る ジ = ン ダーの 社
会的 マ ーカ ーと して の 機能 に つ い て の概観的研究の
結部 で ,「こ とばが , 民族運 動や ナ シ ョ ナ リ ス トの
運動の 焦点 に な っ たよ うに,性別 の 問に おける関係
の一
般的関心 の 焦点に な る こ と はありそ うに な い 」
(Smith 1979: 138) と書い て い る.た とえ著述 か ら
出版 まで に か か る で あ ろ う数年の 時 の 流 れを考慮に
入れ て も,殆 どす べ て の 日常的 ある い は学術的な生
活に お い て , 60年代後半よ り 10余年 に 亘 り幾多 の
メ デ ィ ア を通 して ジ ェ ン ダーと言語に 関 し て 行われ
た公論 の 後 で , こ の よ うな発言が な され た事は 全 く
理解 し難 い.実際, 英語や他の ヨー
ロ ッパ 系の 標準
語 に お い て , 言語 とジ ェ ン ダーと い う社会的に構成
され た問題 に関 して の 特定 の見解や分析に 基 く言語
改革に っ い て の 提案 は溢れ ん ばか りで あ る.一方そ
の よ うな提案が な され て い る間に も, 政府や他の 公
的な機構 は,書 き言葉や話言葉に おけ る称号 (例 :
Mr .,Mrs ., Ms .),地位名 (例 : policeman, chair
man , actress ),ある い は固有名の 規則 (例 : 婚姻
後の 姓や子供の 姓) な どを変更 して い る.一般誌 と
同様に,学術誌 や教科書出版社 も皆を喜ばせ る よ う
に,あ る い は よ り消極的に は少な くと も誰の気に も
障 らな い よ う に , 人 称代名詞 の 使用 に つ い て の 明確
な ガイ ド ラ イ ン を策定 して い る.こ の よ うな現象は,
実際 , 言語が 明 らか に社会的関心 の 「焦.点」で あ り,
現在進行中 の 或 る プ ロ セ ス の 媒体で ある事 を示 して
お り , 我 々 は で きる限 りの 分析的な厳密 さを もっ て
こ の 過程 を理解す る必要が ある.
こ の 問題を考え始め るに際 し,まず我々 は,従来
はお互 い に 別 の もの と して 扱わ れ て き た 二 っ の パ ー
ス ペ ク テ ィ ヴ,構造的,語用論的,そ して イデ オ ロ
ギ ー的 パ ース ペ ク テ ィ ヴの 関係を見出す こ とが で き
る.私が こ こ で 展開 しよ う とす る議論は ,こ れ ら の
分析上 は区別 しうるで きるr つ の 領域が,ジ ェ ン ダー
と い う言語的 (そ して 社会言語学的)事実 に おい て
お互 い に関係 し合 っ て い る,と い う こ と で あ る. さ
ら に よ り一般的に言え ば,以下の 論述 は,何か を指
示言及 した り叙述 し た りす る こ と に関連 して い る全
て の 言語的カ テ ゴ リーは,注 意深 く調 べ れ ば,.ヒ記
の 三 っ 領域の 交点に 位置づ け られ て い る と い う例証
で あ る.そ こ で 先ず最初 に ,少な くと もこ れ ら 三 っ
の パ ース ペ ク テ ィ ヴが従来示 され て きた形に従 っ て
そ の 性格を簡単に 示 し,そ の 上で , ジ ェ ン ダーを こ
の 三 つ の パ ース ペ クテ ィ ヴ に 基づ い て調 べ る こ と と
す る,結部に お い て ,私は,こ れ らの 三 つ の 領域は
単に 分析的な区別に 過 ぎな い と い う本論文 の 主旨 に
戻 り,何が こ れ らに取 っ て 代わ る べ きか,提案を試
み る.
構造的な領域 に お い て ,言語の形式的範疇と して
の 規範 は,形式的範疇が文法体系 に お い て 複雑に相
互関連 して 構成する規則 と して 定義 され て い る.こ
の 文法的な規範 は, ソ シ ュール の言 うラ ン グで あ り,
ラ ン グは伝達行為の媒体 と して の 言語の 実際の 使用 ,
つ ま り ソ シ ュール の 言うパ ロ
ール の 基底 に あ る,或
い は ラ ン グ は パ ロー
ル と い う現実態に よ っ て 潜在態
と して 示 され て い る と言われ て い る.こ の 「潜在態」
と い う意味に お い て 文法範疇は抽象的で あ る の だ が,
一 75 一
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社会言語科学 第 4 巻第 2号
文法範疇は従来, コ ミュニ ケ ーシ ョ ン に つ い て の あ
る仮定 の 基で , 具体的 な言語使用か ら抽出 ・ 抽象化
され て 来た.特に ,言語構造に対す る伝統的な見方
は以下 の よ うな 仮 定を暗黙裡に行 っ て い る.つ まり,
伝達行為 とは命題 に関す る もの で あ り, 何か に 言及
し (言及対象や 談話の 題 目を拾 い 上 げ),そ れ ら に
っ い て ,多様な種類や多様な程度 の 様相 の 論理的 ス
コ ープ 内で ,特徴を述 べ た り,叙述 した り , 真偽価
値 を持 っ た 叙述を行 う よ う構成 され て い る と い う前
提で あ る.英語の 文法範 躊の 中で も最 も 「具体的な」
単数 ・対 ・複数と言う数 の 範晤を例に取れ ば,こ の
一対の 範疇は,単体の 対象物を拾 い 上 げ るか (また
は対象物を単体と して捉 え るか), あ る い は複体 の
対象物を拾 い 上 げるか (また は複数体 と捉え る か)
に 関連す る形式 E の 規則性 の一
っ で あ る よ う に 思 わ
れ て い る.また,英語 の文法範疇で最 も 「抽象的な」
もの で あ り,形式的に は主 に語順 に よ っ て 示 され る
主格 ・対 ・ 対象格とい う格 の 範疇を例 に取れ ば , こ
れ もまた究極的に は , 対象物 の 間に あ る叙述で き る
関係の 方向性 (例えば,誰が Who (主格),誰 か ら
from whom (対象 格) 買 うか , 或 い は誰 に to
whom (対象格)売 る か ) に 関連づ け られ る形式上
の規則性の一
っ で ある よ う に 思われ て い る.結局 ,
使用者や , 言語を専門に する文法家が 「言語構造」
と呼ぶ 物 の 殆 ど全て が, 言語的 コ ミ ュニ ケ
ーシ ョ ン
の 命題的 も しくは 言及 ・表象的な価値 に関す る こ の
よ うな仮定か ら抽出され抽象化 され た も の な の で あ
る.
次 に言語に対す る第二 の パ ース ペ クテ ィ ブ で あ る
語用論に つ い て 触れ る.語用 論と は,言語使用を コ
ミ ュニ ケ ーシ ョ ン に 関わ る実際の 状況 の 中 の 談話 と
して 研究 し, 言語形態が どの よ うに伝達行為 に参加
する使用者達 に 状況的に 「適切」で ある と理解され
る指標 と して 生起 して い るか に っ い て ,また,言語
形態が ど の よ うに伝達行為に参加す る使用者達に よ っ
て そ の 結果と して 理解され る 「効果」を もた らす指
標 と して 生起 して い るか に っ い て の 規則性を探求す
る分野で あ る.言語 を 単に 抽象的な命題 構造 と捉え
ずに ,談話 と して 研究す る語用論 に お い て は,或る
談話の 中で 既に現れた言語形態は,談話参加者に よ っ
て 共有 さ れ た コ ミュニ ケ ーシ ョ ン の コ ン テ ク ス トの
一部で あ る と考え られ,談話 の内部 で既 出の 言語形
態と新 出の 言語形態の 間に働 く連結 の原理 特
に こ の 連結 の 原理 の 重要な一
形態 と して ,ヤ コ ブ ソ
ン の 云 う 「詩的機能」 (poetic function)一
が 研
究され る.ま た 語用論 の 分析対象は , 使用者が言語
形態を用 い る状況に適切に ,そ して 状況 に お い て 効
果を持っ よ うに 遂行され る約束や侮辱, 悪霊 除 けな
どの オー
ス テ ィ ン が 云 うと こ ろ の 「言葉で 何か をす
る こ と」,つ ま り所謂発話内行 為や 発 話媒介行為を
含む こ と に な る.そ して こ れは非常に重要な点だが,
語用論 は,談話に於 い て 「同 じ こ とを言 う」場合 に
用い られ る体系性を持つ 多様な異形体が ,ど の よ う
に 発話行為に おけ る参加者達の 社会的ア イデ ン テ ィ
テ ィ の マーカ ーに な っ て い る か と い う問題を研究対
象に 含ん で い る.語用論 へ の幾 っ か の ア プ ローチ の
相違点は , 言語使用 に お け る結果志向性 (フ ッ サ ー
ル ), 合凵的性 (ウ ェーバ ー), あ る い は話者個人 の
意図 (グ ラ イ ス ) と い っ た問題 に関与するか どうか ,
また,こ れ に 関連 した問題領域で あるが,或る特定
の 言語形態の一
回的な偶然 の生起,あ る い はそ の 言
語形態 の 体系的な指標的価値を扱 うかど うか に あ る.
こ れ らの .一二っ の 関心領域 は し ば しば 区別 されず , と
も に実際の 言語使用の 「機能」 (function) と 呼 ば
れ るが , こ こ で は厳密に , 前者を合 目的的機能,後
者を指標的機能と して 区別す る こ とに す る.
しか し, こ の よ うに して ,特 に 言語使用 に お け る
合 目的性 を指標的価値や意義か ら区別 して 考え る時,
言語に つ い て 第三 の パ ース ペ ク テ ィ ヴが示唆される.
つ ま り, ま さ に使用者自身が言語使用を言語行為 の
目的 の 為の 手段と は っ きりと考え て い る と云 う事が
指 し示 して い る の は , 言語構造 に つ い て の 彼 らの 理
解と同じよ うに , 語用論に っ い て の 彼 らの 理解 もま
た ,利害関係を伴 っ た人間が行 う行為に っ い て の 社
会学的図式 に おい て,少なくとも潜在的に は合理化 ・
虚偽意識 (rationalization ) と して 分析的に再構成
で きる と云 う事で ある. こ う して ,言語使用に お い
て 参加者達が 目的意識を持 っ か らに は,彼らが明 ら
か に 言語行為 に持 ち込む 言語形態,意味,機能, 価
値等に つ い て の イ デ オ ロ ギーの 考慮が必要 とな る.
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小山 徳地 ;翻訳 言語と ジ ェ ン ダー
の 文化
こ の よ うな イデオ ロ ギー的な領域 は,一
階の 言語行
為や言語構造 を,メ タ ・レ ヴ ェ ル ,二階 レ ヴ ェ ル,
つ ま りの メ タ ・ レ ヴ ェ ル で 把握す るとい う一般的な
傾向が , 比較的組織化され て 現れ た もの で あ る.言
語 に っ い て の い かなる陳述 も,言語 を談話の ト ピ ッ
クとす るか らに は,実際,メ タ言語的な陳述で ある.
そ して,イ デ オ ロ ギ ー分析は , ど の 程度ま で そ の よ
うな メ タ 言語的陳述 が , お そ らく体系的 に ,合理化
され て い るか を,社会に お い て 自発的に 現れ る行為
者自身の 再帰的 自己認識 と して 文化的に理 解可能な
形で 研究す る もの で あ る. い か に し て 言語使用 の
「正 しさ」 と 「誤 り」 と い う教条 が合理 化 され て い
る の で あ ろ うか ? ど の よ う に, こ の 教条 は,価値
付け され た行為様態 とな っ た言語が本質的に持 っ と
され る表象力 , 美, 表現力等 の 教条 と関係 して い る
の で あ ろ うか ? こ の よ う な 問題 は イ デ オ ロ ギ ー分
析あ る い は文化分析 の 視点か ら研究で きるの で ある.
言語 に於ける ジ ェ ン ダーの 現象 は,差 し当た っ て ,
こ れ らの 三 っ の 内ど の 視点か らで も研究 しうるよ う
に 思 われ る こ と だ ろ う.確か に , ある特定の 言語 は,
命題的な言語構造 とい う規範体系の一局面 と して ジ ェ
ン ダ ーの体系を持 っ て い ると云われ る.また , 談話
の レ ヴ ェ ル で 「同 じ意味」 を表す,形式 的に異な っ
た言語形態 が ,ジ ェ ン ダ
ーに関する話者な ど の ア イ
デ ン テ ィ テ ィ を指標する とい っ た 言語使用 は,男言
葉 ・ 対 。女言葉と い う領域 に属 して い る と考え られ
て い る.そ して 確かに,言語使用者 は , 男性や女性
が そ れぞれ どの よ う に話すか , 或 い は話す べ きか を
つ い て の 見解を持 っ て お り,い る.また彼 らが ジ ェ
ン ダーに 関す る ア イデ ン テ ィ テ ィ の 社会的な現実 で
あ る と見なす状況を決定する の に , 言語構造や言語
使用が , 本質的に或 い は実際 に ど の よ うな役割を果
た す か に つ い て の 見解 も言語使用者 は持 っ て い る の
で あ る. しか しなが ら,通俗的な記述 に お い て も専
門的 な説明 に お い て も, 実際如何 に こ れ ら三者が相
互 に結びつ い て い るか は普通 あ まり注意 さ れ て 来な
か っ た.現代英語 に 関 す る現在進行中の 事態を主 な
例証 と して ,こ の相互関連を以下,探求する.
私の こ こ で の議論は まず , 現代英語 に おける ジ ェ
ン ダーと い う構造的範疇は , 名詞句範疇に 関す る普
遍的で予測可能な類型 に当て嵌 ま っ て い る とい うこ
とで あ る.現代英語に お ける ジ ェ ン ダーの 体系は,
意味論的な範疇を言語形式に よ っ て コ ー ド化する相
互 に矛盾 しな い 幾っ か の 異な っ た方法 の 内の一
っ で
ある.また , 英語の 用法に於 ける ジ ェ ン ダーの 語用
論的指標性は,非常に広範に 見 られる現象 , すなわ
ち,社会的力関係の 非対称性や,そ れ に 類似 した制
度化さ れ た社会構造 の 階層的側面に 関係す る言語使
用か ら生 じる.英語に お い て は,従来,ジ ェ ン ダー
の 語用論的表現は , ジ ェ ン ダー
の構造的範疇に対 し
て は周辺的な,非常に 間接的な関係性 しか 持 っ て 来
な か っ た.そ して ジ ェ ン ダー
の イ デ オ ロ ギーは今現
在,政治的闘争 の一部分と して 英語 に現れ て い る.
しか し, こ れ らの 問題の 様 々 な側面に っ い て の 見解
は , 言語 使用者達の メ タ言語的な認識 の 特徴を , 予
期で きる よ うな形 で 反映 して い る.即ち,語用論的
特徴は,構造的な ジ ェ ン ダー範疇 の 原理 の 誤 っ た分
析 , 理 論的に 予想で きる形で誤 っ た分析 に基づ い て
理 解 され,分析 され て い る,英語を母語 とす る話者
達 の メ タ言語能力は , 語用的効果を英語 の 表象構造
の モ デ ル に 引き付 けて理解 し, こ の モ デ ル に よ っ て ,
理論的に 予想で きる形で 語用法 と構造を解釈 ・合理
化 しよ う とす る.適切 な分析的見地を取るな らば,
こ の 語用法と構造,そ して 言語使用者の 理解 と合理
化の 間で不断に 展開する弁証法的過程は,究極的に
は , 具体的な,明瞭 に実証可能な歴 史的な言語変化
と して 現れ る事が理 解 で き る で あ ろ う.
言及と叙述 の 範疇と しての ジ ェ ン ダー
先ず,最初 に構造的な意味 に於け る名詞句 と して
の ジ ェ ン ダーと,デ ィ ス コー
ス で の 使用法 に おける
ジ ェ ン ダーの概念を区別す る こ とか ら始め よ う.下
の 表 1 に 見 られ るよ う に , 具体例を’:行 ・二 列か ら
な る 四 っ の セ ル に 並 べ る こ と に よ り,言語の特定の
形態が持ちう る こ れ ら二 っ の 価値が,巨 い に 独立 し
て い る こ とを明示す る こ とが出来 る.い ろ い ろな物
の ジ ェ ン ダーが 言葉で ど の よ うに言及 した り叙述 し
た りされ て い るか とい う事実か ら抽出で きる形式的
な規則性を表す言語構造は,表 1 の 横軸に 示 され て
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社会言語科学 第 4巻第 2号
い る.他方, 発話の 場面にお い て ジ ェ ン ダーとい う
社会的現実が い か に指標 さ れ る か とい う事実か ら抽
出で き る形式的な規則性 を表す言語使用 は,表 1 の
縦軸に 示 され て い る.こ う して ,どの よ うな言語形
態 も, そ れを適切な セ ル に配置す れ ば , そ の 形態が
こ れ ら二 っ の 意味で の ジ ェ ン ダーを持 っ て い るか
(+ ),い な い か (一)を,
一目瞭然に示す こ とが 出
来る こ と に な る.
例え ば ,ジ ェ ン ダ
ーとい う伝統的な文法範躊, 或
い は名詞句 の ジ ェ ン ダー ・ク ラ ス は言及 と叙述 と い
う分析的見地 に 基づ く形式的な区分で ある.多くの ,
或 い は多分,全て の 言語 に見 られ る よ うに,あ る種
の名詞 は,そ れが い か な る文法範疇に 属するか に 関
わ らず,表 1 に示 した よ うな類の 非形式的,意味論
的な範疇化を伴い,社会的に ジ ェ ン ダーを持 っ と見
な され て い る物を言及す る し,あ る種 の 動詞は社会
的に ジ ェ ン ダー
を持つ と見 な され て い る物の 状態や
活動 を 叙述す る.例え ば ヘ ブ ラ イ 語 の よ うな 多 くの
言語で は,進行中の 談話 に お い て話 し手や 聞 き手の
役割に あ る人物 に っ い て 言及 した り叙述 した りする
形態 , 即ち所謂一
人称 ・ 二 人称代名詞,そ して 所謂
一人称 ・二 入称動詞 と い っ た 形態 さえ , 話 し于や聞
き手の ジ ェ ン ダー
を形式的に 区別す る.言及 と叙述
の 対象 とな る物体の ジ ェ ン ダー
を示す こ れ ら全 て の
例 は左側の コ ラ ム に示 して ある.
こ れ に対 して,表 1の列 は,言及 と叙述 の 対象物
に つ い て の 命題的内容 と は 全 く無関係に , 言語的相
互行為に お ける参加者の少な くとも一人の ジ ェ ン ダ
ー
を談話に お い て 指標す る形式 の 体系が備わ っ て い る
か ,い な い か を示 して い る.参加者の ジ ェ ン ダ
ーを
指示す る形式が 音韻論的で あ ろ うが 形態論的で あ ろ
うが或 い はそ の 他で あろ うが,多くの 言語 に於け る
所謂 「男言葉 ・女言葉」 は こ の 手 の 類で あ る.また
表 1の 左 上の セ ル に見 られ るよ うに , 参加者の ジ ェ
ン ダー
を異な っ た代名詞形で 示 した り一人称 ・二 人
称 の 異 な っ た 屈折形 で 示 した りす る こ とは,言及 ・
叙述 と談話,両方の ジ ェ ン ダーの体系に 同時に 関与
する事 に注 目された い. こ の よ うな 言及 や叙述 は,
談話 の指標性 によ っ て の み話 し手や聞き手等の 言及
対象 が 分 か る の で あ る か ら, 本 質 的 に 直示 的
(deictic)で あ る.
例 えば , 表 1 の 左 下に相当す る純粋 に言及 ・叙述
的な, 指標 ・談 話的 で な い 意味 に 於ける ジ ェ ン ダー・
シ ス テ ム は,他の 形式的範疇化 と同 じよ うに ,あ る
種の 意味論的特徴 と結 びっ い た名詞 や名詞句の 形式
的範疇化の 一っ に過 ぎな い.か つ て ウ ォ
ーフ が指摘
した よ うに ,か っ て ウ ォー
フ が指摘 した よ う に , 英
語の ジ ェ ン ダー ・ シ ス テ ム と呼ば れ て い る の は , 英
語 の 全 て の 基本的な単数名詞 の語幹 を,そ れ らが 言
及継続 (reference maintenance )の 統語的 シ ス テ ム
表 1
言語 に於 ける ジ ェ ン ダー区別 の 範疇的記号化
言及 と叙述 に於 け る ジ ェン ダー形式
談話に お け る ジ ェン ダー形式 十
十一
人称 ・二 人称代名詞 と動詞形式.
例 : タ イ 語,ヘ ブ ラ イ 語,ロ シ ア 語
規則的 な名詞句の 「ジ ェ ン ダー」 ・
クラ ス.例 :英語,フ ラ ン ス 語,
チ ヌー
ク 語,デ ュ ィ ル バ ル 語
あ る種 の 名詞 に よ る ジ ェ ン ダーの 言
及,そ して あ る種 の 動詞 に よ る ジ ェ
ン ダーの 叙述.(殆ど の 言語,全部
の 言語 ?)
「女言葉 ・男 言 葉j,
例 : コ ア サ テ ィ 語 , ヤ ナ 語 ,
チ ャ ク チ ー語
諸言語の そ の 他すべ て の 特質.
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小 LII 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化
の 中で取 り得る代替可能 な前方照応代名詞に よ っ て
範畴化 した もの で あ る.こ れ らの例 として は,man
は he に , woman は she に ,
Cαr は itに な る の が挙
げ られ る ((そ して 勿論 , 複数形の men , ω orrzen ,
cαrs は全て theyとな りジ ェ ン ダーが示 されな い))、
他 の 多 くの 言語 と違 っ て ,英語 で は,名詞 自体 の形
態 に は , そ の 名詞の ジ ェ ン ダー範疇を示す物はな く,
また , 例えば“−ess
”の よ う に
, 幾 つ か の 派生 的接
尾辞な ど で 規則的に女性ジ ェ ン ダーを示す物 はあ る
の だが,名詞の ジ ェ ン ダーを示す為に,非 ・短縮形
で 現れ る語の 語幹に必ず付与されね ばな らな い接頭
辞 や接尾辞と い っ たな ど の よ うな 局部的 , 形態論的
な形式的な徴号 もな い .例 え ば“−ess
”の よ う に ,
幾っ か の 派生的接尾辞な どで規則的に女性ジ ェ ン ダー
を示す物はあ る の だが.
