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─ 103 ─ Microbiol. Cult. Coll. 26 (2):103 108, 2010 1.はじめに Pestalotiopsis 属は植物病理学では植物病原菌とし て広く知られる一方で,菌類生態学では内生菌,菌類 探索を行なう人にとっては分離頻度の高い土壌菌でも ある.総合すると,何処にでもいる菌ということかも しれない.本稿では,まず本属とその近縁属と呼ばれ るグループの関係と本属の種の分類と同定法を概説 し,本菌の病原性と興味深い代謝産物を簡単に紹介す る. 2.近縁属との関係 Pestalotiopsis 属は子嚢菌 Amphisphaeriacea の Pestalosphaeria 属の不完全世代(アナモルフ)で, いわゆる分生子果不完全菌類である.Pestalotiopsis 属は 5 細胞で構成される分生子を形成し,上下を除く 中央 3 細胞が着色し,頂部に約 3 本,尾部に 1 本の付 属糸があり,特徴的な形態をしている.本菌に似た分 生子を特徴とする属はMonochaetia 属,Seiridium 属, Seimatosporium 属,や Truncatella 属などである. これらの属はいずれも分生子層に並んだ分生子柄上に アネロ型分生子を形成する菌で,分生子を構成する細 胞数やその中の有色細胞数,付属糸の数や付属糸の付 着位置など,分生子の形態で分類されている(表1). Lee ら(2006) は, 論 文 の 中 で こ れ ら の 菌 を Pestalotioid fungi (Pestalotiaに似た菌)と呼んでいる. なぜ Pestalotioid fungi なのか? おそらく,Saccardo による概念によってまとめられていた Pestalotia 属 が,Steyaert (1949) の提案で分生子の形態的特徴の違 い を 基 準 と し て 細 分 化 さ れ Pestalotiopsis 属, Truncatella 属,Monochaetia 属が分離独立したが, 大本は Pestalotia 属ということかもしれない.また, Pestalotiopsis という名前の由来が既に「Pestalotia に 似た」という意味であるため,こちらを採用するわけ にもいかないのかもしれない. ところで,「Pestalotia属菌」ははたして存在するの か?ということがよく話題になる.近年の論文に Pestalotia 属菌の報告はなく,この関連属菌の分子系 統解析に現在の定義にあった Pestalotia 属菌を加えら れているのを見たことがない.さらに,このグループ を Pestalotia 属関連菌群と言わず,Pestalotiopsis 属関 連菌群と呼んでおり,Pestalotia 属の存在感は極めて 薄い.少なくとも我が国で Pestalotia 属と記録された 菌は,いずれも Pestalotiopsis 属か Truncatella 属へ の転属が必要である(小林,1992). Pestalotiopsis 属 関 連 菌 群 の 有 性 世 代 は Amphisphaeriacea に属する Broomella, Discostroma, Pestalosphaeria 属とされている.アナモルフで同定 された本菌群の 28S rDNA を指標とした分子系統解 析では,すべてが Amphisphaeriacea の中の一つの大 クレードに入る(Jeewon et al., 2002).すなわち分子 系統的にも近縁属と言え,Pestalotiopsis 属関連菌群 と呼ぶに相応しいグループである. しかし,一方で Jeewon ら(2003b)は,この近縁 第 9 回   ペスタロチオプシス属菌 渡辺京子 1) *,小野泰典 2) 1) 玉川大学農学部生物資源学科 〒194-8610 東京都町田市玉川学園 6-1-1 2) 第一三共(株)機能分子第一研究所 第五グループ 〒140-8710 東京都品川区広町 1-2-58 Genus Pestalotiopsis Kyoko Watanabe 1) * and Yasunori Ono 2) 1) College of Agriculture, Tamagawa University, Machida, Tokyo 194-8610, Japan 2) Lead Discovery & Optimization Research Laboratories I, Daiichi Sankyo Co. Ltd. Hiromachi, Shinagawa-ku, Tokyo 140-8710, Japan 連載「農業関連微生物」 Corresponding author E-mail: [email protected]

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Page 1: 103 微26.2 渡辺 責 - Japan Society for Microbial Resources ...が,Steyaert (1949)の提案で分生子の形態的特徴の違 いを基準として細分化されPestalotiopsis属,Truncatella属,Monochaetia属が分離独立したが,大本はPestalotia属ということかもしれない.また,Pestalotiopsisという名前の由来が

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Microbiol. Cult. Coll. 26(2):103 ─ 108, 2010

1.はじめに Pestalotiopsis 属は植物病理学では植物病原菌として広く知られる一方で,菌類生態学では内生菌,菌類探索を行なう人にとっては分離頻度の高い土壌菌でもある.総合すると,何処にでもいる菌ということかもしれない.本稿では,まず本属とその近縁属と呼ばれるグループの関係と本属の種の分類と同定法を概説し,本菌の病原性と興味深い代謝産物を簡単に紹介する.

