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帝京大学 CVS セミナー スライドの説明 心臓手術の血糖管理については、現在やや混沌とした状況にある。2001 年に発表された論 文で、極端に厳密な血糖管理を重症患者に行うことにより、死亡率は劇的に軽減すると報 告された。それは我々が血圧や脈拍を管理するときのように、血糖を管理する。つまり、1 時間ごとに血糖測定を行い、インスリンはつねに持続静注し、毎時間投与量を変更する。 血糖値の管理目標は、ほぼ正常値の 80-110mg/dl である。こうしたタイトな血糖管理方法 が一世を風靡し、心臓外科領域にも積極的に取り入れられようとした時代があった。とこ ろが、その後の追試では、必ずしも厳密な血糖管理方法が良い成績が得られるとは限らな いといった報告が相次ぎ、これらの試験を総括したメタ解析では、厳密な血糖管理方法の 効果はほぼ否定された。 こうした変遷を経た今、ではどのような血糖管理が望ましいのか。最近の報告を亣えて検 討する。 まずは高血糖が術後管理に及ぼす影響について検討する。まず高血糖状態は白血球の活動 性を低下させる。白血球が細菌を攻撃する際には、まず現場に到着しなければならない。 その際には、現場近くの血管に付着し、組織に入り込む。その第一歩が接着であるが、高 血糖状態では白血球の接着能が低下することが明らかとなっている。また現場に到着する と、白血球は細菌を食べる、これが貪食である。高血糖では貪食能も低下している。食べ た細菌は殺さなければならない、これが殺菌能であるが、殺菌能も高血糖では低下してい る。これらをまとめると、だいたい血糖値が 200mg/dl を超えたところで、白血球の主たる 機能が低下することがこれまでの報告から明らかとなっている。 次に高血糖は心機能を低下させる。これは心臓へのエネルギー供給に障害が生じることが 原因である。インスリンは血液中の糖分を組織に取り込むのに必要なホルモンである。よ って当然インスリンが不足していると、血中の糖分は組織には分配されない。心臓の場合 は、平常時はエネルギーの 35%程度が糖分であるとされているが、虚血状態ではその割合 50%超まで上昇することが知られている。ところが、高血糖状態では、虚血時には糖分 の利用障害があり、むしろ脂質の代謝全体の 90%以上を占めるまで亢進することが知られ ている。脂質代謝が亢進すると、遊離脂肪酸濃度が上昇することがしられているが、遊離 脂肪酸には心毒性があり、心臓の機能を低下させることがしられている。 こちらは冠状動脈バイパス術後の血糖管理方法による無作為比較試験の結果で、血糖が高 い群では、遊離脂肪酸濃度が高くなり、乳酸濃度も高くなり、心拍出量も低くなると報告 されている。 次に血糖値と術後感染の関係を見ると、こちらの報告では術翌日の血糖値があがるほど、 縦隔炎の発生頻度が上昇することが示されている。 そしてこちらの報告では、人工心肺中の血糖値が高くなるほど、手術死亡率が上昇するこ とが示されている。

