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森と川と海の 生き物たちのつながり 地方独立行政法人北海道立総合研究機構 森林研究本部 林業試験場

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Page 1: 森と川と海の 生き物たちのつながり...森と川と海の 生き物たちのつながり 地方独立行政法人北海道立総合研究機構 森林研究本部 林業試験場

森と川と海の

生き物たちのつながり

地方独立行政法人北海道立総合研究機構

森林研究本部 林業試験場

Page 2: 森と川と海の 生き物たちのつながり...森と川と海の 生き物たちのつながり 地方独立行政法人北海道立総合研究機構 森林研究本部 林業試験場

河河畔畔林林のの四四季季

森から川へ

渓渓流流のの落落ちち葉葉のの分分解解過過程程

4 月 7 月 11 月 1 月

河畔林から川に入る有機物の量は,1 年間

で 480g/m2になります(乾燥重量)。

そのうち落ち葉が占める割合は 75%ほど

で,それ以外の 25%は枝や花,種子などで

す。落葉は 8 月から目立ち始め,10 月に一

気に進みます。11 月にはすっかり木々は葉

を落とします。厳寒期には雪と氷に閉ざさ

れた川も雪解けで一気に増水します。 5 6 7 8 9 10 110

50

100

150

200

250

その他

 有 機 物 供 給 量

(g/m2)

河畔林から川へ供給される有機物の季節変化

落ち葉にはあまり栄養がありませんが,菌類などの微生物が付くことで栄養価が高まり,それを水生昆虫などが

食べるようになります。細かくなった落ち葉や糞などは,それらを採集して食べる別の昆虫の餌となるとともに,

その昆虫はより強い捕食者に食べられることもあります。水中に溶け出した,目に見えない有機物は,再び凝集

して細かい有機物になることがあります。

水 中

陸から川の中にはいる 地表水

地下水から

河畔林から

コカクツツトビケラ

溶 存 有 機 物 落 ち 葉

細かな分解物

溶け出す成分

食べる

ふん・食べカス

くだける

微生物がつく

おちば食いの生き物

微生物がつく

粒状化

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落葉の分解・消費にかかわる生き物

落ち葉は様々な生き物に利用されて分解していきますが,樹種によって分解される速度が異なります。

川の中に落ち葉をおいて実験してみると,袋に入れて生き物が入れないようにした処理(対照区)で

はほとんど食べられませんが,水中に放置した葉は最も速いケヤマハンノキで 120 日間ほどで分解され

ることがわかりました。また分解速度が遅い樹種はミズナラやブナのように厚く堅い葉をもつものでし

た。

残存率

残存率

(柳井・寺沢 1995 を改変)

カクツツトビケラの仲間 ニホンザリガニ ガガンボの幼虫

オニヤンマのヤゴ(捕食者) タキヨコエビ ヒゲナガカワトビケラの幼虫(採集食者)と巣

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渓流の食物連鎖

↑サクラマス当年生稚魚(0+)の夏の餌に

かかわる食物連鎖

矢印の太さが相対的な餌の割合を示す。

ここではサクラマスはヨコエビを多く食べています。

生き物の食う・食われるの関係を食物連鎖(食物網)と

いいます。河川生態系では,その起点となるのが陸上植

物や水中の藻類です。サクラマスを例に見てみると、陸

からの落下昆虫や、落ち葉を介した様々な水生昆虫など

を食べていることがわかります。

サクラマスはヤマメとして川で過ごす 1 年、降海して海

で過ごす 1 年、まったく違った生息場所、餌環境で生活

し、再び川に戻ってきます。

矢印の方向に食べられる

関係にあることを示す。

卵や生まれたての小さい

個体では立場が逆転する

こともある。

食虫性昆虫

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川から海へ

森森林林でで生生産産さされれたた有有機機物物のの川川--海海へへのの運運搬搬過過程程

*量的に多くはないが,沿岸生物の生息場・餌となる

(生産)

(分解・貯留)

(流出)

溶存有機物

?

95 t

58 %

細粒有機物

67 t

41 %

?

27.5 t

1.4 t

1 %

粗粒有機物

(落ち葉主体)

30.5 t

37.6 t

分解 斜面,氾濫原から

11年年間間にに沿沿岸岸域域にに流流出出すするる有有機機物物量量

北海道日本海沿岸の小渓流(流域面積 20km2)で調べた例では,森林渓流から沿岸河口域に供給され

る有機物量は年間 163tにのぼり,そのうち夏の大雨出水によって年間の 40%,3 月下旬~4 月下旬の

融雪出水で年間の 50%の有機物が河口域に供給されていました。最も多いのは溶存態有機物で,次い

で細粒有機物,落ち葉を主とした粗粒有機物は 1%ほどしかありませんでした。しかし,このわずか

1%の粗粒有機物も餌として,また貴重な生息場として海の生き物に利用されているのです。今後,海

に流出した細粒有機物や溶存有機物の利用などについてより研究が進むことが期待されます。

100

90

80

70

60

50

40

30

20

10

0

(t)

77 88 99 1100 1111 1122 11 22 33 44 55 (月)

水中に溶けこんだ有機物

細かな有機物

粗い有機物

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数字は各生物の餌への依存度(%)をあらわす

タキヨコエビ サクラマス

70

100

河河畔畔林林かからら川川--海海へへののつつななががりり ~~石石狩狩沿沿岸岸のの小小渓渓流流でではは~~

海海のの生生ききももののもも落落ちち葉葉をを利利用用すするる

落ち葉だまりを利用する海の生きもの

0.4

クロガシラガレイ0歳魚

25,800

落ち葉

0.1

0.7

0.3

0.1

1.3

底生珪藻類

大型海藻類

2.1トンガリ

キタヨコエビその他の餌生物

円内の数値は生産量,矢印に付した数値は移行量を表す(単位はいずれもg-C/m2/yr)

