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68. CD47-SIRPα 系の生理機能と病態 的崎 Key words:CD47,SIRPα,細胞間シグナル,神経, 免疫 神戸大学 大学院医学研究科 生化学・ 分子生物学講座 シグナル統合学分野 細胞間シグナル伝達システム CD47-SIRPα (signal regulatory protein α) は,1回膜貫通型のレセプター型分子であ る SIRPα と,その細胞外領域の生理的なリガンドである5回膜貫通型分子である CD47 により構成される 1) .SIRPα と CD47 は共に,各々の細胞外ドメインが相互作用することにより,双方向性にシグナルを伝えると想定している.また,SIRPα の機能 には,SIRPα の細胞内ドメインのチロシンリン酸化が重要であり,その結果,チロシンホスファターゼである SHP-2 あるいは SHP-1 が結合し SIRPα の下流シグナルとして機能する.CD47 と SIRPα は共に中枢神経系に高度に発現するが 2) ,著者 は,CD47 あるいは SIRPα の遺伝子破壊(KO)マウスが共に,うつ行動のモデルである強制水泳テスト (Forced Swim Test: FST) において強いうつ傾向を示すことを見出している 3) .さらに,FS ストレスにより脳内 SIRPα の細胞内ドメインが強くチロシ ンリン酸化されることを明らかにした.従って,CD47-SIRPα 系は,中枢神経系においてストレス応答やうつ状態の制御に関与 している可能性が高い.一方,免疫系においては,SIRPα は樹状細胞 (DC) やマクロファージなどの骨髄系細胞にも強く発現 する 1) SIRPα KO マウスの解析により,SIRPα は DC の恒常性に重要であることを明らかにしている 4) .また,CD47- SIRPα 系は,自己免疫疾患モデル発症に重要であるとされる Th17 細胞の誘導にも重要であることを見出している 5,6) .そこ で,本研究では,CD47-SIRPα 系の生理機能と病態への関与につき,神経系および免疫系においてさらに詳細に解析した. 方法、結果および考察 1.低温ストレスによる SIRPα のチロシンリン酸化 7) FS ストレスにより,脳内 SIRPα のチロシンリン酸化が増強する.本研究では,FS が生体に与える様々な刺激の中で,どの ような入力が SIRPα のチロシンリン酸化を誘導するストレスとなっているかを検討した.FS では水への不快感,溺れる恐怖, 体温低下などがストレスとなると考えられる.そこで,水温を変えた FS 刺激に対する SIRPα のチロシンリン酸化を脳組織で検 討したところ,FS によるSIRPα のチロシンリン酸化誘導は,23℃の水温下において強く誘導されることを明らかにした(図1). また,23℃の水温下での FS により,体温の明らかな低下を観察した.さらに,体温低下を伴う低温下での浸水のみで, SIRPα のチロシンリン酸化が誘導された.ピクロトキシンやエタノールの腹腔内注射によって薬理的に誘導される低体温状態に おいても,脳内SIRPα のチロシンリン酸化が誘導されることが分かった(図2). さらに,培養海馬神経細胞においても,低温により SIRPα のチロシンリン酸化が誘導された(図3).SIRPα は FS テストに おける無動行動の制御に関わることから,SIRPα のチロシンリン酸化は,低温ストレスが脳組織に引き起こす変化に応じて,神 経機能を制御する役割を果たす可能性が想定される 7) 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012) 1

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68. CD47-SIRPα 系の生理機能と病態

的崎 尚

Key words:CD47,SIRPα,細胞間シグナル,神経, 免疫

神戸大学 大学院医学研究科 生化学・分子生物学講座 シグナル統合学分野

緒 言

 細胞間シグナル伝達システム CD47-SIRPα (signal regulatory protein α) は,1回膜貫通型のレセプター型分子である SIRPα と,その細胞外領域の生理的なリガンドである5回膜貫通型分子である CD47 により構成される 1).SIRPα と CD47は共に,各々の細胞外ドメインが相互作用することにより,双方向性にシグナルを伝えると想定している.また,SIRPα の機能には,SIRPα の細胞内ドメインのチロシンリン酸化が重要であり,その結果,チロシンホスファターゼである SHP-2 あるいはSHP-1 が結合し SIRPα の下流シグナルとして機能する.CD47 と SIRPα は共に中枢神経系に高度に発現するが 2),著者は,CD47 あるいは SIRPα の遺伝子破壊(KO)マウスが共に,うつ行動のモデルである強制水泳テスト (Forced Swim Test:FST) において強いうつ傾向を示すことを見出している 3).さらに,FS ストレスにより脳内 SIRPα の細胞内ドメインが強くチロシンリン酸化されることを明らかにした.従って,CD47-SIRPα 系は,中枢神経系においてストレス応答やうつ状態の制御に関与している可能性が高い.一方,免疫系においては,SIRPα は樹状細胞 (DC) やマクロファージなどの骨髄系細胞にも強く発現する 1).SIRPα KO マウスの解析により,SIRPα は DC の恒常性に重要であることを明らかにしている 4).また,CD47-SIRPα 系は,自己免疫疾患モデル発症に重要であるとされる Th17 細胞の誘導にも重要であることを見出している 5,6).そこで,本研究では,CD47-SIRPα 系の生理機能と病態への関与につき,神経系および免疫系においてさらに詳細に解析した.

