20110303 下版 中大gp 日本語 · 2011-03-24 · tanaka, h. (2009b), “the sustainable...

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20 2 章 都市の持続可能性とネットワーク効果 21 第 2 章 都市の持続可能性とネットワーク効果 中央大学経済学部教授 田中廣滋 1 .都市のネットワーク効果 グローバル化された世界経済において、企業が政府の許可や業界団体での活 動とは係わりなく、海外の事業を展開したり、消費者がインターネットを利用し て、海外で販売されている商品を購入するなど、個々の企業や個人は自らの目 的実現のために、直接的にグローバルな経済社会活動のネットワークに参加す ることが容易になった。グローバル化の進展とともにこのネットワークへの参加 者も急増する。このように、1980 年代以降に急激に拡大したグローバル化は企 業および個人がこのグローバルなネットワークへ参入する障壁を下げることに よって可能となった。企業は事業を海外で展開するためには、競争の拡大とと もに、大きな市場に対応するための生産能力の増加を可能とする巨額の資金調 達が必要である。グローバル社会への参加者が膨大になると、ネットワーク社 会において、各主体は匿名性とでも名付けられるような自由を享受することが できる。しかしながら、余りにも情報が膨大になれば、各主体が発信する情報 は本来その情報を最も有用だと評価する主体によってその存在に気付かれずに、 結果として受け取られない可能性が大きくなる。ネットワークへのごく少数の参 加者だけが、グローバル社会からの注目と関心が集中する傾向が生じる。個々 の主体が情報を的確に伝達する手段を有しなければ、情報の大海の中ですれ違 いを続ける個々の主体は、ネットワーク社会の中で相応な評価を得ることなく、 ネットワーク社会から得られる便益は、参加するためのコストと比較してしても 必ずしも大きいとはいえない恐れがある。各主体がネットワーク社会で成果を 上げるためには、各主体はネットワーク社会における存在価値が認められる必 要がある。 このような価値を示す情報にはネットワークへの情報発信システムの整備だ Hukkinen, J. (2008), Sustainability Network : Cognitive Tools for Expert Collabo- ration in Social-Ecological Systems, Routledge Komininos, N. (2008), Intelligent Cities and Globalisation of Innovation Networks, Routledge. Short, J. R. (2004), Global Metropolitan : Globalizing Cities in a Capitalist World, Routledge. Mendonça, M, D. Jacobs and B. Sovacool (2010), Powering the Green Economy : The Feed-in Tariff Handbook, Earthscan. Tanaka, H. (2009b), “The Sustainable Framework of Climate Change and Financial Crisis 2008-09,” The Institute of Economic Research Discussion Paper Series of Chuo University, No.134, 2009. http://www2.tamacc.chuo-u.ac.jp/keizaiken/discussno134.pdf ロンドン市の URL http://www.londonaccord.co.uk/index.php?optipn=com_content&view=article& id=173&Itemid=133 Taylor, P. J., B. Derudder, P. Saey and F. Witlox (eds), (2007), Cities in Globalization : Practices, Policies and Theories, Routledge. 田中廣滋(2004 ),「企業の社会的責任の経済理論」『地球環境レポート』9 号, 1-9 . 田中廣滋(2009a ),「持続可能性の理論」,田中廣滋編著『グローバルな地域連携の 枠組みと経営』中央大学教育 GP 1-23 . http://www2.chuo-u.ac.jp/econ/gp/img/publish/book-j.pdf 田中廣滋(2010a ),「気候変動と環境技術革新」『地球環境レポート』 13 号, 1-14 . http://www2.chuo-u.ac.jp/econ/gp/img/publish/001-014.pdf 田中廣滋(2010b ),「都市ネットワークにおける製造業の役割」『計画行政』 33 4 号, 3-8 .

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Page 1: 20110303 下版 中大GP 日本語 · 2011-03-24 · Tanaka, H. (2009b), “The Sustainable Framework of Climate Change and Financial Crisis 2008-09,” The Institute of Economic

20 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 21

第 2 章 都市の持続可能性とネットワーク効果

中央大学経済学部教授 田中廣滋

1.都市のネットワーク効果

グローバル化された世界経済において、企業が政府の許可や業界団体での活

動とは係わりなく、海外の事業を展開したり、消費者がインターネットを利用し

て、海外で販売されている商品を購入するなど、個々の企業や個人は自らの目

的実現のために、直接的にグローバルな経済社会活動のネットワークに参加す

ることが容易になった。グローバル化の進展とともにこのネットワークへの参加

者も急増する。このように、1980年代以降に急激に拡大したグローバル化は企

業および個人がこのグローバルなネットワークへ参入する障壁を下げることに

よって可能となった。企業は事業を海外で展開するためには、競争の拡大とと

もに、大きな市場に対応するための生産能力の増加を可能とする巨額の資金調

達が必要である。グローバル社会への参加者が膨大になると、ネットワーク社

会において、各主体は匿名性とでも名付けられるような自由を享受することが

できる。しかしながら、余りにも情報が膨大になれば、各主体が発信する情報

は本来その情報を最も有用だと評価する主体によってその存在に気付かれずに、

結果として受け取られない可能性が大きくなる。ネットワークへのごく少数の参

加者だけが、グローバル社会からの注目と関心が集中する傾向が生じる。個々

の主体が情報を的確に伝達する手段を有しなければ、情報の大海の中ですれ違

いを続ける個々の主体は、ネットワーク社会の中で相応な評価を得ることなく、

ネットワーク社会から得られる便益は、参加するためのコストと比較してしても

必ずしも大きいとはいえない恐れがある。各主体がネットワーク社会で成果を

上げるためには、各主体はネットワーク社会における存在価値が認められる必

要がある。

このような価値を示す情報にはネットワークへの情報発信システムの整備だ

Hukkinen, J. (2008), Sustainability Network : Cognitive Tools for Expert Collabo-

ration in Social-Ecological Systems, Routledge

Komininos, N. (2008), Intelligent Cities and Globalisation of Innovation Networks,

Routledge.

Short, J. R. (2004), Global Metropolitan : Globalizing Cities in a Capitalist World,

Routledge.

Mendonça, M, D. Jacobs and B. Sovacool (2010), Powering the Green Economy :

The Feed-in Tariff Handbook, Earthscan.

Tanaka, H. (2009b), “The Sustainable Framework of Climate Change and Financial

Crisis 2008-09,” The Institute of Economic Research Discussion Paper Series

of Chuo University, No.134, 2009.

http://www2.tamacc.chuo-u.ac.jp/keizaiken/discussno134.pdf ロンドン市のURL

http://www.londonaccord.co.uk/index.php?optipn=com_content&view=article&

id=173&Itemid=133

Taylor, P. J., B. Derudder, P. Saey and F. Witlox (eds), (2007), Cities in Globalization

: Practices, Policies and Theories, Routledge.

田中廣滋(2004),「企業の社会的責任の経済理論」『地球環境レポート』9号,1-9頁 .

田中廣滋(2009a),「持続可能性の理論」,田中廣滋編著『グローバルな地域連携の

枠組みと経営』中央大学教育GP,1-23頁 .

http://www2.chuo-u.ac.jp/econ/gp/img/publish/book-j.pdf

田中廣滋(2010a),「気候変動と環境技術革新」『地球環境レポート』13号,1-14頁 .

http://www2.chuo-u.ac.jp/econ/gp/img/publish/001-014.pdf

田中廣滋(2010b),「都市ネットワークにおける製造業の役割」『計画行政』33巻 4号,

3-8頁 .

