リサーチ・ジャーナル01 エリアガイド 「ちょっとそこまで」ルート01...

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095 Research Journal Issue 01 スクエア 広場001 / 006 アサヒ・アートスクエア エリアガイド ちょっとそこまで墨田は怪談 奇談の類が江戸の時代より語り継 がれていますスクエアのある本所や少し離れた 向島京島に八広に鐘ヶ淵百では足りない場 所や出来事に 墨田を歩けば出会うでしょう まち 歩きに出かける前にこの 墨東百物語をご覧く ださい限られた文字数では全てを紹介できま せんが少しでもこの不思議に満ちた素敵な墨田 を知っていただければ幸いでございます猫の話 祖母から二十歳を過ぎた猫は妖怪になると聞い たことがあります確かに年とった猫の目を見てい ると動物を見ているのではなく 意思疎通ができ る他の何かを見ているような気がしますさて 田区は猫が多いまちを歩いてふと視線を感じる 人ではなく猫であることがほとんどです猫にま つわる話を二つほど墨東百物語:其ノ十八話猫又と開かずの扉その昔ソース工 場として使われていた建 物に 二十四歳の猫が住んでいる 年寄りの言い伝え が正しければ既にこいつは妖怪 猫又である しげな妖術を使って人を脅かしていたとしても不 思議ではない一階にガラス扉の部屋があり こで現代美術の展示が行われているので芸術 に慣れていない人は妖術の類と勘違いする人が いるかもしれないさて 建物を見上げると二階の辺りに錆びた扉 が見える しかしそこまで登る階段がない建物 の中から扉を開ければ空なのだ脚が長いか 羽が生えているかつまり人間以外の何かでな ければ使えるはずもない誰が開ける扉なのか さっぱりわからないこの建物はSOURCE Factory と看板が立ってい アサヒ アートスクエアの位置する東東京墨田 浅草エリアの魅力を地元目線でご紹介する ちょっとそこまで 」。 1回は 墨東と呼ばれる 墨田区の北エリアを ライターのヨネザワエリカさんがご案内します アサヒ アートスクエアにいらっしゃる際は ちょっとそこまで 足をのばして まちも一緒にお楽しみください ルート01 墨東百物語 墨田区北部のアート拠点 ご紹介奇談 ルートマップはこちらをご覧下さいhttp://asahiartsquare.org/ja/access/

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Page 1: リサーチ・ジャーナル01 エリアガイド 「ちょっとそこまで」ルート01 ヨネザワエリカ

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Research Journal Issue 01

スクエア[広場]

001 / 006

アサヒ・アートスクエア エリアガイド「ちょっとそこまで」

墨田は怪談・奇談の類が江戸の時代より語り継

がれています。スクエアのある本所や少し離れた

向島。京島に八広に鐘ヶ淵。百では足りない場

所や出来事に、墨田を歩けば出会うでしょう。まち

歩きに出かける前にこの「墨東百物語」をご覧く

ださい。限られた文字数では全てを紹介できま

せんが、少しでもこの不思議に満ちた素敵な墨田

を知っていただければ幸いでございます。

猫の話

祖母から二十歳を過ぎた猫は妖怪になると聞い

たことがあります。確かに年とった猫の目を見てい

ると動物を見ているのではなく、意思疎通ができ

る他の何かを見ているような気がします。さて、墨

田区は猫が多い。まちを歩いてふと視線を感じる

と、人ではなく猫であることがほとんどです。猫にま

つわる話を二つほど。

[墨東百物語:其ノ十八話│猫又と開かずの扉]

