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設備と管理2019年5月号 設備と管理2019年5月号 59 58 ? 事例に学ぶ 設備お悩み解決委員会 建築物環境衛生管理基準の相対湿度不適合への対処 55 結露を嫌って加湿停止する建物もあります.そう した建物では,窓ガラスが断熱性能のよいペアガ ラスなどの場合は結露の可能性は少ないと考えら れますが,そうでない場合,冬場に湿度を 40% RH 以上に保とうとすると,結露の可能性が高ま ります.そのため,結露受けを窓台に設置するホ テルすらあります.ガラスの断熱性能だけではな く,サッシなどの断熱性能もよくないと,その弱 点部分が結露する場合もあります. また,室内表面が冷え切った,冬場の週明けの 空調立ち上がり時などは,結露発生条件になりや すいため,室内表面が温まるまで加湿運転しない などの対応が必要となります.ガラス面にフィル ムを貼る,隅角部を断熱する,風向きを変えて冷 表面に風を当てて加温する,なども有効です. ◎ビル管理者が率先して基準遵守 居住者の健康を守る立場から,冬場でも,現状 の法律に則って相対湿度を管理基準値内とする措 置を行うことが,ビル管理者として何より重要で す.結露を理由に,湿度基準不適合の運用をする など,本末転倒です. 現存設備で管理基準をどうしても満足できない のであれば,これらの事実をもとに,加湿システ ムの性能アップや外壁の断熱性能アップ,適切な 結露対策付き空調システム設置を,建物所有者に 対して提案することなどが,管理者としての責務 といえるでしょう. <出典,参考文献> 1)東賢一「建築物環境衛生管理基準の設定根拠の検証につ いて」 2012 年2月 17 日 2)鍵直樹「建築物衛生の動向と課題」平成25年度生活衛生 関係技術担当者研修会 3)金勲「建築物衛生と空調」 2017 年1月 20 日 4)厚生労働省「建築物衛生法に基づく特定建築物立入検査 における不適合率の推移」 5)大沢元毅ほか「建築物の特性を考慮した環境衛生管理に 関する研究」平成 21 ~ 22 年度総括・分担研究報告書 *     *     * 本委員会では読者の皆様からの「お悩み相談」を お待ちしています. (高砂丸誠エンジニアリングサービス 竹倉 雅夫〔タケクラ マサオ〕) ◎室内環境基準と湿度条件不適合の現状 居室内の環境は,各国でそれぞれに規制されて おり,わが国では学校における衛生基準や労働安 全衛生法第4条などにより基準が定められ,また, 建築物衛生法では,より厳格な基準になっていま す(表1図1).ちなみに,わが国のこれらの基 準は努力義務であり,直ちに行政措置や罰則に結 びつくものではありません. なお,厚生労働省によると,立入り検査時,空 気環境測定値の不適合率が高く,特に相対湿度の 不適合割合が 5 割を超えているとのことです. ◎相対湿度の健康に対する影響 2019 年2月は,統計を取り始めて以来最も多 いインフルエンザ患者数となったのが記憶に新し いところですが,その際に室内の相対湿度管理の 重要性がさかんに指摘されていました. 相対湿度の推奨範囲に関する研究成果の一例を 図2に示します 1) .そうした研究によると,感染 患者の飛沫中のインフルエンザウイルスを3時間 で不活化するには,18℃で 50 ~ 60% RH,26℃ で 55% RH,31℃で 25 ~ 30% RH 必要といわれ ています.また,カビは 70% RH 以下であれば 問題なしとされています.ダニは 60% RH 以下 ですが,50% RH 程度でも生存が観察されるとい 特定建築物への立入り検査で相対湿度が 建築物環境衛生管理基準を満たしていないこ とが多いとの指摘がありますがビル管理者 としてどのような対処が必要でしょうか相談 54 表1 各国の温熱環境基準 1) ◆送り先 〒 101 - 8460 東京都千代田区神田錦町 3 - 1 (株)オーム社「設備と管理」編集部 設備お悩み相談係 温熱環境因子 アメリカ/ 保健省 アメリカ/労 働安全衛生局 イギリス/健 康安全局 中国/環境 保護総局 日本/建築 物衛生法 日本/学校環 境衛生基準 日本/事務所 衛生基準規則 室  温 〔℃〕 夏季 21.1 ~ 26.7 20 ~ 24.4 13 ~ 30 22 ~ 28 17 ~ 28 17 ~ 28 10 ~ 冬季 18.3 ~ 20.0 16 ~ 24 相対湿度 〔% RH〕 夏季 20 ~ 60 40 ~ 80 40 ~ 70 30 ~ 80 冬季 30 ~ 60 17℃ 28℃ 事務所衛生基準規則値(第4条) 労働安全衛生法 建築物衛生基準値 労働安全衛生法(第5条) 学校環境衛生基準値 湿度 温度 17℃ 10℃以上 30% 30% 80% 80% 70% 40% 28℃ 評価項目 相対湿度 0% 50% 100% 推奨範囲 ウイルス感染 推奨範囲 (40%⇔70%) 発生頻度 (大⇔小) 微生物汚染(カビ) 微生物汚染(ダニ) アレルギー症状 静電気 粘膜(目、鼻、喉)や 皮膚への影響 図1 温度と湿度の環境衛生基準値 図2 相対湿度の推奨範囲 1) われています.アレルギー症状は 20 ~ 30% RH から 30 ~ 40%への加湿で改善するとの報告があ ります. ちなみに,低湿度になると,目の刺激症状や角 膜前涙液層の変質が増加します.これらの影響は, パソコンなどのモニター画面を見続ける作業で増 悪する可能性があります.また,呼吸器系へ影響 する可能性も報告されています. 乾燥時の静電気については,カーペット歩行 時の人体の帯電圧は相対湿度の上昇とともに低 下し,3kV 程度以下とするには,相対湿度が 40~ 50% RH 程度必要といわれています. 以上の知見からも,湿度基準の不適合は,健康 の悪化原因になる可能性があり,湿度管理は健康 管理上,重要な項目であるのは明らかです. ◎加湿不足の原因推定と対策 ビル管理者が管理することが多い中央空調方式 のほうが,個別空調方式より不適合率が低いと の報告があります 2)3)5) .このことからすると, 2003(平成 15)年の建築物衛生法の改正に伴って 特定建築物の適用範囲が広がり,十分な加湿シス テムを持たないパッケージ式の個別空調も対象に なったことが,前述の湿度不適合率が増加してい る原因の一つとして挙げられます.最近,パッケ ージ式空調向けに開発されたドレンレス,給水レ スの最新式湿度調整システムでも,基準不適合の ケースが散見されます. また,適切な加湿システムを設備した建物でも 不適合が起きています.近年,窓ガラスが大きく 開放感のあるオフィスビルが増えており,冬場の