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帝京大学 CVSセミナー

スライドの説明

心臓手術の血糖管理については、現在やや混沌とした状況にある。2001 年に発表された論

文で、極端に厳密な血糖管理を重症患者に行うことにより、死亡率は劇的に軽減すると報

告された。それは我々が血圧や脈拍を管理するときのように、血糖を管理する。つまり、1

時間ごとに血糖測定を行い、インスリンはつねに持続静注し、毎時間投与量を変更する。

血糖値の管理目標は、ほぼ正常値の 80-110mg/dl である。こうしたタイトな血糖管理方法

が一世を風靡し、心臓外科領域にも積極的に取り入れられようとした時代があった。とこ

ろが、その後の追試では、必ずしも厳密な血糖管理方法が良い成績が得られるとは限らな

いといった報告が相次ぎ、これらの試験を総括したメタ解析では、厳密な血糖管理方法の

効果はほぼ否定された。

こうした変遷を経た今、ではどのような血糖管理が望ましいのか。最近の報告を亣えて検

討する。

まずは高血糖が術後管理に及ぼす影響について検討する。まず高血糖状態は白血球の活動

性を低下させる。白血球が細菌を攻撃する際には、まず現場に到着しなければならない。

その際には、現場近くの血管に付着し、組織に入り込む。その第一歩が接着であるが、高

血糖状態では白血球の接着能が低下することが明らかとなっている。また現場に到着する

と、白血球は細菌を食べる、これが貪食である。高血糖では貪食能も低下している。食べ

た細菌は殺さなければならない、これが殺菌能であるが、殺菌能も高血糖では低下してい

る。これらをまとめると、だいたい血糖値が 200mg/dlを超えたところで、白血球の主たる

機能が低下することがこれまでの報告から明らかとなっている。

次に高血糖は心機能を低下させる。これは心臓へのエネルギー供給に障害が生じることが

原因である。インスリンは血液中の糖分を組織に取り込むのに必要なホルモンである。よ

って当然インスリンが不足していると、血中の糖分は組織には分配されない。心臓の場合

は、平常時はエネルギーの 35%程度が糖分であるとされているが、虚血状態ではその割合

が 50%超まで上昇することが知られている。ところが、高血糖状態では、虚血時には糖分

の利用障害があり、むしろ脂質の代謝全体の 90%以上を占めるまで亢進することが知られ

ている。脂質代謝が亢進すると、遊離脂肪酸濃度が上昇することがしられているが、遊離

脂肪酸には心毒性があり、心臓の機能を低下させることがしられている。

こちらは冠状動脈バイパス術後の血糖管理方法による無作為比較試験の結果で、血糖が高

い群では、遊離脂肪酸濃度が高くなり、乳酸濃度も高くなり、心拍出量も低くなると報告

されている。

次に血糖値と術後感染の関係を見ると、こちらの報告では術翌日の血糖値があがるほど、

縦隔炎の発生頻度が上昇することが示されている。

そしてこちらの報告では、人工心肺中の血糖値が高くなるほど、手術死亡率が上昇するこ

とが示されている。

帝京大学 CVSセミナー

つまり、術後の高血糖が、縦隔炎の頻度と手術死亡率を上昇させることがこれまでに報告

されている。

こちらの論文が前述の厳密な血糖管理により、重症患者の治療成績を著明に改善させたと

する報告である。この論文における血糖値の管理目標は 80-110mg/dl である。その結果。

こちらに示すように入院生存率は著明に上昇している。彼らの報告では、強力な血糖降下

療法によって、入院死亡率を 34%減少させ、敗血症による多臓器不全を 46%減少させた。

同様の優れた効果があったとする報告もいくつかなされたが、そのいっぽうで全く効果が

なかった、もしくはむしろ成績は不良であったとする報告も相次いだ。

こうした複数の報告を総括したメタ解析が発表された。その結果、強力な血糖降下療法で

は、入院死亡率は変わらず、敗血症はやや少なく、明らかに低血糖が増加し、結局明らか

な治療効果の改善はないという結論であった。

最も新しい NICE SUGAR 試験の結果であるが、この試験は強力な血糖降下(81-108mg/dl)

と中等度の血糖降下(180mg/dl以下)を比較した試験である。この試験では、中等度の血

糖降下療法のほうが、入院死亡率は低いという結果が得られた。

こうした結果をどう解釈すればいいのか、意見の分かれるところである。ただ最近発表さ

れた STS のガイドラインでは、この中等度の血糖降下療法である血糖値 180mg/dl 以下を

もって心臓手術後の血糖管理の目安とするというスタンスにたっている。

この詳細をスライドに和訳する。

帝京大学 心臓血管外科

講師 真鍋 晋

帝京大学 CVSセミナー

参考資料

文献 1. Van den Berghe G, et al. Intensive insulin therapy in critically ill patients. N

