Ⅰ 懲戒事例研究 - t-hoso.gr.jp · 1 懲戒事由(弁護士法56条1 項)...

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1 Ⅰ 懲戒事例研究 第1 総論 1 懲戒事由(弁護士法56条 1 項) 弁護士法に違反したとき 所属弁護士会若しくは日弁連の会則に違反したとき 所属弁護士会の秩序又は信用を害したとき その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったとき 2 懲戒の種類(同法57条1項) 戒告:反省を求め、戒める処分 業務停止:弁護士業務を行うことを禁止する処分(2 年以内) 退会命令:弁護士たる身分を失い、弁護士としての活動はできなくなるが、弁護士 となる資格は失わない処分 除名:弁護士たる身分を失い、弁護士としての活動ができなくなるだけではなく、 弁護士となる資格も失う処分 3 懲戒手続 ⑴ 懲戒請求(同法58条1項) 懲戒請求は、関係者に限られず誰でもでき、その弁護士の所属弁護士会に請求し ます。 ※ 懲戒の事由があったときから3年を経過したときは、懲戒の手続を開始するこ とはできなくなります(同法63条)。 ⑵ 事案の審査を求めることが相当かの判断 弁護士会綱紀委員会による審査(同法58条2項乃至4項) 懲戒請求があった場合、所属弁護士会は、弁護士会の綱紀委員会に事案の調査 をさせ、弁護士会の懲戒委員会に事案の審査を求めることが相当かどうかについ て議決をします。

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Ⅰ 懲戒事例研究

第1 総論

1 懲戒事由(弁護士法56条 1 項)

弁護士法に違反したとき

所属弁護士会若しくは日弁連の会則に違反したとき

所属弁護士会の秩序又は信用を害したとき

その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったとき

2 懲戒の種類(同法57条1項)

戒告:反省を求め、戒める処分

業務停止:弁護士業務を行うことを禁止する処分(2 年以内)

退会命令:弁護士たる身分を失い、弁護士としての活動はできなくなるが、弁護士

となる資格は失わない処分

除名:弁護士たる身分を失い、弁護士としての活動ができなくなるだけではなく、

弁護士となる資格も失う処分

3 懲戒手続

⑴ 懲戒請求(同法58条1項)

懲戒請求は、関係者に限られず誰でもでき、その弁護士の所属弁護士会に請求し

ます。

※ 懲戒の事由があったときから3年を経過したときは、懲戒の手続を開始するこ

とはできなくなります(同法63条)。

⑵ 事案の審査を求めることが相当かの判断

① 弁護士会綱紀委員会による審査(同法58条2項乃至4項)

懲戒請求があった場合、所属弁護士会は、弁護士会の綱紀委員会に事案の調査

をさせ、弁護士会の懲戒委員会に事案の審査を求めることが相当かどうかについ

て議決をします。

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弁護士会は、綱紀委員会の調査の結果、審査不相当と議決されれば、その弁護

士を懲戒しない旨の決定をし、審査相当と議決されれば、弁護士会の懲戒委員会

に事案の審査を求めます。

② 日弁連綱紀委員会による議決(同法64条、64条の2)

懲戒請求者は、ア)原弁護士会が綱紀委員会による懲戒しない旨の議決に基づ

き懲戒をしないとの決定をしたとき、イ)綱紀委員会が相当の期間内に懲戒の手

続を終了しないときには、日弁連(綱紀委員会)へ異議申出をすることができま

す。

日弁連は、日弁連の綱紀委員会が異議の申出に理由がある旨の議決をしたとき

は、事案を弁護士会の懲戒委員会に送付したり、速やかに懲戒の手続を進めるよ

う命じたりし、日弁連の綱紀委員会が異議の申出に理由がない旨の議決をしたと

きは、異議の申し出を棄却する決定をします。

③ 日弁連綱紀審査会の綱紀審査(同法64条の3、64条の4)

日弁連綱紀委員会に異議の申立てをした者は、日弁連が日弁連綱紀委員会の議

決に基づいて異議の申し出を棄却する等の決定をした場合で不満があるに場合は、

日弁連に綱紀審査会による綱紀審査を行うことを申し出ることができます。

日弁連は、綱紀審査会が、綱紀審査の申出に理由がある旨の議決をしたときは、

事案を弁護士会の懲戒委員会に送付し、綱紀審査の申出に理由がない旨の議決を

したときは、綱紀審査の申出を棄却する決定をします。

⑶ 懲戒することが相当かの判断

① 弁護士会懲戒委員会による審査(同法58条5項、6項)

弁護士会懲戒委員会は、綱紀委員会等が審査相当と認めたときは、懲戒するこ

とが相当かどうかについて審査し、審査の結果懲戒相当と認められれば、処分の

内容を明示してその旨の議決をし、懲戒不相当と議決されれば、弁護士会はその

弁護士を処分しない旨の決定をします。

なお、懲戒相当と議決された被審査人(弁護士)に対しては、弁明の機会が付

与されます(同法67条 1 項)。

② 日弁連懲戒委員会による議決

懲戒請求者は、原弁護士会が綱紀委員会による懲戒しない旨の議決に基づき懲

戒をしないとの決定をしたとき、懲戒委員会が相当の期間内に懲戒手続きを終了

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しないとき、処分が不当に軽いと思うときには、日弁連(綱紀委員会)へ異議申

出をすることができます(同法64条の5)。

日弁連は、日弁連懲戒委員会が異議の申出に理由がある旨の議決をしたときは、

その弁護士等を懲戒したり、すみやかに懲戒の手続を進めるよう命じたり、懲戒

の処分を変更したりし、異議に理由がない旨の議決をしたときは、異議の申し出

を棄却する決定をします(同法64条の5)。

また、弁護士会懲戒委員会のした懲戒処分に不服のある弁護士等は、日弁連に

審査請求をなし(行政不服審査法5条、弁護士法59条)、日弁連は、日弁連懲戒

委員会が審査請求に理由がある旨の議決をしたときは、その弁護士等を懲戒しな

い旨もしくは処分を変更する旨の裁決をし、審査請求に理由がない旨の議決をし

たときは、審査請求を棄却する決定をします(行政不服審査法40条、弁護士法

59条)。

③ 東京高等裁判所への取消訴訟(同法61条)

さらに、日弁連懲戒委員会に審査請求を却下もしくは棄却され、または日弁連

から懲戒処分を受けた弁護士等は、東京高等裁判所に取消を求めて訴訟を提起す

ることができる。

4 処理状況

2007年を例に懲戒手続の運用をみると、弁護士会の新件受理件数は9585件

(1刑事事件の弁護団に対する懲戒請求が8095件であったため、同案件の懲戒請

求を差し引くと約1491件)、日弁連綱紀委員会への不処分についての異議申立て件

数は445件、同委員会の審査相当議決件数は11件、綱紀審査会への審査申出件数

は300件、同審査会の審査相当議決件数は3件、弁護士会懲戒委員会の審査開始件

数は138件となっています。

また、同年の弁護士会による懲戒件数は70件(戒告40件、業務停止28件、退

会命令1件、除名1件)、日弁連懲戒委員会の異議申立て事案処理件数は26件(懲戒

しないから戒告への取消3件、棄却21件、却下2件)、同委員会の審査請求事案処理

件数は30件(業務停止3月・戒告から懲戒しないへの原処分取消6件、業務停止6

月から業務停止4月、退会命令から業務停止2年への原処分変更2件、棄却20件、

却下等2件)となっています。

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【懲戒手続きフローチャート】

http://www.nichibenren.or.jp/ja/autonomy/data/kouki_flowchart.pdf(日弁連 HP より)

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第2 依頼者との関係

1 利益相反(平成18年9月27日処分の懲戒事例)

処分日 2006年9月27日

出 典 自由と正義 vol.57 No.12 199頁

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

弁護士 X は、出入国管理及び難民認定法違反事件により逮捕された A の交際相手

B から頼まれ、A の刑事弁護人となった。弁護人 X は、A と B が婚約をしており、

婚姻届の提出もしていたが書類不備のため受理されなかったことなどを理由に、A

と B との間に婚姻関係が成立することを前提に在留特別許可の取得に向けて書類等

の準備を行った。

ところが、B はその後、婚姻届を取下げ、婚約関係を破棄することを決意し、A

に対して面会してその旨を告げた。A との面会には、弁護人 X も同席した。その後、

A は刑事弁護人 X を解任し、B に対して慰謝料請求をする民事訴訟を提起したが、

弁護士 X は、B の被告代理人として訴訟活動を行い、訴訟上の和解を成立させた。

⑵ 議決の要旨

B の代理人となった弁護士 X の行為は、弁護士法第25条の法意に照らすと、弁

護士の職務に対する国民の信頼を損なう行為であり、同法第56条の定める弁護士

の品位を失うべき非行に該当する。

⑶ 問題点

確かに、慰謝料請求をする民事訴訟と刑事事件とは別事件であり、民事事件の被

告代理人としての受任は、刑事弁護人解任後の受任ではある。

しかし、民事事件において B が婚約を解消した正当事由として主張した事情は、

弁護士 X が A の刑事事件の弁護人として接見を行っていた時期と同時期の出来事で

ある。

また、弁護士 X は、上記事情を刑事弁護人として直接知りえたのではなく民事事

件の代理人として B らから聴取したのであるとしても、上記事情が民事訴訟の主要

な争点となることは容易に想定できたのである。

以上から、B の代理人となった弁護士 X の行為は利益相反の恐れのある行為とい

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え、弁護士法第25条の法意に照らすと、弁護士の職務に対する国民の信頼を損な

う行為にあたり、同法第56条の定める弁護士の品位を失うべき非行に該当すると

判断されたものである。

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2 顧問弁護士の立場と相談事項についての守秘義務との対立(綱紀事例集p11の事

案)

処分日 不明

出 典 綱紀事例集 11頁

処分の種類 懲戒せず

⑴ 事案の概要

弁護士 X がA会社の顧問弁護士を勤めていたところ、A会社と業務委託契約を結

んでいたB会社、C会社及びD(個人事業者)の各代表者から、A会社との業務委

託契約を破棄して独立したい旨の相談を受けた。弁護士 X は、上記代表者らをA社

の社員であると誤解していたこともあり、従前から、上記代表者らの法律相談を受

けるという関係にあった。

弁護士 X は、相談内容を聞くうちに自分が回答できる問題ではないことに気づき、

知り合いの弁護士 Y を紹介して自らが相談に応じることを断ったが、A会社に対し

て、B、C、Dらの独立計画を報告しなかった。

⑵ 議決の要旨

① 顧問弁護士が、顧問先の会社と対立する相手方に知人の弁護士を紹介すること

は許されない。

② 顧問会社の利益に反する事実を顧問先の会社に報告しないことは、弁護士の依

頼人に対する忠実義務に違反する。

③ 顧問先の会社とその業務委託契約の相手方の法律的な立場を正確に把握しな

いまま事態を推移させた一連の行為は弁護士としての非行に該当する。

⑶ 問題点

利益相反の恐れがあることから受任できない場合に、知り合いの弁護士を紹介す

ることは、まま見られることであって、通常は非行とされていない。

また、本件では、弁護士 X は、自らの立場上相談に応じられないと認識した後は、

自らは相談に応じていない。また、自らが法律相談に際して知った事項に関する守

秘義務を優先させたために報告できなかったという面もある。

以上から、弁護士 X としては、顧問会社甲社の社員であるとの安易に誤認して法

律相談に応じたことに問題はあるものの、非行にあたるかは微妙な事案である。

本件では、自らが紹介した弁護士と原被告に分かれて具体的に争う関係に立つと

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想定される状況にあったことが重視されて非行との判断がなされたものと思われる

