09 症例-中里浩子 p044-050...− 46 − 宮崎医会誌 第39巻 第1号 2015年3月...

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45 宮崎医会誌 2015 ; 39 : 45-50. 症  例 はじめに Basedow病に対する手術療法は,副作用のため抗 甲状腺薬(ATD)を投薬できない症例や巨大甲状 腺腫のため薬物療法に抵抗性を有する症例,早期に かつ確実に甲状腺機能を正常化したい症例などに適 応となる。致死率の高い甲状腺クリーゼは,未治療 あるいは治療中断によりコントロール不良な Basedow病症例において,手術,感染症および外傷 など強いストレスを契機に発症する。甲状腺切除術 の周術期に甲状腺クリーゼを回避するため,可能な 限り甲状腺機能を正常化させることが望まれる。一 般的に術前管理としてATD,無機ヨード,β遮断 薬が用いられるが,一部に術前の甲状腺機能が高値 な症例が存在する。われわれは,2012年1月から 2014年7月までに抗甲状腺薬の副作用や巨大甲状腺 腫により術前の甲状腺機能が高値であった Basedow病5例を対象とし,無機ヨードとβ遮断薬 に加え,術直前にデキサメタゾン(DEX)を短期 間投与した症例の臨床経過を解析した。 1)宮崎大学医学部内科学講座神経呼吸内分泌代謝 学分野 2)同外科学講座循環呼吸・総合外科学分野 3)古賀総合病院内科 4)同外科 5)古賀駅前クリニック内科 Basedow病術前管理における デキサメタゾン短期投与の有用性 中里 浩子 1) 山口 秀樹 1) 盛永 裕太 1) 海老原枝美 1) 野田 智穂 1) 米川 忠人 1) 河野 文彰 2) 中村 都英 2) 長嶺 和宏 3) 日高 博之 3) 指宿 一彦 4) 年森 啓隆 5) 栗林 忠信 3) 中里 雅光 1) 要約:Basedow病に対する甲状腺手術において甲状腺クリーゼなどの周術期合併症を回避するため には,術前の甲状腺機能のコントロールが重要である。今回,術前に甲状腺機能の正常化が得られな かったBasedow病に対するデキサメタゾン(DEX)短期投与の臨床的有用性を検討した。2012年1 月から2014年7月までに,抗甲状腺薬の副作用や巨大甲状腺腫により術前の甲状腺機能が高値であっ たBasedow病5例(全例女性,年齢28−36歳)を対象とし,無機ヨードとβ遮断薬に加え,術直前に DEXを短期間投与した症例の臨床経過を後ろ向きに解析した。入院後全例にDEX 4mg/日を投薬し, 1例は甲状腺機能の改善が乏しかったためDEX投与開始8日目にDEX 6mg/日へ増量した。術前の平 均DEX投薬日数は11.8日(7−18日)で,DEX投薬前後での血中FT3とFT4の平均低下率は,それぞれ 48.4%(37.7−59.9%)と26.2%(2.5−46.0%)で,全例で甲状腺機能の改善をみた。3例の甲状腺機能 はDEX投与後も依然高値であったが,基準値上限の2倍以下で,周術期に合併症なく良好に経過した。 術前に甲状腺機能の正常化が得られないBasedow病へのDEX短期投与は周術期管理に有用であった。 〔平成26年11月28日入稿,平成26年12月18日受理〕

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Page 1: 09 症例-中里浩子 P044-050...− 46 − 宮崎医会誌 第39巻 第1号 2015年3月 症例(表1) 症例1:28歳,女性。現病歴:10年前にBasedow 病と診断され,チアマゾール(MMI)を投与された。内服開始4年後に無顆粒球症(顆粒球数不明)が出

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宮崎医会誌 2015 ; 39 : 45-50.

