1 経済・政治・社会情勢と国民の志向96 jnto訪日旅行誘致ハンドブック...

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96 JNTO訪日旅行誘致ハンドブック 2018(アジア新興5市場編) 第  章 1 経済・政治・社会情勢と国民の志向 外国旅行に影響を与える情勢 1-1 1. 経済情勢 東南アジアで唯一のG20(主要国首脳会議に参加 する7カ国、EU、ロシア、および新興国11カ国の 計 20 カ国・地域からなるグループ)参加国であるイ ンドネシアは、2010年以降5%~ 6%の堅調な経済 成長を維持してきたが、資源価格の下落の影響を受 け、2015年の経済成長率は5%台を割り込んだ。し かし、人口の増加や最低賃金の大幅な上昇などを背 景に個人消費が年々拡大しており、個人消費・イン フラ関連投資の拡大などに牽引されて、2017年は 5.1%程度の経済成長に達する見通しである。 国際通貨基金(IMF)によると、インドネシアの 2016年のGDP(国内総生産)は9,324億米ドルで、 世界第16位を占めている。一人当たりのGDPも 2000年の870米ドルから2016年には3,604米ドルに 伸びたが、これはまだ世界平均の 40%に満たない水 準である。 ボストン・コンサルティング・グループの調査に よると、中間層・富裕層が人口全体に占める割合は 2012 年には 30%(7,400 万人)であったが、毎年 800 万人~ 900万人がこの層に参入し、2020年には全人 口の 53%に当たる 1 億 4,100 万人になるという予測も ある *1 。国民の日常の交通手段として不可欠なオー トバイの販売台数は2014年以降減少傾向にあるも のの、自動車販売台数が2016年には前年比5%増の 106万台となった。また、化粧品などの日用品の販 売も好調で、生活水準の向上が消費者の購買行動を 多様化させている。 資源関連部門の投資は、2013年頃から原油や天 然ガスなどの価格の下落により頭打ちとなっていた が、価格下落が底を打ち、2017 年以降は緩やかな回 復が見込まれている。インフラ投資はインドネシア の潜在成長率を高めるのに必要不可欠という認識か ら、ジョコ・ウィドド大統領は、ジャワ島以外の外 島部へのインフラ投資を重視し、スマトラやカリマ ンタンでの縦断道路建設などを進めている。2016 年 の外国直接投資は前年比 8.4%増の 293 億米ドル(396 兆 6,000 億ルピア)に達し、国内投資も前年比 20.5% 増の 160 億米ドル(216 兆 2,000 億ルピア)に達した。 この数字は、共に過去最高である *2 為替動向を見ると、米国の量的金融緩和が縮小に 向かう過程で、ルピアは2013年末から2015年末に かけて米ドルに対して下落したが、2015年10月の ジョコ政権による景気刺激策の発表や 2016 年以降の 資源価格の回復などを受けて下げ止まった。今後は 好調な国内経済と並行して、当面は安定した推移が 予測される。 2011年以降6%台で推移していた失業率は、投資 の拡大を背景に 2016 年 2 月には 5.6%まで低下した *3 毎年170万人が新規に労働市場に参入するため、そ の受け皿としての雇用機会の創出も重要な課題であ る。 *1:ボストン・コンサルティング・グループ2013 https://www.bcgperspectives.com/content/articles/ center_consumer_customer_insight_consumer_ products_indonesias_rising_middle_class_affluent_ consumers/ *2:外務省「最近のインドネシア情勢と日・インドネシア関係」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/indonesia/kankei. html *3:インドネシア中央統計庁統計2016 2. 政治・社会情勢 インドネシアは東南アジア諸国連合(ASEAN) の盟主国とされ、首都ジャカルタにASEAN本部が ある。世界第4位である約2億6,000万人の人口を抱 え、マレー系を中心に200 ~ 350とも言われる民族 が暮らす多民族国家である。「唯一神への信仰」、「人 道主義」、「インドネシアの統一」、「民主主義」、「イ ンドネシア全国民への社会正義」という建国 5 原則 (パンチャシラ)が 国家の求心力を維持している。 この原則から、無宗教は認容されず、公的に認めら れた6つの宗教(イスラム教、キリスト教(カトリッ ク、プロテスタント)、ヒンドゥー教、仏教、儒教) のいずれかへの信仰の登録が義務付けられている。 宗教人口の割合は、イスラム教約87.2%、キリスト 教約 9.8%、ヒンドゥー教約 1.6%などとなっている。 世界最大のイスラム人口を有するものの、イスラム 教は国教ではない。民族、言語、宗教は多様で、伝 統的価値観の尊重、他宗教への寛容による共存が見 られる。 2014年に就任したジョコ大統領は、「庶民派」大 統領として支持を集めている。国民に分かりやすい 方針を示し、迅速かつ目に見える成果を求める新し