が、非行との綱紀委員会の判断は、懲戒委員会においては覆されており、限界事例

であると思われる。

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3 法律扶助・訴訟救助の不教示

処分日 2007 年 8 月 3 日

出 典 自由と正義 vol.58 No.12 207 頁

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

X は、経済的に困窮していた A(懲戒請求者)から損害賠償請求訴訟を受任し、

2004 年 8 月 27 日に法律扶助決定を受けたうえ、同年 9 月 27 日、地方裁判所に提

訴するとともに訴訟救助を申し立てた。2005 年 11 月 25 日、A 一部勝訴の判決が

言い渡され、同年 12 月 8 日の打合せの際、A は控訴する意向を示したが、X は控

訴審を受任せず、控訴状を作成して A に交付することとなった。控訴期限である同

月 12 日午後、X は事務員を通じて A に控訴状を交付したが、法律扶助と訴訟救助

の教示を適切に行わなかったので、経済的に困窮している A は控訴費用を用意でき

ず、結局、控訴しなかった。

⑵ 議決の要旨

X は自ら申し立てて法律扶助決定及び訴訟救助を受けたのであるから、控訴に当

たっても A がこれらを必要とすることを当然承知していなければならなかったので

あり、それにもかかわらず単に控訴状を交付するだけで法律扶助と訴訟救助の教示

を適切に行わなかった X の上記行為は、一審訴訟代理人としての職務を尽くしてお

らず、弁護士職務基本規程第 44 条に違反し、弁護士の品位を失うべき非行にあた

る。

⑶ 問題点

弁護士職務基本規程第 44 条(処理結果の説明)は「弁護士は、委任の終了に当

たり、事件処理の状況又はその結果に関し、必要に応じ法的助言を付して、依頼者

に説明しなければならない。」と定める。

同条に鑑みると、第一審判決後、依頼者が控訴の意向を示しているにもかかわら

ず、控訴審を受任しない場合には、第一審訴訟代理人としては、依頼者が控訴する

ことができるための処理を行う必要があるものと解される。依頼者が、資力に乏し

く、訴訟費用の支払が不可能な場合、そのことを認識している第一審訴訟代理人は、

訴訟救助の申し立てについて「法的助言をし、依頼者に説明をしなければならない」

義務を負っているものと解する。

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4 複数依頼者への通知・報告義務

処分日 不明

出 典 綱紀事例集 7 頁

処分の種類 不明

⑴ 事案の概要

A、B 及び C が共同相続した土地の一部を D が公道から自宅への通路として使用

し、同通路部分にガス・水道管も埋設されていたところ、B 及び C が同通路部分を

も敷地とする建物建築に着手したために、D が A、B 及び C の 3 名を債務者とする

工事禁止の仮処分を申し立てた。

A と B 及び C との間には遺産分割協議書に不満を持つ A が再協議を求めている

という紛争が存在したが、弁護士 X は、A、B 及び C の代理人として仮処分事件に

対応することになった。しかし、X は同事件の受任にあたり A と直接面談すること

なく、B を介して A から訴訟委任状の交付を受けただけで、A に対しては受任した

旨の連絡、事情聴取、仮処分事件の経過報告等一切おこなわず、事前に A の意思を

直接確認することなく、D が従前通り通路を使用することを認める等を内容とする

和解を成立させた。

さらに、その後上記和解条項違反があるとして、D が A、B 及び C を被告とする

訴訟を提起したところ、X は前同様に A と面談することなく B を介して A から同

訴訟事件を受任し、A に対して答弁書及び準備書面を送付したものの訴訟の経過報

告、説明及び連絡をせず、しかも事前に A の意思確認及び承諾を得ることなく、通

路部分の一部を分筆のうえ D に売却する合意を含む和解を成立させた。

⑵ 議決の要旨

X が、複数依頼者のうちの B 及び C に仮処分事件、訴訟事件の処理状況や和解内

容を報告したからといって、A に対する報告義務を尽くしたことにはならない。事

件を 終的に終結させる和解の内容については、弁護士がその責任において直接依

頼者に伝えてはじめて弁護士の通知・報告義務が尽くされたというべきであって、

X が B に和解内容を伝えたところ、たまたま B が A に伝言したとしても、X がその

義務を遂行したことにはならない。

⑶ 問題点

複数の依頼者から同一事件を受任した事案において、一部の依頼者を通知・報告

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及び意思確認の窓口とし、他の依頼者への直接の通知・報告及び意思確認を一切し

なかったことは、弁護士としての通知・報告義務を尽したといえるか否かが問題と

なる。

依頼者の事情によっては、普段連絡をとることが困難な場合もありうるのであり、

別の依頼者を通じて連絡をとった方が効率的であるケースもある。そのため、一部

の依頼者を介して他の依頼者に通知・報告をすることが必ずしも非難されるべきも

のではないように思える。

もっとも、あくまでの弁護士の通知・報告義務は、各依頼者に対して直接通知・

報告することが原則であることを考慮すると、他の依頼者を介して通知・報告をす

る場合には、直接の通知・報告を受けない依頼者からは明示的に承諾を得ておくべ

きである。

また、通知・報告義務の内容は、ただ通知・報告すれば義務を果たしたとはいえ

ず、依頼者が理解し納得することが重要であると思われる。そのため、その内容が

複雑・専門的なものである場合には、弁護士が直接説明して、理解・納得を得る必

要があるものと思われる。特に、和解内容の確認や 終的な事件処理の方針を決定

する段階においては、弁護士はあくまでも依頼者の代理人であるという性格に鑑み、

各依頼者の意思を直接確かめるべきではないか。

本件では、依頼者間に遺産分割協議について紛争が生じているという事情があり、

かかる事情は受任事件とは関係がないものの、依頼者間に利益相反が存在するので

あるから、一部の依頼者を通じて他の依頼者に連絡・報告させることは、そもそも

望ましいものではなかったといえるであろう。

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5 法令精通調査義務

処分日 不明

出典 弁護士懲戒事件議決例集(第10集)

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

本件の対象弁護士は、A社の代理人としてB社に対しノウハウ料等返還請求訴訟

を提起していた。ところが訴訟継続中に相手方のB社が民事再生手続の開始決定を

受け、訴訟が中断したため、対象弁護士は請求債権の届出を行ったが、再生債務者

はこれを否認した。民事再生法によるとこのような場合、一定期間内に訴訟の受継

申立をしないと、再生手続に参加できず、再生計画認可決定が確定すると失権して

しまうなどのリスクに曝される(民事再生法第 107 条 1 項 2 項、105 条 2 項)。に

もかかわらず、対象弁護士は同法条所定の期限内(債権調査期間の末日から1か月

内、本事例では H13.5.27)に受継申立をせず、これを約6か月も徒過した H13.11.24

になって受継の申立をしたために、A社は不変期間経過後の申立であることを理由

に受継申立の却下決定をうけた。

(ただしその後A社の提起した訴訟は当然承継され、裁判所による実体判断がなさ

れた後、Aの請求は棄却されている。)

H6 A社→B社 訴訟提起(ノウハウ料等返還請求事件)

H13.1.15 B社民事再生手続開始決定

(債権届出期間は H13.2.28 まで、

調査期間は H13.4.18 から H13.4.27 まで)

H13.2.23 A社、債権の届出

再生債務者、A社の債権否認

H13.5.27 受継の申立の期限

H13.11.24 A社、受継の申立

H13.11.17 再生計画案認可

H15.4.11 A社の受継の申立却下

H15.5 当然承継による審理再開

H15.8.28 弁論終結

H15.9.25 判決 (A社の請求棄却)

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⑵ 議決の要旨(原弁護士会懲戒委員会)

受継申立は届出債権を再生債権として認めさせることを目的とするが、当然受継

は中断した訴訟手続きを終結させるために用意されたものであり、同じ受継といっ

てもその内容と効果は異なる。

再生債権者が異議を出されたにもかかわらず受継申立をしなかった場合、再生債

権確定の途が閉ざされるだけではなく、再生計画認可決定の確定によって失権する

ので、当然承継後の訴訟において失権の抗弁が主張され、その結果この抗弁が認め

られ請求棄却の判決が出されるのが通常である。

もっとも本件においてはBから失権の抗弁の主張がなされなかったため、Aの請

求についての実体判断がなされ、A棄却の判決がなされているが、もし判決がAの

請求を認めるものであった場合、Bが失権の抗弁を主張したであろうことは同種の

他の訴訟との関係から推測できる。

また対象弁護士らは失点回復のためにいろいろ努力をしたことは認められるけれ

ども、結果として依頼者との間の信頼関係を回復することはできず、示談もできな

かったのであるから、対象弁護士らの努力の事実を過大視することは相当でない。

⑶ 問題点

本件は原弁護士会綱紀委員会および日弁連綱紀委員会において懲戒しない旨の議

決がなれたのにもかかわらず、綱紀審査会において懲戒審査相当とされたため、原

弁護士会懲戒委員会に付され、戒告処分となったものである。

原弁護士会綱紀委員会は対象弁護士に任務懈怠があったことは認めたものの、①

現実には実体審理がなされ、依頼人の権利義務に得喪をきたしたわけではないこと

を重視し、事案の審査を求めないという議決をした。

そして日弁連綱紀委員会は上記理由に加え、②当時民事再生法は施行されたばか

りであり、問題となった受継の手続きは従来の和議法にも当時の破産法にもなかっ

た規定であり、また再生手続の特色やその根幹を定める主要な規定ではなく細目的

条項であったことから、当時これらの規定が弁護士のほとんどにとって知っている

ことが当然といえるような状況ではなかったこと、③対象弁護士らは期間の徒過の

落ち度を悔やみ、それによる受継申立の却下決定を恐れ、その却下前になんとか依

頼者に有利な和解を成立させようと相当な努力をしたことや、受継申立却下により

権利主張が訴訟上できなくなり、依頼者に実質的な損害を蒙らせることがあるとき

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は、その損害の賠償をする旨申し出ていたことが認められることをとりあげ、弁護

士の品位と信用を失う非行があったということまではできないとして異議の申し

出を棄却した。

ところがその後の綱紀審査会は、次の理由により懲戒委員会の事案の審査を求め

ることが相当と判断した。

(a) 債務者が民事再生の申立をした場合は債権者の代理人弁護士は民事再生法の

条文を調査すべきであり、これは民事再生法の条文を通読すれば足りることで

ありさして困難なことではない。従って約1年前に施行された法律で、弁護士

といえども十分に習得しているとは期待できない時期であり、弁護士のほとん

どにとって知っていることが当然といえるような規定ではないという事情は、

法令の不知を正当化するものであっても、調査の懈怠を正当化するものではな

い。

(b) 実害の有無、本案判決の結果とは関係なく法令の調査を懈怠したこと自体が

非行であるといわざるを得ない。

この綱紀審査会の議決を受けて、上記の通り原弁護士会の懲戒委員会は対象

弁護士を戒告処分相当としている。

このように綱紀審査会において判断が覆ったのは、綱紀審査会のメンバーは

単位弁護士会綱紀委員会や日弁連綱紀委員会と異なり、弁護士、裁判官、検察

官およびそれらの経験者を除く学識経験者により構成されているという面も影

響したのではないかと思われる。そうだとすれば本事例は、弁護士の関係法令

への精通・調査義務に関し、弁護士以外の人々から求められる水準は、思って

いるより高いものであることが示されているのではないか。

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6 着手遅延

⑴ 事案の概要及び議決の要旨

以下の表は、直近3年間に『自由と正義』で告知された着手遅延についての懲戒

事例と、『弁護士倫理-642の懲戒事例から学ぶ10か条』で着手遅延についての

懲戒事例として紹介されていた事例の中から、遅延期間が1年以下のものをまとめ

たものである。

遅延期間 委任内容 処分内容 告知日 処分の基礎となったその他の事項

約2か月 業 務 上 横

領事件

業務停止

3月

平成19年

2月27日

(自由と正

義 VOL.

58N o.6

139頁)

・着手金50万円受領。

・刑事告訴のみならず損害賠償請

求事件も受任するかにつき十分

説明せず(委任の範囲不明確)。

・依頼人からの問い合わせに対し、

事件処理の経過を報告せず一方

的に電話を切るような対応に終

始。

・横領をした者が所在不明となり、

損害の回復が困難になった。

・被懲戒者が反省していない。

約 3 か 月

遺 言 執 行

者 解 任 審

判 申 立 事

戒告 平成19年

3月27日

(自由と正

義 VOL. 5

8 N o.6

133頁)

・1か月以内には申立てをしてほ

しいと依頼されていた。

・依頼人からの申立てに対し、既

に申立てをしたと虚偽の回答を

した。

・依頼者から審判の進捗状況につ

いての問い合わせに対し、そろ

そろ判決が出る等虚偽の報告を

した。

5か月半 会 社 の 倒

産 後 の 処

戒告 昭和62年

9月11日

(弁護士懲

・実費の一部として250万円支

払い

・依頼人からの度々の事件処理系

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16

不 動 産 の

保全

離婚手続

戒事例集・

下 9 6 3

頁)

かの照会に対し報告せず。

・依頼人が委任を解除し実費と関

係書類の返還を請求するも、1

00万円のみ返還し、関係書類

は返還せず。

・綱紀委員会の審議期日に出頭せ

ず答弁書も提出しない。

・ 被懲戒者は過去にも度重なる

懲戒処分を受けている。

・懲戒請求後、実費残金を返還。

・請求人が懲戒請求を取り下げて

いる。

6か月 破産申立 戒告 平成19年

4 月 4 日

(自由と正

義 VOL. 5

8 N o.6

130頁)

破産申立書をほぼ完成させた後、

さらに依頼者に追加で聞き取る

べきことがあったのに、依頼者と

の連絡が取れなくなったため、破

産申立を行わないまま、6か月後

に委任契約が解除されるまで放

置したことにつき、「約6か月間

依頼人への有効な連絡手段を怠

り、破産申立を遅延させた」と評

価された。

約 7 か 月

不 動 産 競

売 の 執 行

停 止 の 申

立て

債 務 弁 済

協 定 の 調

停 の 申 立

戒告 平成8年5

月 1 7 日

(自由と正

義 VOL. 4

7 N o.7

184頁)

・依頼者からの採算の問い合わせ

に応答せず、事実上連絡がとれ

ない状態に自らをおいた。

・7か月半後に委任契約を合意解

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17

約 7 か 月

遺 産 分 割

調 停 申 立

事件

戒告 平成6年3

月 3 0 日

(自由と正

義 VOL. 4

5 N o.5

138頁)

・申立準備にそれほど期間を要す

るとは考えられないのに約7か

月半経過後に申立てた。

・申立前の依頼者からの経過の問

い合わせに対し十分納得させる

に足る説明をしなかった。

約 8 か 月

損 害 賠 償

請 求 事 件

( 交 通 事

故)

戒告 平成7年8

月 1 1 日

(自由と正

義 VOL. 4

6 N o.9

130頁)

