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対獣鏡に関する覚え書き
山本 忠尚
はじめに
唐鏡の主要な鏡式のひとつに、鈕を挟んで 2羽の鳥が対面する「対鳥鏡」があるが、鳥ではなく 2頭
の獣が向い合う「対獣鏡」も存在する。面数は少いが、図像にあらわれた特徴により、獣の種が特定で
きる。犀、馬、獅子、虎、龍である。
対獣鏡の獣のうち、獅子と龍に限って、やや半身にして立ち上がり、両手を前後に振り、あたかも 2
足歩行しているか、あるいは踊っているような姿態のものがある。これら「舞獅子」と「舞龍」も対獣
鏡の仲間なのであるが、すでに検討済みなので(「舞獅子と舞龍」『古事 天理大学考古学・民俗学研究
室紀要』第2₀冊、1₉1₆)、本稿では、それら以外を取りあげる。
また、獣ではなく童子や飛天が対面した鏡があり、左右対称という点が共通するので、それら「対人
鏡」についても合わせて検討しよう。
鏡種ごとに様々な属性を表に取りまとめ、これを元に特徴を抽出してみた。
1 .対犀鏡
主題は、鈕を挟んで対面する、立位で横向きの犀(中国では「犀牛」と呼ぶことが多い)である。上
方中央には柵で囲んだ竹叢を置き、その左右に牡丹が 1株ずつ生える。
13面見つけた。外形の内訳は八花形ⅠA式 4面、八花形ⅠB式 ₆面、円形 3面である。
古事 天理大学考古学・民俗学研究室紀要 第21冊2₀1₇(平成2₉)年 3月31日 pp.1 ~ ₉
出土地・所蔵者 鏡体 径 副紋上 副紋下 文献 名称上海博物館 八花Ⅰ A 24.₉ 竹叢+牡丹 松林池沼+雲 2 練形神冶82 双犀紋葵花鏡清愛堂 八花Ⅰ A 24.4 竹叢+牡丹 松林池沼+雲 2 銅華清明1₅3 双犀花枝鏡張鉄山 八花Ⅰ A 23.₉ 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2蝶 3 唐詩83─ 1 双犀鏡河南林州河順郷 六花Ⅰ A 22.4 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2蝶 3 考古₉₇─ ₇ 双犀花枝鏡陝西歴史博物館 八花Ⅰ B 22.₇ 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2蝶 3 千秋金鑒388下 双麟紋葵紋鏡甘肅平凉劉自政墓 八花Ⅰ B 22.₆ 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2蝶 3 考古文物83─ ₅ 瑞獣銅鏡中国歴史博物館 八花Ⅰ B 22.₅ 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2蝶 3 歴博五2₇ 双犀花枝鏡故宮博物院 八花Ⅰ B 22.₅ 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2蝶 3 故宮蔵鏡3₅ 双犀葵花鏡トロント博物館 八花Ⅰ B 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2蝶 3 唐鏡大観₅₇ 双獣竹林花卉文八花鏡宝鶏市博物館 八花Ⅰ B 21.3 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2蝶 3 文博8₉─ 2 双獣鏡浙江紹興 円 24.2 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2 浙江出土123 嘉禾瑞獣鏡安徽霍山県文管所 円 22.4 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2 六安出土1₆₉ 犀牛紋鏡安徽望江県城北村 円 22 竹叢+牡丹 花卉流水+牡丹 2 考古₉₆─ ₇ 犀牛紋鏡