海底に落ち葉を入れたリターバッグを設置して実験を行ったところ,設置から 6週間でミズナラの葉

は,ほとんど葉脈だけになってしまいました。沿岸域に生息するトンガリキタヨコエビが主に落ち葉を食

べており,これがさらにクロガシラガレイ稚魚の重要な餌となっていました。

27

落ち葉だまり

80

クロガシラガレイ稚魚

トンガリ キタ ヨコエビ

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ホホッッチチャャレレにによよるる河河畔畔樹樹木木へへのの栄栄養養添添加加

海から再び川-森へ

y = 0.5779Ln(x) - 1.7845

R2 = 0.652 P=0.001

-6

-4

-2

0

2

4

6

8

10

0 1000 2000 3000 4000 5000

carcass density+1 (fish /km)

δ1

5N

of

wil

low

lea

ves

ユウラップ

ルシャ(知床)

アラスカ カナダ

シベトロ(択捉) ヤナギの葉の窒素同位体値

単位区間あたりサケ遡上量(尾/km)

これまでは森から川―海に向かう物質の流れを見てきましたが,栄養は森から海に一方的に流れ去ってし

まうわけではありません。母川回帰という習性をもつサケ・マス類の遡上によって、海の栄養も川の上流へと

運搬されていることが近年明らかになってきました。北米ではワシ、クマ、キツネなどがサケを捕食し、さらに森

に運搬することが研究されています。

陸上植物が海由来の栄養を利用しているかどうかは、「窒素安定同位体(通常の窒素 14Nより質量数が 1個多い 15N)」の割合を分析して調べます。分析値(δ15N)は標準試料(大気中窒素の 15N:14N)からの差をとり 1000分率(‰)で表します。冷温帯の森林土壌や樹木のδ15Nは 0からマイナスの値をとるのが一般的ですが、サケ科魚類のδ15Nは+10~+14‰の値をとるため、分析値が高ければ海洋由来窒素を利用していると判断できるのです。 北海道,千島,北米西海岸の環太平洋サケ遡上河川で共通した傾向がみられ,サケによる陸上植物への栄養添加が確認されました。

洪水に打ち上げられたホッチャレ

倒木に捕捉されたホッチャレ

ホッチャレの語源:

東北地方の方言由来で,掘りやつれの意味といわれる。

アイヌ語には onne-chep(老いたサケ),o-i-shiru-chep

(尾のすりきれたサケ)など,ホッチャレの状態を表

す様々な名称がある。

水生昆虫

魚など

ホッチャレ(

サケ死体)

溶け出した成分

(C・N・P)

細かな分解物

(C・N・P)

水生昆虫

河 畔 林

陸上昆虫

下流へ流出

藻類・バクテリア

への取り込み

落ち葉が分解されやすくなる

落葉食の水生昆虫

地下水を通じて

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森川海のつながりについてよりくわしく知るための書籍・文献

■書 籍■ 魚から見た水環境-復元生態学に向けて/河川編- 森誠一監修 信山社サイテック(1998) 陸水学 アレキサンダー・ J・ホーン/チャールズ・ R・ゴールドマン 京都大学学術出版会(1999) 水生昆虫の世界-淡水と陸上をつなぐ生命- 大串龍一 東海大学出版会(2004) 森と里と海のつながり 京都大学フィールド科学教育研究センター編 枻(えい)出版社(2004) 魚類環境生態学入門 猿渡敏郎 編著 東海大学出版会(2006) 森里海連関学 京都大学フィールド科学教育研究センター編著 京都大学学術出版会(2007) 水産学シリーズ 157「森川海のつながりと河口・沿岸域の生物生産」

山下 洋・田中 克 編著 恒星社厚生閣(2008) 魚附き林の地球環境学-親潮・オホーツク海を育むアムール川 白岩孝行 昭和堂(2011)

■普及誌■

森林が河口域の水産資源に及ぼす影響~森と海のつながりを評価する~ 櫻井 泉 北水試だより第65号(2004)

渓流の有機物をはかる(シリーズ森をはかる) 長坂晶子 森林科学49(2007) 森-川-海のつながりと河畔林の役割 長坂晶子 北海道の自然 第50号(2012) 森に運ばれるサケ 長坂晶子・長坂 有 北方林業69(2018)

■論文等■

北海道南部沿岸山地流域における森林が河川および海域に及ぼす影響(Ⅱ)山地渓流における 広葉樹9種落葉の分解過程 柳井清治・寺沢和彦 日本林学会誌77(1995)

陸上植物からサクラマス幼魚への物質移動経路 下田和孝ほか 魚類学雑誌51(2004) サクラマスの生活史ステージの進展に伴う安定同位体比の変化 下田和孝ほか 日本生態学会誌55(2005) Contributions of salmon-derived nitrogen to riparian vegetation in the northwest Pacific region.

Nagasaka, A. et al. J. For. Res. 11(2006) Ecological significance of leaf litter that accumulates in a river mouth as a feeding spot for

young crested flounder (Pleuronectes schrenki). Sakurai, I & Yanai, S. Bull.Jpn.Soc. Fish. Oceanogr.73 (2006)

河⼝域に堆積する落ち葉を起点とした⾷物連鎖の定量評価. 櫻井 泉ほか 北⽔試研報72(2007)

令和 2 年 3 月発行(第 3 版) 道総研林業試験場 森林環境部環境グループ 〒079-0198 美唄市光珠内町東山 TEL: 0126-63-4164 FAX: 0126-63-4166

http://www.hro.or.jp/list/forest/research/fri/index.html