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設備と管理/2019年5月号設備と管理/2019年5月号 5958

?お み相談 ??室み悩事例に学ぶ 設 備

設備お悩み解決委員会建築物環境衛生管理基準の相対湿度不適合への対処55

結露を嫌って加湿停止する建物もあります.そうした建物では,窓ガラスが断熱性能のよいペアガラスなどの場合は結露の可能性は少ないと考えられますが,そうでない場合,冬場に湿度を 40%RH以上に保とうとすると,結露の可能性が高まります.そのため,結露受けを窓台に設置するホテルすらあります.ガラスの断熱性能だけではなく,サッシなどの断熱性能もよくないと,その弱点部分が結露する場合もあります. また,室内表面が冷え切った,冬場の週明けの空調立ち上がり時などは,結露発生条件になりやすいため,室内表面が温まるまで加湿運転しないなどの対応が必要となります.ガラス面にフィルムを貼る,隅角部を断熱する,風向きを変えて冷表面に風を当てて加温する,なども有効です.

◎ビル管理者が率先して基準遵守

 居住者の健康を守る立場から,冬場でも,現状の法律に則って相対湿度を管理基準値内とする措置を行うことが,ビル管理者として何より重要です.結露を理由に,湿度基準不適合の運用をするなど,本末転倒です. 現存設備で管理基準をどうしても満足できないのであれば,これらの事実をもとに,加湿システ

ムの性能アップや外壁の断熱性能アップ,適切な結露対策付き空調システム設置を,建物所有者に対して提案することなどが,管理者としての責務といえるでしょう.

<出典,参考文献>

1)東賢一「建築物環境衛生管理基準の設定根拠の検証につ

いて」2012 年2月 17 日

2)鍵直樹「建築物衛生の動向と課題」平成 25 年度生活衛生

関係技術担当者研修会

3)金勲「建築物衛生と空調」2017 年1月 20 日

4)厚生労働省「建築物衛生法に基づく特定建築物立入検査

における不適合率の推移」

5)大沢元毅ほか「建築物の特性を考慮した環境衛生管理に

関する研究」平成 21 ~ 22 年度総括・分担研究報告書

*     *     * 本委員会では読者の皆様からの「お悩み相談」をお待ちしています.