Engl J Med 345;1359

無作為比較試験。対象は外科集中治療室に入室し、人工呼吸管理を受けた患者 1548人。患

者背景は、心臓手術を受けた患者が 63%(CABG 59%, valve 27%, そのほか 14%)。糖尿

病患者が 13%。血糖管理集中治療群と従来どおりの血糖管理群の 2 群に分けて、治療成績

を比較した。

治療方法

血糖測定は血液ガス分析を用いて、1-4時間毎に測定。

従来の方法 215mg/dl以上で治療開始。目標血糖値は 180-200mg/dl。

集中治療群 110mg/dl以上で治療開始。目標血糖値は 80-110mg/dl。

投与カロリー 初日 200-300g/日(7.5%glu 500mlを 1日 5-8本)

従来の方法 集中管理

血糖管理

783人 765人

インスリンの使用 39.2% 98.7%

インスリン投与量(単位/日) 中央値 33単位 71単位

(1.4 /時間) (3.0 /時間)

インスリン使用期間 中央値/ICU滞在 67% 100%

早朝血糖値 患者全体 153 103

低血糖(血糖値 40mg/dl以下) 0.77% 5.1%

治療成績

死亡率(ICU期間中) 患者全体 8% 4.6%

心臓手術 5.1% 2.1%

非糖尿病患者 8.4% 4.7%

糖尿病患者 5.8% 4.0%

死亡原因 敗血症によるMOF 33人 8人

それ以外のMOF 18人 14人

脳障害 5人 3人

入院死亡 10.9% 7.2%

敗血症 7.8% 4.2%

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結論

血糖値を 110mg/dl以下を目標とした強化インスリン治療によって、外科集中治療室におけ

る重症患者の合併症、死亡率を軽減することができた。

外科手術後の重症患者が調査対象となっている。平均血糖値を 153mg/dlから 103mg/dlま

で低下させることによって、ICU滞在中死亡率を 32%低下することができている。両群に

おける死亡率の差は、主に敗血症死亡の軽減によるところが大きく、敗血症の発症は 46%

軽減することができている。この研究では術後重症患者の血糖コントロールを極めて厳密

にすることにより、感染を予防し、治療成績を向上させていることが示されている。

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文献 2. Lazar HL, et al. Tight glycemic control in diabetic coronary artery bypass graft

patients improves perioperative outcomes and decreases recurrent ischemic events.

Circulation 109:1497

無作為比較試験。対象は CABG を受けた DM 患者 141 人。GIK 療法による血糖管理集中

治療群と従来どおりの血糖管理群の 2群に分けて、治療成績を比較した。

血糖測定は血液ガス分析を用いて、1時間毎に測定。術後 18時間のみ GIK療法を行う。

従来の方法 目標血糖値は 250mg/dl以下。

集中治療群 目標血糖値は 200mg/dl以下。

従来の方法 集中管理

69人 72人

術後 12時間血糖値 266.8 134.3

術後 18時間血糖値 257.1 170.6

血清乳酸値 2.33 1.75

血清脂肪酸値 0.57 0.33

入院死亡 0 0

ペーシング 39% 13.8%

心房細動 42% 16.6%

感染(肺炎、創感染) 13% 0%

人工呼吸時間 10.7 6.9

遠隔期創感染再燃 10% 1%

結論 糖尿病を合併した CABG患者に GIK療法による厳密な血糖管理を行ったところ、治

療成績を改善し、生存率の改善、虚血イベントの低下、創感染の軽減がみられた。

19% 5%

この研究は対象を糖尿病を合併したバイパス手術患者に限定している。感染に対する効果

だけでなく、代謝や心機能に及ぼす影響を検討している。

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文献 3. Furnary AP, et al. Continuous insulin infusion reduces mortality in patients

with diabetes undergoing coronary artery bypass grafting. J Thorac Cardiovasc Surg

