翻訳通訳の実践と理論 -...
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通訳翻訳論翻訳通訳の実践と理論
獨協大学 国際教養学部言語文化学科永田小絵
実践としての翻訳・通訳
自然発生的コミュニケーション
◦ 辺境における言語接触
◦ 異民族との通婚
◦ 移住、移民
翻訳・通訳の量的拡大と質的向上
◦ 貿易、布教、外交、侵略・統治
◦ 思想・学問・技術の導入
◦ 文化・芸術交流
◦ 公共サービス、福祉、医療、教育
翻訳学・翻訳研究 Translation Studies Holmes.J.S 1972 ST( source text)/ TT(target text)の比較
◦ 比較文学、比較言語学
◦ 等価(一致)とシフト(ずれ)
◦ ハイコンテクスト文化/ローコンテクスト文化Edward T. Hall Beyond Culture 1976
◦ 翻訳の位置づけ、社会的な役割
◦ 職業としての翻訳、翻訳者のアイデンティティ
◦ 翻訳技術の発展
理論研究と実証研究◦ 定義や理論的枠組の構築、分類
◦ テクストの観察・データ化→仮説の検証
通訳学・通訳研究
Translation Studies >Interpreting Studies
パリ講和会議、国連通訳
通訳訓練法
同時通訳の認知プロセス
◦ 受容→転換→訳出モデルの構築
言語学・心理学など隣接分野からの実証的研究
社会学・コミュニケーション学からのアプローチ
トゥーリーによるホームズの「マップ」
マンデイによる「マップ」の応用分野
翻訳における「等価」 基礎言語学の分類◦ 音韻論・形態論・語彙論・統語論・意味論・語用論
翻訳単位との関連◦ 音韻・形態:そもそも翻訳不要・不可能 語気、語調、抑揚(イントネーション)
数式や元素記号
◦ 語彙的一致:翻訳可能な場合もある 厳密に定義された技術用語、専門用語、学術用語
辞書的対応で可能な定訳
◦ 統語構造と翻訳 品詞、構文は移し替えられるか
いわゆる「翻訳文法」の問題
機械翻訳の統語ベースとフレーズベース
文の意味、多義的な解釈意味論
◦ コミュニケーションの問題ではない
◦ 発信者と受信者を想定しない
◦ ある文の言語表現と指示物のみを扱う
翻訳の問題として…
◦ 複数の解釈を許容する文[信号無視して走って来たトラック]にひかれた[信号無視して]走って来たトラックにひかれた(僕は)[彼女が好きな男]を殴った(何と、あの大人しい)[彼女が]好きな男を殴った
◦ まとまった文章であれば文脈から判断できるキャッチコピーなどの翻訳は難しい
ことばの使われ方
語用論的な意味◦ 実際のコミュニケーション場面での解釈(個別言語の文化や習慣に依存する) 「少しお時間よろしいですか?」「今ちょっと忙しくてね……」
「この部屋、暑いねぇ」「窓を開けましょう」
◦ 状況や相手の受け取り方による揺れ(意味の不確定性、宛先依存性)
◦ 起点言語を一般的(≠恣意的)意味で解釈→目標言語の言語習慣に従って言い換え→あえて直訳するという選択肢も
翻訳シフトシフト(ずれ)がおこる原因◦ 統語法の差異 単数・複数、冠詞
現在完了・過去完了等の時制
無生物主語、再帰代名詞、仮主語等
◦ 定型詩など形式や文体保持の困難
◦ 社会・文化的コンテクストの相違
翻訳方略(テクストタイプによって)◦ 全体的な方針
◦ 起点言語寄り/目標言語寄り
◦ 不訳(省略)と加訳(補足)
スコポス(目的)理論Vermeer A Framework for a General Theory of Translation 1987