英語の シ ス テ ム を名詞範曙化の 全て の 可能 な シ ス
テ ム か ら区別す る際に , 表 2 に示 さ れ て い る ように ,
実際に は 三 っ の 関係す る現象が あ る こ とに 注意せ ね
ばな らな い .
右 の 列に示 され て い る の は , 言及 的言語構造の 中
で一般的に 見 られ る様々 な名詞を範疇化す る際の 髪
式的 もしくは文法的ラ ベ ル で ある. こ れ らは,表の
下 に 行 けば行 くほどよ り包括的 とな り,よ り下の範
躊は そ れ よ りも上 の 範躊を内包 し,逆に よ り上 の 範
疇は それよ りも下 の 範疇 の 特殊化 し た形式で あ る と
い う性質を持つ .例え ば, 人間名詞の 範疇に属する
い か な る形式も有生名詞とい う範疇に 属する こ と に
な る が , そ の 逆は成 り立 た な い .ま た 有生名詞の 形
式は必然的に 動作主名詞 で ある が,そ の逆 は成 り立
た な い.一般的に,我々 が名詞形を そ れ らの 体系的
な形式上 の 特性,すなわち言語要素 と して の それ ら
の 文法的特性の 点か ら見る際に は,色 々 な名詞形が
所属する範躊 の 間 に,こ の よ うな階層化 され た内包
関係が存在する こ と に な る.(こ の 状況 は時折 , 特
定の 言語に お い て はよ り複雑 とな り,表 2に あるよ
うな名詞範疇 の 普遍的図式の 中 の 或 る レ ベ ル に お い
て,
二 つ 以 上 の形式的範疇に 跨るよ うな 範疇化 を行
う形式的な ク ラ ス が存在す る事があ るが, こ こ で は
簡略化す るこ と にす る.)
さて ,形式的な範躊は全て , 意味上の 中核 と で も
呼び う る もの を持 っ て い る.つ ま り,全 て の 形式的
な範疇は,あ る特定 の 意 味論的な中核に対応 して い
る.よ り正確に 言えば,形式的範疇は , あ る特定の
意味論的範疇に , 認知 科学で い う 「プ ロ ト タ イ プ対
応」 を して お り,後者の 範疇が 前者 の 範疇の 「意味
ヒの 中核」 とな る,即ち,「意味 hの 中核」 と は,
概念の体系に 属す る諸要素 の 内, あ る形式的な範疇
に対応する特定の 一組 の 意味範疇に 固有で あ り ,か
っ 限定 し う る概念的特徴で あ る.実際, こ う云 っ た
概念的範疇の お かげ で ,我々 が特定の 言語の 形式的
表 2
言及 に お ける ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム は名詞 の 形 式上,意味上,そ して 言及語用上 の ク ラ ス の
一っ を形成す
る分類上 の 区別 で あ る
排他的に 言及 さ れ る対象 《概念的》 形 式 的
女の 人
男の 人
社会的地位 や役割を持 っ 物 (人)
動物,獣
精霊 , 神,天気
小さ な生物,物
無生 の 道具
食物, 人工 物
境界を持っ 可算物
状態 , 観念
《女性》
《男性》
《人間》
《有生》
《有意 , 動因, 自然 力》
《物体》
《形や他の 物質的特徴》
《食用性,功利性》
《可算性》
《抽象物》
女 性 名 詞
男性名詞
人間名詞
有生名詞
動作主名詞
中性名詞
形状 ・道具名詞
物質名詞
可算名詞
抽象名詞
一 79一
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社会言語科学 第 4巻第 2 号
特徴を分析する時,ど の 形式的範疇を扱 っ て い るか
を,他の 可能な形式的範疇 と区別 して 認識出来 る こ
と に な る. フ ラ ン ス 語や ドイ ッ 語や他 の ヨ ーロ ッ パ
系言語で は,殆 どの 人が こ れ らの言語 を学ぶ 際 に気
付 くよ うに,す べ て の名詞は少な くと も一
つ の 形式
的な ジ ェ ン ダ ー範躊を持っ が, こ れ らの 言語 に お け
る形式的な ジ ェ ン ダー範躊 の 割 り当て の 内の 幾っ か
は,概念的に は,っ ま り例え ば フ ラ ン ス 語の 語が 言
及 して い るよ うに見え る物体 に つ い て 我 々英語の 話
者が持 っ て い る概念に拠 れば , 根拠 の な い もの の よ
うに 思 わ れ る,例えば,我々 は普通,机を使用物と
概念化す るか ら,こ の使用物 とい う特性を中心 に し
た概念的範疇に 基 づ い て , table (机) と い う名詞
の 形式的な分類が物質名詞で ある べ きだ と考え る.
しか し,フ ラ ン ス 語で は,英語 の tabte に 最 も近
い単語の (1α) tableは,女性 名詞の 形式 的範 疇に
属 して い る.ま た ,e α sy ch α ir (安楽椅子) に 関 し
て も, フ ラ ン ス 語で は,(le)fαuteuit とい う風 に,
男性名詞 の 範疇 とな る.
こ れ ら,我々 の 用い る英語 の ジ ェ ン ダー・シ ス テ
ム の 観点か ら不一
致 と見な さ れ得 る状況 は, しば し
ば ,ソ シ ュ
ール や イ ェ ル ム ズ レ ウ の 流れを汲む形式
主義言語学者達が ,それ ぞれ の 言語 の 形式範疇 の 完
全 な恣意性を話題に する際に誤 っ て 用 い られ て き来
た. しか し, これは間違 っ て い る.一目瞭然の こ と
で あ る が , 或 る体系が形式的 ジ ェン ダー ・ シ ス テ ム
と正当に 呼ば れ うる為に は,他の どん な言及対象が
男性や女性 と同 じ形式的 ク ラ ス に 分配 され よ うと,
少な くと も概念的に 《男性》 と して 言及 され る物 と
概念的 に 《女性 》 と して 言及 され る物 とを区別す る
概念的中核に対応 して い な ければな らない .確か に,
合衆国北西部の ナ ヴ ァ ホ語や ア パッ チ語 の よ うな ア
メ リカ の 言語な ど多 くの言語 は,名詞を分類する ヒ
で複雑な シ ス テ ム を持 ち,育生,動作主,形状,道
具等の 込み 入 っ た 形式的名詞範 疇の 体系を持 っ て い
る. しか し, こ れ らの 言語 は,《男性》 と 《女性》
とを区別す る概念的中核 に 基 づ い て 言及対象を弁別
す る形式的範疇を持た な い の で ,ジ ェ ン ダー ・シ ス
テ ム を 持 っ て い る と は 云 え ず , 単 な る名詞 分類
(noun classification ) シ ス テ ム を持 っ て い る と し
か言え な い .形式的な ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム の 本質
は , 概念的男性と概念的女性の 特質を , それ ら に 対
応する形式的範疇 に よ っ て 区別す る こ とに あり,形
式的 シ ス テ ム と概念的シ ス テ ム との 間の 対応が他の
点に お い て い かな るもの で あ ろ うと関係が な い .
今ま で , 我々 は形式 と概念的あ る い は意味論的に
中核と考え られ る特質と の 間に あ る対応関係の 観点
か ら ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム を特徴づ け て きたが , 更
に注目すべ き別の 対応関係が あ り, それ は次の 問題
に 関わ る.即 ち,言語 の使 い手が或る形式的に区別
された名詞範疇を使う時に, 普通 ど の よ うに して 対
象物 や物を,他 の 物か ら区別 して 排他的 に 言及す る
の だ ろ うか とい う問題で あ る. こ こ で我々 が問題 に
して い るの は , 文法的規則性か ら導 き出され る言語
形式 の形式的範疇 の 全体で は な く, また少な くとも
そ の 範疇の 中核 に お い て 概念的に 特徴づ け る こ との
で き る言及 され た対象物の 範疇化,っ ま り外示 (de
notation , extension )で もな い .我 々 が こ こ で 問
題に して い る の は , 言及 (reference , referring )
とい う特定 の, 真に語用論的な言語行為で あ る.っ
ま り,談話 に 於 い て特定 の 文法的な形式 を適応す る
こ と に よ り,あ る特定 の 物を他の 物か ら区別 して ,
排他的に 取 り上 げ言及す る と い う言語使用を問題 に
して い る.更に 云えば,問題とな っ て い る の は,如
何に して ,使用された形式的 ・意味的範疇が言及 し
て い る現実世界に あ る物体を , 特定的に,そ して 他
の物体と は区別 して 排他的に特徴づ ける か で ある.
我 々 は こ の 問題を次 の よ うに考え る こ とが で き る
か もしれな い.概念的 (意味的)範疇化は包含的 と
な る傾向が あ っ て ,例え ば,表 2 の一番上 の 範疇は
それ よ り下 の 範躊の よ り特殊化 した下位範疇と して
含 まれ る.他方,弁別的 , 排他的な言及 の 範疇 は,
或 る形式的範疇が , 他 の どん な形式的範疇が言及す
る事物と も異な っ た , あ る特定の 事物 に言及す る た
め に 典型 的に使用 され る の か を示す.例 として,動
作主 と人間 と い う形式的範疇を比較 し て み よ う.定
義上,動作主範躊の 意味論的中核で あ る 《有意,動
因,自然力》 とい っ た意味的特徴を , 《人間》 と い
う概念は 含ん で い る.っ ま り,《人間》 は 《有意 ,
動因 , 自然力》の 下位範疇 で あり,人 は普通 , あた
一 80一
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小山 徳地 : 翻訳 言語と ジ =ン ダーの 文化
か も行為者 と して 振る舞 う力 と意思を もっ て い るか
の よ うに 言語 に お い て 概念化 され て い る, しか し,
人間名詞 と は対照的関係 に あ る , 動作主 名詞 と して
文法的に コー
ド化 され た範疇に よ っ て 言及 され る典
型 的な物体は , 実際, 人で は な くて,精霊,天候の
力 , 天の 神と い っ た物で あ る. っ ま り,意味的な レ
ヴ ェ ル で , 行為者と して 働く力 と意志を持 っ て い る
事 を示す動作主名詞は,言及 の レ ヴ ェ ル で は,行為
者 と して 働 く力 と意志を持 っ て い る と見な さ れ て い
る物の 内,動作主名詞の 下位範疇で ある人間名詞の
対象とな る物以外 の物を,特定的, 排他的 , 典型 的
に 言及す る と理解 さ れ る の で あ る.よ っ て ,人間名
詞で はな くて 特 に動作主名詞 として コー
ド化され る
の は精霊,天候の 力,天の神 とい っ た物で あ り,こ
れ こ の 例は,排他的,特定的言及を行 う際に , 言語
の 体系が 普通ど の よ う に 適 用 さ れ るかを示 して い る.
人間名詞で 言及 され る物を除外 し て ,動作主 の名詞
範疇で 言及され る類 の 物体は , 神や精霊,天候な ど
で あ る と言え るだろ う.
表 2 に示 され て い る の は普遍的に 適応で き る包括
的な図式で あり,英語 の よ うな個別言語は ,こ の 図
式 に適切な調整 (個別言語的パ ラ メ ータ化) を加え
た特殊化された下位 シ ス テ ム と言え る.一
般的特徴
と して , そ の よ うな 個別言語が行 う調整 は,普遍的
な 図式 に ある 全 て の 可能な区別 を付 けず,そ の一
部
の み を形式的に コー
ド化す る もの で ある, しか し,
い か に フ ラ ン ス 語な どの ジ ェ ン ダーの 体系に 比 べ れ
ば単純 な もの で あれ , 我々 が英語の ジ ェ ン ダー・シ
ス テ ム に於 い て 付 け て い る 形式的区別は,意 味的
構造 談話使用
または
《男性》, 《女性》,そ して 《中性》が こ の 普遍的図
式 の 中で 占め る位置に見合 っ た特徴を示 して い る.
つ ま り,英語の ジ ェ ン ダー
。 シ ス テ ム は,非対称的
な有標 ・無標関係 と呼ばれ る もの を示 し, こ の 非対
称的な関係 は , 或る限 られ た仕方で 概念的中核 を越
え て 広が りを示 して い る.
標準英 語 に お け る“Apassenger must have
dropped his/her scarf ,P’
(乗客 が彼 の /彼女 の ス
カーフ を落と した) の よ うな事例 は有標性 が示す非
対称性を見事に示 して い る.こ の 文 の 主語 の 位置に
あ る α p α ssenger 「乗客」 は , 概念 的に 人間 で あ り
意志を持っ もの で ある と い う特徴の みを有する事,
すなわち人間と して コー
ド化を され て い る こ と以外
の い かな る情報 もあたえ られ て い な い の だ が, こ の
ap αssenger 「乗客」 と云 う語句 に対 して 言 及を 継
続す る場合,標準的な代名詞 と して は hisが 用 い ら
れ て 来た. こ の よ うな 例か ら分か る こ と は , 男性形
と い う形式的 ジ ェ ン ダー範疇は不特定 の 人間で あ り
うるす べ て の言及対象 に 当て は ま り,ゆ え に 女性形
に 対 して 所謂 「無標範疇」 と呼ばれ る こ とに な る の
で ある.図 1で 示 され て い るよ うに,言語 とい うも
の は構造的に , 有標 ・無標 の 範疇に よ っ て 非常 に規
則的に形づ け られ て お り,談話 の 中に お ける こ れ ら
の範 疇の 現れ方もまた非常 に規則的で あ る.そ して ,
或 る意味論的 ・言及的領域 の下位範疇で あ る よ うな
或る一組 の 有標 ・無標 の 範 疇が存在 し, 後者 は前者
の 領域全体を カ ヴ ァー
して い る と仮定 して ,こ こ に
与 え られ て い る区分 の 表を見る こ とに しよ う.もし,
形式的に は人間で あ り概念的に 《人間》で あ りうる
懸
イデ オ ロ ギー
〃 懸
凡例 :
%= 贓 心
・ 有襯
図 1 言 語に お ける有標 ・ 無標範疇の性質
一 81一
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言及対象の 全体が,「構造」 と い う表 示の 下に描 か
れ て い る単斜線 の 引か れた大 きい 四角形で 示 され る
と すれ ば , す べ て の 形態論的 ・ 統語論的構造を考慮
に 入れ た場合, こ れが男性 ジ ェ ン ダー範疇の言及の
可能な範囲で あ る.女性 と云 う構造範疇の可能 な言
及 の 範囲 はよ り小 さ く, 二 重線で 囲 まれ た 四角形の
部分 で あ る.女性範疇はそれが現れ るとき に は , よ
り特殊 で よ り情報量 の 多 い も の で あ る,つ ま り そ れ
は構造的観点か らは概念的に 《人》 とか 《人間》で
あると い っ た事 の みを伝え て くれ る男性範疇よ りも
言及対象 に っ い て よ り限定的な何か を伝え て くれ る
こ と に な る の で あ る.
対照的 に,談話 の レ ヴ ェ ル で は,男性,女性 の 2
つ の 形式的範疇が 出現す る方法に は二 つ の 可能性が
あ る.以 前に述 べ た よ うな言及が限定的で な い場合
に は,里性また は女性 の 出現は,下 の 図で 「談 話使
用」 と書かれ た下に ある二 っ の 図の 左側,っ ま り
一
本線で 示 され た領域 と二 本線が 引か れた領域が対峙
して い る図が示すよ うに,一方の 可能な言及対象が
他方の 可能な言及対象 を内包す ると云 う構造的非対
称性を保持す る.そ して 二 重 に囲 まれ た 部分 の 出現
は , よ り多 くの情報を与 え る手段 と して 情報量が多
い とい う こ と に な る. しか し, 多 くの 使用に於 い て,
特に 言及が限定 さ れ て い る場合,無標の 範疇で あ る
男性が言及す る範囲は女性が言及する範囲と対立し,
「談話使用」の 右側の 図,っ ま り一
本線 の 二 っ の 領
域が 相互 に排他的 に な っ て い る図に示され て い るよ
う に ,両者は 「あれか,こ れか」 的な,排他的な言
及範囲を持 っ 事に な る.談話使用に お け る こ の 曖昧
さ,つ ま り談話に於 い て 排他的使用 と非 ・排他的 ,
包括的使用 の 両者が あ り う る と云 う曖昧さは , 概念
的な範疇化 と実際に 談話の 中で 行われる示差的な言
及 と の 間 の 相違点を捉え て い る こ とは注 目すべ きで
あ る.何故な ら , 男性形が人間の 男性を言及 し, 女
性形が人間 の 女性を言及する と言 え るの は , 我 々 が
典型的な 言及 と名付けた こ の レ ベ ル に お い て の み行
わ れ る か らだ.男性形 は,女性を典型 的に言及する
女性形を示す小 さな長方形を排除 した大 きい長方形
の一
本線で 囲まれ た残余に よ っ て 示され て い る男性
で あ る人間 の 対象を排他的に言及する の に典型的に
使わ れ るの で ある.
infαnt (幼児), bα by (赤ち ゃ ん)等 は 形式 ヒの
マ ーカ ーと して は従来 , itを文法的に一致す る照応
代名詞と して 取 っ て 来た.即ち , こ れ らの 名詞 は,
小 さ くて 虚弱な生 き物を表す名詞 と同 じ よ うに扱わ
れ て 来た の だが,形式範疇が典型 的な対象 を特定的
に言及する こ の レ ヴ ェ ル に於い て , こ れ らの語の ジ ェ
ン ダーの 範疇に つ い て, 我々 が 言語使用 の 際に そ の
使用を躊躇 して しまう事 に 注 目しなければな らな い.
また,我々 は大 きい動物, 特に ペ ッ トや家庭内で 飼
われ擬人化,形 式的 に人間化 され て い る 動物 に it
で 言及する事 に も躊躇を感 じ , 代名詞 と して heや
she を使 っ て い る. こ の 用法 に 於 い て ,ジ ェ ン ダー
は時折,形式的人間化の 二 次的次元 と して ,動植物
の 種に 基 づ い て 割 り当て られ る.そ の 結果 , 普通 は
犬 は he に な る で あ ろ う し, 猫は she に な る.ま た,
か っ て は驚異的で ,感情的に語 られ て い た被造物 で
あ っ たが,今で は単 なる 「物」 と して の 性質が強 い
もの に急速に変化 しっ っ あ る船 (そ して 「空の船」,
つ ま り飛行機) は伝統的に は代名詞 と して she と一
致 さ せ ら れ て 来た し,自動車 もまたそ うで ある.次
に,新聞に お ける ス ト レー ト な itの 使用 と , 航空
会社 の従業員が高揚 して 感情的に 使 っ た として 引用
さ れ ド ラ マ チ ッ ク劇的に用 い られ て い る he, she の
使用 と の 問の 対比を見て み る こ と にす る.
マ イ ア ミ発一 67 人の 乗客と 7 人 の 乗組 員を乗せ た
ボ ーイ ン グ 727機 (airliner )が パ ーム ビーチ 国際空 港
を離陸の 後,飛 行機 (its) の 着 陸 ギ ァ が 完 全 に 元 に 戻
らな い と い う故障の 為,火曜 日 の 夜 に マ イ ア ミ国際空
港 に 緊急 の 胴体着陸を 行 い 無事 に 成功 した.7人 が 軽傷
の 模様,イース タ ン 航空 の 広報 の ジ ム 。ア シ ュロ ッ ク
は次 の よ う に 語 っ た,「彼 は ギ ァ を上げて 全 て 上 げ て 飛
行機 (her)の 腹か らそ の (her)機体 を ス ラ イ ドさせ
たん だ,機体 (her) の お な かを だ ぜ.』 イ ース タ ン 航
空 194 便で あ っ た この 飛行機 (the airplane )は 二;・・一
ヨー
ク 市 の ジ ョ ン ・F ・ケ ネ デ ィ 空 港 と ニ ュー
ヨー
ク 州
の ア ル バ ニ ーに 向か っ て 飛行 して い た,緊急設備班 が
見守 る 中,飛行機 (the plane ) は着陸の 際 , 横滑 りし
火 花 を 出 しなが らよ うや く止ま っ た.(シ カ ゴ ・ト リビ ュー
一 82一
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ン 紙 11983 年 2 月 16 日.第一
部 5 頁)
意識可能な レ ヴ ェ ル に お い て , こ れ らの 用法に つ
い て 我々 が言語使用者と して 感 じる躊躇は,構造的
な形式的範疇を い きな り典型 的で 排他的な言及 の レ
ヴ ェ ル で解釈 して い る事か ら来るの で あ り,言語構
造 の 意識的な認知に起因す る の で はな い .言語構造
を構成す る内包的階層性を示す概念的原理 と形式的
範疇 は , ただ分析的視点か らの み抽出で きる もの で
あ り,使用者に よ っ て は暗黙裡 に しか,「無意識的」
に しか知 られて い な い か らだ な の で あ るだ.図 1の
右側に 示され て い るよ うに, こ の こ とは言語の イ デ
オ ロ ギ ーの あ り様,っ ま り,話 し手が構造を解釈 ・
合理 化する仕方 に大 き な影響を与え て い る.何故 な
ら, 女性と男性の 間 に は有標 ・対 ・無標 と云 う不均
衡な対立が構造的に存在する に もか かわ らず ,ジ ェ
ン ダーに っ い て の イ デ オ ロ ギ ー的な 自省が な され る
レ ヴ ェ ル に 於い て は,男性対女性は均衡で 且 っ 正反
対 の 異な っ た 「男性」対 「女性」 と して 理解 さ れ る
か らで ある.