症  例

は じ め に

 Basedow病に対する手術療法は,副作用のため抗甲状腺薬(ATD)を投薬できない症例や巨大甲状腺腫のため薬物療法に抵抗性を有する症例,早期にかつ確実に甲状腺機能を正常化したい症例などに適応となる。致死率の高い甲状腺クリーゼは,未治療

あるいは治療中断によりコントロール不良なBasedow病症例において,手術,感染症および外傷など強いストレスを契機に発症する。甲状腺切除術の周術期に甲状腺クリーゼを回避するため,可能な限り甲状腺機能を正常化させることが望まれる。一般的に術前管理としてATD,無機ヨード,β遮断薬が用いられるが,一部に術前の甲状腺機能が高値な症例が存在する。われわれは,2012年1月から2014年7月までに抗甲状腺薬の副作用や巨大甲状腺腫により術前の甲状腺機能が高値であったBasedow病5例を対象とし,無機ヨードとβ遮断薬に加え,術直前にデキサメタゾン(DEX)を短期間投与した症例の臨床経過を解析した。

1)宮崎大学医学部内科学講座神経呼吸内分泌代謝  学分野2)同外科学講座循環呼吸・総合外科学分野3)古賀総合病院内科4)同外科5)古賀駅前クリニック内科

Basedow病術前管理におけるデキサメタゾン短期投与の有用性

中里 浩子1) 山口 秀樹1) 盛永 裕太1) 海老原枝美1)

野田 智穂1) 米川 忠人1) 河野 文彰2) 中村 都英2)

長嶺 和宏3) 日高 博之3) 指宿 一彦4) 年森 啓隆5)

栗林 忠信3) 中里 雅光1)

要約:Basedow病に対する甲状腺手術において甲状腺クリーゼなどの周術期合併症を回避するためには,術前の甲状腺機能のコントロールが重要である。今回,術前に甲状腺機能の正常化が得られなかったBasedow病に対するデキサメタゾン(DEX)短期投与の臨床的有用性を検討した。2012年1月から2014年7月までに,抗甲状腺薬の副作用や巨大甲状腺腫により術前の甲状腺機能が高値であったBasedow病5例(全例女性,年齢28−36歳)を対象とし,無機ヨードとβ遮断薬に加え,術直前にDEXを短期間投与した症例の臨床経過を後ろ向きに解析した。入院後全例にDEX4mg/日を投薬し,1例は甲状腺機能の改善が乏しかったためDEX投与開始8日目にDEX6mg/日へ増量した。術前の平均DEX投薬日数は11.8日(7−18日)で,DEX投薬前後での血中FT3とFT4の平均低下率は,それぞれ48.4%(37.7−59.9%)と26.2%(2.5−46.0%)で,全例で甲状腺機能の改善をみた。3例の甲状腺機能はDEX投与後も依然高値であったが,基準値上限の2倍以下で,周術期に合併症なく良好に経過した。術前に甲状腺機能の正常化が得られないBasedow病へのDEX短期投与は周術期管理に有用であった。 〔平成26年11月28日入稿,平成26年12月18日受理〕

Page 2: 09 症例-中里浩子 P044-050...− 46 − 宮崎医会誌 第39巻 第1号 2015年3月 症例(表1) 症例1:28歳,女性。現病歴:10年前にBasedow 病と診断され,チアマゾール(MMI)を投与された。内服開始4年後に無顆粒球症(顆粒球数不明)が出

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宮崎医会誌 第39巻 第1号 2015年3月

症例(表1)

