みずほ情報総研技報 vol.7 no les による風況および風車周り流れの解析...

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19 LES による風況および風車周り流れの解析 吉村英人 i 山出吉伸 ii Large Eddy Simulation of Flow around Wind Fields and Wind Turbine Hideto YOSHIMURA Yoshinobu YAMADE 風力発電量の予測精度の向上を目的としてスーパーコンピュータ「京」を用いて,風況および風車周り流 れを対象に大規模 LES を実施した.風況計算では実地形である積丹半島のモデルを対象とし,風洞試験の 結果と比較した.風車周り流れの計算では NREL Phase VI で実施された 2 枚翼風車を対象に,タワーおよ びナセルを含む風車全体の流れを計算し,翼面圧力分布の計測データとの比較を行った.大規模 LES が風 力発電量の予測に有効利用できると期待できる. (キーワード): 風車,風況予測,Large Eddy Simulation,大規模流体解析,スーパーコンピュータ i サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム コンサルタント ii サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム シニアコンサルタント 1 はじめに 風力発電システムにおける風車の設計では,通常 時,故障時,始動時,停止時などの様々な運転状況 に対し,風車の構造的,機械的,電気的および制御 システムを考慮して,安全性および発電量などの性 能を確保することが要求される.風車の設計や性能 予測にはこれまで翼素運動量理論(BEM : Blade Element Momentum theory)が広く用いられてきた. BEM 2 次元翼型の性能データを利用して設計点 付近の性能を精度良く簡易に予測できるため,実用 的にも用いられている.しかしながら,BEM 2 次元理論であるため,翼の曲面形状の考慮は勿論, 本来,3 次元の複雑かつ非定常挙動である風況の影 響を風車に的確に取り入れることはできず,特に非 設計点の性能評価に用いることは難しい.また,通 常翼に流入する風速はブレードの断面位置により変 化するため,様々なレイノルズにおける 2 次元翼型 の性能データが必要となるが,実験データからこれ ら全てを補うのは困難であるため,実際には代表的 なレイノルズ数を用いて計算が行われている.この ようなことから, BEM に基づく風力発電の予測量と 実際の発電量には差異があると考えられるが,明確 な比較は存在していないと思われる. 風力発電量を高精度に予測するには風況(風速, 流入乱れ,地形の影響),ピッチおよびヨー制御,翼 の曲面形状など様々な複雑な条件を考慮する必要が あるため, CFD が有効なツールに成り得ると考えら れており,近年,CFD による性能予測の検討が多く 行われている 1-3) .特に Large Eddy Simulation (LES) による解析では非定常な乱流現象を高精度に予測す ることができるため,その期待は大きい.CFD によ り風力発電量を予測するポイントとしては,風車の そのもの性能予測に加えて風車の設置位置における 風況予測が重要となる.特に日本の地形は急峻な山 地が多いため,剥離を伴う非定常な流れを高精度に 予測することが求められている. 以上のことから,本研究では風力発電量の予測精 度の向上を目的として,風況および風車周りの流れ に対して大規模 LES 解析を実施し,その予測精度を 検証する.風況計算では実地形である積丹半島の模 擬した地形モデルを対象に,風車周りの流れ計算で はアメリカ国立再生可能エネルギー研究所(NRELが実施した 2 枚翼風車の風洞試験を対象に行い,そ れぞれ実験データと比較する. なお,本研究における計算は理化学研究所のスー パーコンピュータ「京」を用いて行われた.

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Page 1: みずほ情報総研技報 Vol.7 No LES による風況および風車周り流れの解析 吉村英人i 山出吉伸ii Large Eddy Simulation of Flow around Wind Fields and Wind

19

LES による風況および風車周り流れの解析

吉村英人i 山出吉伸ii

Large Eddy Simulation of Flow around Wind Fields and Wind Turbine

Hideto YOSHIMURA Yoshinobu YAMADE

風力発電量の予測精度の向上を目的としてスーパーコンピュータ「京」を用いて,風況および風車周り流

れを対象に大規模 LESを実施した.風況計算では実地形である積丹半島のモデルを対象とし,風洞試験の

結果と比較した.風車周り流れの計算では NREL Phase VIで実施された 2枚翼風車を対象に,タワーおよ

びナセルを含む風車全体の流れを計算し,翼面圧力分布の計測データとの比較を行った.大規模 LESが風

力発電量の予測に有効利用できると期待できる.

