思春期月経困難症―心とからだの視点から思春期は英語でadolescence...

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はじめに月経困難症とは月経期間中に月経に随伴して

おこる病的症状をいい,下腹痛,腰痛,腹部膨満感,嘔気,頭痛,疲労・脱力感,食欲不振,いらいら,下痢,憂うつなどの順に症状がみられるとされる〔1〕.命に関わる疾患ではないが,学校生活を含む日常生活に著しく支障をきたす疾患である.思春期は英語で adolescenceと呼ばれ,語源

はラテン語の「成長する」という意味の語であり,まさしく身体的,心理・社会的な側面を包含した概念である.すなわち,思春期は性成熟をはじめとした身体的成長・発達とともに情緒的,社会的,知的な発達がみられる時期である.しかし,これらの発達はすべてが同期して起こるわけではなく,家族,友人,学校,社会などからの影響をうけ,複雑なバランスをとりながら成長していく.思春期はこういったデリケートな時期であることを理解して月経困難症に対応することが望まれる.

月経困難症の分類と病態月経困難症は機能性月経困難症と器質性(子

宮内膜症性)月経困難症に分けられる(表1)〔2〕.機能性月経困難症は初経後3年以内に発症し,経年的に次第に軽快していくことが多いとされる.月経の初日から2日目の出血の多い頃に強く,痙攣性の痛みで周期性を伴う.原因としてプロスタグランジンの分泌過多などによる子宮筋の過収縮や血管の攣縮,子宮の発育不全や頸管狭小など月経血通過時の物理的な神経刺激が挙げられる.また月経時の緊張や不安など心理的ストレスがあると疼痛閾値は低下し,自律神経失調による骨盤内充血や虚血も原因とされる.痛みの要因としてはこのような生物的要因と同等に心理的・社会的要因も重要な因子として考えられる.アメリカ家庭医療学会では“20歳未満”“うつ・不安”といった因子を月経困難症のリスク因子として挙げている(表2).思春期の原発性月経困難症患者では,抑うつと不安のスコアが健常者に比べて有意に高いとの

〔ワークショップ2/思春期月経困難症(生理痛)~患者の将来を見据えた私の対処~〕

思春期月経困難症―心とからだの視点から

獨協医科大学医学部産科婦人科

望月 善子

表1 月経困難症の分類

機能性月経困難症 器質性月経困難症

発症時期 初経後3年以内 初経後5年以上経過

好発年齢 15~25歳 30歳以上

加齢伴う変化 次第に軽快 次第に悪化

結婚に伴う変化 軽快ないし全治 不変

妊娠・分娩後の変化 全治 不変あるいは軽快

内診所見 正常または発育不全 異常所見

痛みの時期 月経時のみ 悪化すると月経時以外も有痛

痛みの持続 4~48時間 1~5日間

(日本産科婦人科医会研修ノート 2006)

日エンドメトリオーシス会誌2014;35:107-110 107

問診

内診超音波検査

血清腫瘍マーカー測定

骨盤MR検査

腹腔鏡検査

一次スクリーニング

二次スクリーニング

報告もある〔3〕.ただ近年では,思春期女子においても子宮内

膜症の発症率が予想以上に高いことが明らかになっている〔4〕.したがって,機能性か器質性かの鑑別診断は非常に重要で,子宮内膜症と診断されれば早期の薬物療法介入を考慮すべきである.子宮内膜症を疑う症状があれば図1に示すような手順で診断する.また,月経痛とひと言で言っても,どういう種類の痛みなのか,随伴する合併症はあるのか,など月経痛の程度・症状に応じて対応する方法は異なってくるので詳細な問診が治療に直結し非常に大切であると考える(表3)〔5〕.

思春期女子の月経に対する心理初経前の女子にとって初経は未知なる経験で

あり,「どんなものかな」「なったらどうしよう」「なりたくないな」といった回避と不安が入り混じった否定的な心理状況と「まだかな」「早くならないかな」といった期待・予期する肯定

的な心理が葛藤する.月経が発来しなければ困るので早く来ないかなと思っているけれども,早く発来した人は早熟であったという自他の評価から必要以上の羞恥心を感じ,否定的な心理となる.さらに面倒で煩わしいと思っている月経と早くから付き合う不公平感が,否定的感情を助長する〔6〕.初経後は月経を反復経験するうちに月経を受

容するようになる.しかし,受容できないでいると,月経を苦痛に感じ月経随伴症状の発現につながるのである.月経観と月経痛は関連し,否定的月経観であると月経痛は強くなるとともに,積極的なセルフケア行動をとらず月経痛は重症化する〔7〕.

