4 ヘリカルctを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルct...

12
ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚血性心疾患の早期発見と対策 研究者(代表者) JR東日本健康推進センター循環器科医長 所長 眞佐子 副所長 みさ子 労働衛生科部長 消化器科担当部長 放射線科医長 医学適性科副医長 -59-

Upload: trinhnguyet

Post on 21-Jan-2019

241 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による

虚血性心疾患の早期発見と対策

研究者(代表者) 石 井 徹 JR東日本健康推進センター循環器科医長

共 同 研 究 者 横 田 和 彦 同 所長

冨 田 眞佐子 同 副所長

笠 井 みさ子 同 労働衛生科部長

吉 野 泉 同 消化器科担当部長

岡 林 賢 同 放射線科医長

柿 沼 充 同 医学適性科副医長

-59-

Page 2: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

-60-

Page 3: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

ヘリカル CT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター 石井 徹、柿沼 充、岡林 賢、吉野 泉、

笠井みさ子、冨田 真佐子、横田 和彦

要旨 2004 年度(2004 年 4 月~2005 年 3 月)、2005 年度(2005 年 4 月~2006 年 3 月)、2006

年度上期(2006 年 4 月~9 月)のそれぞれの時期に当センター人間ドックを受診した男性

(2004 年度: 2903 人、2005 年度: 2891 人、2006 年度上期:2298 人)を対象として、

ヘリカル CT における冠動脈石灰化所見と年齢や肥満を含めた生活習慣およびメタボリッ

ク症候群の各診断項目との関連を検討した。各年度別の冠動脈の石灰化は、2004 年度: 10.68%、2005 年度:14.46%、2006 年度上期:14.19%であった。また、冠動脈石灰化と年

齢、喫煙習慣(2006 年度上期は NS)、運動習慣、血圧高値、空腹時血糖値、HbA1c との

間に有意な相関が認められた。冠動脈石灰化と虚血性心疾患を引き起こす冠動脈狭窄との

間には相関関係があるとされており、今回の結果により早期からの生活習慣改善指導を行

うことにより、将来の虚血性心疾患発症予防あるいは、重症化予防に資することが期待で

きると思われた。 はじめに 現在、日本では心疾患による死亡率はがんに次いで第 2 位である。その大部分を占める

虚血性心疾患の発症には生活習慣が大きく関与しており、厚生労働省の健康日本 21 におい

ても主要な対策項目となっている。疾病を発症した人への治療も大切だが、産業医学とし

て期待されることは疾病の一次予防である予防医学であり、無症状で働いている勤労者に

対する心疾患の早期発見、発症予防は重要である。 目的 健康推進センターでは職域における人間ドックに、平成 9 年から胸部レントゲンに代わ

りヘリカル CT を取り入れており、それまで年間 1800 人位であった受診者が年々増加して、

平成 16 年度は約 3000 人の受診者数となった。ヘリカル CT は肺がんの早期発見を主要目

的として導入されたが、同時に冠動脈の石灰化の検出も可能である。冠動脈の石灰化の検

出には、単純 X 線、血管内心エコー図法(IVUS)、CT などがあるが、CT は特に石灰化の

検出に優れているとされている 1)。また、ヘリカル CT により検出される石灰化と冠動脈狭

窄との間には強い相関があり 2)、短時間での検査が可能であることから、人間ドック・健康

診断における虚血性心疾患の早期発見の手段として有用であると思われる。当センターの

ドック受診者は 40 歳~50 歳前半が多く、比較的若年層であり虚血性心疾患の既往のある者

が少ないため、自覚症状のない健常人の冠動脈石灰化の実態を調べることにより、様々な

リスクファクターとの関連を明らかにし、早期発見および発症予防の対策に資するものと

考えられる。

-61-

Page 4: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

対象と方法 2004 年度に人間ドックを受診した 34 才から 61 才までの男性社員 2903 人、2005 年度に

人間ドックを受診した 34 才から 64 才までの男性社員 2891 人、2006 年度上期に人間ドッ

クを受診した 34 才から 61 才までの男性社員 2298 人を年度別に登録した。尚、各年度中に

受診した女性社員はそれぞれ 8 人、9 人、3 人と少数だったため対象から除いた。人間ドッ

クでは、ヘリカル CT、ECG、血液生化学検査、血球検査、身体計測、運動、飲酒、喫煙な

どの生活習慣の聞き取り調査を行っている。 ① ヘリカル CT にて冠動脈石灰化の有無を検出した。(目視による判定 3)) ② 冠動脈石灰化の有無と、年齢、BMI、喫煙習慣、運動習慣との関連について単変量解析