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22 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 23

間は多くの主体が共存しており、時として、消費者を獲得するための激しい競

争が展開される。この競争の中で企業はその活動のレベルを向上する機会を得

る。最後に、都市の多くのステークホルダーの間で協力的なネットワークの機能

によって企業はその活動を拡大することが可能となる。

都市のネットワーク機能の拡大は、企業の便益の増加に寄与するステークホ

ルダーの数の増加と貢献額の向上に役立つ。創造的な企業活動に関する知識を

共有することが可能であれば、技術革新の可能性も高まる 4。世界都市としての

機能を有する都市を中核とする都市ネットワークから大きな市場経済がグロー

バル経済社会にいくつか形成され、そこに属する個々の企業は自己の判断で、

各地域の経済社会に参加する。企業が獲得する純便益は地域のネットワークに

参加するステークホルダーとのコミュニケーションの結果に依存する。各地域

のステークホルダー相互間の協力あるいは補完の機能が強くなるにつれ、その

地域から企業が入手可能である便益が向上するという関係が見られる。特に多

様なステークホルダーの存在はイノベーションの源泉となっており、その資源の

有効活用は企業にとって地域から得られる便益を増加させる。この多様なステー

クホルダーには、その地域に固有のステークホルダーだけでなく、いわば外来

のステークホルダーも重要な役割を演じる可能性が存在する 5。このように、グ

ローバル社会のネットワークとは、国単位で構成されるものではなく、個々の主

体が自主的な活動の絆として形成されるものであり、グローバル化の推進主体

は国家よりも企業がより適切な存在である。このように、グローバルな経済社

会における激しい競争を展開する企業活動と連携して地域経済は、多くのステー

クホルダーが参加する魅力を備えたものにする必要がある。世界には数か所に

絞り込まれたネットワークの核が世界のセンターとしての役割を果たすことにな

るであろう。図 1において、国際的なグローバルなネットワークを 3つの都市

A,B,Cが示される。丸印はそれぞれを本拠とする企業である。

4 都市と技術革新に関する議論は多くの論者によってなされるが、Geyh(2009)、Kominios(2008)などによって議論が体系的に整理される。

5 イノベーションとネットワークに関する議論は田中(2010a)、(2010b)、Carrillo-Hermosilla et al.(2009)、Hukkinen(2008)、Orsato(2009)、Koschtzky et al.(2001)の議論を基にして以下で展開される。

けではなく、発信する情報の内容における独自性あるいは独創性が求められる。

多国籍企業が生産の拠点を決めるとき、このような独自の情報は、国家単位で

はなく、各地域に根差したものとなる 1。企業の最適な戦略はグローバルな市場に

おける競争において有利な地域に生産の拠点を置くことである。各地域はグロー

バルな社会に評価される独自の情報を展開して、地域間の競争を乗り切り、そ

の存在が認められることが重要である。

ネットワークという概念は適用範囲の広さから、論者によって異なる側面が

独立に分析されてきた。その意味から、ネットワークの理論には、多様な解釈

が存在して、それによって示される概念の整理と統合が必要である。本章では、

これらのネットワーク理論が都市の経済社会の構造分析において進歩するよう

に、田中(2009a)で構築されたグローバルな社会の枠組みに関するモデル分析

が適用される。このモデルにおいて、事業の拠点となる都市が選択されるとき、

企業はその地域でもたらされる純便益の総額が重要な要因である考える。各企

業は私的な利潤だけでなく、地域のネットワークからの便益を受ける一方で、

労働者や地域住民の生活を配慮した費用を負担しなければならない。地域にお

ける企業の純便益はこれらの要素の純計である。この集計の過程が明確になる

ように、各企業にとってステークホルダーはその活動の成果が企業にとって利

益の増加などの便益を増加させる正のステークホルダーと企業にとって負の便

益をもたらす負のステークホルダーに分類される 2。ここで、企業の便益額は、独

自の努力で獲得可能な利益と正のステークホルダーからもたらされる便益から

構成されると想定される。多くの都市や地域に関する研究において、この正の

ステークホルダーからの便益がネットワーク(network)効果あるいはシナジー

(synergy)効果で説明される 3。伝統的な空間理論に対して、新たなネットワーク・

パラダイムによる接近が提唱される。ここでは、空間的(territorial)、競争的

(competitive)、ネットワーク(network)論理から都市の機能が考察される。こ

の 3つの性質は次のように説明される。都市において、企業がある地域の市場

の独占に成功すれば、大きな利益を確保することが可能である。また、都市空

1 本章において、地域は比較的に限られた空間を意味しており、都市と同じ機能を果たすと想定される。2 田中(2004)参照。3 Camagni R.,“City network as tools for competitiveness and sustainability,”(Taylor et al.(2007)、117頁)

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24 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 25

部を高い地価や税金などの形で負担する。

企業の都市での事業展開の理論分析には、企業とステークホルダーとの関係

に関する次の理論モデルが有効である。企業の社会的責任行動を分析するため

に開発された理論モデルである田中(2004)は、田中(2006)、(2009a)などに

おいて、企業の環境マネジメントの実証研究のための基礎理論として発展した。

この理論は、国家の枠組みを超えて展開する企業の理論としても有効であるこ

とが、Tanaka(2009b)において論証され、2008年から 2009年の世界的な金融

危機が、100年に一度というように偶然起きた経済危機ではなく、グローバル

社会において引き起こされる経済活動の循環の過程が解明される。企業活動は

地域に存在するその他の企業とのシナジー効果に支えられている。その一方で、

企業の反社会的な行動を防止する法律が整備され、企業活動の停止に至る社会

的な制裁が実施される。企業と都市の間で展開される関係の説明は、都市の経

済と社会活動が、ステークホルダーの影響力に依存するという理論によって説

明可能である。本章は都市における経済社会活動の主要な部分は田中(2004)

から開発・展開された理論によって分析可能であることを論証するが、この理

論分析の有効性に関する実証研究が必要である。本章とそれに続くいくつかの

章はこの命題の実証研究をめざす。

都市の経済社会行動に関する理論と実証研究が展開される準備として、この

田中モデルの基本的な特徴が簡単に説明される。企業が市場機構のルールに基

づく経済活動を推進しようとしても、社会的な存在であることは否定できない。

企業は経済的な評価だけでなく、社会的な評価によって存立の基盤が賦与さ

れる。グローバル企業は、政府から強制的に管理される体制からの規制緩和の

代償として、諸問題を自主的に解決する責任を負うことを社会と約束する。規

制緩和によって、強制的な規制の権限を有する政府機関による直接的な管理の

下から解放された企業が無責任な行動をすることは十分に予測されることであ

り、地域の住民が重大な被害を受けないための対応を求める活動が多国籍企業

に対する NGOなどによる政治運動として 1990年代に盛り上がった。このよう

な、政治運動は急速なグローバル化を推進しようする多国籍企業にとって大き

な障害となった。経済のグローバル化が進む中では、希少な資源を求める鉱山

開発や資源開発を実施する企業に加え、低廉な労働力資源を求めた製造業の企

図1グローバル都市の形成

A B

B

C

出所)田中(2010)

企業は、他の都市に矢印で示されるように拠点を展開することによって、多

国籍企業となる。B都市の企業は、Aと C都市にも進出するが、B都市におけ

るネットワークの集積効果が高いために、B都市に Aと C都市の企業が多数進

出してきて、B都市は世界都市へと発展して、世界の経済社会において存在感

を示し始める。

2.ステークホルダー社会と企業の社会的費用 6

都市の発展は、地域内に存在する企業と個人の活動の結果である。グローバ

ルなネットワーク社会において企業間の厳しい競争が展開される。この企業間

の競争に打ち勝つために、企業はいくつかの候補地から競争に有利な企業活動

の拠点を選択する。企業は、生産活動から得られる私的な利益だけでなく、シ

ナジー効果とリスク管理に要する費用を比較考慮して、生産活動の拠点を定め

る。都市は経済活動の活性化を目指して、企業の育成あるいは他の地域からの

参入を働きかける。地域社会には企業の活動からの外部費用が発生する。都市

は企業活動を可能にするための社会資本や住民に対する社会保障制度の整備に

必要な費用を負担することになる。企業と住民は、これらの社会的な費用の一

6 2、3、4節は、田中(2009a)において整理された議論が基礎になっている。

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26 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 27