125:1007

後ろ向きコホート研究。CABG患者全例。糖尿病は全体の 65%。

従来の方法 4 時間ごとに血糖チェックを行い、スライディングスケールの基づきイ

ンスリンの皮下注射を行う。目標血糖値は 200mg/dl以下。

集中治療群 Portland protocolに基づきインスリンを持続静注。

目標血糖値は 150-200mg/dl(1991-1998) → 125-175mg/dl(1999)

→ 100-150mg/dl (2001)

従来の方法 集中管理

942人 2612人

血糖値 手術当日 242 187

第 1病日 205 173

第 2病日 195 176

縦隔炎 1.8% 0.6%

低心拍出量症候群 13% 10%

心房細動 27% 18%

死亡率 5.3% 2.5%

心臓死亡 4.2% 1.6%

非心臓死 1.1% 0.9%

結論 持続インスリン投与による厳密な血糖管理を行うことによって糖尿病を合併したバ

イパス術後患者の死亡率を軽減した。

この研究では血糖値の軽減による死亡率の軽減を実証しているが、その大半が心臓関連死

の軽減であることを示し、いかに血糖管理が心臓関連イベントの軽減に有効であるかを示

している。

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文献4.Wiener RS, et al. Benefits and risks of tight glucose control in critically ill adults.

JAMA 2008;300:933-44

メタ解析。29の研究の対象となっている 8432例の患者の結果を統合している。

結果

全体の死亡率に差は見られなかった、

死亡率の比較 集中治療群 従来の管理方法

全体 21.6% 23.3%

目標血糖値

<110 23.0% 25.2%

<150 17.3% 18.0%

外科患者 8.8% 10.8%

内科患者 26.9% 29.7%

敗血症の発症率

全体 10.9% 13.4%

低血糖の発症率

全体 13.7% 2.5%

結論

Tight glucose controlは必ずしも死亡率を下げることはなく、むしろ低血糖のリスクを増大

させる。

ただし、当初の報告で見られたような血糖管理方法の利点は、外科患者、特に心臓外科術

後患者などに限定されるかもしれない。

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血糖管理と治療成績に関するエビデンス

1. “持続インスリン投与で、目標血糖値を 80-110mg/dl とし、平均血糖値を 153mg/dl

から 103mg/dlまで低下させることによって、ICU滞在中死亡率を 32%、敗血症を 46%軽

減することができた”

Van den Berghe G, et al. N Engl J Med 345;1359

2. “持続 GIK療法を行うことにより、目標血糖値を 250mgから 200mgまで下降し、

術後血糖値を 266mg/dlから 134mg/dlまで低下させ、心房細動発症率、術後感染症発生率

を減少、さらに術後 2 年間の生存率の改善、虚血イベントの低下、感染再燃の低下がみら

れた。”

Lazar HL, et al. Circulation 109:1497

3. “CABG患者において持続インスリン投与を行い、目標血糖値を 200mg/dl 以下から

100-150mg/dl まで下降し、術後血糖値 214mg/dl から 177mg/dl まで低下させることによ

り入院死亡率を 57%軽減することができた”

Furnary AP, et al. J Thorac Cardiovasc Surg 125:1007

4. “糖尿病を合併した CABG患者において、目標血糖値を 150-200mgとする持続イン

スリン注入を導入し、術後血糖値を 206mg/dlから 176mg/dlまで低下させることによって

縦隔炎の発生頻度を 66%軽減させた。”

Furnary AP, et al. Ann Thorac Surg 67:352

5. “冠状動脈バイパス術後の患者において、血糖値が 110mg/dl以上で 18mg/dlあがる

ごとに、有害事象(脳梗塞、心筋梗塞、敗血症、死亡)の危険性が 17%上昇する。“

McAlister FA, et al. Diabetes Care 26;1518

6. “集中治療室(ICU)で治療を行う重症患者において、血糖値が 100mg/dl 以上で

20mg/dlあがるごとに、ICU死亡率が 30%上昇する”