(キーワード): 風車,風況予測,Large Eddy Simulation,大規模流体解析,スーパーコンピュータ

i サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム コンサルタント

ii サイエンスソリューション部 デジタルエンジニアリングチーム シニアコンサルタント

1 はじめに

風力発電システムにおける風車の設計では,通常

時,故障時,始動時,停止時などの様々な運転状況

に対し,風車の構造的,機械的,電気的および制御

システムを考慮して,安全性および発電量などの性

能を確保することが要求される.風車の設計や性能

予測にはこれまで翼素運動量理論(BEM : Blade

Element Momentum theory)が広く用いられてきた.

BEM は 2 次元翼型の性能データを利用して設計点

付近の性能を精度良く簡易に予測できるため,実用

的にも用いられている.しかしながら,BEM は 2

次元理論であるため,翼の曲面形状の考慮は勿論,

本来,3 次元の複雑かつ非定常挙動である風況の影

響を風車に的確に取り入れることはできず,特に非

設計点の性能評価に用いることは難しい.また,通

常翼に流入する風速はブレードの断面位置により変

化するため,様々なレイノルズにおける 2次元翼型

の性能データが必要となるが,実験データからこれ

ら全てを補うのは困難であるため,実際には代表的

なレイノルズ数を用いて計算が行われている.この

ようなことから,BEMに基づく風力発電の予測量と

実際の発電量には差異があると考えられるが,明確

な比較は存在していないと思われる.

風力発電量を高精度に予測するには風況(風速,

流入乱れ,地形の影響),ピッチおよびヨー制御,翼

の曲面形状など様々な複雑な条件を考慮する必要が

あるため,CFD が有効なツールに成り得ると考えら

れており,近年,CFD による性能予測の検討が多く

行われている 1-3).特に Large Eddy Simulation (LES)

による解析では非定常な乱流現象を高精度に予測す

ることができるため,その期待は大きい.CFD によ

り風力発電量を予測するポイントとしては,風車の

そのもの性能予測に加えて風車の設置位置における

風況予測が重要となる.特に日本の地形は急峻な山

地が多いため,剥離を伴う非定常な流れを高精度に

予測することが求められている.

以上のことから,本研究では風力発電量の予測精

度の向上を目的として,風況および風車周りの流れ

に対して大規模 LES 解析を実施し,その予測精度を

検証する.風況計算では実地形である積丹半島の模

擬した地形モデルを対象に,風車周りの流れ計算で

はアメリカ国立再生可能エネルギー研究所(NREL)

が実施した 2 枚翼風車の風洞試験を対象に行い,そ

れぞれ実験データと比較する.

なお,本研究における計算は理化学研究所のスー

パーコンピュータ「京」を用いて行われた.

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2 使用ソフトウェアと並列性能

計 算 に は 汎 用 流 体 解 析 ソ フ ト ウ ェ ア

FrontFlow/blue (FFB)4)を使用した.FFB は文部科学省

次世代 IT 基盤構築のための研究開発「革新的シミュ

レーションソフトウェアの研究開発」プロジェクト

において開発された有限要素法に基づく流体解析ツ

ールであり,本コードの特長は乱流中の渦のダイナ

ミックスを直接計算する Large Eddy Simulation

(LES) の適応により乱流現象を高精度に予測できる

点にある.渦を直接解像する LES 解析では流れのレ

イノルズ数の増加と共に多くの計算格子が必要とな

り,計算規模も大きくなる.そのため,大規模解析

を実現するには大型計算機での高速動作が必須とな

るが,FFB は「京」を含むスーパーコンピュータお

よび PC クラスタ上で高速に動作するようにチュー

ニングされている.図 1に「京」において実施した

FFB のノードあたり 100万要素の weak-scale ベンチ

マークテストの結果を示す.本ベンチマークテスト

において,単体性能 4%,並列性能 3%(2.4 万ノー

ド)が確認されている.

3 実地形を対象とした風況予測計算

3.1 計算モデルおよび計算条件

風況予測の精度検証として積丹半島を対象とした

地形周りの流れ解析を実施した.計算は石原ら 5)お

よび Yagamuchi et al.6)による積丹半島北部の 1/2000

スケールモデルの風洞試験と同じ条件において行い,

平均速度分布や変動速度分布を計測データと比較す

る.地形モデルは図 2 に示すように直径 8 kmの円

形領域であり,国土地理院が発行する地形データか

ら積丹半島の部分を抽出した.図中の点 A~G は計

測点である.石原ら 5)および Yamaguchi et al. 6)による

風洞試験では地形モデルをターンテーブルに設置し,

45度ずつ回転させることにより 8方向からの流入条

件において流れを測定している.本研究ではターン

テーブルの回転に応じた 8種類の格子データをそれ

ぞれ作成し計算を行った.計算領域は図 3 に示すよ

うに地形モデルを囲む直方体の領域を設定し,境界

条件として風速 Uin = 6 m/s の一様流を地形モデル上

流で与え,後述する突起物により乱流遷移させた.

