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22 3 章 皮膚病理組織学 1 表皮の変化 a 角質肥厚 (過角化,角質増殖) hyperkeratosis 図1先天的ないし反応性要因により角層の剥脱機構に異常が 生じ,角質層の異常堆積が起こった状態である. 角質増生は正角化 orthokeratosis と錯角化 parakerato- sisに大別される(下記参照). 正角化の角層は, 網目状(ななこ織り模様) basket weave,緊密 compact,層状 laminated などの所見を示 す. b 不全角化(錯角化) parakeratosis 図2細胞の増殖速度が亢進し,顆粒層における核の分解が不 完全となったため,角層に濃染した核が残存している状 態である. c 異常角化 dyskeratosis (個細胞角化 individual cell keratinization図3角層に到達する前に,一部の表皮細胞が角化した状態で ある. 異常角化細胞では,細胞間橋が消失するため周囲の細胞 から分離し,細胞は円形を呈する. 核は萎縮し,細胞質は好酸性に染まる. 皮膚病理組織学 3 皮膚病理の基本用語 病理組織標本を顕微鏡で観察するときには,正常皮膚の組織所見を念頭に置きなが ら,表皮,真皮,皮下脂肪組織の順に組織的変化を観察する. 正確な診断を下すためには,皮膚病理学で使用される用語とそれに対応する組織像 を理解しておくこと必要がある. 図 1 角質肥厚(尋常性疣贅) :角層が厚く緊密 な状態で,核は残存していない(正角化:矢印). 図 2 不全角化(尋常性乾癬) :角層に角化細胞 の核が残存している(点線). 図 3 異常角化(Bowen 病) :表皮内に孤立性 の好酸性小体(点線)として見出される.

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22  3章 皮膚病理組織学 皮膚病理の基本用語  23

1 表皮の変化a 角質肥厚(過角化,角質増殖)hyperkeratosis(図 1)● 先天的ないし反応性要因により角層の剥脱機構に異常が

生じ,角質層の異常堆積が起こった状態である.● 角質増生は正角化 orthokeratosis と錯角化 parakerato-

sis に大別される(下記参照).● 正 角 化 の 角 層 は, 網 目 状(な な こ 織 り 模 様)basket

weave,緊密 compact,層状 laminated などの所見を示す.

b 不全角化(錯角化)parakeratosis(図 2)● 細胞の増殖速度が亢進し,顆粒層における核の分解が不

完全となったため,角層に濃染した核が残存している状態である.

c 異常角化 dyskeratosis(個細胞角化 individual cell keratinization)(図 3)● 角層に到達する前に,一部の表皮細胞が角化した状態で

ある.● 異常角化細胞では,細胞間橋が消失するため周囲の細胞

から分離し,細胞は円形を呈する.● 核は萎縮し,細胞質は好酸性に染まる.

皮膚病理組織学3章皮膚病理の基本用語

病理組織標本を顕微鏡で観察するときには,正常皮膚の組織所見を念頭に置きながら,表皮,真皮,皮下脂肪組織の順に組織的変化を観察する.正確な診断を下すためには,皮膚病理学で使用される用語とそれに対応する組織像を理解しておくこと必要がある.

図 1 角質肥厚(尋常性疣贅):角層が厚く緊密な状態で,核は残存していない(正角化:矢印).

図 2 不全角化(尋常性乾癬):角層に角化細胞の核が残存している(点線).

図 3 異常角化(Bowen 病):表皮内に孤立性の好酸性小体(点線)として見出される.

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22  3章 皮膚病理組織学 皮膚病理の基本用語  23

d 表皮肥厚 acanthosis(図 4)● 表皮細胞が増殖し,有棘層が厚くなった状態である.● 表皮突起は肥厚・延長する.

e 乳頭腫症 papillomatosis(図 5)● 真皮乳頭が上方に延長し,周囲の正常皮面より上方へ位

置すため,皮表が不規則に波打つ状態である.● 乳頭腫症に角質増殖の加わった状態を乳頭腫 papilloma

という.

f 偽上皮腫性増殖 pseudoepitheliomatous hyperplasia (図 6)● 真皮の炎症・肉芽腫・腫瘍に対応して,これを被覆する

表皮および付属器上皮が高度に肥厚・延長し,一見有棘細胞癌に類似する増殖を示す状態である.

g 表皮萎縮 epidermal atrophy(図 7)● 表皮が菲薄化・萎縮した状態である.● 表皮突起は短縮,あるいは消失する.

図 6 偽上皮腫性増殖:炎症をきたした真皮を被覆する表皮が,高度に肥厚・延長し,一見癌のような増殖を示している.表皮真皮境界部を点線で示す.

図 7 表皮萎縮(老人皮膚):表皮(*)が菲薄化し,表皮突起は消失している.

図 5 乳頭腫症(黒色表皮腫):真皮乳頭が上方に延長し,隣接する表皮突起部の角層よりも上に位置している.表皮真皮境界部を点線で示す.

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* * * *

図 4 表皮肥厚(尋常性乾癬):表皮突起(*)が規則的に下方へ延長している.

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56  6章 湿疹・皮膚炎 接触皮膚炎  57

疾患概念・病態● 外来性抗原が皮膚に侵入することにより生じる湿疹反応

を病態の主座とする炎症性疾患である. ● 外来物質の直接障害による一次刺激性接触皮膚炎とⅣ型

アレルギー反応によるアレルギー性接触皮膚炎に分類される.1)一次刺激性接触皮膚炎● 表皮内に侵入した原因物質が,角化細胞を直接障害する.2)アレルギー性接触皮膚炎● 抗原の再侵入により活性化された抗原特異的感作 T 細

胞が,炎症メディエーターを分泌して湿疹反応を誘導する.