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96 JNTO訪日旅行誘致ハンドブック 2018(アジア新興5市場編)

第  章1 経済・政治・社会情勢と国民の志向

外国旅行に影響を与える情勢1-1

1. 経済情勢

東南アジアで唯一のG20(主要国首脳会議に参加する7カ国、EU、ロシア、および新興国11カ国の計20カ国・地域からなるグループ)参加国であるインドネシアは、2010年以降5%~ 6%の堅調な経済成長を維持してきたが、資源価格の下落の影響を受け、2015年の経済成長率は5%台を割り込んだ。しかし、人口の増加や最低賃金の大幅な上昇などを背景に個人消費が年々拡大しており、個人消費・インフラ関連投資の拡大などに牽引されて、2017年は5.1%程度の経済成長に達する見通しである。

国際通貨基金(IMF)によると、インドネシアの2016年のGDP(国内総生産)は9,324億米ドルで、世界第16位を占めている。一人当たりのGDPも2000年の870米ドルから2016年には3,604米ドルに伸びたが、これはまだ世界平均の40%に満たない水準である。

ボストン・コンサルティング・グループの調査によると、中間層・富裕層が人口全体に占める割合は2012年には30%(7,400万人)であったが、毎年800万人~ 900万人がこの層に参入し、2020年には全人口の53%に当たる1億4,100万人になるという予測もある*1。国民の日常の交通手段として不可欠なオートバイの販売台数は2014年以降減少傾向にあるものの、自動車販売台数が2016年には前年比5%増の106万台となった。また、化粧品などの日用品の販売も好調で、生活水準の向上が消費者の購買行動を多様化させている。

資源関連部門の投資は、2013年頃から原油や天然ガスなどの価格の下落により頭打ちとなっていたが、価格下落が底を打ち、2017年以降は緩やかな回復が見込まれている。インフラ投資はインドネシアの潜在成長率を高めるのに必要不可欠という認識から、ジョコ・ウィドド大統領は、ジャワ島以外の外島部へのインフラ投資を重視し、スマトラやカリマンタンでの縦断道路建設などを進めている。2016年の外国直接投資は前年比8.4%増の293億米ドル(396兆6,000億ルピア)に達し、国内投資も前年比20.5%増の160億米ドル(216兆2,000億ルピア)に達した。この数字は、共に過去最高である*2。

為替動向を見ると、米国の量的金融緩和が縮小に向かう過程で、ルピアは2013年末から2015年末にかけて米ドルに対して下落したが、2015年10月のジョコ政権による景気刺激策の発表や2016年以降の資源価格の回復などを受けて下げ止まった。今後は好調な国内経済と並行して、当面は安定した推移が予測される。

2011年以降6%台で推移していた失業率は、投資の拡大を背景に2016年2月には5.6%まで低下した*3。毎年170万人が新規に労働市場に参入するため、その受け皿としての雇用機会の創出も重要な課題である。

*1:ボストン・コンサルティング・グループ2013年 https://www.bcgperspectives.com/content/articles/

center_consumer_customer_insight_consumer_products_indonesias_rising_middle_class_affluent_consumers/

*2:外務省「最近のインドネシア情勢と日・インドネシア関係」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/indonesia/kankei.

html*3:インドネシア中央統計庁統計2016年

2. 政治・社会情勢

インドネシアは東南アジア諸国連合(ASEAN)の盟主国とされ、首都ジャカルタにASEAN本部がある。世界第4位である約2億6,000万人の人口を抱え、マレー系を中心に200 ~ 350とも言われる民族が暮らす多民族国家である。「唯一神への信仰」、「人道主義」、「インドネシアの統一」、「民主主義」、「インドネシア全国民への社会正義」という建国5原則