こ こ で,代名詞化 に関与す る英語 の 名詞句範疇の
体系が ,形式的か っ 概念的な レ ヴ ェ ル に 於 い て 図 2
に あ る よ う な パ ター
ン を構成する事 に 留意 して 欲 し
い .まず こ の 体系の最 も内側の 区分か ら始 める とす
る.(有標の)女性 は (無標 の )「非 ・女 性」,っ ま
り俗 に言 う男性か ら区別 さ れ る.そ して (有標の )
有生 とい う全体 を示す範疇は (無標の )非 ・有生,
俗に言う中性か ら区別 され る.そ して 有生 , 非 ・有
生の 双方は,(有標の )複数 とは対照 的 に は っ きり
と示 され る (無標 の )単数 の 中に 含 まれ る.すべ て
の 英語 の 名詞 は,特定 の 概念的 ・意 味的含意を伴 っ
て , 図示した体系の 中に あ る三 つ の 内少な くと も一
非 ・複数 (単数)
女性形
有生 非 ・女性形 (男性)
非 ・有生 (中性)
っ の ジ ェ ン ダーを,そ の 基本的な形式的範疇と して
持 っ て い る.
前述 した よ う に,英語に お い て は , 名詞の ジ ェ ン
ダーの 範疇は,名詞そ の もの 以外の 場所 に お い て示
され る.す な わ ち, 言及を継続する た め に名詞 の代
わ りと して ,正 しい形で 使われ る特定の 代名詞 と し
て現れ る の で ある.そ して,名詞や代名詞が言及す
る典型的な対象物 は ジ ェ ン ダーの 概念的範疇 と は区
別 さ れ なけれ ばな らな い .今ま で に 研究され た こ と
が あ る殆 ど全て の 体系 と同 じよ うに , こ の 英語 の言
語構造 は , 図 2 に示され て い る よ うな有標 ・無標 の
不均衡 な体系に基づ い て で きて い ると云 う事実 の結
果,典型 的な対象物と ジ ェ ン ダー範疇 と の間 で し ば
しば不一致が生 じる. こ の 不一致 こ そ が,意識 可能
な レ ヴ ェ ル で の 言語使用 に お い て 我々 を躊躇 さ せ る
の で あ る.そ して こ の 躊躇 は,使用さ れ る代名詞 の
形が, ジ ェ ン ダーに関わ らず 一様 に they で あ る形
式的複数範疇の 中で も繰り返 され る.なぜな らば,
概念的,及 び言及的 な特徴 は,名詞 の 単数形や 複数
形 とで はな く, 名詞そ の もの と結び付け られて い る
の だか ら.更に , 以 下の 例が示す よ うに, 概念的範
疇と典型的言及 を区別す る よ うな代名詞が明示的に
顕在 しな い場合で さえ も,こ の よ うな躊躇は , 語用
に 於 い て存在 し続け る こ とが あ る.
鑾
註 :有標 ・対 ・無標
図 2 現代英語の 名詞範疇 (ジ ェ ン ダーと数)
「私 の 不満の 種 の一
つ は 最近 は や りの“
guys”
の 使
わ れ方で あ る,よく,グループ の 中 に 女性が含ま れ て
い て もグル ープ の 人 た ち を“
guys”
と呼ぶ こ と を耳に
す る こ と が あ る だ ろ う.実際,女 性 が 他 の 女性 の グルー
プ を“you guys
”と呼ぶ こ と を耳 に す る こ と は 全 くふ
っ う に あ る こ とで あ る,こ の こ とは私 に は奇妙 に 映 る,
しか し,私 が 尋 ね た 人達の 何人 か は ,“gu ジ が 複数形
で 使 わ れ る と,「男性」 とい う意味が 影 も形 もな くな る
と断固 として 言い 張 っ た,あ る 時,私 が あ る女性と こ
の こ と に っ い て 議論 して い た 時,彼女 は 次 の よ う に 言
い続 け た.『あなたに と っ て は こ の“
guys”
と い う言葉
に は 男性 の 匂 い が付 き纏 っ て い る か も しれ な い が ,殆
ど の 人 に と っ て そ ん な事 は全然な い .』私 は納得しなか っ
た が , ど ん な こ とを 言 っ て も彼女 の 意見 を変 え る こ と
はで き な か っ た だろ う.しか し最後 に,私 に と っ て は
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運良く,彼女 は私 を納得 さ せ よ う と必死 に な っ て 次 の
よ うに 言 っ た.『ど うして ? 私 は男 の 人 た ちで さえ (g
uys ),そ れ を女 の グ ル ープ に 使 うの を耳 に した こ と が
あ るの よ.」(1’ve even heard guys (強調) use it to
refer to a bunch of women ,)彼女は こ の 科白 を 口 に
して しま っ た後 に な っ て 初め て,彼女が 自分自身の キ
張 を台無 しに して しま う よ う な 事を言 っ て し ま っ た と
よ うや く気付 い た の だ.」 (Hofstadter 1982:30)
勿論,こ の 文の 著者ホ ., フ ス タ ッ ターが ま ともな
言語学者で あ っ た な らば , こ ん な ナ イーヴな事を言
い は し な か っ た だ ろ う,排他的 に も非 ・排他的 (内
包的) に も機能 で きる無標範疇は, い わゆ る 「対比
的ス ト レ ス (強音)」を与 え られれ ば,二 重 に機能
する無標範疇は,排他的な言及で ある事を強調する
の に使 う こ とが で き る.他方 , 対比的 ス ト レ ス が 無
け れば,それ は概念的範疇化が許す限 りの 広い 冂∫能
な言及対象を持 っ .(また, こ の 例文で は“guys
”
は 「女性」“woman / women
”と対比 的に 用い られ
て い る事か ら も,排他的な意味を持っ .)
表 3
比較 の た め に形式上非常に 異な っ た名詞分類の 体
系を持っ 別 の ジ ェ ン ダー ・シ ス テ ム を考え て み よう.
デ ィ ク ソ ン が 1972 年の 論文の 308−311 頁で 述 べ て
い る よ うに , 北東オース ト ラ リア の デ ュィ ル バ ル 語
は,名詞分類に 関 して ,典型 的な オー
ス ト ラ リ ア の
ア ボ リジ ニ ーの 言語体系を示す.表 3 に見 られ るよ
うに , デ ュ ィ ル バ ル 語 に は 4 っ の 形式 的な 名詞類
(noun class )が あ り, そ れ ら は 名詞 と 共と も に 起
こ る指定辞 (ドイ ッ 語の der/ die/ dasの よ うな も
の) に よ っ て マーク され,それ ぞれ の 指定辞は概念
的核 とな る もの と連関され て い る.デ ュ ィ ル バ ル 語
の 名詞類 の 体系 は ジ ェン ダー・シ ス テ ム 以外の もの
も含ん で い る わ けで あ る が,そ の ジ ェ ン ダー ・シ ス
テ ム の 特徴は , 1類 と ]類の 対比 に 現れ て い る, 1
類と 且類が概念的な 《男性》 と 《女性》の 間の 区別
を保持 して い る限 りに お い て , そ の 他 の ど ん な区別
を含ん で い よ うと も,ジ ェ ン ダーの 区別を して い る
と言え るか らで あ る,皿類は 《食用の 果物や野菜》
を含み ,IV類は 《そ の 他全て 》を含 む所謂 「残余範
躊」 (residual category )で ある.先ず 1 類 と n 類
ジ ェ ンダーの 言及 を含む デ ュ ィ ル バ ル語 (オ ース トラ リア)の 名詞分類に つ い て
Ibayi 類 ll balan 類 皿 balam 類 IVbala 類
男
カ ン ガ ル ー
フ ク ロ ネ ズ ミ
コ ウ モ リ
殆 ど の ヘ ビ
殆 ど の 魚
あ る 種 の 鳥
殆 ど の 昆 虫
月
嵐,虹
ブー
メ ラ ン
何種類か の 槍
そ の 他
女
オ ニ ネ ズ ミ
犬
カ モ ノ ハ シ ,ハ リモ グ ラ
あ る種の ヘ ビ
あ る種の 魚
殆ど の 鳥
ホ タ ル ,サ ソ リ,コ オ ロ ギ
hairy mary grub ヘ ア1丿一メ ア リー
(地虫 の一
種)火 や 水 と連想 され う るす べ て の もの
太陽 と星
盾
何種類化 の 槍
何種類か の 木々
そ の 他
食用 の 実を つ け る
す べ て の 木
ミ ツ バ チ と蜂蜜
風
山芋 の 胴 の 部分
何種類 か の 槍
殆 ど の 木
人 間 の 体 の 部分
(食用 の )肉
草,泥,石,騒音
言語,そ の 他
一 84一
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の 文化
を考え て み ると , 1類の 概念的な原理 は 《有生》,
《入間 の 男性》とい っ た特徴や,そ れ らの メ トニ ミー
的 (換喩 ・ 転喩的)拡張を 中心 とする.そ の一方,
ll類の 概念的原理 は 《人間 の 女性》, 《水》,《火》,
《戦い 》に集中す る.デ ィ ク ソ ン が観察するよ うに,
我々 が 1類 ある い は H 類に 属する と 予想す る言及対
象は民間伝承 に お い て それ が 持っ と信 じられ て い る
特性 に よ っ て 逆 の 類に 属す る事 もあ る.例 えば,鳥
は死ん だ女性 の人間の 魂が 生 まれ変わ っ た もの と考
え られて い るか ら 一
神話上 の男の 人物と同一
で あ
る と見 な され, 1類に 属す る セ キ レ イを除い て一 n
類に分類され る.そ して概念的特徴が , 特に 注意を
要す ると見 な され て い る場合,そ して特に言及対称
が人問 に 対 して 害が あ る場合は,予想 され るの とは
逆の類 に属す る こ と に よ っ て 示 され て い る.
こ の よ う に ,こ の シ ス テ ム が先 に示 した 分類に 関
す る一般的な原理 と一致する こ と は 明 らか で あ る.
IV類 は残余範疇の形式ク ラ ス であ り,そ して 皿類 は
無生物が 《食用 の 部分 (を持 つ 植物)》 と云 う概念
的な 原理 に よ り特殊化 した もの で ある.そ して 更に
我々 は更に デ ィ ク ソ ン の ク ラ ス 転移の 原理 を適用す
る こ と に よ り, こ の シ ス テ ム の 規則性を更に高 め る
こ とが で きる.即 ち , 1類は基本的な 《有生》 の ク
ラ ス で あ り, n 類は例えば 《人間》,《女性》等と云 っ
た 《有生》を更に 細分化する よ うな,特殊化 した特
徴を持つ 本来的に 有生 で あ る もの や,そ れ ら特定 の
生 き物に 関連 した もの と云 っ た,幾 つ か の付随的概
念の 原理 に よ っ て 1類が特殊化 され た もの で あ る.
H 類 は ,こ の シ ス テ ム に お い て最 も特殊化 さ れ,最
も細か く特徴づ けられ た概念を基 に した形式 1二の ク
ラ ス で ある,また , 人間以外の生 き物 と は 異な り ,
人間に対 して は 《男性 。対 ・ 女性》は 概念的に 区別
さ れ た分類上 の 原理 で あり,そ して英語 の 照応代名
詞の“Isaw a gdgg. He was running after a cat .
”
とか“It’s a she −dog.
”等 の 使 用に お い て 見 られ る
の と同 じよ う に,人間以外 の い かな る種 も,そ の種
が形式的 ・ 概念的に 1類 に属 しよ うが, n 類 に属そ
しよ うが 関わ り無 く,言語使用 の 場 に於 い て適 当な
分類辞 (classifier ) を使 う事に よ っ て,そ の 雌雄
(女性 ・男性)の 区別が な され る と 言 う事実 は ,注
目に値す る.例えば犬 は,人間の 身近 な仲間 と して
家庭で飼わ れる とい う非常に特殊な区別を も っ た生
き物な の で , 私たち英語の 話者が 予想 する よ う に は
1 類に属せ ず,よ り特殊化 され て い る n 類へ と転移
され て お り, よ っ て 普通 の 用法 は“balan [H 類]
guda”
で あ るが ,《男性の 犬》 は ,“bayi [1 類]
guda”
と い うふ う に 1類 とな る こ とは興味深 い 現象
で ある.
コ ミュ ニ ケー
シ ョ ンにおける会話参加者の ジェ ン ダー指標
今ま で述 べ て きたような名詞分類の 内に 属する ジェ
ン ダー ・シ ス テ ム は ,ジ ェ ン ダー指標と対照をなす.
後者に お い て は , 話 し手が談話 の コ ン テ ク ス ト の 中
で或 る特定 の 形態を使用す る時 , そ の 形態 は,そ の
形態を取 り巻 く談話の コ ン テ ク ス トにお け る話 し手
や聞 き手の ジ ェ ン ダーに関す る何かを示 して くれ る.
最 も単純な場合,ジ ェ ン ダーを指標する形態 を取 り
巻 く談話の コ ン テ ク ス トを構成す るの は , 伝達内容
(メ ッ セ ージ) の 送 り手 (話し手) と受 け手 (聴 き
手)が 参加者で あ るよ うな 進行中の ミ ク ロ 社会的状
況で あ る.そ こ で は 何が言 われ て い るか は問題 で は
な い し, 誰が 話題 に あが っ て い る と か 何が話題 に あ
が っ て い る とか も重要で はな い.談話の 内容に 関わ
り無 く,指標形式はそれ らが使用 される コ ン テ ク ス
トに っ い て の 何かを示 して い る の で あ る.表 4 で 示
した よ うに,形式的な ジ ェ ン ダー指標が起こ りうる ,
そ して 実際に起 こ っ て い る幾 っ か の異な っ た様式が
類型論的に存在す る.サ ピ ア派 の ア メ リカ 言語学者
メ ア リ 。バ ース が述 べ たよ う に (cf . Haas 1944),
元 々現在の ア ラ バ マ 州周辺の ア メ リ カ ン ・ イ ン デ ィ
ア ン の言語で あ っ た コ ア サ テ ィ 語は,表 4 の 1 に 示
され るよ う に , 聞き手の ジ ェ ン ダーに関係 な く話し
手の ジ ェ ン ダー
を男性,或 い は女性 と して 規則的 ・
体系的に 指標す る.そ して 表 4 の H は,話 し手 の ジ ェ
ン ダー
に関わ らず聞 き手の ジ ェ ン ダー
を男性,或い
は女性と して 規則的 ・体系的 に指標する.例え ば パ ー
ス (Haas 1941)に よ る と ト ゥニ カ語 の よ う な言語
は , 聞き手 と言及対象とが談話状況に於 い て 同一
の
場合 とな る所謂 「二 人称代名詞⊥ っ まり言 及 ・ 叙
一 85一
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社会言語科学 第 4 巻第 2号
表 4 「男性 ・対 ・女性の 話 し言葉」が,談話 の実際の 場面に お け る話 し
手及 び聞 き手の ジ ェ ン ダ ーを コー
ド化する三 つ の類型
類型 話者 の ジ ェ ン ダー 聴き手の ジ ェン ダー 伊
1 男女を区別
皿 男女を 考慮 せ ず’
皿 聴 き手 と 同性 ;
男女 を 考慮 せ ず
男女を区別
話者と同性 ;
そ の 他全 て の 組 み 合わせ と区別
コ ア サ テ ィ 語
(未確認)
ヤ ナ 語
述 の 次元 と談話指標 の 次元 とが必 然的に混ざ り合 う
と云 う性格を持っ 二 人称代名詞に 対 して ,規則的 ・
体系的な ジ ェ ン ダー
の 区別を す る.最後 に,表 4 の
皿 に 見 られ る三 番目の タイプ は , 談話参加者の ジ ェ
ン ダーの 他の い か な る組み合 わせ と も区別 して,話
し手 と聞 き手両方 の ジ ェ ン ダーが揃 っ て 男性,或い
は女性 で ある こ とを規則的 ・体系的に示 して い る.
例 えば , サ ピ ア (Sapir 1949 [1929]) に よ る と カ
リ フ ォ ル ニ ア 州 の ア メ リカ ン ・ イ ン デ ィ ア ン の 言語
で あ る ヤ ナ語 は 規則的 ・体系 的 に , 或 る語形 に よ っ
て , 男性の話 し手が男性の 聴 き手に伝達行為を行 っ
て い る 事を指標 し, そ して他 の ジ ェ ン ダー
の 組み 合
わ せ に は , こ れ とは 異な っ た語形を用 い る.
こ の 現 象が典型 的 に は どの よ う に起 こ る か を例証
す る た め に ,表 5 に お い て 訳 と共に コ ア サ テ ィ 語 の
動詞の 屈 折形を い くっ か示 して み る.こ の 言語の他
の 全て の 動詞 が そ う で あ るよ う に ,此処 に 挙 げた
「ヒげ る」 と云 う動詞 の 語幹 に は表 5 に 挙 げ た よ り
もも っ と多 くの 屈 折形が あ り,以下の こ とはそれ ら
全 て の 形態に も当て 嵌 まる の で あ るが , こ れ らの 形
態 の 基底に あ る基本的な規則性 は何か と云 うと,言
及 される人称や法や時制等に よ る様々 な屈折を伴い
っ っ も,必ず 女性が話す もの が基本的な形式 で あ る
と い うこ とで ある.女性が話す形態 表 5か ら男性が 話す形態を 派生 さ せ るた
て 頻繁 に音変化が引 き起 こ さ
れ る.故 に ,“ −s
”
と云 う指
標形式 は明白に 「彼はそれ を
持ち上げて い る (話 し千は男)」
の よ うな形 態 に は現 れ る が
(表 5参照), 「あ な た は そ れ
を持ち トげて い る」 の よ うな
形 で は ,少 な く と も構造的
(形態音素 的) に 1よ (IPA で
は.)の 音の 直後 に 現 れ る“ −s
”
は,表面的 (音声的)
に は隠れ て い る.サ ピ ア の 美 しい 分析が示 して い る
よ うに , ヤ ナ 語に は男性が 男性 に 話す時 の 形態を区
別す る遙 か に も っ と複 雑 な 接 尾 辞 や 音 の 変 化
(Sandhi)の体系があ る.
我 々 は こ こ で ,何が談話 の ト ピ ッ ク な の か は重要
で な い こ とを強調 して お き た い . ジ ェ ン ダー指標 と
は,誰が談話を行 っ て お り,誰 に 対 して 談話が行わ
れ て い るの か と い う こ とを形態を持 っ て規則的 ・体
系的に区別す る こ とで あ る.そ して 上 に 例示 した よ
うな最大限に 明白な場合に お い て は , 接辞 に よ っ て
で あ ろ うと音の 形態 の 変化 に よ っ て で あ ろ う と, つ
ま り形式的手段が何で あろ うと ,ジ ェ ン ダーの 指標
が 唯一
の 「意味」で あるよ うな明白で 且 っ 組織的な
形式的な 変化 ・変体が 存在する,また , 次 の 二 点 に
留意 され た い .(1) こ の よ うな ジ ェ ン ダー指標の 体
系の あ る言語社会に お い て は , そ の 言語社会 の 誰 も
が こ れ らの 形式を知 っ て い る し, また談話に お い て
生産す る こ ともで き る.勿論,或 る用法が適切か ど
うかは,話 し手や聞き手が暗黙裡に遂行 して い る ジ ェ
ン ダー
の 指標的な規則 に よ っ て 決定 され て い る の で
は あ る が .そ して こ の 規則を破る者,例え ば了供達
は,成人男子 ・女子 どち らか , 或 い は 双方 の ジ ェ ン
コ ア サテ ィ 語の動詞形変化表 (直接法 と命令法からの抽出例)
め に は,指標 マ ーカ ーで ある接尾辞
“ −s”
を付加す る の だが ,そ の 結果 ,
複雑で は あるが完璧 に規則的な こ の
言語 の 規則 に従 っ て,既 に 屈 折部の
中に ある音 の連続 と , そ の 末尾に 付
加 され た“−s
”の 組み 合わ せ に よ っ
女性の 話す形態 男性 の 話す形態 訳
lak. w ,
lakawwlakaww
. l
lak. wlak
. w . in
lak. w .
lakaww ,,s
lakaww , s
lak. wslak
。 w ,..s
あ な た は それを持ち Lげ て い る
彼 は そ れ を持ち上げ る だ ろ う
私は そ れ を 持ち上 げ て い る
彼 は そ れ を 持 ち.1:げて い る
そ れ を持 ち 上 げ る な 1
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ダーの 話 し手に よ っ て 矯正 され る.(2)語 り の 中で
登場人物の 会話状況が談話の トピ ッ クと して 扱われ
る時 , 引用され る話 は こ れ ら登場人物た ちが 持 っ て
い る こ と に な っ て い る適切な ジ ェ ン ダーを指標 して
使われ る.こ の よ うな使用が非常に高度 に意識化 さ
れ た レ ベ ル に ま で 到達 した メ タ言語 的な用法で あ る
事は明 らかだ ろ う.
社会階層 の ジ ェ ンダー的指標 と統計的指標
こ う した範疇的 で 明瞭に観察で きる ジ ェ ン ダ ー指
標 は , 男性対女性の ス ピーチ の 統計的指標 (特 に隠
然 と して の み現 れ る統計的指標)と対照 を な す.統
計的指標 は西欧や北米 の よ うな 「発達」 した,経済
階級的に階層化され た社会 の 都市部 で ,1960年代
以 来 ラ ボ ヴに 代表され るよ うな (cf. Labov 1972),
「社会言語学者」達 に よ っ て 発 見 され て 来た も の で
あ る.こ の よ うな社会で は,特に 書き言葉に お い て,
組 織化 された社会 的権威を通 して 顕示 され,規範 と
して コ ード化 され た 言語の 標準化が強 く存在する.
「社会言語学的」研究は,実際 に 産 出 され た言語 の
トー
ク ン の トー
ク ン か ら抽出され た サ ン プ ル に 見 ら
れ る相対的に 標準語的/非標準語的な形式の 現出の
頻度が,話者の 持 っ 階級 , 地位 , 年齢 ,ジ ェ ン ダ
ー
な どの多 くの相互に 交差する社会 グ ル ープや社会学
的範疇 と,ど の よ う に相関関係 を持つ かを探 っ た り,
或 い は被験者 ・被観察者が 生産 した サ ン プ ル の コ ン
テ ク ス ト的条件が 全体 と して持 つ 課題要求 , 例えば
「ス タ イ ル 」,「フ ォーマ リ テ ィ 」等 と , ど の よ う に
相関す る か を調査 した りして 来た.す なわ ち,標準
的 ・対 ・非標準的言語形態 の 出現頻度 は,話 し手の
諸々 の 社会的ア イ デ ン テ ィ テ ィ ,或い は全体的な場
面上の 「ス タ イ ル 」一
様々 な コ ン テ ク ス ト が話者
に標準語形を誘発 さ せ る 「要求の 強さ」 の度合い 一
の 指標 と して見 る こ とがで きる と云 う事実を社会言
語学者達 は 示 し て 来た の で あ る.
