”call” me,bahamut id:112003 · "きme,bahamut...
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”CALL” me,Bahamut
KC
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【注意事項】
このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので
す。
小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を
超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。
【あらすじ】
組合からの依頼を受け、新たに発見された遺跡の調査へ赴いた蒼の薔薇。
彼女たちを待ち受けていたのは、英雄譚に語られるような規格外の怪物達。
そこで出会った竜人と共に、遺跡の攻略に挑むのであった。
─*─
丸山くがね先生の「オーバーロード」の二次創作です。
設定等は書籍版・アニメ版を基本にしてます。
※アインズ様以下ナザリック勢はほとんど登場しません。
捏造・妄想等々、いろいろとアレな設定満載ですが、
-
IFの話ってことで見逃してください。
タグ記載の通りFFネタが出てきますが、魔法やアイテム程度の小ネタ扱いなので知
らなくてもたぶん問題ないと思います。
※2017/3/20 本編完結しました。
※2017/11/16 タグにオリキャラを追加。
─*─
後日譚
〜Call of "YGGDRASIL"〜
邦題:ユグドラシルの呼び声
世界は終わり、新たに始まる。
その時彼は、星に願った。
いつかの仲間達との再会を。
願いをかなえる世界樹の歌は、彼の耳には届かない。
-
─*─
本編終了後の後日譚です。
隙間にちょろちょろ執筆するので、すごく不定期な更新になります。
そして本編以上にやりたい放題だ!!
許せぬ!って人はそっ閉じでお願いします。
おまけのつもりだったのに本編より長くなりそう。
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目 次
"CALL" me,Bahamut
1) Call of 〞ADMIN.
──────────────
〞
1
2) Call from 〞FAN
──────────
TASY〞
34
3) Call for 〞HELP
──────────────
〞
54
4) Call forth you
─────
r "MEMORY"
82
5) Call for the "
────────
KEY" ─1
111
6) Call for the "
────────
KEY" ─2
140
7) Call, spirit of
────────
"Odin"
170
8) Call me, "Baham
────────────
ut"
201
9) Call you, "Baha
──────────
mut".
228
ex1) Epilogue, and
after, Prologue
──────────────────────
263 ex2) He is worrie
d about his "JUSTI
────────────
CE"
287
-
ex3) Before the "
─────────
Call".
309
Call of "YGGDRASIL
" after_1) ほねのふるよる
──────────────────────────────────────────
329 after_2) 骨は見た目が八割
───────────────
368
after_3) ようこそカルネ村
──────────────
へ
393
after_4) 人として生きると
────────────
いう事
419
after_5) 後で隠れて泣いた
───────────────
453
after_6) 愛を知らない野良
──────────────
猫
483
after_7) 思惑/裏切り者の
──────────────
死
529
after_8) 果樹園を目指して
───────────────
565
after_9) 踏みしめる一歩
──────────────────────
598 after_10) 戦士の輝き
──────────────────────
633 after_11) 死の螺旋
──────────────────────
665
-
──
after_12) 予兆
710
after_13) 王都に光る星
──────────────────────────────────────────
733 after_14) 我ら宵薔薇調査
──────────────
隊
758
after_15) レティの一番忙
───────────
しい一日
778
─
after_16) 跳梁者
806
after_17) 這いずり寄る悪
──────────────
夢
831
after_18) 一筋の光
──────────────────────────────────────────
858 after_19) 闇を彷徨うもの
───────────────
893
after_20) ひと時の静寂、そ
─────────────
して
915
after_21) 異形種/人間
──────────────────────
939 after_22) 生命の輝き
──────────────────────
963
-
"CALL" me,Bahamut
1) Call of 〞ADMIN.〞
リ・エスティーゼ王国西部、リ・ロベル。
西側に海を望むこの大都市の南東に、小さな森林地帯がある。
王国東部に広がるトブの大森林ほど広大でもなく、周囲の都市や村を往来する上でも
問題になるようなことのない位置にあるため、この森林地帯を訪れるのは森に隣接して
いる開拓村の狩人くらいのものだ。
村に近い位置はともかく、森の奥は人の手による整備も行われていないため、足場は
悪く、自然に伸びた草や木々に遮られ、日差しも満足に通らず、非常に薄暗い。
来るものを拒むように鬱蒼と生い茂る木々の中、環境の悪さをものともせずに進む五
つの影があった。
その中でもひときわ目を引く、すれ違った誰もが振り返るであろう美貌の持ち主──
美しいブロンドの髪を揺らし、夜空のような深い闇をたたえる大剣を背負った少女がた
め息交じりに呟いた。
1
-
「やっぱり、大きな脅威になりそうなモンスターは見当たらないわね。偵察の時にも目
立った強敵は見当たらなかったんでしょう?」
小鬼ゴブリン
人食い大鬼
オー
ガ
「
とか
の類も見当たらなかった」
「静かな森」
少女の問いかけに答えたのは先頭を進む双子の少女。
物語に出てくる"女忍者"のような恰好をした二人は、音もなく森の中をかき分けて
ゆく。
「ってぇと、報告のあった遺跡ってのから何かが湧き出てるってわけじゃあないってわ
けだ。やられたのは白金級のチームだったか?」
女・性・
最後尾を進むのは、巨石のような存在感を持つ筋骨隆々の
。
隣にいる人物が小柄であることを考慮に入れても、飛び切りの存在感を持っている。
「ミスリル級だ。オリハルコンへの昇格を間近に控えた、というオマケが付いていたよ
うだがな」
2 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
隣の小柄な人物が無感情に答える。大ぶりの宝石が嵌った仮面をかぶり、体を覆うよ
うなローブを身にまとったその少女は、その体格に似つかわしくないしっかりとした足
取りで森の中を進んでいく。
彼女たちは、アダマンタイト級冒険者チーム"蒼の薔薇"。
他国にもその名の知れ渡る、リ・エスティーゼ王国に二組しかいない最高ランクの冒
険者チームである。
人類の切り札とも呼べる彼女たちがこの森林地帯を訪れている理由は、数日前、冒険
者組合に報告が入った時に遡る。
─*─
3
-
「ミスリル級の冒険者チームが全滅した?」
冒険者組合からの呼び出しに応じ、仮面をつけた少女と共に通された冒険者組合の応
接間にて、担当者から告げられた内容にブロンドの少女──ラキュースは目を見開い
た。
「……半月ほど前、リ・ロベル南東の森林地帯で古ぼけた石造りの建造物…遺跡が発見さ
れたそうです。なんでも、森林に隣接した開拓村の人間が狩りに出た際に偶然見つけた
とか。報告を受けてリ・ロベルの組合で文献などを調べてみたそうですが、そのような
