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「社会関係の拒絶」か「再帰的関係」か -コンテンツに見る「優しい関係」の出口
七邊信重(マルチメディア振興センター)
自己紹介
マルチメディア振興センター
専門
博士(学術)
ゲーム学(Game Studies)、社会学
学会
日本デジタルゲーム学会、コンテンツ文化史学会、情報通信学会など
所属組織
国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本) 同人・インディーゲーム部会(SIG-INDIE) 正世話人
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本発表の問い
コンテンツの表現は、コンテンツ制作・受容の背景にある現実の社会、経済、政治等の動向と連関している。
本研究の目的
学校における「社会関係」をテーマにしたコンテンツを通して、現代の「社会関係」の特異性を浮かび上がらせる。
現代社会で能動的に社会関係を築くための条件と、その解決策を、コンテンツの解釈を通して考察する 。
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分析概念:「社会関係」
分析にあたり、ウェーバーの社会関係概念と、ベックらの現代社会関係論を利用する。
ウェーバーの「社会関係」概念
行為: 行為者が主観的な意味を結びつける人間行動
社会的行為: 思念された意味にしたがって他者の行動に関係させられ、かつその経過においてこれに方向づけられている行為
社会関係: 思念された意味にしたがって相互に方向づけられた、多数者の行動
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分析概念:「個人化」(ベック)
ベックは、自身が利用している「個人化」「制度」「伝統」「産業社会」「再帰的近代」といった概念の意味を明確に定義していないが、概ねその主張を次の通り整理できると考えられる。
個人化(Individualization)
伝統社会から産業社会(単純な近代)、ポスト産業社会(再帰的近代)への移行を通して、一貫して進んだ社会現象
次の五つの変化を総称するもの
ベック(1986=1998: 253-254, 2011: 28-29)
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「個人化」と呼ばれる五つの変化
①脱伝統化: 伝統の確実性が疑われるようになること。
伝統: 集団が長い歴史を通じて培い、伝えてきた信仰・風習など(『広辞苑』第5版より)
②制度による解放: 近代的制度により、大家族や地域共同体のように生まれた時にあらかじめある社会関係から解放されること。
③制度による統合: 制度に人々が依存し、それに統合されること。生活保障の依り代が、伝統的社会関係から近代的制度になること
近代的制度: 労働市場、福祉国家、教育制度等 6
④「自分の人生」の追求の強制: 個々人に対する人生設計の強制
⑤リスクの内面化: 個人の選択結果を個人自身が負わされること
伝統や伝統的社会関係から解放される代わりに、制度に依存しつつ、自己の人生の設計と、リスクの負担を強いられるようになること
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「個人化」と呼ばれる五つの変化
個人化=「制度による解放と統合」
「制度による解放と統合」の具体例
学校教育で知識や学歴を得た個人が、それらにより労働市場で高い地位・収入が保証される職業に就くこと
企業や雇用慣行、労働市場、社会保障制度の動向に、個人の人生が左右される(生活保障が市場や国家制度に依存する)ようになること
ベックの主張の特徴の一つは、「脱伝統化」「解放」という従来の近代化論を踏襲する一方、その裏返しとしての「制度による統合」「人生設計の強制」「リスクの内面化」にも注目する点
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ギデンズ:近代における時空間の拡大と情報通信や貨幣などの抽象的システムの発達、社会関係についての知識の増大が、社会関係を固定的なものから、個人の選択によって結ばれる、自由だが不安定なものに変える。
本研究では、「社会関係」という用語を、ウェーバーの意味で用いる。
また、現代コンテンツで表現される社会関係の経過と結果を理解するために、ベックやギデンズの現代社会論、特に「個人化論」を参照する。
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本研究における概念利用について
社会関係の変容 ―安定した友情関係から「優しい関係」へ―
学校を舞台にした青春小説では、幼なじみ、同級生などの属性をベースにした、固定し安定した友情関係を描く作品が昔から多い。
「To Heart」「Steins;Gate」「リトルバスターズ」「真剣で私に恋しなさい!!」など
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社会関係の変容 ―安定した友情関係から「優しい関係」へ―
一方、近年、「流動的で、不安定な、支えのない社会関係」を描いたコンテンツが登場
不安定な社会関係の一類型としての「優しい関係」(土井隆義)
対立の回避を最優先にする、現在の若者たちの人間関係
自分の価値観を否定されること、傷つくことを恐れて、互いに相手に踏み込まない社会関係
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「優しい関係」とコンテンツ
近年、話題になった「社会関係」に関するコンテンツは、「優しい関係」とその継続の困難をテーマにしている。
『野ブタ。をプロデュース』(2004年)
土井が「優しい関係」の説明素材として引用
主人公は、意味を持たないコミュニケーションを続けることで、友人との「優しい関係」を巧妙に維持している。
しかし、相手に踏み込まずに相手や社会関係を操作する行為の意図が、ある事件を契機に表面化し(また誤解され)、最後には孤立してしまう。
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『野ブタ。をプロデュース』 「優しい関係」