こ の よ うな調査 に よ っ て 繰 り返 し示 され て 来 た の
は ,
一般的に 言語使用者 の社会経済的階級 に お ける
位置は , 標準語形式の 生産 の 頻度 と直接に 相関 して
い る と云 う事実で あり, 標準形を生み出す場面的な
「ス タイ ル 」効果が 最 も強 く見 られ る の は,連続体
を構成す る社会階層の 最上 層部に あ るの で はな く,
そ の近傍 に あ る , と い う こ と で あ る. (こ の 点 に っ
い て は後述 す る.) ジ ェ ン ダー
の よ う な 特定 の 社会
的変項 に 焦点を当て る とき,他 の 変項 の 影響を制御
すれ ば,統計的に有意義 となる形 で,女性の 話 し手
は全体と して 男性の 話 し手よ り も標準語を よ り多く
使用 し, 非標準語形をよ り少な く使用す るもの で あ
る と云 っ た一般的規則性が現れ る.そ して こ の ジ ェ
ン ダ ーと標準語化 に 関す る効果 は,社会的,そ して
/或 い は 社会経済的階級や 場面 ヒの ス タ イ ル の効果
と相互 に 作用 し合 っ て い る.例え ば , 表 6 は ラ ボ ヴ
系社会 言語学者 ウ ォ ル フ ラ ム に よ る デ ト ロ イ トで の
黒人英語の 研究 (Wolfram 1969) に基づ くデー
タ
を要約した調査結果を示 して い る.(こ れ は ト ラ ッ
ドギ ル (Trudgill(1974: 91) に 再掲 され て い る.)
異な っ た 四 っ の 社会経済的階級 に お け る,非標準形
で あ る 二 重否定の 出現 に関す る発話デー
タ を数値化
した結果 , す べ て の グ ルー
プ に お い て 女性は特徴的
に 非標準語形使用 の 頻度が 低く,そ して 標準語使用
の 頻度が 高 くな っ て い る こ と が 分か っ た .特 に ,中
層階層の 下層 一 これは,表 6 に再掲 した ウ ォ ル フ
表 6 英語の男性 ・対 ・女性の ス ピーチ の段階的,所謂 「統計的」 なデ ータ ;デ トロ イ トの 非 ・標準的ス ピー
チにお ける 二 重否定 (… Ain’t … No …)からの 例 ;Trudg川 (1974: 91)から再掲)
発話デー
タ トー
ク ン 全体 の 内,多重否定が 現 出する パ ーセ ン ト
ジ ェ ン ダー 中層階層 の 上層 中層階層の 下層 労働者階級の 上層 労働者階級の 下層
性
性
男
女
30ρUO 32,41
,4
OaUO尸
D43
19080り
匚」
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ラ ム の研究成果で は,計測上の 技術的必要性要請 に
よ り黒人社会に お ける 「中層階級の 上層」 と名づ け
ら れ て い る 一に お い て
, 女性 の 話 し手 の 非標準形
が完全 に欠落 して い る と い う絶対性を帯びた現象に
至 っ て い る.
この 二重否定の よ うな形態は , 北ア メ リカ都市部
の よ う に階級に よ っ て 階層化 され た社会 に お ける標
準化 とい う文化的 シ ス テ ム に 関与して 作用 して い る
の で あ るが ,事実 hは紛 れ も無 く,英語 の 話 し手 の
男性 ・対 ・女性の ジ ェ ン ダーの 段階的また は統計的
な指標で ある.英語に お い て は, コ ア サ テ ィ 語や そ
の 他 の 言語 に見 られ る よ うに そ の 形態が存在す るか,
しな い か に よ っ て ,明示的,そ して 排他的に話 し手
の ジ ェ ン ダー ・ア イ デ ン テ ィ テ ィ を指標する と考え
られ る よ うな特別な形式的 マーカ ー
は存在 しな い ,
む しろ,実際 の 言語 生産 に お け る トーク ン に 産 出さ
れ る発話デ ータの頻度で 計量で きるよ うな効果を も
た らす,標準語化 され た 語形 を産出し具現化す る度
合 い の 違 い が話 し手の二 っ の ジ ェ ン ダーを区別 して
い る よ うで ある.
こ の 英語 の 体系 の 特徴 を陰画 と して 最 も明瞭 に 映
し出す比較対照的な事例 は タ イ 語の 「私」,「あなた」
に 相当す る談話 の 参加者 に関する代名詞で あろ う.
こ の よ うな代名詞 で は,言及 は談話状況 に お い て 話
し手か聞 き手か の どち らか に よ っ て 対 して な され る
か ら,ジ ェ ン ダー指標が 言及対象の ジ ェ ン ダーと大
変規則 的 に相 関 し て い る . 言語 人類学者 ク ッ ク
(Cooke 1970: 11−15,19−39) の デ ータを要約 した も
の で あ る表 7 に 見 られ る よ うに , タ イ語 の 非常 に 多
くの一
人称代名詞か ら こ こ に サ ン プ ル と して 取 り上
げ た 四 つ の 形態 の 「意 味」は ,こ れ らの 代名詞が適
切に使われ て い る よ うな特定 の ス ピーチ の 状況を定
義する変項に よ っ て ,明 らか に す る こ とがで きる.
そ して こ れ らの 代名詞が全 て 話 し手 に言及 して お り,
こ の 点にお い て , 言及的次元に 関して は非常に大雑
把に 云 え ば 全て 「同 じ意 味で あ る」 こ とに 注意 して
欲 しい . しか し,言及的 「意味」 に 加え て ,我 々 は
話 し手 ・聞 き手両方 の ジ ェ ン ダーや 年齢層,そ して
話 し手と聞 き手 の 間 の 関係性 の 特徴を考慮に 入れな
け れ ば な らな い .例え ば まず, ア メ リ カ の 社会学者
シ ル ズが 云 う 「敬 意 の 付 与」 (deference entitle −
ment ;cf . Shils 1982) の よ うな,話 し手 に 対 し て
聞 き手 の 相対的な社会的地位 一 つ ま り聞 き手が 話
し手よ り地位が 高い か , 低い か,同 じ程度で あ る か
一が挙げ られ る.ま た,話 し手 と聞 き手 との 間 で
前提とされ て い る親密さ の度合い,そ して発話の刻々
と変容する動 きの 中で 即興的に,特定の 形式の 使用
に よ り創発さ れ た り,間主観的 ・ 現象学的に 発話 の
場に もた らされ る親密 さが あ る.第三 に 社会的相互
行為の 制約の 有無 (「話者の 自由度」)が挙げ られ る.
こ れ は こ の コ ン テ ク ス トの 話者 と聴 き手 と い う二項
関係 に関する社会的相互行為 の 標準 ・ 規範に 対す る
話し手の 固執 ・遵守の 度合い で あ る.
ジ ェ ン ダー
そ の もの は ス ピー
チ の 場面を構成す る
様々 な他の 変項 と相互 作用 しあ い,言及的,指標的
両方の 規則性の 複雑な パ ター
ン を形成す る. こ れ ら
の 幾 っ か は後で 現代英語の例 と比較す る た め に も此
処で 示 して お きた い.(表 8 に要約 が あ る の で参照
の こ と.)す なわ ち , 所与の い か な る形式 の 使 用 に
お い て も, そ れ らが他 の点に 関 して ど の よ うで あ ろ
うが , 実際の 使用 で は,話 し手と比較 して 聞 き手 の
相対的地位が高 くなれ ばな る ほ ど話 し手 と聞 き手 と
の 間の 親密さ は強 くな る.換言すれ ば , 所与の い か
な る形式の 使用 に お い て も,話 し手 の 地 位 と, 話 し
手 と聞 き手と の 間の 親密さ と の 間 に は逆比例 の 関係
が成立 して い る.例えば,女性 が話す言葉の dich.n
と ch .n の一
対 に関 して 云え ば,前者 に おい て は,
相対的な聞き手 の 地位が平等 (/) か ら (+ )へ と
高くな る に つ れ て , 他 の もの は相対的に 不変 の ま ま
で あ る の に , 親密さ は 0か ら 1 に 上 が り,ま た 後者
に お い て も,聞 き手の 相対的な地位 が下位 (一)か
ら平等 (/)に 上が る に つ れ て 同 じ よ う に親密 さ は
上昇する.こ れ ら に限 らず他の一
人称代名詞形 も,
話し手 と比較 して 高い 地位で親密な聞 き手,もし く
は低い 地位で 親密で な い聞 き千を指標する こ とが で
きる.よ り一般的に言えば,表 8 に サ ン プ ル と し て
取 り上げた四 っ の 形態 に亘 っ て 横断的 に 観察すれ ば
分か るよ う に , こ れ ら四 つ の指標的言語記号 に よ っ
て 示 され て い る言語体系は,基 本的に は , 話者 の 聴
き手に 対する相対的地位 と, 話者と聴 き手の 間の 親
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密さ と が 逆 の関係に あ る もの だが,相補的に ,話者
の 地位と親密 さが正比例す る こ とも許す もの で ある.
っ ま り , 仏教僧に よ り使わ れ る .αα dtα ma α に 関 し
て は,そ の よ うな高い 地位の 人は地位が同等か低 い
人 に し か 話 す こ と が で きな い の だ か ら , dich.n や
ch .n に っ い て 上 に 見た こ と の 逆 が真 と な り,話者
の 聴 き手に対す る地位が高 けれ ば高い ほど , 両者間
の 親密 さは高 くな る.また , 男性が話 し手で あ る時,
ch.n は次の 二 っ の 状況 を指標す る の に 同等 に使わ
れ る こ と に も注意 し た い .っ ま り,
一っ の 状況は,
聞 き手が相対的 に低い 地位 に あ る場合, そ して もう
一っ の 状況 は聞 き手が女性で あ る場合 で あ る.最後
に,男性の 話 し手は ph.m とい う形式を聞 き手の 相
対的な地位が ど うで あ ろ うと, 中立で標準化 した 用
法 と して使用す るが , 女性 の 話 し手は聞き手の 様 々
な相対的地 位 に 対応 して 形式を変化 さ せ な け れ ば な
らな い .即 ち,女性の 話 し手 は,よ り詳細 に,ま た
明確に 聞 き手の地位の 非対称性 を マー
ク しな くて は
い けな い の で ある.
こ の デー
タは同 じよ うな多 くの一
人称 ・二 人称形
式の代表例で ある.こ れ に 基 づ き,す べ て を考慮 に
入れ る と, こ れ らの 言語形式 の指標的価値に関 して,
人の地位 と ,コ ミ ュ
ニ ケーシ ョ ン に於い て が 起 こ る
際 の 前提 とされ て い る親密 さ と の 間 に 相反す る関係
表 ア ジ ェ ン ダーの 区分に 反応する談話参加者を指標する代名詞 ;少な くとも代名詞 の言 及対象 (話者,聴
き手,あるい は両者)の ジ ェ ン ダーを,そ して頻繁 に言及対象と他の 談話参加者の ジ ェ ン ダーを示す.
こ こ に 挙げた代名詞の 言及対象は必ず話 者である.(Cooke (1970:38, Ghart 10)よ り再掲 した.)
話 者 聴 き手 聴 き手 の 話者 に 対す る関係
タ イ語 の一
人称
(1)代名詞 女性 成人 女性
話者の
成人 地位 親近 自由度 社会的資格
.aadtamaa
dich.n
ph.mch
,n
十
十
十
十
/
/
一
一
十
十
/ +
一 / +
十
十
十
/ + 一 + 1 0
/+ / 0 0
+ + 1 0
/ 0 0
(/ + ) (0 ) 0一 (+ 1)
十 1− (0)/ + 1
話者 は仏教僧
話者 ・聴 き手共, 仏教僧
凡例 :一 = 非, 負, 劣 ; + ; 有 , 正 , 優 ;/ ; 中,等,同 ;数 = 程度 ;() = 共示的 ニ
ュ ア ン ス
註 : 「話者 の 自由度」 = 話者に よ る 基 本的標準あ る い は よ り適当な使用法に対す る遵 守の 欠如な い し挑戦
表 8 一般化と観察
観 察 (表 7 に示さ れ た ジ ェ ン ダー区分 に 反応す る談話の 参加者を指示す る 代名詞 に つ い て の 観察)
a .同 じ形式 が,よ り 高い 地位 の 人 に 対 して 使 わ れ た 時は , 親密 さの 値を増す.但 し,仏教 の 僧侶が 喋る 言葉は例外で ,
逆 の 関係が 成立す る.
b.低 い 地位 の 人 に 使 わ れ る の と同 じ形式が 女性 に も使 わ れ る.
c ,女性 は聴 き手が 自分よ り劣位か,同等か,高位 か に よ っ て言語形式 を 変え ね ば な らな い .
一般化
a .聞き手 に 対す る 話 し手 の 地 位 の 向 上 は聞 き手 と 話 し手 の 間の 親密 さ の 向上 と は 逆 に な る.
b .表 7 に お け る類推的区別 は女性 ; 男性 :仏教僧一低 い : 中立 : 高 い 地位,とな る.
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を示す体系が 存在す る こ と が 判明す る,地位 の 尺度
の 最高の 位置 に あ る仏教僧の言語使用 は こ の こ とを
相補的 に確証 して い る.無標の ,そ して残余的ケー
ス は , 類推的区別 の 中間項に位置する成人男性の 話
し手で あ り,低い地位が 中立 の 地位に 対す る よ うに,
女性が男性に 対 し,中立 の 地位位置が高 い 地位位置
に対す るよ う に,男性が仏教僧 に対 して い る.と い
う こ とは つ ま り, タ イ語に お ける ジ ェ ン ダー指標と,
聞 き手 の相対的な地位の 指標と の 間に は , 男牲に 対
して女性が話す こ とが,地位 の 低 い 人が高 い 人 へ 話
す こ とと等価で ある よ うな,比喩的, 類推的 と呼び
う る関係 が存在す る の で ある.言語的に指標 され た
そ の よ うな関係 は一方で は社会 に於けるよ り広範な
関係に 対応す る し,最 も重要な こ と に は,代名詞“ 1”
に よ っ て 言及 され る 「現実」 に対応 する よ う に
思わ れ る.そ して こ の よ うな社会的指標 と言及的対
象 と い う二 っ の 体系 の 重 な り合 い こ そが言及行為の
内に宿 る指標的価値,発話内行為的価値を強化す る
の で あ る.
以 ヒ,強力 な言及 の体系 の一
部に属す る形態を使
用す る事に よ っ て遂行 さ れ る ジ ェ ン ダ ーの コ ン テ ク
ス ト的次元 を含ん で お り,語用論的 に (比喩 ・類推
的 に)相互に 関連づ け られ て い る,指標の諸体系の
原理 を明快に例証 して い る範疇 の 事例を 見 て 来た.
こ こ で , 英語の よ う に, 言語形式 の 区別 の 統計 的頻
度が示す 差異が, ジ ェ ン ダー・ア イ デ ン テ ィ テ ィ の
区別 と相関を示すよ うな類型の言語にお け る ジ ェ ン
ダー指標 に戻 る こ とに する. タ イ 語に お い て は , 男
性 : 女性 と云 う ジ ェ ン ダーの 区分 と,高位 :低位と
云 う相対的地位 と の 間 に 類推 関係が見 られ た.社会
言語学者が標準語形式の 出現 の 変異性に っ い て 発見
した事を鑑み れば,こ の よ うな類推 は英語や他 の 同
じよ うな言語 に も該当する こ とが理 解で きるか も知
れ な い .
図 3 は,多 くの 調査結 果で 繰り返 し見 られ る関係
を図式的に表 して い る (当然,実際の 変数や傾斜は
お の お の の 調 査で 異 な る).「上層階級」,「中層階級」,
「下層階級」 な ど と ラ ン クを付され た一
連の 社会的,
或 い は社会経済的範疇や 集団 の一
っ一
つ に対 して,
標準語化 に関連す る適切な言語形態を考慮に 入れれ
ば , 比較的標準語化 さ れ た言語形態の 発生頻度 を,
所謂状況的 「ス タイ ル 」 の 関数 と して 座標軸上 に描
く事が で きる.っ ま り, 標準語に 対 して社会学 的な
意味で 「忠実」で あ る者が標準語形を使 うよ うに導
く, 全 て の 組織的 , 及び人間関係的要因を含む,状
況 の 「フ ォーマ リ テ ィ 」 の 関数と して 描 く事が で き
るわ け で あ る.一般的な特徴 と して 言え ば,最下層
の集団によ る標準語形 の 発話の 頻度は低 く,よ り強
度 に標準語形が要請され る状況 に な っ て も, 低 い 頻
度の まま で あ る.正反対 の 極 に あ る, 最上層 の 集団
で は,状況が フ ォーマ ル に な る に つ れ て , 頻度は微
妙 に増え は す るが,相対的に安定 した標準語 化の 程
度を示す.こ の両極の 中間に位置す る集団で は , 社
会階級が 上 が る に つ れ て,
よ り大き な程度 の 標準語
化が見 られ る.更に興味深 い こ とに は 最もイ ン フ ォー
マ ル な状況 か ら最 も フ ォーマ ル に 状況に 向か うに つ
れ て,標準語形 の 頻度 は当然 ヒ昇す る の で あ る が,
社会階級が上が る に つ れ て , 上昇 の 勾配傾斜が急に
な る.特に,社会階層 の 最上層に近 い が,最 上層に
属す るわ けで はな い集団一
つ ま り中流階級 一の
典型的な特徴 と して ,最 も極端に標準語形が求 め ら
れ る よ うな状況 で ,最上層 の 集団や更に構造的規範
さえ 超え る よ うな頻度 で ,標準語形 が 現れ て い る
(こ れ は,「過 剰修 正」 hypercorrectionと呼 ばれ る
現象であ る).
図 3 社会指標的機能を持ち,発話状況の フ ォー
マ
リデ ィ に関連 して規則的に頻度が変異する言語形
(ラ ボヴの云うマーカー)と社会階層の相関関係
特に ア ン グ ロ ・ア メ リカ の よ うな個々 人 の 流動を
許す形で 階層化 さ れ た社会で,
ラ ボ ヴ (1982)な ど
の 社会 言語学者は , ま さ に こ の 種の 統計的変異を 明
らか に示す結果を得た.こ の よ うな社会で は,言語
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的な標準形 と非 ・標準形が生起す る頻度は,あ る特
定 の 「標準性」 の 程度を示す と い う , は っ きり した
社会指標的価値を持ち , また , 話者 の 社会的な 地位
も共示す る. こ の 種の 社会で は標準語 と い う規範に
対 して , あ る種の 「社会言語的な 臼信の 欠如」が感
じられ て お り , こ の 自己不信は , 社会階層の 最上層
に近 い が , 最上層に 属す るわ けで は な い 集団が 最も
強 く持 っ て い る,(こ れ は, フ ォー
マ リテ ィ の 程度
が 異な る状況 によ っ て ,彼 らの 発話する言語形態が
非常 に顕著に変化する事 に示 され て い る.) こ の よ
うな社会言語学的自己不信は,言語 に対する態度 な
ど の 主観的評価に 関す る幾種か の 社会心理学 的調査
結果と合致する事が,過去の研究か ら分か っ て い る.
例え ば,肯定的ある い は望ま しい と見な され る人格
や 地位にか かわ る多 くの 性質 に関 して ,相対的 に標
準語的な 形態を用 い る人 々 を,よ り高 く評価 す る こ
とが挙げ られ る.また,自分自身の発話に お ける非 ・
標準形の 頻度を少なめ に 報告す る一
方で ,標準形 の
頻度は多 い 目に 報告 した り , あ る い は多 い 目 に数え
さえ した り, 更 に は , 完全 に 標準で あ る と報告 した
りさえする こ と,更に 「過剰修正」, っ まり,本当
は標準形 な の だが , 表面的に は非 ・標準的に 見え る
形態を避 けるた め に,例え ば between you and Iの
よ うな実は規範的 で な い ,非 ・標準形 を使 っ て しま
う誘惑 に 簡単 に の っ て しまう こ と, 加え て標準と非 ・
標準の差異に 関連する 言語形態 に,ど の よ うな テ ス
ト に お い て も, よ り過敏 に反応 す る こ と , な ど で あ
る.一
般的に 言 っ て ,中流階級 の 下層部か ら中層部
に か け て が ,こ の よ うな 社会言語的 自己不信を最大
限 に示 し,彼 らの 言語形態 の 発話頻度 は,先に 論 じ
た よ うな特徴的な傾斜の 形を示す.
ま た,男性 と女性 と い う ジ ェン ダーの 対照 を ,こ
の 点 に 照 らし合わせ て 調 べ た時,階層や年齢や民族
な ど,話者達 を各種社会集団 に範疇分 けする他の 変
数 とは独立 して , 同 じ特徴が現 れ る. こ の 意味 にお
い て , ある特徴的な 「女性語」が 存在 し,
そ れ は,
こ の 種の 社会に お い て は現実性を持 っ 現象で ある と
言え る. こ の 「女性語」 とは,標準語 に対する志向
性,つ ま り コ ア サ テ ィ 語に お ける よ う に絶対的,範
疇的に で は な く,確率統計的に 現れ る形で指標 さ れ
る,標準語 と して 明文化された社会規範 に対する志
向性で あ る.男性 よ りも女性 の 方が よ り 「正 しく」
し ゃ べ る と思わ せ る に足 る ほ ど , 社会指標的に 有意
義な頻度に お い て , 男性と女性 の 発話の 体系は,標
準語 に対す る志 向性が違 う の だ.また , それ は , タ
イ語にお け るよ う に言語 の 表面に 公 然 と現れ て お ら
ず, い わば表面下 に 隠れ て い る現 象で あると い える.
