025-030 事例報告 清水4c

6
25 Veterinary Nursing Vol.24 No.2, 2019 SUMMARY We reported two cases of nursing in dogs that showed noticeable adverse effects after opioid administration (fentanyl or morphine) for anesthesia. Case 1 was a 5 -year-old casted male miniature dachshund, weighing 4.7 kg and with a body condition score(BCS)of 4 /9. It was administered fentanyl at a constant rate infusion for anesthesia and pain management during and after hemilaminectomy. It showed notable salivation and bradycardia post-surgery. Case 2 was a 3 -year- old intact female Shih Tzu, weighing 5.9 kg and with a BCS of 4 /9, that received intravenous morphine for pain management. It presented with significant salivation, bradycardia, and decreased body temperature after cystotomy. We wiped the saliva frequently off the coat and skin and padded the inside of the Elizabeth collar to maintain the coat around oral cavity dry and clean. We dealt with the hypothermia by placing an electric heating pad into the hospital cage, with careful prevention of low temperature burn in the wet environment. For the bradycardia, heart rate, arterial blood pressure, and color of the visible mucous membrane were continuously monitored. The significant adverse effects caused by the opioid administration were safely managed in both cases by nursing interventions for maintaining good hygiene, normal body temperature, and normal cardiovascular function. Key words: Peri-operative period, opioid, postoperative nursing care 要約 本報告では、鎮痛薬としてフェンタニルあるいはモ ルヒネを用い、術後にそれらオピオイドの投与による 顕著な有害反応を呈した 2 事例について概要を報告す る。事例 1 は左側片側椎弓切除術を実施したミニチュ ア・ダックスフンドで、麻酔および疼痛管理にフェン タニルが用いられ、術後に著しい流涎と徐脈を呈した。 事例 2 は膀胱切開を実施したシー・ズーで、鎮痛薬と してモルヒネが投与され、術後に流涎、体温の低下お よび徐脈を呈した。流涎が続く間、清拭およびエリザ ベスカラーへのペットシーツの装着を行い、乾燥と清 潔を維持できるように口腔周囲の被毛を管理した。低 体温に対しては、低温熱傷の危険性に配慮した上で、 ヒートマットを使用した。徐脈については、心拍数お よび血圧の測定、可視粘膜の観察を継時的に行った。 これらの看護介入により、いずれの事例においても、 入院中の患者動物の清潔、体温と循環機能を安全に維 持することができた。 キーワード:周術期、オピオイド、術後看護 序文 オピオイドに分類される薬物のうち、µ オピオイド 受容体作動薬であるモルヒネやフェンタニルは、特に 受理:2020年 1 月14日 事例報告 術後にオピオイドの投与による有害反応を呈した イヌの看護二事例 清水夕貴、宮部真裕、和田優子、岡村泰彦、前田憲孝、大西章弘、久楽賢治、下川孝子、神田鉄平 Two nursing cases of dogs with the postoperative adverse drug reaction caused by opioid administration Yuki Simizu, Masahiro Miyabe, Yuko Wada, Yasuhiko Okamura, Noritaka Maeta, Akihiro Onishi, Kenji Kutara, Takako Shimokawa, and Teppei Kanda 岡山理科大学獣医学教育病院 〒794-8555 愛媛県今治市いこいの丘1-3 ※連絡先 [email protected]

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Page 1: 025-030 事例報告 清水4C

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清水夕貴、宮部真裕、和田優子、岡村泰彦、前田憲孝、大西章弘、久楽賢治、下川孝子、神田鉄平

Veterinary Nursing Vol.24 No.2, 2019

SUMMARYWe reported two cases of nursing in dogs that

showed noticeable adverse effects after opioid

administration (fentanyl or morphine) for anesthesia.