遠すぎたら寂しいし、近過ぎたらうっとうしい。適当に笑わしておけば波風立たないし、誰にも嫌われない。(P,23)
社会関係の操作
今現在完全無視の野ブタをみんなが愛する人気者にする。これができりゃ俺の人を騙して動かす力は本物だ。(P,73)
「優しい関係」の操作の不可能性
毎日喋って笑ったし、バカみたいに遊びにも行った。おまえらに使ってやった時間はハンパじゃないはずだろ?/騙されていたのは俺なのか。仲良いフリしてたはずなのに実際はフリされてたのか。固めていたはずの自分の周りがぐにゃぐにゃと流動体に変わり、ゆらゆらと揺れ始める。その波に身を揺らされ、足を奪われ、俺にはしがみつくものが見あたらなかった。(P,168) 13
社会関係の不安定化
社会関係が「個人化」し、自由に選択できるようになると、自分が他者を選ぶだけでなく、他者も自分を選べるようになり、社会関係が不安定化する。
他者の選択が、予想しがたくなる。
互いに選択するような自由だが不安定な関係を拒絶する人間は、しばしば他者を権力、地位、金銭、暴力などで制御・管理しようとする。しかし、そうすることで、かえって他者の信頼を失う。
また社会関係を拒絶する者は、社会関係から引きこもる。
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「個人化」社会での選択① 自己の能力と制度に頼る
不安定な社会関係への一つの向き合い方
深い社会関係を作る代わりに、自己能力と制度(教育、労働市場、核家族等)を頼りにする生き方
『俺ガイル』 の主人公(比企谷八幡)
「訓練されたぼっち」
深い社会関係を築くことを拒絶しあきらめている。
関係の断絶や相手に踏み込まない優しい関係は肯定
周囲が変わっても、自分は変わらないことを肯定
友人を求めず、教育制度を利用して、自らの努力と能力のみで進学校に入学し、有名大学への進学を目指す
理性により、行為の結果を予測し、一人で実行できる手段を比較検討し、「最適解」を導く生き方。 15
『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』
生活保障の基盤: 自己の能力(理性)
ぼっちが誇るべきはその深き思索。本来、対人関係に割かれるべきリソースをただ自分一人に向け、内省と反省と後悔と想像と空想とを繰り返し、やがて思想と哲学とに行きつくほどに、無駄な思考力。そのすべてを費やし、あらゆる可能性を模索し、考えうる結論を反証し、否定する。(6巻)
「理性の化け物」(8巻)
孤立の肯定
本来、ぼっちというのは誰にも迷惑をかけない存在だ。人と関わらないことによってダメージを与えない、究極的にエコでロハスでクリーンな生き物なのだ。/[人間関係を]リセットすることで俺は心の平穏を取り戻し、由比ヶ浜は負い目から解放され元のリア充ライフへと回帰する。(3巻)
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『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』
ぼっちと制度、情報通信
俺の場合は同じ中学の奴らが絶対に行かないところ行こうと思って結構頑張ったんだよ。毎年一人とかだからさ、俺の中学から総武高行くの。(3巻)
携帯電話ってやつはある種、ぼっちを加速させるデバイスだと思うのだ。電話が来ても放置とか着信拒否とかできるし、メールも返さなきゃそのままだ。人間関係を取捨選択できてコミュニケーションが気分次第でオンオフできる。(2巻)
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「個人化」社会での選択② 「再帰的関係」を築く
不安定な社会関係へのもう一つの向き合い方
「個人化」の極地としての「訓練されたぼっち」とは別の生き方
社会関係が互いが互いを作り変えるものであることを承認した上で、自己開示を通して、他者に能動的に働きかけ、信頼を得て、社会関係を築く
個人の能動的な働きかけによって形成される社会関係を、以下では「再帰的関係」と呼ぶ。
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「再帰的関係」に対する態度
『野ブタ。』の主人公は、互いに作り作られる(自分が変えられる)、「再帰的関係」を構築することを拒否し、最後には孤立した。
一方、『野ブタ。』の設定をおそらくは流用して作られた、田中ロミオ『AURA』 や『灼熱の小早川さん』 に登場する「優しい関係」を戦略的
に築く主人公は、(他者の価値観を認めない)原理主義的なヒロイン(厨二病/ネトウヨの少女)と出会い、変えられ、また相手を変えていく。また、それを通して再帰的関係を築く。
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再帰的関係か孤立か
『俺ガイル』の主人公は、彼とより深い関係に入ることを求める人間と、「再帰的関係」を作ることを何度か拒絶する(2巻、7巻)。
社会関係により変えられること、あるいは「再帰的関係」を築いた後、それを失うことに怯えている。
主人公が、能動的な信頼関係を築くことを選ぶか、それとも他者に変えられることや、信頼関係を失うことを恐れて、再び社会関係を築かずに自らの能力のみを頼りに生きる道を選ぶか、あるいは個人的能力の開発と再帰的関係形成を両立させるのか。本作品の主題
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結論
「優しい関係」や「再帰的関係」をテーマにした作品の増加は、社会関係がもはやあらかじめ存在するものではなく、個人が能動的に築いていかなければならない時代をその背景として持っている、と考えられる。
これらの作品の考察は、「個人化」時代に社会関係を築くことの困難だけでなく、その解決の鍵をも提示しているように思われる。
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今後の課題
従来の安定した友人関係をテーマにしたコンテンツの社会的背景
産業社会とそこでの友人関係
個人化時代(ポスト産業社会)の「再帰的関係」の構築に必要な条件、特に個人に求められる態度
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