を行った。なお、分類はメタボリック症候群の診断基準 4)(2005 年 4 月に国内・内科

系 8 学会による診断基準改訂)に基づいて行った。 ③ 冠動脈石灰化の有無と、血圧、中性脂肪(TG)、HDL-コレステロール(HDL-Cho)、空腹

時血糖値(FBS)、HbA1c との関連について単変量解析を行った。 使用するヘリカル CT は TOSHIBA 製 Xvision/GX、撮影条件は 120Kv、100mA、スライ

ス厚 10mm、テーブル回転速度 15mm/sec であり、中性脂肪の測定は酵素比色法、HDL-コレステロールの測定は直接(消去)法、血糖値の測定はヘキソキナーゼ・UV 法、HbA1cの測定は HPLC 法を用いてすべて自施設にて測定した。採血はすべて空腹時採血である。

有意差検定には X 二乗検定を用い、有意水準 5%未満を統計学的に有意とした。 結果 1.検査所見 各年度別の対象者の年齢分布(表 1)と検査所見 M(SD)(表 2)は下記の通りであった。 ・表 1

年齢(歳) 2004 年度例数(%) 2005 年度例数(%) 2006年度上期例数(%)

34~39 178(6.1) 219(7.6) 157(6.8)

40~49 1248(43.0) 1147(39.7) 884(38.5)

50~59 1467(50.6) 1514(52.3) 1243(54.1)

60~ 10(0.3) 11(0.4) 14(0.6)

合計 2903(100) 2891(100) 2298(100)

-62-

Page 5: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

・表 2 検査項目 2004 年度 2005 年度 2006 年度上期

M(SD) M(SD) M(SD)

年齢(歳) 49.3(6.3) 49.6(6.5) 50.0(6.3)

身長(cm) 169.0(5.9) 169.0(6.0) 169.1(5.4)

体重(Kg) 67.9(9.8) 68.0(10.0) 68.1(9.9)

BMI 23.7(3.0) 23.8(3.1) 23.8(3.1)

最大血圧(mmHg) 126.6(14.8) 127.4(14.5) 129.5(18.0)

最小血圧(mmHg) 79.6(9.4) 80.1(9.2) 81.9(11.8)

FBS(mg/dl) 107.2(21.7) 107.2(22.0) 106.3(21.8)

HbA1c(%) 5.1(0.8) 5.2(0.8) 5.2(0.8)

T-Cho(mg/dl) 210.6(34.9) 210.1(34.1) 213.5(35.2)

TG(mg/dl) 146.0(112.8) 142.3(96.2) 144.3(98.3)

HDL-Cho(mg/dl) 55.7(13.9) 56.2(14.2) 57.4(14.3)

LDL-Cho(mg/dl) 126.0(33.9) 121.5(32.5) 122.6(32.5)

2.ヘリカル CT における冠動脈石灰化の年齢別有所見者の割合 対象者のうち、ヘリカル CT において冠動脈石灰化が認められた症例の例数と石灰化存在

部位の内訳は 2004 年度、2005 年度、2006 年度上期それぞれ表 3 の通りであった。全年齢

での冠動脈石灰化率は各年度 10.68%、14.46%、14.19%であり、50 歳代から石灰化率は上

昇傾向にあった。分枝別にみると左冠動脈のみの石灰化率が、各年度 5.92%、8.44%、7.96%と最も多かった。(尚、石灰化陽性例の合計には左冠動脈のみ、右冠動脈のみ、左右冠動脈

石灰化あり、に加えて石灰化した枝の不明例(2004 年度のみ)も含まれる) ・表 3 2004 年度

年齢(歳) 対象者(例) 石灰化陽性例(%)*1 LCA のみ(%)*2 RCA のみ(%)*3 左右+(%)*4

34~39 178 2 (1.12) 1 (0.56) 1 (0.56) 0 (0)

40~49 1248 58 (4.65) 36 (2.88) 10 (0.8) 11 (0.88)

