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Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 1 稲作からのバイオエタノール生産システムの エネルギー収支分析 Net Energy Analysis of Bioethanol Production System from Rice Cropping 佐賀清崇 * ・横山伸也 ** ・芋生憲司 *** Kiyotaka Saga Shinya Yokoyama Kenji Imou (原稿受付日 2007 5 15 日,受理日 2007 8 21 日) 1.はじめに バイオマスからの液体燃料生産は地球温暖化防止及 び石油資源枯渇への対策の一つとして重要である.バイ オ燃料の中でも,バイオエタノールはガソリンの代替燃 料として利用でき,その汎用性から今後基幹的な民生エ ネルギーとなる可能性を有している.また,エタノール から汎用プラスチックの原料を高効率で合成する技術の 開発も進んでおり,輸送用燃料だけでなく工業原料とし てもエタノールは利用可能である. 燃料としてバイオエタノールを導入する場合,まずエ タノール生産システムのエネルギー収支が健全でなけれ ばならない.ブラジルのサトウキビを原料としたエタノ ール生産において,エネルギー収支は大きくプラスとな っている.これは副生されるバガスをコジェネレーショ ン施設の燃料とし,エタノール生産プラントで必要な電 力及び熱エネルギーを供給しているためである 1) 近年米国のトウモロコシを原料としたバイオエタノー ル生産のエネルギー収支は向上しているが 2) ,土壌浸食 などの問題が現れ始めている 3) .資源作物からエネルギ ーを生産する条件として,従来から議論されている経済 性及びエネルギー面の生産性向上に加えて,持続的な栽 培体系であることが挙げられる.イネはアジアで伝統的 に栽培されてきた作物であり,連作障害や土壌浸食を回 避できる稲を資源作物として持続的に栽培することがで きれば,玄米,稲わら,籾殻を含めた稲の総合利用を基 盤とするバイオマス利用システムが構築可能である 4)-6) 一方,人口減少,米消費量の低下,反収増加などの理由 から今後 38 万 ha に上る不耕作地はさらに増加する恐れ がある 7) .中長期的な視野において,このような耕作放 棄地を水田として持続的に利用する稲作からのバイオマ ス利用システムの構築が望まれる. これまでに水田稲作におけるエネルギー収支に関する 研究は数多く報告されているが 8)-11) ,バイオマス変換プ ロセスまで含めたエネルギー収支に関する知見はまだ少 ない.そこで本研究では,2 種類の稲わら・籾殻のエネ ルギー変換方法を考慮し,稲作からのバイオエタノール 生産システムのエネルギー収支を明らかにした. 2.稲作からのバイオエタノール生産システム 本研究で検討する稲作からのバイオエタノール生産 システムは大きく農業生産とバイオマス変換の 2 つのプ ロセスから構成される(図1).農業生産プロセスには収 集運搬作業が含まれる.バイオマス変換プロセスでは稲 わら・籾殻の利用方法に着目して,2 種類のエネルギー 変換シナリオを設定した. 1 つは,稲わら・籾殻をガス化発電させ,玄米からエ タノールを生産するために必要な電力及び蒸気を賄い, 余剰電力を系統に供給するエタノール・電力併産シナリ オである. もう 1 つは,稲わら・籾殻を加水分解によっ て糖化させ,その糖化工程で副生されるリグニンをガス 化発電させてエタノール変換に必要なエネルギーを補う As rice cropping is traditional and sustainable agricultural system in Asia, utilization of whole rice crop has great potential for constructing biorefinery system. In order to produce bioethanol from rice cropping, it is a prerequisite condition that the energy balance of the system is positive. This study analyzes the energy balance of bioethanol production system from high yield rice in Japan. Two systems are considered and rice is converted to ethanol in both systems; one where cellulose feedstocks, straw and husk, are used for cogeneration (S-1) and the other where they are converted to ethanol and byproduct lignin is used for cogeneration(S-2). Energy input in agricultural process is estimated to be 4.8GJ/10a by I/O table. The heating values of produced rice and cellulose feedstocks are 12.0GJ/10a and 16.2GJ/10a, respectively. The energy balance of S-1 is 12.9GJ/10a, which produces 358L/10a of ethanol and 942kWh/10a of external electricity. The energy balance of S-2 is 1.2GJ/10a, which produces 707L/10a of ethanol. Both energy balances are positive and the energy balance of S-1 is much higher than that of S-2. However the energy balance of S-2 can be improved by utilization of other industry waste heat and/or development of energy saving technology. 東京大学大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻博士課程 ** 東京大学大学院農学生命科学研究科教授 *** 東京大学大学院農学生命科学研究科准教授 E-mail: [email protected] 113-8657 東京都文京区弥生 1-1-1 30