(パンチャシラ)が 国家の求心力を維持している。この原則から、無宗教は認容されず、公的に認められた6つの宗教(イスラム教、キリスト教(カトリック、プロテスタント)、ヒンドゥー教、仏教、儒教)のいずれかへの信仰の登録が義務付けられている。宗教人口の割合は、イスラム教約87.2%、キリスト教約9.8%、ヒンドゥー教約1.6%などとなっている。世界最大のイスラム人口を有するものの、イスラム教は国教ではない。民族、言語、宗教は多様で、伝統的価値観の尊重、他宗教への寛容による共存が見られる。

2014年に就任したジョコ大統領は、「庶民派」大統領として支持を集めている。国民に分かりやすい方針を示し、迅速かつ目に見える成果を求める新し

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JNTO訪日旅行誘致ハンドブック 2018(アジア新興5市場編)

第1章 経済・政治・社会情勢と国民の志向

いスタイルを確立している。国政での経験がなく、かつ少数与党という厳しい状況での政権立ち上げではあったが、徐々に体制を強化し、国会の3分の2以上が与党勢力となった。二度の内閣改造を経て、政治基盤は安定している。2016年7月の第2次内閣改造で再び起用されたスリ・ムルヤニ財務大臣の下、財政規律の強化や財政収支の赤字幅の改善などによって財政健全化を推進している。

ジョコ大統領は2017年8月の施政方針演説の中で、政権発足1年目は力強い国家開発に向けた基礎固め、2年目はインフラ整備と人材育成を通じた国家開発の加速に取り組んできたことを説明した。3年目は格差是正と公正な経済の実現に焦点をシフトさせている中で、貧困層の削減、地域間格差の解消では成果が出つつあるが、発電所整備などインフラ開発は遅れ気味である。

ジョコ政権発足時の省庁再編で新設された観光省は、アリフ・ヤフヤ観光大臣の下、2019年までにインドネシアへの外国人旅行者2,000万人突破の目標を掲げて、誘致キャンペーン「ワンダフル・インドネシア」を展開している。バリ島だけでなく、メダン、リアウ諸島、バンドン、ロンボク島、マカッサルなど10カ所を推奨観光地に定め、空港、高速道路、ホテルなどでの各種のインフラが整備され、安全で快適な滞在が提供できるよう準備が進められている。これにより、インドネシア国民が外国旅行をする際の利便性向上にもつながることが見込まれる。

ジョコ大統領は、次回の大統領選挙(2019 年)でも再選が有力視されているが、今後の政権の安定度を占う試金石と見られていた2017年2月のジャカルタ特別州知事選挙で、現大統領が支持する中国系キリスト教徒で現職のバスキ・プルナマ知事が、前年のイスラム侮辱疑惑をきっかけに敗れるという波乱が起きた。また、2018年6月に予定されている地方選挙の行方も注目される。

2016年以降、インドネシア各地でテロ事件が継続して発生している。2016年1月にジャカルタ中心部でテロ事件が発生し、過激派組織ISIL(イスラム国)が犯行声明を出した。ISILに参加しているインドネシア人が相当数に上ると指摘されており、2017年5月にもジャカルタで自爆テロと見られる爆発が2回相次いで起きた。今後、イラクやシリアで戦闘技術などを身につけた者がインドネシアに帰国することで、治安上の脅威となることが懸念されている。

外国旅行に関する国民の志向1-2

1. 気候・風土が外国旅行に与える影響

赤道を中心とした東西5,000キロメートルの領域に、1万3,466もの島々が点在する。典型的な熱帯性気候であることから、訪日旅行では常夏のインドネシアで見ることができない桜や紅葉、雪景色が好まれる。熱帯性気候の酷暑に加え、都市部・農村部を問わず歩道の整備が不十分であるなどの理由で、インドネシア人は日常的に長い時間歩く習慣がなく、長距離の移動には車かバイクを利用するのが一般的である。そのため、街歩きや寺社仏閣への訪問などで長時間の歩行を伴う旅行は一般的に嫌われる。ショッピングの場合でも、ショッピングストリートよりもエアコンの効いた屋内のショッピングモールが好まれる傾向にある。