50~59 1467 248 (16.91) 135 (9.2) 20 (1.36) 85 (5.79)

60~ 10 2 (20) 0 (0) 0 (0) 1 (10)

合計 2903 310 (10.68) 172 (5.92) 31 (1.07) 97 (3.34)

2005 年度

年齢(歳) 対象者(例) 石灰化陽性例(%)*1 LCA のみ(%)*2 RCA のみ(%)*3 左右+(%)*4

34~39 219 3(1.37) 2(0.91) 1(0.46) 0(0)

40~49 1147 87(7.59) 54(4.71) 14(1.22) 19(1.66)

50~59 1514 325(21.47) 187(12.35) 40(2.64) 98(6.47)

60~ 11 3(27.27) 1(9.09) 1(9.09) 1(9.09)

合計 2891 418(14.46) 244(8.44) 56(1.94) 118(4.08)

-63-

Page 6: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

2006 年度上期 年齢(歳) 対象者(例) 石灰化陽性例(%)*1 LCA のみ(%)*2 RCA のみ(%)*3 左右+(%)*4

34~39 157 1(0.64) 1(0.64) 0(0) 0(0)

40~49 884 60(6.79) 35(3.96) 13(1.47) 12(1.36)

50~59 1243 264(21.24) 146(11.75) 31(2.49) 87(7.00)

60~ 14 1(7.14) 1(7.14) 0(0) 0(0)

合計 2298 326(14.19) 183(7.96) 44(1.91) 99(4.31)

*1.石灰化陽性例 : 冠動脈石灰化あり、*2.LCA : 左冠動脈、*3.RCA : 右冠動脈、 *4.左右+ : 左右冠動脈石灰化あり

各年度別に冠動脈石灰化と年齢との関係についてカイ 2 乗検定を行ったところ有意な相

関が認められた。(p<0.01) 3.冠動脈石灰化と BMI、喫煙、運動習慣との関連 冠動脈石灰化と、BMI、生活習慣との関連について検討した。(運動習慣に関しては、ウォ