表 1 対犀鏡一覧
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外形の違いに対応するように、鈕下方の図柄が異なる。八花ⅠA式では、中央に池沼があって、向こ
う岸に樹が茂った山岳がそびえる。上方左右に雲が浮かび、左右に花卉をともなう(図 1 ─ 1 )。八花Ⅰ
B式では、鈕下に周縁に達する波立つ水面があり、左右が山となる岸に樹が 1本生える。左右に花卉を
配し、その周りを蝶が舞う(図 1 ─ 2 )。円形はこれに類似するが、蝶を欠く(図 1 ─ 3 )。
サイは奇蹄目サイ科の動物で、アフリカ大陸の東部と南部にシロサイとクロサイ、インド北部からネ
パール南部にインドサイ、マレーシアとインドネシアの一部にジャワサイ・スマトラサイの ₅種が現生
している。頭部に 1本の角を生やしたのがインドサイとジャワサイ、前後に 2本あるのがクロサイ・シ
ロサイ・スマトラサイである。対犀鏡のサイは頭上と鼻上にそれぞれ 1角を有するので、スマトラサイ
であろう。
先史時代には湖南・四川・貴州などに自生していたと考えられており、戦国時代の犀像が知られる。
四川省昭化県宝輪院出土「錯金銀犀牛銅帯鈎」(外来文明84)
陝西省興平市豆馬村出土、中国歴史博物館蔵「青銅金錯犀尊」(陝西青銅14₆、図 2 ─ 1 )
これらも双角を持ち、脚が細長ので、スマトラサイと思われる。
漢代になると、サイは中国国内では絶滅してしまったようで、林邑や波斯などから貢献されるように
なった。『漢書』や『旧唐書』などにその記録があり、犀像が次の画像磚に見える。
河南新鄭出土画像磚「闘犀」(図 2 ─ 2 ) 独角犀であるからインドサイと思われる。
河南禹県出土画像磚「犀」 頭部欠損。
下って、犀は唐代になって再び造形化されるようになった。献陵陵園「石犀」(西安碑林博物館)である。
これは石製丸彫の作品で、角は鼻上に生える 1本のみであり、インドサイと考えられる(図 2 ─ 3 )。
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図 1 対犀鏡 1 八花ⅠA(上海博物館)、 2 八花ⅠB(故宮博物院)、 3 円(安徽霍山県文管所)
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図 2 丸彫と画像磚の犀 1 犀尊(戦国、中国歴史博物館)、 2 画像磚(漢、新鄭出土)、 3 石犀(唐、西安碑林博物館)
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金銀器にもいくつか見える。
何家村窖蔵「独角獣宝相花紋銀盒」(海内外21₀) 『唐代金銀器』は「通身麟甲的独角獣」と解説する。
口に瑞草を銜む。独角。
カール・ケープ蔵「犀牛紋銀盤」(海内外1₇₀) 立位の犀で、背に 3個の花盤を載せる。独角。
白鶴美術館蔵「臥犀紋銀盒」(海内外2₅₀) うずくまる姿勢の犀で、蓋上に立体的にあらわされてい
