奈 良 県 奈良県産大和トウキの復活に向けて -...

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平成 29 年 5 月 31 日 奈 良 県 奈良県産大和トウキの復活に向けて ~県内各地での普及に向けた取組み~ 【奈良財務事務所】 1. はじめに 奈良県は、古くは日本書記に薬猟の記録が残されており、江戸時代には、日本最古の私設薬園の開設や、 「大和の薬売り」として全国で配置薬の行商が行われるなど、漢方の盛んな地域として独自の発展を遂げ てきました。 しかしながら、現在では、西洋医学の普及や、国内産より安価な中国産など国 外産の漢方が市場に出回った結果、奈良県を含む日本の漢方栽培は衰退の一途を 辿っています。こうした中、近年の健康ブームの影響により予防医学の観点で漢 方が注目されていることなどから、奈良県内においても、かつての勢いを取り戻 そうとする動きが盛んになっています。 その中の一つとして、大和トウキ 1 は、かつて県下で盛んに栽培が行われてい ましたが、漢方薬として使用する根の部分だけではなく、独特の風味が特徴で栄 養価の高い葉 2 の部分も今後需要が見込めることから、県内各地で普及に向けた 取組みが行われています。ここでは、こうした取組みについて紹介していきます。 2. 漢方のメッカ推進プロジェクト」 「漢方のメッカ推進プロジェクト」は、漢方薬の原料となる生薬の生産拡大から、商品の製造・販売ま で一貫した体制を構築するため、奈良県が主体となって平成 24 年から取り組んでいるものです。具体的 には、生産から普及までを 4 つのステージに分け 3 、それぞれを同時並行的に取り組んで早期普及拡大に 努めており、特に大和トウキは、現在の五條市を中心に古くから奈良県で盛んに栽培してきたことなどか ら、優位性のある薬用作物として最重点作物に指定し普及に力をいれています。 大和トウキの普及にあたって、大きな問題の一つとなっているの が、薬用成分のある根の収穫が作付けから 2 年と長期に及ぶことで す。現在、国内で生産されるトウキの大部分が北海道で生産される 北海トウキとなっており、同トウキは収穫まで 1 年半と、大和トウ キに比べ短期間で収穫できます。大和トウキの生産者は、収穫まで の間は無収入になることから、収穫期間が早い北海トウキや、価格 の安い中国産の大和トウキに押されて、栽培のしやすい他の作物へ 1 奈良県では五條市を中心に古くから盛んに栽培されており、セロリのような強い芳香を持つセリ科の多年生植物。根は、医薬品として、 冷え性や血行障害、強壮、鎮痛作用などの効能がある。 2 トウキ葉は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(旧薬事法)に基づき、従来はトウキ根とともに医 薬品として登録されていたが、平成 24 年以降は、トウキ根のみが医薬品の対象となり、トウキ葉は「医薬効果を標榜しない限り医薬品と しないもの」として対象から除外された。 3 ステージ 1:生薬の供給拡大、ステージ 2:漢方薬等の製造、ステージ 3:漢方薬等の研究・臨床、ステージ 4:漢方の普及、の 4 ステ ージに分けている。 【果樹・薬草研究センターにおけるハウス栽培】 【大和トウキの根】

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Page 1: 奈 良 県 奈良県産大和トウキの復活に向けて - 財務省kinki.mof.go.jp/content/000171297.pdf近畿財務局 平成29年5月31日 奈 良 県 奈良県産大和トウキの復活に向けて

