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[ ] スペクトルから 関と ~3d 1 Ca 1-x Sr x VO 3 ~ Spectroscopic Manifestation of the Electron Correlation and the Mass Renormalization: 3d 1 Strongly Correlated System Ca 1-x Sr x VO 3 . I. H. Inoue I. Hase Y. Aiura A. Fujimori ABSTRUCT Photoemission spectra around the Fermi level (E F ) of a perovskite-type 3d 1 Mott-Hubbard system Ca 1-x Sr x VO 3 consist of a coherent band near E F and a precursor of the lower Hubbard band ~2 eV below E F , which are common features in the quasi- particle spectra of correlated d-electron systems. The spectra give us information on mass renormalization principally due to the on-site Coulomb interaction. We have found another significant effect: in order to explain the apparent discrepancy between the density of states D( ! k 0 ) and the quasi-particle spectrum ! exp " ( ) in this systems, it is necessary to take into account, besides the on-site Coulomb interaction, long-range interactions such as an electron-phonon interaction, spin fluctuation, or an electron-electron interaction through the long-range Coulomb and exchange interaction, which gives the non-local and hence momentum-dependent self-energy. The argument leads the effective mass m* of the quasi-particle to be a product of ω- massm ω and k-massm k . It seems reasonable to advocate that, in strongly correlated systems in which m ω is extremely enhanced, the long-range exchange or correlation becomes large concomitantly, causing the suppression of ! exp 0 () as well as preventing m* from being enhanced so extremely. KEYWORDS : Ca1-xSrxVO3Mott 移、

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Page 1: ABSTRUCT - Staff Fqs wx CaVO 3q SrVO 3qw{ 9 .pK Ca1-xSrxVO3 pK { CaVO 3q SrVO 3xq tÖéðµ ÄÏ b ð Æ´¢Ü = úpK z V ïw ÜA:xq t V 4+ pK {m ü ÜKh 3d ? U x Ob {\w%x xw tTT cÚ

[研究]

準粒子スペクトルから見た電子相関と有効質量 ~3d1強相関電子系 Ca1-xSrxVO3~

Spectroscopic Manifestation of the Electron Correlation and the Mass Renormalization: 3d1 Strongly Correlated System Ca1-xSrxVO3.

井上 公 長谷 泉 相浦義弘 藤森 淳

I. H. Inoue I. Hase Y. Aiura A. Fujimori

ABSTRUCT

Photoemission spectra around the Fermi level (EF) of a perovskite-type 3d1 Mott-Hubbard system Ca1-xSrxVO3 consist of

a coherent band near EF and a precursor of the lower Hubbard band ~2 eV below EF, which are common features in the quasi-

particle spectra of correlated d-electron systems. The spectra give us information on mass renormalization principally due to

the on-site Coulomb interaction. We have found another significant effect: in order to explain the apparent discrepancy

between the density of statesD(!k

0) and the quasi-particle spectrum !exp "( ) in this systems, it is necessary to take into account,

besides the on-site Coulomb interaction, long-range interactions such as an electron-phonon interaction, spin fluctuation, or an

electron-electron interaction through the long-range Coulomb and exchange interaction, which gives the non-local and hence

momentum-dependent self-energy. The argument leads the effective mass m* of the quasi-particle to be a product of “ω-

mass” mω and “k-mass” mk. It seems reasonable to advocate that, in strongly correlated systems in which mω is extremely

enhanced, the long-range exchange or correlation becomes large concomitantly, causing the suppression of !exp 0( ) as well as

preventing m* from being enhanced so extremely.

KEYWORDS :

強相関電子系、光電子分光、Ca1-xSrxVO3、Mott転移、有効質量

Page 2: ABSTRUCT - Staff Fqs wx CaVO 3q SrVO 3qw{ 9 .pK Ca1-xSrxVO3 pK { CaVO 3q SrVO 3xq tÖéðµ ÄÏ b ð Æ´¢Ü = úpK z V ïw ÜA:xq t V 4+ pK {m ü ÜKh 3d ? U x Ob {\w%x xw tTT cÚ

1 はじめに

高温超伝導の研究に刺激を受けて「強相関電子系」という名の電子系 (電子の集まり、つまり固体のような凝縮系の中における

電子状態のこと) を対象にした研究の裾野が驚くべき速さで広がってきている。 確かに強相関電子系は高温超伝導出現の母体としての

研究対象でもあるために近ごろ注目を浴びているのだが、そもそもこの系の研究の歴史は非常に古く、量子力学というものが成立して

まだまもない 1930年代にはすでに「酸化ニッケル(NiO)はなぜ金属ではなくて絶縁体なのか」といった電子相関にまつわる典型的な問

題がとりざたされていたそうである。1 ここで「強相関」というのは「電子相関が強い」ということである、とおざなりな説明をし

て先に進みたいところだが、それではいったい何のことだかちっともわからない。この言葉は以後本稿に呪文のように登場する大切な

キ-ワ-ドであるから、本論に入る前に、この節の後半で少しばかり説明しておくことにする。

今回ここに報告する研究は「超構造物質に関する研究」という研究項目のもとで行われた。つまり本研究の出発点はまず「構

造」を制御するという立場である。一方で電子相関の主役は固体中の「電子」である。実際のところ我々は電子の器(うつわ)である

物質の「構造」を微妙にコントロ-ルすることで、間接的にとはいえかなり有効的に電子相関をコントロ-ルしてみせることに成功し

た。さらにこれらの制御にともなって電子相関が変化していく様子を光電子分光という実験手法で非常にあからさまに捉えることに成

功した。本研究報告ではこれらの成果について報告し、さらに準粒子スペクトルにあらわれる電子相関の効果を相互作用をくりこまれ

た準粒子の「有効質量」の問題をふまえながら議論することにする。なおこの「彙報」という発表の場においては、専門的な雑誌への投

稿論文やあるいはペ-ジ数などに制約の多い解説記事などとは違って普通ではなかなか発表の場が得られないような細かいことまで書

いてもよいということであるから、著者の研究ノ-トを整理するようなつもりでできるだけ省略しないで記述してみた。かえって、お

かしなところを露呈してしまうかもしれないが、こうすることで少しでも多くの方々に基本的な内容を理解していただき、今後のより

発展的な議論を醸し出すことが最大のねらいである。

そこでまずは先程から登場している「電子相関」とやらについて簡単に触れて、さらにもう一つの大事な概念である「フェル

ミ流体論」についても簡単な説明を試みることにしよう。もちろんこれらの言葉をタイトルにしてそれぞれ大部の本が書けてしまうほ

どの重要な言葉である。2 したがって簡単に説明しようというのはあたかも馬が念仏を唱えて仏法を説く様なことなのかもしれない

が、どうか御了承いただきたい。さて、とどのつまり電子相関とは「電子間に働くクーロン相互作用」のことである。すべての電子は

マイナスの電荷を持っているのであるから、固体の内部のように電子がうじゃうじゃいる様な状況では電子間に働く斥力のクーロン相

互作用というものはとんでもなく扱いにくいものに違いない。しかしいくら扱いにくいからと言って、電子間に働くクーロン相互作用

を無視しようというのは全くもって非常識な仮定のはずである。ところが実際のところ多くの「通常の金属」の物性を説明する際には

むしろそのナンセンスがあたりまえのように仮定されて使われており、驚くべきことにそれで十分に物性を説明できているのである。

つまり「通常の金属」の物性の大部分は、あたかもお互いに何も相互作用をしていない電子系の物性であると考えて説明できてしまう

というのだ。固体物理の教科書をひもとくと、おそらくどの教科書でもかなり最初の方で、実はこの仮定はナンセンスではなくむしろ

かなり的確な仮定であるということが説明してあるはずである。こうした「自由電子モデル」の延長上にある考え方が「Fermi流体論」と

呼ばれるものである。Fermi流体論によると、電子間に働く相互作用がどんなに強くても電子系が「Fermi流体でいるかぎり」、すなわ

ち磁気的転移を起こしたり金属非金属転移を起こしたりしないかぎり、輸送現象などに係わってくる低エネルギーの励起はあたかも相

互作用のない粒子(これを準粒子という)のごとく記述できるということになる3。もう少し簡単に言えばこういうことである。電子間

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には相互作用が働いているのだからそこで1個の電子を刺激して励起状態に上げようものなら必ず周りの電子にも大きな影響を及ぼす。

