表面電流に着目した広帯域アンテナの挙動解析•Œシミュレータhfss(ansys社)を使用している。...

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三菱電線工業時報 5 108 2011 10 1 まえがき 近年,携帯電話をはじめとする無線通信技術の急速な 発展とともに,その利用は急拡大し,トラフィックの混 雑,周波数資源逼迫が問題となっている。こうした中, 電波資源の有効利用という観点から,周波数をはじめと した無線リソースを随時認識し,空いたリソースを使用 して通信を行うコグニティブ無線技術が注目を集めてい る。このコグニティブ無線技術において,アンテナは周 波数環境をセンシングする要素技術のひとつとして,重 要な役割を担っており,そのマルチバンド化や広帯域化 という特性は,ひとつのキーワードとなっている #$ また,こうした技術に限らず,無線通信システムの多 様化が進む昨今,使用周波数に応じた多数のアンテナが 限られた空間を分け合う形でせめぎあっていることか ら,用途・周波数を問わず使用可能なアンテナによる共 用化のメリットは大きいものと考えられる。 こうした背景のもと,筆者らはこれまでに地上波デジ タルテレビ放送から無線 LAN およびそれ以上の周波数 域をカバーする広帯域アンテナを開発してきた % 。  本報では,有限要素法シミュレータを用い,アンテナ 素子上の電流分布を可視化することにより,この平面ア ンテナの広帯域性につながる挙動について考察したので 結果を以下に述べる。 2 解析方法 2 .1 広帯域アンテナ これまでに開発してきた広帯域アンテナの概観写真な らびに形状の模式図を1 ならびに2 に示す。 本アンテナは,透明導体を使用したフィルム状であり, 板ガラスへ貼付した状態で約 500 MHz ~数 GHz までの 広い周波数域に亘って,VSWR 特性がほぼ 2 .0 3 .0 下となる,非常に広帯域な平面状アンテナである(3)。 その形状はダイポールアンテナを基本とした構造とな っているが,両素子を左右対称な楕円状とし,下部の給 電箇所から,上部に向かうにつれ,エレメントの間隔が 徐々に拡大してゆく独特の構造を有している。 アンテナ,マルチバンド,広帯域,表面電流,指向性 Antenna, Multiband, Wideband, Surface current distribution, Radiation pattern 表面電流に着目した広帯域アンテナの挙動解析 Evaluation of a Wideband Antenna with Focusing on Surface Current Distribution of Antenna Elements 技術開発本部 基盤研究部 光部品事業部 技術部 技術開発本部 基盤研究部 柏原 一之 湖東 雅弘 工藤 敏夫 K. Kashihara M. Koto T. Kudo 近年,携帯電話をはじめとする無線通信技術は急速な発展を遂げるとともに,その利用が急拡大している。こうした中, 広帯域アンテナは電波資源の有効利用を目指すコグニティブ無線技術における周波数のセンシングデバイスとして,ま た,こうした技術に限らず,多様化する無線システムに対して用途・周波数を問わない汎用アンテナとして,今後の応用 展開が期待される。こうした背景のもと,筆者らは多様な用途,周波数に対応可能なアンテナを目指し,広帯域アンテナ を開発してきた。本報では素子上を流れる表面電流に着目し,その振る舞いを視覚化することで,本アンテナの広帯域性 につながる挙動について考察した。 キーワードアンテナ,マルチバンド,広帯域,表面電流,指向性 Recently, wireless communication technology, including the cellular phone, has been making a rapid progress, and its uses have been rapidly expanding. With this background, wideband antennas are expected to be applied widely, such as frequency sensing devices in the field of cognitive radio technologies which aim to use frequencies effectively or general-purpose antennas for various wireless systems. We have developed a wideband antenna which can be applied for various uses or frequencies. In this paper, it is described that the cause of the wideband property of this antenna was estimated with visualized surface current on the antenna elements and its behavior. Key wordsAntenna, Multiband, Wideband, Surface Current Distribution, Radiation Pattern

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Page 1: 表面電流に着目した広帯域アンテナの挙動解析•ŒシミュレータHFSS(ANSYS社)を使用している。 X Y Z ガラス基板 ( r=7.0) 図4 広帯域アンテナの解析モデル

三菱電線工業時報

- 5 -

第 108号 2011年 10月

情報通信

1 まえがき

近年,携帯電話をはじめとする無線通信技術の急速な発展とともに,その利用は急拡大し,トラフィックの混雑,周波数資源逼迫が問題となっている。こうした中,電波資源の有効利用という観点から,周波数をはじめとした無線リソースを随時認識し,空いたリソースを使用して通信を行うコグニティブ無線技術が注目を集めている。このコグニティブ無線技術において,アンテナは周波数環境をセンシングする要素技術のひとつとして,重要な役割を担っており,そのマルチバンド化や広帯域化という特性は,ひとつのキーワードとなっている , 。また,こうした技術に限らず,無線通信システムの多様化が進む昨今,使用周波数に応じた多数のアンテナが限られた空間を分け合う形でせめぎあっていることから,用途・周波数を問わず使用可能なアンテナによる共用化のメリットは大きいものと考えられる。こうした背景のもと,筆者らはこれまでに地上波デジタルテレビ放送から無線 LANおよびそれ以上の周波数域をカバーする広帯域アンテナを開発してきた 。 