Case 1 was a 5 -year-old casted male miniature

dachshund, weighing 4.7 kg and with a body

condition score (BCS) of 4 /9. It was administered

fentanyl at a constant rate infusion for anesthesia

a n d p a i n m a n a g e m e n t d u r i n g a n d a f t e r

hemilaminectomy. It showed notable salivation and

bradycardia post-surgery. Case 2 was a 3 -year-

old intact female Shih Tzu, weighing 5.9 kg and with

a BCS of 4 /9, that received intravenous morphine

for pain management. It presented with significant

sal ivation, bradycardia , and decreased body

temperature after cystotomy. We wiped the saliva

frequently off the coat and skin and padded the

inside of the Elizabeth collar to maintain the coat

around oral cavity dry and clean. We dealt with the

hypothermia by placing an electric heating pad into

the hospital cage, with careful prevention of low

temperature burn in the wet environment. For the

bradycardia, heart rate, arterial blood pressure, and

color of the visible mucous membrane were

continuously monitored. The significant adverse

effects caused by the opioid administration were

sa f e ly managed in bo th cases by nurs ing

interventions for maintaining good hygiene, normal

body temperature, and normal cardiovascular

function.

Key words : Per i-opera t ive per iod , op io id ,

postoperative nursing care

要約 本報告では、鎮痛薬としてフェンタニルあるいはモ

ルヒネを用い、術後にそれらオピオイドの投与による

顕著な有害反応を呈した 2 事例について概要を報告す

る。事例 1 は左側片側椎弓切除術を実施したミニチュ

ア・ダックスフンドで、麻酔および疼痛管理にフェン

タニルが用いられ、術後に著しい流涎と徐脈を呈した。

事例 2 は膀胱切開を実施したシー・ズーで、鎮痛薬と

してモルヒネが投与され、術後に流涎、体温の低下お

よび徐脈を呈した。流涎が続く間、清拭およびエリザ

ベスカラーへのペットシーツの装着を行い、乾燥と清

潔を維持できるように口腔周囲の被毛を管理した。低

体温に対しては、低温熱傷の危険性に配慮した上で、

ヒートマットを使用した。徐脈については、心拍数お

よび血圧の測定、可視粘膜の観察を継時的に行った。

これらの看護介入により、いずれの事例においても、

入院中の患者動物の清潔、体温と循環機能を安全に維

持することができた。

キーワード:周術期、オピオイド、術後看護

序文 オピオイドに分類される薬物のうち、µ オピオイド

受容体作動薬であるモルヒネやフェンタニルは、特に

受理:2020年 1 月14日

事例報告

術後にオピオイドの投与による有害反応を呈したイヌの看護二事例清水夕貴、宮部真裕、和田優子、岡村泰彦、前田憲孝、大西章弘、久楽賢治、下川孝子、神田鉄平※

Two nursing cases of dogs with the postoperative adverse drug reaction caused by opioid administration

Yuki Simizu, Masahiro Miyabe, Yuko Wada, Yasuhiko Okamura, Noritaka Maeta, Akihiro Onishi, Kenji Kutara,

Takako Shimokawa, and Teppei Kanda※

岡山理科大学獣医学教育病院〒794-8555 愛媛県今治市いこいの丘1-3� ※連絡先

[email protected]