場所に該当する遺跡の記録はなく、村人もなぜ今まで気づかなかったのかと首を傾げて
いるとか。不審に思ったリ・ロベルの行政が、組合に調査の依頼を出してきたというわ
けです」
「周囲に強力なモンスターの出現報告はなかったの?」
「調査の第一陣として、金級と白金級の冒険者チームが遺跡周囲の調査を行っています
が、目立ったモンスターの生息は認められなかったようです。……ですが、この調査に
強・烈・な・違・和・感・を・感・じ・た・
参加した白金級冒険者の斥候が、遺跡周囲に
、と証言しています」
4 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
「違和感?」
「この発言を考慮に入れ、リ・ロベルのミスリル級の中で最も実力があるとされていた"
狼牙"に、オリハルコン級への昇格考査の一環として調査第二陣…遺跡内部の調査の指
名依頼を出すに至ったそうです。ですが…」
「結果は全滅だった、と」
「死亡が確認されたわけではありませんが、状況からみてほぼ間違いないと思われます。
遺跡突入から丸三日経ってもなんの音沙汰もなく……現状確認のためリ・ロベルの組合
から斥候が出されたのですが、冒険者チームの足取りをつかむことはできなかったよう
です」
「それで、私たちにその遺跡内部の調査を依頼したい、と。……どう思う?イビルアイ」
イビルアイと呼ばれた仮面の少女は、考え込むように仮面の下部に手を当て静かに首
を振った。
「今の時点では情報が少なすぎるな。その遺跡に何かがいるのは間違いないにせよ、情
報がなければ対策の立てようがない。リ・ロベル側で追加調査は行われなかったのか
?」
5
-
組合の担当者は、仮面越しの責めるような視線に若干たじろぎつつも、肩を竦めなが
ら口を開いた。
「リ・ロベルの組合も、有望なミスリル級の戦力を失ったことで及び腰になっているよう
です。特にこれからの時期、マーマンの繁殖期に入りますから……備えとして置いてお
く戦力を考えると、これ以上の喪失はしたくないのでしょう」
「だから王都の組合にお鉢が回ってきたのね。私たちへのご指名はリ・ロベルからかし
ら?」
「いえ、こちらの組合長からです。オリハルコン級の昇格が見込まれていたチームが失
敗しているので、アダマンタイトを投入して確実に済ませたい、と。"朱の雫"は先日
長期の依頼から戻ったばかりでしたので……」
「なるほどね。私たちも大きな依頼は抱えていないし……いいでしょう。その遺跡調
査、"蒼の薔薇"でお受けします」
組合の担当者はラキュースの言葉に笑顔を見せて大きく頷くと、必要な契約書類の準
備をし始めた。
6 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
「歴史的にも記録のない遺跡なんでしょう?……"血"が騒ぐわね」
目を輝かせて自分の世界に入りかけているラキュースを見てイビルアイは嘆息しつ
つも、掘り出し物を求めて市場に繰り出している女戦士──ガガーランと、宿で留守番
をしている二人の忍者──ティアとティナに集合の連絡を取るべく動き出すのであっ
た。
──数日後、リ・ロベル南東の開拓村
あいつら
ティアとティナ
「
、文句たらたらだったな」
「ティアは少し違った気もするけど……」
開拓村までの道のりを走破した馬たちの世話をしながら、ガガーランが笑った。
村へはまだ日が高いうちに到着することができたが、遺跡までの移動や調査の時間な
どを考えた結果──開拓村で夜を明かし、明朝出発することになった。
村長が手配してくれた空き家への案内を買って出てくれたまだあどけなさの残る姉
7
-
弟に対し、ティアとティナが完全に獲物を見る肉食獣の目をしていたので──
先行偵察と称し、二人に遺跡の周囲調査を命じたのである。
『着いたばっかりなのに。鬼。鬼ボス』
『ドイヒー。だがそれがいい』
そう言い残し、旅の荷物をガガーランに任せ、風の様に森の中へ滑り込んでいった。
「案内してくれた子たち、涙目だったもの。見ていられなかったのよ」
「理由はともかく……どっちにしろ事前の確認は必要だっただろうからな。問題ないだ
ろう」
「俺らも遺跡を見つけたっつー村人に話を聞いとくくらいはしとこうぜ」
──その後、三人は遺跡を発見したという村人に話を聞いたが、事前に得られていた
以上の情報を得ることはできなかった。
偵察から戻ったティアとティナからも有力な情報を得ることはできず、おとなしく休
息を取ることになる。
8 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
仲間たちが寝静まる中、イビルアイは異常なほど情報の少ない遺跡について一晩中考
えを巡らせていたが、何かに思い至る前に夜が明け──
冒頭の場面へ繋がる。
─*─
「見えてきた」
「噂の遺跡」
森の中を進んでいた五人の視界が急激に広がった。
ここまで進んできた道とは対照的に、まるで円形に切り抜かれたように不自然に木々
のない野原が広がり、太陽が主張するように光が降り注いでいる。
9
-
日光が遮られた薄暗い道を進んできたこともあり、急な日の光にラキュースは思わず
目を細めた。
「思ったよりも……というよりかなり小さいわね、これは」
「遺跡っつーよりは墓とか祭壇って言ったほうが近そうだな」
開けた空間の中心には、小さな馬小屋程度の大きさの石造りの建造物が鎮座してい
る。
切り出した石をそのまま積み上げたようなその建造物は、彫刻や装飾の類がほとんど
されておらず、一目見ただけでは武骨な印象を受ける。
しかし、外壁や柱に使用されている石材は、まるで複製したかのように一つ一つ同じ
形状をしており、切り出された際に出てしまうであろう歪みやヒビは全く見当たらな
い。
王都を探しても、これほど精度の高い石材を使用した建物を見つけることはできない
だろう。
遺跡は草原の中に広がる泉にある島の上に建造されていた。まるで遺跡を中心に描
かれたようにきれいな円形のその泉は、水面が太陽の光を反射しきらきらと輝いてい
10 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
る。
足元を見れば、柔らかな土肌を一片も見せぬように小指程度の長さの細い草が生い
茂っている。
広がる草原には小さな石ころの一つも落ちておらず、高名な貴族の庭園に迷い込んだ
のではと錯覚を覚えるほどである。
その生まれから、多くの貴族の邸宅を見たことがあるラキュースでさえ思わず息を飲
む、ある意味幻想的な光景ですらあった。
「この周辺に何かがいる気配はない」
「罠の類も特になし」
「魔法的な罠も特に感じないな」
三人の言葉を聞き、警戒したままその空間に足を踏み入れる。
短くそろった草の柔らかな感触を踏みしめながら、中央の遺跡へ歩を進めていった。
「……拍子抜けするくらい何もないわね」
11
-
五人は警戒したまま、泉の麓まで歩を進める。
泉には中央の島へ向かうまっすぐな石橋がかけられており、そのまま遺跡の入り口と
おぼしき空間まで石畳が続いていた。
絵画を切り抜いたようなその光景から幻想的な雰囲気を感じつつも、幾多の修羅場を
掻い潜ってきた五人の本能は、猛烈な違和感を訴え続けていた。
「明らかに異常だ。整いすぎている。草地は恐ろしいまでに均一に切り揃えられ、小石
のひとつもない。泉の形状も自然にできたとは思えないし、何より水が綺麗すぎる。ど
こかから流れ込んでいるわけでもなく、流れ出ているわけでもない、そのうえ生き物の
ひとつもいやしないのに……この水質が保たれるなんてあり得ない。その癖、泉から魔
法的な反応は何一つ感じられない。どうなっているんだ?」
イビルアイは、自分の経験や知識にない現状への困惑を吐き出すように早口で呟い
た。
「……異常なのは確かなようだけど、止まっていても仕方がないわ。先に進みましょう」
12 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
普段とは違うイビルアイの様子に少し驚きながらも、ラキュースは石橋を渡り始め
た。
五人は全力で警戒を続けながら進んだが、泉を渡りきり、遺跡の入り口にたどり着い
てもなお異変が起きることはなかった。
遺跡の入り口は、大人二人分程度の高さに、五人が横並びで進めるほどの大きさの石
造りの両開きの扉であった。扉は既に外向きに大きく開かれており、動かすにはかなり
の力が必要であろうと見てとれる。
扉の上部にはプレートのように切り出された部分があり、その中にはいくつかの図形
が並んでいた。
「入り口の上になにか彫られてんな。文字か?」
「……見たことの無い文字ね。イビルアイはわかる?……イビルアイ?」
