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3 弱小貴族の異世界奮闘記2

これまでのあらすじ

中世ヨーロッパのような異世界に転生した俺は、弱小貴族の三男として、前世の忙しい生活

とはかけ離れたスローライフを送ろうと決めていた。

だというのに、兄2人が家督を放棄したせいで、周りを3つの大貴族に囲まれたドレスコー

ド子爵家の当主になってしまった。

それだけならともかく、王都の現状を聞くと、これから先の世では王家の権力がなくなり、

群雄割拠の戦乱の世になってしまうことが容た

やす易

く想像できた。弱小貴族の我が家が戦乱に巻き

込まれれば、すぐに滅ぼされるであろうことも簡単に想像できたのである。

それからの日々は、子爵家が戦乱の世でも生き残れる力をつけるために、前世のような忙し

い日々に変わった。ノーフォーク農法に転換したり、ジャガイモを栽培したり、蒸留酒を販売

したり、干拓をしたり、関税を撤廃したり、パンの酵母を作ったりと、それはもう忙しかった。

そんな努力が実を結び、領内はしだいに発展してきた、上手く行きそうだと思っていた時、

最悪の事態が訪れる。

俺の成人式にかこつけて、発展する子爵家を傘下に取り込もうと、3つの大貴族家の子弟が

使者として子爵家を訪れたのだ。

4

俺はその3つの家の使者への、対応を誤り、嫌われてしまったのだった。

このままでは、戦乱に巻き込まれたら、すぐに攻め込まれてしまう。解決するためには、三

家の評価を上げて友好関係を築いておき、戦乱をどこが制すかを見極めて、その家の仲間にな

る必要があった。

俺は、貴族の勢力図を見極めるため、そして三家からの評価を上げるため、3人が通う学園

へと入学することになる。

入学試験でまた一難あったり、学園生活も困難ばかりであった。それでも中間テストで自分

が優秀であることをアピールでき、さらには優秀な貴族の子弟を見つけることにも成功したの

であった。

そして今、テストが終わり休暇に入った。俺はこの休暇をダラダラと過ごして満喫し、今ま

での疲れを癒すのであった。

いや、癒すはずだった。はずだったのだが……。

5 弱小貴族の異世界奮闘記2

1章

帰ってきたら大変なことになっていた

ガタリと振動を受け、体が浮く感覚に目が覚めると、膝の上に錘お

もり

が載っていた。

錘は大きく、膝から胸にかけて圧がかかっている。また、柔らかではあるが、所々硬い。さ

らに、熱を持っている。

重い瞼ま

ぶた

を開ききり、視線を落とす。錘は、艶つ

やかな銀髪で、メイド服を着ている。そして頭

を俺の胸に当て、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

なんで俺は、ユリスのベッドにされているのだろう?

寝起きのぼんやりとした頭がじわじわと覚醒し始め、こうなっている原因を解明しようと、

記憶を振り返る。

――学園が休みに入ってすぐ、俺はユリスと街に下りて馬車を探した。

本来なら、我が家の馬車を手配するのだが、早く帰りたい気持ちを優先したため、同じ方向

に行く、行商の馬車に乗せてもらうことにしたのだった。

それから、何回か馬車を乗り換え、今もなお馬車に乗って帰っている最中なのである。

長旅に疲れ、寝てしまうのは仕方ない。現に俺も座席に座りながら寝ていたから。けれど、

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どれだけ記憶を振り返ろうとも、メイドが領主をベッド代わりにしていい道理なんて見つから

なかった。

「起きて、ユリス」

ユリスの肩を掴つ

んで揺すると、ユリスはもぞもぞと体を動かす。しかし、すぐに動かなくな

り、再び寝息を立て始める。

「起きてくれよ。あと、重いからどいて」

もう一度揺すると、今度は寝起きの潤んだ瞳を向けてきた。そして、愛らしい小動物みたい

に不思議そうに小首をかしげた後、頭を俺の胸に預け、またまた寝ようとした。

「なんでだよ!」

俺が怒鳴ると、ユリスはむすっと起き上がり、煩わ

ずら

わしげな目を向けてくる。

「……うるさくて眠れませんので、静かにしていただけますか?」

「静かにしたいよ!

俺もユリスが乗ってなかったら何も言わないから!」

「何ですか、その『本当は怒りたくない』って言いながら怒る教師のようなセリフは。あれっ

て、本当に言う必要がないですよね」

「いや、それは確かに、ちょっと自己保身というか、それを言って何になるの?って思っちゃ

うし……って話をそらさないでくれ!」

7 弱小貴族の異世界奮闘記2

「気付きましたか。流さ

すが石

クリス様です」

「ねえ、俺を舐な

めすぎてない?