方法、結果および考察

1.低温ストレスによる SIRPα のチロシンリン酸化 7)

  FS ストレスにより,脳内 SIRPα のチロシンリン酸化が増強する.本研究では,FSが生体に与える様々な刺激の中で,どのような入力が SIRPα のチロシンリン酸化を誘導するストレスとなっているかを検討した.FS では水への不快感,溺れる恐怖,体温低下などがストレスとなると考えられる.そこで,水温を変えた FS 刺激に対する SIRPα のチロシンリン酸化を脳組織で検討したところ,FS による SIRPα のチロシンリン酸化誘導は,23℃の水温下において強く誘導されることを明らかにした(図1). また,23℃の水温下での FS により,体温の明らかな低下を観察した.さらに,体温低下を伴う低温下での浸水のみで,SIRPα のチロシンリン酸化が誘導された.ピクロトキシンやエタノールの腹腔内注射によって薬理的に誘導される低体温状態においても,脳内 SIRPα のチロシンリン酸化が誘導されることが分かった(図2). さらに,培養海馬神経細胞においても,低温により SIRPα のチロシンリン酸化が誘導された(図3).SIRPα は FS テストにおける無動行動の制御に関わることから,SIRPα のチロシンリン酸化は,低温ストレスが脳組織に引き起こす変化に応じて,神経機能を制御する役割を果たす可能性が想定される 7).

 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012)

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 図 1. 低水温下でのマウス強制水泳(FS)に伴う脳内 SIRPα のチロシンリン酸化.

水温を変えた FS 刺激に対する SIRPα のチロシンリン酸化を脳組織で検討したところ,FS による SIRPα のチロシンリン酸化誘導は,23℃の水温下において強く誘導された.

  

 図 2. 薬理的に誘導した低体温状態での脳内 SIRPα のチロシンリン酸化.

ピクロトキシン(A),エタノール(B)をマウスに腹腔注射後,直腸温の低下が起こると同時に脳内 SIRPα のチロシンリン酸化レベルの亢進が認められた.

 

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 図 3. 培養海馬神経細胞における低温刺激に伴う SIRPα のチロシンリン酸化の誘導.

培養海馬神経細胞において培地の温度を低下させたところ SIRPα のチロシンリン酸化が誘導された.  2.CD47-SIRPα 系による T細胞恒常性の制御 8)

 著者はすでに,SIRPα は DC の恒常性に重要であることを明らかにしていた 4).本研究において,SIRPα KOマウスの2次リンパ組織をより詳細に解析したところ,SIRPα KOマウスの脾臓では,Thy1.2 抗体で染色される T細胞領域が顕著に縮小していることが明らかになった(図4).また,この所見に一致して,脾臓における CD4 陽性 T細胞数が減少していた(図4). 一方,B 細胞数には異常を認めなかった.一般的に,2 次リンパ組織における T 細胞の増殖や生存は,非血球側の細胞(主にストローマ細胞)が産生するCCL19,CCL21 などのケモカインや IL-7 などのサイトカイン,および接着因子によって調節維持されていることが知られている.そこで,SIRPα KO マウスの脾臓において CCL19,CCL21,IL-7 の mRNA 発現を検討したところ,これらは全て野生型マウスに比較して顕著に減少していた(図5).また,SIRPα KO マウスにおける CCL19,CCL21 の発現量の減少は,免疫組織染色においても確認された(図5). そこで,同様の変化が CD47 KO マウスにおいても観察されるか否かにつき検討したところ,SIRPα KO マウス同様に T 細胞領域,CD4陽性T細胞数,CCL19,CCL21,ならびに IL-7 の mRNA 発現の全てにおいて,野生型マウスに比較して減少していることが確認された(図6).データーには示さないが,骨髄キメラマウスを用いた実験から,血球に発現する SIRPαが T細胞の恒常性に重要であること,ならびに SIRPα KO マウスでは,CCL19,CCL21 の発現に重要であるとされるリンホトキシンやリンホトキシン β 受容体の発現も低下していることが明らかとなった 8).以上の結果から,CD47-SIRPα 系は,DCのみならず T細胞の恒常性維持にも重要なシグナル系であることが明らかとなった.この制御には,血球細胞に発現する SIRPα が重要であることが示唆されたが,T,B 細胞には SIRPα が発現しないことから,その詳細な分子機構についてさらに検討が必要であると考えられた.