ラキュースからの問いかけに答えず、扉の上に彫られた図形を見つめながら考え込
む。
──何処かで、見た事があるような気がする──
必死の思いで記憶をたどるが、モヤがかった記憶が輪郭をはっきりとさせることはな
13
-
かった。
気を取り直すように頭を振り、心配そうに見つめる仲間達になんでもないとだけ言う
と、扉の奥へ目をやった。
遺跡の内部は、外観から想像できる通りの広さしかなく、扉の中に見えるのは地下へ
繋がる階段だけであった。
周囲には特に何も仕掛けがないとティアが判断し、階段の下へ慎重に歩を進めてい
く。
十段ほどしかなかった階段を降りると、そこには上のフロアと同じくらいの大きさの
小部屋の中央に二メートル四方ほどの石碑がおかれているだけであった。
小部屋に採光のための窓や穴がなく、明かりの類いも見当たらないにも関わらず、日
中と変わらず周囲を見渡すことができた。
「小部屋全体に<永続光>の魔法がかかってる?」
「手で目を覆っても影ができない。不思議」
「<永続光>というよりは魔法的な闇視に近いな。……原理は分からんが」
部屋に仕掛けがないことを確認したティアとティナが、小部屋の光源について首を捻
14 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
る。イビルアイも、魔法的な視点から調べようとしてみたが、何もわからなかった。
「……まあ、あからさまに何かあります、って石碑が真ん中にドンとあるしよ。取りあえ
ず見てみようぜ」
そう言って、ガガーランは中央の石碑に近付いていった。仲間達も、他に見る場所は
ないと判断したのか、石碑に近づいていく。
石碑には、遺跡の入り口に彫られていたのと似たような図形が大量に彫られていた。
中程には直径三〇センチほどの円形の紋様が描かれている。一度でも魔法を学んだ
ことがあるものであれば、この紋様が何らかの魔法円であると気づくだろう。
「……一番上に彫られてるのは入り口にあったのと同じ形してんな。やっぱ文字か
……」
「長めの文章に見えるわね。箇条書きみたいなところもあるわ」
「普通に考えればこの遺跡をたてた人たちの文字」
「やけに種類が多い気がする」
「ラナーに見せたら何か分からないかしら……一応、メモを取っておきましょう」
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-
四人が石碑の文字について話し合うなか、イビルアイは再度記憶のモヤを振り払おう
と思考を巡らせる。
──ふと、はるか昔の記憶かよぎる。
記憶の中で、イビルアイが"誰か"のそばへ近づいていく。
岩に腰かけ、何か作業をしている"誰か"の手元をのぞこうとし──
「──ルアイ。イビルアイ、大丈夫?」
ハッと顔を上げると、ラキュースが心配そうに顔を覗き込んでいた。
奥を見ると、他の三人も少し心配そうにこちらを見ている。
「体調が悪い……ってことはないわよね。聖のエネルギーが満ちている場所、って感じ
でもないし……」
「あぁいや、なんでもない。その文字に見覚えがないか考えていただけだ」
「……そう?その様子だと……覚えはなかったみたいね」
「あぁ、残念ながらな」
16 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
イビルアイの様子に、ラキュースは少し気になったような顔をしつつも、困ったよう
な表情で首をすくめた。
「とすると……困ったわね。隠し扉のような仕掛けもないみたいだし、あるのはこの石
碑の……魔法円みたいな紋様くらいかしらね」
と言って、石碑を見やる。イビルアイも、改めてその紋様を眺める。
道
具
鑑
定
アプレーザル・マジックアイテム
「石碑自体からは若干魔力が感じられるな。試してみるか……<
>」
イビルアイは石碑に近づき、慎重に鑑定の魔法をかける。魔法の対象になったことに
よるなんらかのアクションを警戒したが、特に何も起こることはなく石碑の情報が頭の
中に流れ込んでくる。
「……む。どうやら、その魔法円に触れることで石碑の仕掛けが起動するようになって
いるみたいだな。肝心の仕掛け部分に関しては……ダメだ。見えない」
「周りに全滅したっつーチームの痕跡がないのが気になるな。やっぱ石碑を動かすこと
17
-
で別の部屋への道が開く感じじゃないか?」
ガガーラン
脳
筋
「
らしからぬ着眼点」
「偽物と入れ替わってる?」
「オイコラ」
「茶化さないの。……でも、実際ガガーランの言う通りかもしれないわね。ここで戦闘
が起きたような跡もないし……」
「石碑を動かした先にいた何かにやられた」
「もしくは通り抜けた後に仕掛けが戻ってしまったことで出口がふさがれて帰れなく
なった」
「そのどちらかだろうな。警戒するのは当然として、後者の場合は再度仕掛けを起動で
きるようにチーム分けをする必要があるが……最悪、私が転移魔法を使えばいいだろ
う」
「決まりね。一応、すぐに戦闘に移れるようにしておきましょう。石碑には私が触るわ」
ラキュースの号令でそれぞれ配置につく。
刺突戦鎚
ウォーピック
ガガーランは
を構え、ティアとティナもすぐに武器が抜けるように構えをと
る。イビルアイはすぐに魔法の詠唱に移れるよう、精神を集中させた。
18 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
「行くわよ」
合図とともに、魔法円に手のひらを合わせた。
──瞬間。
石碑の紋様が強く輝きだし、膨大な魔力があふれ出した。それと同時に石碑を中心と
して小部屋の床全体を覆うような魔法陣が現れる。
調・べ・ら・れ・た・
その魔法陣が現れたとたん、五人は石碑を通じて全身を
ような言葉に言い
表せない不快感を感じた。これまで味わったことのない感覚に、本能が警鐘を鳴らす。
イビルアイは、とっさにラキュースを石碑から離そうと試みるも、魔法円に触れた手
のひらは石碑と一体化したように強く固定され、引きはがす事はかなわなかった。
次の瞬間、床に現れていた魔法陣がひときわ強く輝き、小部屋全体を立体的な紋様が
覆った。
同時に、急に足場が崩れたような浮遊感と共に視界がゆがむような感覚──まるで転
移魔法を使用したときのような──を受ける。
「バカな!転移の罠だと!?マズ──」
19
-
想定外の出来事に、何も対処することができぬまま意識が遠のいていく。
白く染まりゆく意識の中で──個性を感じることのできない機械的な声が頭に直接
しみ込んで来るのを感じた。
【ご協力、感謝します】
─*─
どれだけの時間がたったのだろうか。
20 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
自分が何者だったのかもあやふやなまま、永遠のようにも、一瞬のようにも感じられ
る時間の後に、少しずつ自分の輪郭を取り戻していく。
──気が付くと、先ほどと変わらぬ格好で立ち尽くしていた。
イビルアイは、慌てて周囲の様子をうかがう。
一見すると、先ほどと変わらない小部屋にいるようだった。ラキュースが触れた石碑
も、触れている彼女と同様そのままそこにある。
少し違うのは、石碑の奥に円形の低い台座が現れていることと──
後方にあったはずの、自分たちが下りてきた階段がなくなり、その場所に長い廊下に
つながる通り道ができていることくらいだ。
イビルアイは自身が使用できる転移の魔法を使おうとしたが、何らかの阻害を受けて
いるらしく、魔法式が完成することなく魔力が霧散してしまうのを感じた。
仲間たちも、視点が定まらないかのようにぼんやりと中空を見つめていたが、イビル
アイが動き始めたのを皮切りに、ハッとして同様に周囲に注意を払う。ラキュースも覚
醒したのか、石碑に触れたままになっていた手を慌ててひっこめた。
「みんな大丈夫みたいね……いったい何が起きたのかしら」
21
-
「魔法陣が光った後、転移魔法に近い感覚があった。どうやら、まとめてどこかに飛ばさ
れてしまったらしい。元の場所に戻れないか転移魔法を試してみたが……かき消され
てしまった。どうやら、相当にやばい場所へ飛ばされてしまったようだぞ」
その言葉を聞いて、全員が驚愕を隠せなかった。
人類の切り札といえるほどの戦力である蒼の薔薇の中でも、一人飛びぬけた実力を持
つイビルアイ。
その正体は、かつて国を一つ滅ぼしたとされる伝説の吸血鬼"国堕とし"その人であ
る。
イビルアイ以外の蒼の薔薇のメンバー四人を相手にしたとしても完勝できるほどの
実力を持っている。
それだけかけ離れた実力を持つイビルアイの魔法が阻害されたということは、この遺
跡を作り上げた存在は少なくともイビルアイと同等以上の存在であるということに気
が付いてしまったからだ。