・なんら証拠書類を収集せず。

・依頼者からの度重なる請求にも

かかわらず損害額の試算をしな

かった。

・委任契約後約8か月余りで辞任。

約 1 0 か

遺 産 分 割

調 停 申 立

事件

戒告 平成19年

1月24日

(自由と正

義 VOL. 5

8 N o.4

142頁)

・委任後正当な理由なく10か月

が経過するまで申立てなかっ

た。

・調停委員から提出を求められた

書類の写しを依頼者から入手し

ていたにもかかわらず、合理的

な理由なく第2回調停期日で提

出しなかった。

・依頼者に事前の連絡なく第3回

調停期日に欠席した。

約 1 0 か

下 請 業 者

か ら 元 請

業 者 へ の

通知依頼

戒告 平成19年

8月20日

(自由と正

義 VOL. 5

8 N o.1

2 2 0 5

頁)

・10か月後に内容証明郵便を発

送するまで具体的法律事務処理

に着手しなかった。

・相手方から回答を受け取ってか

ら8か月後に依頼者から問い合

わせがあるまで何の対応も報告

もしなかった。

・県に元請の建築法違反につき適

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18

正間処分がなされるよう要請す

る文書を提出してから2年3か

月間何の対応もとらず、依頼者

からの採算の値お合わせにもほ

とんど連絡をしなかった。

・県から建築法違反がないとの回

答を受け取ったにもかかわら

ず、依頼者に報告する等しなか

った。

約 1 1 か

訴訟提起 戒告 平成19年

3 月 7 日

(自由と正

義 VOL. 5

8 N o.6

138頁)

・ 着手金50万円受領

・訴訟提起遅延につき依頼者に合

理的説明をしなかった。

・依頼者から訴訟提起を請求され

る度にその場しのぎに資料の提

出等を求めたりし、約11か月

後に訴訟提起を行うまで放置し

た。

約 2 年 8

か月

家 屋 明 渡

請求事件

戒告 昭和59年

2月14日

(弁護士懲

戒事例集・

上 6 6 5

頁)

原弁護士会が、

・被懲戒者は深く反省しており、

着手金・証拠書類等も返還ずみ

である。

・依頼者から拒否されたものの、

謝罪の意思を明らかにして金1

0万円を提供した。

・本件家屋明渡事件は、弁護式の

紹介による弁護士により受任さ

れ、訴訟遂行中である。

・当時被懲戒者は妻との折り合い

が悪く、離婚・復縁を繰り返し、

現在は3児を引き取って離婚し

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19

ている。

・当時実定の事業の失敗により、

被懲戒者が保証人となっていた

関係上債権者らの追及を受け、

その対応に苦しんでいた。

等の事実を認定し、懲戒しない旨

決議したのに対し、日弁連は、

「受任事件の長期間の放置という

ものであるから、事案それ自体に

おいて弁解の余地がないのであ

り、…。原弁護司会が、相手方に

付いての個人的事情を汲んで懲戒

不相当としたのは、妥当でない。」

とし、戒告とした。

⑵ 問題点

遅延期間が短くても懲戒された事案は平成19年告知のものが多く、着手遅延に

対する厳罰化の方向性が見てとれる。着手の遅延が懲戒に相当するかは、遅延期間

の長さのみではなく、調査・資料収集の必要性等時間を要する事情があった等の事

案の性質・難易度、経過を適時に報告しているか、誠実に対応しているか、報告内

容に虚偽はないか等の依頼者への対応、時効期間の経過等の回復困難な損害発生の

有無、着手金・資料をすぐに返還したか等委任解消後の対応等を総合的に検討した

上で判断されているようである。遅延期間が短くても懲戒相当とされた事案は、依

頼者への対応の不誠実さ、回復困難な損害が生じたこと、委任解除後もすぐに着手

金・資料を返還しなかったこと、被懲戒者が反省していないこと等の事情があいま

って懲戒相当となったものと思われる。着手遅延により懲戒請求を受けないために

は、しっかりとしたスケジュール管理をして遅延自体を生じさせなければよいのは

当然であるが、処理能力を超えた量の事件を受任しないよう気をつける、進捗状況

についてまめに依頼者に報告し、時間がかかっている理由を納得させる、万が一着

手遅延が生じてしまった場合でも、その場かぎりの言い逃れをせず素直に謝り、早

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急に着手する、委任関係を解消する場合には速やかに着手金・資料を返還する等、

いかなる局面においても依頼者に対し誠実・真摯に対応し、不信感や不満を生じさ

せないことが重要である。

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7 男女関係

処分日 2005年11月30日

出 典 自由と正義 2006年3月号 124頁

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

弁護士 X(被懲戒者)は、A 男(懲戒請求者)とその妻 B 女との間の離婚調停の

申立及び子の監護者を B と指定し A に引渡しを求める審判の申立等における B の

代理人であった。

X は、某年 6 月 20 日午前 0 時ころ、酔った B から迎えに来てほしいと呼び出さ

れて B を飲食店に迎えに行き、B とタクシーに同乗して自宅まで送ったあと帰宅し

た。

同月 28 日午前 1 時ころ、X が同飲食店で飲酒しているところ、偶然 B がやって

きたので少し話をし、午前 2 時 50 分ころ、B とタクシーに同乗して自宅まで送っ

たあと帰宅した。

同日午後 7 時ころ、X は B から腕を切ったので来てほしいといわれて B 宅に赴き、

腕に傷のある B から気持ちが落ち着くまで話を聞いて欲しいと言われ話を聞いてい

たが、寝入ってしまい、同月 29 日午前 10 時ころ帰宅した。

⑵ 議決の要旨

妻の私生活上の行為は子の監護者の適性の判断に大きな影響をもつものであり、

受任した弁護士は、委任者の不利益とならないよう、男女の関係が疑われるような

行為はしてはならないところ、X の行為は外形的に見てこれを疑わせるものであり、

弁護士法 56 条 1 項の品位を失うべき行為に該当する。

なお、一連の行為は B の言動を契機としていること、X は依頼事件に熱心に活動し

ており B は不満をもっていないことなどから、戒告処分を相当とする。

⑶ 問題点

X の行為は、利益相反を生じさせない内容の依頼者からの要求に、善意で応じて

いるものである。しかし、子の監護者の指定と子の引渡しを求める審判という受任

事件の内容からすれば、X の行為は B に不利益になり得る行為である。

利益相反を生じさせない内容の依頼者からの要求に、善意で応じる場合であって

も、当該事件の内容しだいでは、依頼者の不利益にあたり得ることを示した事例と

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して、参考になる。

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第3 相手方との関係について

1 自力救済について

⑴ 許される自力救済に当たるか否かの判断を誤った事例

処分日 1998年10月22日

出 典 自由と正義 VOL.49 NO.12

処分の種類 戒告

① 事案の概要

Xは、借地人であるAと係争していた地主Bの代理人として 1997 年 7 月 10 日

に占有移転禁止仮処分決定を得たが、地主Bの意を受けたC会社から「執行官作

成の公示書がはがされたようであり、外部に向けて公示されていないので、実効

性がない」との相談を受けたため、C会社に対し、仮処分決定内容を記載した看

板を係争借地の東側公道に面するフェンスと西側に隣接する駐車場との間のフェ

ンスにいずれも外側に向けて掲示することは緊急避難としてやむを得ないものと

判断して、看板にはXの氏名、事務所及び電話番号を明示することを指示した。

その後、C会社は、同月 24 日仮処分決定と題し、仮処分決定主文、裁判所、裁

判官名、当事者目録内容として、Xの事務所、氏名、電話番号及びAの住所、氏

名を記載した縦 150 センチメートル、横 200 センチメートルの看板を掲示し、さ

らにAがこれを撤去した後も、仮処分決定の内容と裁判官名を記載した書面及び

執行官作成公示書の内容と執行官名を記載した書面数十枚を係争借地の周りを囲

むフェンスに添付した。

② 議決の要旨

Xの上記指示がC会社の上記各行為を助長したとして、戒告。

③ 問題点

自力救済とは、一般に、権利を保全するために公権力の救済をまつ余裕のない

ときに私人が自力によって救済をはかる場合をいう(徳本鎮「注釈民法(19)」

334 頁)。このような自力救済については、判例上、「私力の行使は、原則として

法の禁止することころであるが、法律に定める手続によったのでは、権利に対す

る違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認

められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限

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度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解することを妨げない。」とされ

( 三判昭和 40 年 12 月 7 日民集 19 巻 9 号 2101 頁)、一定の厳格な要件の下で

のみ適法とされている{なお、許される自力救済に当たるか否かが争点になった

訴訟(不法行為に基づく損害賠償請求訴訟)のうち、許される自力救済に当たると

したものとして、新潟地判昭和 51 年 7 月 20 日判例時報 850 号 90 頁、東京地判

平成元年 2 月 6 日判例時報 1336 号 112 頁、当たらないとしたものとして、東京

地判昭和 47 年 5 月 30 日判例時報 683 号 102 頁、東京地判平成 16 年 6 月 2 日判

例時報 1899 号 128 頁等の各裁判例がある。}。

民事保全法第 62 条は、悪意の被承継者には当事者恒定効は及ばない旨規定して

おり、公示の存在は非承継者の悪意についての非常に重要な間接事実であると考え

られる{立法担当者は、公示の存在から悪意が擬制されるとまでしている(山崎潮

「新民事保全法の解説 403 頁」)。擬制まではされず、推認されるにとどまるという

見解もある。たとえば、瀬木比呂志「注釈民事保全法下」308 頁。}ので、占有移転

禁止の仮処分の公示の剥離は、債権者に一定の不利益を与えるものではあると考え

られる。

しかし、占有移転禁止の仮処分の公示が剥離している場合には、執行官が再度新

たに公示するのが実務の取扱である{「債権者等から点検の申出があったからとい

って執行官に点検義務が生ずるものではないが、実務の取扱いとしては、点検の申

出があった以上、できる限り速やかに点検するのが望ましい。目的物の点検を実施

したところ、・・・公示が滅失していた場合には、執行官は、債権者の申出がなく

ても、新たに公示するのが相当である。」(民事保全関係執務資料(二)20 頁)}。執

行官は速やかに点検、公示してくれると考えられるから、XがCに指示した上記内

容は、上記 高裁判決の要件に照らせば、「法的手続によることができない緊急性」

の要件を欠くことになり、許される自力救済に当たらないと言わざるを得ないと考

えられる。

しかし、議決においても認定されているように、Xは上記指示は「緊急避難とし

てやむを得ないものと判断」していたのであり、許される自力救済に当たるか否か

の判断を誤ってしまったものと考えられる。

自力救済については、上記 高裁判決の要件も必ずしも明確なものではない上、

その行為はそもそも私力の行使に当たらないのではないか、相手方の同意があると

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考えられるのではないか等、判断に迷う問題が生じやすいと考えられるが、要件が

厳格であることに鑑み、調査を尽くしてもなお疑義が残るようであれば、慎重な判

断をすることが無難と考えられる。

⑵ 当事者が行った自力救済に対する是正が十分でなかった事例

処分日 1995年3月23日

出 典 自由と正義 VOL.45 NO.5

処分の種類 戒告

① 事案の概要

Xは、平成 2 年 11 月 30 日、Aが女将をしていた山梨県所在の旅館の土地建

物の所有者であるB株式会社の代表者Cが、同旅館の経営を閉鎖するため同旅

館の表門の扉を鎖・針金・南京錠で開錠不能とし勝手口の扉も鎖・南京錠で開

錠不能とした際に、東京から現場に赴いていたが、表門の施錠を解かせたもの

の、勝手口についてはこれを放置した。

② 議決の要旨

XはCに対しその行為を止めさせるだけの支配力を有しており、いわば自力

救済になる行為を自ら積極的に事前あるいは直ちに排除すべきであるにもかか

わらず、勝手口については施錠を放置したとして、戒告。

③ 問題点

自力救済に関する懲戒事例の中には、弁護士自らがハンマーでウインドウケ

ースのガラスを打ち壊す、玄関の鍵を取り替える等、弁護士が主体的に自力救

済を行っているものも多いが、一方で、当事者が行った自力救済を容認した、

あるいは、是正しなかったという理由で懲戒されているものも散見される。そ

の中でも、本件は、当事者が施錠した表門及び勝手口のうち、表門については

解錠させるという一定の是正措置はとったものの、勝手口については解錠させ

なかったという理由で結局懲戒されているものであり、この種事案に対する厳

格な判断姿勢を伺わせる事例である。

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2 直接交渉(等)について

⑴ 相手方代理人が選任されているのに直接交渉をした事例

① 事案の概要

Xは,2004 年 5 月 28 日に提出された離婚届に関するAと元妻Bとの紛争に

おいて,Bの代理人として,Aの代理人と話し合いを行ったが,解決に至らな

かった。

そこで,Xは,乙の代理人として,離婚無効確認調停を申し立てるとともに,

甲が乙側の主張を認めない場合,離婚無効確認訴訟を提起することになるが,

その場合,日刊新聞にその旨報道される可能性がある,Xの主張を認めてAの

代理人から話し合いをする旨の連絡をもらえるよう手配されたい等の内容の

2006 年 5 月 26 日付書面Aにを直接送付した。

② 議決の要旨

「被懲戒者の上記行為は,相手方代理人と連絡が取れないなどの正当な理由

なく懲戒請求者代理人の承諾を得ないで直接相手方と交渉する行為であり,職

務基本規程第 52 条に違反し,弁護士法第 56 条 1 項に定める弁護士としての品

位を失うべき非行に該当する。」として,戒告。【「自由と正義」2008 年 8 月号

178 頁・第一東京弁護士会議決】

③ 問題点

職務基本規程 52 条の明文に違反した行為であり,戒告はやむを得ないと思

われる。

なお,解説『弁護士職務基本規程』(『自由と正義』2005 年臨時増刊号(Vol.56))