Page 2: 025-030 事例報告 清水4C

術後にオピオイドの投与による有害反応を呈したイヌの看護二事例

26 Veterinary Nursing Vol.24 No.2, 2019

強オピオイドとも称され、強力な鎮痛作用を有する薬

物として、獣医療における痛みの治療に広く用いられ

ている 1 )。外科手術に伴う痛みに対して、これらの薬

物が患者動物に投与されるタイミングは大きく分けて、

先制鎮痛を目的とした術前の投与、そして術中と術後

の持続あるいは間欠的な投与の三つとなる。モルヒネ

やフェンタニルは、強力な鎮痛作用を有する一方で、

イヌでは徐脈や呼吸抑制、消化管運動の抑制や嘔吐、

流涎といった副反応を呈することが知られている。手

術中、すなわち麻酔中であれば、これらの副反応は麻

酔担当獣医師によって制御あるいは治療されるが、術

後には必ずしもオピオイドの投与を受けた患者動物の

側に麻酔担当獣医師が居るわけではない。オピオイド

の投与に伴う術後の副反応を速やかに発見し、獣医師

に報告すること、そして獣医師の判断に基づいて適切

に介入することは、周術期を預かる動物看護師の重要

な役割である。今回、鎮痛薬としてモルヒネあるいは

フェンタニルを用いた手術症例の中で、術後に明らか

な副反応を呈したものの、適切な観察と介入により良

好な結果が得られた事例 2 件を経験したので、その概

要を報告する。

事例 事例 1 :患者動物は、ミニチュア・ダックスフンド、

5 歳齢、手術時体重4.7 kg(BCS 4 / 9 )の未去勢雄

であった。両側後肢の麻痺に伴う歩行困難を主訴に、

岡山理科大学 獣医学教育病院(本院)へ紹介され、

MRI 検査により Hansen Ⅰ型腰部椎間板ヘルニア(第

一および第二腰椎間)と診断された。翌日に、左側片

側椎弓切除術が実施され、病因となっていた椎間板物

質が摘出除去された。麻酔および疼痛管理に用いられ

た薬物は表の通りであり、術前から術後にかけてフェ

ンタニルが継続的に投与されていた(表)。手術は問

題なく終了し、体温および心拍数はそれぞれ38.0 ℃、

82回/分で適切に維持されており、麻酔からの覚醒も

静穏かつ速やかであった。覚醒以降、Colorado State

University Canine Acute Pain Scale でのスコアは 1

未満であり、痛みを思わせるような様子は一切観察さ

れなかった 2 )。術後の疼痛緩和を目的として、フェン

タニル 3 µg/kg/h の静脈内持続投与を続けたまま入

院室へと移動した。

 入院室へ移動した30分後には、座位を維持した状態

表 投与された薬物

薬剤名 用量 投与方法

事例 1前投与 塩酸メデトミジン 3 �µg/kg 静脈内投与

フェンタニルクエン酸塩 3 �µg/kg 静脈内投与セファメジンナトリウム水和物

4.2�mg/kg 静脈内投与

ロベナコキシブ 2 �mg/kg 皮下投与局所麻酔 ブビバカイン塩酸塩水和

物0.5%1.0�ml 切開創ブロック

導入 アルファキサロン 2 �mg/kg 静脈内投与維持 セボフルラン 1.2�-�2.0�% 吸入

酸素 >95% 吸入その他 硫酸アトロピン 20�µg/kg 静脈内投与

10�µg/kg 静脈内投与  フェンタニルクエン酸塩 3 - 5 �µg/kg 持続点滴

事例 2前投与 塩酸メデトミジン 3 �µg/kg 静脈内投与

モルヒネ塩酸塩水和物 0.3�mg/kg 静脈内投与アンピシリンナトリウム 34�mg/kg 静脈内投与ロベナコキシブ 2 �mg/kg 皮下投与

局所麻酔 リドカイン塩酸塩 2 %� 0.5�ml 切開創ブロック導入 アルファキサロン 2 �mg/kg 静脈内投与維持 セボフルラン 2.0�-�3.0�% 吸入

