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― 46 ― 【 目的 】近年のニューロリハビリテーションは、非侵襲的に 大脳皮質に刺激を行う経頭蓋磁気刺激法や経頭蓋直流刺激が あり、錐体細胞の興奮性を高め、学習効果を促進することが 報告されている。また、末梢神経に電気刺激を行う末梢神経 電気刺激(以下PNS)においても一次運動野、一次感覚野の 興奮性増大が報告されており(Wu, 2005)、PNSに運動療法 を組み合わせることで上肢機能などが改善することがわかっ ている(Ikuno, 2012)。しかし、PNSに併用する運動療法は、 課題志向型練習が多く、高負荷、高頻度であるためモチベー ションの低下が懸念される(Saposnik, 2010)。そこで近年、 家庭用ゲーム機を使用した Game Based Exercise(以下 GBE)が注目されている。GBE は、得点や音による即時的 なフィードバックがあるため理解が容易である。また、対象 者が楽しんで取り組むことができ、モチベーションの維持・ 向上が期待できる。Lohse ら(2014)の報告では、GBE を実 施することでバランス能力や ADL が改善することが示され ている。しかし、PNS に併用する運動療法において GBE を 併用した研究がなく有用性は示されていない。以上より、本 研究の目的は GBE と PNS を併用する介入が GBE を単独で 行うのに対して有効か否かを検討することである。 【 方法 】 対象は 50 歳代、男性、右内頸動脈塞栓症を呈し発症 から 5 ヶ月経過した左片麻痺患者 1 名とした。麻痺側 Fugl- Meyer Assessment 下肢・協調性項目は28/33点、MMT は両下肢ともに5レベル、functional balance scale は 55/56 点、FIM は運動項目 89 点、移動は支持物なしで独歩自立で あった。Balance Evaluation System Test (以下 BESTest) は 90/108 点であり、生体力学的制約 14/15 点、安定性限界 17/21 点、姿勢変化 - 予測的姿勢制御 15/18 点、反応的姿勢 制御12/18点、感覚機能15/15点、歩行安定性17/21点で あった。研究デザインはシングルケースの AB デザインを 採用した。A 期は基礎水準期とし20分の GBE のみを、B 期は操作導入期とし 1 時間の PNS の後に 20 分の GBE を行っ た。介入は各期 1 週間、5 回 / 週とした。GBE は家庭用ゲー ム機(Nintendo Wii U)を使用し、重心を前後左右に移動さ せるゲーム(Wii Fit U)を行った。PNSは低周波治療器(エ スパージ)を用いた。刺激部位は麻痺側脛骨神経幹直上とし た。刺激パラメーターは、周波数100Hz、パルス時間 1 msec、強度は感覚閾値の1.5倍とした。評価項目は、 BESTest、麻痺側母趾球の2点識別覚(以下2PD)、10 m 行速度であり各期前後で比較した。研究期間中は本介入とと もに約 6 単位の通常の理学療法も実施していた。 【 説明と同意 】本研究は、当院の承認を得て実施した。また、 対象者には研究、発表に対する説明を行い、同意を得た。 【結果】BESTest は、基礎水準期に1点、操作導入期では 15 点の加点となった。内訳として、基礎水準期に安定性限 界が 1 点、操作導入期では生体力学的制約が 1 点、安定性限 界が 3 点、姿勢変化 - 予測的姿勢制御が 2 点、反応的姿勢制 御が 5 点、歩行安定性が 4 点の加点となった。2PD は基礎水 準期に 2 ㎜、操作導入期に 6 ㎜改善した。10 m 歩行速度は 各期におい変化を認めなかった。 【考察】操作導入期において、BESTest は、安定性限界、 反応的姿勢制御、歩行安定性の項目で認められた。PNS に よ る 感 覚 入 力 が 一 次 運 動 野、一 次 感 覚 野 の 活 性 化( Wu, 2006)や 効 率 的 な 運 動 制 御 の 促 進 が 報 告 さ れ て い る (Uehara, 2011)。本研究で使用した GBE の課題は、重心の 前後左右への目標指向的な移動を要求するものであった。 よって、PNS 後に GBE を行ったことで姿勢変化に対する姿 勢制御の運動学習が促進され、BESTest での安定性限界や 反応性姿勢制御において加点となったと考える。また、 GBE により画面を見ながら重心移動をすることで、二重課 題付き TUG や障害物またぎ等の歩行安定性項目が改善した と推察される。2PD の改善は、PNS による感覚入力が一次 感覚野における長期増強を惹起し、感覚野に可塑的変化を惹 起したことが推測される。本研究の限界として、各期ともに 短期間の介入であるため、GBE の運動学習の効果も否定で きない。よって、操作介入期の改善が GBE, PNS のどちら の効果により改善が得られたのかが判定できない事。また、 fMRI などの画像診断処理による評価が実施できていないこ とが本研究の限界である。 【 理学療法研究としての意義 】本研究の結果から回復期脳卒 中片麻痺患者に対して、PNS と GBE の併用が感覚障害やバ ランス能力改善に効果的であることを示唆した。 末梢神経電気刺激と家庭用ゲーム機を用いた運動療法が 回復期脳卒中患者のバランス能力に与える影響 ○奥野 博史 ( おくの ひろし ) 岸和田盈進会病院 リハビリテーションセンター Key word:回復期脳卒中,末梢神経電気刺激,Game Based Exercise 口述 9 セッション  [ 神経 ③ ] O9- 4