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Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 1

稲作からのバイオエタノール生産システムの エネルギー収支分析

Net Energy Analysis of Bioethanol Production System from Rice Cropping

佐 賀 清 崇 *・ 横 山 伸 也 **・ 芋 生 憲 司 *** Kiyotaka Saga Shinya Yokoyama Kenji Imou

(原稿受付日 2007 年 5月 15 日,受理日 2007 年 8月 21 日)

1.はじめに

バイオマスからの液体燃料生産は地球温暖化防止及

び石油資源枯渇への対策の一つとして重要である.バイ

オ燃料の中でも,バイオエタノールはガソリンの代替燃

料として利用でき,その汎用性から今後基幹的な民生エ

ネルギーとなる可能性を有している.また,エタノール

から汎用プラスチックの原料を高効率で合成する技術の

開発も進んでおり,輸送用燃料だけでなく工業原料とし

てもエタノールは利用可能である.

燃料としてバイオエタノールを導入する場合,まずエ

タノール生産システムのエネルギー収支が健全でなけれ

ばならない.ブラジルのサトウキビを原料としたエタノ

ール生産において,エネルギー収支は大きくプラスとな

っている.これは副生されるバガスをコジェネレーショ

ン施設の燃料とし,エタノール生産プラントで必要な電

力及び熱エネルギーを供給しているためである 1).

近年米国のトウモロコシを原料としたバイオエタノー

ル生産のエネルギー収支は向上しているが 2),土壌浸食

などの問題が現れ始めている 3).資源作物からエネルギ

ーを生産する条件として,従来から議論されている経済

性及びエネルギー面の生産性向上に加えて,持続的な栽

培体系であることが挙げられる.イネはアジアで伝統的

に栽培されてきた作物であり,連作障害や土壌浸食を回

避できる稲を資源作物として持続的に栽培することがで

きれば,玄米,稲わら,籾殻を含めた稲の総合利用を基

盤とするバイオマス利用システムが構築可能である 4)-6).

一方,人口減少,米消費量の低下,反収増加などの理由

から今後 38 万 ha に上る不耕作地はさらに増加する恐れ

がある 7).中長期的な視野において,このような耕作放

棄地を水田として持続的に利用する稲作からのバイオマ

ス利用システムの構築が望まれる.

これまでに水田稲作におけるエネルギー収支に関する

研究は数多く報告されているが 8)-11),バイオマス変換プ

ロセスまで含めたエネルギー収支に関する知見はまだ少

ない.そこで本研究では,2 種類の稲わら・籾殻のエネ

ルギー変換方法を考慮し,稲作からのバイオエタノール

生産システムのエネルギー収支を明らかにした.

2.稲作からのバイオエタノール生産システム

本研究で検討する稲作からのバイオエタノール生産

システムは大きく農業生産とバイオマス変換の 2 つのプ

ロセスから構成される(図 1).農業生産プロセスには収

集運搬作業が含まれる.バイオマス変換プロセスでは稲

わら・籾殻の利用方法に着目して,2 種類のエネルギー

変換シナリオを設定した.