インドネシアの国土面積は約190万平方キロメートルで日本の約5倍あるが、全人口の70%近くは国土面積の6%にすぎないジャワ島に集中しており、ジャワ島とその他の地域との間に開発格差が存在する。インドネシアへの外国人観光客誘致促進のためにジャワ島やバリ島以外でのインフラ整備が進められていることで、これらの島々の住民が外国旅行をする上でもプラスに作用することが期待される。

2. 休暇制度と旅行動向

①学校休暇学校の年度は7月第3週~翌年6月第1週である。

2学期制となっており、長期休暇は12月下旬~ 1月上旬までの年末・年始休暇と、6月中旬~ 7月初旬までの年度替わり休暇、イスラム教徒(ムスリム)の断食明けのレバラン休暇(2018年は6月15日からなので年度替わり休暇に入っている)の三つで、それぞれ2週間程度である。(レバラン休暇は学校により異なる。)

子どもを連れた家族旅行がインドネシア人の一般的な休暇の過ごし方であり、学校休暇と企業の休暇が重なるレバラン休暇と年末・年始休暇が、最も旅行がしやすい時期となる。子どもの興味という点から、訪日旅行では、東京ディズニーリゾートR、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン™などのテーマパークが家族旅行先として好まれている。

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②企業における休暇制度インドネシアの労働法では、勤続12カ月以上の従

業員には12日間の有給休暇が付与されるという規定がある。なお、6年間同一企業で勤務した場合、6年ごとに2カ月間の有給休暇の付与が義務付けられていた時期があったが、企業側の反発により、当該規定は「2003年以前に本規定を適用していた企業に限る」と改正された。

インドネシアにおける企業の大型休暇は、年末・年始休暇とレバラン休暇の二つである。年末・年始休暇は、休日である12月25日のクリスマスに有給休暇を組み合わせる。レバラン休暇も、法定の祝日である2日間に政府が決定した休暇奨励日や有給休暇などを組み合わせる人が多い。ムスリムはレバラン休暇期間に合わせて、ほとんどの人が地方に帰省するため、電車やバス、飛行機は満席となり、道路は大渋滞する。メイドや運転手も休暇を取るため、彼らの雇い主である富裕層(特に中華系)ではこの時期に外国旅行を行う人が多い。

3. 余暇に対する考え方

インドネシア人は一般的に家族との時間を大切にする。友人と遊ぶ時間と同等かそれ以上に、週末は家族と一緒にいることが多い。長期休暇には、地方の親戚を訪ねるという伝統も維持されている。

ジャカルタなどの都市部では大型ショッピングモールが多いものの、その他の娯楽施設としては、郊外のゴルフ場や遊園地、動物園などが幾つかある程度であるため、休日には多くの家族がショッピングモールへと繰り出す。ショッピングモール内には様々な店やレストラン、美容院、フィットネスジム、映画館、カラオケボックスなどが揃っているので、一日中過ごせる。また、インドネシアでは歌やダンスが好きな人が多く、週末には家族や友人と「ファミリーカラオケ」に出掛けたりもする。

サッカーはインドネシアで最も人気の高いスポーツである。国内プロリーグの混乱のため、2015年からFIFAによる国際的な活動停止処分を受けてほぼ停止状態にあったが、2016年には停止処分が解かれ、約1年ぶりにインドネシアのサッカーチームが国際舞台に復帰できることになった。テレビ観戦だけでなく、畑の空き地でボールを追いかける少年たちから週末のスポーツとして楽しむ市民まで、多くの人に親しまれている。

毎週日曜には、ジャカルタの目抜き通りであるスディルマン通りが早朝6時から午前11時まで歩行者

天国となり、ウォーキングやジョギング、サイクリングをする人で賑わう。毎年10月に開催されるジャカルタ・マラソンは年々参加者数が増えており、東京マラソンへの参加を希望するランニング愛好家グループも存在する。2017年の東京マラソンには164人のインドネシア人が参加した。

4. 社会における志向の変化

①食生活インドネシアには200 ~ 350とも言われる民族が

暮らし、パダン料理、アチェ料理、スンダ料理、マナド料理など、地方独自の食文化が受け継がれている。全体的に味付けの濃いものが多く、インドネシア人には辛いもの、揚げ物、甘いものが好まれる。