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 図 4. SIRPα KO マウスの脾臓における CD4 陽性 T細胞数の減少.

SIRPα KOマウス(MT)の脾臓では野生型マウス(WT)に比べT細胞領域の減少が認められ(A, B),特にCD4陽性 T細胞数の減少が認められた(C).

 

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 図 5. SIRPα KO マウスの非血球系細胞におけるケモカイン及びサイトカインの産生.

野生型マウス(WT)の脾臓に比べ,SIRPα KOマウス(MT)の脾臓では非血球系細胞から産生されることが知られるケモカイン CCL19,CCL21(A, C),サイトカイン IL-7(B)の発現量の減少が認められた.

 

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 図 6. CD47 KO マウスの脾臓の表現型.

CD47 KO マウスの脾臓では SIRPα KO マウス同様に T 細胞領域(A),CD4 陽性 T 細胞数(B),CCL19,CCL21(C),ならびに IL-7(D)の mRNA 発現の全てにおいて,野生型マウスに比較して減少していることが確認された.

 

共同研究者

本研究の共同研究者は,神戸大学大学院医学研究科の村田陽二である.本稿を終えるにあたり,本研究をご支援いただきました上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げます.

文 献

1) Matozaki, T., Murata, Y., Okazawa, H. & Ohnishi, H. : Functions and molecular mechanisms of theCD47-SIRPα signalling pathway. Trends Cell Biol., 19 : 72-80, 2009.

2) Ohnishi, H., Kaneko, Y., Okazawa, H., Miyashita, M., Sato, R., Hayashi, A., Tada, K., Nagata, S.,Takahashi, M. & Matozaki, T. : Differential localization of Src homology 2 domain-containing proteintyrosine phosphatase substrate-1 and CD47 and its molecular mechanisms in cultured hippocampalneurons. J. Neurosci., 25 : 2702-2711, 2005.

3) Ohnishi, H., Murata, T., Kusakari, S., Hayashi, Y., Takao, K., Maruyama, T., Ago, Y., Koda, K., Jin,F.-J., Okawa, K., Oldenborg, P.-A., Okazawa, H., Murata, Y., Furuya, N., Matsuda, T., Miyakawa, T.

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& Matozaki, T. : Stress-evoked tyrosine phosphorylation of signal regulatory protein α regulatesbehavioral immobility in the forced swim test. J. Neurosci., 30:10472-10483, 2010.

4) Saito, Y., Iwamura, H., Kaneko, T., Ohnishi, H., Murata, Y., Okazawa, H., Kanazawa, Y., Sato-Hashimoto, M., Kobayashi, H., Oldenborg. P.-A., Naito, M., Kaneko, Y., Nojima, Y. & Matozaki, T. :Regulation by SIRPα of dendritic cell homeostasis in lymphoid tissues. Blood, 116 : 3517-3525, 2010.

5) Tomizawa, T., Kaneko, Y., Kaneko, Y., Saito, Y., Ohnishi, H., Okajo, J., Okuzawa, C., Ishikawa-Sekigami, T., Murata, Y., Okazawa, H., Okamoto, K., Nojima, Y. & Matozaki, T. : Resistance toexperimental autoimmune encephalomyelitis and impaired T cell priming by dendritic cells in Srchomology 2 domain-containing protein tyrosine phosphatase substrate-1 mutant mice. J. Immunol.,179 : 869-877, 2007.

6) Okuzawa, C., Kaneko, Y., Murata, Y., Miyake, A., Saito, Y., Okajo, J., Tomizawa, T., Kaneko, Y.,Okazawa, H., Ohnishi, H., Matozaki, T. & Nojima, Y. : Resistance to collagen-induced arthritis inSHPS-1 mutant mice. Biochem. Biophys. Res. Commun., 371 : 561-566, 2008.

7) Maruyama, T., Kusakari, S., Sato-Hashimoto, M., Hayashi, Y., Kotani, T., Murata, Y., Okazawa, H.,Oldenborg, P.-A., Kishi, S., Matozaki, T. & Ohnishi, H. : Hypothermia-induced tyrosinephosphorylation of SIRPα in the brain. J. Neurochem., 121 : 891-902, 2012.

8) Sato-Hashimoto, M., Saito, Y., Ohnishi, H., Iwamura, H., Kanazawa, Y., Kaneko, T., Kusakari, S.,Kotani, T., Mori, M., Murata, Y., Okazawa, H., Ware, C. F., Oldenborg, P.-A., Nojima, Y. & Matozaki,T. : Signal regulatory protein α regulates the homeostasis of T lymphocytes in the spleen. J.Immunol., 187 : 291-297, 2011.

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