2.近縁属との関係 Pestalotiopsis 属は子嚢菌 Amphisphaeriacea のPestalosphaeria 属の不完全世代(アナモルフ)で,いわゆる分生子果不完全菌類である.Pestalotiopsis属は 5 細胞で構成される分生子を形成し,上下を除く中央 3 細胞が着色し,頂部に約 3 本,尾部に 1 本の付属糸があり,特徴的な形態をしている.本菌に似た分生子を特徴とする属は Monochaetia 属,Seiridium 属,Seimatosporium 属,や Truncatella 属などである.これらの属はいずれも分生子層に並んだ分生子柄上にアネロ型分生子を形成する菌で,分生子を構成する細胞数やその中の有色細胞数,付属糸の数や付属糸の付着位置など,分生子の形態で分類されている(表 1).Lee ら(2006) は, 論 文 の 中 で こ れ ら の 菌 をPestalotioid fungi(Pestalotia に似た菌)と呼んでいる.

なぜ Pestalotioid fungi なのか? おそらく,Saccardoによる概念によってまとめられていた Pestalotia 属が,Steyaert (1949) の提案で分生子の形態的特徴の違い を 基 準 と し て 細 分 化 さ れ Pestalotiopsis 属,Truncatella 属,Monochaetia 属が分離独立したが,大本は Pestalotia 属ということかもしれない.また,Pestalotiopsis という名前の由来が既に「Pestalotia に似た」という意味であるため,こちらを採用するわけにもいかないのかもしれない. ところで,「Pestalotia 属菌」ははたして存在するのか?ということがよく話題になる.近年の論文にPestalotia 属菌の報告はなく,この関連属菌の分子系統解析に現在の定義にあった Pestalotia 属菌を加えられているのを見たことがない.さらに,このグループを Pestalotia 属関連菌群と言わず,Pestalotiopsis 属関連菌群と呼んでおり,Pestalotia 属の存在感は極めて薄い.少なくとも我が国で Pestalotia 属と記録された菌は,いずれも Pestalotiopsis 属か Truncatella 属への転属が必要である(小林,1992). Pestalotiopsis 属 関 連 菌 群 の 有 性 世 代 はAmphisphaeriacea に属する Broomella, Discostroma, Pestalosphaeria 属とされている.アナモルフで同定された本菌群の 28S rDNA を指標とした分子系統解析では,すべてが Amphisphaeriacea の中の一つの大クレードに入る(Jeewon et al., 2002).すなわち分子系統的にも近縁属と言え,Pestalotiopsis 属関連菌群と呼ぶに相応しいグループである. しかし,一方で Jeewon ら(2003b)は,この近縁

第 9 回  ペスタロチオプシス属菌

渡辺京子 1)*,小野泰典 2)

1)玉川大学農学部生物資源学科 〒194-8610 東京都町田市玉川学園 6-1-1 2)第一三共(株)機能分子第一研究所 第五グループ 〒140-8710 東京都品川区広町 1-2-58

Genus Pestalotiopsis

Kyoko Watanabe1)* and Yasunori Ono2)

1) College of Agriculture, Tamagawa University, Machida, Tokyo 194-8610, Japan 2) Lead Discovery & Optimization Research Laboratories I, Daiichi Sankyo Co. Ltd.