その昔ソース工場として使われていた建物に

二十四歳の猫が住んでいる。年寄りの言い伝え

が正しければ既にこいつは妖怪・猫又である。怪

しげな妖術を使って人を脅かしていたとしても不

思議ではない。一階にガラス扉の部屋があり、そ

こで現代美術の展示が行われているので芸術

に慣れていない人は妖術の類と勘違いする人が

いるかもしれない。

さて、建物を見上げると二階の辺りに錆びた扉

が見える。しかしそこまで登る階段がない。建物

の中から扉を開ければ空なのだ。脚が長いか

羽が生えているか、つまり人間以外の何かでな

ければ使えるはずもない。誰が開ける扉なのか

さっぱりわからない。

この建物はSOURCE Factoryと看板が立ってい

アサヒ・アートスクエアの位置する東東京、墨田・浅草エリアの魅力を、地元目線でご紹介する「ちょっとそこまで」。第1回は「墨東」と呼ばれる墨田区の北エリアを、ライターのヨネザワエリカさんがご案内します。アサヒ・アートスクエアにいらっしゃる際は、「ちょっとそこまで」足をのばして、まちも一緒にお楽しみください。

ルート01

墨東百物語─墨田区北部のアート拠点

ご紹介奇談

ルートマップはこちらをご覧下さい。http://asahiartsquare.org/ja/access/

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│AREA GUIDE│アサヒ・アートスクエア エリアガイド「ちょっとそこまで」

ヨネザワエリカ│Erika Yonezawa

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スクエア[広場]

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る。どう考えても怪しい建物に人が寄り付くはずもな

いと思われがちだが、どういう訳か寂れるでもなく賑

わっている。集まってくる人が果たして本当に人なの

か妖怪変化の類なのか、誰もさっぱりわからない。

[墨東百物語:其ノ五十三話│夜の猫]

飼い猫でない猫は人が近づくと逃げるのが常。と

ころが墨田の猫にその常識は通用しない。東武

曳舟駅から水戸街道に出て歩くと鳩の街通り商

店街が見つかる。長さ二百メートル幅二メートル

の細長い通りには寿司や呉服や花屋に美容室

など昔からある商店に加え、最近では新しく店舗

を構えた若者やアトリエを開いた芸術家の姿が

ちらほら見える。人通りが増えたらしい。

そんな賑わいや活気なんざ私たちには関係ござ

いません、と言いたげに商店街を猫が歩くのだ。

近寄っても逃げず、それどころかじっと睨んでくる。

まるで夜の酒盛りの話のネタにしようと企んでい

るかのようだ。

商店街の夜は早く、日が落ちる頃にはお店のほと

んどが閉店している。帰宅する人は数えるほどし

かいないこの通りは夜になると猫の世界に変わっ

てしまう。夜に何をしているのか、猫に聞いてみた

い気にもなるが、しかし、人の言葉で返されてしまう

かもしれないと思うと迂闊に声もかけられない。触

らぬ神に祟りなし。

墨東美女奇談

怪談に登場する美女といえば男にとり憑く幽霊

や動物の変化した姿というのが定石です。墨

田にも美女にまつわる話がありますがそれは怪

談というよりは奇談の類。

ふと気がつくと、私を見ている猫がいる。http://goo.gl/maps/UMB0jhttp://hatonomachi-doori.com/

そこだけ赤い色をした扉が目立つ。開いたところを見たことがない。http://goo.gl/maps/OnZ0Ghttp://sourcefactory.web.fc2 .com/

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│AREA GUIDE│アサヒ・アートスクエア エリアガイド「ちょっとそこまで」

ヨネザワエリカ│Erika Yonezawa

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[墨東百物語:其ノ九十│黄色い箱を持った美女]

東武曳舟駅近くのふじ公園にピンク色の柱が一

本だけある。東武小村井駅近くの宮元児童遊園

にピンク色の滑り台がある。どちらもピンク色は柱

と滑り台しかなく、そして数字が書かれている。

さて、公園にピンク色が見られるようになった同じ

頃、飲食店のカップやお皿に数字が焼き付けら

れ和菓子屋では数字の焼き印が押されたどら焼

きが売られるようになり、そして黄色い箱を持った

美女の噂が流れだした。数字のある場所には必

ず黄色い箱を持って歩く美女の姿が見られたとい

うのだ。ここ一年ほどはその噂も落ち着いたように

思えるがまた現れないとは限らない。

[墨東百物語:其ノ二│妖怪の母]