酸素 >95% 吸入その他 塩酸メデトミジン 1.5�µg/kg 静脈内投与

モルヒネ塩酸塩水和物 0.3�mg/kg 筋肉内投与術後 ロベナコキシブ 2 �mg/kg 皮下投与

付録Colorado�State�University�Veterinary�Medical�Center�Canine�Acute�Pain�Scale

Page 3: 025-030 事例報告 清水4C

27

清水夕貴、宮部真裕、和田優子、岡村泰彦、前田憲孝、大西章弘、久楽賢治、下川孝子、神田鉄平

Veterinary Nursing Vol.24 No.2, 2019

で意識も清明であった。体温は38.0 ℃で維持されて

いたが、著しい流涎が観察された。口唇周囲と顎下か

ら頸部にかけて、さらに装着していたエリザベスカ

ラーに付着した唾液を清拭し、直ちに麻酔担当獣医師

へ報告した。獣医師の指示に従い、時間の経過と共に

流涎の程度が改善するかどうか経過を観察したが、 1

時間が経過しても明らかな変化は認められなかった。

定期的に口唇周囲とエリザベスカラーに付着した唾液

を清拭しながら、さらに 1 時間観察を続け、その時点

で血圧は収縮期血圧が222 mmHg、拡張期血圧が

124 mmHg、平均血圧が158 mmHg、心拍数が68回/

分であり、徐脈傾向にあることを確認した。体温は低

下することなく38.0 ℃を維持していた。獣医師により、

血圧の維持が確認された上で、フェンタニルの持続投

与が一旦中止され、翌日にロベナコキシブが投与され

るまで他の鎮痛薬が投与されることはなかった。なお、

フェンタニルの投与が中止された後にも、Colorado

State University Canine Acute Pain Scale でのスコア

は 1 未満であり、痛みを疑わせるような行動やバイタ

ルサインが観察されることはなかった 2 )。エリザベス

カラーに付着した唾液が、さらに被毛に移ってしまう

のを防ぐために、ペットシーツをエリザベスカラーの

内側に貼り付け、唾液を吸収できるように工夫した

(図 1 )。フェンタニルの投与中止後 1 時間までの心拍

数は60回/分程度から大きく変化せず、この間に調律

の異常や血圧の低下は観察されなかった。流涎につい

ても明らかな改善は認められなかった。ここまでの報

告を受けた麻酔担当獣医師によってアトロピン

21 µg/kg が静脈内投与されると、心拍数は136回/分

まで直ちに増加し、10分後には流涎もアトロピンの効

果により解消された(図 3 )。以降、バイタルサイン

の異常は確認されず、徐脈や流涎が再び観察されるこ

とはなく、低体温も認められなかった。なお、フェン

タニルの投与が中止された後にも、Colorado State

University Canine Acute Pain Scale でのスコアは 1

未満であり、痛みを疑わせるような行動やバイタルサ

インが観察されることはなかった 2 )。

 事例 2 :患者動物は、シー・ズー、 3 歳齢、手術時

体重 5.9 kg(BCS 4 / 9 )の未避妊雌であった。膀胱

結石の摘出を目的に本院へ紹介された。下腹部正中切

開アプローチによる膀胱切開が実施され、大小あわせ

図 1写真は、エリザベスカラーの内側にペットシーツを貼り付け、唾液を吸収できるようにした様子を表している。

図 2写真は、入院室内を保温用ヒートマットが設置された区画とそうでない区画に分けた様子を表している。(a) は保温用ヒートマットのみ設置した状態を、(b) はその上に床材を設置し、実際に使用した様子をそれぞれ示している。