 症例1:28歳,女性。現病歴:10年前にBasedow病と診断され,チアマゾール(MMI)を投与された。内服開始4年後に無顆粒球症(顆粒球数不明)が出現し,医療不信から通院を自己中断した。1年前からうっ血性心不全による下腿浮腫が出現し第1回入院した。ヨウ化カリウム丸®(KI)100mg/日とプレドニソロン錠®(PSL)25mg/日にて術前の甲状腺機能正常化を目指すも,血中FT38.21pg/ml(基準値1.71−3.71),FT41.74ng/dl(基準値0.70−1.48)と甲状腺機能は依然高値であった。また,血中BNP高値(1,055.4pg/ml,基準値<18.4)で,うっ血性心不全の改善も得られなかったため甲状腺の外科的切除は延期となった。PSL20mg/日内服での通院加療で,胸部X線写真での心拡大や高BNP血症の改善(62.8pg/ml)が得られ,術前管理目的で第2回目の入院となった。 症例2:34歳,女性。現病歴:2年前にBasedow病,Basedow病眼症と診断され,プロピルチオウラシル(PTU)で加療されるも治療を自己中断した。妊娠25週時に前置胎盤と切迫甲状腺クリーゼで産科に入院した。FT330pg/ml以上,FT44.69ng/dl,TSH受容体抗体(TRAb)40.0IU/l(基準値<2.01U/l)であり,胎児心拍モニター監視下でβ遮断薬であるプロプラノール(インデラル錠®)30mg/日,MMI45mg/日,KI50mg/日にて加療開始し,甲状腺機能はすみやかに改善した。妊娠29週に前期破水のため緊急帝王切開となったが,甲状腺クリーゼを来すことなく母子ともに経過は良好であった。分娩後の甲状腺機能悪化に対して,授乳中止,PTU450mg/日,KI100mg/日の投薬を行うも甲状腺機能亢進が持続したため,術前管理目的で入院した。 症例3:36歳,女性。現病歴:5年前にBasedow病と診断されMMIでコントロールは良好であったが,3年前に妊娠希望によりPTUに変更した。関節痛などのATDに関連した副作用の症候なく,検尿で蛋白や潜血はともに陰性であったが,ATDの副作用を評価する目的で測定したMPO-ANCAは陽性(10.1U/ml,基準値3.5未満)であった。PTUを

中止しKI単独で加療するも甲状腺機能亢進が持続したため,術前管理目的で入院した。 症例4:36歳,女性。現病歴:8年前にBasedow病と診断されMMI投薬にて甲状腺機能のコントロールは良好であった。妊娠希望によりPTUに変更し挙児を得たが,出産後再発に対するPTU再投薬後に顆粒球減少(1,067/μl)を来した。KI変更後も甲状腺機能亢進が改善しないため,術前管理目的で入院した。 症例5:30歳,女性。現病歴:3年前にBasedow病と診断されMMIで加療されるも治療を自己中断した。MMI再投与後に顆粒球減少(1,070/μl)を認め,KI単独にて顆粒球数が回復するも甲状腺機能は依然高値であった。初診4ヵ月後の夏休みでの外科的切除を強く希望したが,KIとβ遮断薬では甲状腺機能の長期管理は難しいことが考えられた。MMIと交差反応を来す可能性があることを十分説明した上でPTUを投薬したが,投薬4週目に顆粒球減少(投与前3,082μl,投与後1,475/μl)を来し,術前管理目的で入院した。

入院後経過

 入院後,甲状腺クリーゼ誘発を回避するため安静と頸部触診禁止とした。入院前より服薬していたβ遮断薬とKIに加え,DEX(デカドロン錠®)4mg/日,分2,朝夕食後の投与を開始した。症例5はDEX4mg/日の投与後も甲状腺機能の改善が乏しかったため,DEX投薬開始8日目にDEXを4mgから6mg/日に,KIを50mgから100mg/日に増量した。全例DEX投薬による副作用はなかった。術前の平均DEX投薬日数は11.8日(7−18日)で,DEX投薬前後でのFT3,FT4の平均低下率はそれぞれ48.4%(37.7−59.9%),26.2%(2.5−46.0%)と全例で甲状腺機能の改善をみた(図1,図2)。5例中3例の甲状腺機能はDEX投与後も依然高値であったが,基準値上限の2倍以内であり,入院後の安静やβ遮断薬の投薬により,術前の脈拍は100/分未満,体温は37.5℃未満であった。3例に甲状腺超亜全摘術,2例に甲状腺亜全摘術が施行され,周術期合併症なく良好に経過した。

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中里 浩子 他:Basedow病術前デキサメタゾン短期投与の有用性