人口の約9割を占める多数派のムスリムは、教義に沿って豚肉・豚製品を口にしないが、宗教の寛容性を重んじる国是の下、他信徒の食生活は尊重されている。

首都ジャカルタでは外食産業が活況を呈しており、伝統的なインドネシア料理だけでなく、西洋料理や、トルコ、アラブ、インド、中国、韓国、日本などの世界各国料理のレストランが揃っている。所得水準の上昇や生活スタイルの変化などにより、外で食事をする人が増加している。

都市部を中心に健康ブームが拡大する中、日本食にも注目が集まっている。ジャカルタでは本格的な日本食レストランや現地の味覚にあった日本食風レストラン、日本のチェーン店、フランチャイズ店など、様々な形態の日本食が味わえる。日本人が経営する居酒屋や寿司屋、ラーメン屋などは「リトル東京」と呼ばれるブロックMエリアに集まっている。甘いものが好きな人が多いインドネシアでは、日本のデザートとして、ソフトクリームや抹茶系デザートなどに人気がある。

主食は米で、平均して毎年一人当たり200kg以上消費する米の消費大国であるが、欧米風の食文化の浸透により、近年は若者を中心にパンを好む人が増えている。敷島製パン、山崎製パンなど日系資本が入った2社のパンも売り上げを伸ばしている。

2017年日本公開の映画『珈琲哲學-恋と人生の味わい方-(Filosofi Kopi)』の舞台として使われたカフェに倣うように、ジャカルタの中心部だけでなく、中間層・富裕層が暮らす郊外にも小規模ながら個性的なカフェが増え続けている。インドネシア産のコーヒー豆を前面に押し出すカフェ、ドリップ方法にこだわるカフェ、内装に凝り落ち着いた雰囲気の

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第1章 経済・政治・社会情勢と国民の志向

あるカフェなどがそれに当たる。カフェにはWi-Fiやコンセントが完備されている所があり、簡易オフィスやコワーキングスペースとして若者が利用する場にもなっている。

②健康インドネシアは熱帯性気候で常に暑いため、塩や

油を使った食べ物や甘いものが好まれる。近年は海外から様々なファーストフードが流入していることも影響し、肥満人口が増加しており、高血圧や脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病の増加が懸念されている。しかし、医師不足などのため、首都ジャカルタでも満足のいく医療サービスを受けられる環境が限られている。一部の富裕層は外国で治療や検査を受ける目的で、マレーシアやシンガポール、タイなどの近隣諸国に医療目的で出国している。

疾病による医療費負担増への不安から、都市部を中心に健康に対する意識が高まっており、フィットネスジムや週末に歩行者天国になる大通りで身体を動かす人が増えている。食生活にも気を遣うようになってきており、ジューサーで材料に熱を加えず、圧力をかけてすりつぶして絞ったコールドプレスジュースや伝統生薬ジャムーを提供するおしゃれなカフェが新たにオープンしている。季節の野菜や鶏肉、魚介類を良質のオリーブ油などで調理したヘルシーフードなどを、バイクやバイクタクシーで出前をしてもらうことも日常化している。

③ファッション経済成長に伴う所得の上昇により、ファッション

にかける費用は増加傾向にある。ショッピングモールには、海外の高級ブランドのほか、ザラ(ZARA)やユニクロといったカジュアルファッション、国産ブランドなど、様々な店が入居している。インドネシア国民の90%近くがムスリムであるが、Tシャツやジーンズ、スカートといった欧米ファッションが浸透している。ムスリムの女性の約半数はジルバブ

(スカーフ)を身につけているが、ジルバブ自体もファッション化している。恒例となった「ジャカルタ・ファッション・ウィーク」や「インドネシア・ファッション・ウィーク」などの大規模なファッション・イベントでは、インドネシアを拠点として活動するデザイナーたちにより、インドネシアの伝統工芸バティック(ろうけつ染めの布)と現代的な素材を組み合わせたカラフルでセンスの良いデザインや、イスラムの伝統衣装と欧米的な洋服を融合させた新しいファッションなどが提唱され、国際的に

も注目されている。

④ショッピングインドネシアには多数のショッピングモールが

あり、利用者は最寄りのお気に入りのショッピングモールに出掛けることが多い。幅広い年齢層を対象とした店舗やレストランなどが揃うので、1カ所で全ての用事を済ませられることが特徴である。ショッピングモール側では、顧客の囲い込みのためポイント付与サービスを提供したり、イベントを開催したりと各施設が努力をしている。