標準語化 と社会階層の 間 の 確率統計的な関係を発見
した時に の み,そ の 関係の 体系内で 女性の言語使用
と言語態度の 占thる位置が ,次の よ うな類の 暗黙の
同一一性を持 っ こ とを分か らせ て くれ るか らで あるだ.
つ ま り,こ れ らの 社会に お け る女性の 男性に 対す る
関係 は,社会経済的な階級 の次元に お い て 相対的に
低 い者が , 高い 者に 対 して 持 っ 関係 と同一
で あ ると
い う事を で ある.よ っ て,次の よ うに 言え る か もし
れ な い .最 も 「上手 く」 しゃ べ り,また最 も上手 く
しゃ べ ろ う と志向して い る人々 が,「標準化」 され
た振る舞い や行為が もた らす利得の 慣習的な 理 解に
お い て 最高位に い る人々 が普通 は享受する権力を,
味わ え な い の は奇妙な事だ と云 うふ う に .
こ の社会 言語的な編制が,普遍的で な く,文化に
特有 の事実 に過 ぎな い こ と は , 比較社会学的研究か
ら明白で あ る. こ の こ と は , 標準化 (故に , 言語使
用 の 「正 しさ」)の 両面,つ ま り ジ ェ ン ダー
の ア イ
デ ン テ ィ テ ィ と社会的地位,両方 の面 に関 して 言え
る.と い うの は,ハ イ ム ズ系の言語人類学者オ ッ ク
ス (1974) が 示 した よ うに ,マ ダ ガ ス カ ル 島の メ リ
ナ語 (マ ラ ガ ス ィ )の 言語文化,「良 い 言葉」 に 関
す る文化 で は,正 し く,あ る い は美麗に さえ し ゃ べ
る の は男で あ り,女性一
そ して 子供 , 及び フ ラ ン
ス 人一
は , そ の よ う に しゃ べ ら な い し, また しゃ
べ るべ きで もな い と さ れ て い る.そ して 同 じ く言語
人類学者 アーヴ ィ ン (1975,1978)が示 した ように,
セ ネガ ル の ウ ォ ロ フ 人 は , 「貴族」 と 「グ リ オ ト」
(「無産の 吟遊詩人」) の 間 に カ ース トを 思わ せ る社
会的区分を持ち,こ の 身分的な ア イ デ ン テ ィ テ ィ と
関連 して,貴族の 身分が高ければ高い ほど,そ の 言
葉 は よ り良 くな い もの とな る.なぜな ら, 正 しく一
そ して , 大声 で , 流 暢に, 飾り立て て
一し ゃ べ る
こ と は,貴族 の 本来的な性質 に あま り似合わな い 仕
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事だか ら, 「グ リ オ ト」に回 され て い る の だ,
以 Eが , 言語 使用 の 語用論的な事実で ある と思 わ
れ る.言語 の 二 つ の 全 く独立した側面の 対照性に 注
目 して ほ しい .第一
に , 名詞句に おけ る男性と女性
と い う構造的,概念的区分 の 無標 ・有標 の 範疇関係
と して, 言及機能 に 関わ る ジ ェ ン ダ
ーの 体系が 存在
する.第 :に,語用論的 な言語使用 の 体系が ある.
社会的な相彑行為 に お い て 現れ,ゆ え に社会的な相
ig1行為を理 解する の に必 要な,多様な社会的次元の
間の 類推的な関連を指標する価値を, こ の 体系は固
有に持 っ て い る. こ の こ と を確認 した 上 で ,次に イ
デ オ ロ ギー
の 問題 に進 も う.
言語に つ い て の フ ェ ミ ニ ズ ム の 理 論 , そ して 言語
変革の 為の そ の 分析や規範 , 処方箋 は , 多 くがか な
り抽象的で ,文化的な文脈 を無 視したよ うな 「権力」
の レ ト リ ッ ク で語 られ て い る と は云え,ジ ェ ン ダー。
ア イ デ ン テ ィ テ ィ と社会階層の 間の 語用的な比喩関
係を正 しく, 的確 に捉え て い る よ うに 思われ る. し
か し,こ の 比 喩的関係の 原因で あ る と英語話者で あ
る フ ェ ミニ ス トで あ る英語話者達の イ デ オ ロ ギ ーに
よ っ てが見な され して い る領域は , 言語の よ うな社
会的形態に 関する イ デ オ ロ ギ ーの 作用様式が示す ,
おそ ら く最 も典型 的な歪曲 で あ り, ・ 誤認 の 結果,
そ う見な され て い る に過 ぎな い の だ.と い う の も,
こ の 問題 を扱 っ て きた論考の著者達 は,類縁的比喩
の 原因を,言及 と叙述,男性 ・ 女性 ・ 中性な ど の 名
詞 の 分類,或 い は そ れ に 関連 した言及 ・ 叙述に関す
る い ろ い ろな 事実 な ど の, 言及 機能 の 地平に見出し,
指標的な事実 の 起源が言及 的な 事実 の 中に ある と捉
え て きた の で あ る.更に,言語 に対する イ デ オ ロ ギ ー
的な認知 の 特微を既 に E述 して お い たわ けだが,そ
の 特徴通 りに ,こ こ で もまた,言及の 範疇は,そ の
「自律的な」形式構造に もか かわ らず , 形式的 ・統
語論的な範疇と して 認識 され て お らず 一 ある い は
概念的 ・意 味論的な範疇 と して さ え も認知 さ れ て お
らず 一 直接的に言及的 ・語用論的で あ ると理解 さ
れ て い るの で あ る.つ ま り , 範疇 (タイプ)の トー
ク ン 言語 デ ータ トーク ン が 形式的 に 最 も拘束され て
い な い状況で 起こ っ た時 に示す特定的で,典型的で ,
示差 的な,語用的言及の性質に基づ い て ,言及 の 範
疇 は 理解 され て い る,
時々, 論考の 著者達 は ,
ジ ェ ン ダ ーの 範疇 の 不均
衡な有標 ・無標関係の よ うな現象を , 語用論的な 言
及 の 問題 として 解釈 し,そ の 「自然」 な , 「本来的」
な根拠を発見す る.例えば次に引用する文が示すよ
う に .「女性 の 状況 に特 に ヒ手 く当て は まる用法 を
持 つ 語 は,『女性だ け』 とい う性質を帯 びる.限定
され た 言語使用 の結果,男に は関係 の な い ,概念的
な 『女性の世界』 に対 して だ け, こ れ らの 語 は使用
され るよ うに な る.っ い最近 ま で , こ の 『女性の 世
界』 は 全 く現実 に 存在 して い た.匚中略コ こ の 『女
性 の 世界』 に ,団結 した 女性,姉妹達 の ,あ る種 の
原 ・言語 が 見 出 され る か も知 れ な い 」 (Carter
l980: 229).だが,例えば次に 引用する文 が示 すよ
う に, こ の よ う な 「女性だ け の 」語, つ ま り女性名
詞の独 自性 一 或 い は 「有標性」一
に もかか わ ら
ず, こ の よ うな範疇的な事実自体が不正 で あ ると い
う, 反対の 感情も頻繁に見受 け られ る.例え ば次に
引用す る文が示す よ う に,「私 は読者 に 自分 自身 で
結論を 匚原文で は,his own conclusion ]導 き出 し
て 欲 しい.今 こ の 文で 私が 使 っ た言葉に 注意 して ほ
し い .英語 で は 実際 , 誰 もが ,全 て の 人 [every −
body]が , 男で あ る と見 な さ れ て い る の だ 一彼
ら [they]が男性で はな い こ とが 明 らか で な い 限 り
は.そ して こ の 種の 言語使用 は,端的に 言 っ て 馬鹿
げて い る.社会的現実を正確 に反映 して い な い か ら
だ .そ れ が言語 が 果た す べ き最低限 の 役割で あ る に
もかか わ らず」 (Carter l980: 234;英文 の 単語 の 強
調は シ ル ヴ ァー
ス テ ィ ン に よ る). こ れ らの 言説 の
要 に な っ て い るの は , 標準語 は , 「現実 の 世界」 へ
の 真 の 手引書,「現実 の 世界」 に 我 々 が 言及 で き る
よ うに導く真実の, 誤 りな き案内番で あ り,また,
そ うで なけれ ばな らな い と い う見解で ある.これ は,
標準平均欧州 (SAE )言語で あ る英語文化 に浸 っ
て い る我々 自身が , 言語 の 本質 に 関 して 抱 い て い る
一般的,総括的な イ デ オ ロ ギ ー
で あ る.ジ ェ ン ダー
と言葉 の 問題 に 関す る議論は,女性 の 言葉の 独自性
を謳 う側で も,女性 の 言葉 の 被抑圧性を告発する側
で も, こ の 言語 イ デ オ ロ ギーに基づ い て 展開 して き
た.新 しい 「標準語」,新 しい 言語規範 の 主唱者達
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に よ っ て ,上 の 引用文の よ うな文脈 で ,hisを使 う
か,herを使うか と い う選択は,一種 の 病 と して 診
断され,言語問題 とな っ て い る,古い標準的用法を,
我 々 の 英語 の 代名詞 の 体系 (よ り正確に は,照応的
言及の 体系)か ら削除す る こ とが,そ の 処方箋,規
範的処置で あ り, こ の 問題に関連する多種多様 な分
野で ,多 くの 異な っ た処方箋が 出され て い る.
特定の 言語文化の 内部に 生まれ育 っ た土着 (ネ イ
テ ィ ヴ) の 言語使用者が ,ジ ェ ン ダーの 言語表現 に
対 して 持っ イ デ オ ロ ギ ーと,言及 と語用 の体系が,
相互 に絡み合 い 衝突 し合 う , こ の よ うな事態 は , ま
だ まだ進行中で あ る. しか し,こ の 紛争 の 結果 と し
て もた らされ る言語変化は,大体予測可能で あ る.
お そ らく,言語変化 へ と繋が っ て 行 く歴史的過程の
性格 は , 既にそ の 結巣が 「完了」,我 々 が こ の 言葉
を使 い うる限り に お い て 完 ゴして い ると言え る が ,
か っ て 起 こ っ た英語の 言語変化 と歴史的に比較する
事に よ っ て ,よ り良 く把握で き る だ ろ う,
ひ とつ の パ ラ レ ル : 英語の 人称代名詞
こ れ か ら考察す る言語変化 は,近代英語の 構造の,
こ れ ま で に 見て きた もの と は 異 な っ た面, つ ま り
「人称」 と 「数」の 局面に 関 して 起 こ り, 現 在の 英
語 の 共時的様態を もた らした もの で あ る.図 4 に 示
した よ うに , 近現代英語の体系は ,
一人株 二 人称
二人称の 区別を 持 っ . こ れ ら は , 談話の ト ピ ッ ク
(言及対象)を談話状況 の 参加者に関係付けて ,「話
者」,「聴 き手」, 「そ れ以 外」と い う よ う に区別す る.
ま た ,一人称に お い て は,単数 と非 ・ 単数 (い わゆ
る 「複数」)と い う数の区分が あ り,三 人 称 に お い
て は , 複数と非 ・複数 (い わゆ る 「単数」) の 区別
が あ る.三人称の非 ・ 複数は , 先に 示 した よ う な図
一人称 二 入称 三人称
単数 1 非 ・複数 She, H 銭 1
非 ・単数 WeYou 複数 They
図 4 近現代英語 の名詞句の範疇 (人称,数 ジ ェ
ン ダー)
式 に従 い,ジ ェ ン ダーの 区別を示す.少な くと も標
準英語 で は,二人称にお い て数 の 区別は 見 られ な い
こ と に注意 した い .
こ の よ うな英語 の 体系は,図 5 に示 したよ うな ,
人称 と数 とい う文法範疇が,名詞句 に お い て 取 りう
る , 多 くの異な っ た体系の 中の 可能性 の一
っ に過 ぎ
な い .人称 と い う範疇 は,話者が,「話者」 や 「聴
き手」 と い っ た 状況的,文脈依存的な役割との 関係
で 人 (々 )や 物 (々 )に 言及す る こ とを許す も の で
ある.こ の範疇の ド位範疇は , 図 5の最上部の欄に,
一般に よ く知 られ て い る名称で 示され て お り,そ れ
ぞ れ の下位範疇の 詳細 は t そ の 下に 続 く列に示 され
て い る.図 5 の 両端の 列に は ,三 っ の 異な っ た数 の
タ イプが示 され て い る.(最初の 三 つ の 人称 と , 四
つ 目の 人称 ,つ まり 「三人称」,に対 して , こ れ ら
の 数 の タ イ プ は異 な っ た名称 を付 け られ て い る.有
標 ・ 無標関係が 異な る為で あ る.) こ れ らは , 言及
対象 の 数量 につ い て の 言及を行 うもの で あ る.
図 5 に見られ るよ うに ,「包括的一
人称」 は , 少
な くと も話者 と聴き手両者に言及す るの で ,必ず非 ・
単数 で あ る.話者と聴 き手以外の 他者を指 さな い 時
に は双数 とな り, 指す時に は複数 とな る.所謂 「排
他的一人称」 は , 単数の 時は話者だ けを指 し, 双数
の 時は , 話者 に 加え て 他者を一
人指 し, 複数 の 時に
は , 話者 と多数 の 他者を指す .同 じよ うに,二 人称
は , 聴き手を中心 に して , 人 (々 )に言及する.単
数 の 場合に は,聴 き手 の み を , 非 ・単数 の 場合に は
聴き手に加え て も う一人 , あ る い は多数 の他者を指
す. こ れ らと違 い, 二 人称 は,必ず しも談話 の 参加
者を含 む言及対象を指す とは限 らな い の で , よ く見
られ る タ イプ の 思考 に従 っ て , 談話 の 参加者以外 の
もの だけ に 言及 し て い る よ うに思 われ て い る.三 人
称 の 範疇は,あ た か も談話行為 の 「他者」 で ある か
の よ うで ある。三人称で は , 単数で はな く,複数が
有標の 数範疇で あ り,言及対象が 「一っ 以上」 で あ
る事を特定的に示 して い る.[訳者註 : 論理 学 や 分
柝哲学,語用論に お い て よ く知 られ て い るよ うに ,
名詞 に よ る言及 は,あ る言及対象 を , 他 の 物体か ら
区別 し,個別化す る こ とに よ っ て なされ る.三 人称
の 言及対象 は言及行為や 談話の外部に あ る為,言及
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され るまで は談話に お い て個別化され て お らず,よ っ
て 対象を個別化す る言及行為 ,つ ま り単体化が無標
の 言及 行為と な っ て るた め, 単数が 無標 の 数範疇と
な る.一方,三 人称以外の 人称の 言及対象は話者や
聴き手 を中核 と して お り,こ れ らは名詞に よ っ て 言
及され る以前 に,発話行為 自体に よ っ て , そ の 発 話
行為 の 行為者や受 け手 と して ,既 に個別化 され て い
る.故 に,こ れ ら の 人称で は, 既 に 個別化 され て い
る言及対象が単体で ある事を示す言及行為 は有標で
あ り, 結果,単数は有標の数範疇 とな る.] 三 人称
の 非 ・複数 は , 有標 の 双数 と無標の単数に分かれ る.
三 人称が数 の 区別に よ っ て違 っ た形 を持 つ 場合, 単
数形が,単体を示す の み で な く,物 の抽象的な本質
や,ある物の 種類全体を代表する典型,ある い は全
て の 可 能な 言及 対象一
般を示す事,そ して ,抽象的
で 「不加算」 な物を示 す語彙の 範疇で あ る事が , 三
人称 の 単数が無標で ある事を証 して い る.
図 5 に示 され て い る体系か ら,三人称単数が,全
体系内で最 も無標の 範畴である事が分か る.こ の 体
系か ら演繹で きる言語構造に つ い て の 推測 の 非常 に
多 くを,実際に諸言語 が示す 共時的様態や 言語変化
に お い て 観察す る事が で き る.そ の 内 の一
っ を以下
で 取 り扱 うが ,それ は , 三人称複数 に対 して 非 ・複
数が無標で あ る と い う事実 に 関連 し, 図 4 に あ る よ
うな近現代英語特有 の人称 と数 の 体系 の 発生 を理解
す る の に 必要不可欠 な要件 で ある,
と い う の も, 近現代英語 の 人称 と数の 体系に 関 し
て 気付か ず に はおれ な い一一
っ の 特徴 は,二 人称の範
疇に,言及機能や意味論 の 観点か ら見て , 不規則性
が ある よ う に思われ る事だ.一人称に 見 られ るよ う
な単数と非 ・単数 の 区別 , 三人称 に見 られ る よ うな
複数 と非 ・ 複数の 区別が,
二 人称 に は欠如 して い る.
英語は昔か らい っ もこ の よ うな体系を持 っ て い た の
か ? もしそ うで な い な ら,ど の よ う に して こ の よ
うな体系 は発生 した の か ? もしも仮 に言語構造 と
い うもの が ,純粋 に言及 と叙述に関る意味論的体系
で あ る とすれ ば,ある言語が 他の 人称に数の 区別を
設 ける場合,二 人称 に も同様 の 区別を設ける こ とが ,
図 5か らも予想 さ れ る だ ろ う. しか しそ うで はな く,
あ る言語構造 の 文法範疇の 構成の 中に入 り込 み , あ
る い は入 り込 まざ る を え な い よ う な,整然 と した言
及 ・叙述 の 構造的な制約を 「覆す」よ うな,他 の 要
因が あ るの で は な い か ? こ の 近 現代 英語 の 二 人称
の 範疇は,正に そ の よ うな ケ ース に思われ る.実際,
近代イ ン グ ラ ン ドの 社会史や , そ の 中か ら現れた近
現代標準英語 の 形態に こ の 社会史が 与え た特定の 力
の 働き方 と い っ た,は っ きり した歴史的説明項 を,
私達 は持 っ て い る の だ. 二人称代名詞 の 範疇 は , 強
力な社会的価値を持 つ 指標を含む語用 の 体系 に巻 き
込 まれ,イ デ オ ロ ギーの 闘争 と変遷の 強 い 影響力 に
さ らされ た 言語形態な の で ある.
文献学的証拠 に よ る と,古英語の 二人称 の 範躊は,
近現代英語 よ りも規則的で , 単数,複数,そ して お
そ ら く13 世紀 まで ,双数 の 範疇が あ っ た . ま た,
人称を表す形は格の 区別 も同時に示 し,人称形 に よ っ
て 示 され る対象が,統辞的な節 に よ っ て叙述 され る
特定 (有標 )
包括的(一
人 称〉 排他的(一
人 称) 二 人 称
一般 (無標)
三 人 称
単数
(有標 )
聴 き手 を 除外 し、
話者を指す
聴 き手を指す一
人(個)の
他者を指す
単数
(無標)
非 ・複数
(無標)
双 数
(有標)
話者 と聴 き手
を指す
加 え て 、
一人 の
他者を指す
加 え て 、一人
の他者を指す.
,【呻.貯.「 . 囲
二 人(個)
の他者を指す
双数
(有標)
非 ・単数
(無 標)
複数
(無標)
加えて、一人
以上 の 他者
を指す
加え て、もう
一人以上 の
他者を指す
加えて、もう
一人以 上 の
他者を指す
多数 の
他者を指す
複数
(有標 )
図 5 人称と数と い う名詞句範疇の 普遍的な可能性 (有標 ・無標関係を明記 した)
一 94 一
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小山 徳地 1 翻訳 言語と ジ ェン ダーの 文化
命題 にお い て , どの よ うな機能を果たすか 示して い
た .例え ば, 主格形が 「主語」機能を,目的格 ・与
格形が い ろ い ろ な 「目的語」機能を表 した.単数の
範疇で は ,二 人称 の 主 格形 は thu で , 円的格 ・与格
形は the で あ り, か な り規則的な音変化に よ っ て ,
こ れ らの 形 は近代英語 の thou や theeと姿を変え て
生き残 っ た.複数 の 範疇で は,占期英語 の 主格形 と
目的格 ・与格形 はそ れぞれ ge ・と e ・ow で , こ れ
らの 形 も近代英語 の ye と you と し て 残 っ た. こ れ
ら の 4 つ の 形態 は未だ全 く忘れ去れ たわ けで はな い
が , you の みが現代 の 標準英語 に残 っ て い る.以 下
に そ の 概略を示すの は , 以下 に そ の 概略を示すの は,
you 以外 の 形態が使わ れな い 事態を導 い た 構造 的 ・
語用的意味の 変化で あ る.
13世紀に お い て ,ア ン グ ロ ・ノ
ー マ ン ’ フ ラ ン
ス 語 の 文化的優位 の 為,そ う い っ た 文化の 影響 を受
け , 洗練され た言葉を話そ うと した教養の ある英語
の 話者達は ,二 人称代名詞の 使用法の所謂 「丁寧体」
と 「親近体」 と云 う フ ラ ン ス 語の区分を取 り入れた.
こ の, 単数 の 聴 き手を 二 人称単数形か 二 人称複数形
で 指示言及す る と い う区分 の 結果, thou / thee と
ye/you とい う形 は , 厳密に 言及的 な数 の 範疇 に よ
る区別 の 他に , 社会指標的な 価値を 受け持 っ 事 とな
る.イ ン グ ラ ン ド に お い て 上層階層 や出自の良 さ と
結びっ い て い た フ ラ ン ス 語的用法 は,対応する範疇
に直裁 に翻訳 され て 英語 の 使用法に入 っ て来た の だ.
あ る特定の 社会指標的価値を伴 っ て ,(現代) フ ラ
ン ス 語 の tu/te/ton / tien が thOU / thee/ thine
とな り, VOUS / vot 「e/ V・t「e が ye/blOU/「VOU「 (S)
とな っ た の で あ る.