Page 4: 025-030 事例報告 清水4C

術後にオピオイドの投与による有害反応を呈したイヌの看護二事例

28 Veterinary Nursing Vol.24 No.2, 2019

て 4 個の結石が摘出された。麻酔および疼痛管理に用

いられた薬物は表の通りであり、術前にモルヒネ

0.3 mg/kg が筋肉内投与されていた(表)。手術終了

後には、術後の痛みの治療として、術前の投与から 1

時間42分後に再度モルヒネ 0.3 mg/kg が筋肉内投与

された。手術は問題なく終了し、体温は37.1℃とやや

低下傾向であったが、心拍数は85回/分と適切に維持

されており、麻酔からの覚醒も静穏かつ速やかであっ

た。 覚 醒 以 降、Colorado State University Canine

Acute Pain Scale でのスコアは 1 未満であり、痛みを

示唆する様子は一切観察されなかった 2 )。

 入院室へ移動した際には伏臥位を維持し、意識は清

明であったが、流涎が観察され、体温が36.7 ℃、な

らびに心拍数が70回/分程度といずれの値も低下傾向

であった。これらに対する介入として、エリザベスカ

ラー内側へのペットシーツの貼り付けと、入院ケージ

への保温用ヒートマット(ユカペット EX、株式会社

貝沼産業、愛知県)の設置を実施した(図 1 、 2 )。

なお、口唇周辺の清拭は、15分から30分毎を目安とし

た見回りの際に行うようにした。約 1 時間後には、体

温が36.9 ℃とやや改善傾向を示し、流涎の程度も改

善されつつあったが、心拍数は73回/分と低下傾向の

ままであった。体温の回復傾向が確認できたこと、夜

間は頻繁な観察が不可能であることを考慮して、空調

を設定し間接的な保温を施した上で保温用ヒートマッ

トの使用を終了した。翌朝には、体温が37.9 ℃、心

拍数が130回/分と麻酔前の水準まで回復し、流涎も

観察されなかった(図 3 )。

考察 本事例で使用したフェンタニルやモルヒネなどの、

µ オピオイド受容体作動薬はムスカリン性アセチルコ

リン受容体と共役することでホスホリパーゼ C やア

デニル酸シクラーゼに作用し、細胞伝達系を介して作

用 を 発 現 す る 3 )。 さ ら に 化 学 受 容 器 引 き 金 帯

(chemoreceptor trigger zone, CTZ)での μ オピオ

イド受容体刺激によりドパミン遊離を促し間接的に嘔

吐を誘発することも知られている 4 ,5 )。これらの影響

によりμオピオイド受容体作動薬投与後にしばしば

流涎が観察される。鎮痛効果の持続時間は投与する薬

剤ごとに異なることが知られている 1 )。今回の事例で

は、フェンタニルを持続投与していた事例 1 では投与

中止後 1 時間以降に流涎が減少し、モルヒネを間欠投

与した事例 2 では投与後約 1 時間で流涎の改善傾向が

確認された。このことからそれぞれの事例で観察され

た流涎がオピオイドに起因するものであることが示唆

され、事例 1 と事例 2 で流涎の改善に差が見られたの

は薬物や投与方法の差であることが考えられた。口腔

内は常在菌を含めて非常に多くの菌が存在するため、

体表面に流れた唾液には多くの菌が含まれていると考

えられる 6 )。よって、流涎を放置することで湿潤環境

が維持され、結果的に細菌が増殖してしまうと、細菌

性皮膚炎の原因になることが危惧される。ヒトの流涎

は基本的に直接皮膚に流れるため、一定の箇所に唾液

が滞留する場合は衣類に付着することが多いと考えら

れる。これらは衣類の交換および清拭を行うことで清

潔を維持できるが、イヌはヒトと比べて被毛が多く、

流涎により多量の唾液が滞留してしまう。一度被毛に

唾液が付着してしまうと衣類の交換という手段は取れ

ず、さらに単純な清拭だけでは、唾液を取り除き乾燥

させるのに、ヒトと比べて時間がかかってしまう。清

拭という行為自体はヒトの看護でも常に行われており、

術後の被毛管理だけでなく、流涎などその他の要因も

含め実際の動物看護の観点からも必要不可欠な行為で

ある。そこで、イヌなど被毛がある動物の場合は、上

記の様な理由から流涎の範囲そのものを制限する必要

があると考えられた。今回、事例 1 でペットシーツ装

着前には流涎が顎下から頸部、さらにエリザベスカ

図 3グラフは、各事例における心拍数と体温の推移を示している。

Page 5: 025-030 事例報告 清水4C

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清水夕貴、宮部真裕、和田優子、岡村泰彦、前田憲孝、大西章弘、久楽賢治、下川孝子、神田鉄平