(高砂丸誠エンジニアリングサービス竹倉 雅夫〔タケクラ マサオ〕)

◎室内環境基準と湿度条件不適合の現状 居室内の環境は,各国でそれぞれに規制されており,わが国では学校における衛生基準や労働安全衛生法第4条などにより基準が定められ,また,建築物衛生法では,より厳格な基準になっています(表1,図1).ちなみに,わが国のこれらの基準は努力義務であり,直ちに行政措置や罰則に結びつくものではありません. なお,厚生労働省によると,立入り検査時,空気環境測定値の不適合率が高く,特に相対湿度の不適合割合が 5割を超えているとのことです.

◎相対湿度の健康に対する影響

 2019 年2月は,統計を取り始めて以来最も多いインフルエンザ患者数となったのが記憶に新しいところですが,その際に室内の相対湿度管理の重要性がさかんに指摘されていました. 相対湿度の推奨範囲に関する研究成果の一例を図2に示します1).そうした研究によると,感染患者の飛沫中のインフルエンザウイルスを3時間で不活化するには,18℃で 50 ~ 60% RH,26℃で 55% RH,31℃で 25 ~ 30% RH必要といわれています.また,カビは 70% RH 以下であれば問題なしとされています.ダニは 60% RH以下ですが,50% RH程度でも生存が観察されるとい

 特定建築物への立入り検査で,相対湿度が建築物環境衛生管理基準を満たしていないことが多いとの指摘がありますが,ビル管理者としてどのような対処が必要でしょうか.

相談 54

表1 各国の温熱環境基準1)

◆送り先〒 101-8460 東京都千代田区神田錦町 3-1(株)オーム社「設備と管理」編集部設備お悩み相談係

温熱環境因子 アメリカ/保健省

アメリカ/労働安全衛生局

イギリス/健康安全局

中国/環境保護総局

日本/建築物衛生法

日本/学校環境衛生基準

日本/事務所衛生基準規則

室  温〔℃〕

夏季 21.1 ~ 26.720 ~ 24.4 13 ~ 30

22 ~ 2817 ~ 28 17 ~ 28 10 ~

冬季 18.3 ~ 20.0 16 ~ 24

相対湿度〔%RH〕

夏季̶ 20 ~ 60 ̶

40 ~ 8040 ~ 70 30 ~ 80 ̶

冬季 30 ~ 60

17℃ 28℃

事務所衛生基準規則値(第4条)労働安全衛生法

建築物衛生基準値労働安全衛生法(第5条)

学校環境衛生基準値

湿度

温度

17℃

10℃以上

30% 30%

80%80%70%

40%28℃

評価項目

相対湿度 0% 50% 100%

推奨範囲

ウイルス感染

推奨範囲(40%⇔70%)

発生頻度(大⇔小)

微生物汚染(カビ)

微生物汚染(ダニ)

アレルギー症状

静電気

粘膜(目、鼻、喉)や皮膚への影響

図1 温度と湿度の環境衛生基準値

図2 相対湿度の推奨範囲1)

われています.アレルギー症状は 20 ~ 30% RHから 30 ~ 40%への加湿で改善するとの報告があります. ちなみに,低湿度になると,目の刺激症状や角膜前涙液層の変質が増加します.これらの影響は,パソコンなどのモニター画面を見続ける作業で増悪する可能性があります.また,呼吸器系へ影響する可能性も報告されています. 乾燥時の静電気については,カーペット歩行時の人体の帯電圧は相対湿度の上昇とともに低下し,3kV程度以下とするには,相対湿度が 40~50% RH程度必要といわれています. 以上の知見からも,湿度基準の不適合は,健康の悪化原因になる可能性があり,湿度管理は健康管理上,重要な項目であるのは明らかです.

◎加湿不足の原因推定と対策

 ビル管理者が管理することが多い中央空調方式のほうが,個別空調方式より不適合率が低いとの報告があります2)3)5).このことからすると, 2003(平成 15)年の建築物衛生法の改正に伴って特定建築物の適用範囲が広がり,十分な加湿システムを持たないパッケージ式の個別空調も対象になったことが,前述の湿度不適合率が増加している原因の一つとして挙げられます.最近,パッケージ式空調向けに開発されたドレンレス,給水レスの最新式湿度調整システムでも,基準不適合のケースが散見されます. また,適切な加湿システムを設備した建物でも不適合が起きています.近年,窓ガラスが大きく開放感のあるオフィスビルが増えており,冬場の