こ の 問題 に関 して ブ ラ ウ ン と ギ ル マ ン が 1960年
の, 今日で は古典的 ともな っ た論文で示 したよ うに,
話者間の コ ミ ュニ ケ ー
シ ョ ン状況 の 二 っ の 社会的次
元 , 先に扱 っ た タイ語 の 場合に も見 られ た二 っ の 社
会的次元 を用 い , thou そ の 他 (T) と,ンe そ の 他
(Y )の 社会指標的価値 を考察 して み た い .図 6 を
参照 し て 頂 き た い .(以 下で は,
ブ ラ ウ ン と ギ ル マ
ン が フ ラ ン ス 語や ロ シ ヤ 語の 二人称代名詞の 短縮形
と して 用い た T と V の 代 り に,英語 の 二 人称代名
詞 の短縮形 T と Y を用い て い る.) まず第一に , 聴
き手に対 して話者の 持つ 「権力」 (ある い は地位)
の 優勢 。劣勢 と い う次元が あ る.話者 と聴 き手が異
な っ た二 人称形で お互 い に話 しか けるとい う意味で,
こ の次元 は不均衡 , 非相互的な対話関係で あ る.権
力関係で 優位な聴 き手 ,つ ま り 「上位」に あ る聴き
手に は,話者 は Y で 話 しか け (比喩 的に 言え ば ,
い わ ば,申し 「上げ る」),逆 に,劣位,つ ま り 「下
位」に あ る聴 き手 に は T で 話か け る (い わ ば , こ
き 「下ろ す」 こ き 「下ろ す」).図 6で は , こ れ らは
縦 の 矢印 の 向きに よ っ て 示され て い る.第二 に,
こ
れ は特に 地位が対等な者 に 対 して 当て 嵌は まる の だ
が,話者 と聴 き手の 間に 「連帯性」 (人間間の 同一
性,親近感) と い う次元が あ る.話者 と聴 き手が同
一の 二 人称形で お 互 い に 話しか ける と い う意味で ,
こ の 次元 は均衡 な , 相互 的な対話関係で あ る.連帯
性 を持つ 聴き手に は T で 話 しか け,連帯性 を欠 く
聴 き手に は Y で話 しか け る.
図 6 に よ り一
目瞭然 で あ る よ う に , こ の 17 世紀
迄 の 初期近代英語で 確立 され た 二 人称 の 語用の 体系
も,再び,地位 と親近感の 相反関係を示 して い る.
権力関係で 上位に あ る者 へ の 話 しか け で あ る事を示
す記号 は , 親近 感を示 さず に話 しか け る 記号 と同一
図 6 thee (T)と you (Y )に よ っ て 指標され る談話参与者の権力 と連帯性 (親近感)の 状況 的関係 (ブ
ラ ウ ン とギル マ ン (1960)か ら)
一 95一
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社会言語科学 第 4 巻第 2号
で あ る.公的な 言語,っ ま り真に個人的で はあ らず
社会的地位 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ に依拠せ ね ばな らな
い よ う な,連帯性を持た ない者の間で な さ れ る コ ミ ュ
= ケ ーシ ョ ン の 言語が ,な ぜ 二 人称 の 言及 に Y だ
けを用い て い たか は 臼明で あろ う.また , なぜ上層
階級 の 人 々 や , よ り一
般 に は 出自の 良 い 人 々 が,自
らの 地位の 指標と して お互 い に Y で 呼 び合 っ た か
も自明 で あ ろ う.(二 人称 の 体系 の 将来 に , こ れ は
重 大な意 味を持っ 事 に な る.)大体 1600年まで に は,
話者 と聴 き手の 間で 相互 に Y で 呼び か け る爭が ,
文化的 に 洗練され た 使用法とな り, 「上位階層」 や
「出自の 良 さ」 と い っ た社会的指標価値を もつ よ う
に な っ て い た.Y 形 に よ っ て指 し示 され る こ う い っ
た状況 的変数が , 転喩的プ ロ セ ス を通 して , (T 形
との 対立 に お ける) Y 形 自体が持つ 社会指標的価値
とな っ て い た の で あ る.
こ うして ,二 人称代名詞に は一
種の 二 重の 機能的
価値が与え られ て い た の で あ る.一っ は , 聴 き手 を
個人 と して (thou/ theeの 場合), 或 い は彼 (女)
の 集団を発話状況 に 結び付け,限定す る人物と して
(ye/you の場合),言及 し指標す ると い う機能で あ
る.もう一
っ は,複雑 で 相互に 関連 しあ う,多様 な
社会指標的な 意味の 体系 に よ っ て ,話者と聴き手の
問の 権力 (非相互的な T /Y の 使用)及び連帯 (相
互的な T / Yの 使用)関係 を指標す る機能で あ る.
確か に , 形態的な変化が幾 っ か あ る に は あ っ た.例
え ば,
16世紀に 〉,e (主格) と )
iou (与格 ・日的格)
の 文法的区分 が 徐 々 に 失 わ れ,す べ て の 格機能 を
yOU と い う,よ り単一な形で 示す よ うに な っ て い っ
た.
しか し,二 人称 の指標的使用法の 基本的な体系は
17世紀に 入 っ て も変わ らな い か っ た い .例え ば ,
ワ イ ル ド は以下に よ う に伝え て い る.「トマ ス ・モ
ア卿の 義理 の 息子で あ る ロ ウ パ ーは , 彼が そ の 著名
な父親に つ い て書 い た伝記 の 中で ,モ ア が , 伝記 の
著者,つ ま り 『わが 若輩息子 ,ロ ウ パ ー
』 に話 しか
け る時に は thou や theeを用 い ,伝 記 の 著者が ト マ
ス ・モ ア 卿 に話 しかけ る時に は you を用い て い る」
(Wyld 1920: 330). ブ ラ ウ ン と ギ ル マ ン (1960)
もまた,二 人称 の 使用法 の 社会的次元を映 し出す多
くの 例をあげて い る が , こ の 中に は , 1603年に ウ ォ
ル タ ー ・ ラ レ イ卿 (1552?−1618) が 反逆 罪に 問わ
れ た裁判で ,法務長官 エ ド ワー
ド ・コ ウ ク卿が , 被
告人 に 向か っ て語 っ た次の よ うな演説 も含 まれ て い
る.「全て が [中略] お前 の [thy] 扇動 に よ る の
だ. こ い っ [thou],こ の 欺 く蛇め . お前 を 私 は
『お前』 と呼ぶ [1“thou
”thee], こ の [thou]売
国奴が.」 言葉 の ナ イ フ で 開 い た傷 口 に 侮蔑 の 塩
を擦 り付け るよ う に, コ ウ ク は低級 な者に 向け られ
る T 形 を繰 り返 し使 うだ けで な く,
バ ン ヴ ェ ニ ス
ト (1966)が い み じ くも 「発話か らの 派 生動 詞」
delocutionary verb と呼ん だ形態を用 い て い る. つ
ま り,thou と い う発話 され た名詞形 の 引用か ら派
生 した動詞の thou を使 っ て い る の だ (“ to [say ,]
‘thou ’ to someone ”
〉“ to thou to someone
”
;
「誰か に 向か っ て 「お前』[と呼ぶ ]」〉 「誰 か に 向
か っ て お前る」).こ う して ,普通の洗練 され た社会,
特に貴族の 称号を 与え られ た者 た ちの社会に お い て,
そ して 裁判 と い うフ ォーマ ル な状況 で 当然期待 され
るよ うに は , 聴き手をそ ち ら様扱い せず,お前扱い
して い る事を ,コ ウ クは 言明 して い る. 1649年 の
チ ャー
ル ズー世の 裁判で は , 被告 も裁判長 もお互 い
を均等に rvou (そ ち ら様 ) と 呼 び 合 っ て い る
(Barber l976: 48−50).そ し て バ ーバ ーが 言 う よ う
に,「階層が均衡な者同士の 問の you の 使用 は, よ
り低 い 階層の 者達に よ っ て真似 られ ,社会階層 の 下
方 へ と広 ま っ て 行 っ た.1600年 まで に は,丁寧 さ,
洗練 さを少 しで も自負す る 全 て の 階級 に お い て ,
ンo π は,単数代名詞の,普通の ,無標の 形で あ り,− h
’ thou は , 例えば話者 の 感情や 社会的優位性 と
い っ た特殊な意味を含 む形と な っ て い た 」 (Barber
1976; 210).しか し,1700年迄に は,元来 の 二 人称
単数代名詞で あ る thou の 使用は, もは や 生産 的 な
言語形態 と して の命を終え て い た の で ある,なぜ で
あ ろ うか ?
イ ン グ ラ ン ドの 17世紀 は,か な り大 きな 政治的 ,
宗教的 , 知的動乱を経験 し,あ る真の 意味 で ,近現
代英語文化の 形成期で あ っ た と言え る.こ の 時期の
最 も重要な変革と思 われ る出来事 は , こ れ ら三種 の
社会機構 の 内 の ,どの 観点か らで も迫 る こ とが で き
一 96一
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小山 徳 地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化
る の だが , 我 々 の 時代 と違 い,
こ の 当時,こ れ らの
機構の 間に 区別は 存在せず,渾然一体 とな っ て い た
事 は明 らか で ある.例えば,興味深 い こ と に,政治
的な闘争 は , 説教壇 か ら , 国家の 権威と競合関係に
あ っ た多種多様 な プ ロ テ ス タ ン ト諸派 の 役職や セ ク
ト に属する者が行 っ て い た。知的な生活はと い えば,
他の どん な者 に も負けず劣らず,大学 や そ の他の 場
所で な され る聖 職者の 発言に彩 られ て い た の で ある.
こ の よ うな 17世紀 の 込み入 っ た 状 況の 中で ,一
体 どれ が我 々 の 議論に 直接関連 し て い る社会史的な
動流 で あ るか を判別す べ きで あ ろ う.(Haller 1938、
Hones 1953, Barber 1976 な どを参照の こ と.)まず
最初に,宗教的な言説が,神 の, あ るい は神以外の ,
「真理 , 真実」 の性格 を問題化 した.そ して , こ の
真実が,人々 と世界と の 関係に 入 り込 む言語 な どの
象徴体系 におい て,い か に 表象 され て い るか,或い
は,され る べ きか と云 う事が 問題 とな っ た.程度の
差 こ そ あれ,多様な プ ロ テ ス タ ン ト の 信仰 は全 て ,
神の 真実 を個 々人の 内に あ る もの と した.こ の 結果,
組織が公式に 与えた 「真実」 に,民衆 を羊の如 く従
わせ る事が で き るよ うにと確立された教会儀礼を通
して 入念に練 り上げ ら れ た い か な る形式的な教義 に
も匹敵す るほど,民衆や民衆以外の 入々 の, 個人個
人 の 経験 ,つ ま り彼 らが言語 など に よ っ て 表出 しう
る個人的な体験が,プ ロ テ ス タ ン トに と っ て 重要 と
な っ た. こ の よ うな イ デ オ ロ ギーが
, 進展を続け る
反 ・教会組織 の 言説 の 中に一度現 れ て しま え ば,
「ローマ 」的な権威に 抗す る,イ ン グ ラ ン ド土着 の
,
政治的に是認 され た英国国教会 の 確立 と い う次元 を
超え出て ,こ の イ デ オ ロ ギ ーが持 っ 方向性を,次の
よ うな所 に まで 貫徹する の を防ぐ もの は何 もな い.
っ ま り,い か な る教会や国家の 権威 さえ,個人の宗
教的な一
そ して 非常 に危険な事に , 市民的な 一
体験や信仰が持っ 心霊感応 的な 実感や,「真実」,に
反する もの と して , 異議申 し立 て の 対象 とす るま で
に な っ て きた の で あ る.そ して 現実 に , 我々 が今 目
な ら 「極左」 と で も呼ぶ よ うな人 々 が , 平等主義と
個人的 自由意志の イ デ オ ロ ギ ーを そ の 限界,そ して
限界 の 彼岸まで 押 し進めた. イ ン グ ラ ン ドの 17 世
紀 は , 王,宮廷,教会な ど の 組織の 権威 と,個 々人
の 経験的な体験 と呼び得 る もの の間で の,一連の 継
続的な闘争 と して 展開 した の で ある.言語一
表象
の意識と, そ の 意識の 対人的伝達 の主要な体系 と し
て の 言語 一は , 幾 っ か の 仕方で , 政治宗教的 ,
そ
して 知的領域の 再編制に 巻き込 まれ た の で ある.
第一
に, こ れ は ヨー
ロ ッパ 大陸 に 見 られ た 動向と
足並 み を揃 え る もの で あ るが,英語が単 な る地域の
方 言で はな く,
一個 の 「言語 」, 英国の 独 自性 を 表
象す ると い う象徴的な 価値を伴 っ た言語 で あ る とい
う意識が現 れ た.一
個 の 言語と して の英語 に と っ て,
文法や,文体 。話体,修辞な どが , ラ テ ン 語 , 古代
ギ リ シ ャ 語,古代 ヘ ブ ラ イ語等 の 権威ある言語 に と っ
て と同 じ ほ ど問題 とな っ た.(Jones 1953: 272−323,
Michael 1970, Barber 1976: 65−142を見 よ.) こ れ
らの 古典的な言語に代表され る既成秩序 の権威 一
特に ラ テ ン 語で 書かれ た ス コ ラ哲学の 晦渋な修辞が
示す病的な異常肥大 の 如 き特徴 に よ っ て 代表さ れ て
い た,教育的,知的,宗教的,市民社会的権威一
こ の 伝統的な権威に 対す る反抗を行 うの に適 した伝
達手段で あ る と して,英語 は時が進む に つ れ て ます
ます見な さ れ る よ う に な っ て 来た の で あ る.
こ の結果,「真実の 」経験科学, つ まり当時 「自
然哲学」 と呼ばれ て い た学を確立 しよ うと奮闘中で
あ っ た ベ ーコ ン 主義者達が , ラ テ ン 語とギ リ シ ャ 語
を拒絶 し, 修辞的な 装飾 に 覆わ れ て い な い 平明な英
語 を推奨す る運動を推進 した こ とは驚きに値しな い.
修辞的な補飾 は,「真理」や論理 , そ して言語 の 外
に 存在す る世界を , 万人が経験的に, 実践的に 手に
入れ る の を防ぐ悪 しき障壁で ある と,彼 らは見な し
た か らだ.こ の 運 動の一
っ の 到達点 で あ る 1660年
の 王立学会の 創立 は,言語な ど の 象徴的な表象 と外
的な経験的真実 との関係の 問題に 焦点を当て , 学会
は厳然た る権威を も っ て ,科学的な言説 に お ける平
明な英語 の ス タ イ ル を善 しとす ると決議した.1667
年 に , こ の 自然哲学者の 集団に っ い て,主教 トマ ス ・
ス プ ラ ッ トは , そ の 著作 『ロ ン ドン 王立学会の歴史」
で 次の よ うに描 い て い る.「だか ら,彼 らは 最 も厳
密 に,文体 ・ 話体にお け る肥大,脱線,膨張を全 て
拒絶 した.最 も厳密に , 原初的な純粋 さ と簡潔 さへ
と回帰 した.あ れ ほど多くの物 に つ い て ,同 じ ぐら
一 97一
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い の 数の 多 くの 言葉が 使われ て い たあ の 時代 に で あ
る.彼 ら は会員 に 厳 しく要請 した.親 しみ やす く,
飾 り気な く,自然な 話 し方を.直裁な表現 を.明瞭
な意味を.土着の,地に足 の っ い た平易 さを.で き
る だ け数学的な平明さ に 森羅万象を近づ け る よ う に
と (Barber 1976: 132か ら転載). ス プ ラ ッ トが 外
延へ の 表象の 問題を太字体 (原文で はイ タ ッ リク体)
で 強調 して い る事 に留意 した い .語が物を表象する.
そ して , こ の 表象関係に お い て ,真理 を直裁に表 し
伝え る事が で きる ,つ ま り真理 に 向か っ て 開かれ た
透明な窓に な っ た , 「数学的」 な平明 さを持 っ た英
語を通 して , 科学的な言説 は真理 へ の 道を突 き進 む
の で あ る.
注 目す べ き は,まさ しくこ の よ うな言語観が , 清
教主 義の多様な 「水平化運動」,平等 主義運動 の セ
ク トに も現れ る事 で あ る.彼 らは,古典の 教養や修
辞的装飾を ,い わ ゆ る平明体英語で 表 され る個人的
な信仰 の 真 の 栄光 を妨げる , 既成の 高慢な宗教的権
威の 邪悪な業で ある と考えた.主流派で ある支配階
層 の 既成の 英国国教会主義や,後に 現 れ た長老派 に
対抗す る こ れ ら の セ ク トの役割に つ い て,
ハ ラ ーは
次 の よ うに 言 っ て い る.「彼 らの 主 な重要性 は,彼
らが ,清教徒 の 説教一
般,聖 書の 翻訳 と出版,読 み
書 き能力の 広が り に よ っ て ,確実 に 進行 して い た イ
ン グ ラ ン ド社会 の 民主化 の 兆候で あ る と い う事で あ
る.運動 の 全体が志 向 して い た 究極 の 目標は , 聖 書
の 読者で あ る民衆 と い う基盤の 上に,社会を再編成
す る事に あ っ た の で あ る.カ ル ヴ ァ ン 主義は , 既成
の 体制 の 階級的区分に対抗す る,貴族制 の 新た な 基
準を設定す る事に よ っ て ,こ の 運動が 前進する の を
助 け た . しか しま た,カ ル ヴ ァ ン 主義 の 内部に は,
平等主義 の 観念 も暗に存在 して い た.こ の 平等主 義
は,貴族制の 枠組み の 内部に留ま るもの で はな く,
説教者が民衆 に伝道せ ね ば な らな い と い う必 然性の
為に , 常 に前面に押 しや られた. [中略]神の 恩 寵
に よ る選 びと救済が,それを本当に欲 した者に は誰
に で も于に 入 る と い う ふ う に考え な い こ と は難 しく
な っ て きた .更に,唯一
の 真 の貴族 は精神 の 貴族で
あ り,い か な る人間 の 判断 の 基準を も超え て い る と,
カ ル ヴ ァ ン 主義の 説教師が一
度認 め て しまえば,神
の み が誰 が優れ て い る か 分か る の で あ る か ら,社会
の 中の 全て の 人が同 じよ う に扱わ れな ければ な らな
い と宣 言す る方向に大 きな一
歩 を踏み 出 した事に な
る.確か に , 説教師の大多数自身も, 失い た くな い
地位と名声を持 っ た専門家 の 知識人で あ っ た の だか
ら,内部改革 は推奨 して も,国教会の 体制自休は保
持する とい う考え に固執 し, 彼 らの 教条が持 つ 破壊
的な含み が あま り に極端 に ま で 押 し進 め られ な い よ
うに 全力を尽 く しは した.だが , 彼らの 考え の 前提
は認め る と し て も , 彼 らの 中か ら, そ して 彼 らの 周
囲か ら,改革の 緩慢な進行を待ち きれ な い 多 くの 性
急な個人が現れた こ とは,全 く自然な事で あ っ た」
(Haller 1938: 178)。最 も過激 な 神学が示唆 した の
は , 聖職者で は な く俗人 に よ る平等主義で あ り, 分
離派的思考で あ っ た.っ まり,国教会 の 組織 に は関
係な く,信仰の み に よ っ て 神へ と結ばれるよ う自発
的に契約 した個々 人 の集団 と して の 会衆 と い う考え
で あ る, ハ ラー
が 言う に は , 国教会か らの 分離主義
は,「清教徒 の 信仰 と教条が持 っ 宗教的個人 主義 の
極端な表現で ある,こ の個人 主義 は,全 て の 人間を
神 の 前で 急激に 平等化す る もの で あ っ た.更 に , 国
教会に異議を唱え る説教者達 は,た とえそれ が ど の
よ うな者で あれ,で き る限 り多 くの 人 々 を改宗させ
る事を望ん で い た し,実際,い かな る平等化 に よ っ
て も,失 うよ りも得る物 の方が人 きい だ ろ うと考え
た人 々 ,っ ま り平民 ・貧民層 の 内に , ますます多 く
の 改宗者を見出 した.[中略] そ の 結果 , 清教徒 の
説教者達の 主流派に国教会で あれ ほど辛辣に反対さ
れ は したが,神学的に は t カ ル ヴ ァ ン 主 義が倫理 ・
社会面 に お い て 持 つ 最 も重要 な含意 の 自然 な表現で
ある二 っ の思想,っ ま り万人 に 与え られた 普遍的な
恩寵 と自由意志 と い う思 想は , 清教徒 の セ ク トの 中
で 開花 した 」 (1938: 181).そ して , こ れ ら の 思想
が特に 華を咲か せ た の は, 兄弟団一
或 い は彼 らが
17世紀半ば迄 に そ う呼ばれ る よ う に な っ た名称で
言 えば, ク ウ ェーカ ー教徒 (心霊感応者達)
一 に
お い て だ っ た. ク ウ ェーカ ー達 は
’
十朋 英語を身に 纏
い , こ れ を彼 ら が信 じ た絶対的な 真理 の 指標 と した
の で あ る.
実際,兄弟団 の 創始者で あ るジ ョージ ・フ ォ ッ ク
一 98一
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ス (1624−1691)の攻撃対象 の一
っ は , 上述 した よ
うな既成 の 指標的価値を持っ ye や you と い っ た 代
名詞の 用法な どの言語行為の 持つ 象徴的意味に関わ っ
て い た.兄弟た ち に と っ て , 聴き手へ の 服従 ・尊敬
や , ス タ イ ル の 洗練な ど の, bleや yo 膨 の 発 話が 持
っ 指標的価値 は , 神 の 前で の 万民 の 市民的平等 に 真 っ
向か ら対立す るもの だ っ た.初期 の ク ウ ェーカ ー
の
指導者達は , こ の 問題 にっ い て多 くの断定的発言 一
っ ま り , こ の 指標体系に つ い て の彼 らの イ デ オ ロ ギー
的な 「合理 的」解釈一
を行 っ て い る.彼らが解釈
する と こ ろ に よれば , 代名詞 の 用 法は,物の 「自然」
で , 本来的で ,神聖な秩序 に対す る真実 と誤謬の 問
題とな る.17世紀中葉 の ク ウ ェーカ ー達 は , 二 人
称単数には必ず thou や thee を用 い , yθ や blouは
徹底的に使用を避 け た .こ れ は 当時の イ ン グ ラ ン ド
の 社会 に お い て ,衝撃的で ,無礼で ,侮辱的な用法
で あり,「高慢」 で 「身の 程知 らず」 の 宗教的 ・市
民的権威に向か い,疑 い よ うもな い挑戦状を叩 きっ
ける よ う明瞭に意図 された もの だ っ た.
