報告 ブロイラーの蜂窩織炎の発生と高率に分離される大腸菌(imvic :...

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─ 79 ─ ブロイラーの蜂窩織炎の発生と高率に分離される大腸菌 前田 貴容子  大原 祥子  井上 佳織 (受付:平成 22 12 17 日) Occurrence of Cellulitis in broilers and Escherichia coli isolated with a high likelihood KYOKO MAEDA, SACHIKO OHARA, and KAORI INOUE Hiroshima Prefectural Meat Sanitation Inspection Station, 1911-1, Awaya-cho, Miyoshi, Hiroshima 728-0025 SUMMARY We investigated the occurrence of cellulitis in broilers brought into a large poultry treatment facility in the area, and the detection of Escherichia coli from the lesions. Cellulitis was found in 48 (0.17%) of 28,448 broilers investigated. Most lesions were formed proximally to the cloaca, and those that were distinctive showed a yellow cheese- like discharge formed in the subcutaneous tissues. Escherichia coli was detected from the lesions with a high likelihood (42 [87.5%] of 48 specimens), and classified into seven serotypes, including those that could not be classified. O115 was responsible for a large proportion of the specimens (31 [73.8%] of 42), and astA was detected in O6 and other serotypes as a pathogenic factor. Based on this investigation, we are adopting thorough hygiene measures in poultry treatment facilities, and considering a method to diagnose cellulitis rapidly when testing poultry. 要   約 管内大規模食鳥処理施設に搬入されたブロイラーの蜂窩織炎の発生状況及び病変部からの 大腸菌(Escherichia coli検出状況について調査を実施した. 本病は調査した 28,448 羽中 48 羽(0.17%)で認められた.病変は大半が総排泄腔に近い 部位に形成され,特徴的病変として皮下組織の黄色チーズ様滲出物の形成等がみられた.病 変部からは大腸菌が 48 検体中の 42 検体(87.5%)と高率に分離された.これらは 7 種類 (型別不能を含む)の血清型に型別され,O115 42 検体中 31 検体(73.8%)と大部分を 占めた.また,病原因子は O6 等から astA が検出された. 今回の調査から,食鳥処理施設内の衛生対策の徹底を図るとともに,食鳥検査における本 病の迅速な診断方法を検討した. 広島県食肉衛生検査所(〒 728-0025 広島県三次市粟屋町 1911-1) 報告

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Page 1: 報告 ブロイラーの蜂窩織炎の発生と高率に分離される大腸菌(IMVIC : ++--) 血清型別試験 PCRによる病原因子検出 (VT1, VT2, LT, STh, STp,

─79─

ブロイラーの蜂窩織炎の発生と高率に分離される大腸菌

前田 貴容子  大原 祥子  井上 佳織(受付:平成 22年 12月 17日)

Occurrence of Cellulitis in broilers and Escherichia coli

isolated with a high likelihood

KYOKO MAEDA, SACHIKO OHARA, and KAORI INOUE

Hiroshima Prefectural Meat Sanitation Inspection Station,

1911-1, Awaya-cho, Miyoshi, Hiroshima 728-0025

SUMMARY

We investigated the occurrence of cellulitis in broilers brought into a large poultry

treatment facility in the area, and the detection of Escherichia coli from the lesions.

Cellulitis was found in 48 (0.17%) of 28,448 broilers investigated. Most lesions were

formed proximally to the cloaca, and those that were distinctive showed a yellow cheese-

like discharge formed in the subcutaneous tissues. Escherichia coli was detected from

the lesions with a high likelihood (42 [87.5%] of 48 specimens), and classified into seven

serotypes, including those that could not be classified. O115 was responsible for a large

proportion of the specimens (31 [73.8%] of 42), and astA was detected in O6 and other

serotypes as a pathogenic factor.

Based on this investigation, we are adopting thorough hygiene measures in poultry

treatment facilities, and considering a method to diagnose cellulitis rapidly when testing

poultry.

要   約

 管内大規模食鳥処理施設に搬入されたブロイラーの蜂窩織炎の発生状況及び病変部からの大腸菌(Escherichia coli)検出状況について調査を実施した. 本病は調査した 28,448羽中 48羽(0.17%)で認められた.病変は大半が総排泄腔に近い部位に形成され,特徴的病変として皮下組織の黄色チーズ様滲出物の形成等がみられた.病変部からは大腸菌が 48検体中の 42検体(87.5%)と高率に分離された.これらは 7種類(型別不能を含む)の血清型に型別され,O115が 42検体中 31検体(73.8%)と大部分を占めた.また,病原因子は O6等から astAが検出された. 今回の調査から,食鳥処理施設内の衛生対策の徹底を図るとともに,食鳥検査における本病の迅速な診断方法を検討した.