流石に舐めすぎてない?」

ユリスは「気のせいです」ときっぱり言い切り、ため息をつきながら膝の上から腰を上げ、

スライドする要領で俺の隣に腰をかける。

「はあ。硬い座席で我慢するしかありませんか」

「今までも我慢してたんだから、今さらじゃないか」

俺がそう言うと、ユリスはふっと目をそらした。

え?

何その反応?

もしかして俺の知らない間にベッドにされてた?

いやいや、流石に

俺も気付かないはずない……よな。

ありえないことだとは分かっているが、念のためユリスに尋ねる。

「まさか、今日以外も俺をベッドにしてないだろうね?」

「まさか。そんなことしていたら、流石のクリス様でも気付きますよ」

「だ、だよね。言い方は少し気になるけど」

「ええ。意識でも失わない限り」

「今……なんで、そんな怖いことを付け加えた?」

「もうそろそろ街の近くじゃないですか?

長旅も終わりですね」

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な、なんで明らかに話をそらしたの!?

う、嘘だよね!?

絶対嘘に決まってるよね!?

確かめたい気持ちもあったが、知ることを恐れる気持ちの方が勝り、あえて追及しないこと

にする。

「そ、そうだね。もうすぐ馬車での生活も終わりだし」

もうすぐ帰れるのだから、気にしないようにしよう。

それにしても、ついに帰宅か。まだ、家を出てから数カ月しか経っていないけど、皆が元気

にしているのか気になる。ユリスを連れてきちゃったから、その分、皆が楽して弛ゆ

んでるかも

しれない。

けどまあ、それでもいいか。馬車での長旅や学園でいろいろありすぎたから、休暇をのんび

りと過ごしたい。領内の皆がキビキビと働いている中、俺だけのんびり休んでいるのも居心地

が悪いというものだ。

休暇が目の前に迫ってきていることを実感すると、無性に明るい気持ちが湧き上がってくる。

早く帰って、早く寝て、休暇中は怠惰に過ごそう。

「あんちゃんたちも、ドレスコード領の街が目的地なのかい?」

初めての休暇に浮かれていると、馬車の前から声をかけられる。声の方へと顔を向けると、

中年の御者が振り返って俺たちを見ていた。

9 弱小貴族の異世界奮闘記2

俺は、御者の言葉が気になって尋ね返す。

「そうですけど……あんちゃんたちもって?」

「噂を聞いて行こうとしているんじゃないのか?」

御者は意外そうな顔で尋ね返してきた。

自領の噂なんて心当たりがなく、ユリスに顔を向ける。すると、ユリスも知らないようで、

頭をふるふると振った。

「いえ。噂って?」

「あそこが最近、発展しているって噂だよ。俺もつい最近行ったんだが、噂は本当だったぞ。

あそこのパンはすげえ美味えし、酒は強い。そのうえ街道が整備されているから、馬車の車輪

が壊れたり、ぬかるみにはまることもない。俺たち行商にとっては最高の場所だよ」

「へえ?

そうなんですか」

「ああ。さらに街に入るのにも税がいらねえ。商品を売る際の税はちと高えが、売れた分だけ

取られるから、売れなくても安心できんだ。まあ、今あそこに持ち込んだら大体は売れちまう

から、最近は嘆く奴も多いけどな」

そう言って、御者はガハハと笑った。

どうやら、関所を撤廃したことや、パン、蒸留酒といった特産品の事業は上手くいっている

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ようだ。それが噂になっているなら、これからも人が増え、明るい未来がやってくるに違いな