ーキング並みの運動から、「運動習慣あり」と定義した) BMI では有意差を認めなかった

が、喫煙習慣の有無(2006 年度上期は NS)、および運動習慣の有無、では冠動脈石灰化と

の有意な相関が認められた。(表 4) ・表 4 2004 年度

石灰化+ 石灰化- P

BMI≧25 88 774 NS

BMI<25 222 1819

喫煙習慣+ 145 1048 P<0.01

喫煙習慣- 50 627

運動習慣- 174 1632 P<0.05

運動習慣+ 136 961

2005 年度

石灰化+ 石灰化- P

BMI≧25 137 752 NS

BMI<25 281 1721

喫煙習慣+ 168 937 P<0.01

喫煙習慣- 72 640

運動習慣- 227 1536 P<0.05

運動習慣+ 191 937

-64-

Page 7: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

2006 年度上期 石灰化+ 石灰化- P

BMI≧25 107 621 NS

BMI<25 219 1351

喫煙習慣+ 118 778 NS

喫煙習慣- 62 462

運動習慣- 171 1188 P<0.05

運動習慣+ 155 784

4.冠動脈石灰化と血圧、空腹時血糖値、HbA1c、中性脂肪(空腹時)、HDL-コレステロー

ルとの関連 ・表 5

血圧、空腹時血糖値、

中性脂肪、HDL-Choはいずれも内科系 8学会より 2005 年 4 月

に発表されたメタボ

リック症候群の診断

基準 3)に従って、それ

ぞれ 2 群に分けて検

定を行った(表 5)。また、HbA1c に関し

ては、安衛則第 44 条

により血糖値の代わ りとして認められて

いるため今回の調査

に加えた。各年に共通

して冠動脈石灰化と

血圧値(収縮期血圧≧

130 あるいは拡張期

血圧≧85)、空腹時血

糖値、HbA1c とは有

意な相関を認めたが、

中性脂肪、HDL-コレ

ステロールとは有意

な相関は認められな

かった。

2004 年度 石灰化+ 石灰化- P

血圧高値+ 165 1177 P<0.01

血圧高値- 145 1416

FBS≧110 126 650 P<0.01

FBS<110 184 1943

HbA1c≧5.6 74 291 P<0.01

HbA1c<5.6 236 2302

TG≧150 112 842 NS

TG<150 198 1751

HDL-Cho<40 23 228 NS

HDL-Cho≧40 287 2365

2005 年度 石灰化+ 石灰化- P

血圧高値+ 224 1205 P<0.01

血圧高値- 174 1268

FBS≧110 170 599 P<0.01

FBS<110 248 1874

HbA1c≧5.6 108 325 P<0.01

HbA1c<5.6 310 2148

TG≧150 145 794 NS

TG<150 273 1679

HDL-Cho<40 31 198 NS

HDL-Cho≧40 385 2275

-65-

Page 8: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

考察 近年医療費は上昇を続け、平成 18 年度では 28.3 兆円にのぼり、そのうち生活習慣病関

連は 10 兆円になるとされている。一方、生活習慣病が半減すると 2 兆円の削減効果がある

ともいわれている。現在日本における動脈硬化予備軍は 2000 万人ともいわれており、健康

日本 21でも明らかなように、国の対策も従来の疾病治療から、疾病予防へシフトしている。

そのためには、無症状である段階において若年勤労者の今後の虚血性心疾患発生の危険性

を早期に予測して、出来るだけ早い時期から効果的に生活習慣の改善への介入をしていく

ことが必要であり、将来の突然死を含む心事故を防ぐことに役立つものと考えられる。 今回我々は、男性ドック受診者を対象に冠動脈の石灰化と生活習慣やメタボリック症候

群の各診断項目との関連について検討を行った。 ヘリカル CT は、特に冠動脈石灰化の検出に優れており、その感度は高いといわれている

5)。冠動脈造影において 75%以上の狭窄(一般的に有意狭窄とされている)に対する冠動脈

石灰化の診断能は感度 76%、特異度 80%であり、運動負荷心筋シンチグラフィの診断能と

同程度であるといわれている 6)。また、胸痛等の自覚症状のない群の 4 年後の予後について

の研究では、男女共に冠動脈石灰化の認められた群で心筋梗塞発症率が有意に高かったと

いう報告もあり 7)、ヘリカル CT による冠動脈石灰化の検出が虚血性心疾患の発症予測に有

用であることを裏付けるものである。 全年齢での冠動脈石灰化の検出率は 2004 年度、2005 年度、2006 年度上期それぞれ

10.68%、14.46%、14.19%であった。石灰化領域の面積と CT 値から石灰化スコアを求め

ることが出来るので、より定量化するために今後の機器導入の際の課題としたいが、肉眼

による判定と冠動脈石灰化スコアの間には良好な相関関係がある 3)ことより、今回は肉眼で

の検出とした。表 3 に示すごとく石灰化率は 50 歳台から上昇して冠動脈石灰化と年齢とは

有意な相関を示した。伊谷らの報告 8)では検出率は 16.0%と高いが、伊谷らの対象には 60、70 歳台が全体の 28.9%と多く含まれているのに対して、我々の検討では 60 歳以上は全体