Hiromachi, Shinagawa-ku, Tokyo 140-8710, Japan

連載「農業関連微生物」

* Corresponding authorE-mail: [email protected]

Page 2: 103 微26.2 渡辺 責 - Japan Society for Microbial Resources ...が,Steyaert (1949)の提案で分生子の形態的特徴の違 いを基準として細分化されPestalotiopsis属,Truncatella属,Monochaetia属が分離独立したが,大本はPestalotia属ということかもしれない.また,Pestalotiopsisという名前の由来が

渡辺京子,小野泰典ペスタロチオプシス属菌

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属間の関係について,タクサを増やして 28S rDNAを 指 標 と し て 分 子 系 統 解 析 を 行 っ た 結 果,Pestalotiopsis 属,Seiridium 属はそれぞれ Bartalinia属と Seimatosporium 属の組み合わせ単系統群になり,Truncatella 属 は 多 系 統 群 で あ っ た. ま た,Monochaetia 属については,さらに今後の研究が必要であるとした.2006 年の Lee らも同様な系統解析を行い,Truncatella 属を,Truncatella 属のみのサブクレードと Bartalinia 属と一緒になるサブクレードをまと め て Truncatella/ Bartalinia ク レ ー ド と し,Jeewon ら(2003b)の結果と一致すると結論づけた.しかし,分類に関するそれ以上の言及はない.すなわち,表 1 に示した Pestalotiopsis 属関連菌群のそれぞれの属は,その指標となった形態がすべて適切(分子系統を反映)ではなく,むしろ,近年の報告は整理の必要性を示唆している.ただし,この菌群の整理を始めると,現在もまだ Steyaert(1949)に従った基準による転属手続きが取られずに古い属名で残っている種や Synonym が複数属にまたがる種があり,大変厄介なことになりそうである.1993 年に発行された

「COELOMYCETOUS ANAMORPHS with append-age-bearing conidia」(Nag Raj, 1993)で各属を調べるとこの問題が見てとれる.一方,本記事の題材である Pestalotiopsis 属に限ってみると,他属に比べてまとまった属といえる.

3.種以下の分類と同定上の問題 Pestalotiopsis 属は,付属糸の着生位置や数が極端に違う P. distinca など以外は,比較的分子系統としてまとまっているうえ,形態的特徴で属の同定までは容易にできる.しかし,種の同定となると混乱する.なぜなら Pestalotiopsis 属の種は,他の植物病原菌同様に宿主植物が異なると形態的な基準が類似していたとしても,新種として提案されていたからである.こ

れは既に基準にならないことがわかっている(Jeewon et al., 2004).2005 年,Hawksworth は本属の種数を50 程度に整理できると推測した.しかし,それ以降も新種記載はあるものの,本属の種は整理されることはなく,既に 235 種にまで膨れ上がっている(Index Fungorum, http://www.speciesfungorum.org/Names/Names.asp).現在もなお,その数は増える傾向にある. 本属の種の整理の難しさは,基準標本の保存状態にある.標本が古いのも原因の一つであるが,もともと本属の分生子は乾燥させただけで付属糸はとれ易く,後述する同定に重要な色の見分けも難しくなる.そのため第 25 巻第 2 号の植物炭疽病(2)のように,基準標本からたとえ DNA が抽出できても,形態を確認できない.よって,新たに同定基準標本を探さない限り,種の整理が進められないのである.しかし,記載文と同じ同定基準標本となる株を捜そうとすると,この同定基準標本を指定するための種の同定が難しいという堂々巡りの問題がある. では,新たな分離源から得られた株はどう同定すればいいのか? 現在のところ,分離源に関係なく,分生子の形態がより近いものを Guba (1961), Steyaert

(1949, 1953, 1961), Sutton (1980), Nag Raj (1993) のモノグラフや新たな新種記載の論文から捜しだして同定するほかない.同定の際に形態的特徴として観察すべき点は,分生子の大きさ,有色 3 細胞の色,付属糸の数と先端の特徴である.特に重要かつ最も悩ましいのが有色 3 細胞の色である. Guba (1961)のモノグラフでは有色 3 細胞の色がいずれも同色であるか 3 細胞間の色に濃淡がある(異色)かが検索基準として重要な鍵となっている.また,異色のグループでさらに色彩(茶色,オリーブ色など)を分類基準として2つのサブグループを設けている.これについて Jeewon ら(2003a)は,ITS 領域と

表 1 Pestalotiopsis関連属菌の分生子の形態的特徴

属 細胞数有色細胞 頂部付属糸 尾部付属糸

有色部 細胞数 数 基点 数 基点Bartalinia 5 中央(淡) 3 3 中央 1 外生Diploceras 3- 中央 2-3 1- 中央 1(分枝) 外生Discosia 4 なし 4 1 横 1 横Monochaetia 4- 中央 2-3 1 中央 1 内生Pestalotiopsis 5 中央 3 (1-)3(-4) 中央 1 内生Sacrostroma 4- 中央 2-3 1 中央 1 外生Seimatopsporium 5 中央 3 -1 中央 1(分枝) 外生Seiridium 6 中央 1-4 1 中央 1 内生Truncatella 4 中央 2 2- 中央 1 内生