一方、多忙な人々は交通渋滞を避けて、インターネット通販(eコマース)で買い物をすることも多くなっている。2012年以降、インドネシアではネット通販会社が続々と誕生しており、マーケットプレイス(インターネット上の取引市場)を形成するTokopediaやファッション業界のZALORA、ムスリムファッションに特化したHijUp.comなどが消費者に人気となっている。スマートフォンの普及やインターネット高速化などが後押しし、インターネット通販を利用する人は今後ますます増加する見込みである。インドネシアでは、銀行口座保有率が約2割、クレジットカード保有率が銀行口座保有者の約2割にとどまることなどから、オンライン決済はまだ浸透しておらず、決済は商品受け取り時に代金引換をする傾向が根強い。ただし、代金引換では、宅配人による代金横領などのリスクが高いため、代金引換の金額に上限が設定されていることが多い。また、代金横領防止のため、販売側はネットバンキングや電子マネーを推奨する傾向にある。インドネシア政府がフィンテック(ファイナンスとテクノロジーを組み合わせた造語で、スマートフォンを使う決済や資産運用、ビッグデータ、人工知能などの最新技術を駆使した金融サービスのこと)を用いた金融サービスの導入を後押ししていることもあり、大手銀行や携帯電話会社では電子マネーの導入が進行している。

⑤ポップカルチャー「音楽好き」な国民性を反映して、国民的歌手ア

グネス・モニカをはじめ現代インドネシアならではの歌姫たちやポップパンクバンドが活躍する一方、洋楽、K-popと並んでJ-popの人気も衰えていない。日本のAKB48の姉妹グループで2011年に1期生がデビューしたJKT48はトップアイドルとして活動しており、ジャカルタのショッピングモール「FX」のJKT48劇場は、公演前になると現地ファンでいっ

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ぱいになる。2016年に8回目を迎えた「ジャカルタ日本祭り(Jak-Japan Matsuri 2016)」には、JKT48のメンバーが浴衣姿で登場した。

日本のポップカルチャーの人気は、1980年代からテレビで放映されていた日本のアニメを見て育った世代が親になり、その子どもたちも日本のアニメが好きという形で定着している。中でも、ロングセラーの『ドラえもん』や『名探偵コナン』、『ONE PIECE』、『NARUTO-ナルト-』などの知名度が高く、大型書店の漫画コーナーには、インドネシア語に訳された日本の漫画が多数並んでいる。2012年からインドネシアでも開催されていた「アニメ・フェスティバル・アジア(AFA)」と、日本で毎年開催されているキャラクターとホビーの総合展示会「C3TOKYO」(C3はCultural Convention of Charactersの 略 ) が 統 合 さ れ て2017年 か ら

「C3AFA」(AFAはAnime Festival Asiaの 略 ) となり、ジャカルタでもC3AFA Jakarta 2017が開催された。2015年から始まったアニメ・漫画関連のイベント「インドネシア・コミックコン(ICC)」は、2017年に3回目を迎えた。これらの大規模なイベントは、日本からの特別ゲストなども迎えたトークショーやコスプレイベントなどを行い、大盛況となる。

2014年2月からインドネシアで日本の番組コンテンツを現地語で放送するチャンネル「WAKUWAKU JAPAN」が、「ドラマ」、「アニメ」、「紀行番組」などを提供している。同チャンネルは2015年に衛星テレビのスカパー JSATから官民ファンドであるクールジャパン機構の支援で新設されたWAKUWAKU JAPAN株式会社に譲渡されたが、インドネシア国内への日本の番組コンテンツの提供を続けている。

2018年にはディーン・フジオカ氏の主演でインドネシアを舞台にした日本・インドネシア合作映画

『海を駆ける』の公開が決まっており、両国の文化的接点を提供することが期待される。

⑥インターネット事情インドネシアにおいて、ここ数年のスマートフォ

ンの浸透率はすさまじい。ジャカルタでは2012年に23.3%であったスマートフォン保有率が、2016年には71.5%に伸びた。以前は、インターネットへのアクセスはパソコンからという人が多かったが、博報堂「Global HABIT 2017年版」によると、2016年はインターネットによく接続する端末としてパソコンと答えた人が13.1%であったのに対し、スマートフォンからという人が59.8%を占めた。特に15歳