なければならない。企業は各ステークホルダーの要求あるいは需要に応えるた

めに雇用の確保や製品に関して使用上の安全対策に費用を投じる。企業が持続

可能な生産活動を実現するためにステークホルダー iの需要に応える対策費は ti

で表され、ステークホルダーへの対策費の総額 tは

t = ),(1∑=

n

iii txV ti

を満足する。逆にステークホルダーの側から見ると、tiはステークホルダーによ

る利得額を表すということができる。企業活動は、市場での評価を受ける部分

だけでなく、製品の安全や環境保全など多方面に及ぶ。このことから、企業活

動において、企業内部で実施される「内部評価」とグローバルな社会を含めた

地域社会での「外部評価」とは一致することはないと考えられる。政府の直接

的な規制の下では、企業はこの規制の水準を達成するための努力をして、その

ための最小費用を負担すればよかった。ところが、規制緩和の下にある企業は、

すべてのステークホルダーの評価に合格することが求められる。企業は自分自

身だけではこの評価を知ることはできないので、自らの活動の内容をできるだけ

分かりやすく外部に公開して、ステークホルダーの評価を正確に知ることがで

きる体制を構築しなければならない。企業経営には外部評価の体制が組み入れ

られて、この両者の乖離を埋めようとする努力が続けられているが、企業にとっ

て正確な外部評価を得ることは容易ではなく、各外部評価は各ステークホルダー

との間でのコミュニケーションを通じて得られる。企業は「内部」と「外部」の

2つの評価に注意を払いながら、持続可能な活動を目指すことになる。企業の

持続可能性を追求する企業リスク管理においては企業自身が入手可能な情報

に基づいて作成された内部と外部の評価を合計した社会的純便益が最大化さ

れる。

Barrow(2006)8は、持続可能な主要な議論内容を次のように要約する。生態

系の維持、環境配慮と開発との統合。南北の相互依存関係のような国際主義者

の立場の採用。すべての人に対して最低限の基礎的な人間の欲求の満足。功利

主義的な環境保全。世代間、グループ間、種間の公正への配慮。成果の発展を

8 Barrow(2006)の pp.12-13。

業等が、この参入の前提条件といえる説明責任を果たせなければ、この企業は

NGOからの批判や顧客の不買運動という社会的なペナルティを受けることとな

る。国連の働きかけもあり、2002年に開催されたヨハネスバークの国連のサミッ

トからは、グローバル企業は NGOとの連携の下で、自らの活動の正当性を国際

会議などで積極的にアピールする姿勢へと転じた 7。

グローバル企業とNGOが連携する過程において、企業自身が事業活動に関

する説明責任をステークホルダーに対して果たすことが、グローバル化した市

場における参入の前提条件であるという合意はグローバル企業と多くの政府と

NGOなどの民間などの団体の間で形成されていった。企業の社会的評価は、企

業存続の主たる動機となる私的な利益だけでなく、社会的な外部便益を含む。

企業活動の社会的便益は以下のような項目から構成される。企業の活動は、地

域住民の生活を支える製品を市場に供給するだけでなく、地域に雇用、部品の

調達、納税などの面で地域の活性化に寄与する半面で環境の破壊などの外部不

経済をもたらす。また、海外からの企業の参入の結果として衰退した産業の発

生とともに雇用の機会を失った労働者や取引先企業の経営悪化などが生じて、

これらの格差問題に関連する社会的費用をだれがどのような形で負担するのか

といった問題が存在する。都市の持続可能性という観点からいえば、企業は何

らかの形態で、世界の市場で展開される企業の生産を支えるための社会資本の

整備に関する費用や市場経済の恩恵を受けることがない住民に対する対策に必

要な費用を負担するメカニズムが構築されなければならない。   

持続可能な企業活動を分析するためのモデルは以下のように定式化される。

企業は市場で取引される私的財あるいは公共財を水準 xだけ供給する。企業自

身が市場における取引を通じて評価可能な純便益額である純利潤は∏(x)で表示

される。企業活動において中央政府への対応、環境、雇用、教育などの地域へ

の貢献、サプライチェーンにおける部品調達の実績、株主への対応、地域活性

化の成果、法令遵守を含む市場でのモラルを守る行動など項目ごとに査定する

ステークホルダーが存在するが、そのグループの総数が nで表される。企業は

持続可能性を実現するために、これらのステークホルダーと良好な関係を保た

7 Hirschland(2005)に詳しい説明がある。

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28 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 29

進めるための罰則の整備などが必要であると考えられる。

企業がステークホルダーの便益(外部評価)のうちに認識できる割合は利他

係数と呼ばれ δ (1 ≥ δ ≥ 0)で表記される。δの値は企業が過去に深刻な環境事故

や法令順守違反を犯した経験があるなど、置かれる歴史的背景によって定めら

れると想定される。ところで、仮に企業が外部評価への取組に消極的であると

すれば、δの値は相対的に低く現れるであろう。企業が外部の評価を過小に評

価した指標に基づいて意思決定を実施するとき、その結果として、企業活動は

外部のステークホルダーから受け入れられなくなる可能性が高い。過小な δの

もとでは、企業に対する各ステークホルダーの要求は企業の生産や社会的責任

活動に忠実に反映されずに、そのステークホルダーにとって企業の生産活動 x

とステークホルダーへの対策費 tiは社会から適正であると判断される水準とは

かけ離れたままで、企業活動の外部評価は低水準に留まったままである。この

ような状況が長期間放置されれば、大きな社会問題が発生して、その解決には

巨額の費用が必要になる。しかも、このように拡大した費用と較べて当該企業

の負担能力は限られている。社会的な費用は企業だけではなく、雇用の喪失や

税金の負担などの形態を通じて、地域社会全体で負担されることから、この社

会的費用ができるだけ小さくなる仕組みづくりが必要になる。

持続可能性の実現に企業を向かわせる環境マネジメントの仕組みづくりが重

要になる。各ステークホルダーも持続可能な社会の実現に対して、社会的な責

任を有することは、現在では社会の共通の認識となっていることは明らかであ

る。企業に社会的費用を負担させることによって、社会あるいは環境に関する

重大な問題の発生を防止するためには、各ステークホルダーは社会の持続可能

性が実現される行動を実践することが求められている。持続可能性の条件が成

立しない第 1の原因は企業が情報の非対称性および意図的あるいは不注意から

各ステークホルダーの評価 Vi (x,ti)を正確に把握できないことであると考えられ

る。この問題に対処するためには、各ステークホルダーが、ステークホルダーiの評価 Vi (x,ti)を社会全体の評価に反映させる仕組みづくりが必要である。各

ステークホルダーが自らの努力でその外部評価を企業に伝える努力をすること

も必要であるが、環境破壊問題などでは専門的な知識を持った科学者から組織

された集団などが被害の状況を正確に調査してその内容を公表することが望ま

目的とする科学、技術、環境の知識の応用。環境に関するいくつかの制約を超

えることなくある程度の経済成長の受容。長期の観点の採用。このような目標

が実際に実現される実行可能な環境マネジメントの設計や導入が必要となる。

この環境マネジメントでは以下の項目が適正に導入されることが重要である。

1.実際の課題に関しては種々の計画者にその実行はまかされていて、将来指向

でしかも幅広い視野から政策作りと計画をすること。2.標準、法令、モニタリング、

監査が確立すること。3.環境管理者は多様な規律、相互規律あるいは総合的な

アプローチを採用して共同配置を実現すること。4.操作可能性(operationalisation)