「転移の罠といい、とんでもない存在であるのは確かみたいだな」
「とにかく、この後どうするかを考えないといけないわね……。進めそうなのは後ろの
22 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
通路くらいだけど」
「ボス、石碑が」
「奥の台座も光ってる」
二人の言葉を受けて先ほどの石碑に目を向けると、触れていた魔法円の外側から中心
に向けて、少しずつ光が広がっていた。
同じように、奥に見える円形の台座の上面も光が広がっている。
いつから光が広がり始めたのか、既に円のほぼ全てが光に包まれていた。
「これ、円の中が光で満ちたら何か起こるヤツじゃねぇか?」
「やっぱりそう思う?」
「何を呑気なこと言っているんだ!」
イビルアイが二人を諌めた次の瞬間、円の中が完全に光で満たされた。
石碑はとたんに光を失ったが、円形の台座は一瞬光を強くしたあと、真上に向かって
光の柱が立ち上った。
光は少しずつ弱まり、徐々に光の柱が消えていくのと共に──
23
-
光の中に、異形の姿が見えた。
二メートル程の身長、鋼色に鈍く輝く鱗に包まれた人のような体、背中には禍々しい
形の翼爪をたたえた翼。額の左右から後方に伸びる黒く歪んだ角……大きな口からは
鋭い牙が覗いている。眼光は鋭く、黄金に輝く瞳の中には、縦に割けたような瞳孔が見
えた。
(無理だ)
イビルアイには、目の前に現れた異形の力の底が見えなかった。
自分は世界の中でも強者の部類であるという自負があった。そんな自分をもってし
て底の見えない相手。
これまでの長い生涯でも感じたことの無い、圧倒的強者を前にしたことによる恐怖
に、足は震え、膝をつきそうになる。
(せめて、こいつらだけでも)
伝言
メッセージ
ラキュースに<
>で後ろの通路へ逃げるよう伝える。
24 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
伝言
メッセージ
<
>を受け、信じられないかのようにイビルアイのほうを振り向くが、小さな体を
震わせ、仮面をしていても伝わる怯えた様子を見て、冷や汗を流した。
「撤退。後ろの通路へ走るわよ」
仲間達にだけ聞こえるよう小さな声で指示を出すと、ティアとティナが音もなく通路
へ向けて走り出し、ガガーランとラキュースが後を追う。
イビルアイは、すぐにでも後ろを向いて逃げ出したい気持ちを抑えながら、異形の姿
を視界に収めたままゆっくりと後退する。
幸いにも、異形の姿は未だぼんやりと輝く光の柱の中で焦点が合っていないかのよう
に虚空を見つめており、こちらへ襲い掛かってくる様子はない。
このまま動き出さないでくれ、と強く祈りながら、少しずつ出口へ向かった。
ラキュースの指示の直後に出口に向かい動き出したティアは、出口から廊下に出たと
たん自分を取り囲む空気が一変したのを感じた。
暖かな室内から雪の降る屋外に出た時のような、肌を刺すような緊張感に、思わず足
が遅くなる。後ろに続くティナも同じ感覚に襲われたらしく、顔をゆがめていた。
25
-
廊下には、罅一つない磨き上げられたような白亜の石畳が広がり、廊下の側面には等
間隔で大きな柱が並んでいる。
壁面に窓はなく、柱の間に一つずつ、光源であろう球体を収める台が据え付けられて
いる。
先んじて廊下に出た四人は、罠を警戒しつつも可能な限りの速度で先を目指す。二〇
メートルほど進んだ先には十字路のようになっている箇所があり、
ひとまずそこまで進んで先ほどの異形の姿の視界から外れよう、とラキュースが考え
ていると、突然先頭を進んでいたティアとティナが止まった。
「左から何か来る」
ティアがそうつぶやいた次の瞬間、角の柱を青白い巨大な腕が掴むのが見えた。
掴んだ柱を引き寄せるように、十字路の左から大きな顔が覗く。
身長は六メートル近く、青白い肌に巨木と見まがう腕にその腕よりも太いこん棒を持
ち、額に小さな角を持つ一つ目の巨人がそこにいた。
あまりに巨大で強烈な威圧感に四人は思わず動きを止め、体中を悪寒が駆け巡る。
その大きな目がギョロリとこちらを向き、顔が裂けそうなほどの大きさの口を三日月
26 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
のような形に開き、笑った。
ガガーランは血路を開くべく、一歩前に出る。同時にティアとティナが一歩後退し、
戦闘の隊列を取った。
鎧
強
化
リーンフォース・アーマー
<
>
下級筋力増大
レッサー・ストレングス
<
>
下級敏捷力増大
レッサー・デクスタリティ
<
>
ラキュースからの支援魔法を受け、巨人に向け地を蹴った。
緩慢に見える動きで振り上げられたこん棒を見て、武技で受け流した隙への最大火力
攻撃を打ち込もうと考えたが──
「受けるな!避けろッ!!」
後方から聞こえたイビルアイの叫びを聞き、とっさに行動をやめ、飛びのいた。
一瞬前にガガーランが踏み込もうとしていた箇所に、想定よりも明らかに速く振られ
たこん棒の一撃が撃ち込まれ、大地が大きく揺れた。
発生した大きな揺れに思わずたたらを踏むが、もう一歩後ろに跳び、巨人から距離を
離す。
27
-
一撃目を空振りした巨人は、これまた緩慢に見える動きでこん棒を持ち直し、ゆっく
りと体を起こしていた。
ガガーランは、相対した巨人の力量を読み間違えていた……というよりも、自分が力
量を読めないほど相手が強いことに戦慄していた。
「オイオイオイオイ冗談だろ……武技を使っても受けきれねぇぞあんなの!ちびさんに
言われなきゃもう死んでるぞ!」
「間一髪だったわね……イビルアイ、さっきの部屋の怪物は大丈夫だったの?」
「警戒しながら下がったが、今のところ光の柱の中から動いていない。早い所前のデカ
ブツを倒して遮蔽の取れる位置に移動したいところだが──」
そう言って大きく息を吸って巨人を一瞥し、震えを隠せないままため息交じりに呟い
た。
「このデカブツも十分ヤバい。どう低く見積もっても難度一六〇は超えるだろう」
地獄にでも落ちてしまったのか、と吐き捨てるように言いながら、ガガーランの前に
28 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
出た。
「私が注意を引いて十字路左の道にあいつを誘う。隙を見てお前たちは一度右の道へ、
先に行ってくれ」
「大丈夫なの?協力して倒してしまったほうがいいんじゃ……」
「この遺跡の主が後ろの化け物か前のデカブツかは知らんが、あれを倒し切ろうとした
ら限界までの消耗は避けられないだろう。脱出ルートがわかっていないこの状態でそ
れは可能な限り避けたい。……なに、棍棒の振りはともかく、移動速度自体はそこまで
次元の移動
ディメンジョナル・ムーブ
速くなさそうだし、適当なところまでひきつけたら<
>で一気に振り切っ
てそっちに合流するさ」
吐き出すように一息でしゃべりきると、すぐに巨人に向き直った。
巨人はニタニタと笑いながら、ゆっくりとこちらへ歩き出してくる。
飛行フライ
仲間たちの準備ができたことを確認すると、イビルアイは<
>を唱え、巨人に向
けて飛翔した。
(また空振りさせ、左側から顔に一発くれてやる)
29
-
巨人がこん棒を振りかぶったのを見て、集中する。
こん棒が振り始められた瞬間、急速に高度を上げる。恐ろしい速度で振られたこん棒
に怯みそうになったが、こん棒はイビルアイの人一人分下をかすめていった。大ぶりの
一撃が外れたことにより、巨人も少しバランスを崩した───かに見えた。
<<複数回攻撃>>
「なッ!?」
こ・ん・棒・が・振・り・ぬ・か・れ・た・と・い・う・事・実・が・な・か・っ・た・か・の・よ・う・に・、巨人の体勢がこん棒を振り上
げた状態に戻っていた。
再度回避しようにも、急激に高度を変えたためにイビルアイも空中で若干体勢を崩し
てしまっている。
水
晶
盾
クリスタル・シールド
損
傷
転
移
トランスロケーション・ダメージ
「マズい!<
>!<
>───」
防御のための魔法を唱え終わるが早いか、壮絶な衝撃が襲った。
30 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
地面すら揺らしたその一撃は、<水晶盾>ごとイビルアイを吹き飛ばした。そのまま
側面の柱に強く打ち付けられるも、勢いは収まらずに地面を跳ねるように転がり、ラ
キュースたちのすぐ近くの柱に打ち付けられて止まった。
「イビルアイ!!」
想定外の出来事に一瞬固まった仲間たちであったが、慌ててイビルアイのもとへ駆け
寄る。
かろうじて五体満足ではあったものの、ずれた仮面から覗く口からは大量の血を吐
