3時間でジオポリマー - 日本セラミックス協会49(2014 )no. 11 989...

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989 セラミックス 492014No. 11 3 時間でジオポリマー 名古屋工業大学の橋本 忍准教授らは,通常 ジオポリマーの作製に数日から ₁ 週間程要して いた固化時間を,ウォームプレス法という熱と 圧力を同時に印加することで,原料から最終固 化体に至るまで ₃ 時間以内とすることに成功し た.しかも得られた固化体の圧縮強度は,通常 養生法では ₂₀~₃₀MPa であったものが ₁₀₀MPa を超え,最大で ₁₄₉MPa に達した. ジオポリマーとは,石炭火力発電所から排出 されるフライアッシュや,粘土鉱物のカオリナ イトを約 ₇₀₀℃で加熱脱水したメタカオリンを 原料とする.それらには非晶質アルミノシリケ イト相が含まれ,比較的濃いアルカリ水溶液と 混合する(必要に応じて反応促進剤の水ガラス を加える)と化学反応が生じる.その場合,₃ 次元的なシリカネットワークが形成されつつア ルミニウムイオンが一部シリコンイオンと置換 して,その電荷保障のためにアルカリイオンが 捕縛された構造となり固化する.これはゼオラ イトの形成機構とほぼ同様に説明されるが,ゼ オライトは結晶性物質であり,ジオポリマーは 非晶質物質である.フライアッシュから作製し 柔軟性を有した フォトニック結晶薄膜 名古屋大学大学院工学研究科の野呂篤史助教, 松下裕秀教授・工学研究科長らの研究グループ は,ライス大学のトーマス教授・工学部長,マ サチューセッツ工科大のウォリッシュ博士研究 員らととともに,特定波長の光を反射するソフ トなフォトニック結晶薄膜を開発した. フォトニック結晶とは異なる屈折率成分を周 期的に配列させた構造体のことで,その中でも 異なる層を交互に積み重ねた一次元構造体は一 次元フォトニック結晶と呼ばれ,構造周期サイ ズに応じて特定波長の光を反射する. 今回の開発ではブロックポリマーと呼ばれる 複合高分子が用いられている.ブロックポリ マーとは,たとえばカップ麺容器に使われてい る高分子素材とアクリル板として知られている 高分子素材とをレゴやダイヤブロックのように たジオポリマーはポルトランドセメントと外見 はほとんど変わらない.違うのは,ポルトラン ドセメントがカルシウム成分に由来する水和物 の形成により固化するが,ジオポリマーはカル シウム成分を含まず,養生中オルトケイ酸塩 (H SiO )などケイ酸の脱水縮合重合反応という 有機ポリマーと似た形成機構で,先に説明した 構造となり固化する点である.その意味で,ジ オポリマーは無機ポリマーとも呼ばれている. フランスの Davidovitz 博士により紹介され, さらに彼は古代ピラミッドの巨石は人造物で, その固化にジオポリマー固化技術が使われてい るという学説も提唱している.その真偽はさて おき,日本でも水ガラスを加えるアルカリ活性 セメントやアルカリ刺激セメントなどとして, 学術的により,一部経験的に利用されている技 分子レベルで連結(共有結合)させたもののこ とで,それぞれの高分子成分が分子内で反発し 合うことに由来して ₁₀~₁₀₀nm 周期のナノ構 造形成する(形態はラメラ状,柱状,球状など さまざま).このブロックポリマーの薄膜に一 高分子成分のみを溶解するような不揮発なイオ ン液体を添加して膨潤させることによって,ソ フトなフォトニック結晶薄膜(構造周期サイズ は ₁₀₀~₃₀₀nm)を作製するに至っている. 通常の揮発性溶媒とは異なり,不揮発性のイオ ン液体を用いていることで,半永久的に特定波 長の光を反射する材料として利用できる(照.より詳細については Macromolecules, ₄₇, ₄₁₀₃-₄₁₀₉(₂₀₁₄)).また無機物などのハード な素材からなるフォトニック結晶とは異なって 柔軟性を有するので,力,温度,電場などの刺 激に対して応答するフォトニック結晶としての 利用も期待される.なお,本成果に関しては特 許出願がなされている. 術である.これまでは,日本以外のジオポリ マー研究が盛んな欧州やオーストラリアでも, 養生固化時間,固化後の変容性やアルカリの溶 出などの問題から,完全な ₁ 次製品としては使 われていない. ジオポリマーは優れた耐久性を備え,耐熱性 や耐酸性にも優れることから,まずは ₂ 次製品 としての利用価値が認識されれば,短時間合成 の技術との相乗効果で,日本においても徐々に 普及することが期待される. (名古屋工業大学 准教授 橋本 忍 連絡先: 〒 ₄₆₆-₈₅₅₅ 名古屋市昭和区御器所町,E-mail: [email protected]URL:http://nitzy.mse.nitech.ac.jp/~hashimoto lab/research.htm [₂₀₁₄ 年 ₉ 月 ₁₆ 日] (名古屋大学大学院工学研究科 野呂篤史 連 絡先:〒 ₄₆₄-₈₆₀₃ 名古屋市千種区不老町, E-mail:noro@nagoya-u.jp) URL:http://morpho.apchem.nagoya-u.ac.jp/ member-noro.html [₂₀₁₄ 年 ₁₀ 月 ₁₄ 日] ウォームプレス試料写真 図 反射率スペクトルの一例