広島県食肉衛生検査所(〒 728-0025 広島県三次市粟屋町 1911-1)

報 告

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広島県獣医学会雑誌 № 26(2011)

序   文

 ブロイラーの蜂窩織炎は,ブロイラーの胸部,腹部,大腿部及び総排泄腔周囲等の皮下組織における水腫や黄色チーズ様滲出物の形成を特徴とする.病変部からブドウ球菌,連鎖球菌及び大腸菌等種々の病原体の分離が報告されているが,とりわけ大腸菌が高率に分離されている1). 本病は,臨床症状が認められない発育良好なブロイラーにおいて,脱羽後検査等で初めて病変が確認されることが多い.その発生は 20数年前から認められ,近年増加傾向にあるが,発生状況等に関する報告は少なく1),当所でも本病を詳細に調査した報告はない. そこで今回,管内大規模食鳥処理施設に搬入されるブロイラーの蜂窩織炎の発生状況及び病変部からの大腸菌検出状況並びにその性状について調査を実施したので,その概要を報告する.

材料と方法

1.供試検体と採取方法 平成 22年5月に管内大規模食鳥処理施設(外剥ぎ方式,処理羽数約 95万羽 /年)に搬入された A農場(a1〜 a5鶏舎)のブロイラー 28,448羽(雌雄無鑑別飼育,46〜 55日齢)について,肉眼的に本病の特徴的病変が皮下組織等に認められたものを検査した. 病変部皮下の滲出物を検査キット(ふきふきチェック(栄研化学))を用いて無菌的に拭き取り検体とした.

2.分離大腸菌の鑑別方法と血清型別 大腸菌の鑑別試験は1 検体につき,赤色の典型的コロニー5株(発育不良の場合1〜4株)を釣菌し行った.グラム陰性桿菌,運動性又は非運動性,ブドウ糖発酵・ガス産生,乳糖発酵,硫化水素非産生,リジン脱炭酸陽性,インドール陽性,クエン酸塩利用陰性,VP反応陰性に基づき判定を行った(図1).分離株の同定には IDテスト EB-20(ニッスイ),大腸菌の血清型別試験には病原大腸菌診断用免疫血清(デンカ生研)を使用した.

3.PCR法による病原因子遺伝子の検査 病原大腸菌の分類やその病原遺伝子は多岐にわたることが報告されている2).今回はその代表的な次の病原遺伝子について検査した.① EHEC/VHECを対象としてベロ毒素遺伝子(VT1,VT2)を検査し,検出には Primer Set EVC-1, EVC-2(TaKaRa)を使用した.② ETECを対象に LT, STh, STpの検査を行った.③ EPEC/EHECを対象として eaeA遺伝子の検査を行った.④ EIECを対象として ipaH遺伝子の検査を行った.⑤ EAECを対象に aggR,astA遺伝子の検査を行った.

 なお,②〜⑤の検査は広島県立総合技術研究所保健環境センターに依頼し,用いたプライマーや検査条件は桑山らの報告3)に従って実施された.

成   績

1.蜂窩織炎の発生状況及びその所見 調査したブロイラーの蜂窩織炎の発生率は 0.17%(28,448検体中 48検体)であった. 肉眼所見は,黄色チーズ様滲出物が 45 検体(93.8%)と最も多く,次いで水腫及び外傷が 21検体(43.8%),出血が 11検体(22.9%),皮膚肥厚が7検体(14.6%)であった(図2).

 病変部位は,総排泄腔周囲が 29検体(60.4%)と最も多く,次いで内股部が 13検体(27.1%),胸部が5検体(10.4%),大腿部が4検体(8.3%),腹部が2検体(4.2%)であった(図3).中でも,総排泄腔周囲及び内股部は 41検体(85.4%)と大部分を占めており,これらの部位の肉眼所見は,黄色チーズ様

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

50

外傷 皮膚肥厚 出血 水腫 黄色チーズ様滲出物

 体

 数

図2 肉眼所見

図1 検査の流れ

拭き取り検体

IDテスト

大腸菌(E. coli)

DHL培地(1〜5株)

〈鑑別培地〉TSI, LIM, SC, VP(IMVIC : ++--)

血清型別試験PCRによる病原因子検出

(VT1, VT2, LT, STh, STp, ipaH, eaeA, aggR, astA)

グラム陰性桿菌オキシダーゼテスト(−)

37℃,24時間培養

37℃,18〜20時間培養

37℃,24時間培養(SCは37℃,72時間培養)

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広島県獣医学会雑誌 № 26(2011)