き、とっさに体をかばったのであろう両腕は関節が二か所ほど増えていた。
「ッぐアッ……ッ……」
口に止めどなく血があふれてきてうまく発声できない。
アンデッドであるため痛みはないが、体中をとてつもない不快感と脱力感が襲い、体
もまともに動かせない。
駆けつけてきた仲間たちがこちらに大声で何かを呼び掛けているようだが、頭もうま
31
-
く働いておらず、何を言っているか聞き取れない。
ぼんやりとした視界の中で、ラキュースが後ろを振り返って硬直しているのが見え
た。
視線の先をそちらに向ければ、巨人がとどめを刺さんとばかりにこん棒を振り上げて
いるのが見えた。
ガガーランはその一撃を武技で受けようと前に立ち、ティアとティナは援護すべく飛
びのきながらも<不動金剛の術>の印を結ぼうとしていた。
しかし、こん棒は間違いなく丸ごと自分達を叩き潰すだろう、という確信めいた感覚
が蒼の薔薇全員に感じられた。
振りかぶったこん棒が振り下ろされていく。圧倒的な速度であるはずのその動きは、
まるでスローモーションのようにゆっくりと自分たちに迫ってくるように感じられた。
過剰運動
オーバーロード
死を目前に控えた脳の
か、といやに冷静に判断できるが、体はほとんど動かな
い。
こん棒がガガーランたちを叩き潰さんと迫った、その時。
<羅刹衝>
<竜爪>
鋼色の風が吹いた。
32 1) Call of 〟ADMIN.〟
-
後方から鋼色の影が飛び込み、その勢いでこん棒を打ち返し、次の一息で腕を振りぬ
いたかと思えば、一つ目の巨人は縦に裂けていた。
ゆっくりと倒れ伏す巨人の前に立っていたのは、鋼色の鱗を持った──
先ほどの部屋で光の柱から現れた、異形の怪物であった。
怪物は倒れた巨人を一瞥すると、ゆっくりこちらを振り返る。
黄金の瞳が蒼の薔薇を捉え、全員が再度死を覚悟した次の瞬間、口を開いた怪物から
出てきたのは──
「あっぶねー。ロードのラグで開始直後にゲームオーバーとかいうクソゲーになるとこ
ろだった」
気の抜けた男の声だった。
33
-
2) Call from 〞FANTASY〞
竜に、憧れていた。
立ちふさがるものを薙ぎ払い、何者も抗えぬ力を持った竜に。
───それだけの力があれば、施設を襲ってきたテロリスト達を退治することができ
ただろうから。
大きな翼を持ち、妨げられることなく望む場所へ行くことのできる竜に。
───自分にも翼があれば、重傷を負った祖父を治療施設に運ぶことができただろう
から。
育ての親ともいえる祖父の死は、男の心に幻想への憧憬を刻み込んだ。
─*─
西暦二一三五年。
34 2) Call from 〟FANTASY〟
-
異様なまでの自由度の広さから、二一二六年のサービス開始以後爆発的人気を誇って
YGGDRASIL
ユ
グ
ド
ラ
シ
ル
いたDMMO─RPG「
」も、
サービス開始から九年を月日を経てピークは過ぎ、利用者は減少の一途をたどってい
た。
運営側もその様子をただ黙って見ていたわけではなく、様々な作品とのコラボレー
ションイベントを多数開催し、集客効果を狙っていた。
全身を鋼色の鱗が覆った竜人種の男、アバター名「クリュード」も、数多行われてい
たコラボレーション企画の一つに惹かれ、カムバックをしたプレイヤーの一人であっ
た。
"ワールドオブレジェンドゲームス"と題されたイベント。
三か月の期間限定で、九つのユグドラシル世界とは別に、二〇〜二一世紀初頭に世に
出た様々なレトロゲームをテーマにした小世界が実装され、
その世界でしか手に入らないコラボレーションアイテムやスキルなどが手に入るイ
ベントであった。
35
-
あらゆる種類のコラボワールドが実装されたが、開催期間が三か月間限定ということ
もあり、隅々までの情報が出回らないまま終了してしまった世界が多数存在したと言わ
れている。
クリュードがユグドラシルを再開するきっかけになったのは、多くのコラボワールド
のうちの一つ、"ワールドオブファイナルファンタジー"であった。
幼少期、仕事で忙しかった両親に代わって自分の面倒を見てくれた祖父の家の倉庫に
眠っており、祖父とともに夢中になって攻略していたゲームとのコラボレーションイベ
ントがあると聞いて、現在の社会生活の辛さから逃れ、幼き日の思い出に浸ることがで
きればとの思いがあった。
長い更新データのインストールの後、初めてFF世界に転移したとき、彼の目に飛び
込んできたのは、当時のゲームの世界観を基にしたオープニングムービーだった。
世界の根幹を担うクリスタル、その中で豊かな生活を送る人々、力を振りかざし暴れ
る魔物たち。
人の世を混沌に落とすべく暗躍する黒幕と、それを止めようとする光の戦士たち。
36 2) Call from 〟FANTASY〟
-
色鮮やかな魔法が飛び交い、舞うような剣閃が輝く戦場。
祖父との思い出が源泉のように湧き出し、当時の感動を追体験しているようなノスタ
ルジーに浸っていた。
場面が変わるごとに感情を揺さぶられていた彼がひときわ目を奪われたのは、怒号飛
竜神
バハムート
び交う戦場にて圧倒的な火力ですべてを薙ぎ払う
の姿であった。
当時のゲーム内では最強の召喚獣として扱われることが多く、その圧倒的な火力に子
供ながら男心揺さぶられ、あこがれていた。
そういえば、ユグドラシルで初めてこのキャラクターを作成するにあたって、強さの
象徴だと考えていた"竜"に一番近い形態をとることができる、という理由で竜人種を
選んだのだと今更ながらに思い出す。
(ああ、懐かしいな。自分で自由に外装をいじれるようになってから、少しでもバハムー
トに近づけようとして四苦八苦してたっけ)
ムービーに現れたということは、コラボ内に何かしらの要素があるのかもしれない。
そう考えると、久しぶりに心が弾んでいくのを感じる。
37
-
(前はどうしても外装データ容量とか装備的な制限もあって再現しきれなかったから
なぁ)
長いムービーが終わり新世界に降り立つころには、「バハムートを目指す」ことを目標
に決めていた。
まだ精力的にユグドラシルをプレイしていた時代、彼は同じ六人で常にパーティを組
んでおり、そのパーティで近接格闘系のダメージディーラーを担っていた。彼らは
現実世界
リ
ア
ル
での知り合いではなかったが、皆ログイン率は高く、ウマが合ったこともあり、
サービス開始当初から六年にわたって精力的に活動を続けていた。
しかし、パーティのリーダーが結婚を期に引退すると、少しずつ集まりは悪くなり、い
つの日か自然消滅的に解散していた。
クリュード自身もあまり社交的な人間ではなく、当時は装備品の作成などもある程度
区切りがついていたこともあり、新たなパーティを探すことなくゲームを離れたので
あった。
38 2) Call from 〟FANTASY〟
-
ユグドラシルを再開するにあたり、新たなパーティを探そうとは考えなかった。ユグ
ドラシル自体が過疎化が進んでいるということもあったし、祖父との思い出にひたりつ
つ、一人で自由に楽しもうと思ったからだ。
ソロでの攻略を行うにあたっては、これまでの彼のキャラクタービルドでは問題が多
かった。近距離アタッカーとしてのキャラクター構成になっていたため、ダンジョンの
探索や継続戦闘に必要な魔法などを習得していなかったのである。
各種ゲームタイトルを呼び水に集客を目指しているイベントであるため、イベント世
界の攻略難易度は低いと発表されている。
とはいえ、いかに効率よく敵にダメージを与え続けるか、をメインコンセプトにビル
ドされているキャラクターでは、ダンジョン内に点在するであろうアイテムを収集する
ことも、隠されているイベントを見つけることも、継続的な戦闘を行うことも困難であ
ることは明確であった。
「回復はポーションを使っていけばいいにしても、ダンジョンに魔法の使用が必要なギ
ミックとかあったら困るしなぁ」
どうしようか考えながら最初の街をぶらついていると、ユグドラシルでは見た覚えの
39
-
ない看板を下げた店があった。
首をかしげながら店に入ると、古ぼけたデザインの店内には、大量の本が並べられて
いた。
並べられた本の一つを手に取ると、商品の説明をしているシステムウインドウがポッ
プする。
【<ファイア>の魔導書】
・消費することで<ファイア>を取得する
「職業関係なくアイテムで魔法が覚えられるのか!?バランス壊れるんじゃないのかこれ
!」
そう言いつつも、うれしくなって店にある全種類を即購入し、使用する。
店にはいわゆる初級魔法程度の種類しかなかったが、取得魔法一覧に往年の魔法が表
示されているのを見て思わずにやけそうになる。
早速使ってみようと街の外へ飛び出し、徘徊していた低レベルモンスターを見つけ、
コンソールを操作する。
40 2) Call from 〟FANTASY〟