近 畿 財 務 局

平成 29年 5月 31日

奈 良 県

奈良県産大和トウキの復活に向けて ~県内各地での普及に向けた取組み~

【奈良財務事務所】

1. はじめに

奈良県は、古くは日本書記に薬猟の記録が残されており、江戸時代には、日本最古の私設薬園の開設や、

「大和の薬売り」として全国で配置薬の行商が行われるなど、漢方の盛んな地域として独自の発展を遂げ

てきました。 しかしながら、現在では、西洋医学の普及や、国内産より安価な中国産など国

外産の漢方が市場に出回った結果、奈良県を含む日本の漢方栽培は衰退の一途を

辿っています。こうした中、近年の健康ブームの影響により予防医学の観点で漢

方が注目されていることなどから、奈良県内においても、かつての勢いを取り戻

そうとする動きが盛んになっています。 その中の一つとして、大和トウキ1は、かつて県下で盛んに栽培が行われてい

ましたが、漢方薬として使用する根の部分だけではなく、独特の風味が特徴で栄

養価の高い葉2の部分も今後需要が見込めることから、県内各地で普及に向けた

取組みが行われています。ここでは、こうした取組みについて紹介していきます。

2. 「漢方のメッカ推進プロジェクト」

「漢方のメッカ推進プロジェクト」は、漢方薬の原料となる生薬の生産拡大から、商品の製造・販売ま

で一貫した体制を構築するため、奈良県が主体となって平成 24 年から取り組んでいるものです。具体的

には、生産から普及までを 4 つのステージに分け3、それぞれを同時並行的に取り組んで早期普及拡大に

努めており、特に大和トウキは、現在の五條市を中心に古くから奈良県で盛んに栽培してきたことなどか

ら、優位性のある薬用作物として最重点作物に指定し普及に力をいれています。 大和トウキの普及にあたって、大きな問題の一つとなっているの

が、薬用成分のある根の収穫が作付けから 2 年と長期に及ぶことで

す。現在、国内で生産されるトウキの大部分が北海道で生産される

北海トウキとなっており、同トウキは収穫まで 1 年半と、大和トウ

キに比べ短期間で収穫できます。大和トウキの生産者は、収穫まで

の間は無収入になることから、収穫期間が早い北海トウキや、価格

の安い中国産の大和トウキに押されて、栽培のしやすい他の作物へ

1 奈良県では五條市を中心に古くから盛んに栽培されており、セロリのような強い芳香を持つセリ科の多年生植物。根は、医薬品として、

冷え性や血行障害、強壮、鎮痛作用などの効能がある。 2 トウキ葉は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(旧薬事法)に基づき、従来はトウキ根とともに医

薬品として登録されていたが、平成 24 年以降は、トウキ根のみが医薬品の対象となり、トウキ葉は「医薬効果を標榜しない限り医薬品と

しないもの」として対象から除外された。 3 ステージ 1:生薬の供給拡大、ステージ 2:漢方薬等の製造、ステージ 3:漢方薬等の研究・臨床、ステージ 4:漢方の普及、の 4 ステ

ージに分けている。

【果樹・薬草研究センターにおけるハウス栽培】

【大和トウキの根】

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転作等を行った結果、生産量を減らしていました4。 こうした中、同プロジェクトでは、果樹・薬草研究センター5において、栽培期間の短縮のために品種

改良や優良品種の開発などの研究を進めていることに加えて、作業用機械の開発などにより省力化を進め

るなど、より栽培しやすくなるよう技術の開発に努めています。 また、今まで注目されていた根の部分だけではなく、

ビタミンが豊富で独特の風味が特徴の葉の部分を活かす

ために、成分の分析や効能の確認などの研究を行うとと

もに、トウキ葉を使った各種商品を開発して、現在では

20社が 40品目以上を一般食品として販売しているなど、

普及に向けた取組みを進めています。 こうした取組みが徐々に浸透し、平成 28 年の生産量は

4,500 ㎏と、近年で底であった平成 23 年に比べ 3 倍強の

生産量に増加する見込みで、今後の普及拡大が期待され

ます。 3. 宇陀市薬草協議会の取組み(場所:宇陀市)

宇陀市は、市民の誰もが健康で幸せと思えるまちづくりを目指して、その実現のため、様々なイベント

を企画・実施して市民の健康向上に向けた取組みを支援しています。

こうした中、平成 27 年に、同市に縁のある漢方を使用して6、健康意識の向上や生活習慣の改善などを

図ろうと、同市や有識者、市内の生産者等7が参加して宇陀市薬草協議会を設立し、同協議会が主体となり

大和トウキの栽培を支援しています。大和トウキの栽培については、種から苗に育てる育苗が難しいこと

に加えて、漢方薬となる大和トウキの製品化には欠かせない作業である収穫後の湯もみと乾燥について、

多大な労力を要することから、生産者の負担を減らすため同協議会が育てた苗を生産者へ販売するととも

に、同協議会が生産者から収穫後のトウキ根を買い取り、湯もみ等の作業を生産者に代わって行っていま

す。

加えて、同協議会では、商品価値が高いより大きなトウキ根の栽培方法について、毎年、生産者から得

た知識を他の生産者へ還元することで、品質のボトムアップを図っています。

現在では、生産者が倍増するとともに、良品の生産量が増加するなど、栽培の普及や品質の向上が進ん

でいます。

また、同協議会は、トウキ葉の活用についても取り組んでおり、果樹・薬草研究センターや農業研究開

発センター8、東部農林振興事務所9の指導を受けて、トウキ根の生育に影響が少ないトウキ葉の収穫時期

と収穫量を研究した結果、葉の収穫も可能にしました。同協議会は、今年からトウキ葉の買取りを始め、

トウキ葉の本格的な活用に向けて、商品開発などを行うことで10消費拡大に努めています。

こうした同協議会の取組みは民間へも波及しており、例えば、同協議会出身者が、宇陀市の協力を得て

4 昭和 58 年には 47,120 ㎏の生産量があったものの、現在は 10 分の 1 以下に生産量が減少。 5 同センターは、柿や梅の栽培で有名な五條市にあり、奈良県の研究施設として果樹や薬用作物等の栽培について研究している。 6 宇陀市は古代に薬猟地として記録され、江戸時代には多くの薬問屋が並ぶなど漢方のまちとして発展。また、日本を代表する製薬企業の