い。

「これは期待できるかもしれないね」

「そうですね」

それからしばらく、ユリスと他愛ない話をしながら馬車に揺られていると、御者が再び声を

かけてきた。

「見えたぞ、あれが街だ!」

御者の指差す方を見ようと、車内を移動する。荷台の取手に捕まり、御者の背中越しに、外

へと上半身を乗り出すと、いきなり風に吹かれて目を閉じた。

瞼をゆっくりと開く。

飛び込んできたのは、赤みがかった桃色の空だった。

あたりを見回すと麦畑が広がっている。背の伸びた麦が、初夏の心地よい風に揺られ、石で

舗装された街道に影を伸ばしていた。そよぐ麦の影は、踊っているようにも見える。

すっと伸びている街道を辿るように視線を上げると、遠くに馬車の列ができていた。馬車の

背中越しには、燃える夕陽を背中に受け、黒く塗られた街が見える。街は、城壁の工事をして

いる最中なのか、音響ミキサー画面みたいな不均等な壁が積まれていた。

11 弱小貴族の異世界奮闘記2

あたりの景色を見て、俺は目を疑った。景色が美しいとかそういった意味ではない。

振り返り、ユリスに問いかける。

「ここどこ?」

ユリスは、不思議そうに首をかしげた後、俺の隣に来て馬車の外へ顔を出した。それから、

少し間を置いて、答えが返ってくる。

「城壁のようなものや堀がなければ、いつもの街ですね」

ユリスの言った通り、街と畑の境界線を作るかのように堀が掘られている。工事中の壁とい

い、街は明らかに城郭の工事中であることが分かる。

「ここどこ?」

目を背けたくなる現実に、一い

縷る

の望みをかけて御者に尋ねた。

「はあ?

だからドレスコード領の街だよ」

「……」

「どうしたんだ、言葉を失くしちまってよ。発展の具合に驚いちまったか?」

「……」

「はっはっは!

無理もねえよ!

俺も最初、驚いちまったからな!」

確かに驚いて声も出ない。だけど、絶望の成分も強い。

13 弱小貴族の異世界奮闘記2

どうすんだよこれ……。

うちは、3つの大貴族家に囲まれており、こんな防備を敷けば、危険視されてしまう。小さ

な貴族の我が家にとっては致命的としか言いようがない。

周りの貴族になんて言い訳すればいいんだろうか……。それに、お金は?

ここまで大規模

な工事にかかる人員は?

自分を騙すように首を振って、次々に浮かんでくる疑問を振り払った。途中で考えるのをや

めたにもかかわらず、問題が山積みになっていることと、自領でゆっくり休暇を楽しむことが

不可能なのは明白であった。

「ほら、今日も馬車の列ができてやがるぜ」

いつの間にかできていた橋に、馬車が一列に並んでいた。橋は粗末なものに見えたが、あれ

だけの馬車の重さに耐えるほど頑丈なことが分かる。

考えたくなくとも、街の様子が目に入るたびに考えが止まらない。

俺が領外に出てから数カ月しか経ってない。どれほどの人員を酷使すればこれだけの大工事

が可能だったのだろうか。

人件費だったり、食や居住区の整備だったり、といった労働者の管理のことを考えると、ひ

たすらに気が重くなる。これから人が集まっていけばいいなあ、と思っていたほんの数分前の

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自分をぶん殴りたくなった。

街から目を背けたい気持ちで、空を仰ぐ。遠くの紺碧の空が、明るい夕焼け空に、じわじわ

と侵食していた。

街の門近くまで来ると、俺たちは御者に礼を言って馬車から降りた。その後、橋に並ぶ馬車

の列の横をすり抜けて、旅人や観光者などの列に並んだ。警備による検問を待つこと約20分。

ついに、あと数人で自分たちの番だ。

ふと振り返ると、日は落ちかけているというのに、いまだに俺の後ろには数十人ほど街へ入

ろうと列に並んでいた。街に人が集まっていることが実感させられてつらい。

本当、帰りたくないなぁ。マジで。

体も心も後ろ向きになっていると、跳ねた声が聞こえた。

「それでは検査を始めます……ってクリス様!?」

声をかけられて、前を向く。そこには、金髪で長身体躯の優男、うちの従士長のマクベスが

驚愕を顔に浮かべていた。

「ああ、久しぶり。マクベス」

「ク、クリス様」

15 弱小貴族の異世界奮闘記2

俺が声をかけると、マクベスは顔をくしゃりとさせ、目に涙を浮かべた。

「ど、どうしたんだマクベス?」

あまりに意外すぎる反応に戸惑ってしまう。領外に出てから数カ月しか経っていないという

のに、ここまで感動されると微妙な気持ちになる。

「や、やっと帰られたぞー!

クリス様が帰られたぞー!!」

マクベスはわけも語らず、検問をしている他の警備たちに向かって叫んだ。

「クリス様が帰ってきた?」「これで何かしら対処される?」「やったぁあああ!!!!」

4人の警備たちは、マクベスの声に釣られて首をギュンとこちらへ向けてきた。かと思えば

歓声を上げ、検問の仕事を放り捨て、俺に群がってくる。

俺は、次から次へと抱きついてこようとする警備たちを全身全霊で避け受け流しつつ、マク

ベスに尋ねる。

「な、何だよ一体!?」

「聞かないでくださいクリス様。あの地獄の日々を思い出したくないのです」

そう言って、マクベスは遠い目をした。

ど、どういうこと?