には,相手方代理人の承諾を得ずに直接交渉が許される「正当な理由」として,

相手方代理人の事情により長期にわたり連絡が取れない場合,相手方代理人が

業務を行うことを禁止された場合,度重なる連絡にもかかわらず相手方代理人

が回答をせずそれが本人の意思に基づくもとではないと考える合理的な事情が

ある場合が挙げられている。

⑵ 相手方代理人が選任されていない場合に相手方への対応が問題となった事例

① 事案の概要

Xは,遺産分割協議事件において,相続人Aの代理人として,平成 11 年 11

月 18 日,代理人を選任していない代襲相続人B1及びB2に対し,「相続人の

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遺産と思われる資産が発見された。」,「発見された資産というのは・・・若干の

現金で,小職が調査した結果,うち 3000 万円程度は,被相続人の相続財産と

して各相続人に分割すべきものであるとの判断に至りました。」旨の告知をし,

乙及び丙は,各 300 万円を受領し,その余の一切の権利を放棄する旨の確認書

に署名押印した。他方,平成 12 年 7 月 1 日,他の相続人C1,C2及びC3

は,各 2000 万円の配分を受けた。

Xは,平成 11 年 9 月 30 日,A から自宅金庫に約1億円保管している旨の告

知を受けたが,その金額がすべて被相続人の遺産であると認識していたもので

はなかった(そのように認定することはできない。)。

② 議決の要旨

業務停止 3 か月とした原処分変更,戒告。

原処分の事実認定を誤っているとして,上記 1 の事実関係を前提として,「審

査請求人が甲の手元に存在していた現金のうちどれだけが被相続人の遺産であ

るかを特定することが不可能な状況下にあって,3000 万円程度が相続財産であ

ると断定した書面で告知したこと,約 1 億 1000 万円を超える現金のことを「若

干の現金」と表示していること,弁護士から若干の現金である 3000 万円程度

が相続財産である旨の書面の説明があれば容易にそれを信じるかもしれないこ

と,等を総合勘案すれば,結局,審査請求人は,上記両名が錯誤に陥るかもし

れないがそれでもよいという認識のもとに同書面で告知したものと判断するの

が相当である。この行為は,いまだ弁護士を依頼していない相手方に対する交

渉行為として,適切さを欠いているというべきであり,「品位を失うべき非行」

に該当する。」

委員 2 名による少数意見があり,「依頼人の意向が公序良俗に反するとか,

経験則や明白な証拠に反して不合理であったりする場合は,弁護士は依頼人を

説得してその考えを修正すべきであり,依頼人が説得に応じない場合は辞任す

べきであるが,本件はそのような場合ではない。そうでない以上,弁護士とし

ては,依頼人である甲の意向に従って行動しなければならない。審査請求人は,

3000 万円を総額として他の相続人に支払うことにより遺産を巡る紛争を解決

したいという甲の意向に従い行動するほかなかったのであって(依頼人に対す

る忠実義務),乙1と乙2に対する書面の内容は,そうした甲の意向に従ってお

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り,適切さを欠いているとまではいえない。」などとして,「「品位を失うべき非

行」に該当するような言動があると認めることはできない。」としている。なお,

裁決取消請求事件は,請求棄却で終結している。【弁護士懲戒事件議決例集(第

9 集)57 頁・日弁連懲戒委員会議決】

③ 問題点

事実認定上の問題から,原処分と本議決の間に差異が出た事案であるが,本

議決にも 2 名の反対意見が付いたものである。多数意見は,弁護士を依頼して

いない相手方との直接交渉において,適切性を問題としたが(相手方が錯誤に

陥ることの未必的認識が指摘されており,弁護士の立場で告知したことと関連

して,弁護士の公正性に照らした適切な行動が要請されるとの立場に立ってい

るものと思われる。),少数意見のとおり,依頼人に対する忠実義務から,依頼

者の意向に従った行動も要請されるところであり,弁護士の公共的立場と依頼

者の代理人としての立場のせめぎ合いが存するところといえよう。代理人を選

任していない相手方との直接交渉において,適切といえる行動か否かの境界事

例と思われるので,紹介する。

なお,本件では,遺産分割協議事件における懲戒の除斥期間も論点であった

が,割愛する。

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3 不当訴訟について

⑴ 主に批判的言論を威嚇する目的で訴えを提起した事例(東京地判 H13・6・29)

① 事案の概要

宗教法人Aの元信者は、Aの幹部らから多額の献金を強要されたとして、弁

護士Bを訴訟代理人とし、Aらに対する損害賠償請求訴訟を提起した。

Xは、Aらの代理人弁護士であったが、上記訴訟に関してBが開いた提訴記

者会見の内容がAらに対する名誉棄損にあたるとして、Bに対して8億円の損

害賠償請求訴訟(本訴)を提起した。これに対しBは、本訴の提起が不法行為

にあたるとして、Xに対して800万円の損害賠償を請求した(反訴)。

② 判決の要旨

本訴については、Bが提訴記者会見の内容を真実と信じたことには相当の理

由があるとして棄却した。反訴については、A代表者が、Aを批判する者に対

する威嚇手段として本訴提起を行ったこと、本訴の請求額が相当に高額であり

到底認容されないことを認識した上での提訴であることを認定し、このような

訴え提起の目的及び態様は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き

違法なものであるとして、反訴請求を一部認容した(100万円)。

③ 問題点

訴訟の提起自体が不当であるとされた事例は多くない。

なお 高裁は、訴えの提起が違法となる場合について、「民事訴訟を提起した

者が敗訴の確定判決を受けた場合において・・・、当該訴訟において提訴者の

主張した権利法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、

そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえる

のにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして

著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当であ

る」( 三小判昭 63・1・26)としており、裁判制度の自由な利用が阻害され

ないようにとの配慮から、違法性の認定は相当限定されるものと思われる。

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4 名誉毀損・プライバシー権侵害について

⑴ 相手方のプライバシーを侵害する勤務先への照会依頼

処分日 不明

出典 綱紀事例集

処分の種類 不明

① 事案の概要

Bから妻CとAとの男女関係の法的処理について解決の依頼を受けていた弁

護士Xが,Aの勤務先に対して「照会依頼書」なる弁護士私信を発送したが,

その内容は「照会人BはCの夫であるところ,同女は貴社のAと男女関係を持

つに至りその関係は・・・・・一時中断したが・・・・・又再開して今日に至

っております。・・・・・BはAに対し,夫権の侵害に基づく損害賠償請求を求

めるとともに,Cに対しては離婚及び不貞による慰謝料請求に及ぶため東京家

庭裁判所に調停の申立をする準備中であります。よってBはAの勤務状況,収

入等財産関係を調査して,Bの請求する損害額の算定の要素にするものです」

とあるが,これはプライバシーの侵害であり,職務行為に藉口した職権乱用行

為であるとして,Aが懲戒請求の申立をした。

② 議決の要旨

Xは,照会事由を具体的に明白にすることは,Cの不倫行為に対する事実調

査・証拠収集にとり必要不可欠であり,その結果CとB間のプライバシーが具

体的に表現されたとしてもやむを得ないことで,弁護士の正当な業務行為であ

ると反論した。

しかしながら,委員会は,「照会依頼書」の記載内容は,照会事由の記載内容

としてその必要性,相当性をはるかに超え,懲戒請求人のプライバシーを侵害

する照会行為があったものと認められるとして,懲戒手続きに付することを相

当とした。

③ 問題点

事案の性質によっては,相手方の情報を得るために,第三者に照会請求をす

る必要があることもあるが,そのような場合に当該照会請求が正当な職務行為

として許されるか否かについては,当該事項を照会依頼書に記載することの必

要性・相当性,相手方に対する法益侵害の程度等の事情を総合的に考慮して判

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断すべきである。

本件照会依頼書記載内容は,甲丙間の不倫関係等についてまで記載されてい

るが,本件照会をする上で,このような記載をする必要性は認められず,また,

甲丙間の不倫関係事実は同じ職場の人間に知られることで甲の職務に重大な悪

影響が生じかねない事実と言え,記載内容の相当性も認められないといえる。

⑵ 証言の内容を弾劾する主張の限界

処分日 1986年9月26日

出典 弁護士倫理-642の懲戒事例から学ぶ10か条

処分の種類 戒告

① 事案の概要

XはYの父の代からY一家とは親しくつきあっていた。

Yは所有別荘の使用権の保全を目的とし,Yの骨董品売買業に融資をしても

らっていたE社(代表取締役F)に貸借しその旨の登記をした。

しかし,その後XとYとは不仲になった。

別荘は競売され,競売人よりEを相手に土地貸借権不存在確認等訴訟が提起

され,XはEの訴訟代理人となった。

その訴訟で,Yは原告側証人として採用され,証人尋問が行われた。

当日,XはYの証言の信用性を争う目的で以下の記述が含まれた準備書面を

提出した。しかし,訴訟指揮により陳述されなかった。

「この証人の一族の生きざまや言動から推察して凡そその証言の内容は想像

がつくので,その証言の背景を述べておくこととする。」

「そこに証人Yの生父Kの所謂二号さんLが住んでおり,その道を隔てた前

に古道具屋を営んでいたKが住んで,Lは,その二号さんであった。后Lは本

妻と同一屋根の下に暮らし,浅草の一つの話題となる。YはKの嫡子となって

いるが,本当はその二号さんが生母である。」

「三店共骨董屋を営んでいたが借金は絶えたことなく父Kが死亡後は長男C

は隻脚の女に子を生ませたり,仲人をした関係で本妻が怒って本代理人に訴え

るので,Cに注意すると次男の内妻Mが怒り,Cの妻の方がおかしいと,二号

を囲うことを不思議とせずCの正論を却って非難するというおもしろい一族で

あった。人からの委託品をかたっぱしから入質したり,売り払ったりするので,

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警察問題が絶えず,」

「倒産当時Yの借金3億円,Cの借金5億円と推定していた・・・・・。こ

の二人は借金をしても,それを返すことは知らない人間である。恩人のものも

処分して恥じない者たちであった。」

「従って街でもまともな人は相手にする者のいない状態で,特に証人Yの妻

の如きは,例えば呉服屋から大島紬を買う,それを直ちに転売して金を作り生

活費に充て代金を支払わない,洋服屋から一度に数着服を買って,これを転売

して一切代金を支払わない・・・・・。」

「その他被害者は数えきれないほどで,今や,この一族をまともに相手にす

る者のいない住みなれた浅草を大手を振って歩けない状態である。」

「兎に角この一族は人から金を借りるに当って手段方法を選ばず,借りられ

ても有難いでもなく返そうとしない一寸浅草では類稀れな一族であって,その

Xのいうであろう証言は信用するに足りない。」(戒告86.9.26 上7

82)

② 議決の要旨

訴訟は先順位根抵当権の実行に対する貸借権の対抗の問題が中心で,加えて

貸借権が正当に成立したものか否かが問題になるものであり,Yの証言はこの

後者に関するものが主であると考えられるところ,準備書面の記述は,Yの出

生の問題,Y一族の居住状況,Yの父や妻,兄弟の不行跡等々,Yの証言の信

用性を争うための訴訟活動としても,その必要性を超えるばかりか,その表現

が著しく乱暴であって,これらはXとY一族との前記のような関係を考慮して

も,なお訴訟活動としての許容範囲を逸脱するものといわざるをえない。右準

備書面はそれが訴訟指揮により陳述されず,したがって訴訟の上では意味のな

いものであるといえ,関係人の目に入り,訴訟記録には編綴されて残るもので

ある。

③ 問題点

本件は,証言の信用性を争うため主張の限界が問題となるが,この点につい

ても,当該主張の必要性・相当性,相手方に対する法益侵害の程度等の事情を

総合的に考慮して判断すべきである。

本件議決内容によると,「Yの出生の問題」や「Y一族の居住状況」等の間接

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的に証言の信用性を弾劾する主張については,未だ必要性の要件は認められな