したがって系全体は蜂の巣をつついたように大騒ぎになるはずだ。しかしこの大騒ぎによって増加した「エネルギ-」を全て1個の電子

に押し付けて、あたかもエネルギ- (つまり「有効質量」) の大きくなった電子(もはや「電子」とは呼べない「準粒子」という仮想

的な粒子である)が1個だけ励起しており、残りの電子はみな静かにしているという状態を考えてしまうのだ。こういうふうに考えて

もよいのだというのがまさに Fermi流体論なのである。ところがこの「Fermi流体でいるかぎり」という定義がどの程度まで適用できる

のかについては、今だ定量的に信頼のおける議論は何もないといってよい。実際のところ強相関電子系と呼ばれる物質は磁気的転移や

金属非金属転移といった相転移を示すものが多く、特にそれらの転移の近傍にある金属相においては、単純な自由電子的金属モデルで

は記述できない異常な振る舞いが数多く見られている。

我々はその「自由電子的金属モデルでは記述できない異常な振る舞い」を示す「強相関電子系の金属相」において電子相関の大き

さを人為的にコントロ-ルすることに成功した。本稿では、その様な系で電子系の物性に最もかかわってくる低エネルギ-の励起すな

わち準粒子スペクトルが電子相関を変えたときにどう変化するのかを中心に議論することにしよう。また、その光電子スペクトルから

非常に興味深い「有効質量」についての情報が得られることもわかった。舞台となるのは CaVO3と SrVO3との固溶体である Ca1-xSrxVO3

である。CaVO3と SrVO3はともにペロヴスカイト構造を有するヴァナジウム酸化物であり、Vイオンの形式価数はともに V4+である。

つまり1分子式あたり 3d電子が1個存在する。この系は xの値にかかわらず金属であり1分子式あたり1個の 3d電子が系の伝導電子

になっている。 CaVO3は電子相関が大きく金属非金属転移の近傍の金属状態にある4,5と考えられるのに対して、SrVO3はより 3d電子

の遍歴性が大きい金属であると考えられている。そこで最初に電子相関の大きさの指標とするためにこれまでの文献で報告されている

CaVO3と SrVO3の有効質量を検討しておこう。先程の説明を簡単に言うと、有効質量というのは相互作用の衣を着て電子があたかも重

い準粒子になったかのように振る舞う時のその質量のことである。Onoda et al.6によると SrVO3の温度に依存しない帯磁率 (χ=1.6×10-

4emu/mol) からさらに軌道常磁性 (χorb=6.5×10-5emu/mol) の寄与を差し引くと Pauli 常磁性帯磁率の値がχs=9.5×10-5emu/mol となる。

電子相関を無視した自由電子的なバンドを仮定すれば、この値を使って有効質量が m*=2.33meと計算される。ここで meは自由電子の

質量である。一方 CaVO3は Kumagai et al.7による電子比熱の測定結果γ=14 mJ/mol・K

2を用いると m*=4.9meとなる。これらの結果は

CaVO3のほうがより電子相関の強い系であるということを示唆している。

2 実験

Ca1-xSrxVO3の焼結体は原料に CaCO3, SrCO3, VO2を用いて還元炉で焼成することによって得ることができた。作成した試料に

はそのままでは酸素欠陥があるのだが空気中で 200℃で1時間ほど加熱することによって酸素欠陥はなくなり、stoichiometricで安定な

サンプルを得ることができる。このことは熱重量分析(TGA)を用いて確認した。4 Fermiレベル近傍での準粒子スペクトルを観測する

ために、この stoichiometricな焼結体を用いて真空紫外光電子分光(UPS) の実験を行った。この測定は高エネルギー物理学研究所の放射

光施設(KEK-PF)のビームライン BL-11Dにて行った。UPSは試料表面の状態に敏感である。通常、試料の表面は過剰な酸化などによっ

て劣化していので、超高真空(3×10-10 Torr)のチェンバーの中で、試料の表面をダイヤモンドやすりで削り落とし、劣化していない表面

を得てから測定を行った。測定中もやすり掛けの際にも試料は液体窒素温度に冷やしてある。こうすることによって、超高真空中で試

料の表面から酸素が脱離するのを防ぐことができる。しかし、それでもなお測定している間に試料の表面は少しずつ劣化してくる。劣

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化が起こると、UPSのスペクトルの 10eV付近にサテライトのピ-クが現われてくるので、頻繁にやすり掛けを行って、このようなサ

テライトが現われていないことを確認してから測定を続けた。

3 結果及び考察

3-1 構造変化

SrVO3も CaVO3も Vイオンの形式価数は+4で同じペロヴスカイト構造を持つ酸化物なのに、なぜ電子相関の大きさが異なる

のだろうか。電子相関を「2個の電子間に働くク-ロン相互作用と交換相互作用を全ての組み合わせについて平均したもの」(これを U

と表す)とすると、CaVO3においても SrVO3においても伝導電子は同じ V4+の 3d電子であるので Uはそれほど異なるとは思えない。し

かし実際には電子相関の Uは伝導電子の一電子バンド幅Wを基準にしてスケ-ルされるので U/Wという形で考える必要がある。つま

りWが大きくなれば相対的に Uが小さくなったのと同じ効果があるというわけだ。ということは CaVO3にくらべて SrVO3では結晶の

歪みが小さくなっており、そのために 3d軌道どうしの重なりがより大きく、結果的にWがより大きくなって U/Wが小さくなっている

のではないかと推察してもよいであろう。ところが Shannonのイオン半径のデータ8を用いて結晶の歪みを表す tolerance factorを計算し

てみると、SrVO3で 1.014、CaVO3で 0.979となってそれほど大差がなく、どちらとも結晶の歪みが小さい立方晶であるとしてもおかし

くはない。そこで粉末 X線回折法(XRD)を用いて Ca1-xSrxVO3の焼結体で xを変えていったときの構造の変化を調べてみた。斜方晶だと

仮定して XRDパターンから求めた格子定数 a、bおよび c (図 1上) の値を、立方晶だとしたときの格子定数に対応づけるために a

2、

b

2およびc

2と変換してみると(図 1下)、我々の実験の精度ではすべてほぼ等しくなってしまう。この図から、SrVO3から CaVO3へと

変化させていったときの系の変化としてあきらかにいえることは、むしろ a

2= b

2=c

2という立方晶の条件がほぼ保たれたまま系

全体が等方的に縮んでいるということであろう。しかしながら、XRDパターンをよく比較してみると、SrVO3から CaVO3に近づいてい

くにつれて立方晶では消滅しているはずの回折線がわずかに見え始めてくるのが分かる。これは系が完全に立方晶の SrVO3からわずか

に斜方晶の CaVO3へと対称性を落としてきていることを示していると考えてよい。立方晶に焼き直した格子定数にはほとんど異方性が

現われないのに系の対称性が低くなるということは、次のように考えることで説明される。まずペロヴスカイト構造において Caおよび

Srイオンを結んでできる六面体は xの値によらず a

2= b

2=c

2のほぼ立方体のままであるとする。またその内部にある VO6の八面

体については、SrVO3の場合 Oイオンはみな立方体の面心の位置にあり Vイオンは体心の位置にあるとする。ここで xを増やして Sr

を Caに置換していくと VO6の八面体を囲っている a

2= b

2=c

2の立方体が小さくなるので、置換によらず大きさの等しい VO6八

面体がその内部に入りきるためには「傾いて」いる必要がある。例えば Vイオンを通って立方晶の(110)方向に平行な軸を中心にして八

面体が回転すればよい。そうすると系は対称性が低くなって斜方晶に変わるのである。このような仮定のもとで、格子定数から V-O-V

の結合角を求めると、図 2のようになる。この角度は CaVO3で 160度になってしまい、やや大きすぎるような感じもするが、仮定が単

純なせいもあるので、定性的にはこのような説明でおかしくないものと思われる。V-O-Vの結合角が小さくなってくると、3d軌道どう

しの重なり積分の値が小さくなっていくので、結果的にバンド幅Wが小さくなり U/Wが大きくなるのである。ここでもうひとつ重要

な事は、Caイオンも Srイオンもともに+2価で安定な陽イオンであるからこの置換によって系の形式的な伝導電子の数は全く変化して

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いないということである。つまり我々は CaVO3と SrVO3との固溶体である Ca1-xSrxVO3において xの値を変えることで、1分子式あた