今街では一体何が起きているというんだ!?

焦り、疑問が脳内を渦巻きながらも、警備の歓待を受け流す。そして、ひとしきり流し終え

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たのちに、何とか警備を仕事に戻らせた。

「はぁ、はぁ。何だってんだよ一体……?」

息を切らし、膝に手をついた。しかし、何が起きているのか今すぐにでも聞きたい気持ちか

ら、息が整うのを待たずして地面から顔を上げる。

「マクベス、これは一体どういうこと?」

「それはですね……あ!?

立ち止まっている場合じゃないです、クリス様!

急いで領主館に

お戻りください!」

マクベスは急にハッとして言葉をやめ、俺を急せ

かした。

肩で息をする俺の姿を何とも思わないのか、雇い主が疲れているのだから、もう少し労って

くれと思う。だが、マクベスは必死の形相をしており、そんな思いは吹き飛ぶ。

本当にどういうこと!?

ただごとではないよな!?

「早くお戻りください!

私たちよりも大変な人がいるんです!!」

「あ、ああ」

「ではクリス様、急いで向かってくださいね!

急いで!」

マクベスの意図は分からないが、とんでもなく大変な状況に陥っていることは分かる。そし

て、休暇中も苦労するという予感をひしひしと覚える。

17 弱小貴族の異世界奮闘記2

馬車に乗っている時は、帰りたい気持ちでいっぱいだったのに、今では帰りたくない気持ち

で満たされている。

「そんなに急いで?」

「早く!!」

そう言ってマクベスは詰め寄ってきた。俺を射るような強い眼差しに、嫌でも帰らなければ

ならない気持ちにさせられた。

「わ、分かった……。それじゃあユリス行くよ」

迫ってくるマクベスを両手で押しのけ、後ろで俺たちを遠巻きに見ていたユリスに声をかけ

た。ユリスはこくりとうなずいて、ひたひたと寄ってくる。

「何が起きているのかは分かりませんが、この状況では兄が心配です」

ユリスはそう言って、何かを考え込むように顎を親指で支えた。

「取りあえず、急いで帰ってから考えよう」

「そうしましょう」

検問を抜け、俺たちは領主館へと向かった。

それは、屍し

かばね

に見えた。

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土気色の肌、目の下に大きな黒い隈、艶を失った銀とも白ともつかない髪は、グレーという

よりは、灰色に見える。ふらふらと立つ姿は、目を離せば消えてしまいそうで、髪色に引っ張

られてか、灰か

燼じん

に帰してしまいそうである。

「や、やっと帰ってきてくれた……」

掠かす

れて消え入りそうな声でそう呟つ

ぶや

いた屍は、我が家の文官を務めるハルであった。

あれから、領主館に到着した俺とユリスは、まず館内に漂うどんよりとした空気に侵された。

それも、使用人から従士まで、皆が皆暗い顔をしていたからである。

彼らは俺たちを見つけると、目に光を宿し、機敏な動きで俺たちを執務室まで引っ張ってき

た。そして俺たちは、なされるがままに執務室に入った。

執務室には、最奥の窓の側にある教師机のような机と、ドアの手前に長机が向かい合うよう

に二つ配置されている。どの机にも大量の書類が積まれており、羊皮紙の山に隠れるように、

他国の王子のヤクトから派遣された文官たちが、褐色の肌を土色に変化させてペンを走らせて

いた。

長机の間には2つ燭し

ょく

台だい

が煌き

らめ

いているというのに、室内は暗い雰囲気で満ちみちている。中で

も、最も暗いオーラを放つハルが窓際の机にペンを置いて、椅子から立ち上がり、声をかけて

きたのだった。

19 弱小貴族の異世界奮闘記2

「一体、これはどうしたのですか兄さん?」

幽鬼のごとく、ふらふらと歩み寄るハルに、ユリスは心配げに尋ねた。

ハルは歪い

びつ

な笑みを浮かべて、口を開く。

「人が……増え、すぎて……あっ」

「大丈夫か!?」

崩れるように倒れかけたハルに駆け寄り、両手で支えた。そして、頭と腰を抑えながら、執

務室から廊下まで引っ張り出し、ゆっくりと床に寝かせる。

仰向けになったハルは、虚ろな瞳を向けてきながら口を開く。

「……人が増えていること自体は……何とか……なるんです」

「もういい!