図は「概説書に見る翻訳学の基本論点と全体的体系」(河原2011)より引用
スコポス(目的)理論 翻訳の目的◦ 何のための翻訳か、何に使われるのか
◦ 目標言語での機能を問題にする
STとTTの目的が異なることも◦ 文学作品の一部→外国語教科書の例文
◦ 専門家・研究者向け→大衆向け
スコポスの決定◦ 翻訳者、翻訳の依頼者
目的ごとに異なる翻訳◦ 複数のTTを許容
◦ 使用目的を満たすだけの十分な翻訳
翻訳のテクストタイプ
情報伝達を目的とする「情報型」◦ 資料、報告書、説明書、報道など → 情報の5W1Hを完全に伝える
創造的表現を目的とする「表現型」◦ 詩歌、小説、随筆など文学作品 → 美的・創造的形式を再現する
読者への訴求を目的とする「効力型」◦ 広告、政治、宗教など → 読み手の行動を喚起する
音声や映像を伴う「オーディオ媒体テクスト」
多元システム理論
社会的コンテクストの中の翻訳
◦翻訳が行われ、翻訳が読まれる社会に属する人々、文化、思想、歴史、経済との関連からとらえる(ゾウハー,1978)
システム概念(複数のシステムの層)
◦文学:複数の要素から構成されるシステム
◦個々の作品→文学ジャンルのシステム
◦それぞれの文学ジャンル→文学システム
翻訳文学システム
文学的多元システムに含まれる
◦ 翻訳文学システムが優位 例:明治期の翻訳文学ブーム
新たな語彙の創出、文章法の変化
起点言語の表現形式の再現を目指す
翻訳者の可視性、異質化の方略
◦ 翻訳文学システムが劣位
すでに成熟した文学システムを有する場合
目標言語の言語・文化的慣習を踏襲する
翻訳者の不可視性、受容化の方略
記述的翻訳研究(DTS)
翻訳論◦ 経験・観察にもとづく「翻訳はいかにすべきか」というエッセイ
◦ STとTTの比較による言語学的研究と批評
◦ 翻訳についての記述と分析
◦ TTと文化に焦点をおくDTS
目標文化が翻訳であることを認める◦ 疑似翻訳もまた翻訳である
◦ 翻訳の産物、プロセス、機能、社会・文化的側面等を記述、分析、説明する研究
翻訳と通訳の規範
翻訳は「規範」に支配される社会的行為である
◦ 規範:関係者どうしが非公式に共有する「適切さ」、違反には制裁が加えられる
◦ 規範は翻訳に関わるあらゆる側面のデータを観察することで抽出できる
通訳規範
◦ 正式な訓練を受けていないアマチュア通訳者による規範の逸脱
◦ 長年の経験から生まれた業界慣習→規範化
普遍的特性
翻訳テクストにのみ典型的◦ 翻訳調、翻訳語
◦ 同時通訳や海外ドラマの吹き替え口調
明示化(顕在化)/簡素化(潜在化)◦ 個別言語ごとに明示すべき情報が異なる
正常化・保守化◦ 破格な語法、斬新な表現を回避
標準化進行の法則/干渉の法則
目標言語の操作◦ 「書き換え」としての翻訳
異質化と受容化
異質化方略と受容化方略
◦ 目標文化寄り→読みやすくなじみがある
◦ 起点文化寄り→読みにくく違和感がある
英米における翻訳
◦ 「英語」:権力・優位性→受容化方略
◦ 翻訳者の不可視性→翻訳に対する軽視
異質化による翻訳の可視化
◦ 言語の活性化、排他的文化に対する反省
翻訳学における権力とイデオロギー翻訳は中立的な言語使用ではない
◦ 両言語文化の力関係を反映
翻訳されるテクストの選択
異質化方略と受容化方略
目標文化の読者の受け止め方→書き換え
翻訳と主体
◦ 翻訳が行われる社会・文化・歴史的背景
政治制度、出版業界、その他の要因
翻訳者の主体性 原作を異なる文化へと送り出す当事者