創業者を何人も輩出している。 7 販売目的の生産者だけでなく、健康意識が高い家庭菜園を目的とした市民も参加している。 8 同センターは、薬用作物の安定供給や、優良品種の育成、加工商品の開発など、農業全般にかかる研究開発を行う奈良県の研究施設。前

述の果樹・薬草研究センターは、同センターに属する一機関。 9 同事務所は、大和高原(宇陀市、山添村、曽爾村、御杖村)地域にかかる農業普及や林業振興等の施策を行う奈良県の機関。 10 トウキ葉を使用した飴やお茶、カレーなどの商品開発を行っている。

【図】

2,496

1,628 1,4611,309

2,0281,506

1,873

3,468

4,500

0500

1,0001,5002,0002,5003,0003,5004,0004,5005,000

H20 21 22 23 24 25 26 27 28

奈良県における大和トウキの生産量の推移(㎏)

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市内にオープンした薬草カフェの「ヒルトコカフェ」では、同協議会で得た知識などを基にして、大和ト

ウキの自家栽培からトウキ葉を調理して料理として提供しています11。健康にこだわった料理が評判を呼

び、健康意識の高い女性を中心に、遠方からも含め多くの客で賑わっています。

このように、官民一体となった同協議会の取組みは着実に実を結んでいます。

4. 「㈱パンドラファームグループ」(場所:五條市)

㈱パンドラファームグループは、有機肥料を使用し化学農薬をできるだけ使わない方法で栽培するこだ

わりの農家と連携して、共同生産や共同加工、6次産業化の体制構築を行っており、その規模は年々拡大

して、現在は紀伊半島を中心に約 400 軒の農家と連携しています。

同グループでは、本社のある五條市の名産品である柿や梅などの果樹栽培をはじめ、野菜類も多様に栽

培し、東京や神奈川などの首都圏に出荷しています。また、同グループには、小世帯向けのサラダとして

の野菜加工を行う会社があるほか、収穫した果樹や野菜を使って、梅干などの加工食品の通信販売や、旬

の野菜を使った料理を提供するレストランの運営なども行っています。

こうした中、新たな産業として、安全な国産の漢方薬原料の普及を目指して、前述の「漢方のメッカ推

進プロジェクト」に参画し、ブランド力の高い大和トウキに着目して、普及を目指し取り組んでいます。

同グループでは、肥料や使用農薬などの管理を徹底することで、漢方薬

の原料となる高品質なトウキ根の生産に取り組んでおり、販路については、

仲卸業者が買取価格を決定している中で、生産業者の主導を目指して、「医

薬品製造業許可」、「医薬品製造販売業許可」12を取得し、より高品質な商品

が求められる漢方薬局などへ販売しています。

また、同グループにおいても、トウキ葉の活用に向けた研究に取り組ん

でおり、トウキ葉は、生育に適した農薬の種類や量がトウキ根とは異なることなどから、トウキ葉のみを

収穫する専用の圃場ほじょう

を新たにつくり、高品質なトウキ葉の収穫を可能にしています。

加えて、古民家を利用して地元で採れた旬の野菜料理を提供する、同グループのレストランである「旬

の野菜レストラン 農悠舎王隠堂」では、栄養豊富なトウキ葉を使った料理を提供しており、また、通販

では、トウキ葉の独特な香りを活かして、シナモンや生姜をブレンドしたハーブ茶を全国的に販売し、消

費者から好評を得ています。

まだまだ取組みが始まったばかりですが、販路を活用し高品質な大和トウキが多くの消費者の手に渡る

ように普及に努めており、今後の消費拡大が期待されます。

5. まとめ

大和トウキは、栽培や加工に大変手間がかかる作物ですが、食の健康志向が高まる中で、根の部分は医

薬品として、葉の部分は料理の食材や加工食品として消費者からの潜在需要は高いといえます。県下では、

それぞれが工夫しながら、大和トウキの栽培や加工等を行い、生産量の拡大を目指した取組みが行われて

いますが、こうした動きが実を結び、かつて盛んであった大和トウキが再び活力を取り戻すことが期待さ

れます。

11 自家栽培の野菜の食べ放題やトウキ葉が入ったハンバーグなどヘルシーな料理を提供。 12「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(旧薬事法)に基づき平成 24 年に取得。また、品目ごとにその

製造販売について承認を受ける必要があることから、平成 25 年には大和トウキの医薬品製造販売の承認も受けている。

【収穫したトウキ根の乾燥風景】