考 察

 抗甲状腺薬(ATD)の重篤な副作用として無顆粒球症,重度肝障害,ANCA関連血管炎がある。なかでも,無顆粒球症は2004年2月にブルーレター(安全性速報)が発出され添付文書の警告欄で注意喚起されるも依然として報告され,2011年12月に独

立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)から再度注意を喚起する文書が配付された。本研究では,10年前に他院でATDによる無顆粒球症1例を認めたが,2年以内にATDを投薬された2症例(症例4と症例5)は,定期的採血により顆粒球減少の時点でATDを中止でき無顆粒球症の発症には至らなかった。無顆粒球症は末梢血中における顆粒球数

図1.デキサメタゾン投薬後の血中FT3の推移. 図2.デキサメタゾン投薬後の血中FT4の推移.

表1.バセドウ病5症例の臨床像.

症例1 症例2 症例3 症例4 症例5

年齢/性別 28歳/女性 34歳/女性 36歳/女性 36歳/女性 30歳/女性

BMI 23.2 23.5 20.0 28.3 23.1

罹病期間(年) 10 2 5 8 3

手術理由 無顆粒球症 切迫甲状腺クリーゼ MPO-ANCA陽性 顆粒球減少 顆粒球減少

併発症 うっ血性心不全 Basedow病眼症 なし なし なし

DEX投薬量(mg/日) 4 4 4 4 4→6*1

DEX投薬日数(日) 14 7 8 18 13

FT3値(DEX投薬前/後) 8.15/5.08 7.65/4.00 5.74/2.30 4.76/2.69 13.14/6.18

(1.71〜3.71pg/ml)

FT4値(DEX投薬前/後) 1.62/1.58 2.85/1.54 2.10/1.55 2.09/1.43 1.77/1.33

(0.70〜1.48ng/dl)

TRAb(<15%) 67.0 40.0IU/l*2 6.1 0.7IU/l*2 81.7

甲状腺重量(g) 257.1 165.8 41.2*3 22.8*3 80.0

BMI,Bodymassindex;MPO-ANCA,myeloperoxidaseantineutrophilcytoplasmicantibody;DEX,デキサメタゾン;TRAb,TSH受容体抗体.*1DEX投薬開始8日目に増量,*2TRAb基準値<2.0IU/l,*3甲状腺亜全摘のため推定重量.

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宮崎医会誌 第39巻 第1号 2015年3月

ANCA関連血管炎と報告された92症例の調査では,発生率は10,000人あたり0.53−0.79人で,MMIよりもPTUで多く発症(推定発現率 MMI:PTU=1:39.2),臓器障害は複数に及ぶため臨床症状は多彩であること,ATD長期投与例で多いが服薬開始後早期からも発症すること(中央値42 ヵ月,発症時期1〜372 ヵ月),ATDの投薬量とは相関せず少量でも発症すること,MPO-ANCA値と血管炎の重症度は相関しないことが明らかにされている6)。症例3のように,MPO-ANCA陽性となった場合でも無症状の患者が存在する7)。どのような患者にいつMPO-ANCAを測定すべきか,MPO-ANCA陽性となった患者の対応をどうすべきか定まった見解が得られていない。ATDによるANCA関連血管炎の臓器障害は複数に及ぶも総臓器障害数で最も多いのは腎障害であるため,定期的な検尿による血尿や蛋白尿のチェックは早期発見に有用である。 Basedow病術前の甲状腺機能のコントロールは,甲状腺クリーゼなどの周術期合併症を回避するため重要である。甲状腺クリーゼはコントロール不良なBasedow病症例で発症するため,可能な限り甲状腺機能を正常化させたうえで手術に臨むことが望ましい。β遮断薬は,心拍数を減少させ高心拍出性心不全の予防目的で投薬されるが,甲状腺ホルモンの末梢組織での効果を減弱させる作用も有する。無機ヨードは,甲状腺ホルモンの分泌阻害作用,およびT4からT3への変換阻害作用に加えて血管収縮作用があり,術中の出血量を減少させる効果が期待される。ヨウ化カリウム丸®(50mg,無機ヨード38.2mg含有)1〜3丸/日,分1もしくは内用ルゴール液®(院内調剤,無機ヨード125mg/ml含有)0.7ml/日,分1を投薬する。ATD,β遮断薬,無機ヨードで術前の甲状腺中毒症の軽快や甲状腺ホルモン値の正常化が得られることが多いが,今回報告した症例のように,抗甲状腺薬の副作用や巨大甲状腺腫により術前の甲状腺機能が高値なBasedow病の症例が存在する。Ozawaらは,ATDによる副作用で術前甲状腺機能が高値であったBasedow病に対して,プレドニゾロン30mg/日の投薬が有功であったと報告している8)。ステロイドには甲状腺ホルモンの分泌阻害作用およびT4から生物学的活性の高いT3へ