その他の境界条件として y 方向および+z 方向には

対象境界条件,+x方向には自由流出境界条件を与え,

R = 2 m

Inflow

Uin = 6m/s

乱流促進デバイス

10 m10 m

4 m

4 m

xTG = 5 m

地形データ

x

y

z

図 3 風況計算領域

図 4 風況計算格子

図 2 積丹半島地形 5)

1.E+00

1.E+01

1.E+02

1.E+03

1.E+04

1.E+05

1.E+06

1.E+00 1.E+02 1.E+04 1.E+06

Pe

rfo

rma

nc

e (

GF

LO

PS

)

Num. of Nodes

9GFLOPS/ノード

FFB:1Mgrids/node

図 1 FrontFlow/blueの並列性能

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-z 方向および地表面は全て No-Slip 境界条件として

取り扱った.風速 Uinおよび地形モデル直径 D に基

づくレイノルズ数は 2.4×106である.なお,LES の

渦粘性モデルには Dynamic Smagorinsky Model を使

用している.

3.2 格子生成

数値計算において格子の解像度や品質は結果の精

度に影響を与えるため,品質の良い格子を適切な解

像度で作成しなければならない.しかしながら,複

雑な境界形状を有する流れに対してこれらを考慮し

つつ格子を作成することは,多くの経験と時間が必

要となる.本計算で対象とする流れも複雑地形であ

り,さらに 8 方向それぞれに対して格子を作成しな

ければならない.そのため,本計算では階層型直交

格子を適応し格子生成の自動化を図った.階層型直

交格子では通常,直交格子において任意の境界形状

を取り扱うことができる Immersed Boundary Method

(IBM)7)などと併用されるが,本計算では IBMは用い

ず境界形状は凹凸のまま取り扱った.著者らは翼周

りの流れに階層型直交格子を適応し,十分な解像度

がある場合は格子の凹凸が計算精度に与える影響は

小さいことを確認している 8).計算格子を図 4に示

す.格子はまず,国土地理院の地形データより STL

データを作成し,その後オープンソース汎用流体解

析ソフトウェア OpenFOAM9)

の自動格子生成ツー

ル snappyHexMeshを用いて,FFB用の格子データに

変換した.本計算に用いた計算格子の地表面におけ

る最小解像度は 1/2000 スケールで水平方向

yx 7.8 mm,鉛直方向 z 0.78 mm であり,

この解像度は壁座標で yx 60 および

z 6 となる.この格子に対し FFB のリファイン

図 5 地表面の主流方向渦度分布(地形モデルなし)

図 6 地表面の圧力分布(風向 NE)

0

100

200

300

400

0 2 4 6 8

Z [

m]

U [m/s]

LES(NE):Point-A

EXP(NE):Point-A

0

100

200

300

400

0 2 4 6 8

Z [

m]

U [m/s]

LES(NE):Point-B

EXP(NE):Point-B

(a) A (b) B

0

100

200

300

400

0 2 4 6 8

Z [

m]

U [m/s]

LES(NE):Point-F

EXP(NE):Point-F

0

100

200

300

400

0 2 4 6 8

Z [

m]

U [m/s]

LES(NE):Point-G

EXP(NE):Point-G

(c) F (d) G

図 7 計測点における平均速度の比較(風向 NE)

0

100

200

300

400

0 0.5 1 1.5 2

Z [

m]

U [m/s]

LES(NE):Point-A

EXP(NE):Point-A

0

100

200

300

400

0 0.5 1 1.5 2

Z [

m]

U [m/s]

LES(NE):Point-B

EXP(NE):Point-B

(a) A (b) B

0

100

200

300

400

0 0.5 1 1.5 2

Z [

m]

U [m/s]

LES(NE):Point-F

EXP(NE):Point-F

0

100

200

300

400

0 0.5 1 1.5 2

Z [

m]

U [m/s]

LES(NE):Point-G

EXP(NE):Point-G

(c) F (d) G

図 8 計測点における変動速度の比較(風向 NE)

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機能(ソルバー内で計算格子を自動細分化する機能)

を用いるとさらに高解像度の計算が可能となるが,

本計算ではリファインなしの格子を用いた結果を報

告する.要素数は約 2000万要素となる.