る。双角か。
河南省偃師杏園M1₀2₅穆悰墓出土「銀盒」(偃師杏園彩版 ₆ ─ 4 ) 肢を折り曲げて横臥する横から見
た姿である。独角。
これらは銀盒子あるいは銀盤にあらわされた小さな図像である。単独の犀で、立位のものと横臥した
ものがある。白鶴美術館蔵銀盒のみ不確かであるが、漢代以降の犀像はすべて独角である、と言えよう。
つまり貢献されたものなのであった。
犀の意匠は正倉院宝物にも認められる。平螺鈿背円鏡(南倉₇₀第 ₅ 号)と赤地犀連珠文錦(中倉2₀2
帖装古裂第 ₆号、図 3)である。これらについてはすでに言及したことがある(拙稿「正倉院宝物を十
倍楽しむ( 4)」『古代文化』第₆₆巻第 2号、2₀14)。どちらの犀も双角なので、スマトラサイと思われ
る。
対犀鏡のように 2頭が対面するのは、この赤地犀連珠文錦のみなのであったが、犀は前肢を折りたた
んで横臥している(図 3)。
ところで、表 1の「名称」欄に示したように、主紋である対面する獣の呼称は様々で、図録の多くは
この対面する動物を「犀」あるいは「犀牛」とみなしているが、麟とするもの 1、瑞獣とするもの 1、
双獣とするもの 2があり、サイとみなすことに躊躇する向きもあるのだ。しかし、脚が細長く、頭上に
短い角を、鼻上に長い角を生やしているのはスマトラサイの特徴である。犀で可と考えたい。置かれた
環境は、人工的に管理された竹叢や牡丹の花が咲いているところから、庭園の一部と判断できる。貢献
された「馴犀」であろう。
2 .対馬鏡
鈕を挟んで、 2頭の馬が対面する意匠の鏡である。 ₉面見つけた。鏡体はいずれも八花ⅡC式で、径
23~24㎝の大型鏡である。
図 3 赤地犀連珠文錦(太田英蔵による復原)
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表の上 ₆面では、馬は、下方から立ち上がり 2又となって開いた蓮華上に片側の前肢・後肢を乗せ、
反対側の両脚を屈しながら前方に挙げている。「側体歩」に似るが、これでは歩けない。『錬形神冶』が
説くように「舞馬」であろう。鈕の上方には花枝を銜えた雁のような鳥が前後して飛ぶ。外区には花枝
と飛雲を交互に配する(図 4 ─ 1 )。
これら ₆面は、径が等しく、上方に花枝を銜えた雁が 2羽が飛んでいるなど紋飾も酷似するので、同
型鏡と考えられる。
下の 2面はいささか趣を異にし、出光鏡では馬は空中を浮遊するように速歩で前進し、花枝を口に銜
え上方に掲げている。下には中央に蓮華があり枝と葉が左右に展開する。不明鏡では上下に花枝を銜え
た鵲のような鳥が飛翔する(図 4 ─ 2 )。
南朝宋の大明五年(4₆1)、鮮卑吐谷渾の遣使が「善舞馬」を献じ、皇太子・王公以下その歌を作った
との記録があり、舞馬とは善馬のことと思われる。唐の玄宗帝が4₀₀頭の舞馬を調教させ、開元十七年
以降、毎年八月五日、千秋節の際に樂にあわせて舞わせることを年中行事とした。宰相の張説が詠んだ
『舞馬千秋万歳樂府詞』が遺る。陝西省西安何家村窖蔵「鎏金舞馬銜杯紋銀壺」にあらわされた馬は杯
を銜えている。
3 .対獅鏡
₇面見つけた。主紋である相対する獅子の姿態には 2様がある。
ひとつは後肢を地につけて力を貯め、片方の前肢を上に挙げて、いまや相手に飛びかからんかのよう
な姿勢をしたもの。「威嚇」と仮称する。上段・下段には、同型の雨滴のように茎を丸めた蓮の花を置
図 4 対馬鏡 1 宏鳴齊、 2 出光美術館1 2