本報では,有限要素法シミュレータを用い,アンテナ素子上の電流分布を可視化することにより,この平面アンテナの広帯域性につながる挙動について考察したので結果を以下に述べる。

2 解析方法

2 .1 広帯域アンテナこれまでに開発してきた広帯域アンテナの概観写真ならびに形状の模式図を図 1ならびに図 2に示す。本アンテナは,透明導体を使用したフィルム状であり,板ガラスへ貼付した状態で約 500 MHz~数 GHzまでの広い周波数域に亘って,VSWR特性がほぼ 2 .0~ 3 .0以下となる,非常に広帯域な平面状アンテナである(図 3)。その形状はダイポールアンテナを基本とした構造となっているが,両素子を左右対称な楕円状とし,下部の給電箇所から,上部に向かうにつれ,エレメントの間隔が徐々に拡大してゆく独特の構造を有している。

アンテナ,マルチバンド,広帯域,表面電流,指向性Antenna, Multiband, Wideband, Surface current distribution, Radiation pattern

表面電流に着目した広帯域アンテナの挙動解析Evaluation of a Wideband Antenna with Focusing on Surface Current Distribution

of Antenna Elements

技術開発本部基盤研究部

光部品事業部技術部

技術開発本部基盤研究部

柏原 一之 湖東 雅弘 工藤 敏夫■ K. Kashihara ■ M. Koto ■ T. Kudo

近年,携帯電話をはじめとする無線通信技術は急速な発展を遂げるとともに,その利用が急拡大している。こうした中,広帯域アンテナは電波資源の有効利用を目指すコグニティブ無線技術における周波数のセンシングデバイスとして,また,こうした技術に限らず,多様化する無線システムに対して用途・周波数を問わない汎用アンテナとして,今後の応用展開が期待される。こうした背景のもと,筆者らは多様な用途,周波数に対応可能なアンテナを目指し,広帯域アンテナを開発してきた。本報では素子上を流れる表面電流に着目し,その振る舞いを視覚化することで,本アンテナの広帯域性につながる挙動について考察した。〔キーワード〕 アンテナ,マルチバンド,広帯域,表面電流,指向性

Recently, wireless communication technology, including the cellular phone, has been making a rapid progress, and its uses have

been rapidly expanding. With this background, wideband antennas are expected to be applied widely, such as frequency sensing devices

in the field of cognitive radio technologies which aim to use frequencies effectively or general-purpose antennas for various wireless

systems. We have developed a wideband antenna which can be applied for various uses or frequencies.

In this paper, it is described that the cause of the wideband property of this antenna was estimated with visualized surface current on

the antenna elements and its behavior.

〔Key words〕 Antenna, Multiband, Wideband, Surface Current Distribution, Radiation Pattern

Page 2: 表面電流に着目した広帯域アンテナの挙動解析•ŒシミュレータHFSS(ANSYS社)を使用している。 X Y Z ガラス基板 ( r=7.0) 図4 広帯域アンテナの解析モデル

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表面電流に着目した広帯域アンテナの挙動解析

図 1 広帯域アンテナの外観写真Photograph of wideband antenna

約90 mm

約70 mm

約200 mm

給電部

図 2 広帯域アンテナの形状模式図Schematic diagram of wideband antenna

6

5

4

3

2

1

0 2 4 6 8 10

周波数[GHz]

VSWR[ー]

図 3 広帯域アンテナの VSWR特性Measured VSWR characteristic of wideband antenna

2 .2 解析モデルおよび解析方法今回シミュレータにより評価した本アンテナの解析モデルを図 4に示す。解析では,上に述べたシート状のアンテナを厚さ 3 mmの一般的な板ガラス(ソーダ石灰ガラス ε r = 7 .0)上へ貼り付けた状態で評価した。なお,本検討における解析には有限要素法による電磁界シミュレータHFSS(ANSYS社)を使用している。

XY

Z

ガラス基板( r=7.0)

図 4 広帯域アンテナの解析モデルSimulation model of wideband antenna

3 解析結果

前述のように,本アンテナは基本となる構造をダイポールアンテナとしているため,今回,その挙動を考察するにあたり,1)素子全長(電気長)が約λ /2となる共振周波数域および 2)それ以上の周波数域のそれぞれについて解析した。結果を以下に述べる。

3 .1 共振域での電流分布(素子全長 ≒λ /2)周波数 590 MHzの共振周波数域における表面電流分布およびそのときの指向性を図 5,図 6に示す。なお,図 5

は,アンテナ素子上の表面電流を算出し,その推移を時系列に並べたものである。

(a)0 s(0 deg.)

(b)0.28 ns(60 deg.)

(c)0.56 ns(120 deg.)

