食料安全保障と tpp - waseda university 食料安全保障とtpp 発表者 早苗顕一 1...

13
2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一 1 食料安全保障と TPP 1はじめに 現代ではグローバル化の進展とともに EU をはじめ地域統合の流れが加速している。日 本においては鳩山前首相が構想した東アジア共同体、また昨今話題となることが多い TPP が身近に感じられるだろう。今発表では総論において地域統合と食料安全保障につ いてふれ、各論では TPP と日本農業の在り方について考察していきたい。 2目次 1はじめに 2目次 3地域統合とは 4TPP と日本農業 5考察 6おわりに 7参考文献、参考 URL 3地域統合とは 地域における自由貿易市場の形成、域内の関税撤廃など国際障壁が削減され、政治経 済の地域化が進むこと ・地域統合進展の要因 グローバリゼーションによる国境を越えたヒト・モノ・カネ・サービス・情報の移動 国家単位を超える経済領域が形成され、多国籍企業の進展に伴って、世界的な競争が始 まったこと EU の統合の深化と拡大によって、国家規模を超えた経済領域を形成し、その競争力確 保を狙い、大きな成功と成果を収めたこと。 アジアの経済力の進展とそれへの対抗

Upload: vuongminh

Post on 26-Apr-2019

231 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

1

食料安全保障と TPP

1、 はじめに 現代ではグローバル化の進展とともに EUをはじめ地域統合の流れが加速している。日本においては鳩山前首相が構想した東アジア共同体、また昨今話題となることが多い

TPPが身近に感じられるだろう。今発表では総論において地域統合と食料安全保障についてふれ、各論では TPPと日本農業の在り方について考察していきたい。

2、 目次 1、 はじめに

2、 目次

3、 地域統合とは

4、 TPPと日本農業

5、 考察

6、 おわりに

7、 参考文献、参考 URL

3、 地域統合とは

地域における自由貿易市場の形成、域内の関税撤廃など国際障壁が削減され、政治経

済の地域化が進むこと ・地域統合進展の要因 ① グローバリゼーションによる国境を越えたヒト・モノ・カネ・サービス・情報の移動 ② 国家単位を超える経済領域が形成され、多国籍企業の進展に伴って、世界的な競争が始

まったこと ③ EUの統合の深化と拡大によって、国家規模を超えた経済領域を形成し、その競争力確保を狙い、大きな成功と成果を収めたこと。

④ アジアの経済力の進展とそれへの対抗

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

2

•T.J.ペンペルによる分類

•Balassaによる地域統合諸段階

段階   定義   例  

① 自 由 貿 易 地 域

(FTA)  

・加盟国同士の貿易自由化  

・第三国に対するとの貿易に関しては各

国が独自の政策を採用できる  

・NAFTA  

・日本シンガポー

ル FTA  

②関税同盟(CU)   ・加盟国同士の貿易自由化  

・第三国に対し、加盟国共通の政策を採

用  

・メルコスール  

・EC  

③共同市場(CM)   ・資本や労働力などの要素移動の自由化   EU  

地域主義   制度的な措置をともなった政治的プロセス

地域化   経済の連結性やアクター達による統合のボトムアップ

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

3

④経済同盟   ・加盟国間での経済政策の調整がある程

度実施される共同市場  

EU  

⑤完全な経済統合   ・経済政策を完全に統一  

・超国家機関も設置  

EU  

4、 食料安全保障 ・定義 「すべての人々が常に、活動的で健康的な生活をするために必要とされる食料に対して、

物理的、社会的、経済的に入手することができること」 ・実現の条件

1、 入手可能性 国内生産や輸入等によって、個人にとって利用可能な十分かつ適正な食料が確保され

ること →食料の供給量自体が必要量を満たしているか

2、 アクセス 適正な栄養基準を維持するために必要な所得や経済資源を有していること →個人が食料を入手するための手段や資源を有しているか

3、 利用 食料が適切に使用されるために、諸技術や知識が存在し、適切な健康・衛生サービス

が存在すること →食料を入手した後に、適切な消費方法により必要な栄養を確保すること

・実現のための戦略 ① 国家総合安全保障 →価格政策や非価格政策による自給自足や食料援助や商業貿易による食料輸入がある ② 個人・世帯の安全保障 →家庭生産、家計の多様化、社会的安全網の整備によって達成される

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

4

※補完的なリスク管理として戦略的な備蓄制度、外国為替準備金などもある ・日本において 法的 食料・農業・農村基本法(平成 11 年法律第 106 号)(抜粋)