りの 3d電子数を1個に保ったまま「電子相関 U/Wのみ」をコントロ-ルすることが出来るわけである。

3-2 光電子分光

電子相関 U/Wを変化させていくと、系の低エネルギ-励起つまり準粒子スペクトルはどのように変わっていくのだろうか。近

年、高温超伝導体をはじめとする強相関電子系の Fermiレベル近傍の準粒子のスペクトル関数について、理論および実験の両面から多

くの興味深い議論がなされてきている。

ここで1サイトあたり伝導電子が1個いる half-filledの状態を考えることにしよう。Ca1-xSrxVO3では1サイトあたりの伝導電

子の数は1個である。系が理想的な立方晶ではなくより対称性の低い状態にあれば基底状態では 3d軌道の縮退はとけている。したがっ

て Ca1-xSrxVO3は half-filledであると考えてよいであろう。(実はこのことは十分に議論しなければいけない問題であるが、half-filledであ

ると仮定した方が本稿で紹介する光電子分光をはじめ幾つかの重要な実験事実をうまく説明できる。この事に対する検討はまたの機会

に譲ってここでは half-filledであるとして話を進める。) この様な系で電子相関を十分に強くしてみるとどうなるだろうか。例えば 5d

電子系の ReO3などのように 5d電子の局在性が小さくてバンド幅Wが大きい場合は U/Wという値は非常に小さく、準粒子のスペクト

ルはバンド計算によって得られる状態密度とほぼ一致する。ところが、U/Wという値が大きくなってくるにつれて、準粒子のスペクト

ルは、単純なバンド計算から求まる状態密度とは大きくかけ離れてくる。 U/Wが大きいと明らかに個々の電子がひとつのサイトにそれ

ぞれ局在してしまった状態が基底状態であるから、そこでひとつの電子を動かして隣のサイトへ持っていくと同じサイトの2個の電子

の間に働くク-ロン反発力 Uのために系のエネルギ-は Uだけ上昇してしまう。つまり系の準粒子スペクトルには Uという大きさの

ギャップが開いてしまうのである。このような準粒子スペクトルの振る舞いを比較的簡単な理論で再現したのが Hubbard9であり、電子

相関によって状態密度がいわゆる下部ハバ-ドバンドと上部ハバ-ドバンドに分かれて絶縁体になってしまうこうした相転移のことを、

Mott-Hubbard転移とよんでいる。(Mottというのは有名な局在による相転移の話の創始者である。この転移のことも単にMott転移10と

よぶことが多い。) 図 3は Hubbardの理論に従って電子相関 U/Wを変化させていったとき状態密度がどのように変わるかを示したも

のである。電子相関のないときのひとつのバンドが電子相関を大きくしていくと下部ハバ-ドバンドと上部ハバ-ドバンドの二つに分

かれていく様子がよくうかがえる。しかしながらこの簡単なモデルには致命的におかしなところがある。というのはこのモデルでは金

属状態が正しく記述されていないのである。11 図 3において電子相関が小さいときは下部ハバ-ドバンドと上部ハバ-ドバンドの重

なりのためにフェルミ準位には状態密度が残っていてあたかも系は金属のようだが、この金属状態はフェルミ流体としての条件を満た

していない。例えば電子比熱係数のγは負の値をとってしまうなど、明らかにおかしなことになってしまっている。絶縁相ではこのよ

うな考え方は非常に有効であるが、実際は絶対零度では Hubbardの理論で仮定するような常磁性的な基底状態にはなり得ず、少なくと

も相互作用が十分に大きければ基底状態は反強磁性になるはずである。つまりこの Hubbardの理論は暗黙のうちに有限の温度を仮定し

ており、有限温度では明確なエネルギ-ギャップというものは実は定義できないのである。一方で系がフェルミ流体であることを常に

仮定し電子相関を摂動として取り入れていくと、電子相関が0のときには状態密度に一致していた準粒子スペクトルは、電子相関が大

きくなるにつれてフェルミレベルでのスペクトル強度を保ったままそのバンド幅を狭くしていき、その分、高エネルギ-側に裾をひい

たような形になる。12 このモデルでは金属相の振る舞いは非常によく記述できるが、下部ハバ-ドバンド、上部ハバ-ドバンドとい

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ったピ-クは現れず、金属から非金属への相転移も記述できない。実験的には A. Fujimori et al.、13 長谷、14

永崎15による光電子分

光の先駆的な研究があり、準粒子スペクトルは電子相関を大きくしていくとバンド計算による状態密度からは明らかに大きく違ってく

ることがわかっている(図 4)。これらの実験結果と呼応するように最近では例えば無限次元のハバ-ドモデルを用いてこのような系

での準粒子スペクトルが計算されてきており16,17,18 定性的には実験結果と非常によい一致を見ている(図 5)。フェルミレベルごく

近傍の状態は実空間での波動関数が固体全体に広がった(coherentな)準粒子励起に対応するスペクトルで系のフェルミ流体であるという

性質を反映している。また、高エネルギ-側にはMott-Hubbard絶縁体における下部ハバ-ドバンドに相当するピ-クが現れる。これは

波数空間上では表せない(incoherentな)準粒子励起のピ-クである。

さて長い前置きはこのぐらいにして、ここで我々の実験結果を紹介していくことにしよう。図 6(上) は Ca1-xSrxVO3(x=0.8)の価

電子帯のスペクトルである。図 6 (下) は Fermiレベル付近を拡大したものである。Vの 3d軌道からの光電子スペクトルの強度は、入

射光のエネルギーが 50eVのときに共鳴増大され、逆に 45eVのときには小さくなる。一方 Oの 2p軌道からのそれは、入射光のエネル

ギーが 50eVのときも 45eVのときもほぼかわらない。したがって、図 6のスペクトルから、Fermiレベル近傍のスペクトル強度はおも

に Vの 3d電子によるものであり、4~6eV付近は Oの non-bondingな 2p軌道、6~8eV付近は Vの 3d軌道と混成した O 2pの結合軌道

からの光電子放出によるものだと推定される。またこのことは xを変化させても変わらない。ここで注目するのはフェルミレベル近傍

の Vの 3d軌道からの光電子スペクトルである。図 7には Ca1-xSrxVO3(x=1.0、0.8、0.4、0.0)の Fermiレベル近傍における UPSスペクト

ルを示す。25 SrVO3から CaVO3に近づいていくにつれて結合エネルギーが 2eV付近のピークの強度が減少していき、Fermiレベル直

下のスペクトル強度が増大してくる様子がはっきりとみられる。またスペクトルの形状は局所状態密度近似 (local density approximation:

LDA) を用いたバンド計算によって求めた状態密度とは明らかに異なっている。これは、まさに無限次元のハバ-ドモデルの計算等に

よって予想される準粒子スペクトルの振る舞いであり、系がより遍歴性の強い状態からより局在性の強い状態へと変化していく様子を

反映している。

本稿のタイトルは「準粒子スペクトルから見た電子相関と有効質量」ということであるから、ここで簡単なモデルを仮定して

我々の得たスペクトルから何がわかるかを議論することにしよう。光電子スペクトルについては Kotani19および Gunnarson と

Schönhammer20による有名な解説があるので、より詳しくはそちらを参照してもらいたい。

まず1電子グリ-ン関数 (あるいは1電子伝幡関数) を考える。いきなり話が飛躍するようであるが、準粒子スペクトルのよ

うなミクロスコピックな物理量を議論するにはグリ-ン関数という道具が大変有効であって、これを使わないという手はない。基底状

態を 0 とすると、温度 0Kのときの遅延グリ-ン関数は

Gsr r ,

r ! r ,t " ! t ( ) = "i 0 #s

r r , t( ),#s

† r ! r , ! t ( ){ } 0 ( for t $ ! t )

= 0 ( for t % ! t )

で与えられる。sはスピン変数、{A,B}は反交換関係である。波数表示のグリ-ン関数を得るにはここでフ-リエ変換を行えばよい。

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Gs

r k ,t ! " t ( ) =

1

Vdr r d

r " r # Gs

r r ,

r " r ,t ! " t ( )e!i

r k •

r r !

r " r ( )

= ! i 0 a r k ,s

t( ),ar k ,s

†" t ( ){ } 0 ( for t $ " t )

= ! i 0 a r k ,s

t( )a r k ,s

† " t ( ) 0 ! i 0 a r k ,s

† t( )a r k ,s

" t ( ) 0 ( for t $ " t )

(1)

ここで、 n を系の励起状態 (n=0は基底状態) とし、Enをその状態の固有エネルギ-であるとする。 n

n

! n =1であるから、

Gs

r k ,t ! " t ( ) = ! i 0 a r

k ,st( ) n n ar

k ,s

† " t ( ) 0n

# ! i 0 a r k ,s

† t( ) n n a r k ,s

" t ( ) 0n

# ( for t $ " t )

= ! i n a r k ,s

†0

2

e!i

En!E0( ) t! " t ( )

h

n r k $

r k F( )

# ! i n a r k ,s

02

e!i

E0!En( ) t! " t ( )

h

n r k %

r k F( )

# ( for t $ " t )

となる。さらに、時間によるフ-リエ変換を行ってエネルギ-表示のグリ-ン関数になおしてみよう。

Gs

r k ,!( ) = "

1

hd#Gs

r k ,#( )

0

$%

= "1

hn ar

k ,s

†0

2

d#e"i

!"En +E0( )#h

0

$

%n

r k &

r k F( )

' + n a r k ,s

02

d#e"i

!+En "E0( )#h

0

$

%n

r k (

r k F( )

')

*

+ + +

,

-

.

