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30 2007年11月号 31 2007年11月号 寄  稿 OTC医薬品 再活性化への提言 〈後編〉 ―市場復興のためのマイルストーン― 業界統一の服薬指導ガイド ライン策定を 健康保険によるOTC医薬品の割引購入 制度の導入も不可欠 大幸薬品 副社長 柴田 高 (医師) 前号では、OTC医薬品市場が衰退していったプロセスを、明らかにし てもらった。氏は、OTC医薬品の低迷が医療の崩壊を招いたと指摘しつ つ、OTC市場に大きなダメージを与えた要因として、エビデンスレベル の低い風評が、長年にわたり流布されたことを挙げた。 今号は、そうした背景を踏まえ、市場復興の道筋を明らかにしてもらっ た。筆者は、薬業界が全国統一のOTC医薬品服薬指導ガイドラインを策 定する必要性を説く。同時に、医師や看護師など医療関係者に、OTC医 薬品の社会的役割を強く啓発するべきと、強調している。(本誌編集部) 前編では、一般用医薬品である OTC医薬品の衰退理由と、医療 崩壊を述べました。後編の今号で は、OTC医薬品の本来のあり方 と、OTC復興のためのマイルス トーンを提案します。 もともと、近代医学が発達する までは、病気の治療は対症療法が 主体でした。そして、経験医療と して漢方薬や西洋生薬などのくす りで、治療が行われてきました。 特に感染症では、その原因が明ら かとなった産業革命以降、医学の 急速な発展と共に新たな治療法と しての抗生物質が開発され、多く の感染症患者の命を救いました。 20世紀後半に入って、人類は感 染症の脅威から解放されたかのよ うな感がありましたが、抗生物質 に対抗すべく細菌も進化をとげ、 抗生物質のきかない、MRSA(メ シチリン耐性黄色ブドウ球菌)や、 多剤耐性結核菌まで出てきていま す。しかしながら未だ、風邪など の原因となるウイルス治療薬は開 発途上であり、効果が期待できる 抗ウイルス剤は、リン酸オセルタ ミビルなど、一部にしか過ぎませ ん。 一方、医療が高度化し、あらゆ る医療が提供できるようになった とはいえ、医療の有害事象リスク (6%)や小児の MRSA 保菌頻度 (7%)等など、新たな問題が提起 されています。また、日本国内で は「くすりのリスク」と「医師の 判断にゆだねる」という社会行動 が、さまざまな場面で提唱された ため、OTC医薬品の国民医療費全 体に占める割合が急速に低下し、 医療構造に大きな影響を与えてい ます。 まざまな国で長期間、多くの人々 が使用し明らかな有害事象が極め て少なかったという実績を持ち、 安全性に関する高いエビデンスが 存在します。 「自己判断で」とは「いつでもど こでも」という利便性がある一方、 使用上の責任も伴います。 「経験的 に使用」とは、過去の歴史的な使 用や身近な人々の使用を含めた有 用性の体験があることを示しま す。OTC医薬品はビタミン剤から 頭痛、発熱、腹痛、下痢、便秘な ど対症療法薬まで幅広く存在しま すが、特に対症療法薬に関しては 国民医療の中で大きな社会的使命 を担っています。 医療全体の中で対症療法薬とし ての OTC 医薬品の役割は、直ち に医療機関に委ねることなく、多 くの苦痛や不安をやわらげる重要 な手段、方法になります。診療行為 の中で“診断的治療”や“経過観 察”という言葉がありますが、さ まざまな不快な症状を OTC 対症 療法薬で“様子をみる”という行 動が、医療機関を必要とする人の 絞り込みであるトリアージ機能や フィルター機能を果たし、医療の 健全化をもたらします。 