Veterinary Nursing Vol.24 No.2, 2019

ラーまで広がっていたのに対して、装着後は流涎の範

囲が口唇周囲のみであったため清拭範囲も最小限に維

持できた。事例 2 では事前にペットシーツを装着して

いたため、流涎の範囲が最初から口唇周囲のみで止ま

り定期的な口唇周囲の清拭のみで清潔さを維持できた。

以上のことから、エリザベスカラーにペットシーツを

装着することでエリザベスカラーの汚染のみならず被

毛の汚染を防ぎ、続発しうる皮膚炎を予防することが

できたと考えられた。

 体温の中枢性調節は、核心温度を視床下部に存在す

るセットポイントの範囲内に維持するように調節を行

なっている。µ オピオイド受容体作動薬は視床下部の

体温調節機構を抑制するため、周辺環境の温度に依存

した熱損失が生じることで体温低下が起こる 7 )。低体

温は代謝や免疫機能の低下、血液凝固異常といった悪

影響を及ぼし、術後回復期において覚醒不良や低酸素

血症、創傷治癒遅延、感染などの原因となりうる 8 ,9 )。

動物看護師はこれらの兆候を見逃さないために、モニ

タリングとして定期的な体温測定に限らず、その他の

バイタルサインや姿勢、意識状態、シバリングの有無、

術部の状態といった観察を十分に行う必要がある。

 低体温を予防する方法はいくつか存在するが、本事

例では保温用ヒートマットを用いた。保温用ヒート

マットを用いる際は、低温熱傷の可能性について十分

留意した上で使用しなければならない。事例 2 におい

て低温熱傷を予防するための対策として、入院室内を

保温用ヒートマットが設置された区画とそうでない区

画に分け、患者動物が好みの場所に移動できるように

した。事例 2 は良好な覚醒が確認されており、意識状

態も清明であった。本事例では、患者動物が自ら好み

の区画を選択できるようにすることで、低温熱傷のリ

スクを軽減し、より安全な体温管理を行うだけでなく、

患者動物にとってより過ごし易い環境を提供できたと

考えられた。

 動物看護師の定期的な見回りにより、詳細なモニタ

リングの実施が可能であったこと、保温用ヒートマッ

ト設置の区画違いによって患者動物自身による快適な

環境が選択できたことを併せると、事例 2 において保

温用ヒートマットを使用した体温管理を行ったことは

適切であったと考えられた。

 フェンタニルやモルヒネといったオピオイドは、心

臓を支配する交感神経性ニューロンの活動を中枢性に

亢進させることで徐脈を引き起こす 1 )。実際に、事例

1 ではフェンタニルの持続投与中に60回/分程度の徐

脈傾向が観察され、事例 2 でも心拍数は70回/分程度

と投与前の水準と比較して低い値を示した。しかしな

がら、オピオイドによる徐脈が生じた場合でも、一回

拍出量が増加することで心拍出量は維持されるため、

通常は問題とならない。むしろ、心筋の仕事量や酸素

消費量を減ずるという点では好ましいとすら考えられ

ている 1 )。いずれの事例においても、可視粘膜の観察

や脈拍の触知、血圧の測定により循環機能が十分に維

持されていることが観察できていたため、ただ徐脈で

あるとの理由から必要以上の介入がなされることはな

かった。ただし、患者動物がより若齢であった場合に

は、成熟した動物に比べて心拍数への依存度が大きく、

徐脈によって心拍出量が低下しやすいことに注意を払

う必要があった 1 )。心拍出量の測定は獣医療において

必ずしも一般的ではなく、実施には特殊な機器やカ

テーテルが必要となる。したがって、血圧を間接的な

指標として循環機能を評価することが必要となる。オ

ピオイドによる徐脈が観察された場合には、本事例の

ように血圧を測定し、可視粘膜の観察結果と合わせて

循環機能を評価し、必要に応じて獣医師に報告するこ

とが望ましいと考えられた。事例 1 では、流涎と徐脈

がフェンタニルの持続投与中だけでなく、投与を中断

した後も続けて観察され、最終的にはムスカリン受容

体拮抗薬であるアトロピンによる薬物治療が実施され

た。対して、事例 2 ではモルヒネ投与からの時間経過

とともに症状の改善傾向が認められ、事例 1 の経過と

は異なるものであった。モルヒネの半減期はおよそ 1

時間とされており、事例 2 において術後のモルヒネ投

与から 1 時間が経過した時点で、徐脈傾向を残すもの

の、流涎の改善傾向が認められたのは、予想されるモ

ルヒネの血中濃度の推移を反映したものであったと考

えられた 1 )。さらに、筋肉内投与されたモルヒネの効

果が持続する時間は、投与経路に依存するものの最大

4 時間程度と言われており、翌朝には症状が一切観察

されなかったことと一致した 1 )。一方、フェンタニル

が単回投与された場合、その影響が持続する時間はイ

ヌで0.5- 2 時間程度であるとの記述もあり、事例 1 で

は、単回投与と比較して総投与量の多くなる持続投与

が実施されていた 1 )。持続投与を中断してから 1 時間

が経過しても徐脈と流涎が改善する傾向が観察されな

Page 6: 025-030 事例報告 清水4C

術後にオピオイドの投与による有害反応を呈したイヌの看護二事例