.

.

虚数部分は次のようになる。

!1

"Im Gs

r k ,#( ) = n a r

k ,s

†0

2

$ # ! En + E0( )n

r k %

r k F( )

& + n ar k ,s

02

$ # + En ! E0( )n

r k '

r k F( )

&

右辺の意味するところは明快であろう。第1項は角度分解(およびスピン分解)した逆光電子分光のスペクトルに相当し、第2項は角

度分解(およびスピン分解)した光電子分光のスペクトルに相当する。すなわち、

!

1

"Im Gs

r k ,#( ) = As

#$EF

r k ,#( ) + As

#%EF

r k ,#( ) (2)

であることがわかった。この関係は重要である。わかりやすい例として電子間の相互作用を全く無視して a r

k ,st( ) = e

!i"k

0t

h a r k ,sである

とすると(1)よりグリ-ン関数は

G

r k , t ! " t ( ) = ! ie

!i#k

0t! " t ( )

h ( for t $ " t )

となる。相互作用のある場合は電子またはホ-ルは他の電子によって散乱されるので、簡単な形としてはおそらく

G

r k , t ! " t ( ) = ! ie

!i#k

0 +h$( ) t! " t ( )

h ( for t % " t )

の様なものを考えるのが最も妥当であると思われる。そうするとこの場合エネルギ-表示のグリ-ン関数は容易に計算できて

Gr k ,!( ) =

1

! " #k

0 + ih$

Page 8: ABSTRUCT - Staff Fqs wx CaVO 3q SrVO 3qw{ 9 .pK Ca1-xSrxVO3 pK { CaVO 3q SrVO 3xq tÖéðµ ÄÏ b ð Æ´¢Ü = úpK z V ïw ÜA:xq t V 4+ pK {m ü ÜKh 3d ? U x Ob {\w%x xw tTT cÚ

となる。実は相互作用がそんなに単純ではなくてγがωと kの複雑な関数になってもエネルギ-表示のグリ-ン関数をこのような形に

書くのは可能であることがわかっている。すなわち、

Gs

r k ,!( ) =

1

! " #k

0 " $ s !,r k ( )

(3)

となるというのである。 このとき ! s " ,

r k ( )は相互作用による準粒子のエネルギ-への補正であり、「自己エネルギ-」と呼ばれている。

本稿で扱うのは角度積分型(スピン非分解)の(逆)光電子分光スペクトルである。これは(2)より

! "( ) # dr k

k$kF% As

"$EF

r k ,"( ) + d

r k

k&kF% As

"&EF

r k ,"( )

' ( )

* + ,

s

- = .2

/d

r k

all% Im Gr k ,"( )

であたえられる。 係数の2はスピンについて和を取ったためである。!k0を相互作用のないときの電子のエネルギ-だとしD ! k

0( )を相

互作用のないときの状態密度であるとすると、

d

r k

all! = d" k

0D " k

0( )#$

$

! であるから、

! "( ) = #1

$d% k0

#&

&

' D % k0( ) ImG ",% k

0( ) (4)

となる。相互作用による準粒子のエネルギ-への補正がないとき、つまり自己エネルギ-が 0のときには

!1

"ImG #,$k

0( ) = % # ! $ k0( )となるので、! "( ) = D "( )である。すなわち、準粒子のスペクトルは相互作用のないときの電子の

状態密度に等しくなる。以下本稿では準粒子スペクトル! "( )として角度(およびスピン)積分した光電子スペクトル!exp "( )を、相互

作用がないときのD !( )としては LDAによるバンド計算によって求めた状態密度を近似的に用いることにする。

このような予備知識のもとで図 7の光電子スペクトルをもう一度みなおしてみよう。準粒子スペクトルの形状!exp "( )はバン

ド計算による状態密度D !( )とは大きく異なっている。すなわちこの系には強い相互作用が働いていて、「自己エネルギ-によるスペク

トルの補正が非常に大きなものになっている」ということがわかる。ここでいう相互作用というのは電子間に働くク-ロン相互作用 U

に起因する「電子相関」であると考えてよいだろう。実際に電子相関が強いときの無限次元のハバ-ドモデルの計算等によって予想され

る準粒子スペクトルの振る舞いと、この準粒子スペクトルとは定性的に非常によい一致を見ている。図 8はM. J. Rozenbergが、無限次

元のハバ-ドモデルの計算によって我々の光電子スペクトル(x=0.40)をシュミレ-ションしたものである。21 光電子スペクトルの方は、

0.5eV付近にピ-クを持つ幅の広い Gaussianを用いて、高エネルギ-側から裾をひいている酸素の 2pバンドによるバックグラウンドを

差し引いてある。また光電子スペクトルの積分強度と計算で求めた準粒子スペクトルの積分強度は等しくなっている。これらを比較す

ると、計算の精度の範囲で非常によく一致していると考えてよいであろう。つまり! = "1.7eV付近に見られる(バンド計算では見ら

れない)ピ-クはMott-Hubbard絶縁体における下部ハバ-ドバンドに相当する incoherentピ-クである。ピ-ク位置のエネルギ-は U/2

に相当するので、この系の Uの値はおよそ 3.5eVであると考えられる。 incoherentピ-クの幅はバンド幅Wに相当するものであり、

D!W/2はおよそ1.1eVである。したがって U/Dはおよそ 3.2という値になる。Brinkman and Rice12によると U/Dが 3.4以上では系が

Mott 絶縁体に転移するということであるので Ca1-xSrxVO3 は金属非金属転移(Mott 転移)のごく近傍にあると考えてよいであろう。また、

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フェルミレベルごく近傍の状態は coherentな準粒子励起に対応するスペクトルであると考えてよい。系の電子相関 U/Dの値が大きくな

り incoherentピ-クの位置が深い方へずれて行くと、それに伴いスペクトル強度が coherentな部分から incoherentな部分へ移動していく

が、この様子も無限次元ハバ-ドモデルの計算でよく説明できている。

それでは、これで全てがうまく説明できて「めでたしめでたし」かというと、実はそうではない。このままだと決定的におかしな

問題が残っているのである。次節ではその問題~準粒子の有効質量~について議論することにしよう。

3-3 有効質量

準粒子のフェルミ面上での有効質量というのは

m* =1

h2r k

d!k

dr k

k =k F

"

#

$ $ $

%

&

' ' '

(1

(5)

で定義される。 !kは、準粒子のエネルギ-(分散)であり、相互作用を無視したときの! = " k

0とは違って

! = " k

0+ Re # ! ,

v k ( ) (6)

の解! = "kとして与えられる。本来有効質量はテンソルであるが、ここではフェルミ面が等方的であるとしてスカラ-であるとする。

もっと正確に議論するならば、角度積分型の光電子分光や、比熱などの輸送現象で観測される有効質量は、テンソルである有効質量を全て

のフェルミ面上で面積分して平均したものであり、de Haas van Alphen効果などを使った磁気測定で観測される有効質量(つまりサイクロ

トロン質量)は、フェルミ面の断面の縁にそって線積分した値の平均値である。相互作用のない電子の質量(ここではバンド質量)は

mb =1

h2r k

d!k

0

dr k

k=k F

"

#

$ $

%

&

' '

(1

(7)

であたえられる。ここで自己エネルギ-が波数によらない

! " ,

r k ( ) # ! "( ) (8)

としよう。相互作用が局所的なものであると仮定すると自己エネルギ-は波数によらなくなりエネルギ-のみに依存する。例えば無限

次元のハバ-ドモデルにおいては、本来は多体効果である相互作用を「single impurity とそれを取り囲む平均場との相互作用 (いわゆる

近藤相互作用) 」に置き換えてしまっているので、自己エネルギ-は波数に依存しない形になっている。さてこの時

! = " k

0+ Re # ! ,

v k ( ) = " k

0+ Re # !( )より、! =

1

1"#Re $ !( )

#!