Van den Berghe G, et al. Crit Care Med 31;359-366

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血糖値の推移と治療成績改善の関係

American Association of Clinical Endocrinologists(米国臨床内分泌学会)の勧告している

集中治療患者の目標血糖値は 110mg/dl以下である。しかし上記の報告から示唆されるよう

に、血糖値 200mg/dl以下まで低下させることができれば、少なくとも縦隔炎発症率を軽減

することが期待できる。さらに血糖値 130mg/dl以下まで低下させることができれば、死亡

率も含めた治療成績改善が期待できる。

153

103

266

134

214

177206176

0

50

100

150

200

250

300

死亡率を 32%低下

敗血症を 46%低下

術後 af, 感染、生

存率を改善

死亡率を 57%軽減 縦隔炎を 66%減少

目標血糖 110mg/dl 目標200mg/dl以下 目標 100-150mg/dl 目標 150-200mg/dl

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血糖管理による病態改善のメカニズム

免疫能に及ぼす影響

当初から、高血糖の持続により白血球の貪食能が機能不全に陥ることが示されていた。そ

の後の研究により、好中球と単球の接着、走化性、貪食、殺菌といったさまざまな機能が

障害を受けることが報告された。とくに Badade らの 1978 年に報告された研究では、10

人のコントロール不良な糖尿病患者の空腹時血糖が平均 293mg/dlから 198mg/dlまで低下

すると、あきらかに顆粒球の接着能が改善したことが示されている。これらのさまざまな

研究により、白血球の機能を低下させる大まかな閾値として血糖値 200mg/dl以上であるこ

とが明らかとなった。

高血糖による白血球機能低下のメカニズム

Alexiewiezらの行った研究では、糖尿病患者の多形核白血球の細胞内カルシウム濃度が上昇していることが明らかとな

った。細胞内カルシウム濃度が上昇すると、ATP含量が低下し、貪食能は低下する。また血漿グルコース濃度と多形核

白血球細胞内カルシウム濃度の直接的な関係も明らかにされている。そのほかにも aldose reductase、AGE、reactive

oxygen species、protein kinease Cなどといった細胞内伝達と血糖値との関係も報告されている。また Satoらの研究

では、高血糖は好中球の superoxide formationを低下させ、殺菌能が低下することが示されている。

実際に CABG 患者において縦隔炎の発生頻度が血糖管理プロトコールの導入によって低下

していることが示されている。

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心血管系への影響

(文献 2より)