1 つは,稲わら・籾殻をガス化発電させ,玄米からエ

タノールを生産するために必要な電力及び蒸気を賄い,

余剰電力を系統に供給するエタノール・電力併産シナリ

オである. もう 1 つは,稲わら・籾殻を加水分解によっ

て糖化させ,その糖化工程で副生されるリグニンをガス

化発電させてエタノール変換に必要なエネルギーを補う

As rice cropping is traditional and sustainable agricultural system in Asia, utilization of whole rice crop has great potential for constructing biorefinery system. In order to produce bioethanol from rice cropping, it is a prerequisite condition that the energy balance of the system is positive. This study analyzes the energy balance of bioethanol production system from high yield rice in Japan. Two systems are considered and rice is converted to ethanol in both systems; one where cellulose feedstocks, straw and husk, are used for cogeneration (S-1) and the other where they are converted to ethanol and byproduct lignin is used for cogeneration(S-2). Energy input in agricultural process is estimated to be 4.8GJ/10a by I/O table. The heating values of produced rice and cellulose feedstocks are 12.0GJ/10a and 16.2GJ/10a, respectively. The energy balance of S-1 is 12.9GJ/10a, which produces 358L/10a of ethanol and 942kWh/10a of external electricity. The energy balance of S-2 is 1.2GJ/10a, which produces 707L/10a of ethanol. Both energy balances are positive and the energy balance of S-1 is much higher than that of S-2. However the energy balance of S-2 can be improved by utilization of other industry waste heat and/or development of energy saving technology.

*東京大学大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻博士課程

**東京大学大学院農学生命科学研究科教授 ***東京大学大学院農学生命科学研究科准教授 E-mail: [email protected] 〒113-8657 東京都文京区弥生 1-1-1

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バイオエタノール優先シナリオである. 設定した 2 つの

シナリオにおいて,バイオエタノール生産システムから

生産されるエネルギーと投入されるエネルギーを算出し,

それぞれのエネルギー収支を分析する.

3.プロセスの基本データ

3.1 農業生産プロセス

(1) 農業生産に必要なエネルギー

農業生産に投入されるエネルギーは「米及び麦類の生

産費」12)と各種統計資料 13)14)から推計されたエネルギー

消費原単位から求められる.「米及び麦類の生産費」は単

位面積あたり及び単位重量あたりの作物生産に支出され

た金額をその費目別に整理したものである.本研究では

農林水産省統計部が公表している 2006 年の米の生産費

データを用いた.

農業生産における投入エネルギーは直接エネルギーと

間接エネルギーに分けられる.直接エネルギーとは米生

産の段階で農業機械などに使用される石油系燃料及び電

力で,「米及び麦類の生産費」の光熱動力費に相当する.

光熱動力費には,灯油,軽油,ガソリンなどの石油製品

と電力料金及び水道料金が含まれている.直接投入エネ

ルギーは支出額を購入単価で除して消費量を求め,エネ

ルギー原単位を掛け合わせて投入エネルギーを算出した.

これらのエネルギー原単位 13)は各々がもつエネルギー量

に,生産するために消費された一次エネルギーを足し合

わせた値である.生産費費目の中の「その他」は水道で

あると同定し,産業連関表による金額あたりのエネルギ

ー原単位(32.5kJ/円) 14)を適用した.これにより,農業生

産における直接エネルギーは 1,326MJ/10a となる.

次に,間接エネルギーの算出方法を示す.間接投入エ

ネルギーとは生産資材として利用する肥料,農薬,被覆

資材,農機具,建物機材などに投入されたエネルギーで

ある.まず,間接エネルギーを算出するために「米及び

麦類の生産費」の費目を産業連関表部門分類に対応付け

て整理した.産業連関表における金額あたりのエネルギ

ー原単位は南齋ら(2006)の産業連関表から作成されたデ

ータを用いた 14)15).産業連関表は生産者価格であるのに

対し,米の生産費統計は購入者価格である.従って生産

者価格のエネルギー原単位をそのまま生産費調査の支出

額に乗ずると,生産者価格と購入者価格の差額分にかか

る投入エネルギーを過大評価することになる.しかし今

回の分析では差額分を流通にかかるエネルギー投入とみ

なし,生産者価格のエネルギー原単位をそのまま適用す

る.