~ 34歳の若い世代では75.3%に上った。この世代では80%を超える人がスマートフォンを持っている。スマートフォンでよく使うサービスのトップ3は、メッセンジャー(66.1%)、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)(59.6%)、検索サイトでの情報検索(51.4%)という結果が出ており、インドネシアのSNS利用熱もうかがえる。

5. 日本のイメージ

5-1 一般的な日本のイメージ

2016年に外務省が行った「ASEANにおける対日世論調査」によると、インドネシアでは、90%を超える人が日本を友好国として信頼できると答えており、78%の人が、ヨーロッパ、米豪アジア10カ国の選択肢の中で最も重要なパートナー国として日本を選んでいる。日本に対する印象として上位に並んでいるのは、「経済力・技術力の高い国」(87%)、「豊かな伝統と文化を持つ国」(78%)、「生活水準の高い国」(61%)の順であった。日本について関心のある分野は、「観光」(75%)、「科学・技術」(74%)、「文化」(68%)であり、文化の中では、「和食」(63%)、「生活様式・考え方」(60%)、「アニメ」(54%)が挙げられている。「日本を観光したい」、「日本のコンテンツ(ファッ

ション、音楽、映画、ドラマ、漫画、アニメなど)を楽しみたい」という理由から、日本語を習得したいという人は、中国語やアラビア語を抑えて1位となっている。国際交流基金が2015年度に実施した「日本語教育機関調査結果」によると、インドネシアにおける日本語学習者数は世界で第2位の74万5,125人と、中国に次いで多い。この背景としては、インドネシアでは日本語が高校の第二外国語(選択必修科目)の一つに指定されていること、約60の大学に日本語の専攻課程があること、日本のポップカルチャーに人気があり、日本の漫画やアニメに関心を持っている若者が多いことなどが挙げられる。総じて親日度が高い上、2018年には日本インドネシア国交樹立60周年を迎え、様々な記念交流イベントが開かれることから、両国の関係がさらに深まることが期待されている。

5-2 旅行地としての日本のイメージ

親日的で日本のポップカルチャーへの人気が高いインドネシアでは、2014年の訪日査証緩和措置

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第1章 経済・政治・社会情勢と国民の志向

をきっかけに訪日旅行がブームになっている。インドネシアからの訪日客は、2014年の16万人弱から2016年の27万人強に増加した。東京⇔京都⇔大阪のゴールデンルートが主な旅行先であるが、北海道、白川郷、立山黒部アルペンルートなども最近認知度が高まっている。6月末や12月の学校休暇、断食明けのレバラン休暇など長期休暇の時期に訪れる訪日客が多いが、それ以外の時期としては、3月、4月の桜の時期も訪日旅行需要が高まる。インドネシアでは見ることができない桜や雪景色を見たいという思いが強い。「日本=寒い」というイメージを抱いている人もいるので、夏に訪日するとインドネシアのようなむし暑さに驚く人もいる。

一方で、インドネシアではロボットや鉄道、自動車など日本の技術力に対する関心が非常に高い。特に新幹線には憧れがあり、初めて日本を旅行する際にはぜひ乗ってみたいという声が多い。インドネシアには日本の中古電車が走っていることから、最新の電車を見てみたいという意見もある。

東南アジアでオンラインによる調査とマーケティング事業を手がけるWorld Wide System社の「タイ・インドネシア・ベトナム 訪日外国人旅行動向調査」によると、インドネシア人が日本で経験したいことは、1位が「日本食を食べる」、2位が「旅館に泊まる」、3位が「ランドスケープ(景観)や自然に囲まれてみる」という結果であった。

これまでインドネシアからの訪日客は中華系が多く、旅行者の6割~7割はキリスト教徒であったが、今後は、インドネシア国民の90%近くを占めるムスリムの訪日旅行需要が増加するものとみられる。ムスリムの訪日客は、ハラル食に対応しているレストランで安心して本場の日本食を楽しみたいと考えているので、ハラル食を提供するレストランを紹介しているウェブサイトでラーメン屋や焼肉店などを探して足を運ぶ人も多いという。

日本への旅行は「費用が高くつく」ということが不安要素になっている。「旅館に泊まりたい」という希望はあるものの、宿泊代を抑えるため、最近は民泊仲介サイト経由の民泊需要も増えている。