いとし,また,「表現が著しく乱暴であ」るとして相当性も否定して,「これら

はXとY一族との前記のような関係を考慮しても,なお訴訟活動としての許容

範囲を逸脱するものといわざるをえない」との判断をしているものと考えられ

る。

また,「右準備書面はそれが訴訟指揮により陳述されず,したがって訴訟の上

では意味のないものであるといえ,関係人の目に入り,訴訟記録には編綴され

て残るものである」としており,名誉毀損の点につき実質的な判断を行ってい

る。

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第4 その他の事例

1 訴訟における名誉毀損的行為

事案①

処分日 1996年10月1日

出 典 自由と正義 VOL.47 NO.10

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

被懲戒者 X は、原告 A・被告懲戒請求人 B 外1名間の貸金請求事件の原告訴訟代

理人として、被告本人尋問の反対尋問の際、B 本人に対し、「被告は同和地区に住ん

でいるのではないか」という質問を行い、裁判官からその質問の目的を問われて、

その場で「同和地区には、一部、一般人の恐れている者が住んでいる」旨の釈明を

行った。

⑵ 議決の要旨

反対尋問及びその釈明により、B 本人並びにその居住する地域住民を差別視する

発言をしたことから、X を戒告処分とした。

⑶ 問題点

民事訴訟手続においては、当事者双方が自己に有利で相手方に不利な主張、立証

を応酬し合うことを通じて、裁判所が真実を発見することを目指すものなので、結

果として相手方等の名誉を毀損することもある。その場合、全てが懲戒事由となる

わけではなく、相手方当事者等の名誉を毀損するような表現行為が、訴訟上の争点

との関連性があり、必要性が高く、正当な訴訟行為として社会的に許容されるもの

であれば、懲戒の対象とはならないだろう。

しかしながら、X の本件差別的発言は、そもそも訴訟行為としての必要性がなく、

社会的に許されないことが明らかな差別的発言である以上、品位を失う行為である

ことは明白で、懲戒という結論も当然といえる。

ただし、このような明らかな差別的発言でなくとも、相手方等の名誉を毀損する

ような訴訟行為は場合によっては、懲戒の対象となりうるので、訴訟における必要

性や内容の相当性等を事前に検討しておくべきだろう。

なお、訴訟における誹謗・中傷行為は、懲戒の対象となりうるだけでなく、民事

責任(民法 709 条不法行為責任)や刑事責任(侮辱罪、名誉毀損罪)が問われる危

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険もあるので、その点からも注意が必要である。

事案②

処分日 2000年12月28日

出 典 自由と正義 VOL.52 NO.3

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

被懲戒者 X は、民事訴訟における証拠調べ期日において、一方当事者の訴訟代理

人として相手方当事者の訴訟代理人であった懲戒請求人 A の行っていた反対尋問に

介入し、尋問中の懲戒請求人に対し、「あまり、つまらないことをしない方がいいよ」

「そういう詐欺師みたいなことをすんなよ、君」との言辞を吐いた。更には、裁判

官からの 2 度にわたる注意や A からの抗議にもかかわらず、「ええっ、あたりまえ

だよ。だって、全然ね、違うものを同じものだというように言わせようとしたりだ

な。それは詐欺と同じだ、それは。ええっ、そんなのは弁護士倫理に反するんだよ」

と述べ、それに続いて、「あたりまえだ」「君の無知には驚くよ」と言を重ねた。

⑵ 議決の要旨

X による A の行っていた反対尋問への介入は、社会的に許容される相当な範囲内

の訴訟活動を超え、また、その主張に相当な根拠があるとはいえない。にもかかわ

らず、裁判官・A からの注意・抗議を受けても、なお、傍聴人の多数いる公開の法

廷で、侮辱的発言を続けていることから、非行行為に該当するとして、戒告処分と

なった。

⑶ 問題点

前記事例同様、民事訴訟手続において相手方等の名誉を毀損したとしても、全て

が懲戒事由となるわけではない。なお、弁護士間の名誉毀損については、弁護士職

務基本規定 70 条において、相互に名誉と信義を重んじなければならない旨規定さ

れているが、この規定があることで、弁護士の名誉が他者よりも高度に保護される

というわけではないだろう。

本件の被懲戒者の各発言は、尋問への直接的介入という民事訴訟手続上、認めら

れない発言行為であり、かつその発言内容にも根拠が無い。さらには、裁判官・懲

戒請求者からの注意、抗議を受けながらも、発言を続けている以上、もはや正当な

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訴訟行為とはいえず、懲戒処分もやむを得ない事案だろう。

相手方代理人の尋問手法に問題がある場合には、手続に則り、裁判所に異議を申

し立てるべきであるし、尋問内容に反論する場合には、その後の自らの尋問で明ら

かにすべきである。また、法廷では、当たり前のことであるが、どのような場面で

あっても根拠のない主張はすべきでない。尋問は、その場での対応となるため、感

情的になったり慌てたりして不注意な発言・行動をしがちなので、特に注意が必要

だろう。また、裁判所から注意を受けた場合には、その注意に従う必要があるのか

を吟味すべきである。

なお、訴訟における誹謗・中傷行為は、懲戒の対象となりうるだけでなく、民事

責任(民法 709 条不法行為責任)や刑事責任(侮辱罪、名誉毀損罪)が問われる危

険があることも、前記事例と同様である。

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2 裁判の公正を害する行為

処分日 2002年11月25日

出 典 自由と正義 VOL.54 NO.2

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

被懲戒者Xは、Aの訴訟代理人として、Bを相手方として保険金の支払いを求め

て訴訟を提起したが、その審理過程において、ロンドン在住の関係人Cに対して、

証人として証言することを要請し、「Bに対する裁判の結果の貴殿の取り分として

10%、および費用として100万円が支払われる。ご連絡をお待ちする」旨記載

した書面をファクシミリにて送信した。

⑵ 議決の要旨

証人出廷につき、当事者が証人に対し交通費や日当等を支払うことは一般に認

められているところではあるが、被懲戒者が証人予定者に対して申し出た内容は、

その支払いが事件の結果に結び付けられたものである。

仮に当該証人予定者が事実を曲げた証言をする可能性が極めて少なく、被懲戒

者においてことさら有利な証言を求める意図がなかったとしても、証人予定者に

対する費用等の支払いを訴訟の結果にかからしめる提案をしたこと自体が訴訟の

公正さに対する信頼を損なわしめる行為である。

⑶ 問題点

証人はその記憶に従って証言することを求められているところ、一方当事者の代

理人が、事件結果に応じて「取り分」の支払いを約束するのでは証人の中立性を害

し、ひいては裁判の公正を害する。

特に、「取り分として10%」というのは経済的利益の10%を約束しているも

のといえ、これでは裁判の公正を保つのは困難といえる。

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3 初歩的ミス及び説明義務違反

処分日 1995年10月5日

出 典 自由と正義 VOL.46 NO.11

処分の種類 業務停止3月

⑴ 事案の概要(初歩的ミス及び説明義務違反)

被懲戒者Xは、懲戒請求人A社を振出人、B社を受取人、支払期日を同日とする

額面金 1000 万円の約束手形の決済資金 1000 万円をB社が捻出してA社に交付した

際、これに立ち会い、決済資金の預託を受けてA社役員と手形決済銀行に赴いたが、

A社代表者より本件手形以外に額面金 3000 万円及び 5000 万円の手形が取立に廻っ

ている可能性がある旨を告げられ、他に手形が取立呈示されていないか十分確認す

ることなく、手形決済資金を入金してもA社が手形不渡処分を受けることは避けら

れないと即断し、同日正午過ぎに、A社及びB社に行先や連絡方法も告げずに、上

記金員を携行して2ヶ所の裁判所に出廷して、午後7時頃帰宅した。しかしながら、

その間、他の手形が取立に廻っていたというのは誤報であることが判明し、関係者

はXに連絡をとろうとしたが、結局Xとは連絡がつかず、手形決済資金は入金され

ないまま、前記 1000 万円の約束手形は不渡りとなった。

⑵ 議決の要旨

約束手形が不渡りとなるか否かの切迫した状況の下では、預託を受けた手形決済

資金を入金しない場合には、直ちにその理由をX自ら委託者に説明し、また、Xが

やむを得ず同金員を携行して他所に赴く場合には、自分の所在をA社及びB社に告

知して連絡が取れる態勢をとっておくべきであったとして、上記各行為をとらなか

ったXには非行行為があり懲戒手続に付することが相当であるとされた(業務停止

3月)。

⑶ 問題点

本件は、手形の不渡りを回避できるかどうかという切迫した状況下において、弁

護士が適切な説明を怠り、また連絡がとれる態勢を整えなかったことが、説明義務・

連絡義務の懈怠と判断されたものと思われる。切迫した状況下でなければ、特別問

題とはならないように思える事案であるが、手形の不渡りの回避がかかるという重

要な局面における弁護士の行動としては、やはり不適切であろう。

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4 依頼者の監督

処分日 1993年3月18日

出 典 自由と正義 VOL.45 NO.8

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要(依頼者の監督)

Xは、A社を原告、懲戒請求人であるB外1名を被告とする損害賠償請求事件の

原告訴訟代理人であるところ、A社代表者Cと同社従業員Dが、同事件の被告代理

人である懲戒請求人弁護士E作成の答弁書中に、原告A社従業員DがB宅を訪れB

に対し卑猥な言辞を弄したとして直接的表現の記載があったことから、右答弁書表

題部分と右記載部分を並べこれを縮小コピーして葉書に貼付し右直接的表現記載部

分をサインペンで枠を付ける等目立つようにして、1月間の間に数回にわたりB外

3名に郵送するに及び、被告代理人Eから再三上記行為の制止を求められたのに対

し、何ら制止の措置を講じなかった。

⑵ 議決の要旨

Xには、訴訟代理人及び弁護士として、C及びDの行為を制止すべき義務、少な

くとも前記のような行為をしないよう真摯に注意すべき義務があったと認められる

として、Xを戒告とした。

⑶ 問題点

自己の依頼者が、相手方本人と直接何らかの接触を図ろうとしていることを知っ

たとしてそれを制止しなかったとしても、直ちに懲戒事由とまではならないであろ

う。しかしながら、本件では、C及びDの行為が極めて適切さを欠く上に、相手方

代理人から再三制止を求められたにもかかわらず、C及びDの行為を放置したこと

が重要視されたと思われる。弁護士としては、依頼人が相手方に対する関係で不相

当な行動をとろうとしていることを知った場合には、少なくとも必要 低限の注意

は与えなければならないと思われる。

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5 守秘義務違反

処分日 1995年9月11日

出 典 「弁護士資格・懲戒事件議決例集(第七集)」275 ページ

処分の種類 懲戒せず

⑴ 事案の概要

懲戒請求人Aに対し貸金債権を有するBの代理人であったXは、Bから依頼され

てAの戸籍謄本を入手し、これをBに交付したところ、そのおよそ5ヶ月後、Bは、

Aの妻の父宛に貸金返済を求める手紙を出した。後日、Aは、XはBが戸籍謄本に

よって住所、氏名を知ったAの両親、妻の両親に対し、貸金の取立を行う目的に使

用することを知りながらBに戸籍謄本を交付したのであり、その結果、Aはプライ

バシーを侵害され、妻の親との間の信頼関係を破壊されたとして、Xの懲戒を申し

立てた。

⑵ 議決の要旨

本件では、「職務上知り得た秘密」(弁護士法 23 条)に、依頼者以外の者の秘密

が含まれるかどうかが問題となったが、これについては、「職務上知り得た秘密」に

は、依頼者以外の秘密も含まれ、秘密の漏洩が許されるのは正当な理由があった場

合である旨の判断がなされた。

もっとも、本件では、Xは、Aの相手方当事者であるBの代理人であり、戸籍謄

本の取得及びBへの交付が訴訟等の手続の必要上なされたものであれば、正当な理

由にあたるとされ、依頼者であるBから戸籍交付の要求が合った場合、その目的な

どを確認しなかったのは注意を欠いたとのそしりを免れないものの、これをもって

直ちに弁護士の品位を失うべき非行があったとまではいえないとして、懲戒手続に

付さないことが相当とされた。

⑶ 問題点

弁護士法 23 条は、専ら依頼者との関係を念頭において制定された条文であると

考えられる。もっとも、「職務上知りえた秘密」の範囲については、依頼者以外の第

三者の秘密も含まれるとする非限定説、依頼者のみの秘密が対象となるとする限定

説、依頼者に加え依頼者に準ずる者も含まれるとする折衷説の対立がある(加藤新

太郎「守秘義務に関する諸問題」法教 291 号 116 頁)。

秘密を保持することについて、第三者が弁護士に対して抱く信頼というのは、依

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頼者と大差はないと思われるが、そのように考えると、本件における「職務上知り