が500/μl未満と定義され,ATDによる無顆粒球症は1981年から2011年に754名報告され,発生率は0.10から0.15%と推定される1)。 1986年から2011年の間にATD投薬後の無顆粒球症による死亡が30例報告され,大多数の症例(84.6%)はATD投薬開始後90日以内に発症していた2)。甲状腺治療ガイドラインでは,副作用チェックのためATD投薬開始後2〜3ヵ月は2週間ごとに診療することを推奨している3)。38℃以上の発熱や咽頭痛などの感冒様症状が出現した際は直ちにATD内服を中止し,白血球数と顆粒球(好中球)数を測定するため医療機関を受診し,顆粒球(好中球)数が1,000/μl未満の場合はATDの中止,発熱性好中球減少症に準じた感染症対策およびG-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)投与を検討することが必要である。MMI15mg/日よりMMI30mg/日を投与された患者で無顆粒球症の頻度が高かったことから,無機ヨード(ヨウ化カリウム丸®)の併用でMMI初期投与量を15mg/日以下にすることは副作用の観点から有用と考えられる。甲状腺腫が比較的小さく軽症なBasedow病に対してはKI単独療法も有効な投薬法の1つである4)。MMIとPTUには交叉反応性があり薬剤を変更しても副作用が出現する可能性があるため5),症例5ではPTUへの薬剤変更は避けるべきであったと考えられた。PMDAでは医薬品副作用被害救済制度があり,副作用による一定の健康被害が生じた場合に医療費等の給付を行い,これにより被害者を救済する制度がある。しかし,医薬品が添付文書に従って投薬・管理されない場合は救済の対象とならない事例が報告されている。ATDによる無顆粒球症からの死亡を含む健康被害例を救済するため,添付文書やPMDAの通知に従った定期的な血液検査の実施と診察による自覚症状の確認は重要である。 抗甲状腺薬による副作用として,発生頻度は稀であるが注意すべき有害事象にANCA関連血管炎がある。ANCA関連血管炎は原発性血管炎のなかで特に中小型血管が障害され,その血中にANCAが検出されることを特徴とした疾患群である。本邦では90%以上を顕微鏡的多発血管炎(microscopicpolyangiitis,MPA)が占める。ATD投与後に

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中里 浩子 他:Basedow病術前デキサメタゾン短期投与の有用性

の変換阻害作用を有し,最近はデキサメタゾン(デカドロン錠®)またはベタメタゾン(リンデロン錠®)4〜6mg/日,分2〜4が投薬される。症例1において甲状腺ホルモン値の改善にプレドニゾロンでは不十分でDEXが有効であった要因として,PSLとDEXの薬理学的差異(力価や作用時間など)が推察された。DEX投薬後平均11.8日(7から18日)で手術を行い,術中や術後に甲状腺クリーゼを含めた合併症を認めなかった。症例4は術前DEXを17日間投薬したが,DEX投薬6日目にはFT3は基準値内となった点から,術前DEX投薬期間は1週間前後で十分と考えられた。 抗甲状腺薬の副作用や巨大甲状腺腫により術前の甲状腺機能が高値であったBasedow病5例に対してデキサメタゾンを術前短期間投与し,周術期合併症を来すことなく良好に経過した。術前に甲状腺機能の正常化が得られないBasedow病へのDEX短期投与は周術期管理に有用であった。術前のDEXの投薬量や投与期間に関する臨床データの蓄積は,Basedow病外科手術でのより良い周術期管理に寄与することが期待される。

参 考 文 献

1)NakamuraH,MiyauchiA,Miyawaki N, et al.Analysisof754casesofantithyroiddrug-inducedagranulocytosis over 30 years in Japan. J ClinEndocrinolMetab2013;98:4776-83.