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b-tubulin 遺伝子の分子系統樹から,Pestalotiopsis 属の有色3細胞を,彼ら自身の観察による①同色の茶色,②細胞が灰黒色系で細胞間が異色,③同様に黄褐色で異色を指標にして,分子系統解析によって分けられた3 クレードを 1)同色で色に関係なく細胞間が異色のあるグループ(P. versicolor など),2)茶色で同色のグループ(P. neglecta などのグループおよび P. theaeなどのグループ)の2つのグループに分け,有色 3 細胞の色が原始形質であるとしながらも,Guba が分類基準としている色彩は分子系統を反映していないことを指摘した.最終的に彼らが提案した Pestalotiopsis属菌は進化的に 1)有色 3 細胞が異色か同色か,2)付属糸先端の形態,3)付属糸の長さ,4)分生子の大きさの順に重みづけができるとした.しかし,同色なグループは P. neglecta が属するクレードと P. theae

が属する側系統群である. 同様な研究(図 1)から筆者らは,彼らの使用した菌株と同じクレードに入る P. theae の有色 3 細胞は同色で茶色ではあるが,P. neglecta などに比べると色が濃く,この違いが同定上重要と考えている(未発表).確かに,本属の色彩については他菌で使用されているようなカラーチャートで色が指定されておらず,観察者の主観で論じられているに過ぎない.ところが,同定においてはこの色に拘らざるを得ない例がある.たとえば,P. pallidotheae の分生子は,その名の通り分生子の色の薄い P. theae であり(Watanabe et al., 2010),色で間違えると異なるクレードに属する菌と誤同定することになる.既にこの有色 3 細胞の色彩が原因で誤同定されていた例もあり(渡辺,2009),形態で種を同定しようとした時,ここで間違

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P. fici 2

Pestalotiopsis sp. 3P. theae 1

P. fici 1

P. theae 2

P. japonica P. crassiuscula 1 P. longiseta

P. glandicola

P. crassiuscula 2

P. maculans 1

Pestalotiopsis sp. 1Pestalotiopsis sp. 2

Seiridium sp.Seiridium cardinale

P. pallidethea

P. karstenii 1

P. karstenii 2

P. kunmingensis

P. acaciae

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95P. funereaP. neglecta 2

P. maculans 2P. neglecta 3 P. olivaceaP. microspora

P. diseminata 2P. diseminata 1P. adustaP. microsporaP. heterocornis 2P. heterocornis 1P. palustris

Group 1

P. neglecta 1

Group 2

図 1  Pestalotiopsis 属菌の ITS1, 2と 5.8S rDNA領域に基づく近隣結合法による分子系統樹.系統樹内の数字は 80% 以上のブートストラップ値(%)を記している.

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渡辺京子,小野泰典ペスタロチオプシス属菌

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えると付属糸先端の形態と分生子の大きさでは同定できないことになる. 色の判断は,慣れてくると,経験的に習得した印象,分生子の 3 細胞の色が濃いか薄いか,によって

(図 2),系統樹の 2 つのクレードのうちどちらのクレードに入るかがわかる.しかし,この指標は,まさに客観性の問われるところでもある.この判断は,何種もの菌を見ていると感覚的に身に付けることができるが,心配な場合は,PCR で確認することができる.真菌のITS領域全体を増幅する際に使用するユニバーサルプライマー ITS5 と ITS4(White et al., 1990)でゲノム DNA をテンプレートとして PCR を行い,電気泳動で PCR 産物の大きさを測定すると濃いと判断されるものは約 600 bp,薄いものは約 650 bp である

(図 3).観察だけでは色の特定が心配な場合,PCR で判断した後に形態観察するとよい.もちろん,既報のモノグラフや記載文からは,系統樹のどちらのクレードに入るのかはわからないが,本属の分子系統樹が掲

載されている論文中の菌株が記載されているモノグラフのセクションの周辺で分生子の大きさが同じものから種を検索するとよい.たとえば,Guba(1961)のP. theae の所属するセクションは濃い色となり,Group 1 に入る傾向にある. 種の整理ができていない本属では,遺伝子情報のみで種を同定することは現在できないため,この手順を踏む以外に種を同定する方法はない.