ハル喋るな!」

ヘトヘトになって倒れかけたハルが、なおも報告しようとしている姿があまりに痛ましく、

ついそう口にした。

しかし、ハルは俺の言葉を聞かず、言葉を紡ぎ続ける。

「一番の問題は、元凶は……の商会……」

「ハルぅぅぅぅぅうううう!!」

話している途中でハルは意識を失い、カクリと首を倒して頬を床につけた。そして、すぅす

20

ぅと寝息を立て始める。

執務室の書類の山、疲れ果てたハルや他の文官たちの様子から、激務に追われていたことは

明らかだった。

全然寝られてなかったんだろうな……。

「兄さん……。いい兄さんでした」

「いや、ユリス。ハルは死んでないから」

実の兄が過労で寝たというのに冗談にしてやるなよ。

しかし、ユリスはそう言いながらもハルの枕元にしゃがみ込み、ハルの両脇腹に腕を差し込

んでいるところを見ると、心配していることが分かる。

「俺も手伝うよ。少し待ってて」

俺はユリスにそう告げて、執務室へと戻る。

「明日からは俺とユリスが手伝えるから、今日じゃないと間に合わない仕事以外はやめて、す

ぐにでも休んでくれ」

ハルが倒れても気にする余裕のない文官たちにそう言い渡して、ユリスの元へと戻る。

「ごめん、待たせた。それじゃあ運ぼうか」

寝ているハルの足元に立ち、両足を脇に抱える。ユリスと2人で担架のように持ち上げ、ハ

21 弱小貴族の異世界奮闘記2

ルを執務室から一番近い俺の寝室まで運び込み、ベッドの上に寝かせた。

寝ているハルを起こしては良くないと、寝室から廊下に出て、ユリスに話しかける。

「一体、何がこんな状況にさせているんだろう?」

ユリスは視線を落とし、考えるそぶりをした後、口を開いた。

「まだ何とも言えません。まずは、街の様子を見てからですね」

「それしかないよね……」

情報を握っているハルが倒れた今、聞くことができない。仕事を終わらせたので、他の文官

たちに今から話させるのも酷である。ハルが目覚めてから聞くにしろ、実際に街の状況を目で

見て確認しないことには、いまいち理解しづらいだろう。

「明日朝一で街を見て回ろうか」

「そうですね」

そうと決まれば、今日は寝るだけだ。ハルを自分のベッドに寝かせた今、どこで寝よう?

他人の部屋で勝手に寝るのには抵抗があるけど、ハルの部屋で寝ようかな。いや、自分が倒

れている間に、他人が勝手に自室で寝ているというのは気持ちが良くないだろう。ここまで働

いてくれたハルが、嫌がるようなことはしたくないなあ。

仕方ない。廊下とか適当な場所を見つけて寝るか。

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「じゃあユリス、明日も早いから風呂に入ってすぐに寝なよ」

「ええ、そうすることにします。ですが、クリス様は今日どこで休まれるのですか?」

「うん?

まあ、どこか適当なところで寝ることにするよ」

「それならば、私の部屋に来てはどうですか?」

「遠慮しとくよ」

ユリスの提案を俺はノータイムで断った。というのも、勘弁してもらいたい理由が2つある。

1つ目は、美人のユリスと部屋で一晩を明かすというのは、ちょっと恐れ多い。2つ目は、

領主がメイドの部屋で一晩を明かしたなんて誰かに知られ、噂でも立てられると非常に面倒で

ある。

「クリス様、領主が硬い床で寝ている中、メイドはぬくぬくと柔らかいベッドで寝ることなん

てできません。それとも、私に、〝領主を蔑な

いがし

ろにする不ふ

敬けい

なメイド〟というレッテルを貼ろう

とでもお考えですか?」

いやいや、そのレッテルは既に貼られているどころか、家内では常識となっているだろ。仮

に、家臣に対して「ユリスは不敬なメイドだ」って言おうものなら「不敬って何?