出土地・所蔵者 外形 径 副紋上/下 外区 文献 名称西安博物院 八花Ⅱ C 24 飛鳥 2+花枝/蓮華枝 雲花枝 天馬11₀ 双馬八花鏡河南洛陽・梁上椿 八花Ⅱ C 24 飛鳥 2+花枝/蓮華枝 雲花枝 岩窟蔵鏡₅1₀ 双馬双鴨蓮華大鏡宏鳴齋 八花Ⅱ C 24 飛鳥 2+花枝/蓮華枝 雲花枝 唐詩₆₉ 舞馬双雁蓮花鏡泉屋博古館M12₆ 八花Ⅱ C 23.₉ 飛鳥 2+花枝/蓮華枝 雲花枝 泉屋博古14₅ 蓮華天馬八花鏡故宮博物院 八花Ⅱ C 23.₉ 飛鳥 2+花枝/蓮華枝 雲花枝 故宮蔵鏡₉1 双雁銜花天馬鏡上海博物館 八花Ⅱ C 23.₆ 飛鳥 2+花枝/蓮華枝 雲花枝 練形神冶₇8 舞馬双雁葵花鏡海鳴 八花Ⅱ C 23 飛鳥 2+花枝/蓮華枝 雲花枝 中原蔵鏡18 八出葵花蓮生天馬鏡出光美術館 八花Ⅱ C 23.₆ 花枝/蓮華枝 花枝飛鳥 出光美術31₀ 蓮華海馬文八花鏡不明 八花Ⅱ C 23 飛鳥銜花/飛鳥銜花 飛鳥雲 賞玩134 双馬鸚鵡鏡
表 2 対馬鏡一覧
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もうひとつは、立ち上がり、両手を前後に振った獅子で、あたかも踊っているようなので「舞獅子」
と呼ぶ。舞獅子については、先述のようにすでに検討済みであるが、対面するもののみ再び取りあげる。
1面だけが知られ、八稜形Ⅱ式である(図 ₅ ─ 2 )。
胡人騎獅子鏡も八稜形Ⅱ式、径 1尺近くの大型鏡である。伏獣鈕の左右に獅子に騎乗した胡人を対面
させ、上下に瑞花紋をあらわす。左方の胡人は横笛を吹き、右方は鼓を抱いている。獅子は後足で雲を
つかんでいる。外区には瑞花と綬を銜えた雁を交互に配してある。鈕は伏獣鈕である(図 ₅ ─ 3 )。
このように 2頭の獅子を対面させた意匠は、ほとんど類例を見ない。管見にのぼるのは何家村窖蔵
「鎏金双獅紋銀碗」と正倉院宝物「白橡綾几褥」(南倉1₅₀第3₀号)くらいではないか。
出土地・所蔵者 外形 径 獅子 副紋上+下 外区 文献 名称陝西宝鶏峰洛 八稜Ⅱ 1₉ 威嚇 瑞花+瑞花 花卉蝶 對鏡₀₇ 双獅菱縁鏡狄秀斌 a 八稜Ⅱ 1₉ 威嚇 瑞花+瑞花 花卉蝶 古鏡今照1₉1 菱花形双獅花卉紋鏡宝鶏市博物館 八稜Ⅱ 18.4 威嚇 瑞花+瑞花 花卉雲 考古文物₉3─ 1 海獣鏡上田忠男 八稜Ⅱ 1₇.8 威嚇 瑞花+瑞花 花卉蝶 古鏡探照1₀₉ 対置式双獣紋八稜鏡尊古齋 八稜Ⅱ ? 威嚇 瑞花+瑞花 花卉蝶 尊古齋24₉ なし狄秀斌 b 八稜Ⅱ 13.₅ 舞獅子 花卉+対鳥 花卉雲 古鏡今照18₅ 菱花形双獅双鴛鴦紋鏡黒川古文化研究所 八稜Ⅱ 28.8 胡人騎獅 花卉+花卉 花卉飛鳥 中国古鏡2₉ 胡人騎獅子瑞花八稜鏡
表 3 対獅鏡一覧
図 5 対獅鏡 1 威嚇(狄秀斌a)、 2 舞獅子(狄秀斌b)、 3 胡人騎獅子(黒川古文化研究所)
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4 .対虎鏡
『尊古齊古鏡集景』(朋友書店、1₉₉₀)に不鮮明な写真が掲載された、所在不明な 1面のみが知られて
いたが、新たに王趁意所蔵品が公表され、 2面に増えた(中原蔵鏡 111)。
八花ⅠB式で、径は22㎝。小さな円鈕の左右にそれぞれ 3本の竹と筍が生え、その外側に虎が内を向
いて座る。上段には飛雲と山岳、そして左右に飛鳥が各 1羽。下段は 3峰から成る山岳があらわされて