あるいは履行可能性。

本章で使用されるモデルは以下の性質を有する。各ステークホルダーによる

企業活動 xの外部評価は Vi (x,ti)9、社会全体での外部評価の総計は

),(1∑=

n

iii txVVi (x,ti)

で書き表される。ステークホルダー i が ∂Vi

∂x ≥ 0を満たすとき、i は正のステーク

ホルダーであると定義される。また、∂Vi

∂x < 0を満たす i は負のステークホルダー

と定義される。企業がこの外部評価の総額を知ることは容易ではないと想定さ

れる。企業は内部評価と外部評価の合計を基礎として、持続可能性な経済活動

を実現しようとするが、企業とステークホルダーの間には情報の非対称性が発

生するため、両者の間に発生する複雑な思惑が持続可能性の条件の成立を困難

にしていると考えられている。たとえば、企業にとってステークホルダーの評価

を知るためには、正確な評価を把握することから得られる便益と比較しても過

大な費用と労力が必要になるばかりではなく、短期的には、自らの私的利益(内

部評価∏(x))の大幅な低下を引き起こす可能性が存在する。企業の活動がステー

クホルダーにとって容易に評価できるように公表されていない。企業による情

報の公開が不正確であることが明確になれば、社会の利益と相反する企業によ

る不適正な行動を防止するための情報公開の仕組みの整備と明確な情報公開を

9 田中廣滋(2004)において、この関数 Vi (x,ti)は、ステークホルダー iの利得関数と呼ばれるが、ここでは、ステークホルダーの利得が外部評価の値であることが強調される。

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30 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 31

式(1)の最後の項は、企業がステークホルダーから直接的に求められる外部

便益あるいは外部費用を表現する。各ステークホルダーはその外部評価が低下

するにつれて、企業に対する不買運動などの住民運動や行政訴訟を含めた外部

費用の支払いを要求するであろう。また、企業は、地域活性化のために住民や

自治体からの協力を受けることも考えられる。関数 Φは αi – Viの単調増加関数

ではあるが ( Φ'i > 0 )、正のステークホルダーに関しては非正 ( Φi ≤ 0 )、負のステー

クホルダーに関しては非負の値 ( Φi ≥ 0 )をとると想定される。

ステークホルダーによる企業の社会的貢献を高めるための活動は、以下のよ

うに説明される。企業が社会的費用を正確に評価できるようにすることが、企

業が主役となる市場経済において、社会の持続可能性を実現するための重要な

条件である。企業行動から生じる社会的費用はステークホルダーに帰着する。

企業が個々のステークホルダーと接触して社会的費用を知ることは、容易では

ないことから、ステークホルダーと企業とのコミュニケーションの機能を高める

ために、機構や制度の整備を進めることが必要になる。社会の持続可能性のた

めに、ステークホルダー iは、企業が社会的費用を正確に知ることができるよう

に活動を続けるが、そのために特別の労力 yiを支出しなければならない。地域

の環境を守るための企業と住民の代表との交渉あるいは協定、関連企業の団体、

地域活性化のための協議会などの仕組みを活用して、企業とステークホルダー

との間のコミュニケーションの向上が図られる。ステークホルダー iの活動の目

標は、地域における外部評価

W = δ(y) ),(1∑=

n

iii txV {Vi (x,ti) – yi }

を最大化することであると想定される。ステークホルダーの支出の弾力性

ε =yδ

∂δ∂y

を用いれば、ステークホルダー iの独立変数 yiに関する最大化の 1階

条件式は田中(2004)の(5)に対応する

ε = yW (2)

に等しくなる。ステークホルダーが評価や計画の過程に関与するときには、(2)

の条件に従って、その努力は、Wと εによって定められる。

しい。あるいは、ステークホルダーの共同した取組の結果として、企業が守る

べき法令の内容あるいは公表されるべきデータが明確になると、ステークホル

ダーからの企業へのコントロールがある程度可能となる。各ステークホルダー

が地域社会の他のステークホルダーと協調した行動をとる前提条件として、企

業、住民、NPOなどの多様なステークホルダーが企業の持続可能な経営にその

評価が反映されるように働きかけることが可能な仕組みが重要である。ステー

クホルダー iが、持続可能性の実現のための意思決定に関与するために、参

加などの形で支出する労力あるいは費用は yiで、また、社会全体での総額は

y (= y1+ • • • +yn)で表示される。

3.持続可能性とパートナーシップ

企業の持続可能な経営に関する分析において、田中(2004)の(1)を変形

した田中(2006)の(4)が以下で(1)として使用される。企業は自らが設定

した社会的な純便益 NBを最大化することを目標とすると仮定される。ただし、

ステークホルダーにとって企業が達成すべき目標値あるいは理想の値が αiで表

示される。

NB = ∏(x) + δ(y) ),(1∑=

n

iii txV{Vi (x,ti) – yi } – t + ),(

1∑=

n

iii txVΦi ( αi – Vi (x,ti)), 1 ≥ δ ≥ 0 (1)

上式(1)は以下のように説明される。企業はその目標となる純便益が最大にな

るように生産量の水準 xと各ステークホルダー iへの対策費 tiを決定する。企業

による自らの活動の社会的評価は δ(y) ),(1∑=

n

iii txV {Vi (x,ti) – yi } – tと表記される。この

値は企業がステークホルダーの評価として認識する値である。δ(y)は利他性の

係数で表示される。情報の非対称性と自己の組織運営を優先しようとする官僚

主義的な行動をとる組織的な性格のために、企業は δ を持続可能性の前提条件

である 1より過少に評価する傾向が存在すると想定される。各ステークホルダー

が持続可能な枠組みに参加するためには、ステークホルダーは労力 yiを支出し

なければならない。この協働の仕組みが機能するためには、その労力の投入が

評価されるように仕組みが設計運営されなければならない。δ(y)は yの増加関

数である ( δ '(y) > 0 )ことが想定される。

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32 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 33

と変形される。企業は(6)が満たされるようにステークホルダーに対する貢献

をする。

本章において、地域あるいは都市の戦略に関する理論が構築される。多国籍

企業にとって、その事業を展開する都市の政府は企業にとってステークホルダー

としての役割を果たす。簡単化のために、多国籍企業が生産活動の拠点として

選んだ地域がステークホルダー 1と 2で表示される。企業による税負担あるい

は雇用の創造などの地域貢献は t1と t2によって示される。(6)の 2つの都市 1

と 2において、地域貢献が大きな企業が歓迎される。この関係は図 2を用いて

説明される。都市 1の政府は企業の地域への貢献が大きいと評価するが、都市

2の政府は企業の地域への貢献が小さいと査定する。都市 2の政府はこの企業

を受け入れるが、都市 1の政府は企業の受け入れに慎重な姿勢をとる。都市 1

は企業に対して受け入れに対して高いハードルを設定して、リスク係数の絶対

値が小さくなる政策を実施する。このとき企業は地域における限界費用が BE

から FIに引き下げて、ステークホルダーの限界利得と均等するように貢献額を

決める。その結果として、企業の都市 1における貢献は点 Cから点 Gへと強め

られる。企業はグローバル社会における激しい競争を展開しており、生産活動

に有利な都市を選択すると考えられる。企業の立地選択にとって、ネットワー

ク効果とリスク係数が重要な要因になるという仮説の有効性が以下で議論され

る。企業が都市 1のこのような対応に直面するとき、企業は都市 1における活

動を中止する選択をすることは可能であるが、企業にとって都市のネットワーク

効果が大きく魅力的であれば、高いリスク係数に対応する、大きな貢献が求め

られたとしても、都市 1における活動を選択する可能性も存在する。

企業活動における xと tiに関する社会的純便益最大化の 1階の条件は

d∏dx = ),(

1∑=

n

iii txV– (δ + dΦi

d(αi – Vi))