3.3 結果および考察

風洞試験において,主流速度および地形モデルま

での距離をベースとするレイノルズ数は 106 以上で

あるため,地形モデルは乱流境界層中にあると推測

される.計算においても,地形モデルを乱流境界層

中に置くため,地形モデルの上流に突起物を設置し

乱流遷移させた.図 5に地形モデルがない場合の平

板流れにおいて突起物を置いた時の地表面における

主流方向渦度分布を示す.図中白丸で囲われた地形

モデルがある領域において境界層が乱流に遷移して

いることが確認できる.

風洞試験との比較としてここでは風向が北東

(NE)のケースを取り上げる.図 6に風向 NEのケ

ースにおける計算により得られた地表面の圧力分布

を示す.北東からの風により地形の北東側に圧力の

高い地点が確認できる.計測点(A,B,F,G)に

おける平均速度および変動速度の鉛直分布を実験値

と比較した結果を図 7および図 8に示す.点 A,B,

F における平均速度分布は実験値と概ね良く一致し

ているが,点 Gでは速度を過小評価している.点 G

は上流の北東方向からの風が吹き下ろされている地

点であるが,剥離後の流れの転向を過小評価してい

ることが予測誤差の理由として考えられ,本計算で

用いた計算格子は直交格子であり,地形の丸みが表

現されていないことに起因すると思われる.変動速

度分布に関しては,どの点においても実験値よりも

過大に評価している傾向があり,また,特定の位置

において分布の不連続が確認できる.過大評価につ

いては計算格子の解像度不足,不連続に関しては格

子解像度の不連続に起因する渦粘性係数の不連続性

が理由のひとつとして考えられ,今後の調査が必要

である.

4 風車周り流れの計算

4.1 計算モデルおよび計算条件

アメリカ国立再生可能エネルギー研究所(NREL)

がNASAの超大型風洞で行った実験に用いた 2枚翼

のモデル風車(NREL S809)10)を対象にして,風車

周り流れの検証解析を実施する.対象とする風車モ

デルを図 9に示す.ブレード直径 D = 10.058 m,周

速 U = 37.72 m/s,回転数 N = 72 rpmである.NREL

による実験では風速や風向,ピッチやヨーを変化さ

せた様々な条件下において計測が行われており,得

られたデータは数値計算のベンチマークとしても用

いられている 11).本研究では,ピッチおよびヨー制

御が無い場合において風速Uin が 7 m/sおよび 10 m/s

の計算を行い,ブレードのスパン方向断面における

翼面の圧力係数 Cpを計測データと比較する.風車モ

デルは NRELの報告書 10)を参考にブレード,タワー

(a) yz 平面拡大 (b) 翼断面

図 11 風車計算格子

図 9 風車計算モデル(NREL S809)

20.116m

20.178m

10.059m 20.116m

領域2

領域1

Inflow

図 10 風車計算領域

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およびナセルを含めて作成した.計算領域は図 10

に示すとおりであり,主流方向を z 軸とし,タワー

およびナセルを含む静止系とブレードを含む回転系

の 2つの領域から構成されている.計算領域の大き

さが風車周りの流れに及ぼす影響については,Hus

et al.1)により検討されており,本研究では彼らの結果

を参考に計算領域を決定した.計算格子は非構造格

子を採用し,翼周りでは境界層を捉えるためにプリ

ズム要素を,それ以外では四面体要素を用いており,

静止系および回転系領域のそれぞれにおいて作成し

た.また,領域間の接続はオーバーセット法により

取り扱われている.本モデルのブレード直径 Dおよ

び周速 U からなるレイノルズ数は 2.62×107である

が,本計算で用いる格子解像度では翼前縁負圧面の

境界層厚さを十分に解像できないため,1/50のレイ

ノルズ数である 5.24×106として計算した.このレイ

ノルズ数における本計算で用いた翼周りの格子解像

度は,壁座標で主流方向およびスパン方向に 20、鉛

直方向に 6であり,計算格子の要素数は約 3億 2000

万要素である.本計算で用いた計算格子を図 11 に

示す.計算はまず約 4000万要素の粗い格子で行い,

その後 FFBのリファイン機能を用いて 1段階細分化

して行った.LES の渦粘性モデルは風況計算と同様

に Dynamic Smagorinsky Model を用いた.

4.2 結果および考察

風速が 7 m/s の計算における風車周りの瞬時主流

方向速度場の可視化を図 12 に示す.ブレードの先

端から周期的な渦(チップボルテックス)の発生が

確認でき,また,LES 解析により風車周りの非定常

な流れを捉えることが出来ているのが確認できる.