ク ウ ェーカ ーが thou や thee で聴 き手に話 しか け,
そ して 話 しか け る事を推奨 した時 に,彼 らが利用 し
た の は , こ れ らの 言語 形態が ,英語訳 の 聖書で 使わ
れ て い て , そ の 使用法 は T と Y の 亅’寧な 対人的使
用 と異な っ た語用機能 の領域 を持 ち続 けて い た と い
う事実で あ る. こ の た め,ク ウ ェーカ ー教徒は,紛
れ もな く地上に再び現 れた,神の 書 , 聖書の 民で あ
る事に な る.即 ち, ク ウ ェーカ ーが T 形 で 聴 き于
に 話 しか け る時,そ の 指標的な含意と して,彼 らは,
自分達が,他 の ど の よ うな人々 よ りも 一 特 に , 王
に属する権威よ りも一 多 くの正 当性を持 っ 者で あ
る と称 して い る の だ.代名詞の もう一
つ の 機能体系,
っ ま り丁 寧 さの 体 系で は,王 は必ず T 形で は な く
Y 形を使い, そ して Y 形で 呼 ばれ る に 違 い な い 事
に注意 した い.「Thou と Theeは高慢な肉体 に刻 ま
れ る辛辣な傷で ある」 と,ジ ョ
ージ ・フ ォ ッ ク ス は
日記 に書 い て い る.「そ して こ れ ら の 虚栄 の 民,彼
らは神やキ リス トに はそ う話しか けなが ら,自 らそ
の よ うに 話 しか け られ る事 に は耐え られ な い .そ し
て 我 らは , しば しば鞭打たれ,虐 げられ る.時に は
死 の 危険に さえ曝 され る.た だ,高慢な人 々 に こ れ
らの 言葉を使 っ ただけ で .彼 らは言 う,『何 だ と.
こ の 無礼な 道化師が .私 に 向か っ て Thou だ と.』
ま るで ,キ リス ト教徒 の 躾 が,人 に You と い う事
に あ るか の 如 く.そ ん な作法 は,彼 らが着者達 を教
育するた め に使 っ て い る い か な る文法書や教科書に
も書か れ て い な い の に」 (1919 [1694コ ; 381−382),
1660年 に な る と,彼 らの 追従 者で あ っ た ジ ・ ン ・
ス タ ッ ブ ズと ベ ン ジ ャ ミ ン・
フ ァーリ ィ と共著して,
フ ォ ッ ク ス は 『先生や教授の ため の単数 と複数 の 楽
しい学習書 : た くさ ん だ っ た ら You ,
一人 だ っ た
ら Thou ,単数 は一
っ だ か ら Thou , 複数は た くさ
ん だか ら You』 を出版 した. こ れ は教養人 に 向け
て 書かれ た本で , 『楽 しい 学習書』(Battledore) と
は幼 い 生徒た ち の 初歩の 読本だ っ た か ら, こ の タ イ
トル に は道 徳的な 皮肉が 込 め られ て い る わ けだ.こ
こ で の 著者達の 議論は,神か ら与え られ た 「聖書に,
全 て の 言語の 正 しい用法,作法が残 され て い る」 と
い う前提 か ら出発す る (Fox , Stubs
, and Furley
1660: 20).数 と い う言及的範疇 に っ い て ,当時知
られ て い た多様な言語を調 べ, 著者達 は,単数の 人
に話 しか け る時に は必ず thou を使 う事 の 神聖 な正
当性 と, you 形 の 使用 の 逸脱性 を立証 し, you 形 の
使用 の 責任 は,究極的 に は,道 を誤 っ た既成の プ ロ
テ ス タ ン ト,例え ば長老派,更に は ロー
マ 教皇 に あ
る と責あ立て た.
こ れ は注目す べ き, しか し予期で きる 「合理的」
解釈で あ る. こ こ に あ る の は,「非 ・言 及的な T /
Y の 指標的用法が , 比喩的に, 言及的な語用 と して
字義通 りに 直解され て い る」 と で も言 うべ き事態で
あ り , 更 に,こ の 解釈過程に お い て ,数 と い う言及
的範疇が,決定的な役割 を果た して い る.単に彼 ら
がある特定の T / Y の使用法自体に反対 して い ると
い う問題で は な い.そ うで は な く, 彼 らが , 数 とい
う範疇に,純粋 に言及的な真実 の み を求め, 見出し
て い る事が問題 な の で あ る.更 に こ こ で 気付か な け
れば い け な い の は,彼 らが,数 と い う範疇を,示差
的な言及 に よ っ て 他の対象物か ら区別 されて指示 さ
れ る典型 的 な 対象と して ,彼 ら が 数 と い う範疇を事
実上理解 して い るとい うこ と で あり (彼 らの 本の副
題を参照),更 に,図 5 に示 した よ うな,二 人称 と
一 99一
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社会言語科学 第 4巻第 2号
三 人称に おける数の 有標 ・無標関係の 違い に対 して
全 く無 自覚で あ る事で あ る.有標 の 一人称や 二 人称
に 対 して ,三 人称は 無標の 人称で あ る.ま た,話者
や聴 き手 と言 っ た発 話状況 に 実在す る対象 を指標 ・
言及す る一人称や 二 人称 と違 っ て , 三人称 は , 我 々
が 「合理 (主 義)的」解釈を行 い, 発話状況に 不在
の 「他者」,例えば 「美」,「徳」,「一角獣」 など の
名詞の 外示な ど の 不在物を抽象的に実体化す る時に
用い る人称の 範躊で ある.非 ・言及的な T / Y の 社
会指標的用法が,比喩的に , 言及 的な語用 と して 字
義通 り に 直解 さ れ た 上 で ,表 9 に あ る よ う に , こ の
無標で,合理 的解釈の 言わ ば温床 で あ る r 人称 の 数
の 体系 に 基 づ い て , 有標の人称で あ る 二 人称の T /
Y の 使用区分が理解 され て い る.ブ ラ ウ ン とギ ル マ
ン (1960)が 「権力を示す you」 と呼ん だ もの は,
基本的に,そ して一義的に単数 で あ る thou の 誤 っ
た,そ して 高慢 に も自惚れ た 「複数化」 で あ ると理
解 され た の で あ る,な らば,一体い か な る権利を持 っ
て , そ して.・.一体 い か な る比喩的真理 を持 っ て
,ど の
よ うな一
個 の 他者が,複数形 で言及 され よ うか.二
人称 の 非 ・単数は , 三 人称の 複数 と,言及に 関 して
一義的 に 等価 で あ る と 見 な された の だ.
こ の よ うに して ク ウ ェーカ ーの 平明な話法が,彼
らを取 り巻 く大 きな イ ン グ ラ ン ド社会 の 規範 に 対 し
て 持 つ 指標的価値 は以下の よ うに な る.図 7 に示 し
たよ う に , 兄弟た ち に と っ て , thou は 二 人称単数
代名詞 と い う言及価値を持 つ と同時に,社会指標的
には , (1)まず,話者と聴き手の 間で均衡に , 双 方
向的 に使われた場合は,話者 と聴 き手の特定の イ デ
オ ロ ギー的,宗教的集団へ の帰属 (っ ま りク ェーカー
と して の 彼 らの 団結)を指標 し,(2)次 に話者 と聴
き手の 問で 非均衡 に,一
方的に使われた 場合に は,
言語 の フ ォーマ リテ ィ (つ まり丁寧さや服従心)を
通 して 地位を示す と い う社会慣習を ク ェーカ ー教徒
と して話者が支持 して い な い 事を指標す る.
T − !l鱗驚 膿llvs . Y : 発話者や聴き手に と って , こ れ らの 価値 を
全て 持 た な い.
図 7 ク ウ ェーカ ーの 平明な話法の 指標的な価値と
言及的価値
対照的に , 彼 らを取 り巻 くよ り広範な社会 で は,
T の 双方向的使用は , 先に 見た よ うに,親 しい者同
十 の 団結 , 同志意識 , 友愛 , ある い は親密 さを示す
非常 に 目立 つ 有標記 号で あ り,他方,一方向的使用
もまた,地位の 格差を疑 い よ うもな く示すため に,
非常 に有標 で あ っ た. こ う して , 表 10が 図式的 に
示 し て い る よ う に, 語用 の 二 極化が起 こ り, か っ て
の T / Y 体系 は,新た な種類 の 指標的価値を 与え ら
れ る事となる.話者の ア イ デ ン テ ィ テ ィ を示す指標
的価値を.一方向的用法は , 兄弟 たち と彼 ら以外 の
者達 に と っ て ,全 く逆の 価値を持ち, 論争 の 種とな っ
表 9 「権力」に 関する比喩的用法を言及 的語用 と して 直解する :無標の 言及機能か らの 類推的比喩
三 人称の 「数」
(他者に つ い て 言う)
二 人称 の 「数」
(ある他人に つ い て 、
そ の 他人 に 向か っ て 言 う)
「一つ 」
有標 の 逆 と 、つ ま り
有標の 範疇を含まな
い と一
義的に解釈さ
れた無標
「一人の 聴 き手」
(thee/thou)
対 「一っ 以 上」
4 − 一 一 一 一→ ・ 有標
対 「一人以 上 の聴 き手」
(ye/yOU)
一 100一
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小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェン ダーの 文化
た.旧来の T / Y の体系を使 っ て 兄弟達 に thou で
話 しか けた で あ ろ う人 々,っ まり,兄弟達の よ うに
決定的に地位が 下の 人々 に 向か っ て は thou で 話 し
か けた で あろ う裁判官 や他の 王宮の高官達 は,裁判
な ど の 公 的な 場面で は当然,兄弟達 に 対 し て さえ
you を使 っ ただ ろ う. しか し,兄弟達 は こ れ に 対 し
て, 彼ら自身の 二 人称の 体系を使 っ て , thou で 応
え,現世的な,世界内的な高慢や 臼惚れ に対 する挑
戦を表現 したで あろ う !兄弟達 は双方 向的に T を使
う.だか ら,こ の セ ク トの 団員で あ ると勘違 い され
な い よ うに , 他 の者達は,そ の 使用 を避 けなけれ ば
な らな い ,兄 弟達 は 双方向的な Y の 使用を避け る.
だか ら,他の 者達 は,それ だ けを使わ な ければな ら
ない.結果 と して , 新 しい体系が生 まれ る.話者が
ク ウ ェーカ ーで あ る事を指標す る語 用 と し て , T は
社会的な規範 に よ っ て 完全 に見限り打 ち捨 て られ,
Y の常 な る使用が採択 され る. こ う して ,英語の規
範における構造的,ある い は形式的な変化が成し遂
げら れ た の だ.
表 10 T / Y 体系の 変遷 に 関 す る旧体 系 と革新 的
体系の 比較
イ デ オ ロ ギーの 烙印の 付 い た体 系ノーマ ン征服後の 旧体系
ク ウ ェーカー 非 ・ク ウェーカ ー
一方的Y 「上」/Tr 下」
双方的 ・団結 T
双方的 ・団結 な しY
一
十
一
一
一
十
要約 しよ う.他 言語 で あ る フ ラ ン ス 語か らの 借入
に よ っ て ,ある特定 の形式 的 ・指標的区分が英語に
導入 され た結果,そ れ まで 普遍的な , そ して 言語特
殊的な構造的規制に よ っ て 組織 され て い た英語の 形
式的言及範疇の 使用法が屈 曲す る.や が て , こ の 屈
曲を経た語用法は,公 的権威の 道具 と して の フ ォー
マ ル な標準語 とい う新た に沸き起 こ っ た イ デ オ ロ ギー
に よ っ て 強化 され る.こ れ に 対 して , 平等 と個人的
啓示 と云 う別 の イ デ オ ロ ギー
が , こ の 語用法 の 指標
的区分 を問題化する.こ の イ デ オ ロ ギー
は,標準語
な ど よ りも っ と根本的な標準を打ち立て ,指標的慣
習を含む全て の 語用が こ の 標準に 従わね ば な らな い
と断定す る.そ の 標準 と は,言語 の 持っ 表象的価値
の 教条, 言語範疇の 内に一義的な真理が 宿 る と い う
教条で あ る.従来の 語用法の 区分 は,まさ しくこ の
教条と は IE反対の もの で あると非難 されるの で ある.
上に 分析 したよ うに, こ の よ うな言語観 言語 イ デ
オ ロ ギー
は , そ の 特徴 と して ,無標 の 言及範疇 の 構
造 に まず 目 を奪わ れ,そ の よ う な言及 範躊か らの 比
喩的類推 に よ っ て ,指標的語用 を言及的語用 と して
字義通 り に 直解 し,こ の 比喩 に よ り語用法を 「合理
化」す る. こ こ に 見た特定の ケ ース に限 っ て 云えば,
こ の よ う に非常 に 強 くイ デ オ ロ ギーに 介入 され た語
用法 は, こ の 革新的な イ デ オ ロ ギー
の 見解と決定的
に 違 っ た方向に向か っ て , 構造的規範 と して の 言及
範疇の体系 自体を変化させ る性質の もの な の で ある,
(マ ッ ク ス ・ウ ェーバ ー
の あま りに も有名な カ ル ヴ ァ
ン 主義 と資本主義 の 史的相関関係の 社会学的分析を
想起して い ただ きた い.)
指 標的 ・ 言及的イデ オ ロ ギーの 比喩,そ して 改革へ
の 処方箋
イ デ オ ロ ギー
的な言語 解釈は, こ の よ うに,構造
的形態 と指標的語用 の 交点で 言語 に接 し,こ の 交点
を通 して 言語に 入 り込ん だ.そ して ,当時非常 に熱
を帯 びた状態 に あ っ た ,言語形態 の 指標的意 味の
「比 喩化」 に緊張をもた らした.こ の 緊張の 解消 は ,
構造体系そ の 物 を,一般に 言語使用者が予測 して い
な い よ う な新 し い 体系構成へ と動か すよ う に 思われ
る.
言語 と ジ ェ ン ダー
にかかわ る現在の 状況 は , こ の
17 世紀 イ ン グ ラ ン ド の 例 と多 くの 相似点 を持 っ て
い る.イ デ オ ロ ギーに 色づ け られ た認識は,話者の
ジ ェ ン ダーと地位の 指標記号 の 間に 文化的な相似を
直観す る.そ し て ,確率統計的 な ジ ェ ン ダー
の 社会
指標性 を,ジ ェ ン ダー
と い う言及範疇の 内 に 誤認 し,
こ の言及範疇に基づ い て 社会的地位 の不均衡を字義
通 りに 直解す る. こ う して ジ ェ ン ダーと社会的地位
の指標記号 の 間の 文化的相似 を,比喩的な同一
関係
に変形する.確か に, 行為と態度 に お け る 日を惹 く
よ うな標準語化 は,男が する と女性性が匂わ され て
い ると認知 され,逆 に,目を惹 くよ うな非 ・ 標準語
一 101一
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社会言語科学 第 4 巻第 2 号
の 使用 は,女が す る と男性性が匂わ され て い ると認
知 され る.だ が,こ れ らの指標的価値と取 り組む こ
と の 目的が 何 で あ れ,所謂 「性差別な しの 言語」を
目指す分析と処方箋 は,我々 が 言語使用の 確率統計
的傾向で ある と確認 した指標的事実を改革する手段
と して ,意味 ・言及の 体系 自体の 範疇的改革 に焦点
を当て て 来た の だ.か く して,
イ デ オ ロ ギ ーに 傾倒
し確信を抱 く者達が採る改革 の 二 っ の 基本的な途 は
次の よ う に な る.(1) ジ ェ ン ダーを示すい ろ い ろな
社会的役割 の 用語の 語彙的中性化 (例えば,ω α iter
(男の 給仕) と ω αitress(女 の 給仕 ) は , server
(給仕) に 中性化され る), そ し て (2) あ る一
定の
状況で の ,ジ ェ ン ダー
を示す照応的代名詞の 中性化
(例え ば , he (男性代 名詞) と she (女性代名詞)
は ,何某か の 規範的な形態 に 中性化 され る), こ の
二 っ の路線 で あ る.
第一の 改革は,ジ ェ ン ダーの 意味範疇の存在自体
に は , 実際に は関わ っ て い な い .こ の 改革 は,形式
的な ジ ェ ン ダー
の 接辞 とい う明確な,露骨 に 目に 見
え る形で 現れ た表現を持っ 意味範疇の 内の幾 っ か の
例 に だ け関わ っ て い る (ω αit(e)r一と い う語幹 に 付
け られ た り,付 け られ な か っ た りす る 一ess と い う
接辞を参照).そ し て , こ の よ う な 形式を 持 っ 表現
は ジ ェ ン ダー
示差 的な言及で あ る と解釈さ れ て お り,
男性 と女性の 「明 らか な」平等 さ に 関係が な く,あ
る い は有害で ある とさえ , イ デ オ ロ ギ ーに 見な され
て い る. こ の,
イ デ オ ロ ギー性を帯び た , 単 に語彙
的に過 ぎな い 語用 改革は,語 用論的 に 云 うと言わば
「不発」や 「乱用」 に終わる危険が あ る一
方,範疇
を維持す る働 きを再活性化 さ せ る力 もあ る.革新的
な名詞 は,根本的に は,単に 有標の 女性名詞の後任
と して ,言語 に 取 り入れ られ るか も しれ な い か らで
ある.例えば,か つ て の ch αirmαn に代 わ っ て 現れ
た ch αirpersonは , 「男性」 に 示 差的に 対立 し て
「女性」を指す よ う に使われ る事が あ る.或 い は ,
革新的な名詞は ,
一群の 派生語 の 語幹と して , 旧来
の 名詞に 急に取 っ て 代わ り,結果 と して ジ ェ ン ダー
の 範 疇 を再 生 させ る か も しれ な い . 例 え ば ,
serveress は, ジ ェ ン ダーに 関 して 中立 と意 図 され
た 新語 server か らの , ご く稀に で は あ るが 実際に
観察された こ との あ る造語形で あ る.
こ れ に対 して , 第二 の, 代名詞 の 改革は , 言語 の
文法体系に お け る ジ ェ ン ダー
の 範疇の 標示を直撃す
る.言わば,あ る特定 の 状況で照応的に使用 され て
い る , 構造的に無標の 男性形 he/him/his(以 後,
H と略す) の 示差的な言及 の 「真理」価値に , イ デ
オ ロ ギ ーが奇襲をか ける の だ. こ の よ うに して , 表
面 に 見え る形で 明確に分節され た言語形 H が, (こ
の 種の 文で は人 はH を使 うか , 使わな い か , どち ら
かな の で )確率統計的な形で は な く,範疇的な形で,
言語使用 に お い て 存在す るか , しな い か と云 う違 い
が ,改革者達 と の イ デ オ ロ ギ ー的連帯が存在す るか ,
しな い か と云 う違 い の 指標に変え られ る.照応的体
系,っ まり言及継続体系 の 既成 の 機能を利用 して ,
言語の 中に もう一
っ 別 の 新たな指標的対立が作 られ
た わけ で あ る.図 8 に示 した よ う に,イ デ オ ロ ギ ー
に傾倒 した改革者達に と っ て, H 形の 使用は,規則
的な照 応体系の 予測可能 な結果 (cf . The student …
He … 「生徒 [総称]は… そ の者 [男性名詞]は…」
)で あ るだ けで はな い .そ れだ けで は な くて ,彼 ら
に と っ て H 形 の 使用は,意味的な 「人」.般 や 外延
的な人類全般 を表す事は あ りえず , 意味的な 「男性」
や外延的な男 を一義的に 指す事が で きるだけで ある.
そ して ,そ の 結果 H 形は,改革派集団 の 平等主義 の
理念 一及 び, こ の 規範理念に よ っ て 規定され て い
る 「真理」 一
との 連帯を欠 く者と して 話者を指標
す る.お まけに , T / V の 区分 の 場合に つ い て 上に
見た よ うに,い か な る言語使用者も, 社会的利害 ・
関心 の あ る話 し手達に よ っ て は イ デ オ ロ ギ ー的に判
断 され て しま うと云 う拘束服 (ス ト レート ・ジ ャ ケ ッ
ト) の 如 き事実か ら,こ れ らの 憐れな使用者達 を救
い 出す事が で きる有標 ・無標 の 不均衡関係は , 語用
先行 の 名詞句を前方照応 (指標)す る ;
概念的男性 に,そ して 示差的 に 外延的男に
言及 す る ;H = 話者 の 性差別に関す る社会的意識が 低 い , 或い は,話者が 男女平等主義 に 敵意 を抱 い
て い る等を指標す る,
図 8 イ デ オ ロ ギ ーに傾倒する集団に と っ て,近現
代英語 He/ Him/ Hisが持 つ 指標的 ・言及的価
値
一 102一
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に お い て は存在 して い な い .