血漿中のグルコース濃度は、いわば車で言う“燃料計”の役割をしているといえるかもし

れない。しかし、この場合は血糖値が上がれば上がるほど糖分を吸収することも利用する

こともできなくなる、いわば“逆向き”の燃料計である。血糖コントロールの悪い糖尿病

患者がバイパス手術を受けると、解糖系によるエネルギー産生は抑制され、さらに血糖値

は上昇し、脂肪酸の利用がさかんになり、脂肪酸の代謝物が心筋細胞に蓄積する。

心筋細胞はあらゆるエネルギー源(脂肪酸、糖分、ピルビン酸、乳酸、ケトン、アミノ酸)を利用することができる。

通常、正常な心筋細胞はエネルギーの 60%を脂肪分解により産生し、35%を解糖系により行っている。虚血状態に置か

れると、非糖尿病患者の心筋細胞は脂肪酸ではなく、解糖系を主なエネルギー産生として利用する。しかし、糖尿病患

者のようにインスリンを十分に利用できない状態では、心筋細胞へのグルコース輸送と細胞内のグルコースリン酸化の

いずれもが障害され、解糖系は十分に機能しない。そこで、心筋は遊離脂肪酸濃度をエネルギー源として利用し、遊離

脂肪酸の血漿濃度が上昇する。糖尿病患者ではエネルギー源の実に 90%を脂肪酸から得ていることが示されている。遊

離脂肪酸は心筋に対して傷害性がある。また脂肪酸の分解は、解糖系に比べるとより多くの酸素消費を必要とするため、

より一層の虚血が誘発される。グルコース利用は抑制され、心筋の収縮能を低下させる。

グルコースは虚血状態の心筋細胞にとってすぐれたエネルギー基質であるが、利用可能と

なるような十分なインスリンの供給が伴わなければいけない。急性心筋梗塞急性期に厳密

な血糖管理を行い、十分なインスリン投与を行うことで治療成績を改善することが示され

ている。Diabetes and Insulin-Glucose Infusion in Acute Myocardial Infarction (DIGAMI)

study は、620 人の糖尿病を合併した急性心筋梗塞患者に対する無作為比較試験であるが、

インスリン持続投与により平均血糖値を 210mg/dlから 172mg/dlまで低下させることによ

って、1 年後の死亡率を 29%低下させることができた。Estudios Cardiologicos

Latinoamerica sutdyでは、急性心筋梗塞急性期に GIK療法を行うことにより、66%の死

亡率の低下を報告している。

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血糖管理方法 1

Lazar HL, et al. Circulation 109:1497

従来の方法 5%glu 500ml 30ml/hr。

血糖値 処置

351-400 インスリン 8単位皮下注

300-350 インスリン 6単位皮下注

250-299 インスリン 4単位皮下注

80-249 そのまま

集中治療群 5%glu 500ml +インスリン 80単位 + KCL 40mEq

30ml/hr(1.5g/hrのグルコース、4.8単位/hrのインスリン)

血糖値 処置

>270 8単位 iv GIK6ml/hr(0.96単位インスリン)増量

201-270 GIK 3ml/hr(0.48単位インスリン)増量

126-200 そのまま

75-125 GIK 6ml/hr(0.96単位インスリン)減量

<75 15分間投与中止、BS125以上まで 15分ごとに再検

対象は糖尿病を合併した CABG患者。

目標血糖値は 126-200mg/dl。測定間隔は 1時間。

血糖値の推移(平均値)