ただ、様子をみることができな い急性重症疾患では、直ちに医療 機関へ受診しなければならない事 には違いはありません。 “OTC 医薬品で様子を見てから 医師の診断を仰ぐ”という行為は、 医師不足の時代では当たりまえの 行動でしたが、いつの間にか忘れ 去られていきました。しかし、あ らゆる医療関係者から「症状が強 くなければ、まず OTC 医薬品で 様子をみてください」という言葉 を常識的に聞くことができれば、 多くの方の不安や苦痛を取り除く ことができ、 「お薬を飲んでも改善 しないので受診しました」という 行動パターンが確立されます。そ して国民医療の一部として、OT C医薬品が本来の役割を果たすこ とにより、医師不足や院内感染、医 療費高騰など多くの問題を打開す る方向へ導くことができるのです。 OTC 復興のためのマイルスト ーンとして、セルフメディケーシ ョンによるセルフ・リスクマネー ジメントをあらゆる健康・医療業 界の人々や有識者が理解し、その 必要性を国民に訴求しなければな りません。訴求項目として、5点 をあげました。 〈OTC復興の訴求ポイント〉 1、健康食品摂取、OTC医薬品使 用、医療用医薬品使用、診療機関 受診、苦痛や不安の放置はすべて リスクを伴う 2、OTC 医薬品と医療用医薬品 では、OTC医薬品の安全性がより 高い 3、OTC 医薬品の多くの副作用 は薬剤アレルギーがほとんどで、 それ以外は使用方法の誤りに起因 することが多い 4、OTC医薬品を使用しても、医 療機関での診断治療に影響を与え ることはない 5、深夜、無医師地域、海外、旅 先あるいは大地震、新型インフル エンザ等の災害により、医療機能 が崩壊した場合には OTC 医薬品 が必要となる これらの内容を一般国民に伝え るためには、大きなハードルがた くさん存在しています。まず現場 の医師、薬剤師の協力が何よりも 必要となります。そして医学界、 薬学会が国民医療の中でOTC医 薬品が本来持つべき存在意義を理 解し、機能させるための議論を深 めていかなければなりません。 国民に対しても、一生涯におけ る苦痛や不安などの個人のリスク を軽減するために、一人ひとりに 合った OTC 医薬品の選び方の理 解を深め、使用体験から自分に使 用できる薬と、その方法を学んで いく“薬育”という概念を普及さ せる必要があります。 対症療法の領域で大きな社会的使命 OTC医薬品の特徴は、「長い間、 自己判断で経験的に使用されてき た医薬品」と、一言で表現するこ とができます。「長い間」とは、さ 薬業界としては、OTC医薬品の 適切な情報提供と、使用用途に関 する統一した服薬指導のガイドラ インを、医師や専門家とともに作 成し、具体的な根拠やその理由を 説明しなければなりません。 このガイドラインでは服薬指導 症候・性別ごとにOTC薬使用判断基準策定を だけではなく症候別、年齢別、性 別、既存疾患別に OTC 医薬品を 組み込んだ、判断基準のフローチ ャートを提示できることが望まれ ます。 たとえば、内視鏡検査等の前投 薬で使用される臭化ブチルスコポ ラミンは緑内障、心疾患、前立腺 肥大では使用禁忌であるため、厳 格な病歴聴取と代替品であるグル カゴンの使用が、臨床現場では行 われています。 一方、同成分含有のロートエキ ス製剤は、添付文書に医師・薬剤 師に相談することと注意書きはあ るものの、既存疾患別の服薬指導 が行われにくい実態があり、この ような問題もガイドラインで改善