% k0& z !( )% k

0であるから!k= z !

k( )! k0である。この

z !( )は繰り込み因子(renormalization factor)とよばれる。ふつうz !( )は1より小さいので、“準粒子のバンド”というものを考えるとこ

れは元の相互作用のないときの電子のバンドに比べてz !( )倍狭いものになっているということになる。つまりバンド幅が狭くなった

分だけ、質量が重くなったようにみえるわけだ。有効質量と相互作用がないときのバンド質量との比は!k= z !

k( )! k0を有効質量の定

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義(5)、(7)にあてはめて計算するとフェルミレベルにおいてm *

mb

=1

z EF( )となることが容易にわかる。図 9はM. J. Rozenbergによる

無限次元のハバ-ドモデルを用いた光電子スペクトルのフィッティングパラメ-タより導いた有効質量の値21と、M. Ishikawaによる電

子比熱の測定結果22から導いた有効質量の値を比べたものである。驚くべきことに両者の値には非常に大きな隔たりがある! 前節で

説明したように、光電子スペクトルの形状がバンド計算で求めたものから大きく異なっているという実験結果は、この系において電子

相関が非常に大きくなっていることを示唆するものである (incoherentピ-クの値等より U/D~3.2)。したがって系は金属非金属転移

(Mott転移)の近傍にあり有効質量は大きく増強されているはずだ。12,16,23 実際に無限次元のハバ-ドモデルの計算によって導かれ

た有効質量の増大はこの推測を満足させるものである。ところが電子比熱によって直接測ってみた有効質量はそれ程大きなものではな

い。これはいったいどういうことなのであろうか?

問題はおそらく(8)の仮定にあると考えられる。24 つまり自己エネルギ-が準粒子のエネルギ-にしか依存しないとしたこ

とである。無限次元のハバ-ドモデルのような平均場近似ではこれは必然的な仮定になってしまうのだが、実際の電子系においてその

様に仮定してもよいという保証はない。もう少し詳しく考えてみよう。まずハバ-ドモデルにおいては本来長距離力であるク-ロン相

互作用は全て遮蔽されて短距離力になっていると仮定している。そもそも局所的な (on-siteの) ク-ロン相互作用しか考慮していない

のである。しかし我々が問題にしているような「伝導電子が 3d電子のみ」という系において、このようなスクリ-ニングが正当化できる

かどうかということになるとはなはだ疑問である。運動している電子の及ぼすク-ロン相互作用の遮蔽というのは電子によってやり取

りされるエネルギ- (簡単には電子の運動エネルギ-) に依存していなければならない。したがって遮蔽されたポテンシャルというの

は単純な一電子ポテンシャルにはなり得ないのだ。さらに他の電子の及ぼすク-ロン相互作用を遮蔽することによって電子の運動には

そのための拘束条件がつくはずである。ク-ロン相互作用の遮蔽のみを考えて拘束条件は無視するという近似はおかしい。このような

近似が正当化されるのは磁性を担う 3d電子間のク-ロン相互作用を 4s電子のような質量が軽くてフェルミ速度の大きい電子が遮蔽す

るような場合である。4s電子にしてみれば 3d電子はほとんど動かないようにみえるからである。またバンド計算でも同様に、遮蔽さ

れた電子間のク-ロン相互作用を暗に仮定している。バンド計算では Kohn-Shamの定理に基づいて「本来非局所的な相互作用である交

換相関相互作用を1電子ポテンシャルに置き換える」ということを行う。この定理自体は正しいのだが、そのような1電子ポテンシャル

を見つけ出すのは実際には不可能である。そこで交換相関相互作用を局所的な電子密度の関数として表わすという近似を行っているわ

けである(つまりこれが LDAである)。したがって遮蔽されていない長距離ク-ロン相互作用が大きくなってくれば非局所的な交換相関

相互作用をこのように近似することはもはやよい近似とは言えなくなってくるというのは明らかであろう。こうした効果は自己エネル

ギ-の波数にのみ依存する部分つまり静的な自己エネルギ-補正として取り入れられるべきである。また一方で、電子系と格子振動や

スピンのゆらぎといったものとの動的な相互作用も等方的ではないために、これらによる自己エネルギ-補正もωだけではなく波数に

依存するはずである。以下では議論を簡単にするために後者のような動的な寄与を省略して話を進めることにする。

まず、自己エネルギ-を ! ,

r k ( ) = 0,

r k F( )の周りで展開する。

! " ,r k ( ) = ! 0,0( ) +

#! ",r k F( )

#""=0

" + # 2! ",

r k F( )

#" 2

"=0

" 2 + L + #! 0,

r k ( )

#kk=kF

k $ kF( ) + L

% ! "( ) + ! k( )

(9)

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電子系がフェルミ流体であるときには自己エネルギ-! "( )は Kramers-Kronigの関係を満たし、さらに! = EF= 0( )の周りで

! "( ) # $a" $ ib"2

(10)

と展開できなければならない(a、bは正の実数)。そこでこれらを満たすように次のような自己エネルギ-を現象論的に導入する。

! "( ) = g#

" + i#

$

" + i$ (11)

この自己エネルギ-を用いてスペクトル関数を計算し、実験で得られた光電子スペクトルと比較してみよう。25 g、Γ、Δはパラメ

-タである。ここで Uについての2次摂動の理論と比較すると、相互作用を繰り込んだ実効的な電子相関、およびバンド幅の値 Ueffと

Weffに対して

!" # Weff

g!"

! + "# $ Im % $Weff( )

である。また、gの値は Ueffの値を反映している。さらに、! k( )については簡単のために

! k( ) " # $1( )%k0

(12)

と仮定する。この項は、α>1のときに、もとのバンド幅を一様に広がらせるような補正として働く。

有効質量は(5)、(6)、(7)より

m *

mb

=

!" k

0

!r k

k =kF

d"

k

d

r k

k =kF

= 1#! Re$ %,

r k ( )

!%%=0

&

'

( ( (

)

*

+ + + ,

!" k

0

!r k

k =kF

!" k

0

!r k

k =kF

+ ! Re$(%,

r k )

!r k

k=kF

-m%

mb

,mk

mb

(13)

となるが、ここで m!はω-massと呼ばれるものであり、mkは k-massと呼ばれるものである。26 (11)と(12)を代入し、フェルミ

エネルギ-における有効質量をパラメ-タで表わすとそれぞれ非常に簡単になって、

m!

mb

= 1+ g, mk

mb

=1

"

となる。以上のような準備のもとで(3)、(4)、(11)、(12)から! "( )を計算して光電子スペクトル!exp "( )と比較してみたのが図 10であ

る。!exp "( )は図 8のときと同様にバックグラウンドを差し引いてあり、全体の積分強度がバンド計算による状態密度D !( )のフェ

ルミレベル以下の積分強度と等しくなるように規格化されている。ところで、ここで仮定している自己エネルギ-(11)ではスペクトル

の incoherentな部分を再現することは出来ない。したがって! "( )と!exp "( )の比較はフェルミレベル以下の -0.5eVまで、つまり

coherentな部分のスペクトル強度について行うわけである。だからといって incoherentな部分を全く無視しているわけではない。始めに

!exp "( )を規格化しているわけであるから、このフィッティングでは!exp "( )の incoherentな部分について、「coherentな部分との強

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度比」 という形でしっかり考慮しているわけである。また! "( )には測定時の試料の温度 80Kでの Fermi-Dirac分布関数がかけられてい

る。

図 10(上)における太い実線(a1)に用いたパラメ-タの値は

α=1、g=3.1、Δ=12eV、Γ=0.31eV

である。つまり! k( ) = 0となっていて、m *

mb

=m!

mb

= 4.1である。この自己エネルギ-補正のために! "( )はD !( )に比べると大き

く形状が異なり、フェルミレベルには幅が 0.4eV程度の coherentピ-クが現れている。しかし実験で得られた SrVO3の光電子スペクト

ル!exp "( )と比べるにはこのピ-クでは幅が広すぎる。このスペクトル(a1)と実験の分解能(~0.3eV)の幅を持つ Gaussianとの

convolitionをとってやると図 10(上) における破線(a2)になるが、これは!exp "( )とはよい一致を示しているとは言えない。ここで(言

うまでもないことかもしれないが)、α=1のままつまり! k( ) = 0のままで無理矢理フィッティングを行うと次のように非常に有効質量

の大きな結果が得られるということを確認しておこう。図 10(上) における細い実線(b1)に用いたパラメ-タを用いると

m *

mb

=m!