(食料の安定供給の確保)

第 2 条 食料は、人間の生命の維持に欠くことができないものであり、かつ、健康で充実した生活の基礎と

して重要なものであることにかんがみ、将来にわたって、良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され

なければならない。

2 国民に対する食料の安定的な供給については、世界の食料の需給及び貿易が不安定な要素を有してい

ることにかんがみ、国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わ

せて行われなければならない。

4 国民が最低限度必要とする食料は、凶作、輸入の途絶等の不測の要因により国内における需給が相当

の期間著しくひっ迫し、又はひっ迫するおそれがある場合においても、国民生活の安定及び国民経済の円

滑な運営に著しい支障を生じないよう、供給の確保が図られなければならない。

(不測時における食料安全保障)

第 19 条 国は、第 2 条第 4 項に規定する場合において、国民が最低限度必要とする食料の供給を確保す

るため必要があると認めるときは、食料の増産、流通の制限その他必要な施策を講ずるものとする。

理念的

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

5

・食料供給力の確保・向上のための取り組み

• 農地・農業用水などの農業資源の確保

• 農業の担い手の確保・育成

• 農業技術水準の向上

• 試験研究の実施

・不足時における取組

不測の要因により、食料需給がひっ迫するおそれがある場合には、当面の食料供給の確保のための備蓄

の活用や輸入の確保、価格・流通の安定のための規制などを実施

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

6

事態が深刻化し、備蓄の活用や輸入の確保などによっては、十分な供給を確保できないおそれがある場合

には、これらの取組に加え、国内農業生産の増大などにより対応

この場合、事態のレベルに応じて、供給が減少する品目の緊急増産を行ったり、さらに深刻な場合には、花

などの食用ではない作物や野菜などのカロリーの低い作物から、いも類などのカロリーの高い作物への生

産転換などを実施する

・過去の実例

国内生産の減少(異常

減少等による不作)

備蓄の取り崩し

価格流通の安定化

緊急輸入

冷害による米の凶作

(平成5年)

タイ・米・豪・中から25

5万tの緊急輸入

巡回指導による便乗

値上げの禁止

輸入の減少・途絶

① 主要輸出国・生産

国の不作

備蓄の取り崩し

輸入先多角化

価格監視等の行政指

米国の大豆不作(昭

和 48)による大豆価格

の3倍上昇

中国の穀物不作(平6

~8)による飼料穀物

の輸入減少

中国等への輸出促進要

国産大豆の出荷促進指

国民生活二法による物資

の指定、価格及び需給状

態の調査

備蓄用飼料穀物の貸与

② 輸出国の港湾スト

ライキ等の輸送障

同上 各輸出国にみられる

港湾ストライキ(アメリ

カ、ガルフ湾港で最長

104 日)など

ハリケーン(米、平成

17)による飼料穀物

の積み出し障害

備蓄用飼料穀物の貸

・熱量効率を最大化にした場合の国内農業生産による供給可能量

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

7

・食料不足への懸念

世界的人口の増加

1950年 2000年 2005年 2015年 2025年 2050年 世界計 25億人 61億人 65億人 73億人 80億人 92億人

世界の耕地面積は横ばい

• 穀物収穫面積 6.5 億 ha(1961~63 年)→6.7 億 ha(2002~2004 年)

単収の増加率も鈍化

• 1960 年代 3.0%(年率)→70 年代 2.0%→80 年代.1.7%→90 年代 1.3%

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

8

4、 TPP と日本農業

・TPP とは

Trans-Pacific partnershipの略 自由貿易推進を目指した国家・地域間交渉の一つ。枠組み内で関税・非関税障壁を取り

払い、ヒト・モノ・カネの流れを活性化させようとするもの 以下「包括的経済連携に関する検討状況」 内閣官房作より

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

9

・環太平洋戦略的経済連携協定 Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement シンガ

ポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランドによる経済連携協定(通称 P4)が 2006年に発効。P4は APEC

加盟国に開放している。

・物品貿易については、原則として全品目について即時または段階的に関税撤廃

・サービス貿易、政府調達、競争、知的財産、人の移動等含む包括的協定

P4 が拡大 ・昨年 3 月、上記4ヵ国に米国、豪州、ペルー、ベトナムを加えた8カ国で P4を発展させた広域経済

連携協定を目指す「環太平洋連携協定」の交渉を開始

・昨年10月に第三回交渉会合 同会合からマレーシアが新規参加し、現在9カ国

・TPP参加の意義と留意 ○国が開き、日本経済が活性化するための起爆剤 アジア太平洋の成長を取り込み、新成長戦

略を実現

■品目・分野によりプラス・マイナスがあるが、全体として GDPは増加

実質 GDP0.48~0.65%増(川崎研一氏試算)