えた秘密」の解釈は、妥当なものであるとも思える。もっとも、前述のように「職

務上知りえた秘密」の範囲については、解釈上争いのあるところであり、今後類似

の事例で同様の判断が下されるとは限らない。いずれにせよ第三者の秘密が何らか

の形で漏れるとなると、プライバシー侵害の問題が生じることは必至であり、依頼

者に相手方の情報を提供する際には、 低限の注意を払うことが必要であろう。

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6 弁護人となろうとする者としての接見

処分日 2005年10月1日

出 典 自由と正義 VOL.56 NO.10

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

被懲戒者Xは、Aから、知り合いである懲戒請求者Bが覚せい剤事件で警察に勾

留されているが、接見禁止中で状況が分からないので、捜査上誰の名前が出てい

るかも含めて状況を聞いてきてほしい旨依頼を受け、日当として金5万円を受領

し、翌々日、Bと接見したが、弁護人となるには至らなかった。

Xは接見中、Bからその供述の経過及び捜査の状況等を聴取し、Bの背後関係と

してAが捜査対象となっている旨の話も聞き、これらの話をAにしてもよいか尋

ねたところ、Bは了承し、接見終了後、XはAを事務所に呼んでBから聞いた話

を伝えた。

⑵ 議決の要旨

Xの上記行為は、犯罪事件関与者と推認できる者から捜査情報の取得を依頼され

て受任し、被疑者の弁護活動に必要がないのに接見の結果知りえた情報を報告した

ものであって、刑事訴訟法の接見禁止の趣旨にもとり、事件関与者の罪証隠滅を誘

発する恐れのある行為であり、特に、覚せい剤の営利目的譲渡という重大事犯に関

する行為であることを考慮するとその責任は重大であり、弁護士法第56条第1項

の弁護士の品位を失うべき非行に該当する。

⑶ 問題点

Xの接見は弁護人となろうとする者としての接見であるが、Aは刑訴法上の選任

権者ではなく、また、接見の際Bに対して選任意思を確認してもいない。単に、事

件関与者と疑われるAのために捜査情報を入手してきたにすぎず、罪証隠滅に加担

する行為と評価されても仕方のないところである。

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7 弁護士会規等違反

処分日 1988年11月6日

出 典 「弁護士懲戒事例集(下)」1613 頁

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

Xは、国選弁護人に選任された覚せい剤取締法違反被告事件の弁護活動について、

所属弁護士会である懲戒請求人A会会長から、同事件の弁護活動につき指導監督の

必要があり注意を与えるとのA会常議委員会の議決に基づき、合計6回出頭要請の

通知を受けたものの、特段の理由を示さずに、出頭期日・場所に一度も出頭せず、

1回目の通知に対しては、日曜日にX宅において会長と面談する旨回答した他、6

回目の通知に用いられた書留郵便をB裁判所内弁護士控室に設置のA会会長個人用

ラックに返還した。

⑵ 議決の要旨

Xは、出頭を拒否した理由として、弁護士会が会員を指導監督することは法令上

の根拠がなくその権限はないことを主張したが、弁護士自治の現法制下において弁

護士会の会員に対する指導監督権はその基本的条件であり、これなくしては懲戒制

度そのものが成り立たないこと、弁護士法 31 条1項は弁護士会の会員に対する指

導監督権を当然の前提にしていること、弁護士法 22 条、日弁連会則 29 条1項が弁

護士の会則遵守義務を定めていることなどから、弁護士会が会員に対する指導監督

権を有することに疑いの余地はないと判断された。

その上で、呼出を悉く拒否したXは、弁護士法 31 条1項、同法 22 条、日弁連会

則 29 条1項に違反し、A会の秩序を害したとして、懲戒が相当であると判断され、

戒告の処分となった。

⑶ 問題点

弁護士会が、所属会員に対する指導監督権を有することについては、ほぼ異論が

ないと思われる。出頭の拒否が直ちに懲戒事由となるものでもないだろうが、Xは

度々の出頭要請を悉く拒否し、しかも拒否したことについて正当な理由を示さなか

ったことから、懲戒となったのであろう。やはり、所属弁護士会の出頭要請を拒む

のであれば、相応の理由が必要となろう。

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8 私生活におけるトラブル

処分日 2005年1月24日

出 典 自由と正義 VOL.56 NO.4

処分の種類 戒告

⑴ 事案の概要

被懲戒請求者Xは、懲戒請求者Aより宅地を購入し、隣接地の所有者との共有で

ある私道につき、他の私道共有者の承諾なく、ガス管の敷地内排管引込工事を業者

に依頼し、同私道を掘削させた。

ところが、工事から半年程度経過以降、他の私道共有者がガス管埋設工事等を行

おうとするにあたり、本件私道を掘削する必要があるため、Aが私道共有者の一人

であるXにその承諾を求めたところ、Xはこれを拒絶した。

その後、A工事業者に命じて本件私道の掘削を始めたところ、Xは、電話で11

0番通報をし、その結果、警察署員が本件私道に駆け付けたので、工事は中止され

た。さらに、Xは、Aらを債務者とする工事禁止の仮処分を裁判所に申し立てた。

また、Xは、Aが交渉の場に暴力団員風の男を同席させて脅迫的言動を行った、

Aは虚言に満ちた一方的な説明をする悪質な業者であるなどといった、Aを誹謗中

傷する内容のビラを他の私道共有者あてに作成し配布した。

⑵ 議決の要旨

以上のXの行為は、身勝手な行為であって、しかもビラを配布した行為はAの名

誉を棄損する行為であるから、弁護士法第56条第1項が規定する弁護士の品位を

失うべき非行に該当する。

⑶ 問題点

本事例は職務とは全く無関係である。私道の掘削という近隣トラブルが原因であ

るが、このようなトラブルには弁護士であるなしにかかわらず、巻き込まれる可能

性がある。

この議決からすると、私生活においても弁護士の品位を保って行動するように、

ということのようである。したがって、私生活において何らかのトラブルに巻き込

まれた際には、当事者であると同時に弁護士として採りうるべき手段をもって対処

すべきということであろう。

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Ⅱ 賠償事例研究

第1 弁護士賠償責任保険制度の概要

1 沿革

弁護士賠償責任保険制度は、弁護士が職務上負担する恐れのある損害賠償責任に備え

た保険として、昭和51年に発足した。この保険によって、弁護士業務に伴う危険が一

定の範囲で担保された。

2 弁護士賠償責任保険に適用される約款

適用される保険約款は、賠償責任保険普通保険約款と弁護士特約条項である。なお、

全国弁護士協同組合連合会の団体特約では、受託者賠償責任保険と施設賠償責任保険が

自動付帯される。

3 保険の対象

弁護士が弁護士法に規定される弁護士の資格に基づいて遂行した業務(弁護士法3条

1項の業務)に起因して、法律上の賠償責任を負担することによって蒙る損害を填補す

る(弁護士特約条項1条)。

損害賠償請求以外の原因によって請求を受けた場合(例えば依頼者から報酬金の返還

請求を受けた場合など)は、本保険の対象とならない。

4 填補される損害の範囲(普通約款2条)

被保険者が被害者に支払うべき損害賠償金など。なお、損害賠償責任を承認するとき

は、予め保険会社の承認を得る必要がある(普通約款16条1項4号本文)

5 免責(普通約款4条、特約条項3条)

普通約款4条、特約条項3条に規定した各場合には、損害を填補しない。

具体例

・被保険者又は保険契約者の故意によって生じた賠償責任(普通約款4条1号)

・他人に損害をあたえるべきことを予見しながら行った行為に起因する賠償責任(特約

条項3条1項)

・弁理士業務、税理士業務、渉外業務に起因する賠償責任(これらの責任を補填するた

めには、別途特約条項を追加する必要がある。)など

6 保険期間と保険責任(特約条項2条)

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保険会社は、被保険者が、保険期間中に遂行した業務に起因して、保険期間中又は保

険期間終了後5年以内に、日本国内において損害賠償請求を提起された場合に限り、損

害を填補する(特約条項2条)。

保険期間は1年となっているので、保険契約は1年ごとに更新する必要がある。

7 事故の対応について

被保険者が、依頼人又は第三者から損害賠償の請求を受けたとき、又は損害賠償を受け

る恐れのある事実の発生を知ったときは、遅滞無く保険会社に通知する必要がある(普通

約款16条1項1号)

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第2 事例紹介

Ⅰ ケアレスミスに属する事例

委任の意思を確認せずに任意整理してしまった事例

1 事案の概要

弁護士Xは、Aから、任意整理の依頼を受けると同時に、Aのためにサラ金から借

入をしてくれているという友人B(請求者)の任意整理も依頼され、これに着手し、

両名の任意整理を終えたところ、Bには任意整理の意思がなかったことが判明した。

2 保険請求の要旨

被害者の請求金額 具体的金額の提示なし

保険金請求額 10万円程度

責任の有無 有

保険金支払いの有無 有

支払保険金額 10万円

3 問題点

Bの財産的損害が明確でないこと、Bとしても債務整理という利益を得ていること

等から、保険金としては10万円の支払が相当であるとされた。

依頼者の意思を確認することは事件着手の第1歩である。基本的に弁護士自身が依

頼者本人と面接するべきであるし、そうでなくとも本人の明示の意思は 低限確認し

ておくべきである。

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委任意思の確認を懈怠した事例

1 事案の概要

弁護士 X は、A から、A 本人及び A の父 B を売主とする不動産売買に関する即決和解の

訴訟委任を受け、売主 A・B 両名の訴訟代理人として、買主 C 株式会社訴訟代理人 D と

の間で即決和解を成立させた。

ところが、その後、B は、C に対し、上記即決和解につき、X に対し何らの代理権を与

えていないから、無権代理のため無効であると主張して、即決和解に基づく所有権移転

登記の抹消を求めて訴訟を提起した。

本件1審判決は、C の表見代理等の主張を認めなかったため、C は、控訴するとともに、

敗訴した場合の損害賠償請求に備えて、Y に対し、訴訟告知した。X は補助参加を申し

出た。

2 保険請求の概要

相手方の請求金額 9000 万円

保険請求額 2000 万円

責任の有無 有

支払保険金額 2000 万円

3 問題点

(1) 依頼人の本人確認、委任意思の確認は、代理業務を遂行するための第1歩である。

しかし現実には、本件のように家族の1人が実質的依頼者となって、他の家族の委任

状を持参するといったケースが多いものである。

そのため、弁護士がどこまで本人の意思確認を行わなければならないかは、意外にも

難しい問題である。

とはいえ、やはり弁護士としては、緊急性や反復性などの例外がない限り、できるだ

け本人に面接し、少なくとも電話などを用いて、委任意思を確認すべきである。

また反対に、委任意思を疑うべき事情とはどのような場合かという類型的な考察も行

っていく必要があろう。

(2) 本事例は、控訴審において、X が C に 2000 万円支払うことをもって和解が成立した。

(3) 類似事例として、弁護士Xが作成に関与し当初病床であったAの遺言公正証書につき、

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その有効性が1審で否定され、高裁で逆転し、 高裁で確定したため、事なきを得た事

例が存在する。

この種の訴訟増加の現状からすると、後日の紛争を回避するための業務執行(当事者

の意思確認等)は重要なことである。

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受任事務の範囲を誤信した事例

1 事案の概要

弁護士 X は、請求者 A(債権者)の債務者の対する貸金債権 3000 万円の回収を依頼され、

債務者の高度障害生命保険金請求権(2500 万円)の仮差押を受任し手続したものの、高

度障害保険金を請求する旨の意思表示をしないまま債務者が死亡したことにより、A か

ら債務者の生存中に債権者代位権に基づく上記保険金請求を行わなかったことによる

損害を被ったとして損賠請求された。

2 保険請求の概要

相手方の請求金額 2500 万円

責任の有無 有

保険金支払の有無 有

支払保険金額 1500 万円

3 問題点

本件事案は仮差押の決定を得るという委任事務処理にあたり、弁護士が債権者代位権

の行使の可能性を説明、助言する職務までもおっていたかという委任事務の範囲の問題

である。

そして、第1審判決は「弁護士 X は、債務者が死亡した場合に高度障害保険金請求権

を保全するための手段をとるという委任事務処理にあたり、高度障害保険金請求権を保

全するための手段について事実調査を行う職務を負っていたにもかかわらず、これを怠

り、その結果、債権者代位権の行使について助言すべき事務を負っていたにもかかわら

ず、これを怠ったものと認められる。

したがって、弁護士 X は委任者としての善管注意義務に違反したものであり、委任契

約の債務不履行責任は免れないと解すべきである。

弁護士 X が、A の代理人として、内容証明郵便において、債権者代位権を行使して、

本件保険契約に基づく高度障害保険金を請求していれば、A は、本件貸金のうち、少な

くとも本件仮差押えの効力が及びんでいた 2500 万円の範囲については、高度障害保険

金から弁済を受けることができた蓋然性が高いのに対し、弁護士 X が A の代理人として

右債権者代位権の行使をしなかったために、債務者の死亡によって、高度障害保険金請

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求権が消滅し、債務者の相続人も相続を放棄したため、本件貸金の回収が不可能のなっ

たのであるから、2500 万円については、弁護士 X の債務不履行と相当因果関係のある損

害であると認められる。」とした。しかして、控訴審において、高度障害保険金額、各

債権者への配当及び過失相殺を考慮して保険金の支払額は金 1500 万円となった。

本件事案は、直接的には弁護士の受任事務の範囲における善管注意義務違反の1例で

あるが、ともすると保険約款等の保険実務に疎い弁護士の調査、説明義務違反を指摘さ

れた貴重な事例といえる。

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示談の相手になりすました第三者との間で示談書を締結してしまった事例

1 事案の概要

弁護士 X は、A が起こした交通事故について、被害者 B との間での示談交渉を受任し、

数度にわたり B に対し受任通知や示談書案を送付したが連絡がなかったため、平成 2 年

4 月 23 日に、再度、内容証明郵便にて示談のため協議を求める旨の通知を発送したが、

不在で返送されたため、さらに同内容の書面を同年 5 月 7 日に普通郵便にて送付し、同

月 11 日には、示談書案を普通郵便にて送付したところ、同月 25 日に B の署名、捺印、

振込口座の記載がある示談書が送付された。X は、その示談書を A の契約する損保会社

である Y に送付し、Y より示談書記載の口座に保険金 110 万 6,230 円の送金がなされた。

その後、同年 6 月 4 日になって、Y からの保険金支払通知を受領した B から、示談した

事実がなく、保険金も受け取っていないとの連絡が入り、B を詐称する C(氏名不詳)