以下に,間接エネルギーの算出方法を列挙し,費目ご

とに推計した間接エネルギーのエネルギー原単位を表 2

に示す.

① 種苗費:産業連関表の「種苗」(16.45kJ/円)部門のエ

ネルギー原単位を適用した.

② 肥料費:産業連関表の「有機質肥料」(35.13kJ/円)「化

学肥料」(104.43kJ/円)部門のエネルギー原単位を用い

て,支出額比で加重平均した値(84.11kJ/円)を用いた.

③ 農業薬剤費:産業連関表の「農薬」(69.93kJ/円)部門

のエネルギー原単位を適用した.

④ その他諸材料費:この費目にはビニールシート,ポ

リエチレン,結束ひも,育苗用土,木材など少量で

多種類の品目が含まれる.産業連関表の「熱可塑性

樹脂」(142.02kJ/円),「有機質肥料」(35.13kJ/円),「製

材」(21.05kJ/円)部門のエネルギー原単位を用いて,

支出額比で加重平均した値(41.81kJ/円)を用いた.

⑤ 土地改良及び水利費:この費目は土地改良区費,水

表 1 農業生産における直接投入エネルギー(MJ/10a)

支出額 投入エネルギー

(円/10a) (MJ/10a)

軽油 1,068 12.3 L 43.1 MJ/L13)

530灯油 487 7.3 L 39.9 MJ/L

13)291

ガソリン 885 7.2 L 43.3 MJ/L13)

312潤滑油 177 0.4 L 41.3 MJ/L

13)17

混合油 159 1.0 L 43.3 MJ/L13)

43電力 625 12.0 kWh 10.9 MJ/kWh

13)131

その他 54 - 32.5 kJ/円 14)

2合計 3,455 - - 1,326

消費量 エネルギー原単位光熱動力費

図 1 稲作からのバイオエタノール生産システムのプロセスフロー

(1)エタノール・電力併産シナリオ

玄米

コジェネレーション

エタノール

電力蒸気

エタノール生産

バイオマス変換

農業生産(収集運搬)

稲わら・籾殻

電力

玄米稲わら籾殻

コジェネレーション

エタノール

電力蒸気

エタノール生産

農業生産(収集運搬)

リグニン

バイオマス変換

(2)エタノール優先シナリオ

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利組合費などが含まれる.そこで,産業連関表の「農

業サービス」(45.92kJ/円),「上水道・簡易水道」

(32.50kJ/円)部門のエネルギー原単位を用いて,支出

額比で加重平均した値(43.87kJ/円)を用いた.

⑥ 貸借料及び料金:この費目には,薬剤共同散布割,

農機具借料,ライスセンター費,カントリーエレベ

ーター費などが含まれる.そこで,産業連関表の「農

業サービス」(45.92kJ/円)部門のエネルギー原単位を

用いた.

⑦ 建物費:この費目は排水暗渠,コンクリートけい畔,

作業道,客土工事などの構造物の減価償却費及び維

持修繕費である.そこで,産業連関表の「農林関係

公共事業」(38.36kJ/円)部門のエネルギー原単位を用

いた.

⑧ 自動車費:産業連関表の「乗用車」(39.69kJ/円)部門

のエネルギー原単位を用いた.

⑨ 農機具費:産業連関表の「農業用機械」(44.00kJ/円)

部門のエネルギー原単位を用いた.

⑩ 生産管理費:この費目には,事務用品,消耗品,パ

ソコン,複写機,ファクシミリ,電話代などの生産

管理労働に伴う諸材料費及び償却費が含まれる.そ

こで,産業連関表の「情報サービス」(12.43kJ/円)部

門のエネルギー原単位を用いた.

以上より,10a あたりに農業生産で投入されるエネル

ギーは,直接エネルギーが 1,326MJ,間接エネルギーが

3,475MJ であり,合計 4,800MJとなる.