ユリスは

そういう存在だろ?」という反応が返ってくるに違いない。もはや常識ではなく概念にまで昇

華されていそうである。

23 弱小貴族の異世界奮闘記2

しかし、ユリスの言っていること自体は何も間違っていないため、断る理由が思いつかない。

それにむしろ、ユリスが俺のことを敬ってくれる気持ちがあるのだと嬉しくなった。普段から

ぞんざいな扱いを受けていた俺は、感激していると言っても過言ではないだろう。

そんな思いからユリスに礼を言う。

「ありがとう。廊下で寝るよりは部屋の床の方がマシだし、お言葉に甘えて部屋に入れさせて

もらうよ」

「承知いたしました。私のベッドは少し小さいですが、2人くらいなら一緒に寝られますよ」

「うん?」

「クリス様?

どうかいたしましたか?」

「いやさ、2人で寝るの?」

「それが何か?」

「いや、俺は床だけ貸してもらえれば、それで十分なんだけれど」

ユリスはため息をついて首を振った。

「言いましたよね?

領主が硬い床の上で寝ている中、メイドがぬくぬくと柔らかいベッドで

寝ることなんてできないと」

「いやまあ、そうは言っていたけど。えーと……」

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俺は何とか断る理由を探した。流石に一緒のベッドで寝るとなると話が変わってくる。馬車

