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シグナル:信号・信号機 この勉強会に参加される方々へ、有意義な情報を発信して道標のような 存在でありたいという気持ちがこの名前に込められています。 2012/5/13()10:00-16:00 SIGNAL STUDY SESSION IN 名古屋市中小企業新興会館4階第3会議室 LAN 知っているようで知らない「脳と運動」の関係 1.運動制御理論 運動制御を理解するために は、運動の本質や原因について の抽象的概念である理論や概念 的枠組みの理解が前提となり、 その理論は複数あります 1) 。つま り、運動を理解するのはそれだ け大変という事です。筋肉や神 経だけではなく、概念的な事も 勉強しないと駄目なのです。全 ての運動制御理論を理解するの はとても大変なので、ここでは 歴史的にみても重要で代表的な 3つの理論を紹介します。 反射・反応理論 Sherrington(シェリントン)が 考えた理論で、感覚入力が運動 出力をコントロールし、全ての 運動を「反射の総和」としてい ます。彼の生きた時代はちょう ど「電気」を利用して筋収縮の 研究や脊髄反射の実験が行われ ていました。今となっては否定 される事の多い理論ですが、 MRIも筋電図もない時代に考え だされた事を考慮すると、その 洞察力や観察力は素晴らしいと 言えます。 階層理論 Jackson(ジャクソン)が考えた 理論で、運動制御は下位(脊 髄)、中位(脳幹)、上位(皮 質)の3層に階層的に組織化され ているというものです。上位は 下位を抑制制御し、これは発達 や成長と共に起こるとしていま す。上位の障害で下位が優位と なると原始反射や病的共同運動 が出現するとしています。 システム理論 Bernstein(ベルンシュタイン) が考えた理論で、運動は「個人 と課題と環境」の相互作用に よって決まるとしています。本当 はシェリングトンやジャクソン と一緒の1900年代初頭に考えら れた理論ですが、ロシア人の彼 の論文が英語に翻訳されて世界 的に広まるのは1967年以降の事 でした。 13:00~ G S STUDY SESSION MOTOR LEARNING AND BRAIN 14 白井瑞樹