(2) バイオマス生産量

2006 年の全国の平均玄米収量は 534kg/10a と報告され

ている 12).資源作物として稲を栽培する場合,現在広く

栽培されているコシヒカリなどの食味の良い品種ではな

く,バイオマス生産量の多い飼料イネの利用が考えられ

る.1999 年から農林水産省のプロジェクト研究で飼料イ

ネの品種育成が進められ,2002 年から 2005 年までに9

つの飼料イネ品種が育成されている.本研究では東北農

業研究センターで移植栽培された「ふくひびき」の三ヵ

年の平均玄米収量 825kg /10aの値を用いた 16).稲わらと

籾殻の発生量は玄米に対する乾物重基準の副産物比(1.2,

0.22)から算出した 17).玄米,稲わら・籾殻の含水率は 15%,

30%とし,それぞれの発熱量は玄米 14.63MJ/kg18),稲わ

ら・籾殻 11.41MJ/kg19)とした.以上の仮定より,10a あた

りの資源作物としての稲から玄米 12,070MJ,稲わら・籾

殻 16,231MJ のバイオマスが生産される.

(3)収集運搬に必要なエネルギー

籾の収穫に必要な投入エネルギーは農業生産プロセス

の直接投入エネルギーに含まれているが,稲わらは通常

コンバインによる収穫時に破砕され農地に放置されてい

る.かさ比重が低い稲わらは,輸送の効率を上げるため

に,ベール化し圧縮することでエネルギー密度を高める

必要がある.そこで,圃場に放置される稲わらを自走ロ

ールベーラにより収集する方式を想定した.作業能率

7.4hr/ha,軽油消費量 1.5L/hr より 20),稲わら収集に必要

なエネルギーは 48MJ/10a となる.

圃場での収穫物である籾及び稲わらはトラックでバイ

オマス変換プラントに運搬される.トラック積載量 4t,

燃費 5.5km/L,収集距離(片道)50km,収穫量 2.2t/10a,軽

油発熱量 43.1MJ/L とすると,原料輸送で投入されるエネ

ルギーは 431MJ/10a となる.以上より,収集運搬プロセ

スに必要なエネルギーは 479MJ/10a となる.

3.2 バイオマス変換プロセス

(1) エタノール生産に必要なエネルギー

玄米からエタノール 1L を生産するための投入エネル

ギーを表 3 に示す.米国のトウモロコシ由来のエタノー

ル生産に関する文献は数多く出されている.玄米はトウ

モロコシと同じくデンプン質原料であることから,これ

らの既往文献 2)21)を基に表 3 を作成した.

表 2 農業生産における投入エネルギー(MJ/10a) エネルギー原単位 米生産費 投入エネルギー

(kJ/円) (円/10a) (MJ/10a)

直接エネルギー

 光熱動力 383.66 3,455 1,326

間接エネルギー

 種苗 16.45 3,704 61 肥料 84.11 7,802 656 農業薬剤 69.93 7,016 491 その他の諸材料 41.81 2,050 86

 土地改良及び水利 43.87 5,821 255 賃借料及び料金 45.92 13,655 627 建物 38.36 4,845 186 自動車 39.69 3,140 125

 農機具 44.00 22,385 985 生産管理 12.43 292 4

 小計 - - 3,475合計 4,800

生産費費目

表 3 エタノール生産における投入エネルギー(MJ/L)

投入エネルギー

(MJ/L)

玄米 電力 0.392 kWh 10.9 MJ/kWh 13) 4.27 水蒸気 4.2 kg 2.53619 MJ/kg 23) 10.65 工業用水 40 kg 0.00225 MJ/kg 23) 0.09 合計 15.01稲わら・籾殻

 電力 0.529 kWh 10.9 MJ/kWh 13) 5.77 水蒸気 6.5 kg 2.53619 MJ/kg 23) 16.49 工業用水 125 kg 0.00225 MJ/kg 23) 0.28 硫酸 94 g 0.70200 MJ/kg 23) 0.07 生石灰 36 g 7.97600 MJ/kg 23) 0.29 合計 22.89

エネルギー原単位投入量2)21)22) 項目

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Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 1