では散々隣で寝た仲だから別に恥ずかしさとかはないが、今日不穏なことを言っていただけに、

何かされそうで単純に怖い。

「じ、じゃあ、こんなこと言いたくないけど、俺を敬うなら、ユリスは俺にベッドを明け渡す

べきじゃないかな?」

「それでは、私が疲れるじゃないですか?」

「なら、俺が床で寝るよ。というか、とても床で寝たい気分だから、ユリスは気にしないでい

いよ」

「それでは、クリス様を抱き枕に……いえ。クリス様が疲れますのでダメです」

「それが本音?」

「何がですか?」

飄ひょう

々ひょう

と尋ね返すユリスを見て真実に気付き、俺はただただ悲しくなるばかりであった。

◆◇◆◇◆

暑苦しさで目が覚める。

25 弱小貴族の異世界奮闘記2

暑さから逃れるように布団から出ようとするも、引っかかりを感じたので、腰のあたりに回

された手を丁寧に剥がした。

ベッドから出て、凝り固まった体の痛みを逃すため、大きく伸びをした。

室内はまだ暗い。まだ夜なのか確認しようとカーテンを薄く開いて外を見た。空は白みがか

ってきていて、夜明けであるのが分かった。

カーテンの薄い切れ間から差し込む薄く青白い光がユリスのあどけない寝顔を照らした。

寝てると可愛いのになあ。

普段とのギャップに、いつもなら思うことはない感想を頭の中で呟く。

昨日、あれから俺は、廊下で隠れて寝ていたところをユリスに見つかり、小脇に抱えられて

ベッドの上に運搬された後、抱き枕にされたのであった。

ずっと変な体勢でいたため体中が痛くてしょうがなかったが、疲労に負けてすぐに眠りにつ

いた。俺も疲労がたまっていたが、ユリスも気持ち良さそうに寝ているところを見ると相当疲

れているのであろう。

「ん……クリス様?」

ユリスが薄く目を開き、俺を見て呟いた。

気をつけたつもりだったが起こしてしまったか。

26

「ああ。ユリス、まだ寝てていいよ」

「それもそうですね。まだ、早いですし」

そう言って、ユリスは片手で掛け布団を持ち上げ、開いたところをポンポンと叩いた。

「な、何?」

俺がそう問いかけるもユリスは無言でベッドを叩き続けたので、渋々元の位置に収まること

にした。

まだ朝早いというのに、街は活気に満ちていた。

白い朝陽に照らされ、石畳の街路を人々が埋め尽くさんばかりに歩いている。街路を歩く

人々を石造りの建物が挟み、行商のものであろう粗末なテントがずらりと並んでいた。テント

の下では商人たちが品物を並べている。早いところでは、景気良く大きな声を上げて、呼び込

みをしていた。そんな呼び込みにつられてか、今から工事に向かうのであろう労働者や商人、

はたまた上質な服を着た貴族までテントへと寄って行き、楽しそうに買い物をしている。

あれから少しだけユリスと寝た後、すぐに俺たちは街へ出た。そして、人混みに紛れ、街の

状況を調べ始めたのだが、早くも心が折れそうになっていた。

「こんなに人が集まってるなんて聞いてないよ……」

27 弱小貴族の異世界奮闘記2

「明らかに労働者と見られる方々がほとんどですが、貴族らしき人もいますからね」

「だよね。労働者だけなら、単純に工事のためって分かるんだけれど、なぜ貴族が……」

「考えられる理由としては、やはりパン事業や蒸留酒といった観光目的になりますけど、それ

だけではないと思います」

ユリスはそう言って、唇に指を添えて俯う

つむ

いた。

考え込む理由は理解できる。パンや酒を楽しみにしているだけなら、朝早く商店を回ろうと

はしないはずなのだ。つまり、貴族たちは露店も目的の一つとして訪れていることが分かる。

「露店も楽しんでいるからね」

「ええ。ですから、まず商人が増え、露店を目的とする貴族が出てきたと考えるのが無難でし

ょう」

俺もユリスと同意見である。沢山の露店が出ていることを聞いた貴族が、観光に来たと考え

られるなら、この街を訪れる人間の中で貴族が最後に増えたと言っていいだろう。でも、それ

じゃあ、労働者と商人、どちらが先に増えたのだろうか。

「商人と工事に向かう労働者のどちらが先に増えたと思う?」

「私たちが学園に行く前から、関税を撤廃したことなどで商人たちは増えていましたので、そ

れは商人が先でしょう」

28

ユリスは「ですが」と続ける。

「この増え方は異常です。おそらく、労働者が増えたため、彼らを対象とした商人も増えたの

でしょうね」

「なるほどな」

商人と貴族が増える理由は、説明を聞いて理解できた。けれど、労働者の増える理由が分か

らない。というより、なぜこの街の防備を固める城郭の工事が始まったのだろうか。

「本当に何があったんだろうね」

「ですね。街の状況を把握したら、兄に教えてもらいましょうか」

ユリスと話しながら歩いていると、突然、前を歩く多くの人が街路から外れ、脇へとそれて

いった。目で追うと、どうやら皆大きな商店の元へと向かっているようだ。店の前には人だか

りができており、一人、また一人と塊の中へと混じっていく。

「ユリス、あの店すごい人気だね」

「人気のようですが、あんな店あったでしょうか?」

ユリスは訝い

ぶか

しげに店を見つめた。

店は褐色の石で作られており、一軒家3つ分くらいと、かなり大きい。入り口は開放されて

おり、脇には堂々とした立て看板が置いてあった。隣に並ぶ普通の建物に比べると、かなり荘

29 弱小貴族の異世界奮闘記2

厳な印象を受ける。

「自分の記憶が確かなら、こんな大きなは店なかったと思う」

以前、この街で最も大きな店は、御用商会のサザビー商会が構える店だったが、明らかにそ

れよりも大きく立派である。こんな店があったら忘れないはずだ。確実に、俺が学園に行って

から建てられたものだと思う。

「客層はどうやら、工事に向かう労働者のようですね」

ユリスにそう言われて、客の様子を見る。服は所々黄ばんでおり、洗濯でも落とせなかった

のであろう泥汚れが付いている。また、腕が太く、がっしりとした体格の人が多い。

「確かに、工事へ向かう労働者が多そうだね。何かヒントがあるかもしれない。ちょっと近づ

いてみようか」

ユリスと店へと歩く。人だかりの前まで来ると、汗の不快な臭いがした。けれど、すぐに違

う香りに塗りつぶされる。

「パンの匂いだ」

店から漂ってくるのは、パンや麦の香りだった。人だかりの横を抜け、入り口の脇へと出る。

立派な立て看板に隠れるようにして、店内を覗き込んだ。

店内は客であふれかえっている。客の合間には大きな木箱が置いてあり、野菜や麦の袋など、

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さまざまな食材が入れられている、というよりは積み上げられていた。よく見ると客は労働者

だけではなく、女性もいて、藁わ

で編まれた籠を引っ下げ、物色している。

「どうやらこの店は食料品を扱ってるみたいですね。それも大量に」

俺の頭越しに店内を覗いたユリスがそう呟いた。

「みたいだね。しかもかなり安い」

品物の上には木の板があり、相場よりかなり安い値段が書かれている。

これほどまで安く食料品を提供できるなんて、どこの商会なのか気になり、俺は体を支えて

いた立て看板を読んだ。

立て看板には『食料品

オラール商会』と書かれていた。

「……」

「どうしたのですか?