4.病原性 本属は,罹病植物,健全植物,海,土など様々なところから分離される菌である.日本植物病名目録(日本植物病理学会 2000,NIAS の HP からは最新情報が検索可能,http://www.gene.affrc.go.jp/databases-micro_pl_diseases.php)によると,本属は国内の 69種の植物の病原菌として報告されている.ヤマノイモ

(ペスタロチア病菌 P. versicolor),スターチス(ペスタロチア病菌 P. gracillis)などを除くと,ほとんどの記録が木本植物上での発生であり,樹木や果樹の重要病害と言える.特に病原性の強い P. theae と P. longiseta によるチャ輪紋病はお茶の重要な病害である. 一方,本属は内生菌としての報告も多く,内生菌,病原菌としてのデータも含まれる USDA の提供するfungal databases (Farr & Rossman, 2010) により宿主を検索すると,本属の宿主には海草(Sakayaroj et al., 2010),シダ(Norse, 1974),ワラビ(Hughes, 1953),イネ(Singh et al., 1995)と多様ではあるが,明 ら か に 木 本 植 物 の 記 録 が 多 い. 逆 を 返 せ ばPestalotiopsis 属は草本植物よりは木本植物を生息場所として好むと言えるのかもしれない.本検索結果から記載論文を解析すると,本菌による病害は葉や果実での発生が多く,内生菌としても同様な場所に生息していることがわかる.また,種で病原菌と内生菌を区別することはできないこともわかる. 一般的には,本属は弱い病原性を示す菌とされている.たとえばグアバを宿主とする Pestalotiopsis 属菌のように,P. microspora, P. clavizpora, P. neglecta, P. diseminata, Pestalotiopsis sp. と 5 種が病原菌として分離されるものの,いずれも有傷接種でのみで病原性を示すもの(Keith et al., 2006)や,イチゴの果実から分離された P. longisetula が自然界では病原性が確認されていないトマト,アプリコット,モモ,グアバ,トマトなどの果実へも有傷接種によって発病が認められる(Embaby, 2007).このような特徴からか,

Group 1 の菌 Group 2 の菌

図 2  図 1の分子系統樹内の Group 1,2に所属する菌の分生子.図中のバーは 20 mm を示している.

600 bp

① ② ③ ④

図 3  ITS1, 2と 5.8S rDNAの増幅結果(電気泳動像).①:マーカー,②:図 1 のGroup 1 の菌株の PCR 産物,③:図 1の Group 2 菌株の PCR 産物,④:ネガティブコントロール

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Parbery(1996)は様々な菌の栄養摂取性をまとめた中で,本菌は necrotrophic であるとした.すなわち植物体の老化とともに優位に基質から栄養を吸収するために,植物が健全であるうちに生息場所を確保し内生する生存戦略をもつことが予測される.

5.代謝産物 近年の報告では,植物病原菌としての報告に負けず劣らず,本菌の二次代謝産物に関する報告が多い.Xu et al. (2010)は,本属の応用的な可能性を想定して多くの代謝産物を報告している.現在のところ,最も有名な物質は,乳癌と子宮癌への抗癌効果のあるTaxol である(Strobel et al., 1996).この発見には,興味深い経緯がある.初め Taxol は本菌の宿主であるイチイ樹木の生理活性物質として発見された.しかし,抗がん剤として癌患者に供給するためには,年間750,000 本ものイチイ樹が必要とされ,そのうえイチイの生育は遅いために到底供給できない量であった.そこで,イチイの内生菌による Taxol 生産をスクリーニングしたところ,P. microspora が Taxol 生産菌の一つであることがわかったのである(菅原,1997).

6.おわりに 普遍的に分離され,分生子の形態を見ると実にわかりやすい Pestalotiopsis 属菌は,いろいろな意味で整理がされていない.取り扱う側の立場でいろいろな解釈があり,その解釈が成り立つような様々な側面をもっている属であるとも言える.ここ 20 年で,本属に関係する研究報告が急激に増え,その扱い(報告)を見ると有用菌としての側面を開拓しそれを顕在化させようとしている研究が多い一方で,病害発生の報告も増えている.本属は,いままで普遍的な雑多な菌としての扱いであったが,今後は体系的な研究の対象となってきたと考えている.

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渡辺京子,小野泰典ペスタロチオプシス属菌

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(担当編集委員:青木孝之)