しか し何が, H の代 わ りに , 連帯を指標する形態
として 処方 され る の か.こ こ で ネイ テ ィ ブの 話者達
は 自分達が デ ィ レ ン マ の よ うな物に突 き当た っ て い
る事 に気付 く. こ の 困難か らの 構造的抜け道 は,未
だ範疇的規範と して確立 されて い な い .明 らか に,
英語の 文法範疇にあ る構造的不均衡 の た あ に ,「示
差的な照応言及 に お ける平等と い う真理 ・正 しさ」
が,悩 ましき問題 とな るの だ, こ の問題の根幹 は,
単数男性 の 範疇が , 概念的 「人」 に つ い て 何か を伝
え る普通 の 文で ,限定的な情報が な い事を示す基本
的な手段 の一
っ である とい う事実で ある (表 2 と図
2を見よ.)例 えば,周知の Man is mortal , but he
… 「人の 命に は限 りが あ る. しか し彼は…」 の he
を , 論理 学者達 は 人類全 体を外示す る もの を して ,
こ れ に全称記号∀を付ける.こ うしたわけ で , 次の
問題が生 じる.ジ ェ ン ダーの 中性化を意図 しなが ら,
単数の, あ る い は よ り厳密に は概念的な 「非 ・複数」
の, 語彙 , 単語,な い し標準的表現 を使 う場合,H
形が イ デ オ ロ ギー
によ っ て付 け加え られた指標性を
持 っ と い う事実に直面せ ね ばな らな い 言語使用者達
は , そ れ で は一
体ど の よ うに,既出 の ト ピ ッ ク に前
方照応的言及をすれ ば い い の か.多様な解決策が提
案 され,描出され て きた.こ れ ら は多岐に 亘 る.例
えば (1)書き言葉 とい う伝達手段で しか 使え な い
新語の 照 応代名 詞 8/ he ; (2)言及的 に 厳密 な ,
ま るで 論理 学者達 が使 うよ うな離接的照応代 名詞
he or she ; (3)文が照応代名詞を必要 とする度に ,
he と she を順番に交替 して 使 う方法 (こ れ に は我々
の 内の 殆ど , ある い は全員が 持 つ 即時的な 自己 モ ニ
タ ー能力 の 限界を超 えるもの が必要とされるだ ろう)
; (4)概念的 「人」 の ト ピ ッ ク に関す る ジ ェ ン ダー
の 有標 。無標関係を全面的に 逆転させ , she を ジ ェ
ン ダー中立的,且 っ 概念的 「女性」 の範躊 と して 使
う方法 ; (5) thay が俗語で 不限定 を示 す時 に 使 わ
れ て い る とい う事実を利用 しなが ら,概念的 《人》
の ト ピ ッ ク に関す る数 の 有標 ・無標関係を全面的 に
逆転 させ , 複数形の 名詞を た だ限定 の 欠如を示すた
め に使 う方法, 等.
所謂 「男女平等的用法」 と矛盾 しな い 構造的規範
の 可能性が こ れ ほ どあ る事 は,特に次の よ うな理 由
で 興味深い.具体的に は,イ デ オ ロ ギー
の 影響を受
けた使用法が言語体系 に介入 し, 言及範疇に 基づ い
て 指標範疇を隠喩的に 直解 し, 言語構造 の 「軽病」
を診断あ る い は発見する と云 う, こ の一連の過程 自
体が , 実は, 疑 い よ うも無 く語用的疾病 を創出する
過程一
あ る い は既に ある語用的疾病を接種 し, そ
れ に 伝染する過程一
で ある の だ.こ の よ うな発見 ・
創出は , 全 くも っ て政治的過 程 で あり,そ こ で は,
言語 使用者 の 意識 に 映 っ た言語が ,範疇的 と化 した
社会指標に 関わ る実践的闘争の媒介とな る.明 らか
に ,こ の過程 は意味 ・ 言及的体系 の 構造的規範の 性
質 に影響を与え る で あ ろ うが , 問題は,ど の よ う に
影響 を与え るか で あ り,これ は複雑であ る.おそ ら
く構造的規範に と っ て 「最善の 」男女平等的指標の
用法 一っ ま り, もう既 に俗語 に おけ る前方照応語
用法 に入 っ て お り, また言語体系 の 普遍 的な 規制を
最 も犯 して い な い よ う に思われる,上 で 五 番目に 挙
げ た方法 一を考察する事 に よ っ て , こ の 複雑性の
幾 っ か に 光を当て る こ とが で きる だ ろ う.
チ ヌーク語な ど の 多 くの 言語 に は,一般的に 他動
詞 ある い は行為動詞 の 主語 の 位置に 現れ る談話の ト
ピ ッ ク が,「人間」,あ る い は少な くとも 「意思 を持
っ 物」 で あ る場合 ,こ れ らの ト ピ ッ クを不限定な物,
つ ま り そ れ以上 の 情報は 特定 さ れ て い な い 物 と して
談話 に導入 す る為 に 使 う事が で きる,範疇的 に は三
人称複数の 代名詞形があ る.例えば , 英語で は,偏
執狂的な They are out to get me 「誰か が 私を 狙 っ
て い る」な どが そ の 例で ある.俗英語で は,既 に か
な り前か ら,似 たよ うな範疇の 形の 使用が,主語の
位置か ら,言及継続 (照応) に 関わ る非 。主語の 位
置 に広が っ て い る.特 に,複数名詞に か か る所有格
修飾語に , 不限定な 先行詞に照応す る 三人称複数代
名詞が 使 わ れて い る .示 差 的 な 言及 の 複 数性 が
everPt (全て ) と い う修飾語 に よ っ て 示唆 され て い
る不限定 の 主語, っ ま り everyone , everybody ,
every + [名詞], 等を先行詞 とす る照応代名詞か
ら始ま っ て ,そ こ か ら類推的延長に よ っ て ,他の 不
限定の主語を先行詞とす る場合に も広が っ て行 っ た.
例えば,Everyone put on their SCαrves 「誰 もが 自
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社会言語科学 第 4 巻第 2号
分 の ス カ ーフ を巻 い た 」 な どが あ り,或 い は こ こ で
scαrves の 代 り に scαrf と言 っ て も,俗 語 の 用法 で
は完全 に 問題が な い し,多 くの英語の 話者に と っ て,
おそ らく標準的で あ りさえする だ ろ う.every 一を含
む不限定名詞か ら, こ の 使用法 は , 《複数》概念 よ
り寧 ろ概念的 《人》或 い は 《動物》 へ の 言及 の 不限
定性を強調す る any 一とか some 一な どを 含む 不限定
名詞 に広が っ た.明 らか に , こ の 時点 で ,齢 の と
their 一 そ して ,あ る人 々 に お い て は them 一が ,
一般 的な情報 しか 示 さ な い 不限定形 と して
,二 人称
の you と your に 並ぶ よ うに な っ た. こ の こ と は ,
例えば次の よ うな コ ン ピ ュー
タ使用 マ ニュ ア ル の文
章 の ,三 人称代名詞か ら二 人称代名詞へ の 移行に 見
受け られ る,(こ こ で は,範疇的 な レ ヴ ェ ル で 人称
を変換 す る事に よ っ て , 報告か ら命令 へ の 転換が な
さ れ て い る.)「こ の フ ィーチ ャ
ーを取り除い た時,
デ ータ の 断続 は 止ん だ.残念な が ら, こ の 事が意味
して い る の は,ど の 人 も [everyone ]確実 に 次の 事
を しな けれ ばな らな い と い う事 で あ る.っ まり,彼
らの [their] デ ータ ・ボ タ ン を押 すか ,あ る い は
あ な た の lyour]末端 を オ フ に して ,そ うす る事
に よ っ て あ な た の [rvou「] コ ネ ク シ ョ ン を ち ゃ ん
と遮断 しな ければ な らな い 」 (『テ レ ・デー
タ』 (シ
カ ゴ 大学), 2巻 : 5 号 , 1982 年 12 月). こ の 節 の
主語 everyone の 不限定性 一 つ ま り, マ ニ= ア ル
の 著者 , 受 け手,そ して他の こ の地域的な コ ン ピ ュー
タ使用者共同体に属す る人々 全て を含むよ うに 明 ら
か に 意図 され て い た と思 われ る every 、one に よ る 言
及 の 不限定性 一 を考慮す れ ば, そ して , 所有格 の
修飾語 は,暗黙 に 了解済み の 所有者や場所を明示す
る以上 の役 目は殆ど果 たさな い とい う事を考慮すれ
ば 明 らか な よ うに,著者は以 下の よ うに も言い え た
はずで あ る : 「...どの 人 も [every one ]次 の 事を
確認 しなけれ ばな らな い とい う事で あ る,匚the]デ ー
タ ・ボ タ ン を押すか,あ る い は [the] 末端 をオ フ
に して , そ うす る事に よ っ て [the] コ ネク シ ョ ン
が ち ゃ ん とサーヴ され て い る か確認せ ね ばな らない .」
っ まり,三 人称複数 の 照応代名詞は , 範疇的な内
容が は っ きり特定 され て い な い 場合, ある い は時に
は,た だ の限定冠詞が示す範疇的内容以 ヒの 何物 も
全 く特定 され て い な い 場合 に ,言及継続 (照応関係)
を示 す形 と して 談話で 使われ る と い うふ うに ,文法
化 され て い る事 は 明白で ある.そ して ,まさに こ の
よ うな場合に お ける,性差別的な照応代名詞 H の 使
用が,イ デ オ ロ ギ ー的に 傾倒 した 者達 に と っ て ,最
も不快な 出来事で あ る こ と も明 ら か で あ る.だ か ら,
照応代名詞 の 先行名詞で 「男性」 や 「女性」 の概念
が既 に 明 らか に示 され て い る場合な どで はな く,こ
れ らの 場合が , 改革 の 焦点とな っ て きた.例えば ,
H に 対す る修正案 と して ,The worrt αn put on their
coat とか ,更 に は, A ω orn αn put on their coat
など と い っ た物を提案す る者は あま りい な い よ う に
思 え る.男性名詞が僭越 に も, 他 の 場所で は概念的
に 「人」 で あ る 談 話の ト ピ ッ ク を指す為 に 使 われ て
い る と い う信条が,改革者 の 攻撃 の 前提で あ る こ と
を思 い 出 して 頂 きた い.単なる,先行詞 と代名詞の
問で の ジ ェ ン ダー
の 照応的一
致 と い う範躊的必要性
自体が , 問題 と な っ て い る よ うに は 思 われな い .
(H を使 うとい う不躾な指標行為 に 対 す る,極端 で
実施で きるわ けが な い 解決策の一
っ は,明 らか に ,
明示 的な照応的言及 継続を無 くして しま う事で は あ
る の だ が ,)寧 ろ,図 2 を想起 して 構造的 に 考 えれ
ば,問題 は実 は,不限定 の 動作主 they と 不特 定
の ,属的意味を持 っ 照応 代名詞 their (them ) の 構
造的機構を , 「単数動物」 と云 う新たな,異な っ た,
明示的な 範疇を表現す る為 に使 う事に収斂する と分
か る で あろ う.男女平等主 義の 言語イ デ オ ロ ギーが ,
言及 の 「限定 ・不限定」, 「特定 ・不特定」,「特定お
よ び配分的 ・属的」等の 多様な量 的範躊を全 く区別
して お ら ず,イ デ オ ロ ギ ーが 照応的言及 継続の 仕方
を規範的に処方 して い る 「単数動物」 と い う範疇を
表現す る為 に , 特定 の 量 的範疇を持つ r 人称複数代
名詞 の 機構を使 う事に 問題の 所在が ある の だ.有標
の 複数 と有標 の 女性 と い う, 有標 ・無標 の 不均衡を
持っ 伝統的な英語 の 体系は,無標の H (単数男性)
で こ の 「単数動物」 と い う範畴を表 して 来た.「ジ ェ
ン ダー
」 に つ い て 限定 しな い 言及継続 (照応) の た
め に they /their/ them を照応代名詞 と して使 うと
い う提案 は,実際問題 と して , こ の 伝統的な用法を
転覆 して しまおうとする, they/their/them と い
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小山 徳地 :翻訳 言語 と ジ ェ ン ダーの 文化
う明示的な 言語形態 は , 文法範疇の 観点か ら見れば,
幾 っ か の非常に 異な っ た使用の 領域を持っ 事に な り,
更に は,当然予想 され る形式的区分の部分的中和化
(neutralization ニュー
トラ ラ イ ゼ ー シ ョ ン ) の 結
果,言及継続 の 体系に お い て 前代未聞の,滅茶苦茶
な明示的区分 の 構造が現れ る よ うに な る だ ろ う.っ
まり,指標的形態 TH (thay/their/ them ) は ,
それ が 有標 ・無標体系内で い っ もな が ら占め る位置
を保つ に も関わ らず , 時 に は複数を特定的に言及 し,
時に は単数動物を特定的 に 言及 し,時に は不限定を
(ある い は動作主 も)特定的に 言及 す るよ う に な る
で あろ う.こ の よ うな 「局部的な」形態素に よる解
決策 は , 複雑な言及継続 の統辞的経緯を持っ 談話 に
お い て 「全面的な」混乱を直裁に招 くだ ろ う.
他の い ろ い ろ な改革案も吟味 して ,そ れ らが , 関
連 する英語 の形態が持 っ 数多 くの 意味的 ・語用的機
能に 対 して ,い か な る結果を もた らす か調 べ る こ と
もで き る.所謂 「非 ・ 男女差別的」談話 の 形態を考
案 しよ うと い う こ れ らの 試み は,普通 ,最大限に 不
快な H を消 し去ろ うとする. しか し,そ ん な事を し
よ うと して み て も, あ る特定 の 進行中で ある 談話 の
文脈に お い て , 限定性を不限定性か ら区別 し, 単数
を複数か ら区別 し, 最初 の 集団を次 の 集団か ら,次
の 集団をそ の 次の 集団か ら, そ して , それをま た …
N 番 目の集団か ら区別 し (全て範疇的に は 三 人称で
ある こ とに 注意)等々 の 必要 な区別を付け る為に は ,
多数の 修正をせね ばな らず , それ らの 修正 が多様 な
構造的困難を引 き起 こ す こ と に 気付 くだ けで あ る.
指標的な違反で あると宣言 して H の 使用を禁 じる方
が , それ が 巻 き起 こ す混 乱 に 対 して 構造的に安定 し
た 解決策を処方する よ り も容易 い .なぜ な ら,一度
H 形が 無標の 一般的範疇で はあ りえ な くな っ たな ら,
多数 の 統語 的体系 が問題 化す る か ら だ . H / TH
(或い は,H / ? ?) の ケ ース は,言及 ・ 叙 述 の 体
系と して の 言語の 構造的な中心に か な り近 く,機能
的に も偏在 して い るた あ, T /Y の ケ ース ほど代替
案が単純で は な い .そ して ,い か な る種類 の 安定が
得 られよ うとも, それ は英語の構造的規範に,T /
V の ケ ース よ り, も っ と深遠な結果を もた らす だ ろ
う.
しか し,こ れ ら二 っ の ケ ース に は共通 点が あ る.
イデ オ ロ ギ ーは,ある特定の ,構造的に 決定され た
指標的語用法に焦点を当て , こ の 語用法が ,そ の イ
デ オ ロ ギーの伝達媒介と して は欠陥が あ る と見な し
た.一ヒで ,こ の語用法 と何か他の構造的に決定され た
語用法 との 間に , 緊張 した指標的対立を作 り出す.
他に こ こ で扱 う事 もで きた例す べ て と同 じく,こ れ
らの 二 っ の ケ ース は ,ソ シ ュ
ール (1960 [1916] ;
30f.)が パ ロ ール と呼び,私た ちが パ ーフ ォ
ーマ ン
ス (チ ョ ム ス キー 1965:4) と呼ん で い る も の は ,
実 は , ミク ロ 次元 の 実時間で展開 して い る複雑で 双
方向的な関係で あ る事を 示し て い る.
程度 は い ろ い ろ異な る が,言語構造 の 語用 に おけ
る現実化で ある言語形態 は,た とえ い かな る物で も,
使用者 に と っ て , か れ らが意識的 に は っ き りと認 識
して い よ うが い ま い が ,多重 の 指標的価値を持 っ
(Silverstein 1982 参照).こ れ らの 指標的価値の
殆どが意識 されて い な い . しか し,示差 的 ・一義的
な言及 の使用の 価値を通 して 歪曲 して 認識 さ れ た構
造 の 類推物 あ る い は比喩 と い う形 を と っ て ,指標的
価値は普通,使用者の 意識 に 一llる.そ して , 言語が
ど の よ うに な っ て い る の か , そ して ど の よ う に ある
べ きか と い う事に につ い て の 社会的利害を 持つ イ デ
オ ロ ギ ーを 刺激する.そ うな らば,ある意味 に お い
て ,理 論的な抽象で あ るに もか かわ らず,構造 は,
予測 で きる よ うな使用価値を 「決定」す る と言え る
だ ろう.なぜ な ら, 構造に よ っ て 既 に決定 さ れ て い
る使用価値一
つ ま り,示差的で一
義的な 言及の 構
造 一 を論理 的 ・時間的な前提 と して 用 い, こ の n・j
提を基盤 に して 言語使用を類推的 ・比喩 的に 理解 し,
そ の よ う に して 言語使用を , 構造的 に 決定 さ れ て い
る使用価値に帰 して しま う傾向を,使用者の 言語解
釈が持 っ か らで あ る.っ まり構造的に先 に決定され
て い る使用価値が言語使用に投影 され る傾向が,使
用者の 言語解釈 に 見 られ る か らで あ る.指標表現 の
「真理」 は , そ の よ うな 比喩の一
例で あ る.
しか し逆 に , 使用 され て い る い かなる言語形態 も,
また同時に行為で ある.即 ち , 言語形態の使用者 に
と っ て , そ の 形態が将来に 指標 と な る よ うな,結果
や効果を 生み 出す行為で ある.言語使用 に お い て ,
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い か に そ の よ うな結果や効果が達成され て い る か,
そ して される べ きか に っ い て の 「メ タ」言語意識は,
完全 な物で はな く, あ る制限を持 つ .つ ま り, そ の
よ うな言語意識を ど の 程度 まで 使用者 自身が言語的
に表現 しうるかに よ っ て ,そ の言語意識 は制限され
て い る.具体的に は,ど の 程度まで ,言語意識が指
標的結果や効果を正確に把握で きる の か , そ して,
ど の 程度ま で,そ の よ う な 意識 の 言語的表現 は,使
用 され て い る言語形態か ら分離する こ とが で きな い
の か.こ れ らの程度 に よ っ て ,意味 ・言及機能 を持
っ 言語構造 の体系が,意識的な使用の事実か ら抽出
され うる仕方が 決定 され うるの で あ る.そ れ な らば,
構造的範疇の 将来の 形 は, しば しば イ デ オ ロ ギ ーに
よ っ て色づ けされ て い る言語意識 と,結果を生み 出
す使用価値 ,こ の 両者の 間の相互作用 に よ っ て 「決
定」 さ れ て い る と言え るだ ろ う.構造的範疇が , 言
語 使用と い う社会的行為に おけ る言語意識を通 して
生み 出され た効果や結果が持っ一
貫性 に よ っ て 動か
され,凝 結 させ られ て い る限 りは.
そ して , 共時態 と呼ばれ る ミ ク ロ 次元 の 実時間 一
つ ま り歴史 の 短期的な 「ひ と こ ま」一 に お い て も,
あ る い は , 私た ちが こ こ で 強調 して きた よ うに ,通
時態 と呼ばれ るマ ク ロ 次元の 実時間 一つ ま り長期
的な歴史的連続体 一に お い て も, こ の よ うな双方
向的な弁証法が,言語 の 事実を , 分離不可能な言語
全体 の 事実を,そ して そ の 全体 の 中で 最 も微細な,
最小限 の事実を さえ も構成 して い るの で あ る.
謝 辞
こ の 論考は,[1985年 の 出版に先立 っ 脱稿時か ら
見て ]過 去数年間に 亘 っ て ,以 下の 四っ の 表題で発
表 され た関連 した草稿 を改稿 し,あ る点に お い て は
加筆 した も の で ある.(1)「誰 が 言語を 編制す るだ
ろ うか ? 言語伝達に お け る直観 権威, そ して 政
治』,ヴ ァ サ ー大学 ,
マ ス ユー ・ ヴ ァ サ ー 。 レ クチ ャ
ー
, 1981年 10 月 22 日 ; シ カ ゴ大学,人類学部 セ ミ
ナー
, 1982年 5 月 10 日 ;南カ リ フ ォ ル ニ ア 大学,
言語学部 セ ミ ナ ー, 1982年 10月 11 日 ; (2) 『言
語 と ジ ェ ン ダーの不均衡 : 構造, 語用,イ デ オ ロ ギー
(の 交差す る領域)』, シ カ ゴ 大学 , 女性研究へ の ア
プ ロー
チ に つ い て の ,一般教養の 為 の フ ォーラ ム で
の セ ミ ナ ー,1983年 1 月 11日 ; (3)『言語 と ジ ェ
ン ダーの 文化 : 構造,語用,イ デ オ ロ ギーが交差す
る領域』,ジ ョ
ージ ア 大学 , 人類学部 と言語学科,
コ ロ キ ア ム ,1983年 2 月 24 日 ;マ ッ ク ス ・プ ラ ン
ク心理 言語学研究所, セ ミ ナー,1983年 10月 25
日 ; (4)『言語と ジ ェ ン ダー』, シ カ ゴ
,ニ ア ・ノ ー
ス ・ユ ニ タ リア ン ・フ ユ ロ ーシ ッ プ , 1983年 5 月
15 日. こ れ ら の 場 に お られ た聴衆 の 方 々 に 加 え て ,
こ の 稿を書 く過程 で 多岐 に 亘 り価値あ る援助を して
下さ っ た以下の人々 に謝意を表した い : チ ャー
ル ズ ・
ブ リ ッ グ ズ,
ジ ュ デ ィ ス ・シ ャ ピ ロ, デ イヴ ィ ッ ド ・
ゼ イ ガ ー,
エ リ ッ ク ・ ハ ン プ, マ ーシ ャ ル 。サ ー
リ
ン ズ, エ リナー ・オ ッ ク ス ,サ リコ コ 。マ フ ウ ェ ニ ,
マ ヤ ・ピ ッ ク マ ン,スー
ザ ン ・ガ ル ,ジ ョ ン 。ア ル
ジ オ , そ して こ の 巻 匚1985] の 忍耐強い 編者, エ U
ザ ベ ス ・ マ ーツ と リチ ャ
ード ・パ ーメ ン テ ィ ア に.
翻訳 者謝辞
本稿の 審査 に あた り貴重か っ 有益な コ メ ン トを頂
戴 した査読委員に感謝申し上 げます.また , 本稿を
作成す る に辺 り翻訳を心 よ く許可 して い ただ い たば
か りか,翻訳の権利を得る に辺 り費用を全額個人 の
研 究費よ り支払 っ て い た だ い た シ カ ゴ大学 の マ イ ケ
ル ・シ ル バ ース テ ィ ン 教授 に 心よ り感謝申 し上 げ ま
す.な お,本稿は翻訳 に辺 り,Harcourt Publisher
よ りAl43219 とい う番号で 正式 に許可 を得 て お り
ます.
小山 亘 wkoyamaw @ ba.mbn .or .jp徳池 慎二 tokuchi@po .miyasankei −u .ac .jp
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