■「国を開く」という強い意志メッセージ効果→日本に対する国際的な信用及び関心の高まり

■韓米 FTA が発効すれば日本企業は美国市場で韓国企業より不利に。TPP 参加により同等の競争条

件を確保

日本が TPP、EU と中国との EPA いずれも締結せず、韓国が米国・中国・EU と FTA を締結した場

合、自動車、電気電子、機械産業の3業種について、2020年に日本製品が米国・中国・EUで市場シェア

を失うことによる関連産業を含めた影響試算 経産省試算

2020年の実質 GDP 1.53%減(10,5兆円程度)この内米国市場関連 1.88兆円程度減

○TPP がアジア太平洋地域の新たな地域経済統合の枠組みとして発展していく可能性あり。ま

た、TPP の下での貿易投資に関するルールが、今後、同地域の実質的基本ルールになる可能性あ

■TPP 交渉への参画を通じ、出来るだけ我が国に有利なルールを作りつつ、アジア太平洋自由貿易圏

(FTAAP)構想の推進に貢献

■逆に TPPに参加しなければ、日本抜きでアジア太平洋の実質的な貿易・投資のルール作りが進む可能

TPPにおける交渉分野は、我が国の EPAと同様、市場アクセス分野のみならず、幅広い分野

我が国の EPAで独立した章を設けていない、「環境」、「労働」などの新規の分野も含まれる見込み

WTOドーハラウンドを先取りし、日本企業の貿易・投資活動に有利なルールの策定に貢献し得る

(予想される分野)物品貿易(関税撤廃の例外を認める範囲、関税撤廃の経過期間等も含む)、原産

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

10

地規則、貿易円滑化、動植物検疫、貿易救済措置、政府調達、知的財産権、競争制作、投資、サービス貿

易、環境、労働、紛争解決等

○アジア太平洋の地域経済統枠組み作りを日米が主導する政治的意義大。対中戦略上も対 EU 関

係でも重要

○アジア太平洋地域の貿易・投資分野のルール作りにおいて主導的役割を果たす事により、国際

的な貿易・投資分野の交渉や、ルール作りにおける影響力を高め、交渉力の強化に貢献

留意事項

○予め特定セクターの自由化を除外した形の交渉参加は認められない可能性が高い

○10年以内の関税撤廃が原則(除外は極めて限定的だが、 終的には交渉次第)

○既存の二国間関係の懸案への対応を求められる可能性あり

(特に米国からは、牛肉や非関税障壁への対応が求められる可能性大)

・日本農業への影響 農林水産省試算

全体 農林水産物の生産減少額 4兆 5000億円程度 食料自給率(供給熱量ベース) 40%→13%程度 農業の多面的機能の喪失額 3兆 7000億円程度 農林水産業及び関連産業への影響 国内総生産減少額 8兆 4000億円程度

就業機会の減少数 350万人程度 主な品目 品目 生産減少率 生産減少額(億円)

コメ 90 19,700 新潟産コシヒカリ、有機米

などのこだわり米などを除

いて置き換わる

豚肉 70 4,600 銘柄豚は残り、他は置き換

わる

牛乳、乳製品 56 4,500 乳製品は鮮度が重視される

もの以外は置き換わる。飲

用乳は2割が置き換わる

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

11

牛肉 75 4,500 高級牛以外は置き換わる

小麦 99 800 国内産小麦 100%を売りに

した小麦を除いて置き換わ

試算前提: 全世界を対象に直ちに関税撤廃を行い、何らかの対策も講じない場合 北海道農政部試算 農業産出額合計 ▲5563億円(1兆 02511億円) 生産条件不利補正交付 ▲617億円

関連産業 ▲5215億円 地域経済 ▲9859億円 影響額合計 ▲2兆 1254億円 雇用 ▲17、3万人 農家戸数 ▲3、3万戸(4、6万戸) ・農業課題 農地集積 日本の農家の 1戸あたりの農地面積が諸外国に比べると低い、効率的な農業経営のためには農地の集積による大規模化が必要 補助金 外国産の農産物に対応するためには補助金が不可欠となる。またアメリカ、ヨー

ロッパ諸国も自国の農業を補助金により保護している ブランド化 関税撤廃を逆に輸出のための好機ととらえ国産野菜のブランド化で競争力をつけ

る 実際的な取り組み(北海道十勝の例)