が保険金を詐取したことが判明した。

その後、X は B との間で交渉を続けたが、平成 4 年 12 月 8 日、B との間で上記 110 万

6,230 円を支払う示談をなし、Y 保険会社が上記金額の支払をなしたが、Y から二重払い

となった分の金額の請求を受けた。

2 保険請求の概要

支払保険金額は、110 万 6,230 円であった。

3 問題点

本件 X は、示談交渉にあたって C と郵便でやりとりをするにあたって、事故の当事者

かどうかの確認を十分に行っていなかったことに過失がある。当事者であると詐称して

示談書を送ってきた者に対する弁済が有効(民法 478 条)になるためには、弁済者が善

意・無過失であることが必要であるが、本件 X は、電話も含めて C と接触したことがな

く、また示談書押捺の印鑑に関する印鑑証明書の添付も要求しなかったこと等からみて、

X に過失があり、弁済は有効とはならないと解される。

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送金先を記載した偽造書類に従い、本人に無関係の送金先に送金してしまった事例

1 事案の概要

弁護士 X は、A 他 4 名から、遺産分割協議に基づき相続する預貯金の換価手続と分配

金の送金手続の依頼を受け、換価手続を経て、平成 4 年 5 月 10 日頃、A らに対し、一人

あたりの分配金に関する説明書と分配金の送金により遺産分割手続が終了することの

同意並びに振込先金融機関指定のための「同意書」と題する返送用文書を郵送した。

そして、同年 5 月 14 日付で、A 名義の同意書が返送され、それに振込先金融機関が記

載されていたので、同年 5 月 18 日、A の分配金を、その金融機関宛に振込送金した。

しかるに、後日、A 名義の同意書は、何者かが偽造したものであり、A とは無関係の振

込先金融機関を記載したものであることが判明し、A の分配金は、何者かに詐取されて

しまった。

この結果、A から、分配金(232 万円)相当の損害賠償を請求された。しかし、X の責

任は否定された。

2 保険請求の概要

X の責任はなく、損害賠償責任も否定されたため、保険金の支払いもなされていない。

3 問題点

本件では、同意書に遺産分割協議書に使用した A の実印を押印させるべきであった(返

送された A 名義の同意書には押印がなかった。)、普通郵便ではなく、他の手段を採用す

るべきであったとか、X の手続処理には慎重さを欠いたとの評価をなしうるが、弁護士

の通常の業務の水準から逸脱しているとはいえないので、X には過失がなかったと認め

られ、免責されるべきものと判断された。

なお、X は、A に対し、同意書を普通郵便で送ったことや、A 名義の同意書の真偽を実印

によって確認していない等の点を考慮し、A に迷惑をかけたくないとの判断から、分配金

全額を支払った。X の任意による支払であるため、保険金の支払いはされていない。

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裁判上の和解を成立させるに当たり、本人への報告と意思確認を怠った事例

1 事案の概要

弁護士 X は、昭和 59 年 12 月、A の相続人である E・B・C の 3 名から損害賠償請求訴

訟(A の借入金につき D が物上保証債務の履行をしたことによる総額 9,000 万円の損害

賠償)の被告訴訟代理を依頼され、平成 2 年 4 月 10 日、原告 D との間で、E・B・C3 名

が連帯して 1,950 万円を同年 4 月末日限り支払うとの和解を成立させたところ、訴訟の

進行について X と相談をし、上記和解を成立させる際には和解金全額の負担を約束して

いた C が行方不明となってしまい、期日に和解金の支払ができなかったため、D は、連

帯債務者である E・B に対して和解金の支払を求めた。

E は、訴訟の進行状況はもとより、和解の成立についても事前事後の報告がなかった

として、X の責任を追及した。

2 保険請求の概要

E は X に対し、1,950 万円の損害賠償請求をしたが、X の責任は否定され、よって、保険

金の支払いもなされていない。

3 問題点

訴訟代理を受任した弁護士は、善管注意義務として、訴訟上の和解を成立させるにあ

たり、事前に和解案の内容を本人に説明して了解を得るようにし、和解が成立した後に

おいても和解の内容を報告する義務があるというべきである。X は、訴訟の進行及び和

解の成立につき長男の C とのみ相談をして、E に対しては何らの連絡をしていなかった

のであるから、上記義務違反があり、過失があるといわざるを得ない。

しかし、本件和解金額は、Y 一人に対する請求額(2,242 万円)よりも少ないうえ、本

件訴訟をこのまま続けて Y が勝訴する見込みも薄く、またこれ以上有利な和解ができる

可能性も少ないと認められる。

したがって、弁護士 X には、過失があるものの、E に具体的な損害が生じたとは認め

られないから、損害賠償責任は否定された。

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弁論要旨等の送付先を誤った事例

1 事案の概要

弁護士 X は、覚醒剤取締法違反被告事件の国選弁護を受任し、弁論終了後に弁論要旨

と診断書を Aに送付するところ誤って Aと敵対関係のある Aの元夫に送付してしまった。

弁論要旨には、覚醒剤の入手ルートである暴力団関係者の名前も出ており、そのため A

はその暴力団関係者から脅迫を受けることになってしまった。

弁護士 X は、A に対して引越費用及び慰謝料として損害賠償金 60 万円を支払った。

2 保険請求の概要

相手方の請求金額 60 万円

保険金請求額 60 万円

責任の有無 有

支払保険金額 30 万円

3 問題点

弁護士 X のケアレスミスにより発生したもの。充分に相関関係を把握のうえ、注意を

払って対応していれば防ぐことができた事案で、弁護士 X に過失があることは否めない。

損害額全額の認定となった。

弁護士 X の過失の存在及び過失行為と損害額の因果関係も認められると思われる。

弁護士 X 自身、A に対し速やかに善処し、A の損害を合理的な範囲で A と協議ができ

たことが弁護士賠償責任保険による速やかな解決につながったものである。

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Ⅱ 期限徒過に関する事例

上告理由書の提出期間を徒過した事例

1 事案の概要

弁護士Xは、Aの依頼により、連帯保証債務不存在確認請求訴訟を提起し、一審で

勝訴したが、二審で逆転敗訴したため、上告したところ、上告理由書を提出期限内に

提出しなかったことから、上告は却下されてしまった。

2 保険請求の概要

被害者の請求金額 具体的金額の提示なし

保険金請求額 具体的金額の提示なし

責任の有無 有

保険金支払の有無 有

支払保険金額 50万円

3 問題点

上訴期限の徒過においては、損害の有無・損害額の算定につき困難な問題がある。

弁護士賠償責任保険審査会では,具体的な事件について具体的な上訴審における逆

転の可能性を勘案して賠償額を算定するよう努めているとのことであるが,上訴審に

おける逆転の可能性があったか、可能性があったとしてどれくらいの割合かといった

ことを認定することは極めて困難である。

そのため、実際の保険の運用上は、いわゆる期待権の侵害に対する慰謝料的な損害

として、ある程度、同種事案ごとに定額化された保険金(10万円ないし50万円程

度)を支払うことで処理されている。

本件では、一審でAが全面勝訴しているという事情などから、上告期限の徒過事例

においては比較的高額の50万円が保険金として支払われた。

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遺留分減殺請求権の時効期間を徒過した事例

1 事案の概要

弁護士 X は、C から、C の亡夫の A の相続につき、相談を受けた。A は B と戸籍上婚姻し

ており、全財産を B に遺贈する旨の遺言が存在した。しかし、C によれば、C と A の離婚届

は偽造されたもので、実際には、C は A とは離婚していないとのことであった。そこで、X

は C と A との離婚無効確認請求訴訟を提起し、これに勝訴することができた。

ところが、X は C の代理人として、B に対し遺留分減殺請求権を行使することを失念し

てしまっていたため、1年の事項期間が徒過し、結局、C は、A の遺産から何も受け取るこ

とができなかった。

2 保険請求の概要

相手方の請求金額 500 万円

保険金請求額 500 万円

責任の有無 有

支払保険金額 500 万円

X は保険会社の事前承認を得た上で、C と 500 万円の支払をもって、示談し、本件は

解決した。

3 問題点

X は、C の訴訟代理人として、B に対し訴訟を提起し、A の遺言無効、C による遺留分減

殺請求の黙示の意思表示があった事実、減殺請求の時効起算点(起算点を遅らすべき)等

につき主張したが、いずれも却けられた。

因みに、判例は、遺留分権利者が、減殺すべき贈与の無効を訴訟上主張しても、被相続

人の財産のほとんど全部が贈与されたことを認識していたときは、その無効を信じていた

ため減殺請求を行使しなかったことにもっともと認められる特段の事情のない限り、右贈

与が減殺できることを知っていたと推認するのが相当であるとしている( 高裁昭和 57

年 11 月 12 日判決・民集 36 巻 11 号 2193 頁)。

それゆえ予備的にでも遺留分減殺請求を行っておくべきであろう。

実務上は、たとえば過失相殺の主張のように、それをすることによって、無過失の主張

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が弱まることをおそれたり、依頼者の強い希望によって、それを敢えて行わないことがあ