いる(図 ₆ ─ 1 )。
虎の図像は数多あるが、 2頭の虎が対面する図柄は珍しく、敦煌莫高窟第248窟(北周)に描かれた
壁画が唯一ではないか。ただし、こちらは匍匐する姿である(図 ₆ ─ 2 )。
いている。外区には花卉と蜂を交互に入れる(図 ₅ ─ 1 )。少なくとも上 2者は同型鏡であろう。
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5 .蓮生貴子鏡
鈕下方の 1株の蓮から上に向かって左右に分かれて咲く花の上に、 1人ずつの童子が立つ。どちらの
童子もほとんど裸体で、頭に蓮の葉をかぶり、踊る姿をあらわしている。左方は腰をひねって両腕を広
げ、右方は片脚を挙げ、両手に蓮の実と花を持ち、上下に振っている。鈕の上方にも別の蓮花枝がある。
外形は八花形Ⅱ式、外区には蜂 4と花卉 4を交互に配してある。鈕の上にも 1株の蕾を持った蓮枝を
あらわす(図 ₇)。
所蔵者 外形 径 外区 内区 文献 名称故宮博物院 八花Ⅱ 14.4 蜂 4 +花卉 4 舞踏 2童子 故宮蔵鏡1₀1 蓮生貴子鏡梁上椿 八花Ⅱ 14.3 蜂 4 +花卉 4 舞踏 2童子 岩窟蔵鏡4₉₇ 連生貴子鏡千石唯司 八花Ⅱ 14.2 蜂 4 +花卉 4 舞踏 2童子 王朝の粋8₆ 蓮花唐子瑞祥紋葵花鏡根津美術館 八花Ⅱ 14.2 蜂 4 +花卉 4 舞踏 2童子 中国古鏡₆₉ 蓮上童子文八花鏡青峰泉 八花Ⅱ 14.1 蜂 4 +花卉 4 舞踏 2童子 鏡涵春秋1₇4 蓮荷童子紋葵花鏡国立故宮博物院 八花Ⅱ 14.1 蜂 4 +花卉 4 舞踏 2童子 故宮特展131 連生貴子紋鏡
表 4 蓮生貴子鏡一覧
図 7 蓮生貴子鏡(根津美術館)
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図 8 唐子 1 木画箱、 2 紅牙撥縷尺
2
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2
図 6 対虎鏡 1 尊古齊、 2 莫高窟第248窟
集成した ₆面はすべて同形・同大・同紋であり、同型鏡と思われる。
蓮生貴子の図像は、仏教美術の題材として、敦煌莫高窟32₉窟(初唐)などにあらわされた。これは
縦長の空間を利用し、縦に伸びる蓮の節から出る花の上に 2人の童子が乗り、片手で蓮華を掲げている。
2童子は対面するのではなく、上下に分かれている。
ほかに世俗の器物にもあらわされた。
法隆寺献納宝物(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)「木画箱」(図 8 ─ 1 ) 側面には、矢筈紋で囲んだ枠内をさ
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らに石畳の界線で区画し、中央に木画で獅子、犬、童子をあらわしてある。そのうちの 1画面は 2人の
童子が蓮華の上で踊る様をあらわしたものである。
正倉院宝物に 3例、童子の図像がある。
蘇芳地金銀絵箱(中倉1₅2第2₆号)サクラ材、印籠蓋造りの長方形の箱で、外面は蘇芳塗の上に金銀
泥で絵を描いている。蓋の中央に、領巾をひるがえして舞う半裸の童子と、縦笛と鼓を奏楽する 2童子
をあらわす。舞う童子は蓮華の上に片脚立ちしている。
紅牙撥縷尺第 4号(中倉₅1第 4 号)象牙製の物差。紅色に染めた材に彫刻をほどこしてある。その 1