次に,稲わら・籾殻からエタノール 1L を生産するた

めの投入エネルギーを表 3 に示す.稲わら・籾殻とスイ

ッチグラスはセルロース系バイオマスの中でも草本系バ

イオマスに分類され,原料の組成が近い.このことから,

スイッチグラスのエタノール生産に関する文献 2)21)22)を

基に整理した.セルロース原料の糖化技術には酸加水分

解法や酵素分解法などがあるが,本研究では濃硫酸を用

いた酸加水分解法を想定した.デンプン質原料と比較し

て,セルロース原料のほうが電力及び蒸気の消費量が大

きい.これは,原料粉砕にかかる機械動力や硫酸回収工

程で蒸気を利用することに起因する.

表 3 に併せてエタノール生産で用いられる資源・エネ

ルギーの製造の際に消費されるエネルギー原単位 23)を示

す.

(2) エタノール生産量

既往文献の考察結果 24)25)から以下の仮定を設定し,エ

タノール生産量を算出した.玄米を原料とする場合,デ

ンプン価 87%(乾物基準),糖化効率 95%,発酵効率 90%,

精製効率 95%と仮定した.これにより,玄米 1,000kgか

ら 434L のエタノールが生産される.乾物基準の稲わら

の原料組成をセルロース 43%,ヘミセルロース 25%,リ

グニン 12%,籾殻はセルロース 35%,ヘミセルロース 25%,

リグニン 20%とした 26).ホロセルロースがすべてグルコ

ースに変化するものとし,糖化効率 85%,発酵効率 90%,

精製効率 95%と仮定した.

上記の条件により,稲わら 1,000kgから 250L のエタノ

ール,籾殻 1,000kgから 220Lのエタノールが生産される.

エタノールの発熱量は 22.1MJ/L とした.稲わら・籾殻の

原料組成からリグニン発生量を推定し,稲わら・籾殻

1,000kgから糖化工程で含水率 50%のリグニン 186kgが発

生するものとした.リグニン発熱量 26.7MJ/kg から水分

蒸発に要する熱量 2.5MJ/kgを差し引くことで回収される

エネルギーを算出した.稲わら・籾殻を原料として 1L

のエタノールを生産する過程で 9.6MJ の発熱量をもつリ

グニンが副生される.

(3) ガス化発電によるコジェネレーション

バイオマスから発電する技術として,直接燃焼,ガス

化,ガス化複合発電などが存在するが,本研究ではガス

化発電を想定した.直接燃焼による発電技術は既に実用

レベルにあるが,1MW以下では発電効率が著しく低下す

る.一方,現在多くのメーカーで実証試験が進められて

いるガス化発電は,数 10 から数 100kW の小規模出力で

も高効率で発電可能である.また,ガス化発電による排

熱は高温であることからコジェネレーションに適してい

る.発電効率を 30%,送電端効率を 24%,熱回収効率を

50%27)として,本システムに適用した.

4.結果と考察

4.1 エネルギーフロー

図 2 に 10a あたりのエタノール・電力併産シナリオ(1)

とエタノール優先シナリオ(2)のエネルギーフローを示

す.このフロー図は投入・産出エネルギーを一次エネル

ギー換算しているため収支が合わない.農業生産プロセ

ス(収集運搬作業を含む)の投入エネルギーは共通で

図 2 バイオエタノール生産システムのエネルギーフロー(MJ/10a)

(2)エタノール優先シナリオ (1)エタノール・電力併産シナリオ

玄米:12,070

コジェネレーション

電力:1,531蒸気:3,816

エタノール生産

農業生産(収集運搬 )

稲わら・籾殻:16,231

電力:10,264

玄米,稲わら ,籾殻:28,301 コジェネ

レーション

電力:2,438蒸気:1,694

エタノール生産

農業生産(収集運搬 )

エタノール:15,634

エタノール :7,916農業生産:5,226(収集運搬を含む)

農業生産 :5,226(収集運搬を含む)

リグニン:3,355

工業用水:32

電力:1,106蒸気:7,879その他:253

図 3 バイオエタノール生産システムのエネルギー収支

0

5

10

15

20

産出 投入 収支 産出 投入 収支

シナリオ(1) シナリオ(2)