る。

遺言無効を争っている時に、遺留分減殺請求権を行使することに、訴訟戦略上躊躇があ

ったり、依頼者から無効主張 1 本でいって欲しいと注文されたりする。

こうした場合、説明義務が完全に履行されればともかく、弁護士の責任が完全に否定

されることは無理である。後に弁護士に責任を追及しない旨の書面をとっておく等は、し

ておくべきでないか。

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Ⅲ 任務懈怠に関する事例

手形要件充足の調査が不十分であるとして訴訟提起された事例

1 事案の概要

弁護士Xは、請求者Aから、B振出・A裏書で額面金額2億円の約束手形に関する

訴訟代理を依頼され、原告Cとの間に4000万円を支払うことで和解を成立させた

ところ、後日、Cが手形を交換に回した際には、受取人欄が白地であったため、Aの

遡及義務は消滅していたことが判明した。この点、受取人欄の補充の有無について、

Xは、銀行に電話した結果、口頭にて補充されている旨の回答を得ているが、弁護士

照会等の文書による調査は行っていなかった。

また、Aは、本件に絡んで、D振出・E裏書の約束手形をXに委託していたが、X

は、満期において、この手形を交換に回していなかった。

そこで、Aは、Xに対し、4000万円の上記和解金等を損害として合計5000

万円の支払を求めて賠償請求訴訟を提起した。

2 保険請求の概要

被害者の請求金額 5000万円

保険金請求額 具体的金額の提示なし

責任の有無 有

保険金支払いの有無 有

支払保険金額 1300万円の一部

3 問題点

1審判決は、手形要件充足の調査の点につき、「弁護士が委任事務を遂行するにあた

り、いかなる方法によってこれを達成するかについては、事案に応じ、弁護士の裁量

により定まるものと解するのが相当である」と判示して、Xに任務懈怠はないとした。

また、預託された手形についても、「適切な書留等までを依頼した事実はこれを認め

るに足りない」とし、Aの請求を棄却した。その後、控訴され、結局、XがAに13

00万円の和解金を支払うことで解決し、保険金は、和解金1300万円の一部につ

き支払われた。

弁護士は依頼者に対し報告義務を負っていることからすれば、委任事務遂行の際に

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は、依頼者に対し説明を尽くすべきである。

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破産管財人が交付要求を失念して配当手続が終了した事例

1 事例の概要

弁護士 X は、A 株式会社の破産管財人として、職務執行中、B 労働基準局から、A 社の

滞納保険料について適法に交付要求を受けていたにもかかわらず、これを失念したまま

配当手続を終了させてしまった。

その後間もなく、X は B 労働基準局から交付要求に関する照会を受け、本件事故が発

覚した。

なお、本事例は、平成 16 年の約款改定前のものである。

2 保険請求の概要

相手方の請求金額 1450 万円

保険金請求額 145 万円

責任の有無 有

支払保険金額 145 万円

X は、B と交渉し、交付要求額の 10 分の 1 の金額を賠償することで示談し、同額が、X

に保険金として支払われた。

3 問題点

破産管財人は、破産法 164 条により、利害関係人に対し損害賠償責任を負担するが、

配当に関わる過誤については、次のとおり、種々の問題が提起されている。

まず、損害の有無に関し、配当は錯誤によるものであるから無効であり、配当を受け

た債権者から返還を受けるべきであって、損害が発生したといえないのではないか。

つぎに、損害賠償額に関し、相手方にも配当公告に対し意義を述べなかった等の過失

があり、過失相殺されるべきではないか。

さらに、支払保険金額に関し、破産管財人の報酬は、通常、ミスのないことを前提と

して支払われているところ、ミスが明らかとなっていれば、相当額の減額をされたと思

われるから、破産管財人にはいわば利得が生じており、一種の損益相殺により、支払保

険金額は減額されるべきではないか。

その他に様々な問題が議論されている。

こうしたことから、相手方の請求金額から相当額を減額した上での示談や支払保険金

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額につき相当額の減額をなすという運用がなされてきた。

なお、破産管財人の中には、事故を起こし保険金請求を行う被保険者がいるようであ

るが、こうした事実を裁判所に知らせる適当な制度がないことも問題となっている。

これらのことを踏まえて、破産管財業務については、報酬額の 50%を免責とすること

などの約款改定がなされた。

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仮執行宣言に対する執行停止手続の説明をしなかった事例

1 事案の概要

弁護士 X は、商品先物取引会社 A を原告とする差損金請求事件の被告 B から右訴訟の委

任を受けたが、1・2 審とも全面敗訴し、判決には仮執行宣言が付されていた。

X は、1 審判決後、B に仮執行宣言の意味を説明したが、B が、自己所有の不動産に十分

担保がついており差押を受けても取られることがない旨述べたので、執行停止決定を得て

おく必要はないと判断し、執行停止手続の説明をしなかった。

ところが、A は、2 審判決後、B の不動産を差し押さえ、これを知った B 経営の会社の取

引銀行が取引を停止したため、困惑した B は、訴訟外で A と和解し、高利貸金業者から金

員を借りて和解金を支払った。なお、B が差し押さえた不動産は、B が 1 審判決後に取得し

たもので、X は差押がなされるまでその存在を知らなかった。

B は、損害賠償として、①借入金の金利と利息制限法による金利の差額、②銀行取引停

止についての慰謝料を請求した。

2 保険請求の要旨

B は合計 600 万円の損害賠償を請求したが、結局、X には責任がないと判断され、保険金

は支払われなかった。

3 問題点

弁護士は、依頼者に対し、善管注意義務として、事件に関し適切な助言をすべき義務を

負っているところ、B は、その 1 審判決後の言動からして、仮執行宣言や執行停止につい

て相当の知識を有しており、X が執行停止の手続の説明をしてもこれを依頼しなかったで

あろうと考えられ、また、差押がなされるまでXはその不動産の存在を知らなかったこと

も併せ考えると、X に、2 審判決後の A の差押を予見し、執行停止について助言すべき義務

があったとまでは言えないであろう。また、控訴審判決後の執行停止が認められるには、

償うことのできない損害が生ずることを疎明しなければならず(民訴法 403 条 1 項 2 号)、

実際にも、執行停止が認められることは稀であることから、仮に X が説明をしたとしても

差押を免れる可能性は低く、損害との因果関係は否定されると思われる。

したがって、本件では、X の B に対する損害賠償義務はないと思われるが、当然ながら、

敗訴の場合に依頼者に及ぶ不利益は重大なものであるから、依頼者に対する説明には、よ

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り一層の注意を払うべきであろう。

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執行手続において配当要求を失念した事例について

1 事案の概要

弁護士Xは、Aから、債務者Bの不動産競売手続において配当要求をするよう依頼

を受けたが、多忙のため、配当要求することを失念してしまった。そのため、Aは配

当を受けることが出来ず、結局、Bから弁済を受けられなかった。

2 保険請求の概要

被害者の請求金額 310万円

保険金請求額 310万円

責任の有無 有

保険金支払の有無 有

支払保険金額 300万円

3 問題点

本件被害者の請求金額は、AのBに対する債権額にAの配当要求がなされてい

ない状態での配当率を乗じたものであるが、仮にAが配当要求をしていたならば、そ

の配当率は当初の配当率より若干低下することになるため、Aの損害額は、正確には、

Aが配当要求していた場合の配当率によるべきことになる。

その結果、Aの損害額は310万円ではなく、300万円ということになり、債務

者Bに他に財産がないことを確認した上で、上記保険金が支払われた。

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Ⅳ 法律解釈の誤りに関する事例

少年審判事件において抗告申立書に抗告趣意の記載を欠いたまま公告期間を経過した事例

1事案の概要

弁護士Xは、少年Aの少年審判事件を受任し、家庭裁判所の保護処分決定を不服と

して抗告を申し立てたが、その際、抗告の趣意については、「追って」主張するとし

ていたところ、抗告提起期間内に抗告の趣意が明示されなかったとして、抗告を却下

されてしまった。X は、少年審判においても、刑事訴訟において、控訴申立後に控訴

趣意書の差出し 終日が指定されるのと同様であると誤解していた。

2 保険請求の概要

被害者の請求金額 30万円

保険金請求額 30万円

責任の有無 有

保険金支払いの有無 有

支払保険金額 10万円

3 問題点

Xは、Aと損害賠償金30万円で示談したが、保険会社に対する事故報告前になし

たいわゆる無承認示談であった。賠償責任保険普通保険約款16条1項4号・2項は、

被保険者が示談をなすには、あらかじめ保険会社の承認を得るものとし、正当な理由

無くこれに違反したときは、保険会社が損害賠償責任がないと認めた部分を控除して、

支払保険金額を決定するものとしている。本件においては、抗告が容れられる可能性

等を勘案の上、保険金として10万円が支払われることとなった。

本件は、少年審判手続の基礎的な点についての誤解であり、誤解したことにつき釈

明の余地はないだろう。弁護士が、このような基本的な法律知識・解釈について網羅

しておくべきことは当然であり、そのような誤解により依頼者に不利益を蒙らせてし

まった場合には、損害賠償責任を負わざるを得ない。

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法律相談において法的判断を誤った事例

1 事案の概要

弁護士 X は、不動産の売主 B から、手付倍返しによる売買契約の解約が可能か否かの法

律相談を受けたが、「契約ノ履行ノ着手」前であるから解約は可能であると説明し、昭和

63 年 4 月、B の代理人として買主である A に対し、解約申入れをした。

しかし、買主 A は既に本件不動産を他に転売し、その賃借人に対しても明渡交渉に着手

していたので、「契約ノ履行ノ着手」があったことは明白であった。

そこで、買主 B は X に対し、昭和 63 年 6 月、転売利益相当額の損害賠償(3,800 万円)

を求めて訴訟を提起したところ、裁判所は強力に和解勧告を行い、X は B に対し、3,800

万円を支払った。

2 保険請求の概要

支払保険金額は、1,929 万 3,315 円であった。

3 問題点

本件は事実関係を詳細に聴取し、判例などを調査すれば、売買契約の相手方が民法 557

条第 1 項の「契約ノ履行ノ着手」をしていることは明白になった事案である。にもかかわ

らず、「契約ノ履行ノ着手」がないとして、手付倍返しによる解約が可能と判断した弁護士

には、過失があることは明らかである。支払保険金額は、弁護士 X が賠償した金額の約 50%

であった。

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差押の効力に対する誤解により執行不能となった事例

1 事案の概要

弁護士 X は、B から依頼されて債務者 A に対して不動産仮差押の執行を行ったところ、

昭和 63 年 6 月、A は約 250 万円を供託して執行処分の取消決定を得た。そして、B は、A

を被告として本案訴訟を提起したが、1 審判決は約 40 万円の仮執行付勝訴判決を得るに止

まった。

そこで、B は控訴するとともに、平成 3 年 10 月、A の上記供託金につき債権差押転付命

令を得て約 40 万円の金員を取得した。しかし、平成 5 年 3 月、控訴審で全部勝訴の判決を

得たにもかかわらず、その時には A は既に残りの供託金を取り戻していたため、B の有す

る約 210 万円の債権については執行不能となってしまった。

そのため、X は、B から執行不能となった債権相当額の損害を請求された。

2 保険請求の概要

X の責任が認められ、216 万 4,256 円の B の請求額全額が認められた。

3 問題点

執行債権全額の転付命令が発令されたときは、残部の差押は解除されたものとみなされ

るが(注解民事執行法(4)186 頁)、X は、40 万円の債権差押命令を得ただけでは残部の差

押の効力は消滅しないと誤信し、高裁における和解勧告のときに初めてこの問題を知った。

しかし、そのときには債務者である B は、既に残りの供託金を取り戻し、かつ、その所

有不動産を売却して倒産状態にあったことから、事実上、債権の回収は不能となった。

本件は、X の法律の不知によって、B の債権回収が不能となったと認められ、X の責任が

肯定された事例であるが、法の不知が債権の回収不能にほぼ直結しており、精通義務違反

に問われるのはしかたのないことであろう。

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民事再生法により債権届出期間内の相殺を看過した事例

1 事案の概要

弁護士 X は、請求者Aから再生会社に対する相談を受けたが、その際に誤って再生届出

期間内に発生した支払債務(12,075,000 円)と再生会社への債権(11,224,500 円)が相殺

できる旨説明し、かつ届出期間内に相殺適状にあればよいと誤信し、届出期間経過後に相

殺通知をした。其の後、上記相殺については、再生会社申立代理人との交渉において、

3,039,645 円についてのみ相殺が認められ、弁護士 X は Y から損害賠償を請求された。

Y が主張した損害は、上記の誤った説明により、工事注文を取り消さずに 750 万円の債

務を発生させたが、同債務につき相殺が制限されるのであれば、注文を取り消し Y で工事

すれば半額(3,670,000 円)の支払いで済んだこと、上記 3,039,645 円についても再生手

続開始前に発生した債務のみ相殺できるとの説明を受けていれば、弁護士 X に 450 万円と

回答していたことにより、合計 514 万円の損害被ったとした。

2 保険請求の概要

相手方の請求金額 5,140,000 円

責任の有無 有

保険金支払の有無 有

払保険金額 2,042,330 円

3 問題点

本事案は、弁護士の説明義務違反の典型事例でもあり、弁護士 X の過失は明らかであ

る。

即ち、①X が再生債権と相殺できる債務を、再生債権届出期間迄に発生した債務であ

ると誤信したこと(民事再生法 93 条)、②相殺適状に達しておれば、相殺通知が届出期

間以降でもよいと誤信したこと(民事再生法 92 条)に過失がある。

審査会では Y の損害の範囲が問題となり、①X が Y に対して正しい説明等をしたこと

による Y の不利益から誤った説明等をしたことによる Y の不利益を差し引いた損害、②

X が誤った説明等によって、Y が再生会社に発注したことによる損害(利益率 10%)の合計

額(2,042,330 円)によることとなった。

本件事案は同種事例における保険金支払基準の参考例でもある。

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Ⅴ 税務代理等に関する事例

消費税簡易課税制度選択不適用の届出を怠った事例

1 事案の概要

弁護士Xは、以前より、A株式会社の税務代理を行っており、消費税の簡易課税制

度を選択していたが、一般課税制度によった方が、Aにとって有利な状況となった。

ところが、Xが消費税簡易課税制度不適用の届出を怠ったため、Aは過大納付となっ

てしまった。

2 保険請求の概要

被害者の請求金額 40万円

保険金請求額 40万円

責任の有無 有

保険金支払の有無 有

支払保険金額 40万円

3問題点

消費税法37条1項を根拠とする簡易課税制度を選択するか否かの問題である。な

お、弁護士法3条2項は、「弁護士は、当然、弁護士及び税理士の事務を行うことがで

きる」と定めているので、税務代理に関しても本保険の対象となる。

消費税の過大納付額については、それが経費算入され法人税・地方税が減額となる

場合があるので、回復額(法人税・地方税の減額分)を消費税の過大納付額から控除

したものが本来損害額となる。

もっとも、本件では、回復が見込めないため、過大納付額全額が損害となり、損害

額が保険金として支払われた。

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Ⅵ 受託物補償の事例

依頼者からの預かり金を盗難された事例

1 事案の概要

弁護士Xは、Aほか各依頼者から実費等として預かっていた現金を依頼者ごとにそ

れぞれ封筒に入れ、事務所内の机の引出に鍵を掛けず保管していたが、深夜、事務所

玄関の施錠を破って、事務所内に侵入され、それら封筒に入った現金を盗難された。

2 保険請求の概要

被害者の請求金額 85万円

保険金請求額 85万円

責任の有無 有

保険金支払の有無 有

支払保険金額 85万円

3 問題点

弁護士特約条項3条3号は,受託物に関する賠償責任を免責としているが,弁護士

事務所受託物補償プラン(施設賠償付)に加入すれば,依頼者からの受託物の盗難等

につき,被保険者が法律上の賠償責任を負担することによって被る損害がてん補され

ることになる。

この点,実費等の預かり金の返還債務等は元来被保険者が負担しているもので損害

賠償債務ではなく,何ら本保険の対象とならないとも考えられるが,金銭といえども,

特定物に準じて扱うことができる場合には,保険金の支払が可能であると考えられる。

なお,保険金額算定にあたり,被保険者の過失も考慮されるため,預り金の保管に

ついては,注意が必要である。

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Ⅶ 保険約款をめぐる諸問題

特約条項 3 条 1 号の認識ある過失事例

1 事例の概要

弁護士 X は、金銭消費貸借契約の貸主である事件の相手方 A から、依頼者 B が A に担

保として差し入れていた株券の返還を受け、紛争が解決するまで A・B 双方のためにこ

れを預かることとなった。

ところが、X は、B から上記株券を一時的に借り受けたい旨の申出を受け、これを交付

してしまった。

結局、B は Y に株金を返さなかったため、Y は、A から、損害賠償請求を受けた。

2 保険請求の概要

相手方の請求金額 5000 万円

保険金請求額 5000 万円

責任の有無 審査せず

支払保険金額 0 円

3 問題点

(1) 弁護士特約条項 3 条 1 号後段は、「他人に損害を与えるべきことを予見しながら行っ

た行為(不作為を含みます。)に起因する損害責任を免責としている。

「他人の損害を与えるべきことを予見しながら行った行為」については、「認識ある過

失」とほぼ同義に解釈されている。判例は、この点につき、他人に損害を与えるべきこ

とを予測し、かつこれを回避すべき手段があることを認識しつつ、回避すべき手段を講

じないという消極的な意思作用に基づく行為を意味すると判示している。(東京高裁平

成 10 年 6 月 23 日判決・金融・商事判例 1049 号 44 頁)。

また、本免責条項の適用にあたっては、保険金を支払うことが弁護士の倫理観に照ら

して是認されるものか否かという実質的観点も重要であろう。

(2) 本事案では、依頼者 B の言を軽信し、相手方 A のためにも預託を受けている担保物を

依頼者 B に渡してしまうなどということは、弁護士の倫理として許されず、故意免責と

なるか、少なくとも認識ある過失として免責にすべきであると判断された。