画に蓮華上で踊る童子が見える。長袖の上衣を着て長ズボンを穿いている(図 8 ─ 2 )。
紫地獅子奏楽文錦(中倉2₀2) 1 幅に 1単位の紋様を織り出した、一窠錦である。単位紋様は、中央
に右向きの大きな獅子の立ちあがる姿と、その両側を縁取る大輪の花をもつ縦長の唐草、および獅子が
挙げた前肢の左脇の 3人の童子から成る。童子はそれぞれ花の上に座し、笛、琵琶、腰鼓を奏楽してい
る。獅子に近い腰鼓を打つ童子は頭に蓮葉をかぶっている。
キャプションでは「唐子」としたが、これらも蓮生貴子であろう。
6 .対飛天鏡
見つけた 3面は、いずれも八花形ⅠC式で、径2₅㎝前後の大型鏡である。小さな円鈕を挟んで、雲上
に乗った飛天が対面する。飛天は頭に宝冠を戴き、腰を「く」の字に屈曲させ、天衣を翻して雲上を遊
泳している。互いに内側の腕を上に挙げてひとつの鞠形を捧げる。鈕の上方には重畳たる山峰がそびえ、
山頭には祥雲がかぶさる。鈕の下方にも峻峰をあらわし、峰頂には葉の茂った樹木が屹立する(図 ₉)。
出土地・所蔵者 外形 径 内区 鈕上/下 文献 名称 年代陝西西安・中国歴史博物館 八花ⅠC 2₅.₅ 対飛天 山岳雲/山岳樹 青銅器138 飛天葵花鏡陝西西安韓森寨第 1号墓 八花ⅠC 2₅.3 対飛天 山岳雲/山岳樹 陝西出土118 飛仙鏡 ₇4₅河南洛陽廡家溝機制磚瓦廠・洛陽市文物考古研究院 八花ⅠC 24.3 対飛天 山岳雲/山岳樹 洛鏡銅華23₀ 飛天鏡
表 5 対飛天鏡一覧
図 9 対飛天鏡(洛陽市文物考古研究院)
これら 3面は同形・同大であり、鈕は極めて小さく、細部も酷似している。同型鏡であろう。
韓森寨 1号墓は天宝四年(₇4₅)の埋葬であり、本鏡式が盛唐期に属することを示している。
飛天の図像は、単独か、群像としてあらわされたが、後者のばあい同じ向きの「並列」が圧倒的に多
い。まれに 2飛天が対面する場面があるが、薫炉などが間に
あって、両者は離れている。飛天鏡のように、接近して片手
をつき合わせている画像はほかにない。
むすび
以上、 ₆つの鏡種を取りあげた。対鳥鏡は面数多く、ヴァ
リエーションも豊富であるのに対して、対獣鏡の数はきわめ
て少ない。対犀鏡13面、対馬鏡 8面、対獅鏡 ₇面であり、対
虎鏡は 1面しかない。対人鏡である蓮生貴子鏡・対飛天鏡は
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もっと少なく、各々 ₆面と 3面の存在である。しかも 1鏡種のすべて、あるいはほとんどが同型である
ばあいが多い。
₆種とも、他に例を見ない、特異な図柄をあらわしている。何か特殊な用途があったのであろうか。
文献略称一覧(日本語読み、五十音順)
《図録・報告》
出光美術 出光美術館『中国古代の美術』出光美術館、1₉₇8
偃師杏園 中国社会科学院考古研究所『偃師杏園唐墓』科学出版社、2₀₀1
王朝の粋 難波純子『中国 王朝の粋』大阪美術倶楽部、2₀₀4
外来文明 愛徳華・謝弗(呉玉貴訳)『唐代的外来文明』陝西師範大学出版社、2₀₀₅
河南画像 周到他『河南漢代画像磚』上海人民美術出版社、1₉8₅
岩窟蔵鏡 田中琢・岡村秀典訳『岩窟蔵鏡』同朋社出版、1₉8₉(梁上椿『厳窟蔵鏡』1₉4₀─42の翻訳)
鏡涵春秋 深圳博物館他『鏡涵春秋 青峰泉・三鏡堂蔵中国古代銅鏡』文物出版社、2₀12
金龍金馬 『金龍・金馬と動物国宝展 中国陝西省出土文物』財団法人大阪21世紀協会、1₉8₇