∂Vi (x,ti)∂x (3)

1 = (δ + dΦi

d(αi – Vi)) ∂Vi

∂ti, i = 1, • • • n. (4)

と書き表される。

企業の最適行動に関する条件(3)と(4)に関して、以下の関係が注意され

なければならない。第 1に、αi >Viが成立すると想定されることから、αi – Viが

小さくなるほどステークホルダー iが企業に対して裁判などの手段を用いた直接

的な行動をとる誘因は低下すると仮定される。 dΦi

d(αi – Vi)は企業とステークホル

ダー iとの間でトラブルを発生させる指標であるリスク係数を示す。利他係数が

1で、リスク係数がゼロで近似されるとき、企業は持続可能な状況にあると考え

られる。

1 = (δ + dΦi

d(αi – Vi)), i = 1, • • •, n. (5)

が満たされるとき、実際の最適条件(3)、(4)は、企業が持続可能な経営を実

現する条件に一致する。実際には、利他係数が 0と 1の間の値、リスク係数は

負の値をとると考えられることから、(5)の右辺は 1より小さな値をとると考え

られる。この値が 1より小さくなるほど、企業は持続可能ではない状況に置か

れるといえる。

第 2に、(5)式の右辺が 1に等しいときには次の 2つの条件の成立が確かめ

られる。(3)を満たす企業の最適行動は企業の限界私的利益と社会の限界費用

が均等する条件を満足する。(4)は企業がステークホルダーに対する貢献に対

するステークホルダーの限界評価が 1に等しくなるまで、貢献をする。

持続可能性が実現されていない実際の社会において、すべてのステークホル

ダーに対して(4)は

∂Vi

∂ti

=

1

δ(y) + dΦi

d(αi – Vi) (6)

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34 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 35

テークホルダーの割合より負のステークホルダーの割合が大きくなり、n2よりもn1の割合が大きくなる可能性が高くなる。

グローバルな企業活動を展開する企業にとって、ステークホルダーは一つの

地域内で完結しない。地域外に位置する正のステークホルダーは地域拡大によ

る負のステークホルダーの参入を防ぎながら、(7)の値を低下させて、経済活

動を高める機能を有する。地域内および地域相互間においてネットワーク効果

が発揮される。都市 Jに生産拠点を有する企業にとってネットワーク効果に関

係する主体が nj存在すると想定され、ネットワーク効果の総額は Njで表示され

る。正のステークホルダーのうちで、ネットワーク効果を発生させる nj個の主

体 i ( = n1+ n2+1, • • • , n1+ n2+nj ) に関して、関係式

Nj (nj) = ∑++

++=

jnnn

nni

21

21 1

– (δ + dΦi

d(αi – Vi))

∂Vi (x,ti)∂x

(8)

を用いると、(7)は

d∏dx = NMC (n1) + PMC (n2) + Nj(nj) (9)

と変形される。n1, n2, njは地域によって異なる値をとる。機械、食品、金融など

の業種によって、ネットワーク効果が作用する地域が異なることから、Njは企

業によって異なると想定される。Njは地域で生じるネットワーク効果を分析す

るために導入された項目であるが、その値が、企業にとって外生的に与えられ

ると想定される。Njは金融街や企業の本社機能が集中する地区など地域の要因によってもたらされる効果 N i

jと首都圏の大きな消費を支える市場のように地域

相互のネットワーク効果を示す Nojから構成される。No

jは近隣都市間における部

品調達のネットワークや広域的なマーケットの大きさなどによって決まる。Nj = N i

j + Noj

が成立すると定式化される。ネットワーク効果を地域内ネットワーク効果と地

域相互間ネットワーク効果に分けることによって、ネットワークの特徴が明確に

なる。地域内ネットワークは地域の特性を活かした企業の活動に有利であるが、

あらゆる企業がこの効果を享受することが可能な訳ではなく、ある特定の企業

だけがこの効果を受けることができる。この効果によって地域ごとに地域内の

ネットワーク効果を発揮する特徴がある企業集団が形成される。都市あるいは

図2 ステークホルダーと限界評価

A

G

E

H

都 市 1 の限 界 評 価

2

2

tV∂∂

都 市 2 の 限 界 評 価

D C 1t∂1V∂

EB

F I

J K 0

ス テ ー ク ホ ル ダ ー へ の 貢 献 ( t i )

限界評価

A

G

E

H

都 市 1 の限 界 評 価

2

2

tV∂∂

都 市 2 の 限 界 評 価

D C 1t∂1V∂

EB

F I

J K 0

ス テ ー ク ホ ル ダ ー へ の 貢 献 ( t i )

限界評価

4.地域内と地域間のネットワーク効果

多国籍企業は特定の地域においてのみ活動するのではなく、自らに有利な地

域を求めて自由に移動することができると想定される。企業は法人税率が低い

地域における経済活動を展開することを希望するが、地価や賃金が高く、事業

継続のコストが高い地域が生産活動の拠点としての魅力があると判断すること

もある。各地域は、異なる性質を持つステークホルダーによって構成される。

地域あるいは都市のレベルでのネットワークの特性が分析されるとき、(3)式

は n1と n2で表わされる負と正のステークホルダーによって構成される。

d∏dx = ),(

1∑=

n

iii txV– (δ + dΦi

d(αi – Vi))

∂Vi (x,ti)∂x

+ ∑

+

+=

21

1 1

nn

ni

– (δ + dΦi

d(αi – Vi))

∂Vi (x,ti)∂x (7)

正のステークホルダーおよび負のステークホルダーの定義から、(7)の左辺

の第 1項は正、第 2項は負の値を有する。第 1項と比較して、第 2項の絶対値

が大きくなるほど、(7)の値は小さくなり、限界私的便益逓減の条件の下では

企業の生産活動は大きくなる。企業にとって、n1より n2が大きいほど企業の生

産活動は活発になるといえる。このような条件が満たされるときには、利他係

数とリスク係数の絶対値が大きいほど、この傾向が強められる。ところが、都

市の規模が大きくなると、種々のタイプの主体がそれぞれ異なる目的を有して

都市の中に流入する。結果として特定の企業にとって利益を共有可能な正のス

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36 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 37

ddn {NMC (n1) + PMC (n2)} > 0

が成立する。都市の規模が大きくなることは企業と自治体の双方にとって必ず

しも有利には作用しない。企業はグローバル社会における大きな利益を求めて、

より有利な進出先を求めて活動するのに対して、自治体は都市経営の効率化と

いう観点から地域により大きな便益をもたらす企業の立地を望む。

企業と都市の間で展開される立地を巡る競争あるいは協調関係を整理するた

めに、(9)に基づくネットワーク効果に関する分析の手法が導入される。この関

係は図3と図4において解説される。この2つの図において、ネットワーク効果 は、

正のステークホルダーの限界外部費用を低下させることを通じて、ステークホ

ルダー全体で評価される純限界外部費用を低下させることが説明される。

図3 純限界外部費用とネットワーク効果

費 用

便 益

A

負 の ス テ ー ク ホ ル ダ ー の社 会 的 限 界 費 用

B

純 社 会 的 限 界 費 用

0C 生 産 活 動 水 準 ( x )