大↑電流値↓小

図 5 590 MHzにおける表面電流分布の時間変化Time transition of surface current distribution on radiating elements

at 590 MHz

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三菱電線工業時報

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第 108号 2011年 10月

X

Y

Z

Y

XY面 Angle(degree) Angle(degree)

周波数:590 MHz/XY面指向性 周波数:590 MHz/YZ面指向性

030

60

90

120

150±180

ー150

ー120

ー90

ー60

ー300

30

60

90(dBi)

ー30ー20ー10 0 1 0(dBi)

ー30ー20ー10 0 1 0

120

150±180

ー150

ー120

ー90

ー60

ー30

YZ面

図 6 590 MHzにおける放射パターンRadiation Patterns at 590 MHz

これらの図から,素子の上下の縁に沿って均等に,電流が定在波を成し,素子全体として共振していることがわかる。また,このときの指向性として,XY面,ZX面内に∞字,

YZ面内に無指向の指向性を示していることが確認できる。これらの結果から,素子全長がλ /2に近くなる周波数域において,本アンテナはダイポールアンテナと同様の共振型アンテナとして動作していることが確認できる。

3 .2 共振域以上の周波数域での電流分布 (素子全長>λ /2)素子全長の電気長がλ /2以上となる周波数の一例として,2450 MHzにおける表面電流分布とその挙動を示す(図 7)。図 7は,図 5と同様,素子上を流れる表面電流を視覚化し,時系列に並べたものである。これらの図に示されるように,この周波数域では,素子上部の,間隔が徐々に拡がる部分(図 7(a)中の※)を発端として,表面電流が楕円状素子部の外周を沿うような形で流れており,先の共振域とは全く異なる挙動を示していることがわかる。また,このときの指向性を図 8に示す。これらの図から,この周波数域での指向性は,共振域におけるダイポールアンテナのような指向性とは全く異なっており,両周波数域において,アンテナの挙動が異なっていることを示唆している。続いて,図 9は数 100 MHz~数 GHzの主要な周波数に対して,同様に表面電流の分布を表示したものであるが,710 MHz付近では,まだ共振型アンテナのような電流分布であるのに対して,周波数が高くなり,1600

MHz以上となると,上に述べた表面電流が外周部に沿うように流れる挙動へと変化している様子が伺える。この結果から,この間に電流の挙動が移行していることが確認できる。

一般的にダイポールアンテナでは,アンテナ上の電流が素子先端で反射し,アンテナ上を往復することで共振している。

(a)0 s(0 deg.) (※)

(b)0.08 ns(60 deg.)

(c)0.16 s(120 deg.)

大↑電流値↓小

図 7 2450 MHzにおける表面電流分布の時間変化Time transition of surface current distribution on radiating elements

at 2450 MHz

X

Y Y

XY面 Angle(degree) Angle(degree)

周波数:2450 MHz/XY面指向性 周波数:2450 MHz/YZ面指向性

030

60

90

120

150±180

ー150

ー120

ー90

ー60

ー300

30

60

90

(dBi)ー30ー20ー10 0 1 0

(dBi)ー30ー20ー10 0 1 0

120

150±180

ー150

ー120

ー90

ー60

ー30

YZ面Z

図 8 2450 MHzにおける放射パターンRadiation Patterns at 2450 MHz

これに対し,本アンテナではその素子形状に由来して,波長に応じた電流が素子外周に沿って流れ,通常ダイポールアンテナでみられるような素子先端での反射が生じないことで,共振が抑えられているものと考えられる 。

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表面電流に着目した広帯域アンテナの挙動解析

以上,素子上の表面電流という観点から本アンテナの広帯域性について考察した結果,本アンテナの広帯域性が,その素子形状に由来する,各周波数域に応じた挙動の変化,特に共振周波数以上での表面電流の振る舞いにより発現していることを確認した。

4 む す び

本報では,筆者らの開発した広帯域アンテナに対し,電磁界シミュレータを用いて,その表面を流れる電流の挙動を視覚的にみることで,広帯域性発現に関する根拠について考察した。しかしながら,こうした広帯域なアンテナにおいても,

VSWR特性だけでなく,各種用途に応じて利得・指向性など,適切な諸特性が必要となる。今後,こうした表面電流の視覚化,またその挙動の解析を進めることで,広帯域な特性を活かしながら,更に各種用途に向けたアンテナ諸特性の最適化に活かしていく予定である。

参考文献 例えば,(独)情報通信研究機構.コグニティブ無線端末機の実現に向けた要素技術の研究開発.「電波資源拡大のための研究開発」成果報告会資料(2009)など

吉野ほか.小特集 電波資源の有効利用を図るコグニティブ無線.電子情報通信学会誌. 94(1), 2011, p31-

46.

工藤ほか.シート状広帯域ダイポールアンテナの開発.三菱電線工業時報. (106), 2009, p1-4.

佐藤源之.電子情報通信学会編アンテナ工学ハンドブック-9章 アンテナの信号処理.オーム社, 2008,

p545-548.

(a)710MHz

(b)1600MHz

(c)2450MHz

(d)5250MHz

大↑電流値↓小

図 9 各種周波数における表面電流分布Surface current distribution at various frequencies