曳舟湯という古い銭湯が解体される頃から墨田

の銭湯に妖怪が現れるようになった。妖怪変化

の類は人目に触れない珍しいものと相場が決まっ

ているが銭湯の妖怪どもは全く様子が違ってい

た。隠れるわけでもなく浴槽や番台の傍、天井

に堂 と々鎮座している。人は口 に々「あれは妖怪

ではなく湯怪だ」と言うようになった。最近は数が

減ったが、少なくとも六ヶ所の銭湯に湯怪がいる。

さて、この湯怪は解体された曳舟湯が変化した

ものらしい。そして母がいると言われている。湯怪

の話を銭湯の主人に聞くと必ず女の名前を口

にするという。

幻の話

人の記憶は曖昧だから些細な出来事でも数カ

月先で思い出せば奇談になりかねません。例え

ば顔が思い出せないカフェの主人は記憶の上

ではのっぺらぼうだとか、話の辻褄が合わないな

ら妖怪のせいにしてしまおう、なんてよくある話。さて

「墨東百物語」にも似たような理由で奇談となる

話があります。さてこれは本当に曖昧な記憶なの

か妖怪の仕業なのか。

[墨東百物語:其ノ八│一夜限りの旗祭り]

墨田区八広の道は人を惑わす。それはまるで妖

怪変化の悪戯か。いつしかこんな噂が流れるよう

になった。「大量にあった旗がパッと無くなっていや

何かを祝福するかのようなピンク色が突如としてあらわれた。 [ふじ公園] http://goo.gl/maps/UB6rX [宮元児童遊園] http://goo.gl/maps/1SN9ehttp://www.kyococo.com/category/works/lat-long-project/

銭湯の窓辺に龍の湯怪が何かを守るかのように鎮座する。 [田中湯] http://goo.gl/maps/4LW5w [みまつ湯] http://goo.gl/maps/EksRx [三徳湯] http://goo.gl/maps/KH5vY [グランド湯] http://goo.gl/maps/Z3QLJ [おかめ湯] http://goo.gl/maps/5PUqn [薬師湯] http://goo.gl/maps/Ofg3Xhttps://www.facebook.com/hikifuneyukai

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│AREA GUIDE│アサヒ・アートスクエア エリアガイド「ちょっとそこまで」

ヨネザワエリカ│Erika Yonezawa

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スクエア[広場]

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がる。」「旗に書かれた文字を読んでも意味がさっ

ぱりだ。あれは人間の言葉じゃねえな。」「それみろ

やっぱり妖怪だ。あの旗は百鬼夜行かお化けの

運動会の証拠に違いねえ。」「ところであの旗は人

間が作ったと聞いたが。」「聞いた聞いた、近くの子

どもや年寄りが旗を作ったと言っていたぞ。」「あん

な大量の旗を一人や二人で作れるわけがねえ!」

一年ほど前、大通りから少し入った四丁目あたり

の路地や家々が、赤や青や黄色の旗で色とりど

りに飾られた。yahiro 8という場所が飾り付けの

中心になっていたからあそこは妖怪の寝床かと

疑われたが、まさか、住人は近所でも有名な人

の良いデザイナーと踊り子の夫婦。妖怪のはず

があるわけない。

同じ頃、近くの銭湯の窓辺に龍が出るようになっ

た。おそらく妖怪どもが龍神様のお祭りをしていた

んだろうと、噂は次第に落ち着いていった。

[墨東百物語:其ノ十五│重い扉]

東向島駅から高架沿いを歩くと左に「美」と大き

くて四角い看板を掲げた現代美術製作所と言

われる工場がある。元はゴム手袋工場というその

入り口はとても重厚な扉で塞がれていて、簡単に

は開けられない。深呼吸でもして気持ちを落ち着

かせ、手や腕や体全体に力を込めて引っ張らな

ければ到底開けられない。やっと開けることができ

たとしても何か見えるのかといえば、そうでもない。

真っ白な壁に囲まれた何も無い部屋しか見えな

い人もいれば、他では見ることのできない現代美

術の展示の世界に吸い込まれ戻れなくなる人も

いると聞く。

そしてまた重い扉の閉まる音が近くの駐車場にあ

るお稲荷さんにまで響く。「ガチャン」

[墨東百物語:其ノ四十八│本の少ないこすみ図書]