の 0.34~0.61%とほとんどいない点、そのため平均年齢も伊谷らの研究は 58.5±12.5 歳であ

るのに対して、本研究は 49.3±6.3 歳~50.0±6.3 歳であり、このことが石灰化陽性率に差

2006 年度上期 石灰化+ 石灰化- P

血圧高値+ 191 985 P<0.01

血圧高値- 135 987

FBS≧110 132 445 P<0.01

FBS<110 194 1527

HbA1c≧5.6 90 288 P<0.01

HbA1c<5.6 236 1684

TG≧150 112 664 NS

TG<150 214 1308

HDL-Cho<40 17 114 NS

HDL-Cho≧40 309 1858

-66-

Page 9: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

が出た主な原因と考えられる。多くの研究から高齢者においては、冠動脈の狭窄に対する

石灰化の診断的な価値は低下することが分かっており 2,6,9,10)当研究の結果は職域における

働き盛りの男性で検討したということで価値のあるものと言えるだろう。分枝別の石灰化

検出率としては、左冠動脈(LCA)のみが 5.92~8.44%と最も高く、次いで左右冠動脈石

灰化が 3.34~4.31%であり、右冠動脈(RCA)のみが 1.07~1.94%の順であった。左冠動脈

には前下行枝、回旋枝と主な枝が 2 本あるが、今回は一括して左冠動脈としてカウントし

た。左冠動脈(主に前下行枝)に心筋梗塞を発症した場合、心機能低下や心不全合併など

よりリスクが高くなることより、より早期の生活習慣改善指導の介入の必要性を示唆して

いる。 次に生活習慣との関連を検討するために、人間ドックの問診項目にある喫煙習慣の有無、

運動習慣の有無、および肥満(BMI)について調べた(表 5 参照)。喫煙は冠動脈疾患のリ

スクファクターの一つとして知られており 10)、2004 年、2005 年度においては本研究でも

有意な相関が認められ(p<0.01)それを裏付ける結果となったが、2006 年度上期では関連

を認めなかった。この理由として健康増進法施行以来、従来にも増して禁煙者が増えたこ

と(喫煙→禁煙者(喫煙中止者)の割合:2004 年度:35.4%→2005 年度:37.1%→2006 年度

上期:38.2%と上昇している)、本研究では喫煙中止者は検討から除外していることなどの影

響が考えられるが、下期の受診者の加えた通年での結果も検討することに加えて、今後も

経年的な調査が必要であろう。運動習慣に関しては、月 1~2 回以下の運動しか行っていな

い群に有意に石灰化が認められ(p<0.05)、例えウォーキング並みの運動であっても定期

的な運動習慣(週 1~2 回以上)の重要性が示されたことは、その効用を示すものとして保

健指導上大きな意味を持つ。一方、今回 BMI と冠動脈石灰化とは有意な相関が認められな

かった。確かにメタボリック症候群の診断項目において、内臓脂肪型肥満は必須項目であ

る。しかし他のファクターとの相乗作用により虚血性疾患の発症率を高めるのか、あるい

は独立した危険因子となり得るのかは今後さらに検討が必要と思われる。 一般的に欧米においても冠動脈石灰化と危険因子との関係については高血圧、高脂血症、

糖尿病、喫煙が独立した因子として関係しているとした報告が多い 11)が、今回の我々の検

討では、中性脂肪高値(TG≧150)および HDL-コレステロール低値(HDL-Cho<40)と

の間に有意な関係はみられなかった。今回、メタボリック症候群の診断基準項目での検討

としたため高脂血症として総コレステロール、LDL-コレステロールに関しての検討は行っ

ていない。共同研究者の笠井ら 12)によると、総コレステロールに関しては 240mg/dl 以上で

冠動脈疾患発症率が有意に高かったとされており、我々も今後の検討課題としたい。また、

HDL-コレステロールに関してはGoldbourtらが800人の男性を21年間追跡した研究から、

単独低値が冠動脈疾患の危険因子と成りうることを報告している 13)。この結果は、継続的

な低 HDL-コレステロール血症でリスクが高くなることを示すものと思われるが、今回は一

定点(人間ドック受診当日)の値での検討であり継続的な低値の追跡を反映しているもの

ではないことなどが主な原因と推察される。 一方、血圧(収縮期血圧≧130 あるいは拡張期血圧≧85)、空腹時血糖値(≧110)、HbA1c(≧5.6)では石灰化と有意な相関が認められた。特に HbA1c での結果は継続的な血糖の

高値を反映したものであり、空腹時血糖値 110 以上と併せていわゆる可逆的かつ改善可能

な境界型の段階からも生活習慣改善への強力な介入が必要であることが示された。

-67-

Page 10: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

Brodelick ら 14)、や Mautner ら 15)によって冠動脈石灰化と冠動脈疾患の有無とは関連し

ていることが明らかにされており、我々の検討においても今後は石灰化スコアなどより定

量化したうえで積極的に二次検査(運動負荷試験、運動負荷シンチまたは冠動脈造影など)

で実際の冠動脈狭窄との関連を明らかにしていく必要がある。今回の調査期間中に(2004年 4 月~2006 年 9 月の間)冠動脈石灰化による循環器専門医への紹介は 15 例であり、そ