E ネ ッ ト ワ ー ク 効 果

正 の ス テ ー ク ホ ル ダ ー の社 会 的 限 界 費 用

F

D

G

ネ ッ ト ワ ー ク 効 果

この関係は図 3で描かれる。負のステークホルダーと正のステークホルダー

ネットワーク効果が存在しないときの(7)で示される負と正のステークホルダー

に関する社会的限界費用が線分 0Aと 0Fで近似される。(7)の右辺の純社会的

地域の単位が細分化されるに従い、この地域内ネットワーク効果が明確になる。

負のステークホルダーの存在は企業が享受するこの地域内ネットワーク効果

を弱めるように作用すると考えられる。(9)式において、(7)の右辺の第 1項の

負のステークホルダーの限界外部費用の総和が NMC (n1)、第 2項の正のステー

クホルダーの限界外部費用の総和が PMC (n2)とNj (nj)に分けて表示される。(9)

は、企業活動が都市における正と負のステークホルダーによる評価とネットワー

ク効果の大きさによって決まる関係を表示する。都市の規模が大きくなると、

消費者や取引先など企業活動に有利な正のステークホルダーの数は大きくなる

が、その一方で都市への人口集中は環境問題、地価の上昇、交通の混雑緩和の

ための新たな社会資本の整備などのため、企業との利害が反する企業や住民な

どの負のステークホルダーの数はより大きな割合で増加する。負のステークホ

ルダーの増加は都市経営にとっても大きな負担となる。地域にとって、企業に

応じて負のステークホルダーは異なることから、負のステークホルダーによる評

価を小さくして社会的費用を小さくするためにも、自治体は企業に対する要望

を強めていく。環境破壊を引き起こす大規模な工場は、地域に雇用をもたらし

ても、大きな環境被害を住民にもたらす可能性があり、都市の人口の増加とと

もに都市環境の改善を望む負のステークホルダーが増加して、自治体は工場の

郊外移転を進める政策を選択することになる。工場の移転後の空き地にネット

ワーク効果が大きい都市型産業の構築が図られる。以下において、n2がある水

準を超えると地域あるいは都市のステークホルダーの総数 n = n1+ n2が大きくな

るほど、正のステークホルダーに対する負のステークホルダー割合が大きくなる

と想定される。より厳密には、次のように定義される。各都市 jに関して総限界外部費用を最小化する一組の n*

j = n*1+ n*

2

ddn {NMC (n*

1) + PMC (n*2)} = 0

が存在して、 n < n*jを満たす nに対して、

ddn {NMC (n1) + PMC (n2)} < 0

また、n > n*jを満たす nに対して、

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38 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 39

は、競争力に勝る企業 Aが立地して生産活動をすると考えられる。

図4 企業による進出先の選択費 用

便 益 C

企 業 A の 限 界 便 益D

E 純 限 界 外 部 費 用

企 業 B F

の 限 界 便 益

G

H I

J

0

K L M 企 業 の 生 産 活 動x* x**

ネ ッ ト ワ ー ク 効 果

ある特定の地域であっても、企業によってその存在価値が異なることが考え

られる。ある地域が企業 Bにとって地域 2であり、企業 Aにとって地域 1の存

在であるとしよう。この地域は企業 Bの活動を希望するが、競争力がある企業

Aが操業を決めることを阻止することはできない。その代償として、企業 Aに

は点 Cで示されるような地域貢献が実現するような政策が実施される。

情報あるいはメッセージを発信することがこのネットワークの機能を有効に

活用するための前提条件である。Friedmann(1986)はグローバルなネットワー

クの頂点に立つ「世界都市」の存在に注目する。このような地域間ネットワー

クは、負のステークホルダーを地域内に大量に発生させない仕組みとして評価

される。地域内で正のステークホルダーを集結してイノベーションなどのネッ

トワーク効果を高めることも地域内のネットワークを高め企業による地域貢献

の誘導する政策を実行することによって企業にも、都市にとって魅力的な都市

群が形成される。各地域において各地の持続可能性を高めるためにコンパクト

限界費用は 0Bで示される。ここで、(9)において Njのネットワーク効果が発

生すれば、正のステークホルダーの社会的限界費用が EGへと下方にシフトする。

結果として、純社会的限界費用も 0Bから CDへと下方にシフトする。

地域が企業を受け入れる行動が明確になるように、企業 Aと企業 Bに対して

ネットワーク効果が明確に表れる関係が図 4において描かれる。企業 Aと企業

Bの限界便益曲線が CMと ELによって描かれる。この地域の純限界費用曲線

はこの 2つの企業にとって共通の曲線 0DとKFによって描かれる。曲線 KFは

曲線 0Dにネットワーク効果を加えたものである。企業 Aと企業 Bの特徴が明

確になるように、企業 Aが地域のネットワーク効果を期待することができるが、

企業 Bにはネットワーク効果が作用しないと仮定される。企業 Aの最適点は I

であり、その生産活動は x**で示される。これに対して、企業 Bの最適点は点

Hで示され、その生産活動は x*で示される。企業 Aは CIK0の面積に等しい純

便益を得るがその値は企業Bが獲得する純便益である0HEの面積よりも大きい。

企業 Aは企業 Bよりも競争的であるということができる。この 2つの企業と地

域の関係が図 2に表示されるように、任意の tiに関して∂V1

∂t1 <

∂V2

∂t2 を満たす地域

1あるいは 2がある。また、ステークホルダーとしての地方政府の行動に関して、

次のような想定がされる。tiが企業が支払う財政的な貢献であるとすれば、政

府は企業がより大きな貢献をすることを望む。その結果として企業の最適行動

は(7)が満たされるように、利他係数とリスク係数(絶対値)が上昇するよう

に修正される。

競争力がある企業の立地戦略は都市 1あるいは 2における地方政府の意向に

もかかわらず、両方の都市において活動をすることである。企業 Aは都市 1か

ら活動の前提として、社会的な貢献を積極的にすることが求められる。競争力

がない企業 Bは、都市 2において活動を継続することが可能であるが、このよ

うな条件を満たす都市の存在は限られていると考えられる。このようなタイプの

企業は特定の地域に根付いた活動を展開することによって、グローバル経済の

厳しい競争を乗り切ることが可能である。企業 Aと企業 Bが共存できる場合に

は、地域 2は税収などの地域における貢献を評価して企業 Aと Bを受け入れる

ことを決める。企業 Bの地域における貢献が認められずに共存できない場合に

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40 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 41