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Page 1: [ 神経③ ] O9 4 末梢神経電気刺激と家庭用ゲーム機 …kinki57.shiga-pt.or.jp › pdf › 09-4.pdfム機(Nintendo Wii U)を使用し、重心を前後左右に移動さ

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【目的】 近年のニューロリハビリテーションは、非侵襲的に大脳皮質に刺激を行う経頭蓋磁気刺激法や経頭蓋直流刺激があり、錐体細胞の興奮性を高め、学習効果を促進することが報告されている。また、末梢神経に電気刺激を行う末梢神経電気刺激(以下 PNS)においても一次運動野、一次感覚野の興奮性増大が報告されており(Wu, 2005)、PNS に運動療法を組み合わせることで上肢機能などが改善することがわかっている(Ikuno, 2012)。しかし、PNS に併用する運動療法は、課題志向型練習が多く、高負荷、高頻度であるためモチベーションの低下が懸念される(Saposnik, 2010)。そこで近年、家庭用ゲーム機を使用した Game Based Exercise(以下GBE)が注目されている。GBE は、得点や音による即時的なフィードバックがあるため理解が容易である。また、対象者が楽しんで取り組むことができ、モチベーションの維持・向上が期待できる。Lohse ら(2014)の報告では、GBE を実施することでバランス能力や ADL が改善することが示されている。しかし、PNS に併用する運動療法において GBE を併用した研究がなく有用性は示されていない。以上より、本研究の目的は GBE と PNS を併用する介入が GBE を単独で行うのに対して有効か否かを検討することである。

【方法】 対象は50歳代、男性、右内頸動脈塞栓症を呈し発症から5ヶ月経過した左片麻痺患者1名とした。麻痺側 Fugl-Meyer Assessment 下肢・協調性項目は28/33点、MMTは両下肢ともに5レベル、functional balance scale は55/56点、FIM は運動項目89点、移動は支持物なしで独歩自立であった。Balance Evaluation System Test(以下 BESTest)は90/108点であり、生体力学的制約14/15点、安定性限界17/21点、姿勢変化 - 予測的姿勢制御15/18点、反応的姿勢制御12/18点、感覚機能15/15点、歩行安定性17/21点であった。研究デザインはシングルケースの AB デザインを採用した。A 期は基礎水準期とし20分の GBE のみを、B期は操作導入期とし1時間のPNSの後に20分のGBEを行った。介入は各期1週間、5回 / 週とした。GBE は家庭用ゲーム機(Nintendo Wii U)を使用し、重心を前後左右に移動させるゲーム(Wii Fit U)を行った。PNS は低周波治療器(エスパージ)を用いた。刺激部位は麻痺側脛骨神経幹直上とした。刺激パラメーターは、周波数100Hz、パルス時間1 msec、強度は感覚閾値の1.5倍とした。評価項目は、

BESTest、麻痺側母趾球の2点識別覚(以下2PD)、10 m 歩行速度であり各期前後で比較した。研究期間中は本介入とともに約6単位の通常の理学療法も実施していた。

【説明と同意】 本研究は、当院の承認を得て実施した。また、対象者には研究、発表に対する説明を行い、同意を得た。

【結果】 BESTest は、基礎水準期に1点、操作導入期では15点の加点となった。内訳として、基礎水準期に安定性限界が1点、操作導入期では生体力学的制約が1点、安定性限界が3点、姿勢変化 - 予測的姿勢制御が2点、反応的姿勢制御が5点、歩行安定性が4点の加点となった。2PD は基礎水準期に2 ㎜、操作導入期に6 ㎜改善した。10 m 歩行速度は各期におい変化を認めなかった。

【考察】 操作導入期において、BESTest は、安定性限界、反応的姿勢制御、歩行安定性の項目で認められた。PNS による感覚入力が一次運動野、一次感覚野の活性化(Wu, 2006)や効率的な運動制御の促進が報告されている

(Uehara, 2011)。本研究で使用した GBE の課題は、重心の前後左右への目標指向的な移動を要求するものであった。よって、PNS 後に GBE を行ったことで姿勢変化に対する姿勢制御の運動学習が促進され、BESTest での安定性限界や反応性姿勢制御において加点となったと考える。また、GBE により画面を見ながら重心移動をすることで、二重課題付き TUG や障害物またぎ等の歩行安定性項目が改善したと推察される。2PD の改善は、PNS による感覚入力が一次感覚野における長期増強を惹起し、感覚野に可塑的変化を惹起したことが推測される。本研究の限界として、各期ともに短期間の介入であるため、GBE の運動学習の効果も否定できない。よって、操作介入期の改善が GBE, PNS のどちらの効果により改善が得られたのかが判定できない事。また、fMRI などの画像診断処理による評価が実施できていないことが本研究の限界である。

【理学療法研究としての意義】 本研究の結果から回復期脳卒中片麻痺患者に対して、PNS と GBE の併用が感覚障害やバランス能力改善に効果的であることを示唆した。

末梢神経電気刺激と家庭用ゲーム機を用いた運動療法が 回復期脳卒中患者のバランス能力に与える影響

○奥野 博史(おくの ひろし)岸和田盈進会病院 リハビリテーションセンター

Key word:回復期脳卒中,末梢神経電気刺激,Game Based Exercise

口述 第9セッション [ 神経③ ]

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