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

12

・中札内農協 1992 年のウルグアイラウンドで農産物の自由化が叫ばれていたため、多角化に取り組む。流通ではホクレンや全農に頼っていたのを改め、大手スーパーとの直接取引も

強化。2009 年には20億円の投資して枝豆の加工処理施設を増築。2年前から米国、ロシア、香港、ドバイに枝豆の出荷をはじめ今後は総販売量の 10%を目指す。 ・農業生産法人株式会社「オークリーフ牧場」 抗生物質やホルモン剤を使わず、子牛の出生地など肉の生産履歴もデータで管理し、

自社の肉を「未来めむろうし」とブランド化して出荷するほか、自社の牛肉を用いた焼

肉店「KAGURA」を経営。海外から輸出の引き合いもあるが、国際衛生基準のかべに阻まれている ・株式会社「ノラーワクスジャパン」 地元十勝川温泉の熱を利用した温室でのマンゴー栽培に取り組む。宮崎産とは出荷

ピークをずらし販売していく。マンゴーを加工して商品化するなど観光資源化も目指し

ている。

5、考察 自由貿易下でも戦える強い農業を目指すべきとの声が強いが、問題は多い。第一に考え

られる農地の集積をし、大規模農家を増やすといった政策も中間山農地の多い日本では集

積に限界があるし、集積したとしても米国、豪州の大規模農家と肩を並べることは到底不

可能だ。欧米型の補助金制度で農家を支援する方法も TPP 締結後の農家の所得減収分を補

うにはおよそ 1 兆円もの支出が必要で、現在の日本の財政を考えても国民の賛同はまず得

られない。また補助金に頼った農業では市場を見た作物の生産は期待できない。銘柄をブ

ランド化して外国産物との差異化を図るのといった主張もあるが、そもそもその輸出先と

して有力視される中国が TPP に不参加が決定的である。そしてなによりブランド銘柄は消

費先の景気に左右されやすく、おおよそどのようなときでも消費量が変わらないという農

産業本来の利点が失われることとなり、品種改良、土壌の開発などの長いスパンを要求さ

れる農業においては不安定すぎる。

農業の衰退は GDP 損失だけでなく、食料自給率の低下ももたらす。TPP 締結で 40%→14%

の自給率低下が農林水産省によって試算されている。これは同時に国内で消費される食糧

が国際市場の影響を多分に受けるようになるということである。NAFTA 締結後のメキシコで

は主食のトウモロコシが安価な米国産トウモロコシに国産が駆逐された後にバイオエタノ

ール開発を背景にしたトウモロコシの国際価格の急上昇が起こり、低所得者層が主食を口

2012/5/9 食料安全保障と TPP 発表者 早苗顕一

13

にできなくなったという例もある。温暖化、干ばつ、水不足などが懸念される中で食糧の

価格上昇は十分予期され、同様の時例が日本にも起こりうる。

このように市場を意識しすぎた農産物により経済統合に適用しようとするのは食糧安全

保障の観点からみても適切とは言えない。日本農業に課題は多いとはいっても外圧に頼ら

ない形で変えていくべきであろう。

6、おわりに

今回は地域統合と食料安全保養の観点から TPP と日本農業について考察してみた。もちろん世

界的な地域・経済統合の流れに反対というわけではない。とくに今回取り扱った TPP については

単に農業・製造業のどちらをとるのかというだけでの問題ではないし、その参加への是非をめぐ

っては多角的なものの見方と議論が必要となるだろう。

7、参考文献

「グローバル時代のアジア地域統合」 羽場久美子 岩波書店 2012 「世界食料の展望」 D.O.ミッチェル M.D.インコ R.C.ダンカン 高橋五郎訳 農林統計協会 平成10年 「北東アジアの食料安全保障と産業クラスター」 木南 莉莉・中村 俊彦 編著 農林統計

出版株式会社 2011年 「地域統合、国家主権とグローバリゼーション」 松本 八重子著 中央公論事業出版 2009 「『開かれた地域主義』とアジア太平洋の地域協力と地域統合」 星野三喜夫 株式会社パレー

ド 2011 「TPP亡国論」 中野剛志 集英社 2011 「週刊 東洋経済」第6314号 東洋経済新報者 2011 国家戦略室 HP http://www.npu.go.jp/policy/policy08/archive02.html 終アクセス日

2012/5/8 23:00 農林水産省 HP http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/anpo/index.html 終アクセス日 2012/5/8

23:00