故宮蔵鏡 郭玉海『故宮蔵鏡』紫禁城出版社、1₉₉₆
故宮特展 国立故宮博物院編輯委員会『故宮銅鏡特展図録』国立故宮博物院、1₉8₆
古鏡今照 浙江省博物館『古鏡今照 中国銅鏡研究会成員蔵鏡精粋』文物出版社、2₀12
古鏡探照 上田忠男・西川寿勝『上田コレクション鏡図録 古鏡探照』新風書房、2₀₀₅
新鄭画像 薛文燦・劉松根『河南新鄭漢代画像磚』上海書画出版社、1₉₉3
隋唐文化 陝西省博物館『隋唐文化』学林出版社、1₉₉₀
賞玩 姚江波・邱東聯『中国歴代銅鏡賞玩』湖南美術出版社、2₀₀₆
正倉院 正倉院事務所『正倉院宝物 ₅ 中倉Ⅱ』毎日新聞社、1₉₉₅
青銅器 段書安編『銅鏡』中国青銅器全集1₆ 文物出版社、1₉₉8
浙江出土 王子倫『浙江出土銅鏡』文物出版社、1₉8₇
泉屋博古 泉屋博古館『泉屋博古 鏡鑑編』泉屋博古館、2₀₀4
陝西青銅 李西興『陝西青銅器』陝西人民美術出版社、1₉₉4
陝西出土 陜西省文物管理委員会編『陜西省出土銅鏡』文物出版社、1₉₅8
千秋金鑒 陝西歴史博物館『千秋金鍳 陝西歴史博物館蔵銅鏡集成』陝西出版集団・三秦出版社、2₀12
染織 松本包夫『正倉院の染織』日本の美術№1₀2、至文堂、1₉₇4
尊古齋 黄濬『尊古齊古鏡集景』朋友書店、1₉₉₀
對鏡 宝鶏青銅器博物院『對鏡貼花黄 宝鶏青銅器博物館典蔵銅鏡精粹』三秦出版社、2₀14
中原蔵鏡 王趁意『中原蔵鏡聚英』中州古籍出版社、2₀11
中国古鏡 根津美術館『中国の古鏡 村上コレクション受贈記念』根津美術館、2₀11
天馬 奈良国立博物館『天馬 シルクロードを翔ける夢の馬』奈良国立博物館、2₀₀8
銅華清明 劉軍『銅華清明 光照千秋─清愛堂蔵鏡』文物出版社、2₀14
唐鏡大観 梅原末治『唐鏡大観』京都帝国大学文学部考古学資料叢刊第 3冊、美術書院、1₉4₅
唐詩 王綱懐・孫克讓『唐代銅鏡與唐詩』上海古籍出版社、2₀₀₇
敦煌初唐 段文傑・樊錦詩『敦煌 初唐』中国敦煌壁画全集 ₅、遼寧美術出版社他、2₀₀₆
洛鏡銅華 霍宏偉・史家珍『洛鏡銅華 洛陽銅鏡発現與研究』科学出版社、2₀13
練形神冶 上海博物館『練形神冶 瑩質良工─上海博物館蔵銅鏡精品』上海書画出版社、2₀₀₅
六安出土 安徽省文物考古研究所・六安市文物局『六安出土銅鏡』文物出版社、2₀₀8
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《雑誌》
考古₉₆─₇ 程霽紅「安徽望江城北村出土一件唐代銅鏡」『考古』1₉₉₆年第 ₇期
考古₉₇─₇ 張増午「河南林州市出土古代銅鏡」『考古』1₉₉₇年第 ₇期
考古文物83─₅ 劉玉林「唐劉自政墓清理記」『考古與文物』1₉83年第 ₅期
考古文物₉3─1 高次若「宝鶏市博物館蔵唐鏡精粋」『考古與文物』1₉₉3年第 1期
文博8₉─2 王桂枝「介紹館蔵銅鏡」『文博』1₉8₉年第 2期
歴博五 楊桂榮「館蔵銅鏡選輯(五)」『中国歴史博物館館刊』1₉₉4年第 1期(総22)
《図の出典》
図 1 ─ 1 練形神冶82
─ 2 故宮蔵鏡3₅
─ 3 六安出土1₆₉
図 2 ─ 1 陝西青銅14₆
─ 2 新鄭画像₅1
─ 3 隋唐文化34₀
図 3 染織24
図 4 ─ 1 唐詩₆₉
─ 2 出光美術31₀
図 ₅ ─ 1 古鏡今照1₉1
─ 2 古鏡今照18₅
─ 3 中国古鏡2₉
図 ₆ 尊古齊24₅
図 ₇ 中国古鏡₆₉
図 8 ─ 1
─ 2 正倉院23
図 ₉ 洛鏡銅華23₀