集中治療群では術後 12時間で 169.2mg/dl、18時間では 170.6mg/dlであった。低血糖の発

症率などの記載はない。

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血糖管理方法 2

Furnary AP, et al. J Thorac Cardiovasc Surg 125:1007

1. 血糖管理期間は手術中から第 3 病日の午前 7 時までとする。第 3 病日になっても経口

摂取が開始されていない場合は、少なくとも 50%の食事量摂取が可能となるまでこのプロ

トコールを適用する。

2. 以前に糖尿病の診断がなく、術後高血糖を呈する患者に対しては、血糖値が 200mg/dl

以上の場合にこのプロトコールを適用する。

3. インスリン投与開始時の持続注入量決定の指標を表に示す。

持続インスリン投与量

血糖値 静注量 NIDDM IDDM

80-119 0 0.5 1

120-179 0 1 2

180-239 0 2 3.5

240-299 4 3.5 5

300-359 8 5 6.5

>360 12 6.5 8

4. 手指穿刺または動脈ラインを用いて血糖測定を行う。

a. 血糖値 200mg/dl以上の場合は、血糖測定を 30分毎にする。

b. 血糖値 200mg/dl以下の場合は、血糖測定を 1時間毎にする。

c. 昇圧剤(ノルアドレナリン)投与中は、血糖測定を 30分毎に再検査する。

d. 血糖値が 100-150mg/dl で、前回測定からの変動が 15mg/dl 以内で、投与イン

スリン速度が 4時間変わらなかったときは、血糖測定を 2時間毎にする。

e. 第 3病日には 2時間毎測定は中止する。

f. 夜間の一般病棟の血糖測定は、血糖値 150-200mg/dl では 2 時間毎、血糖値

150mg/dl以下でインスリン投与速度も安定しているときは 4時間毎にする。

5. インスリン投与量の調節

a. 血糖値が 50mg/dl以下のときは、インスリン投与を中止し 50%糖液 25mlを投

与する。30分後に血糖値を再検し、血糖値が 75mg/dl以上になれば、投与速度

を半分にしてインスリン持続投与を再開する。

b. 血糖値が 50-75mg/dl であれば、インスリン投与を中止する。前回の血糖値が

100mg/dl以上であれば 50%糖液 25mlを投与する。30分後に血糖値を再検し、

血糖値が 75mg/dl 以上になれば、投与速度を半分にしてインスリン持続投与を

再開する。

c. 血糖値が 75-100mg/dlで、前回測定値との差が 10mg/dl以下の場合は、投与速

度を 0.5U/h 減量する。前回測定値より 10mg/dl以上低い場合は、投与速度を半

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分にする。血糖値が前回と変わらない、または上昇していれば投与速度はその

ままにする。

d. 血糖値が 101-150mg/dlであれば、投与速度は変更しない。

e. 血糖値が 151-200mg/dl で、前回測定値より 20mg/dl 以上低下していればイン

スリン投与量は変更せず、そうでなければインスリン投与量を0.5U/h増加する。

f. 血糖値が 200mg/dl 以上で、前回測定値より 30mg/dl 以上低下していればイン

スリン投与量は変更しない。前回測定値との差が 30mg/dl 以内であれば、投与

速度を 1U/hr増加する。特に、血糖値が 240mg/dl以上の場合は、3の表に該当

するインスリン量を静注する。30分後に血糖値を再検する。

g. 血糖値が 200mg/dl以上で、3回の測定で連続して血糖値が低下していない場合

は、インスリン投与量を 2倍にする。

h. 4回の血糖測定で連続して血糖値が 300mg/dl以上の場合は、医師をコールする。

対象は CABG患者全般(糖尿病は 26%)。

目標血糖値は 1991-1998年が 150-200mg/dl、1999-2001年が 125-175mg/dl、2001年以降

が 100-150mg/dlであった。

集中治療群では手術日 187mg/dl、術翌日 173mg/dl、第 2病日 176mg/dlであった。

低血糖の発症率などの記載はない。

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血糖管理方法 5

Quevedo SF, et al. Daibetes Spectrum 14:226

目標血糖値

120-180mg/dl

測定間隔

1. 最初の 4時間は 1時間毎に血糖値を測定する。

2. 投与開始 4 時間後に目標血糖値に到達した場合は 2 時間毎の血糖値測定に変更する。

目標血糖値に到達していない場合は、目標血糖値に到達するまで 1 時間毎の血糖測定

を継続する。

インスリン開始速度

1、 1.5、 2、 ml/hr(担当医師が選択する)

インスリン投与速度の変更

血糖値 インスリン投与

<70mg/dl 50%グルコース 25mlを静注。

30分間投与を中止した後、投与速度を 0.5ml/hr減らして再開。

70-99mg/dl 30分間投与を中止した後、投与速度を 0.4ml/hr減らして再開。

100-119mg/dl 投与速度を 0.3ml/hr減少。

120-180mg/dl 変更なし。

181-240mg/dl 投与速度を 0.3ml/hr増加。

241-300mg/dl 投与速度を 0.5ml/hr増加。

>300mg/dl 6mlフラッシュ投与し、投与速度を 0.8ml/hr増加。

医師コール基準

1. 2回の測定で連続して血糖値が 70 mg/dl未満、または 300 mg/dl以上。

2. 4時間連続して血糖値が目標範囲から外れている。

3. インスリン投与速度が 0.2以下となる。

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目標血糖値 到達血糖値 低血糖の発症

Lazar HL, et al. 126-200mg/dl 170 mg/dl

Furnary, et al. 150-200mg/dl 173-176mg/d;