考   察

 今回の調査では,ブロイラーの蜂窩織炎は 0.17%に認められ,検体の多くから大腸菌が高率(87.5%)に分離された.このことから,当所の食鳥検査で炎症として取り扱ってきた疾病には,本病が含まれることが確認された.また,発生率は,岩手県獣医師会食鳥検査センターの平成 15年度における同時期の発生率(0.15%)と同程度であった1). 病変の大半は総排泄腔に近い部位に形成され,これらの検体のうち約半数に外傷が認められたこと,さらに,大腸菌が高率に分離されたことは,他の報告のとおり,床面に接する機会が多い部位に外傷が生じ,ここから大腸菌が感染して本病を発症させることが考えられた1).また,ブロイラーを急速に増体させる飼育法により,床敷に座っている時間が長くなる等がいわれており1),近年,本病が増加傾向にあることの一因となっていることが推察された.  42検体から分離された大腸菌の血清型は O115が最も多く,O78及び型別不能が多いとする他の報告とは異なっていた1).また,O115は大腸菌を分離したすべての鶏舎の検体から検出されたことから,A農場の a5鶏舎には O115が常在化し,蜂窩織炎の起因菌となっていることが推察された.さらに,病原因子で astAが O6等から検出されたことは,近年,astA

遺伝子を保有する大腸菌による集団食中毒の報告があることから 4,5),食中毒の原因になり得る可能性が考えられた. 以上のことから,本病に罹患した食鳥の取り扱い及び当該食鳥による処理場内の汚染等が危惧された.そのため,衛生対策として,作業従事者及び食鳥検査員等に対し,当該食鳥の衛生的な取り扱いについて今まで以上に留意すること,そして万一,処理ライン等を汚染させた場合には,作業台,機械器具及び手指等の洗浄消毒等を徹底することを周知した. また,衛生対策を適正に実施するためには,迅速な本病の診断が要求される.そこで,今回の調査結果から,所内で診断方法を統一することとし,その診断の指標として,皮膚表面の外傷や皮膚肥厚,皮下組織の黄色チーズ様滲出物の形成,及び触診による皮下組織の滲出物の形成を確認することとした. ところで,平成 15年度食鳥検査検討委員会承り事項の回答によると,食鳥検査における本病の捉え方は自治体により様々であることが分かる.したがって,今後,本病の診断及び廃棄等の措置等について,統一した基準を確立することが必要であると考える.

滲出物が 41検体(100%)と最も多く,外傷が 20検体(48.8%),以下,水腫が 16検体(39.0%),出血が 10検体(24.4%),皮膚肥厚が7検体(17.1%)であった.

2.大腸菌分離状況とその性状 大腸菌は 48検体中 42検体(87.5%)から分離された.これらについて血清型別試験を実施したところ,7種類(型別不能を含む)の血清型が検出され,O115が 31検体(73.8%)と最も多く,次いで O6が5検体(11.9%)から検出された(表1).これを

鶏舎別にみると,O115は大腸菌が分離されたすべての鶏舎の検体で確認され,特に a5鶏舎で多く,19検体から検出された(表2).

 病原因子では,astA(EAEC heat-stable enteroto-xin)が 42検体中 11検体(26.2%)から検出され,その血清型はO6,O114,O8,型別不能であった. なお,その他の病原因子は検出されなかった.

表 1 分離された大腸菌の血清型血清型 検体数

O6 4( 9.5%)O78 1( 2.4%)O114 2( 4.8%)O115 29( 69.0%)O6及びO119 1( 2.4%)O8及びO115 1( 2.4%)O115及びO119 1( 2.4%)型別不能 3( 7.1%)

計 42(100.0%)

表 2 鶏舎別にみた大腸菌の血清型鶏舎 大腸菌分離検体数 血清型

a1 2〔 2〕 O6(1),O115(1)a2 1〔 2〕 O115(1)a1及びa2 8〔11〕 O78(1), O114(2), O115(4), O115及

びO119(1)a3 0〔 1〕 ―a4 1〔 1〕 O115(1)a5 24〔25〕 O6(1), O115(19), O6及びO119(1),

型別不能(3) a4及びa5 6〔 6〕 O6(2), O8及びO115(1), O115(3)計 42〔48〕

注:〔 〕内は各鶏舎の検体数,( )内は大腸菌分離検体数

0

5

10

15

20

25

30

35

胸部 腹部 大腿部 内股部 総排泄腔周囲

 体

 数

図3 病変部位

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広島県獣医学会雑誌 № 26(2011)

謝   辞

 病原因子遺伝子検査を実施し,ご助言をいただいた広島県立総合技術研究所保健環境センターの諸先生方に深謝致します.

文   献

1)御領政信ほか:ブロイラーの蜂窩織炎,鶏病研報,42(1),15-24(2006)

2)厚生労働省:食品衛生検査指針微生物編, 168-179,社団法人日本食品衛生協会,東京(2004)

3)桑山 勝ほか:蛍光標識プライマーを用いたMultiplex PCR法による病原大腸菌遺伝子の検出,第 54回広島県獣医学会,15(2010)

4)杉谷和加奈ほか:astA保有大腸菌が原因と考えられた食中毒事例,平成 18年度熊本市環境総合研究所報,39-42(2006)

5)石畝 史ほか:astA遺伝子保有大腸菌 O169:HNMが原因と考えられた食中毒事例-福井県,病原微生物検出情報,25, 262-263(2004)