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Page 1: 4、OTC医薬品を使用しても、医 OTC医薬品 再活性 …32 2007年11月号 することが可能となります。 さらに、どのような場合に “OTC医薬品で様子を見る”か、

30 2007年11月号 312007年11月号

寄 稿 OTC医薬品 再活性化への提言〈後編〉 ―市場復興のためのマイルストーン―

業界統一の服薬指導ガイド ライン策定を� 健康保険によるOTC医薬品の割引購入 制度の導入も不可欠

大幸薬品 副社長 柴田 高(医師) 前号では、OTC医薬品市場が衰退していったプロセスを、明らかにしてもらった。氏は、OTC医薬品の低迷が医療の崩壊を招いたと指摘しつつ、OTC市場に大きなダメージを与えた要因として、エビデンスレベルの低い風評が、長年にわたり流布されたことを挙げた。 今号は、そうした背景を踏まえ、市場復興の道筋を明らかにしてもらった。筆者は、薬業界が全国統一のOTC医薬品服薬指導ガイドラインを策定する必要性を説く。同時に、医師や看護師など医療関係者に、OTC医薬品の社会的役割を強く啓発するべきと、強調している。�(本誌編集部)

 前編では、一般用医薬品であるOTC医薬品の衰退理由と、医療崩壊を述べました。後編の今号では、OTC医薬品の本来のあり方と、OTC復興のためのマイルストーンを提案します。 もともと、近代医学が発達するまでは、病気の治療は対症療法が主体でした。そして、経験医療として漢方薬や西洋生薬などのくすりで、治療が行われてきました。特に感染症では、その原因が明らかとなった産業革命以降、医学の急速な発展と共に新たな治療法としての抗生物質が開発され、多くの感染症患者の命を救いました。 20世紀後半に入って、人類は感染症の脅威から解放されたかのような感がありましたが、抗生物質に対抗すべく細菌も進化をとげ、抗生物質のきかない、MRSA(メ

シチリン耐性黄色ブドウ球菌)や、多剤耐性結核菌まで出てきています。しかしながら未だ、風邪などの原因となるウイルス治療薬は開発途上であり、効果が期待できる抗ウイルス剤は、リン酸オセルタミビルなど、一部にしか過ぎません。 一方、医療が高度化し、あらゆる医療が提供できるようになったとはいえ、医療の有害事象リスク(6%)や小児のMRSA保菌頻度(7%)等など、新たな問題が提起されています。また、日本国内では「くすりのリスク」と「医師の判断にゆだねる」という社会行動が、さまざまな場面で提唱されたため、OTC医薬品の国民医療費全体に占める割合が急速に低下し、医療構造に大きな影響を与えています。

まざまな国で長期間、多くの人々が使用し明らかな有害事象が極めて少なかったという実績を持ち、安全性に関する高いエビデンスが存在します。 「自己判断で」とは「いつでもどこでも」という利便性がある一方、使用上の責任も伴います。「経験的に使用」とは、過去の歴史的な使用や身近な人々の使用を含めた有用性の体験があることを示します。OTC医薬品はビタミン剤から頭痛、発熱、腹痛、下痢、便秘など対症療法薬まで幅広く存在しますが、特に対症療法薬に関しては国民医療の中で大きな社会的使命を担っています。 医療全体の中で対症療法薬としてのOTC医薬品の役割は、直ちに医療機関に委ねることなく、多くの苦痛や不安をやわらげる重要な手段、方法になります。診療行為の中で“診断的治療”や“経過観察”という言葉がありますが、さまざまな不快な症状をOTC対症療法薬で“様子をみる”という行動が、医療機関を必要とする人の絞り込みであるトリアージ機能やフィルター機能を果たし、医療の健全化をもたらします。 ただ、様子をみることができない急性重症疾患では、直ちに医療機関へ受診しなければならない事には違いはありません。 “OTC医薬品で様子を見てから

医師の診断を仰ぐ”という行為は、医師不足の時代では当たりまえの行動でしたが、いつの間にか忘れ去られていきました。しかし、あらゆる医療関係者から「症状が強くなければ、まずOTC医薬品で様子をみてください」という言葉を常識的に聞くことができれば、多くの方の不安や苦痛を取り除くことができ、「お薬を飲んでも改善しないので受診しました」という行動パターンが確立されます。そして国民医療の一部として、OTC医薬品が本来の役割を果たすことにより、医師不足や院内感染、医療費高騰など多くの問題を打開する方向へ導くことができるのです。 OTC 復興のためのマイルストーンとして、セルフメディケーションによるセルフ・リスクマネージメントをあらゆる健康・医療業界の人々や有識者が理解し、その必要性を国民に訴求しなければなりません。訴求項目として、5点

をあげました。

〈OTC復興の訴求ポイント〉1、健康食品摂取、OTC医薬品使用、医療用医薬品使用、診療機関受診、苦痛や不安の放置はすべてリスクを伴う2、OTC 医薬品と医療用医薬品では、OTC医薬品の安全性がより高い3、OTC 医薬品の多くの副作用は薬剤アレルギーがほとんどで、それ以外は使用方法の誤りに起因することが多い

4、OTC医薬品を使用しても、医療機関での診断治療に影響を与えることはない5、深夜、無医師地域、海外、旅先あるいは大地震、新型インフルエンザ等の災害により、医療機能が崩壊した場合にはOTC医薬品が必要となる

 これらの内容を一般国民に伝えるためには、大きなハードルがたくさん存在しています。まず現場の医師、薬剤師の協力が何よりも必要となります。そして医学界、薬学会が国民医療の中でOTC医薬品が本来持つべき存在意義を理解し、機能させるための議論を深めていかなければなりません。 国民に対しても、一生涯における苦痛や不安などの個人のリスクを軽減するために、一人ひとりに合ったOTC医薬品の選び方の理解を深め、使用体験から自分に使用できる薬と、その方法を学んでいく“薬育”という概念を普及させる必要があります。