臨床所見    (図 4,5)● 原因物質の接触した部位に一致して,境界明瞭な浮腫性

紅斑が生じ,次いで漿液性丘疹や小水疱が集簇性に多発する.

● 瘙痒が強く,灼熱感を伴う.● 自家感作性皮膚炎に移行することがある.

病理所見    (図 6)● 表皮ケラチノサイトの細胞間が開大し,海綿状態 spon-

giosis となる.● 進行すると海綿状小水疱 spongiotic vesicle を形成する.● 表皮内にリンパ球を主とする細胞が浸潤する(表皮内細胞浸潤 exocytosis).

● 真皮上層では血管周囲性にリンパ球を主とする炎症細胞が浸潤する.

検査所見● 貼布試験(パッチテスト)により,感度と特異度が 70〜

80%で原因物質が特定される.

接触皮膚炎 contact dermatitis

原因物質の皮膚への侵入による湿疹反応である.原因物質の直接作用による一次刺激性接触皮膚炎と,Ⅳ型アレルギー反応が関与するアレルギー性接触皮膚炎に分類される.原因物質が接触した部位に一致して,湿疹性病変が生じる.

図4 接触皮膚炎(貼付薬による)の臨床像:貼付薬の形に一致して紅斑が生じ,大小の水疱を伴っている.

図5 接触皮膚炎(指輪による)の臨床像:指輪をはめた部分に一致して紅斑が生じている(点線).

図6 接触皮膚炎の病理組織像:表皮は海綿状態(点線)を示し,表皮内にリンパ球が浸潤している(矢印).

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56  6章 湿疹・皮膚炎 接触皮膚炎  57

鑑別診断

1)脂漏性皮膚炎(61 頁参照)● 脂漏部位に病変が生じる.2)アトピー性皮膚炎(58 頁参照)● アトピー素因を有する.● 特定の抗原との接触歴がない.

治 療● ステロイド外用薬の塗布が第一選択である.● 瘙痒が強い場合は,抗ヒスタミン薬の内服を併用する.● 炎症が広範囲に及ぶ場合には,ステロイドの内服が必要

な場合がある.

転帰・予後● 原因物質が特定されない場合は,慢性に経過する.

関連事項

1.(主婦)手湿疹(housewife) hand eczema(図7) 家事などで水仕事・手洗いを頻繁に行う者に好発する,手に限局した接触皮膚炎である.手指から手掌の表面は,乾燥して粗糙となり,軽度に発赤して光沢を放つ.粃糠様から葉状の鱗屑,亀裂や掌紋に一致した白色線条などを伴う.指紋や爪上皮が消失する.

2.異汗性湿疹 dyshidrotic eczema(図8) 多汗を背景とし,接触過敏を病態の主座とする湿疹反応である.掌蹠から指趾,およびその側縁にかけて,帽針頭大から豌豆大の小水疱が孤立性に散発し,ところにより群生する.水疱は固く緊満して,破開することはまれである.通常2〜3週間ほどで水疱内容が吸収され,疱膜は巾着型となる.鱗屑縁を伴う境界明瞭な類円形紅斑を経て,やがて健常皮膚に復する.夏季に急発することが多く,季節的消長をみる.

3.汗疱 pompholyx(異汗症 dyshidrosis) 異汗性湿疹(上述)と同一の病態であり,軽症病変と考えられている.

4.おむつ皮膚炎 diaper dermatitis(図9) 乳幼児や寝たきりの高齢者に好発する,おむつの当たる部分に限局した接触皮膚炎である.皮膚が密着し陥凹した部位では,炎症反応が軽微である.

図8 異汗性湿疹の臨床像:小指球と母指球に帽針頭大の小水疱が集簇性に多発している.

図9 おむつ皮膚炎の臨床像:陰股部にびらん(矢印)を伴う紅斑(点線)が生じている.

図7 (主婦)手湿疹の臨床像:手指から手掌の皮膚が乾燥して粗糙となり,粃糠様の鱗屑を伴っている.

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50  5 章 治療 理学療法,その他の治療  51

1 レーザー laser

● light amplification by stimulated emission of radiationの頭文字からなる造語である.

● 光エネルギーが組織に吸収されるときに熱エネルギーに変換され生じた熱が拡散することで,細胞や組織を破壊する.

● 可視光線が特定の色素を持つ細胞や組織に選択的に吸収され,その色素を持つ部分のみが破壊されるものと,熱エネルギーによって非選択的に組織を破壊するものとがある.

a Q スイッチルビーレーザー,Qスイッチアレキサン ドライトレーザー● メラニンに吸収された光エネルギーが周囲に拡散し,色

素細胞を障害する.● 太田母斑,扁平母斑,異所性蒙古斑,外傷性色素沈着な

どに適応となる.

b 色素レーザー● ヘモグロビンに吸収された光エネルギーが周囲に拡散

し,毛細血管を障害する.● 単純性血管腫,いちご状血管腫などに適応となる.● 皮膚への深達度には限界があるため,海綿状血管腫など

の深部の病変には効果がない.

c 炭酸ガスレーザー(図 10)● レーザー光の熱作用により,非選択的に組織を蒸散させ

る.● 血管拡張性肉芽腫,汗管腫,脂漏性角化症,尋常性疣

贅,日光角化症,ボーエン病などに適応となる.

レーザー療法

レーザー治療とは,光エネルギーが組織に吸収され,熱エネルギーに変換されることで治療効果を表す.ルビーレーザー,アレキサンドライトレーザー,色素レーザー,炭酸ガスレーザーなどがある.

(a)

(b)

(c)

図 10 炭酸ガスレーザー照射の実際:前額部の日光角化症(a)に,炭酸ガスレーザーを照射した

(b:照射中,c:照射後).