次に、東京都の 23区を中核とするネットワークの特徴とその機能を考察しよ

う。この効果の特徴が明確に現れるように、表 2の 11項目に関して、東京都の

23区の数値を 1に基準化されている。また、面積と人口は、経済活動の指標に

関する規模の効果が比較されるようにする基準指標である。首都圏の規模は、

東京都 23区と比較して、面積では、約 21倍、人口で、約 4倍である。本章では、

東京 23区を基準とする首都圏の経済と生活活動の指標として面積ではなく人口

がとられる。4倍以下の項目では、東京都 23区に活動が集中しており、それ以

外の地域に対して、23区が地域外ネットワーク効果を発揮していることが確か

められる。4倍を超える数値を示す項目は 23区の活動が首都圏全体での分業あ

るいは連携の体制が構築されており、首都圏全体でネットワークが機能してい

ると判断される。表 2においては、製造業の生産活動が反映される製造品出荷

額等と粗付加価値がそれぞれ 11.913と 9.126であり、多くの都市の間の連携と

協力によって成り立っていることが読み取られる。また、大型店店舗面積が 4.781

であり、広い範囲に大型店が立地して消費のネットワークが存在する状況が明

らかになった。これらの消費に直接関係する業種には、首都圏の消費のマーケッ

トの大きさが、地域間ネットワークの特徴となっていることを示している。逆に、

3に達しない項目である事業所数、従業員数、上場企業本社数、卸売業年間販

売額、小売業販売額に関しては、これらの数値が反映される項目の生産消費活

動は東京都 23区に集中しているといえる。製造業に関する指標とは対照的に、

シティや地産地消などの活動などもここでのネットワーク効果の一部を説明す

るものである。

5.首都圏におけるネットワーク効果の実証分析 10

東京都を中核とする首都圏は、経済と人が集積する世界的にも有力な都市圏

である。本節では、首都圏を形成する東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県、山

梨県にある 170の市と区の統計数値に基づき、ネットワークの構造と効果が分

析される。以下では、東京首都圏で形成されるネットワークの効果が企業と経

済の集積に関する数値から解明される。表 1は各都県の都市の産業構成比の平

均値を示す。第 1次産業は、千葉県と山梨県の一部で地域社会を支える産業と

して存続しているが、埼玉県、神奈川県、東京都ではその構成比がかなり低い。

また、千葉県における第 1次産業の分散が大きい。このことは、千葉県には第

1次産業が主力である地域とそうでない地域が存在することを示している。第 2

次産業の構成比が東京都を除く各県で 20%をかなり超えており、これらの地域

では、第 2次産業は地域を支える主要な産業となっている。第 3次産業の構成

比が 70%をかなり超えるのは、東京都と神奈川県である。この2つの地域が情報・

金融などのセンターとしての機能を果たして、グローバル社会とのネットワーク

の要の役割を果たしていることが数字の上から確かめられる。また、埼玉県の

分散は 3つの産業とも 20%以下であり、県に所在する各都市の産業構造が比較

的均質であり、バラツキが小さいことが読み取られる。

表1 産業構成比の都市平均

県・地域 数第 1次産業 第 2次産業 第 3次産業

平均(%) 分散 平均(%) 分散 平均(%) 分散埼玉県 46 2.2 0.02 28.2 16.45 67.2 11.52千葉県 39 6.7 41.41 22.8 36.13 68.8 114.01

東京都 23区 23 0.1 0.05 16.6 75.65 79.7 83.21東京都市部 29 0.9 0.01 20.8 14.58 75.0 13.01神奈川県 19 2.0 0.25 25.9 78.13 78.1 84.50山梨県 14 9.9 14.58 31.3 33.62 58.0 87.12

出所)田中(2010c)、『都市データパック 2010年版』東洋経済新報社,2010年より作成。

10 本節は田中(2010c)の内容を一部改訂したものである。

表2 東京23区を中心とするネットワークの指標

地域・県 事業所数

従業者数

上場 企業 本社数

製造品出荷額等

粗付加価値額

卸売業年間 販売額

小売業年間 販売額

大型店店舗 面積

労働力人口 面積

人口(国税調査)

2006年 2006年 2010年 2007年 2007年 2007年 2007年 2009年 2005年 2009年 2005年事業所 人 社 億円 億円 億円 億円 m² 人

東京 23区 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1

東京市部 0.230 0.201 0.044 1.099 0.870 0.023 0.291 0.509 0.463 1.270 0.471神奈川県 0.495 0.445 0.110 3.963 3.058 0.076 0.625 1.134 1.034 4.320 0.748埼玉県 0.412 0.322 0.043 2.602 2.100 0.052 0.443 0.981 0.787 6.930 0.678千葉県 0.330 0.272 0.030 2.843 1.770 0.040 0.418 1.019 0.697 2.931 1.000山梨県 0.072 0.046 0.004 0.406 0.328 0.006 0.055 0.137 0.094 4.564 0.089合計 2.593 2.286 1.230 11.913 9.126 1.196 2.813 4.781 4.074 21.016 3.985

出所)田中(2010c)、『都市データパック 2010年版』より作成

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42 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 43

トワークの一部を分担しているということができる。埼玉県は、さいたま市があ

らゆる指標で上位を占めており、ネットワークの拠点となっていることは明らか

であるが、全体的に上位 3都市の占有率は低く、埼玉県で独自のネットワーク

が形成されているとは言える状態にはない。あるいは、埼玉県の都市には東京

都の都市とともに比較的に小規模の都市群から形成される地域間ネットワーク

効果を活かした仕組みが形成されている。卸売業の年間販売額では、上位 3都

市の集中度は高く、首都圏における埼玉県の重要な役割が数字の上で確かめら

れる。千葉県では、千葉市などの東京都に近い都市が上位を占める。かっての

京浜工業地帯の一翼をになった大規模な製造業が存続する都市が存在するため

に、製造業出荷額、粗付加価値額、卸売り年間販売額では集積度が高いが、千

葉県はその他の指標では集中度は比較的に低く、首都圏のほかの都市とのネッ

トワークの中で、連携している様子が読み取られる。山梨県では、甲府市を中

心とした、経済と社会活動の集積が見られ、首都圏のネットワークと、甲府市

を拠点としたネットワークが共存していると考えられる。

表4 上位3都市名

都市名 事業所数 従業者数上場企業本社数

製造品出荷額等

粗付加価値額

卸売業年間販売額

小売業年間販売額

大型店店舗面積

労働力人口

2006年 2006年 2010年3月 2007年 2007年 2007年 2007年 2009年4月 2005年

事業所 人 社 億円 億円 億円 億円 ㎡ 人

港区 港区 千代田区 大田区 大田区 品川区 中央区 新宿区 世田谷区中央区 千代田区 港区 板橋区 板橋区 大田区 新宿区 渋谷区 大田区千代田区 中央区 中央区 江東区 墨田区 渋谷区 渋谷区 江東区 足立区八王子市 八王子市 武蔵野市 日野市 日野市 立川市 八王子市 八王子市 八王子市町田市 町田市 八王子市 府中市 八王子市 八王子市 町田市 町田市 町田市武蔵野市 府中市 昭島市 八王子市 府中市 府中市 立川市 立川市 府中市

横浜市 横浜市 横浜市 横浜市 横浜市 横浜市 横浜市 横浜市 横浜市川崎市 川崎市 川崎市 川崎市 川崎市 川崎市 川崎市 川崎市 川崎市相模原市 相模原市 厚木市 相模原市 相模原市 厚木市 相模原市 相模原市 相模原市さいたま市 さいたま市 さいたま市 狭山市 川越市 さいたま市 さいたま市 さいたま市 さいたま市川口市 川口市 川口市 川越市 さいたま市 熊谷市 川口市 川口市 川口市越谷市 所沢市 2市 さいたま市 熊谷市 川口市 熊谷市 越谷市 川越市千葉市 千葉市 千葉市 市原市 市原市 千葉市 千葉市 千葉市 千葉市船橋市 船橋市 松戸市 千葉市 千葉市 船橋市 船橋市 船橋市 船橋市松戸市 柏市 柏市 袖ヶ浦市 袖ヶ浦市 柏市 柏市 柏市 市川市甲府市 甲府市 甲府市 甲府市 甲府市 甲府市 甲府市 甲府市 甲府市

富士吉田市 笛吹市 上野原市 韮崎市 北杜市 中央市 甲斐市 甲斐市 笛吹市笛吹市 南アルプス市 3市 南アルプス市南アルプス市 富士吉田市 富士吉田市 富士吉田市 南アルプス市