2)中村浩淑.薬物療法の基本と有害事象への対策.日臨2012;70:1915-21.

3)日本甲状腺学会(編).バセドウ病治療ガイドライン2011.南江堂,東京,2011.

4)UchidaT, GotoH,KasaiT, et al. Therapeuticeffectiveness of potassium iodine in drug-naïvepatientswith Graves’disease : single-centerexperience.Endocrine2014;47:506-11.

5)CooperDS.Antithyroiddrugs.NEnglJMed2005;905-17.

6)Non JY , Yasuda S , Sato S , e t a l . C l in ica lcharacteristics ofmyeloperoxidase antineutrophilcytoplasmic antibody-associated vasculitis causedby antithyroid drugs. J Clin EndocrinolMetab2009;94:2806-11.

7)Sato, H. Hattori M, Fujieda M, et al . Highprevalenceofantineutrophilcytoplasmicantibodypositivity in childhood onset Graves’diseasetreatedwith propylthiouracil. J Clin EndocrinolMetab2000;85:4270-3.

8)Ozawa Y, Daida H, Shimizu T, et al . Rapidimprovement of thyroid function by usingglucocorticoid indicated for the preoperativepreparation of subtotal thyroidectomy inGraves’disease.EndocrinolJpn1983;30:93-100.

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宮崎医会誌 第39巻 第1号 2015年3月

Short-termAdministrationofDexamethasoneisEffectiveforRapidPreoperativePreparationinPatientswithGraves’Disease

HirokoNakazato1,HidekiYamaguchi1,YuutaMorinaga1,EmiEbihara1,TomohoNoda1,TadatoYonekawa1,FumiakiKawano2,KunihideNakamura2,KazuhiroNagamine3,HiroyukiHidaka3,KazuhikoIbusuki4,HirotakaToshimori5TadanobuKuribayashi3andMasamitsuNakazato1

1Division ofNeurology,Respirology,Endocrinology andMetabolism,Department of InternalMedicine,University ofMiyazaki, 2Division ofCardiovascular,Thoracic andGeneral Surgery,Department ofSurgery,UniversityofMiyzaki,3DepartmentofInternalMedicine,KogaGeneralHospital,4DepartmentofSurgery,KogaGeneralHospitaland5DepartmentofInternalMedicine,KogaEkimaeClinic

AbstractTheachievementofaneuthyroidstateatthyroidectomyshouldberecommendedforpatientswithGraves’diseasetolowertheriskofcomplications,suchasthyroidstorm.Theaimofthisstudywastoclarifytheroleoftheshort-termadministrationofdexamethasone(DEX)forrapidpreoperativepreparation in patientswith Graves’disease. Five thyrotoxic patients(allwomen, aged 28 to 36years)were admitted to the hospital for thyroidectomy from January 2012 to July 2014 becausetheyhad reactions to antithyroiddrugs or largegoiter.We retrospectively analyzed their clinicalcourses after the short-term administration ofDEX before thyroidectomy.Dexamethasone(4−6mgdaily)wasgivencombinedwithinorganiciodineandβ-blockerfor11.8days(7−18days).Dexamethasone rapidly decreased plasma levels of FT3 andFT4 by 48.4%(37.7−59.9%)and26.2%(2.5−46.0%),respectively.Thyroidectomywasuneventful, even though3of the5patientscouldnotachieveaneuthyroidstate.Theshort-term.administrationofDEXwaseffectiveforrapidpreparativepreparationinpatientswithGraves’disease.

Key words : Graves’disease,dexamethasone,thyroidectomy,preoperativepreparation