mb

= 45という値が得られる。このような大きな有効質量は非常に幅の狭い coherentピ-クの存在を意味している。実際に

(b1)に見られる coherentピ-クは非常に細く、実験の分解能でぼかしてやるとほぼ消えてしまって、図 10(中)における破線(b2)になる。

これは光電子スペクトル!exp "( )をよく再現しているようにみえる。しかし、(b2)では無限次元のハバ-ドモデルによる計算 (そこで

は当然! k( ) = 0である) で!exp "( )をフィッティングしたのと同じことをやっているわけであり、同様に有効質量が大きくなりすぎ

てしまうために電子比熱などの他の実験事実をうまく説明できない。

そこで! k( ) " 0としてやろう。(a1)に用いたのと同じパラメ-タ-を用いてαの値のみをを 3.2にしてみる。つまり、

α=3.2、g=3.1、Δ=12eV、Γ=0.31eV

である。このとき

m!

mb

= 4.1, mk

mb

= 0.3, m *

mb

= 1.3

となるので、有効質量の値は電子比熱の値と比べて妥当といえるほどに小さくなった。このように小さな有効質量であってもこのパラ

メ-タによって計算した! "( )は!exp "( )を非常によく再現する。図 10(中)における太い実線(a3)は計算した! "( )に 80Kでの Fermi-

Dirac分布関数をかけて実験の分解能でぼかしたものである。!exp "( )と非常によく一致している。また、図 10(下)における太い実線

(c)は同様にして計算した! "( )を CaVO3の光電子スペクトルと比較したものである。パラメ-タは、

α=7.1、g=19、Δ=8.0eV、Γ=0.080eV

である。このとき

m!

mb

= 19, mk

mb

= 0.13, m *

mb

= 2.6

であり、やはり有効質量はそれ程大きくはないが! "( )は!exp "( )を非常によく再現する。

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参考までに、(a3)と(c)に用いたパラメ-タで(11)式の自己エネルギ-をプロットしてみたのが図 11である。フェルミレベルの

あたりで自己エネルギ-は(10)式のように振る舞っていることが確認出来る。また、電子相関が強くなると!" Re# $( )

"$ $=0

の値が大

きくなり、それに伴って(10)式の成り立つ領域が狭くなってくる様子も窺える。

このように自己エネルギ-に波数依存性を取り入れることで、「強い電子相関のためにバンド計算で得られた状態密度と大きく

異なっている光電子スペクトル」と、一方で「それ程大きくはなっていない有効質量」というものをどちらも矛盾することなく説明出来る

ということがわかった。

全く同じようにして他の組成についても! "( )で!exp "( )のフィッティングを行い、有効質量 m *、ω-mass m! および k-

mass mk を求めた。それらをプロットしたものが

図 12である。25 比較のためにM. J. Rozenbergによる無限次元のハバ-ドモデルの計算で!exp "( )のフィッティングを行

うことによって得た有効質量21と、M. Ishikawaによる電子比熱の測定によって求めた有効質量22を同じ図の上にプロットしてある。こ

れまで強調してきたように Ca1-xSrxVO3の光電子スペクトルは x=1の SrVO3から x=0の CaVO3にかけて連続的に大きく変化していく

が、まさにこのような大きな変化を示している量がm!である。m!は電子相関が大きくなっていくと発散的に増大していく。そもそ

もこのm!というのは incoherentピ-クと coherentピ-クのスペクトル強度をそれぞれ Iinc、Icohとしたときに ( z(ω)がωによらず一定

であるとした場合 )

m!

mb

= 1+Iinc

Icoh

で表わされる量であるので、スペクトル強度比の大きな変化を反映してm!が大きく変化しているのだと考えてよいわけである。 無限

次元のハバ-ドモデルの計算で得られる有効質量というのもまさにこのスペクトル強度の比に対応するものである。我々の求めたm!

が無限次元のハバ-ドモデルによる理論計算で得た有効質量と

図 12で見られる程度に一致しているというのは、我々の光電子スペクトルの解析が単純な仮定のもとでの現象論的なものはいえ、かな

り有効な議論であるということを証明してくれている。またこのようにm!が発散的に増大するという実験結果はMott転移近傍での有

効質量の増大を扱ったこれまでの理論と定性的によい一致を見ている。しかし我々が主張するのは

「この系で発散的に増大するのはm!であってm *ではない」

ということである。くり返し述べてきたように、このいわゆる有効質量のm *の発散を押さえているのはmkの減少である。つまり系

の電子相関が大きくなってくると、それに伴ってmkが小さくなっているというわけだ。Ca1-xSrxVO3においてはmkが小さくなってい

く効果がちょうどm!の増大を打ち消しているために有効質量のm *の増大が押さえられている。光電子スペクトルの解析から求めた

m *は電子比熱の測定から導かれた比較的小さいm *とほぼ一致している。

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3-4 自己エネルギ-の波数依存性について

ここまでフェルミ面について何も述べてこなかったので、ここで少し触れておくことにする。自己エネルギ-に波数依存性が

あろうとなかろうと、一般にフェルミ面は(6)式の ! = " k

0+ Re # ! ,

v k ( )の解のうち! = "

k= 0を満たす波数 kの値として与えられ

る。LuttingerとWardによると27相互作用の効果が解析的であるならば(すなわち対称性の破れがなければ)フェルミ面の囲む体積は相互

作用によっては変化しない。これは次のような式で表わされる。

n = ! EF " #k0" Re $ EF ,

v k ( )[ ]

k

% (14)

ここで n は粒子密度でありθ(x)は階段関数である。これより、自己エネルギ-に波数依存性がない場合はRe ! EF

( ) = 0であるから、

フェルミ面の囲む体積だけでなく、フェルミ面の形状までもが相互作用のないときと比べて全く変化しないということがわかる。光電

子スペクトルについて言えば、自己エネルギ-に波数依存性がない場合は相互作用の大きさにかかわらず常に! EF

( ) = D EF

( )でな

ければならないわけである。ところが(14)式は、自己エネルギ-に波数依存性がある場合、フェルミ面の形状そのものも変化せざるを

えないということを教えてくれる。このとき! EF

( ) = D EF

( )の関係はもはや成り立っていない。これまでに我々は自己エネルギ-

の波数依存性を考えることによって有効質量と光電子スペクトルを矛盾することなく説明することに成功したが、フェルミレベルの

coherentピ-クが自己エネルギ-の波数依存性の項の「存在」によって押しつぶされてしまったがために、有効質量はそれ程大きくない

のに光電子スペクトルでは! EF

( )が非常に小さくなるのだと理解することもできる。

電子相関を大きくしていくとmkが小さくなっていくということは、単純に自己エネルギ-の波数依存性の項がより大きくな

っているということではない。 (13)式からわかるようにmkが小さくなっていくためには

!Re "(r k )

!r k

k=kF

が増大していかなければな

らないのである。この事についてもう少し考えてみよう。自己エネルギ-補正を考えるために最も簡単な例として自由電子のハ-トリ

-フォック模型を用いることにする28。このモデルでは自己エネルギ-補正の項は交換相互作用の寄与だけになっている。ク-ロン相

互作用のフ-リエ変換

e2

r r ! "

r r

= 4#e2 d

r q

2#( )3$

1

q2e1r q •

r r ! "

r r ( )

を使って交換相互作用の項を計算すると、

! k( ) = "d #

r k

2$( )3# k <kF

%4$e

2

r k " #

r k 2

となるので、さらに積分を計算するとこれは次のような関数で表わすことが出来る。

! k( ) = "2e2

#kF F

k

kF

$

% & &

'

( ) )

ここで

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F x( ) =1

2+1! x 2

4xln1+ x

1! x

である。これより

!Re "(r k )

!r k

はk = kFで対数発散していることがわかる。つまりmk

mb

= 0である。この発散は結局のところク-ロン

相互作用が「長距離力」であることに起因している。ところが実際の物質では他の電子やイオン核によるク-ロン相互作用のスクリ-ニ

ングを考えなければいけない。後者については簡単のためにここでは無視することにして、前者のみを考えることにしよう。Thomas-

Fermi近似を用いると誘電率が

!r q ( ) = 1+

k02

q2となる。ここでk0は Thomas-Fermi波数とよばれ、k0 = 0.815kF

rs

a0

と表わされ

る量である。ただしrs =3

4!n

"