山梨県

東京23区

東京市部

神奈川県

埼玉県

千葉県

資料)『都市データパック 2010年度版』より作成。複数都市が 3位にある場合は表示を省略。

これらの項目に対応する企業の管理経営、物流の大動脈ともいえる卸売りの販

売活動において東京都 23区がグローバル社会と首都圏全体のセンターとしての

機能を果たしている。これらの項目は首都圏に効率的な地域間ネットワーク効

果の重要な部分を形成しているといえる。

表3 上位3市区の集中度

地域・県 事業所数 従業者数上場 企業 本社数

製造品 出荷額等

粗付加価値額

卸売業 年間 販売額

小売業 年間 販売額

大型店 店舗 面積

労働力 人口

2006年 2006年 2010年 2007年 2007年 2007年 2007年 2009年 2005年

事業所 人 社 億円 億円 億円 億円 m² 人

東京 23区 0.222 0.347 0.539 0.380 0.379 0.096 0.298 0.268 0.255

東京市部 0.304 0.320 0.321 0.465 0.513 0.409 0.353 0.396 0.301

神奈川県 0.631 0.652 0.790 0.549 0.518 0.767 0.662 0.654 0.666

埼玉県 0.317 0.338 0.487 0.272 0.257 0.552 0.336 0.336 0.310

千葉県 0.309 0.345 0.642 0.541 0.409 0.563 0.387 0.379 0.337

山梨県 0.484 0.513 0.714 0.487 0.459 0.809 0.506 0.522 0.454

出所)田中(2010c)、『都市データパック 2010年版』より作成

表 3は首都圏の東京都の 23区と市部と神奈川、埼玉、千葉、山梨の 4県に

おけるそれぞれの指標で上位 3市区が総量に占める値である。これらの数値は、

それぞれの経済と生活の単位でどのようなネットワークが形成されているかを

分析するための手段として有用である。まず、表 4は上位の都市名である。東

京都 23区は上場企業本社を除いて、集中の係数は比較的に低く、区ごとに役割

の分担があることと特定の区に機能が集中せずに、23区全体で水平的なネット

ワーク機能しているといえる。東京都市区においても、八王子市、町田市、立

川市など比較的に人口が多い都市が各指標の上位を占める傾向が存在する。

製造業以外の指標では集中度は比較的に低いが、製造品出荷額、粗付加価

値額、卸売り年間販売額では、集中傾向が見られ、多摩地域を中心として製造

業が集積する地域が形成されていることが確かめられる。神奈川県では、大規

模な都市である横浜市と川崎市と相模原市が各指標で上位を占めていることも

あって、東京都に隣接する地域に経済活動が集中する傾向が示されている。神

奈川県が独自のネットワークを形成するというよりも、東京都を中心とするネッ

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44 第 2章 都市の持続可能性とネットワーク効果 45

業が参入や起業を含めて活発な活動が展開され、グローバルなネットワークの

中でも拠点としての役割を立派に果たすことになる。企業は、グローバルな市

場経済から生産拠点がある都市のネットワークまで重層するネットワークの機

能を自らの力に変えて活動をしなければならない。

参考文献

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6.おわりに

2000年代からの規制緩和のなかで資金調達の多様な手段を手に入れた、有力

企業は製造業を含めて多国籍企業として、グローバル化を加速させた。企業の

グローバル化は都市の構造にも影響を与える。都市の繁栄によってもたらされ

る人と企業の流入は、都市の規模を拡大するが、そのなかには負のステークホ

ルダーと呼ばれる層が拡大して、社会資本の整備や社会保障のための経費など

の負担が増大する。多くの企業が地域内で活動すれば、ある企業にとって正の

ステークホルダーであるグループが他の業種にとって負のステークホルダーに

なる可能性がある。都市空間の無秩序な利用は多くの負のステークホルダーを

生み出す。企業にとって負のステークホルダーの存在は活動の低下に作用する

ことから、この負のステーホルダーの発生の防止の仕組みを有する都市は企業

にとって魅力的になる。

さらに、ネットワーク効果は企業の活動を推進させる。ところが、このネット

ワーク効果は、イノベーションのようにある特性の業種と深くかかわる地域内

ネットワークとマーケットの広域的な大きさなどがもたらす地域間ネットワーク

が存在する。特定の産業の地域間ネットワークが発揮される様な単位で地域が

構成されることによって、負のステークホルダーの発生を最小限に留めて、地

域間のネットワークを活用する仕組みが、競争的な参入を容易にする。しかし

ながら、企業が地域貢献を十分に果たさない可能性があるので、企業の地域貢

献を促す仕組みを地域は整備する必要がある。都市の選択としては、地域間と

地域内のネットワーク効果を活用する仕組みを備えることができれば、競争力

がある企業よりも地域貢献をする企業が育成される仕組み作りを優先すること

が賢明な戦略となる可能性も存在する。

2008年の世界金融危機を契機として世界経済の推進力における製造業の役割

は大きくなっている。製造業はグローバル化された市場経済でより厳しい競争

のなかでの存続を求められる。この競争力の源は企業相互間で生じるネットワー

ク効果の一つである技術革新である。グローバルな多国籍企業の競争力を強化

するためには、個々の企業が生産拠点を持つ都市のネットワーク効果の活用が

有用である。企業にとって、国家レベルよりも都市レベルで企業の活動と相乗

作用をもたらす環境が重要である。ネットワーク効果が強力な都市は多くの企

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46 第 3章 都市の基盤としてのソーシャル・キャピタル 47

id=173&Itemid=133

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能な地域社会実現への計画と戦略』中央大学出版部,1-14頁.

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田中廣滋編著『グローバルな地域連携の枠組みと経営』中央大学教育GP,

1-54頁.http://www2.chuo-u.ac.jp/econ/gp/img/publish/book-j.pdf

田中廣滋(2010a),「気候変動と環境技術革新」,『地球環境レポート』13号,1-14

頁.http://www2.chuo-u.ac.jp/econ/gp/Img/publish/001-014.pdf

田中廣滋編著(2010b),『気候変動問題と環境技術革新戦略』中央大学教育GP.

田中廣滋(2010c),「都市ネットワークにおける製造業の役割」,『計画行政』33巻

4号,3-8頁.

第 3 章 都市の基盤としてのソーシャル・キャピタル

中央大学兼任講師 神山和美

1.ソーシャル・キャピタルの役割

1.1 グローバル社会における都市のガバナンス

1980年代初めからイギリスやアメリカで始まった新自由主義政策の下では、

市場原理主義に基づき、規制緩和、民営化等により、企業の自由な競争が促進

された結果、広範な地域で経済開発が実現された一方、気候変動問題をはじめ

とする多くの環境問題や所得格差等が引き起こされた。新自由主義政策の下で

発生した、これら外部費用を軽減する方策が講じられなければ、反グローバル

化の流れが進む恐れがある。世界経済を回復過程に導くためには、グローバル

化への流れを断ち切ることなく、グローバル化の便益を将来にわたって享受で

きるような持続可能な経済社会の仕組みを構築しなければならない。

これまで、グローバルな経済社会を持続可能とするために、ISO,CSR,SRIといっ

た国際的な標準化・規範の導入等、企業の社会貢献、環境問題への取り組みを

促進する仕組みが構築されてきた。しかし、2008年のリーマンショックに端を

発した世界金融危機の発生によって、これらのリスク管理では不十分であるこ

とが明確になった。

企業は利益の追求を目的とした私的な生産活動のみならず、公益的な活動を

通して、その都市における様々なステークホルダーと関わりを持っている。第 2

章において、各企業にとってステークホルダーは、企業利益の増加など便益を

もたらす正のステークホルダーと負の便益をもたらす負のステークホルダーとの

2つに分けられるが、都市の規模が大きくなると、様々な目的で都市に流入する

主体が多くなり、正のステークホルダーに比較して負のステークホルダーの割

合が大きくなることが示された。

各企業は、正と負両方のステークホルダーとのコミュニケーションを上手に図