のうち 8 例に二次検査(トレッドミル、運動負荷シンチ等)が行われた。8 例中 1 例は二次

検査陽性のため冠動脈造影を施行したところ、有意な冠動脈狭窄を認め冠動脈形成術が行

われた。残り 7 例に関しては、冠動脈の虚血の存在を示唆する所見は認められなかった。

未受診者は 5 例であり受診勧奨のアプローチが必要であるが、健康診断情報では、現時点

で虚血性心疾患により治療中と申告している者はいない。2 例は退職により詳細は不明であ

った。 人間ドックという限られた時間内での指導を行う上で、今回冠動脈石灰化と喫煙習慣

(2004、2005 年度)、運動習慣、血圧、空腹時血糖値、HbA1c との相関が明らかになった

ことはより効率よく生活指導を行うために重要なことであると考えられる。また職域での

ドックであることを生かし、この結果を専属産業医によるより早期からの継続的な保健指

導に役立てることが出来るだけでなく、長期的な対策により将来の虚血性心疾患発症予防、

重症化予防に寄与することが期待できる。 稿を終えるにあたり、調査にご協力いただいた JR 東日本健康推進センターのスタッフの

皆様に深謝いたします。 文献 1) Shemish J, Apter S, Rozenman J, et al: Calcification of coronary arteries Detection and Quantification with double helix CT. Radiology 197; 779-783, 1995 2) Masuda Y, Inagaki Y, et al: Coronary artery calcification detected by CT: Clinical significance and angiographic correlation. Angiology 41; 1037-1047, 1990 3) 岡田武夫, 北村明彦, 島本喬: ヘリカル CTを用いた冠動脈石灰化スコアの有用性に関す

る検討 医療情報学 22(Suppl.); 612-613, 2002 4) メタボリックシンドローム診断基準検討委員会: メタボリックシンドロームの定義と診

断基準; 日本内科学会誌: Vol.94, NO.4: 794-809 5) Florence M. Prigent, MD, And Richard M. Steingart, MD: Clinical value of electron-beam computed tomography in the diagnosis and prognosis of coronary artery disease. Curr-Opin-Cardiol. Nov; 12(6): 561-565, 1997 6) S. Naito, et al: Evaluation of Coronary Calcification by Computed Tomography. J Jpn Coll of Angiol 32; 715-722, 1992 7) S. Naito, J. Takasu, et al: Progression to Ischemic Heart Disease in Subjects with Coronary Artery Calcification as Evaluated by Computed Tomography. J Cardiol, 20; 249-258, 1990

-68-

Page 11: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

8) 伊谷寧崇, 渡辺滋, 高須準一郎他; ヘリカル CT搭載検診車による冠動脈石灰化の検出意

義について-胸部 CT 検診受診者約 10000 例の検討- 胸部 CT 検診; Vol.7, NO.3: 168-175, 2000 9) Devries S, et al: Influence of age and gender on the presence of coronary calcium detected ultrafast computed tomography. J Am Coll Cariol, 25; 76-82,1995 10) 冨田真佐子, 実川浩, 渡辺隆他; 虚血性心疾患リスクファクターの解析と発症予測 交通医学; 41, 30-33, 1987 11) Wong ND, Anthony DK, Detrano RC, Eisenberg H, Goel M, Tobis JM; Coronary calcium and atherosclerosis by ultrafast computed tomography in asymptomatic men and women: Relation to age and risk factors. Am Heart J 127; 422-430, 1994 12) 笠井みさ子, 冨田真佐子他; 男子鉄道員における総コレステロール値、HDL-コレステ

ロール値と循環器及び脳血管障害の関連についての前向き研究 交通医学; 58, 173-175, 2004 13) GoldBourt U et al; Isolated low HDL cholesterol as a risk factor for coronary heart disease mortality; A 21-year follow-up of 8000men. Anterioscler Thromb Vasc Biol 17; 107-113, 1997 14) L. Brodelick, J. Shemesh, et al; Measurement of Coronary Artery Calcium with Dual-Slice Helical CT Compared with Coronary Angiography: Evaluation of CT Scoring Methods, Interobserver Varieties, and Reproductibity. Am Journal Radiol 167; 439-444, 1996 15) G. Mautner, S. Mautner, J. Froelich, et al: Coronary Artery Calcification: Assessment with Electron Beam CT and Histomorphometric Correlation. Radiology 192; 619-623, 1994

-69-

Page 12: 4 ヘリカルCTを用いた冠動脈石灰化検出による 虚 …ヘリカルCT を用いた冠動脈石灰化検出による虚血性心疾患の早期発見と対策 JR 東日本健康推進センター

-70-