# $

%

& '

13

、nは電荷密度、

a0 =h2

me2はボ-ア半径である。これを用いるとク-ロン相互作用のポテンシ

ャルは「短距離力」である湯川型のポテンシャルに変わりe2

rexp !k0 r( )となる。このとき自己エネルギ-は

! k( ) = "d #

r k

2$( )3# k <kF

%4$e

2

r k " #

r k 2

+ k02

(15)

という形に修正される。(15)式に典型的な金属の値を用いて(13)式よりmkを計算すると、mk

mb

! 0.95となる。! k( ) = 0のときは

mk

mb

= 1であるから、驚くべきことにスクリ-ニングによって有効質量に対する自己エネルギ-の波数依存性の影響はほとんどなくな

ってしまったのである。もちろんこの場合、電子相関が強くなったときの有効質量は!" Re# $( )

"$ $=0

の増大のみに依存して発散的

に増大する。ヘビ-フェルミオン系のようにほとんど局在した 4f電子間のク-ロン相互作用を 5d、6s電子のような軽くてフェルミ速

度の大きい電子が遮蔽するような場合がまさにこのような状況である。スクリ-ニングによって

!Re "(r k )

!r k

の発散が抑えられるので

ほぼmk

mb

= 1であり、m!の増大がそのまま非常に大きなm *を説明してくれる。ところが我々が問題にしているような「伝導電子が

3d電子のみ」という系には先に述べたようにおそらくこのようなスクリ-ニングはあてはめられない。したがって、ク-ロン相互作用

は「長距離力」となり、フェルミ面で

!Re "(r k )

!r k

は非常に大きくなるのであろう。ところで、La1-xSrxTiO3という系では Tokura et al. に

よって、系の 3d電子数を 0から 1まで変えていくとm *が発散的に増大することが報告されている。29 この系は我々の扱っている

Ca1-xSrxVO3と環境はよく似ているが Ca1-xSrxVO3では電子数を変えずバンド幅だけを変えて電子相関をコントロ-ルしているのに対して、

La1-xSrxTiO3では電子数を変えることによって電子相関をコントロ-ルしている。このようなキャリアド-プの系では長距離ク-ロン相

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互作用がスクリ-ニングされてあたかも

!Re "(r k )

!r k

が小さくなってしまうような状況が生じているのかもしれない。今後更に検討す

る必要がある。また、 Ca1-xSrxVO3のような系でさらに電子相関を強くしていってMott転移を実現させるとどうなるのだろうか。有効

質量はMott転移の直前ではやはり発散するのだろうか?それともmkの減少とm!の増大がちょうど打ち消しあってm *は一定値に落

ち着くのだろうか? また、!" Re# $( )

"$ $=0

の増大に伴ってフェルミ面での

!Re "(r k )

!r k

の値が非常に大きくなると、電子相関を大

きくしていくにつれてフェルミ面の形状は大きく変わるはずである。それでもおそらくMott転移が起こったときにはフェルミ面は全

Brillouinゾ-ンの中で同時に消滅するのであろうが、少なくとも de Haas van Alphenなどの測定を行ってサイクロトロン質量を観測すれ

ば、フェルミ面の幾つかの断面に対応するサイクロトロン質量が、電子相関の変化に対してそれぞれ異なる振る舞いをするはずである。

こうしたことは今後の研究によってさらに解き明かされなければならない。

4 まとめ

我々は 3d電子を1個持った金属であるペロブスカイト型のヴァナジウム酸化物 CaVO3と SrVO3との固溶体である Ca1-xSrxVO3

を作成した。この系において xを小さくしていくと VO6八面体が傾いて V-O-Vの結合角が小さくなりバンド幅Wが小さくなる。 Wを

基準にして考えるとこれは U/Wで表される電子相関の値が大きくなることを意味していてこの系では xを変化させることによって間接

的にではあるが非常に有効に系の電子相関を変化させることができるわけである。このときフェルミレベル近傍の光電子スペクトルを

測定したところスペクトルはフェルミレベル付近の coherentピークと、結合エネルギ-が 1.7eV付近の incoherentピ-ク(下部ハバ-ド

バンド)に分かれてしまうことを確認した。これはバンド計算によって求められる状態密度とは大きく異なっている。強い電子相関によ

る自己エネルギ-補正が準粒子スペクトルの形状を大きく変えてしまったのだと考えられる。さらに電子相関を強くしていくと、スペ

クトル強度が coherentピークから incoherentピ-クに系統的に移動していく様子を観測することが出来た。しかしながら、電子比熱の

測定によって観測されるこの系の有効質量はそれ程大きなものではない。準粒子スペクトルの形状とその変化の様子に見られる電子相

関の大きな影響と、その一方で比較的小さな有効質量とをともに矛盾なく解釈するためには自己エネルギ-の波数依存性を考える必要

があることがわかった。自己エネルギ-の波数依存性は電子間に働く非局所的な相互作用を反映するものである。通常の金属ではク-

ロン相互作用は伝導電子のスクリ-ニングの効果を受けて短距離力になってしまい、相互作用は局所的なものだと近似できるが、我々

の扱っているような局在性の強い 3d電子のみがキャリア-になっている系ではスクリ-ニングの効果が小さいと考えられるため、長距

離ク-ロン力に基づく交換相互作用や、あるいは電子格子相互作用などの非局所的な相互作用が重要になるのだと考えられる。有効質

量はこのとき(13)式で表わされる。電子相関を大きくしていくとm!が増大するがそれに伴ってmkが減少するので、両者の積である

m *には大きな増大は見られずむしろ一定値に落ち着く傾向がみられ、これは電子比熱から求めた比較的小さい有効質量をよく説明す

る。また自己エネルギ-の波数依存性は準粒子スペクトルのフェルミレベル付近での状態密度の減少もよく説明することがわかった。

電子相関の強い、まさにMott転移のごく近傍での異常な電子状態に関するこうした研究はまだ始まったばかりである。今後

様々な視点から本稿での議論が再検討されることによってこの分野の研究がますます発展していくことを期待している。

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5 謝辞

この研究を行うにあたって電子技術総合研究所電子基礎部電子物性研究室の西原美一室長をはじめとするスタッフから多大な

支援をいただいた。また光電子分光の実験に際しては高エネルギー物理学研究所放射光実験施設のスタッフをはじめ、筑波大学の春山

雄一氏、丸山隆浩氏による大きな協力があった。

自己エネルギ-の波数依存性についてのアイデアは東京大学理学部の溝川貴司氏の提案によるものである。その後も非常に有

益な議論をいただいた。無限次元のハバ-ドモデルの計算は Ecole Normale Superieure (フランス)の Dr. Marcelo J. Rozenbergにおこなって

いただいた。Rozenberg氏は技振協の招聘で1ヶ月間電子物性研究室に滞在してもらったが、その間にかわした議論は大変に有益なもの

であった。東京大学物性研究所の石川征靖先生には低温での比熱を測定していただいているところである。今回は未発表のデ-タを提

供していただいた。University of Groningen (オランダ) の Prof. George A. Sawatzkyには井上が Groningenに滞在したときに非常にお世話

になった。そこでの議論が現在共同研究(X線吸収測定)として進展している。同じく University of Groningenの Dr. Herman Penとは電子

メ-ルで議論を続けておりいつも刺激を受けている。Indian Institute of Science (インド) の Prof. Dipankar D. Sarmaには電総研に来ていた

だいたおりに酸素欠損の作る電子状態との関連で貴重な示唆をいただいた。現在共同研究を準備している。東京大学工学部の永長直人

先生、東京大学理学部の福山秀敏先生からはMott転移近傍での非局所的な相互作用の重要性、自己エネルギ-の波数依存性の導入のし

かたの妥当性について議論していただいた。東京大学物性研究所の辛埴先生、東京大学理学部の森川啓志氏、齋藤智彦氏にも有益な議

論をしていただいた。

すべての計算は工業技術院の情報計算センタ- (Reserch Information Processing System: RIPS) の計算機を用いて行った。また、

高エネルギー物理学研究所放射光実験施設における実験は Photon Factory Program Advisory Committee の承認のもとで行った (Proposal