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Page 1: 3時間でジオポリマー - 日本セラミックス協会49(2014 )No. 11 989 3時間でジオポリマー 名古屋工業大学の橋本 忍准教授らは,通常 ジオポリマーの作製に数日から₁週間程要して

989セラミックス 49(2014)No. 11

3 時間でジオポリマー

 名古屋工業大学の橋本 忍准教授らは,通常ジオポリマーの作製に数日から ₁ 週間程要していた固化時間を,ウォームプレス法という熱と圧力を同時に印加することで,原料から最終固化体に至るまで ₃ 時間以内とすることに成功した.しかも得られた固化体の圧縮強度は,通常養生法では ₂₀~₃₀MPa であったものが ₁₀₀MPaを超え,最大で ₁₄₉MPa に達した. ジオポリマーとは,石炭火力発電所から排出されるフライアッシュや,粘土鉱物のカオリナイトを約 ₇₀₀℃で加熱脱水したメタカオリンを原料とする.それらには非晶質アルミノシリケイト相が含まれ,比較的濃いアルカリ水溶液と混合する(必要に応じて反応促進剤の水ガラスを加える)と化学反応が生じる.その場合,₃次元的なシリカネットワークが形成されつつアルミニウムイオンが一部シリコンイオンと置換して,その電荷保障のためにアルカリイオンが捕縛された構造となり固化する.これはゼオライトの形成機構とほぼ同様に説明されるが,ゼオライトは結晶性物質であり,ジオポリマーは非晶質物質である.フライアッシュから作製し

柔軟性を有した フォトニック結晶薄膜

 名古屋大学大学院工学研究科の野呂篤史助教,松下裕秀教授・工学研究科長らの研究グループは,ライス大学のトーマス教授・工学部長,マサチューセッツ工科大のウォリッシュ博士研究員らととともに,特定波長の光を反射するソフトなフォトニック結晶薄膜を開発した. フォトニック結晶とは異なる屈折率成分を周期的に配列させた構造体のことで,その中でも異なる層を交互に積み重ねた一次元構造体は一次元フォトニック結晶と呼ばれ,構造周期サイズに応じて特定波長の光を反射する. 今回の開発ではブロックポリマーと呼ばれる複合高分子が用いられている.ブロックポリマーとは,たとえばカップ麺容器に使われている高分子素材とアクリル板として知られている高分子素材とをレゴやダイヤブロックのように

たジオポリマーはポルトランドセメントと外見はほとんど変わらない.違うのは,ポルトランドセメントがカルシウム成分に由来する水和物の形成により固化するが,ジオポリマーはカルシウム成分を含まず,養生中オルトケイ酸塩

(H₄SiO₄)などケイ酸の脱水縮合重合反応という有機ポリマーと似た形成機構で,先に説明した構造となり固化する点である.その意味で,ジオポリマーは無機ポリマーとも呼ばれている. フランスの Davidovitz 博士により紹介され,さらに彼は古代ピラミッドの巨石は人造物で,その固化にジオポリマー固化技術が使われているという学説も提唱している.その真偽はさておき,日本でも水ガラスを加えるアルカリ活性セメントやアルカリ刺激セメントなどとして,学術的により,一部経験的に利用されている技

分子レベルで連結(共有結合)させたもののことで,それぞれの高分子成分が分子内で反発し合うことに由来して ₁₀~₁₀₀nm 周期のナノ構造形成する(形態はラメラ状,柱状,球状などさまざま).このブロックポリマーの薄膜に一高分子成分のみを溶解するような不揮発なイオン液体を添加して膨潤させることによって,ソフトなフォトニック結晶薄膜(構造周期サイズは ₁₀₀~₃₀₀nm)を作製するに至っている. 通常の揮発性溶媒とは異なり,不揮発性のイオン液体を用いていることで,半永久的に特定波長の光を反射する材料として利用できる(図参照.より詳細については Macromolecules, ₄₇, ₄₁₀₃-₄₁₀₉(₂₀₁₄)).また無機物などのハードな素材からなるフォトニック結晶とは異なって柔軟性を有するので,力,温度,電場などの刺激に対して応答するフォトニック結晶としての利用も期待される.なお,本成果に関しては特許出願がなされている.

術である.これまでは,日本以外のジオポリマー研究が盛んな欧州やオーストラリアでも,養生固化時間,固化後の変容性やアルカリの溶出などの問題から,完全な ₁ 次製品としては使われていない. ジオポリマーは優れた耐久性を備え,耐熱性や耐酸性にも優れることから,まずは ₂ 次製品としての利用価値が認識されれば,短時間合成の技術との相乗効果で,日本においても徐々に普及することが期待される.

(名古屋工業大学 准教授 橋本 忍 連絡先:〒 ₄₆₆-₈₅₅₅ 名古屋市昭和区御器所町,E-mail:[email protected])URL:http://nitzy.mse.nitech.ac.jp/~hashimoto lab/research.htm

[₂₀₁₄ 年 ₉ 月 ₁₆ 日]

(名古屋大学大学院工学研究科 野呂篤史 連絡先:〒 ₄₆₄-₈₆₀₃ 名古屋市千種区不老町,E-mail:[email protected])URL:http://morpho.apchem.nagoya-u.ac.jp/member-noro.html

[₂₀₁₄ 年 ₁₀ 月 ₁₄ 日]

図 ウォームプレス試料写真

図 反射率スペクトルの一例