→ 125-175mg/dl

→ 100-150mg/dl

Carr JM, et al. 81-150mg/dl BS<50mg/dl 約 7%

→ 81-125mg/dl

→ 81-110mg/dl

Zimmerman CR, 101-150 mg/dl BS <40mg/dl 7.1%

et al. BS<65mg/dl 16.7%

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米国胸部外科学会のガイドライン(2009年)

Ann Thorac Surg 2009;87:663-9

1.高血糖の危険性

Doenst らは 6280 例の心臓手術症例を検討し、手術中の高血糖が死亡率の規定因子で

あると報告。

Fishらは、200例の CABG症例の検討から、術中、術直後の高血糖(250mg/dl)が合

併症発生率を 10倍増大させると報告。

McAlister らは 291 例の CABG 症例の検討から、術翌日の血糖値が有害事象の規定因

子であると報告。

Andersonらは 1375例の CABG症例の検討から、術前高血糖を有することが、1年死

亡率をしだい 2倍増大させると報告。

2.血糖管理の有効性

Key point

180mg/dl以下の血糖コントロールは、

1. 死亡率を軽減、

2. 合併症を軽減

3. 創感染を軽減

4. 入院期間を短縮

5. 遠隔期生存率を改善する。

Furnary らは 3554 例の CABG 症例を検討し、持続インスリン静注(血糖値

150-200mg/dl)が、死亡率を 50%軽減、

Furnary らはさらに 5534 例の CABG 症例を検討し、術当日、翌日、翌々日の血糖の

平均値が、死亡率だけでなく、縦隔炎の発生、入院期間、輸血、心房細動の発生、低

心拍出量症候群の発症と関連していると報告。

Lazar らは、141 例の糖尿病を有する CABG 患者を検討し、持続静注によるインスリ

ン治療で、心拍出量の増大、カテコラミン使用率の軽減、感染症発生の軽減、心房細

動の軽減が得られたと報告。

3.糖尿病を有さない患者の血糖管理

Key points

糖尿病を有さない患者においては、血糖値が 180mg/dl以下であるかぎり、持続

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インスリン静注などの血糖管理は必要ではない。

4.インスリンを用いた周術期血糖管理

Key point

血糖管理は、間欠的な皮下注もしくは静注よりもむしろ持続静注によって達成

される。

糖尿病を有する心臓手術患者は、手術室においてインスリン持続静注を受ける

べきである。

5.糖尿病を有する患者の術前管理および評価方法

術前において、血糖値は 180mg/dl以下であえることが望ましい。

米国糖尿病協会は術前の管理目標として、HbA1c7%以下を推奨している。

6.ICUにおける血糖管理

糖尿病の有無にかかわらず、血糖値 180 以上の遷延がみられれば、静注に

よるインスリン投与によって、ICU滞在中は 180mg/dl以下となるように管

理するべきである。

人工呼吸管理、カテコラミン投与、IABP補助、LVAD 補助、抗不整脈治療、

透析のために 3 日以上の ICU 滞在が必要な患者は、血糖管理目標を

150mg/dl 以下とするべきである。

持続インスリン治療を中止する前に、プロトコールに基づく計画的なインス

リン皮下注療法(いわゆる決め打ち)へと移行するべきである。

ICUにおいては血糖が安定するまで 1時間毎の血糖モニターを行うべきである。

持続インスリン治療中止の際には、先立つ 24 時間のインスリン必要量を計測し、1 日のイ

ンスリン必要量を予想するべきである。

7.病棟における血糖管理

食後血糖管理目標を 180mg/dl以下に設定するべきである。

空腹時血糖管理目標を 110mg/dl以下に設定するべきである。

目標血糖値に達した患者では経口血糖降下剤を再開するべきである。