風車 10回転分の流れ場を平均し,ブレードの各断面

における翼面圧力係数 Cpを求めた.風速が 7 m/sと

10 m/sのそれぞれのケースにおける結果を NRELに

よる計測データと比較して図 13 に示す.低負荷側

である風速が 7 m/s のケースでは概ね実験値と一致

した結果が得られている.翼後方部分では実験値か

らの乖離が見られるが,これは実際よりも小さいレ

イノルズ数で計算を行っているため,翼面の境界層

厚さが異なり圧力回復を再現できていないためと考

えられる.一方,高負荷側の風速が 10 m/s のケース

では翼前縁の負圧面で実験値と大きな乖離がみられ

る.これは 10 m/sのケースでは 7 m/sのケースと比

べて流れの翼に対する迎角が大きくなるが,翼前縁

の格子解像度が不足していることや,レイノルズ数

図 12 風車周りの主流方向瞬時流速分布(Um = 7 m/s)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [7m/s, r/R=30%]

LES

EXP. (NREL)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [10m/s, r/R=30%]

LES

EXP. (NREL)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [7m/s, r/R=46.6%]

LES

EXP. (NREL)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [10m/s, r/R=46.6%]

LES

EXP. (NREL)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [7m/s, r/R=63.3%]

LES

EXP. (NREL)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [10m/s, r/R=63.3%]

LES

EXP. (NREL)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [7m/s, r/R=80%]

LES

EXP. (NREL)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [10m/s, r/R=80%]

LES

EXP. (NREL)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [7m/s, r/R=95%]

LES

EXP. (NREL)

-2

0

2

4

6

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

-Cp

X/C [10m/s, r/R=95%]

LES

EXP. (NREL)

(a) Um = 7 m/s (b) Um = 10 m/s

図 13 ブレード各断面における翼面圧力係数 Cpの比較

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が実際よりも小さいために翼前縁に発達する境界層

厚さが過大となっていることにより,翼前縁負圧面

における流れの加速を捉えることができていないた

めと考えられる.そのため,翼に対する流れの転向

が小さくなり大きく剥離する流れとなっている.上

記のように低負荷側の流れに対しては概ね妥当な結

果が得られたが,高負荷側,即ち流れの転向が大き

くなるような流れで精度を得るには十分な格子解像

度を確保し,実機と同じレイノルズ数で計算を行う

必要があると思われる.

5 おわりに

本研究では CFD による風力発電量の予測技術の

開発を最終目的とし,LES により風況および風車周

り流れの検証計算を実施した.

風況計算では積丹半島地形の 1/2000 モデルの風

洞試験を対象とした流れ計算を実施し,平均速度お

よび変動速度を風洞試験結果と比較した.平均速度

に関しては概ね良い一致を確認できたが,一部の点

で速度を過小評価した.この理由は,直交格子の凹

凸の影響であると考えられ,IBM などの導入により

改善されると思われる.一方,変動速度については,

解像度不足に起因する過大評価および解像度の不連

続部分における分布の不連続が課題として確認され

た.

風車周り流れの計算ではNRELが実施した風洞試

験で用いた風車と同様の 2枚翼の風車に対し 2 種類

の風速を与えた計算を実施し,翼面の圧力分布を実

験データと比較した.風速 7 m/s のケースでは,概

ね良い一致を確認できたが,10 m/sのケースでは予

測誤差が大きかった.理由は,計算安定性確保のた

め,レイノルズ数を下げて計算したため,計算では

前縁での境界層厚さを過大評価し剥離したためであ

った.

今後,計算の大規模化により予測精度の向上が期

待できるが,風車出力の予測だけでなく,風車騒音

源の評価や,風車後流の影響範囲の把握等の情報を

抽出することが今後の課題として挙げられる.

謝辞:本論文の結果は,理化学研究所のスーパーコ

ンピュータ「京」を利用して得られたものである

(hp120221).また,本課題を申請および実施するに

あたり,東京大学大学院工学研究科の石原孟教授お

よび東京大学生産技術研究所の加藤千幸教授にご助

言を頂いた.ここに記して謝意を表する.

引 用 文 献

1) Hsu, MC., Akkerman, I. and Bazilevs, Y.: Finite

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validation study using NREL Phase VI experiment,

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2) Hsu, MC. and Bazilevs, Y.: Fluid-structure

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full machine, Computational Mechanics, 50 (2012)

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3) Bazilevs, Y., Hsu, MC., Akkerman, I., et al.: 3D

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4) Kato, C., et al.: Numerical prediction of sound

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5) 石原孟,山口敦,藤野陽三:複雑地形における局

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