30 Veterinary Nursing Vol.24 No.2, 2019

かったのは、フェンタニルの血中濃度が十分に低下す

るまで、より長い時間が必要であったからではないか

と考えられた 1 )。持続投与の場合には、薬物が体内に

蓄積してしまい、薬物の代謝や排泄に予想以上の時間

を要することも珍しくない。さらに、事例 1 では、最

終的に獣医師による薬物治療が実施された。オピオイ

ド投与後の副反応は、時間経過とともにいずれ改善す

ると思い込まず、薬物治療が必要になる可能性も併せ

て考慮しておくべきである。オピオイドによる徐脈や

流涎を呈した動物の看護にあたる際には、薬物の種類

と投与方法を踏まえ、このような副反応がどの程度の

時間持続する可能性があるかを予想して観察を継続す

ることが必要であると考えられた。

 今回は、いずれの事例においても、オピオイドの投

与を中止した後に患者動物が痛みを訴えるような様子

をみせたり、痛みの兆候が観察されたりすることはな

かった。ただし、特に事例 2 では、時間経過とともに

副反応が改善する傾向にあり、この原因を血中薬物濃

度の低下であったと考えた。それはつまり、時間経過

に伴う鎮痛効果の消失あるいは減弱が生じていたこと

も意味する。事例 1 では、アトロピンの投与によって

副反応が治療され、その時点での鎮痛効果は持続して

いたと考えられるが、投与を継続していなかった以上、

いずれその効果は消失したはずである。したがって、

単回投与後あるいは持続投与の中断後、時間の経過に

伴ってオピオイドによる副反応が改善していく場合に

は、鎮痛効果の消失や減弱によって動物が痛みを感じ

ていないかどうかにも注目しなければならない。なお、

オピオイドの投与による副作用の治療には、オピオイ

ド受容体拮抗薬であるナロキソンや、µ オピオイド受

容体拮抗薬でありκオピオイド受容体作動薬でもあ

るブトルファノールを用いることが第一選択となる。

しかしながら、本 2 事例では、ナロキソンによって

フェンタニルの µ オピオイド受容体への作用を拮抗

すれば鎮痛効果も消失してしまうこと、ブトルファ

ノールによって µ オピオイド受容体への作用を拮抗

しつつκオピオイド受容体を作動させた場合には、

ある程度の鎮痛効果こそ得られるものの、やはり徐脈

や流涎、低体温を引き起こす可能性があったことから、

これらを選択しなかった。

 以上のことから、動物看護師は、外科手術に対する

鎮痛薬としてモルヒネあるいはフェンタニルといった

オピオイドが使用される患者動物に対する看護計画を

立案する際、アセスメント項目としてオピオイドの副

反応である流涎や低体温、徐脈を挙げるべきであると

考えられた。そして、被毛の清潔の維持、体温および

循環機能の適切な管理による恒常性の担保、疼痛緩和

を看護目標として設定し、介入を行うべきであると考

えられた。本 2 事例では、痛みの兆候を観察するだけ

でなく、エリザベスカラーにペットシーツを装着する

ことで被毛の清潔を維持し、低温熱傷に十分注意しつ

つ保温用ヒートマットでの体温管理を行い、継時的な

血圧測定および可視粘膜の観察をし、それらの結果と

徐脈を併せて循環機能を評価した。これらにより、そ

れぞれの看護目標を達成することが可能であった。

引用文献1 )Kukanich B, Wiese A:Opioids,In: Grimm K, Lamont L,

Tranquilli W, Greene S, Robertson S, Veterinary Anesthesia and Analgesia: The Fifth Edition of Lumb an Jones, 5th editon, 207-226, Wiley-Blackwell, USA (2015)

2 )Colorado State University Veterinary Teaching Hospital: Colorado State University Canine Acute Pain Scale. http://csu-cvmbs.colostate.edu/Documents/anesthesia-pain-management-pain-score-canine.pdf (2019年11月 1 日参照)

3 )池田正浩、伊藤茂男、尾崎博、下田実、竹内正吉:獣医薬理学、92、株式会社近代出版、東京(2015)

4 )池田正浩、伊藤茂男、尾崎博、下田実、竹内正吉:獣医薬理学、187、株式会社近代出版、東京(2015)

5)浅野隆司:プラクティカル獣医薬理学、168-169、株式会社インターズー、東京(2014)

6 )Aas JA, Paster BJ, Stokes LN, Olsen I, Dewhirst FE:Defining the normal bacterial flora of the oral cavity, Journal of Clinical Microbiology, 43, 5721–5732 (2005)

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