対症療法の領域で大きな社会的使命

 OTC医薬品の特徴は、「長い間、自己判断で経験的に使用されてき

た医薬品」と、一言で表現することができます。「長い間」とは、さ

 薬業界としては、OTC医薬品の適切な情報提供と、使用用途に関する統一した服薬指導のガイドラインを、医師や専門家とともに作成し、具体的な根拠やその理由を説明しなければなりません。 このガイドラインでは服薬指導

症候・性別ごとにOTC薬使用判断基準策定を

だけではなく症候別、年齢別、性別、既存疾患別にOTC医薬品を組み込んだ、判断基準のフローチャートを提示できることが望まれます。 たとえば、内視鏡検査等の前投薬で使用される臭化ブチルスコポラミンは緑内障、心疾患、前立腺肥大では使用禁忌であるため、厳格な病歴聴取と代替品であるグルカゴンの使用が、臨床現場では行われています。 一方、同成分含有のロートエキス製剤は、添付文書に医師・薬剤師に相談することと注意書きはあるものの、既存疾患別の服薬指導が行われにくい実態があり、このような問題もガイドラインで改善

Page 2: 4、OTC医薬品を使用しても、医 OTC医薬品 再活性 …32 2007年11月号 することが可能となります。 さらに、どのような場合に “OTC医薬品で様子を見る”か、

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することが可能となります。 さらに、どのような場合に“OTC医薬品で様子を見る”か、また医療機関へ受診すべきかを具体的に明示します。たとえば外傷を例に取ると、擦り傷や打撲ではOTC医薬品で応急処置をし、持続的な強い痛みや深い傷があれば、医療機関へ受診します。誰もが当

たり前に行っていることですが、外傷以外でも同じように、自己判断で“応急処置としてOTC医薬品で様子をみる”という行動の指針を示します。 ただ一方では“漫然とOTC医薬品で様子を見ていた”とはならない判断材料も、示す必要があります。

診断が確定していない段階において、症状緩和目的で使用されます。OTC医薬品の使用において、薬剤師の服薬指導は、正しい自己判断による自己経過観察を行うためには、極めて重要となります。「かかりつけ医」と共に、「かかりつけ薬剤師」という機能が、ここでは求められてくるのです。 OTC医薬品の国民医療における役割を果たすためには、ガイドライン作成だけではなく、以下の2)~6)に示す訴求、教育、採用、常備、導入というハードルがあり、業界をあげた地道な啓発活動が、OTC薬復興には何よりも必要となります。〈OTC復興のためのマイルストーン〉 1)OTC医薬品服薬指導ガイドライン作成 2)医師、看護師、薬剤師、登録販売者等に対するOTC医薬品の訴求 3)医療関係者教育の中でOTC医薬講座としてカリキュラム採用 4)OTC医薬品によるセルフ・リスクマネージメント、薬育という概念の訴求 5)OTC医薬品の職場や教育現場、公共機関等の保健室、そして家庭での常備 6)OTC医薬品の健康保険における割引制度の導入

自己経過観察で重要な「かかりつけ薬剤師」の役割

 医療全体の中でOTC医薬品の果たす役割を示しました(表1)。 国民の体の苦痛や心の不安に対し、OTC医薬品はその苦痛を和

らげ不安を軽減します。さらに、体の異常が軽微なものか、重大なものかの判断材料にも使われます。多くの国民の一時的な苦痛や

不安に対し、OTC医薬品を使用することが、多くの問題を解決に導きます。しかし、OTC医薬品を使用しても症状の悪化や、不安が持続すればOTC医薬品の役割は終了し、次のステップである医療機関への受診が必要となります。 保険医による処方せん薬とOTC医薬品の違いを示しました(表2)。 処方せん薬は医師が病気を診断し、その病名に対し保険診療上認められた医薬品のみが処方され、診断が確定しない場合、原則として治療薬は処方されません。一方、OTC医薬品は

表2 保険医処方薬とOTC医薬品

保険医受診(診断確定)

薬剤師 (かかりつけ機能)

処方せん薬調剤服薬指導

OTC薬服薬指導処方せん発行

苦痛と不安

健康回復と安心

自己経過観察

国民のからだの苦痛と不安

医療機関受診

OTC薬は苦痛と不安を和らげる

表1 OTC医薬品の社会的役割

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