無いはずのものがそこに在るなんてのは怪談奇

談によくあるが、こすみ図書は在るはずのものが

無い。鳩の街通り商店街に面した大きなガラス

扉から覗くと見えるのは幾つかの本棚とそこに置

かれた数冊の本だけ。図書と聞いて想像する程

の量がそこに在るようには見えない。

ところで、本には書いた人の魂や大切に読む人

の魂が込められているという。本に印刷された文

墨田で最も大きなアートスペースといっても過言ではない。http://goo.gl/maps/m5ozshttp://www.c-a-f.jp/

噂の旗は2012年の秋ごろに掲げられていた。数少ない証拠写真だ。http://goo.gl/maps/G0ZSWhttp://yahiro8 .seesaa.net/

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│AREA GUIDE│アサヒ・アートスクエア エリアガイド「ちょっとそこまで」

ヨネザワエリカ│Erika Yonezawa

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字はかつて生きていた物語や思考が耐久性を

得るために一時的に死んでいると考えてもおかし

くない。もしかするとこすみ図書には本から飛び

出た魂や物語や思考が生きて飛び交っているの

ではないか。

そう考えた人が多いのだろう。驚いたことに人の出

入りが多い。夜の遅くまで灯りが付いて賑やかに

話す声まで聞こえるという。さて、ガラス扉を開けた

ら何が見えるのか。

ふってわいた幸福

身に覚えのないことで褒められた経験はあります

か。大抵昔の付き合いや何気なく助けた人や動

物の縁からつながるものでしょう。湧いてでてきた

幸運にまつわる奇談を二つ。

[墨東百物語:其ノ五│金の植木鉢トロフィー]

明治通りと水戸街道の間に家がたいそう密集し

た京島という場所がある。庭が無いから路地に

はみ出した園芸がとても盛んなのだが、数年ほど

前から金の植木鉢トロフィーを送られる家が出て

きた。年に一度しか送られないが、その家は共通

して園芸の出来栄えが良い。送られた本人も最

初は不思議に思って訝しがっていたが、どうやら

褒められている事に気づくと自慢気に近所に話

すようになった。

[墨東百物語:其ノ十二│増える友人]

筑波の山から若い学生が数名、墨田にやってき

た。文花にちょうど良い家を見つけ「あをば荘」と

名付けて住み着いた。あをば荘は古く部屋の中

はボロボロだったから、少し年上の知人にお願い

をして改装をしてもらった。もちろん、学生たちは手

伝った。汗だくで作業をしている学生を見た隣近

所の住人が飲み物や西瓜のお裾分けをするよう

になった。学生たちは素直に喜び自分たちなりの

お返しをした。

さて思っていたよりもあをば荘の完成が延びてし

ここから眺めていても本があるようには見えない。http://goo.gl/maps/PGaWvhttp://kosumitosyo.blogspot.jp/

軒先に所狭しと並べられた芸術的な路地園芸。http://goo.gl/maps/X7rsEhttp://sumidart.exblog.jp/

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│AREA GUIDE│アサヒ・アートスクエア エリアガイド「ちょっとそこまで」

ヨネザワエリカ│Erika Yonezawa

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まったので、知人の友人が手伝いに来たが、そ

れでも進まないので知人の友人の友人が手伝

いに来た。なんとか出来上がったあをば荘でお

祭りを開いた学生たちは、知人も知人の友人も

知人の友人の友人も招いた。祭りには知人の友

人の友人の、さらにまた友人や知人が次から次

へと足を運び、あをば荘の前の道路にまで人が

あふれた。

数名でやってきた学生たちは半年も経たずにた

くさんの友人と墨田の暮らしを楽しむことになっ

た。これは墨田でよくある話。

毎月のように新しくイベントが行われ、新しい友人が増えている。http://goo.gl/maps/kAWyghttp://awobasoh.com/

ヨネザワエリカ│Erika Yonezawa

1979年熊本生まれ大阪育ち。広告会社などを経て東京を中心にライターとして活動している。墨田区では鳩の

町通り商店街、墨東まち見世、すみだ川ものコト市などへ関わる。ファッションと美術とおいしいものをこよなく愛する

さすらいライター。