-
<ファイア>
ターゲットしたモンスターの周囲が一瞬赤く揺らめき、爆音と共に大きな火炎が巻き
起こる。
火
球
ファイヤーボール
焼夷ナパーム
<
>や<
>とは異なるエフェクトに、ちゃんと作りこんであることに対す
る感動が生まれた。
しかし、与えたダメージは微々たるものであったらしく、二〇レベル程度であるはず
のモンスターを倒すことができなかった。
(あれ、こんなもんか)
モンスターを軽く叩いてとどめを刺し、魔法の説明ポップを見る。
どうやら、ダメージ量は通常の位階魔法と同様、魔法攻撃力依存のようだった。もと
もと近接職であったクリュードは大した魔法攻撃力を持たないため、
一〇〇レベルのプレイヤーから見たら雀の涙のようなダメージしか与えられないよ
うだ。
41
-
<火球>
ファイヤーボール
(まぁ、そりゃそうだよな。
と比べても基本威力変わらないし、ファンサービス
としての面が強いのかも。
それにしたって、回復魔法とか識別魔法もあるかもしれないし、これがあればビルド
大きく変えなくても探索はかどるかもしれない)
コレクション要素の一つがついでに探索でも役に立ってラッキー、くらいの考えで、
彼はそのままのキャラクターで攻略を進めて行った。
イベント開催期間中、クリュードは全盛期並みのログイン率で攻略を進めた。
新たな店での購入やモンスタードロップなどによって次々増えていく魔法を駆使し
てダンジョンやフィールドを駆け回って探索し、
大規模討滅戦
レ
イ
ド
ボ
ス
用意されていた集団戦イベントや
も、少人数でも攻略に挑めるように運
営が用意したランダムマッチングシステムのおかげで楽しむことができた。
決められた期間で広い世界を攻略していくうえで、ソロ攻略の利点である活動方針を
自由に決められる事は非常に重要であった。
種族的に飛行可能である竜人種であることを生かし、気になったところにはすぐに飛
んで行って探索を行い、普通であれば足を運ばないようなところまで調べ尽した。
42 2) Call from 〟FANTASY〟
-
その結果、イベント終了前日、大陸の辺境に隠されるようにして配置されていたダン
竜神の心臓
バハムートコア
ジョン「ダラガブ」の深層にて、<
>と銘打たれたユニークアイテムを入手
するに至ったのである。
竜神の心臓
バハムートコア
イベントで入手した<
>を鑑定NPCに見せたところ、装備することに
よって特殊な種族レベルを取得できるようになるアイテムであることは分かった。
しかし、肝心な装備条件は完全には明らかにならず、歯抜けのような情報のみが掲示
された。
・"竜人種"の種族レベルを計一五以上取得していること
・■■■■■の称号を取得していること
竜人種は、基本となる竜種を一〇レベルまで上げると、そこにステータスの高い上位
種族を各五レベルまで取得できるようになっている。
クリュードは、基本種一〇レベル、上位種を二種類、それぞれ五レベル取得している
43
-
ので、計二〇レベルの種族レベルを持っている。
間違いなく、一つ目の条件は満たしていると考えていいだろう。
問題は、二つ目の称号である。
ユグドラシルにおける称号は、特定の条件を満たすことで入手することができるおま
け要素である。入手した称号は一覧の中から一度に一つまで選択し、
他者から見たキャラクター詳細画面に掲載することができる。称号そのものにス
テータスへの影響はないため、単なるコレクション要素の一つとなっているが、ただで
さえ自由度の非常に高いユグドラシルにおいては、その総数はまた莫大なものであり、
誰も取得したことのない称号も当然存在するだろう。
(情報が少なすぎるなー。バハムートといえば、みたいな称号をとっていくしかないの
かな)
アイテム名からして、取得できるであろう種族レベルに対する期待が膨らむだけに、
なんとしても装備条件を明かしたい。
イベントが終了してからしばらく、それらしい称号取得に関する情報をあさり続けて
いたが、成果が出ることはなかった。
44 2) Call from 〟FANTASY〟
-
─*─
ミズガルズのはずれにある竜人種のNPCの村落にて、クリュードは外部ブラウザを
起動し、バイザーの内側で眉を寄せながら攻略掲示板を閲覧していた。
コラボイベントによって一時的に利用者は増えたようだが、相変わらず掲示板は過
疎っているようだ。
称号取得に関する掲示板も、かなり前の書き込みを最後に更新が途絶えていた。
そんななか、ダンジョン攻略の掲示板にかなり久しぶりの書き込みがされているのを
発見する。
それは、"召喚契約の祠"という名前の小規模ダンジョンに関する情報であった。
曰く、一度に一人までしか挑戦できない。
曰く、異形種限定ダンジョンである。
曰く、同行するNPCを守らなければならない。
書き込みには、攻略に臨んだものの攻略開始までにかなり長い待ち時間があったこ
45
-
と、
いざ攻略が始まったかと思えば開始直後に同行NPCが自分から逃げ出し、POPし
たモンスターに即倒されて攻略失敗になってしまった事、
再挑戦しようとしたら各アカウント一回までしか挑戦権がないと言われた、など
時間が無駄になったことに対する運営への怒りを露にする書き込みがなされていた。
(おお、ダンジョンの名前的に召喚モンスターみたいなロールプレイをするやつなのか
な)
バハムートといえば召喚獣だよな、などと考えながら、そのダンジョンを攻略するべ
く行動を開始するのであった。
そのダンジョンは、ヴァナヘイムの豊穣の森の中にポツンと存在していた。
森林エリアの中に円形に広がる草原。エリアの中心には石造りの小さな遺跡があり、
遺跡のある島を囲むように泉が広がっていた。
どうやら位置がランダムで変わるタイプのダンジョンであったらしく、掲示板に掲載
46 2) Call from 〟FANTASY〟
-
されていた位置からずれた位置に配置されていた上、魔法的に隠されている設定のよう
で、上空からは見つけることができなかった。
ダンジョン攻略のために取得した休暇の一部が無駄に削られたことに軽く悪態をつ
きながらも、ダンジョンの内部へ侵入する。
安全地帯
セーフエリア
遺跡の周囲は
設定がされているのか、モンスターがPOPしている様子もな
い。
入口に入るとすぐに地下へと進む階段があり、階段の先には石碑が一つ置かれた小部
屋が存在するだけであった。
設置された石碑に触れると、ダンジョンに関する説明が浮かび上がった。
掲示板に書かれていた通り、NPCを護衛しながら遺跡最奥部に到達する必要がある
こと、開始までにしばらく待ち時間があること、その待ち時間の間はこの小部屋から出
られないこと、さらにはダンジョン攻略中にネットワーク切断をすると攻略失敗とみな
されることが書かれていた。
「攻略開始までにサーバー側の準備時間があるのか……掲示板にも書いてあったけど、
特殊マップの生成でもするのか?」
47
-
途中で中断しないようナノマシンの補給をし、トイレや軽食を済ませておく。
準備を完了したうえで攻略開始をタップすると、"開始準備中"と書かれたウィンド
ウが開き、小部屋が封鎖状態になった。
攻略掲示板を流し見しながら一時間ほど経過すると、ウィンドウが"準備完了"に変
化し、「召喚に応じる」と書かれたボタンが浮かび上がった。
「お、雰囲気出るなー。頑張るか!」
ワクワクしながらボタンに触れると、アバターが転移の魔法エフェクトに包まれ、視
界が白く染まった。
─*─
48 2) Call from 〟FANTASY〟
-
視界を染める光が弱まってくると、先ほどと変わらぬ小部屋にいるようであった。
先ほどよりも少し視界が高いところにあり、どうやら台座に立っているようであっ
た。
目の前には先ほど触れたのと同じ形の石碑が置いてあり、その奥にはこちらを見つめ
る五体のキャラクター。
男・性・
美しい人間の女性キャラクターが三人、筋骨隆々の
キャラクターが一人、仮面を
被った小柄なキャラクターが一人。
(あれが護衛対象のNPCかな。見たことないデザインだぞ?使いまわしじゃないの
か、すごいな……そのまま外装掲示板とかに上げられそうな出来だぞ。ていうか驚きの
アイコン出したまま固まってる。よーやるな……っていうかパーティを組んでいるの
か……)
まるでプレイヤーメイドのような個性的なビジュアルに少々驚きつつ、とりあえず話
しかけてイベントを進めようとする。しかし、アバターはピクリとも動かせず、転移の
光も消えないまま立ち尽くすだけだった。
49
-
(あ、ヤバい。データのロードが追い付いてないかサーバー側がラグってるみたいだ。
一応量子通信のはずなんだけどな……どんだけでかいデータ読み込んでるんだ?)