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Page 1: SIGNAL PAGES

シグナル:信号・信号機この勉強会に参加される方々へ、有意義な情報を発信して道標のような存在でありたいという気持ちがこの名前に込められています。

2012/5/13(日)10:00-16:00SIGNAL STUDY SESSIONIN 名古屋市中小企業新興会館4階第3会議室

LAN

知っているようで知らない「脳と運動」の関係1.運動制御理論運動制御を理解するために

は、運動の本質や原因についての抽象的概念である理論や概念的枠組みの理解が前提となり、

その理論は複数あります1)。つまり、運動を理解するのはそれだ

け大変という事です。筋肉や神経だけではなく、概念的な事も勉強しないと駄目なのです。全

ての運動制御理論を理解するのはとても大変なので、ここでは

歴史的にみても重要で代表的な

3つの理論を紹介します。反射・反応理論

Sherrington(シェリントン)が

考えた理論で、感覚入力が運動

出力をコントロールし、全ての運動を「反射の総和」としています。彼の生きた時代はちょう

ど「電気」を利用して筋収縮の研究や脊髄反射の実験が行われ

ていました。今となっては否定される事の多い理論ですが、MRIも筋電図もない時代に考え

だされた事を考慮すると、その洞察力や観察力は素晴らしいと

言えます。階層理論

Jackson(ジャクソン)が考えた

理論で、運動制御は下位(脊髄)、中位(脳幹)、上位(皮

質)の3層に階層的に組織化され

ているというものです。上位は

下位を抑制制御し、これは発達や成長と共に起こるとしています。上位の障害で下位が優位と

なると原始反射や病的共同運動が出現するとしています。  システム理論

Bernstein(ベルンシュタイン)が考えた理論で、運動は「個人

と課題と環境」の相互作用によって決まるとしています。本当

はシェリングトンやジャクソンと一緒の1900年代初頭に考えられた理論ですが、ロシア人の彼

の論文が英語に翻訳されて世界的に広まるのは1967年以降の事

でした。

13:00~

 GSSTUDYSESSIONMOTORLEARNINGANDBRAIN

14白井瑞樹

Page 2: SIGNAL PAGES

主流はシステム理論

科学の発達と共に様々な評価

機器が誕生し、反射・反応理論や階層理論だけでは説明がつかないと分かってきました。この

ような単線的平面的アプローチだけでなく、システム論を交え

た全体論的空間的アプローチが必要だとされています1)。

運動制御理論 反射・反応理論 階層理論 システム理論運動制御理論運動制御理論

Sherrington Jackson Bernstein

特徴

問題点

•感覚からの入力が運動の出力をコントロールする

•運動は多くの反射が複合した結果として現れる

•感覚は運動にとって必要不可欠

•求心性入力を絶った動物でも協調した運動ができる

•開ループ制御が証明されている

•予測やフィードフォワード制御が可能

•中枢のプログラムが筋活動パターンをコントロールする

•上から下に向かう組織•随意運動と反射運動を区別する

•脊髄ネコでもトレッドミル上では歩行運動が出現する

•発達が必ずしも段階的でない

•類似した動作目的でありながら筋活動パターンは大きく異なる

•システムの相互作用が課題を遂行する行為をコントロールする

•適応や予想のメカニズム•自由度を制限するために正常な戦略

•用語やその定義の統一がされていない

•運動に関する諸問題や運動抑制の戦略性の基本的枠組みができていない

•神経解剖とシステム理論との関連性が不明確

〔文献1より改変〕

古典的なバランス制御理論 今日的課題指向理論

〔文献1より改変〕

2.スキーマ19世紀後半に犬の大脳皮質に

電気刺激を加えることによって筋収縮を誘発させる実験が行われました。この頃、脳と筋は対

に局在していると考えられてい

ました。また、運動野に占める割

合は異なる、つまり手の領域は大きく足の領域は小さいという事も考えられていました。その

特徴が図式化されたものが「運動野のホムンクルス」です。しか

し現在では否定されています。

運動野には複数の筋収縮パター

ンとしての「運動」が再現されており、運動野の単一のニューロンは複数の脊髄運動ニューロ

ンを支配し、基本的な運動パターンが運動野で組織化されて

いる可能性を示唆しています1)。

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Oh My God!

4.随意運動ここでは頭頂連合野・大脳基

底核・補足運動野・運動前野について簡単にまとめます。頭頂連合野

皮膚・関節・筋などからの感覚情報に基づいて3次元の立体空間

における自己の身体の位置や、

運動に関する情報を知覚しま

す。視覚的な感覚情報に基づいて外部の物体や自己の運動を知覚する働きもあります。つまり

身体イメージ(body image)や空間認知の中枢です1)。後頭葉の視

覚野からの情報は頭頂連合野と側頭連合野によって「何が」「どこに」あるのか認知します。

大脳基底核

随意運動の空間的・時間的パターンの組み立てにおいて、運動の抑制制御のメカニズムに関

わっています。この制御は、重力下で姿勢を保持したり、前進

的なパフォーマンスを遂行するときなど、あらゆる随意運動の成立に不可欠な条件です。

また、私達は同じ動作を反復

しても、それぞれの運動は微妙に異なります。さらに、鼻で文字を書く事もできますし、指で

スキップする事もできます。個別に対応する運動プログラムがあ

るとすると膨大な数になり、脳の容量が不足してしまいます2)。

スキーマ説では、個別の運動プ

ログラムを否定し、個々の運動の結果と目標の一般化した抽象的な概念が貯蔵されるとしてい

ます。パラメータを調節する事で大きな文字も小さな文字も書

けますし、学習の転移も説明できます。時代はスキーマです。

3.感覚と最適化我々の生きている世界ではス

ピードが要求されます。ひとたび動き出した物体は慣性の法則に従ってなかなか止まりません。

重力も我々を支配しています。50センチの高さから落とした物

体は0.3秒で地面に到着します。人は効率よく感覚から運動を創発する為に、感覚の取捨選択を

行っています。それは無意識的かつ後天的に習得した物が多い

かもしれません。ここでは2つ視覚に関する最適化を紹介します。矢印の図は有名な「ミュー

ラー・リヤー図形」です。左の

矢印の方が長く見えます。しか

し、この錯覚が起こらない人達がいます。それは、生活形態が比較的素朴で、生活圏内先進国

のようなビルやその他の構造物がほとんどない場所で暮らして

いる民族の人達です3)。我々の生活はミューラー・リヤー図形のように直線で構成されていま

す。視覚もそれに最適化し情報を編集しているのです。

次は色の錯覚です。チェック柄

のように見えて実はAとBは同じ色です。人は周りの色を差異で認識します。場所や形を考慮し

て、周りの環境と比較して色を見ます。目の見えなかった人

が、手術により目が見えたとして、この図を見せても錯視は起こらない可能性があります。そ

れは脳が最適化を行っていないからです。

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補足運動野

運動のプランやプログラムの中枢であり、特に時間的・空間的な手順の作成に関わっていま

す。随意運動の遂行に際して、補足運動野のニューロンは運動野

のニューロンに先行して活動します。むしろ運動をイメージするだけでも活動します。特に、

触覚を中心とする体性感覚入力

に深く関わっています。ここが障害されても、明らかな運動麻痺は出現しませんが、手掌が物

体に触れると反射的に握って離せなくなる強制把握現象が起こ

ります。運動前野

補足運動野と同様に、運動のプ

ランやプログラムの作成に関与

しており、運動野よりも高次な

運動中枢です。特に、外的な視覚情報に対応しています。ここの障害は観念失行との関係が指

摘されています。これは個々の筋の運動麻痺ではなく、課題遂

行時の運動プログラムの障害であり、行為の遂行障害と表現されます。

頭頂連合野(物体の方向や位置づけ)

側頭連合野(物体の形態や色)

前頭連合野(思考中枢)

補足運動野(体性感覚に対応・運動プランとプログラム)

運動前野(視覚情報に対応・運動プランとプログラム)

運動野(運動パターンの組織化と脊髄への経路)

小脳(比較機能・認知機能)

視床(中継)

大脳基底核(運動の抑制制御)

視床(中継)

1)吉尾雅春(編集)(2006) 標準理学療法学 専門分野 運動療法学 総論 第2版.pp.80,PP.86, PP.58, PP.65, 医学書院,東京

2)中村隆一,齋藤宏,長崎浩(2006) 基礎運動学 第6版.pp.462-463, 医歯薬出版,

東京

3)久保田新,桐谷佳恵,鎌倉やよい,江藤真紀,岡西哲夫(2003) 医と心を考える 臨床行動心理学の基礎-人はなぜ心を求めるか- 第3版.pp.59-60, 丸善,東京

〔文献1より改変〕