食べたものの中に石が混ざってたような顔をして……ああ」

どうやら、ユリスも看板に書かれた文字を読んで、俺が暗い気持ちになった理由を理解した

ようだ。

オラール商会は、うちの領を囲む3つの大貴族の中の一家、オラール公爵家の商会である。

この商会に対して下手なことでもして、オラール家に難癖つけられでもすると、面倒くさいこ

と極まりない。

31 弱小貴族の異世界奮闘記2

うちの街で商売をしている以上、税金を払ってもらうのだが、こっちは細心の注意を払って

取り立てなければいけない。そのことを考えると、自然に胃が痛む。

「はあ。税を収めてもらう時のことを思うと、今から気が重いよねえ」

ため息混じりにユリスに同意を求めた。しかし、ユリスから返事は返ってこなかった。聞い

てなかったのかと思い、ユリスの顔を見ると、どこか上の空といった表情をしていた。

「ユリス?

どうかしたの?」

「ああ……申し訳ありません。少し、考えごとをしていたもので」

「考えごと?」

「ええ。もしかしたらですが、この事態を引き起こしている元凶はオラール家ではないかと思

いまして」

「この事態って、工事に人が集まってること?」

「そうです。私の予想が当たっていればですが」

ユリスは自信なさげに言葉を吐いたが、ある程度確信があるのだろう。でも、なぜオラール

家が原因だと当たりがついたのか分からない。今、分かっていることは、オラール家が安価な

食料を扱う店を出していることだけだ。

「いろいろ聞きたいけど。まず、ユリスの推理では、なぜ工事が行われているの?」

32

「それは、安全を求める商人たちの出資ではないですかね?」

ユリスの思いがけない言葉に驚愕する。

「ああ。それは確かにありえるなあ」

うちの街は公務員と少ない兵士で警備しているが、防衛といえばそれだけであった。増え続

ける商人たちが安全を求めて出資してもおかしくはないだろう。そのうえ、金銭的にも、これ

だけの労働者を雇う余裕はないので、出資されているという推理の真実味が増す。

「はい。出資はいろいろな商会がしているのでしょうが、火つけ役はオラール商会ではないか

と」ユ

リスはそう言ったが、俺はさっきとは違い、はっきりと否定した。

「う〜ん。それはないんじゃない?

確かにこれだけの人を集めることができるのは大貴族の

オラール家くらいだろうけど」

オラール公爵家がうちに支援するということは、オラール家はうちが防備を固めることを推

奨していることになる。まだうちが、オラール家の傘下に入ると決めたわけではないのに、そ

んなことをするなんて不自然すぎる。

「私も最初は、他の大貴族家が敵になるかもしれない我が家の防備を固めようとするはずはな

い。そう思っていましたが、オラール商会の扱う商品を見て考えが変わりました」

33 弱小貴族の異世界奮闘記2

「と、言うと?」

「これだけ安い食料を大量に扱う商会があれば、他の食料品店を使おうとは思わないでしょう

ね」俺

はユリスが言いたいことを全て理解する。

「関税をかけていないことの弊害が出たか……」

異常に早く終わる工事の理由は、オラール家がひたすらに集めた人々である。

人が集まれば膨大な食料を必要とする。そして、オラール家の商会が安く大量に食料品を扱

うとなれば、食料品を扱う商人は自然と撤退していく。

人が人を呼び、人口が増えていく中、もし、食料品を唯一扱うオラール商会に急に撤退され

たらどうなるだろうか?

いずれ自領で賄えなくなり、食料を輸入するしかない。そんな費用を使えば、人が増えるに

連れて雇った人の人件費や拡大した工事の施設の維持費が払えなくなる。

そもそもいずれ戦乱になるというのに、輸入できるだろうか。

「食料に関しては、オラール家の商会が独占してしまうでしょうね」

「そうなると、自然と依存してしまうから、オラール家に従わざるを得ない状況になるってわ

けか」

34

従属すること自体は問題ではない。けれど、後に戦乱になるこの国で生き残るには、勝馬に

乗らなければいけない。オラール家が勝つと確定していない今、従属することはできない。

「兄も商人たちの安全を求める声を無視するわけにはいかず、受け入れるしかなかったのでし

ょうね。加えて、貴族も観光に訪れるようになった今はなおさらでしょう。また、やりすぎな

くらい大規模な工事は、時間稼ぎではないでしょうか?」

仮に全てが予想通りなら、その判断は正解だろう。早く終わらせる工事をしてしまったら、

また別のことを仕掛けてくるに違いない。そりゃ、ハルも倒れてしまうわけだわ。

「解決するには、食料の問題を何とかして、工事の人間が去らないようにするってことか

……」

「オラール家以外の貴族への配慮もですね」

俺がため息をついて吐いた言葉にユリスが付け加え、再びため息をついた。

どうやら、休暇を楽しめないどころか、滅亡の危機に瀕しているようだ。

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