ロードが終わるのをおとなしく待っていると、突然目の前のNPCたちが奥に続く通
路に向けて突然走り出した。
仮面のNPCだけはこちらをうかがいながらゆっくり後退している。
(ちょ、待って待って待って!!これ掲示板に書いてあったやつか!そんなんありかよ!)
一つ目の巨人
キュ
ク
ロ
プ
ス
通路の奥を見ると、
という六〇レベルほどのモンスターがNPC達の前
に湧いているのが見えた。
それを察知してか、仮面のNPCも飛ぶように仲間たちのもとへ向かっていった。何
かを叫んでいるようだが、音声はまだ同期が始まっていないらしく、何も聞こえない。
一つ目の巨人
キュ
ク
ロ
プ
ス
の攻撃がNPC達を襲った。
一撃目は後方に跳ぶことで躱すことに成功したようだが、回避後に少したたらを踏ん
抵抗レジスト
でおり、攻撃に付随する行動阻害の<<激震>>に
できていないようだった。
50 2) Call from 〟FANTASY〟
-
抵抗レジスト
(あれに
失敗するってことは三〇レベル行ってないんじゃないか!?だとしたら一撃
でやられかねないぞ!)
ロードが終わらないことに焦りながら見守っていると、何を考えたのか仮面のNPC
が敵の懐に飛び込もうとしているようだった。
飛行フライ
<
>をうまく使って通常攻撃を回避することはできていたが、<<複数回攻撃>>
を想定していなかったのか、二回目の振り下ろしが直撃していた
ダメージの直前、防御魔法を展開していたようであったが、三〇レベル程度の
魔法詠唱者
マジックキャスター
では即死だろう。
掲示板の彼が言っていたのはこういうことだったのか、とロードの遅さに悪態をつき
特殊技術
ス
キ
ル
ながら攻略失敗を覚悟したが、食いしばり系の
でも持っていたのか、まだ死んではいないようだった。
跳ね飛ばされ転がったキャラに、他のNPCが駆け寄る。
よくできたAIだなぁ、などと半ば諦めて見ていたら、突然自分を覆っていた転移の
光が消え、アバターが動かせるようになった。
どうやら、ようやくロードが完了したようだ。
一つ目の巨人
キュ
ク
ロ
プ
ス
が集まったNPCに攻撃をする直前であった。
51
-
(ギリギリセーフ!間に合ってくれー!)
急いで通路へ飛び出し、敵に急接近して攻撃を入れる<羅刹衝>を発動し、すんでの
ところでこん棒を跳ね返すことに成功する。
特殊技術
ス
キ
ル
発動の硬直時間を埋めるように斬撃属性の攻撃<竜爪>で敵にとどめを刺す
ことに成功した
確実に倒せたことを確認すると、背にかばったNPC達を振り返る。
仮面のNPCは、大ダメージを受けているようだが、死亡を示すアイコンは出ていな
かった。
何とか間に合ったらしい。
いろいろと準備をした時間や、このダンジョン攻略のために取得した休暇が無為にな
らずに済んだことに対する安堵を込めて、
大きなため息をつきながらつぶやいた。
52 2) Call from 〟FANTASY〟
-
「あっぶねー。ロードのラグで開始直後にゲームオーバーとかいうクソゲーになるとこ
ろだった」
53
-
3) Call for 〞HELP〞
イビルアイいわく、少なく見積もっても難度一六〇。
人類の生存圏に現れれば、大きな都市でも簡単に滅ぼされるであろう大怪物だ。
十三英雄の英雄譚に語られる魔神に匹敵するのかもしれない。
国が軍隊を動かしたところで、悪戯に被害を増やすだけで終わってしまうのだろう。
仮にその怪物が何者かとの戦闘によって討ち滅ぼされるのであれば、間違いなく救世
英雄譚
サー
ガ
の英雄として多くの人々の羨望を集め、その戦いは
として後世まで長く語り継が
れ続けることになるだろう。
私も、そんな英雄譚に憧れて両親の反対を押しきって冒険者になったのだ。
そんな怪物が、目の前の異形がたった一度腕を振っただけで討ち滅ぼされた。
縦に大きく裂かれた怪物は、ゆっくりと後ろに倒れながら、まるでほどけるように空
気に溶けて消えていく。
54 3) Call for 〟HELP〟
-
倒された怪物の残骸は残らず、後に残るのは静寂のみ。
きっと私は今、神話の世界にいるのだ。
─*─
(あれ、何もドロップしない。赤字確定ダンジョンとか誰得なの)
本来であれば、モンスターを倒せば装備の強化や作成に使えるデータクリスタルがド
ロップする。
一つ目の巨人
キュ
ク
ロ
プ
ス
の場合は、通常のダンジョンであれば確か筋力系の中級素材が確定で手に
入るはずだったが、金貨一枚残さずに消滅してしまった。
今さら中級素材などあっても使わないが、店売りすればお金にはなる。ダンジョン攻
略で消費するであろうアイテムの補填を考えると、貰えて損はしないのだ。
55
-
(ま、今は別に買いたい物があるわけでもないからいいんだけどさー。クリア報酬に期
待だな)
細かな収支はあとで考えればいいと頭を切り替え、再度NPC達を見る。
倒れる仮面のNPCに寄り添うようにしながらもこちらに視線を向ける金髪碧眼の
神官騎士。油断なく武器を構え、こちらを見据える重戦士。両サイドには、それぞれ赤
と青を基調とした扇情的な装備を身に纏う忍者のような恰好をした少女が二人、これま
た武器を構えている。
格好こそ違えど、皆一様に"警戒"のエモーションを出したまま動こうとしない。
(なんだこれ。NPC助けたらイベント始まるかと思ったのに固まっちゃったぞ……?
こっちから何かアクション起こさなきゃいけないのか?)