No. 93G113)。

これらの全ての支援と協力に対してこの場を借りて心より感謝したい。

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REFERENCES

1 今田正俊: パリティ 09-01, (1994) 23

2 比較的簡単な本としては、例えば 川端有郷: “電子相関”, (丸善,東京,1992) がある。

3 もう少し正確にいうならば、Fermi流体理論の仮定するところは次の二つである。

1. 基底状態の1電子準位と準粒子のエネルギ-準位とは断熱的連続的に繋がっている。

2. 準粒子の寿命が長い。

h

!" kBT( )2 or #E( )2

4 CaVO3はほんのわずかの酸化(CaVO3.03)によって金属から非金属に転移する。これは SrVO3では見られないことであり、CaVO3にお

ける大きな電子相関のせいであると考えられる。[ I. H. Inoue et al. : Jpn. J. Appl. Phys. 32, (1994) 451 ]

5 A. Fukushima et al. : J. Phys. Soc. Jpn. 63, (1994) 409

6 M. Onoda, H. Ohta, and H. Nagasawa : Solid State Commun. 79, (1991) 281.

7 K. Kumagai et al. : Physica (Amsterdam) 186-188B, (1993) 1030.

8 R. D. Shannon : Acta Cryst. A32, (1976) 751.

9 J. Hubbard : Proc. R. Soc. London A 276, (1963) 238; 281 (1964) 401.

10 N. F. Mott : “Metal-Insulator Transition” (Taylor&Francis, London, 1990).

11 D. M. Edwards and A. C. Hewson : Rev. Mod. Phys. 40, (1968) 810.

12 W. F. Brinkmann and T. M. Rice : Phys. Rev. B 2, (1970) 4302.

13 A. Fujimori et al. : Phys. Rev. Lett. : 69, (1992) 1796.

14 長谷 泉 : 修士論文 (東京大学, 1993)

15 永崎 洋 : 博士論文 (東京大学, 1992)

16 M. J. Rozenberg, G. Kotliar, and X. Y. Zhang : Phys. Rev. B 49, (1994) 10181.

17 A. Georges and W. Krauth : Phys. Rev. B 48, (1993) 7167.

18 M. Jarrell : Phys. Rev. Lett. : 69, (1992) 168; Th. Pruschke, D. L. Cox, and M. Jarrell : Phys. Rev. B 47, (1993) 3553.

19 A. Kotani : “Inner shell photoelectron process in solids” in Handbook of Synchrotron Radiation, Vol. 2, ed. G. V. Marr (Elsevier, Amsterdam,

1987).

20 O. Gunnarson and K. Schönhammer : Phys. Rev. B 28, (1983) 4315.

21 M. J. Rozenberg : private communication.

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22 M. Ishikawa : private communication.

23 M. Imada : J. Phys. Soc. Jpn. 63, (1994) 3059.

24 T. Mizokawa : private communication.

25 I. H. Inoue et al. : Phys. Rev. Lett. 74, (1995) 2539.

26 H. R. Glyde and S. I. Hernadi : Phys. Rev. B 28 (1983) 141; C. W. Greeff, H. R. Glyde, and B. E. Clements : Phys. Rev. B 45 (1992) 7951.

27 J. M. Luttinger and J. C. Ward: Phys. Rev. 118, (1960) 1417

28 自由電子のハ-トリ-フォック模型については固体物理の教科書を参照してほしい。例えば N. W. Ashcroft and N. D. Mermin: “Solid

State Physics (HRW International Editions)”, (Saunders College, Philadelphia, 1976)

29 Y. Tokura et al. : Phys. Rev. Lett. 70 (1993) 2126.

FIGURE CAPTIONS

図 1 粉末 X線回折法(XRD)を用いて Ca1-xSrxVO3の焼結体で xを変えていったときの格子定数の変化。斜方晶だと仮定して

求めた格子定数 a、bおよび c (上)。立方晶の場合の格子定数に対応づけるために a

2、 b

2およびc

2と変換して比

較したもの (下)。

図 2 格子定数から求めた V-O-Vの結合角。結合角を計算する際には、Caおよび Srイオンを結んでできる六面体は立方体

であるとし、その内部にある VO6の八面体のみが、xを増やしていって立方体が小さくなるのに伴って内部で傾いて

しまうのだと仮定している。

図 3 Hubbardの理論9に従って電子相関を変えたとき状態密度がどのように変わるかを示したもの。金属相では下部ハバ-

ドバンドと上部ハバ-ドバンドがフェルミレベルで重なっているが、Uの値が大きくなると二つのバンドのあいだに

重なりがなくなり、系は絶縁体になる。ここで D=W/2である。

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図 4 A. Fujimori et al.13による 3d

1遷移金属酸化物の光電子スペクトル。電子相関が大きくなってくるにつれて光電子スペク

トルはバンド計算による状態密度からかけ離れてくる。フェルミレベル付近のスペクトル強度が 1.5eV付近にあるバ

ンド計算では見られないピ-クのスペクトル強度に移っていく様子がわかる。

図 5 無限次元のハバ-ドモデルを用いて計算した準粒子スペクトル。16 上から下に行くにつれて電子相関の値が大き

くなっている。フェルミレベルのピ-クは coherentな準粒子励起に対応し、高エネルギ-側には incoherentな準粒子

励起のピ-ク(Mott-Hubbard絶縁体における下部ハバ-ドバンドに相当するピ-ク)が現れる。

図 6 Ca1-xSrxVO3(x=0.8)の価電子帯の UPSスペクトル (上)。下は Fermiレベル付近を拡大したもの。 Fermiレベル近傍のス

ペクトル強度はおもに Vの 3d電子によるものであり、4~6eV付近は酸素の non-bondingな 2p軌道、6~8eV付近は

Vの 3d軌道と混成した O 2pの結合軌道からの光電子放出によるものである。

図 7 Ca1-xSrxVO3(x=1.0、0.8、0.4、0.0)の Fermiレベル近傍における UPSスペクトルと局所状態密度近似 (local density

approximation: LDA) を用いたバンド計算によって求めた状態密度。25 xが大きくなると incoherentピークの強度が

減少していき、Fermiレベル直下の coherentピークの強度が増大してくる様子がはっきりとみられる。実験の分解能の

参照として試料の上に蒸着して測った Auの Fermiレベル付近のスペクトルも一緒にプロットしてある。

図 8 M. J. Rozenbergによる無限次元のハバ-ドモデルの計算を用いた我々の光電子スペクトル(x=0.40)のフィッティング。

21 光電子スペクトルの方は高エネルギ-側から裾をひいている酸素の 2pバンドによるバックグラウンドを差し引

いてある。また光電子スペクトルの積分強度と計算で求めた準粒子スペクトルの積分強度は等しくしてある。破線は

計算結果であり、これを実験の分解能でぼかしてやると実線のようになる。

図 9 図 8のフィッティングのパラメ-タを使って導いた有効質量と、電子比熱の測定22によって得られた有効質量の値。

前者の導出には

m *

mb

=1

k Uc !U( ); Uc = 3.4, k = 0.3

という関係式21を用いてある。CaVO3に近づくほど両者の隔たりが大きくなっている。

図 10 現象論的に自己エネルギ-のモデルを仮定することによって計算した準粒子スペクトル! "( )と光電子スペクトル

!exp "( )との比較。25 詳しくは本文参照のこと。

図 11 図 10のフィッティングに用いた現象論的な自己エネルギ-のωに依存する部分! "( )。! "( )は Kramers-Kronigの関

係を満たし、さらに! = EF= 0( )の周りで! "( ) # $a" $ ib"

2と展開できる。

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図 12 現象論的に自己エネルギ-のモデルを仮定することによって計算した準粒子スペクトル! "( )で光電子スペクトル

!exp "( )のフィッティングを行うことによって求めた、有効質量 m *、ω-mass m! および k-mass mk。比較の

ために図 8の無限次元のハバ-ドモデルによる光電子スペクトルのフィッティングによって求めた有効質量と、電子

比熱の測定によって得られた有効質量の値もプロットしてある。電子相関が大きくなっていくときの光電子スペクト

ルの incoherentピ-クと coherentピ-クのスペクトル強度比の大きな変化に対応して xが小さくなるとm!は発散的

に増大していく。一方で電子相関が大きくなってくると、それに伴ってmkが小さくなっている。 Ca1-xSrxVO3におい

てはmkが小さくなっていく効果がちょうどm!の増大を打ち消しているために有効質量のm *の増大が押さえられ

ていると考えられる。