エタノール 電力農業生産 バイオマス変換純エネルギー生産量(GJ/10a)

33

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Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No. 1

5,226MJ で あ る. シ ナ リ オ (1) では 10a あ た り

358L(7,916MJ)のエタノールが生産される.エタノール生

産に必要な電力(140kWh)及び蒸気エネルギー(3,816MJ)

は稲わら・籾殻のガス化発電によって賄うことができ,

942kWh(10,264MJ)の余剰電力を系外に供給できる.エタ

ノール生産における投入エネルギーは工業用水の 32MJ

のみとなる.一方,シナリオ (2)では 10a あたり

707L(15,634MJ)のエタノールが生産される.エタノール

生産に必要な電力及び蒸気はそれぞれ 325kWh(3,544MJ),

9,573MJ である.副生するリグニンのガス化発電により

224kWh(2,438MJ)の電力,1,694MJ の蒸気エネルギーを補

うことが可能である.エタノール生産における投入エネ

ルギーは電力 102kWh(1,106MJ),蒸気 7,879MJ,その他

253MJ となり合計 9,239MJとなる.

4.2 エネルギー収支

図 3 にエネルギーフローから導出されるシナリオ(1)と

(2)のエネルギー収支を示す.エネルギー収支とはエタノ

ール生産量と余剰電力を合計した産出エネルギーから農

業生産及びバイオマス変換プロセスでの投入エネルギー

を差し引いた値である.シナリオ(1)と(2)のエネルギー収

支はともにプラスとなり,エネルギー生産性の観点から

の多収米を適用した稲作からのバイオエタノール生産シ

ステムの可能性は十分にある.シナリオ(1)のエネルギー

収支は 12,922MJ/10a となり,シナリオ(2)の 1,169MJ/10a

よりも大きな値となった.これはシナリオ(2)ではシナリ

オ(1)の約 2 倍のエタノールが生産されるが,エタノール

生産に必要な電力及び蒸気のエネルギーも多くなるため

である.不足する蒸気エネルギーを他産業の排熱で賄え

る,あるいはエタノール生産技術の省エネルギー化が進

むことでシナリオ(2)のエネルギー収支は向上する.現在

ゼオライト膜によるエタノール濃縮脱水プロセスや希硫

酸糖化などの技術が研究開発されており,今後エタノー

ル生産プロセスでの投入エネルギーは大幅に削減される

可能性がある.

4.3 耕作放棄地を利用したバイオエタノール生産量

エタノール優先シナリオ(2)からは 10a あたり 707L の

エタノールが生産される.全国の耕作放棄地は 38 万

ha(2006 年)に上っていることから,シナリオ(2)によって

生産されるエタノールの純生産量は 266 万 kL と推定さ

れる.現在我が国のガソリン消費量は約 6000 万 kL であ

り,耕作放棄地を利用して稲作からのバイオエタノール

生産を行うと,E3 用のエタノールを全量供給できる可能

性がある.

5.結論

本研究では,稲わら・籾殻をガス化発電させ,玄米から

エタノールを生産するために必要な電力及び蒸気を賄う

シナリオ(1)と,稲わら・籾殻もエタノール化し,糖化工

程で副生されるリグニンでエタノール変換に必要なエネ

ルギーを補うシナリオ(2)を設定し,稲作からのバイオエ

タノール生産システムのエネルギー収支を明らかにした.

バイオマス生産量が多い多収米を適用することでシナリ

オ(1)及び(2)のエネルギー収支はプラスとなった.シナリ

オ(1)のエネルギー収支はシナリオ(2)よりも大きいが,他

産業からの排熱利用やエタノール生産プロセスの省エネ

ルギー化が進むにつれシナリオ(2)のエネルギー収支は

向上する.今後,稲作からのバイオエタノール生産シス

テムの可能性を検討するために,資源作物としての稲の

作業体系オプション,エタノール生産技術オプションの

評価を行い,適正規模を考慮したエネルギー収支及び経

済性の評価が必要である.

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