いずれにせよこの通路で固まっていたらまたモンスターが湧くかもしれない。
一つ目の巨人
キュ
ク
ロ
プ
ス
程度ならいくら湧いたところで自分の敵ではないが、あまり数が湧くよう
だとNPCが死にかねない。それは困る。
折角のダンジョンだし、ちょっとだけロールプレイしてみようかと気合いをいれ、軽
56 3) Call for 〟HELP〟
-
く咳払いをする。
NPC達はその音に驚いたように軽く跳ねた。
恐ろしく作り込まれたAIだな、と感心しながら口を開く。
「……あまり無事とは言えないようだが、死んではいないみたいだな。君達が私を喚ん
だのだろう?ここはまたさっきのヤツが湧いてくるかもしれない。ひとまず先程の小
部屋に戻って、話を聞かせて欲しいんだが」
どうだ?と言わんばかりに首をかしげ、NPCの出方をうかがう。
NPC達は"警戒"のエモーションを"驚愕"に変え、前の三人は神官騎士のほうを
窺うような素振りをしている。
この神官騎士がリーダー役なのだろう。
彼女は少し考え込んだような動きのあと、顔をあげて仲間達に向けて口を開いた。
「従いましょう。一度は助けてもらっているし、イビルアイがこの状態ではどうしよう
もないわ。ガガーラン、イビルアイをお願い」
57
-
そう言うと、支えていた仮面のNPCを重戦士に預けて立ち上がり、お願いします、と
言いながらこちらに軽く頭を下げた。
クリュードが大きく頷くと、NPC達は小部屋に向けて移動を始めた。
どうやらイベントの進行を開始できたらしい、と安堵し、彼は小さく息をはいて彼女
達の後ろに付いて移動し始めた。
ティアは、先程の小部屋に入った途端に肌を刺すような緊張感が消え失せたのを感じ
た。気になって通路の側へ一歩戻ると、再度全身を悪寒が包む。
一行を油断させるための罠か、はたまた何らかの結界が張られているのか。ティアに
は判別がつけられなかった。
「どうしたの?」
「さっき出ていくときにも感じたけど、この部屋は通路側と空気が違う。なんていうか
……ゆるふわ」
58 3) Call for 〟HELP〟
-
「ええ、それならさっき私も……ゆるふわ?」
前を行く少女達の若干抜けた会話に、クリュードはまたも驚いた。
安全地帯
セーフエリア
(確かにその部屋は
設定されてるけどさ……。その辺の設定まで拾うように
ロールプレイ設定するとかどんなテキスト量だ……データ大きいわけだよ)
ユグドラシルでは、街やダンジョンの休憩地点などに安全地帯と呼ばれるエリアが設
定されている。
安全地帯内にはモンスターは入り込めないし、外から敵にターゲットされた状態で逃
げ込まない限りモンスターは入り込むことはできない。仮にモンスターを引き連れて
安全エリアに飛び込んだとしても、街であれば設置された衛兵NPCが瞬く間にモンス
ターを退治してくれる。衛兵が設置されていない場合はその限りではないが、モンス
ターテロ対策に連れてきたプレイヤー以外に対してはダメージ計算が行われない仕様
になっている。
彼女達の言う空気感の違いは、システムに守られているかそうでないかを世界観設定
に落とし込んだものなのだろう。
59
-
「その小部屋は敵避けの結界が仕込まれているんだろう。わざわざ連れ込まない限りモ
ンスターは入ろうとしない」
「敵避けの結界……そんなものが……」
クリュードの言葉に、"驚愕"しながら小部屋へ進む神官騎士。重戦士ともう一人の
忍者も後に続き、敵意感知に反応がないことを確信してからクリュードも後を追った。
忍者少女の言うところのゆるふわ空間に入ると、重戦士が仮面のNPCを石碑にもた
れさせているところだった。
神官騎士が回復魔法を唱えるのかと思って待っていたが、そんな様子もなく困ったよ
うに立ち尽くすばかりだ。他のNPC達もポーションの類を出すでもなく、判断を仰ぐ
ように神官騎士を見つめていた。
「……どうした?回復してやらないのか?」
「いえ、その……」
「魔力やポーションが残っていないのか?なら仕方がない、私が回復しよう」
60 3) Call for 〟HELP〟
-
そう言ってアイテムボックスから適当なポーションを取りだした。神官騎士は手元
に現れたポーションを見てまたも"驚愕"のエモーションを出していたが、それを使お
うとしているのを慌てたように遮ってきた。
生まれながらの異能
タ
レ
ン
ト
「ま、待ってください!彼女は……その、特殊な
を持っていまして、
通常の回復手段が効かないんです」
「……タレント?」
聞きなれない単語に、"疑問"のエモーションを出しながら首をかしげて見せると、
"焦り"ながら何かを口にしようとしてはやめる、を繰り返し始めた。
─*─
61
-
疑われている。
生まれながらの異能
タ
レ
ン
ト
回復魔法が通じない
など聞いたこともない。疑われて当然だろ
う。ラキュースがなんとか誤魔化そうと考えを巡らせているようだが、思い付かないの
だろう、オロオロと視線が泳ぐだけだ。ティアたちも何と言うべきか考えあぐねている
ようだ。
自力で行動できるくらいに回復することができれば誤魔化す事も出来そうだが、<
損
傷
移
行
トランスロケーション・ダメージ
>でダメージを相殺した分も合わせて魔力はほとんど残っていない。
回復に専念するにしても暫くはここを動けないだろう。
異形の者は疑念の表情を消し、感情の感じられない顔で仲間達を見ている。
彼は圧倒的な強さをもつ異形ではあるが、何故か私たちに協力的な素振りを見せてい
た。人類に好意的な種か、一時的な気まぐれか、はたまた私たちを陥れる罠かはわから
ない。
この遺跡がどれ程の規模かはわからないが、さっきのような強大すぎる敵がまだ潜ん
でいる可能性がある以上彼の力は仲間たちが生きて遺跡を脱出するためには必要不可
62 3) Call for 〟HELP〟
-
欠だろう。
ここで何か上手い言い訳をして自分がアンデッドであることを隠せたとしても、負の
エネルギーを用いて回復する場面を見せられない以上、何処かで必ずぼろが出る。
そんなことになれば、嘘を付いたことに激昂されるか、生者を憎むアンデッドの仲間
としてまとめて葬られてもおかしくない。
それであれば──
「……疑われて、当然だ。ラキュース、仮面を取ってくれ」
「でも!」
「どちらにせよこのままでは進むことも戻ることもできないさ。……頼む」
ここで正直に正体を明かしてしまおう。
魅了の魔法で操ったことにしてもいいし、仲間達を騙していたことにしてもいい。自
分をここで切り捨てて、仲間達だけでもここから出られるよう、力を貸してもらえるよ
うに懇願するしかない。
ラキュースが何かを訴えるようにこちらを見ているが、首を軽く振って答える。
私はもう十分"永く"生きたのだ。生き残るのは私のような死に損ないの年寄りで
63
-
はなく、仲間達のような今を生きる若者であるべきだ。
何、もしかしたら討伐されず、気紛れに連れていって貰えるかもしれないし、ただこ
こに放置されるだけかもしれない。後者だとしてもここで回復してから転移が使える
場所まで移動できればなんとかなるさ。
伝言
メッセージ
そう<
>で伝え、ラキュースが震える手で仮面を外すのを受け入れる。
久し振りに仮面を介さずに見た仲間達は、いつもと変わらず輝いていた。
─*─
ただタレントと言う聞きなれない単語の意味を聞いただけのつもりだったのに何か
を疑っていることになってしまった。
どうしよう、展開が早くてあんまりついていけてない。
一体自分が何を疑っているのかをクリュードが考えているなか、ラキュースと呼ばれ
64 3) Call for 〟HELP〟
-
た神官騎士が震えながら仮面のNPCから仮面をはずした。
そこに見えたのは、しなやかな長い金髪に……体温を感じさせない透き通るような青
白い肌。遠慮がちに開かれた目は紅く妖しく輝き、口元からは発達した八重歯……い
や、牙が覗いている。
目肌の色や口から覗く牙は吸血鬼によくある特徴だ。
しかし、ユグドラシルにおける吸血鬼種は一部のキャラクターを除いて見た目がほぼ
化け物だ。
プレイヤーメイドのNPCや、吸血鬼の種族レベルを取得したプレイヤーの中には、
あの手この手で整った見た目を作り出している者もいるが、吸血鬼に恨みでもあるの
か、運営が用意する吸血鬼のキャラクターはほぼ例外なく醜い見た目をしていた。
にもかかわらず、この少女はどうだ。
その顔立ちには幼さが残っているものの、十分に整った顔立ちをしている。
一部のプレイヤーが見たら大歓喜して抱き着いてBANを食らいそうな見た目だ。
「……吸血鬼か?」
「……ああ、そうだ……です」
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実に珍しい見た目の良い運営製吸血鬼を思わず凝視してしまうが、何故かNPC達が
"焦り"や"覚悟"のエモーションを出しているのを見て我に返る。
同時に、先程回復をしようとしたら焦っていたのにも合点がいった。
「私はどうなっ──「ああ、アンデッドだから回復ポーションを避けたのか。負の属性
ポーションは持ってたかな……」──え?」
アイテムボックスを漁り、少しだけ残っていた負属性ポーションを取り出して使用す
る。
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