中高生における不定愁訴心理的要因を背景とした身体的訴えは,思春

期では少なくない.その特徴として特定の器官に限定されず全身反応性であること,両親や環境の影響を受けやすいこと,情緒・行動上の問題を伴いやすいことなどがある.中学3年生から高校生1~3年生920名を対

象にした調査によると,症状として熱,だるさ,不眠,イライラ,物忘れ,頭痛,めまいのいずれかを有するものが71.5%に及んだ.女子は男

表3 月経痛に対する問診

月経との同期性 月経と同時か

発症時期 初経後すぐか,数年経過してからか

疼痛の時期 月経の何日目から何日目までか

恒常性 毎回か,時々か

疼痛の部位 下腹部全体か,限局しているか

疼痛の種類 鈍痛,疝痛など

その他の痛みの有無 排便痛,性交痛など

疼痛以外の月経異常 過多月経,月経不順など

随伴症状の有無 消化器症状や頭痛など

疼痛時の状況 仕事・学校を休む,臥床が必要など

疼痛時の対応 鎮痛剤の服用など

月経に対する認識 不安・嫌悪感の有無

(泉谷知明他:産婦人科研修ノート 2009)

表2 月経困難症のリスク因子

1)20歳未満2)体重減少の試み3)うつ・不安4)社会支援との分裂5)多い経血量6)未産婦7)喫煙

( Linda French : American Family Physician71:285,2005)

図1 子宮内膜症による月経困難症の鑑別診断手順

108 望月

0 20 40 60 80 100

なし

あり

(%)

P<0.01

不定愁訴の割合

月経困難症

子に比較して不定愁訴の有訴率が高く,特にイライラ,頭痛,めまいが多かった.女子の方が男子より不安,抑うつ感が高く,自己肯定感が低い.月経との関連においては,月経不順である女子の方が順調な女子より不定愁訴は多く,月経困難症のある者は月経時以外の時期においても不定愁訴・身体症状が多かった(図2)〔8〕.すなわち,女子では男子より不安,抑うつ感が高く,自己肯定感が低いことに加え,不定愁訴・身体症状が月経と関連するため,月経に伴う症状の管理が重要であると考えられる.月経困難症と月経前症候群(PMS)との関

連については,1,431人の高校生を対象にした報告がある.それによると,月経困難症が85%,中等症~重症の PMSが11.3%,PMDDが3.2%存在したが,PMDDならびに中等症~重症のPMSは月経困難症の重症度に応じて増加し,両者の間には正の相関関係が認められた〔9〕.

思春期月経困難症の治療機能性であっても器質性であっても,疼痛と

いう症状を緩和することは共通の治療である.ただ,機能性の場合は,生活上の工夫で和らげることが可能なケースもあり,十分な睡眠と規則的な生活ならびに骨盤の血流うっ滞を改善するためのストレッチを中心とした適度な運動が重要である.こういったセルフケアで対処できない月経痛に対し,産婦人科診療ガイドラインには,①鎮痛剤(NSAIDSなど)または低用量エストロゲン・プロゲスチン(LEP)配合薬を投与する,②漢方薬あるいは鎮痙薬を投与する,と記載されている.月経痛に鎮痛剤を服用するとくせになるから

とか効かなくなるからと服薬をできるだけ避けたほうがよいという誤った考えをもっている人

が多いが,我慢しても辛いだけで苦痛があると学業や仕事に影響するだけでなく無気力になるなど心理的影響も大きい.日常生活に支障があるような痛みに対しては積極的に服薬することが望ましいといった教育が思春期女子だけでなく,母親に対しても必要である.母親が娘の服薬を拒否しているがために,娘が我慢を強いられて快適な生活を送れないばかりか,もし,器質性疾患が隠れていたら,将来に禍根を残すことになりかねない.母親の薬物治療に対する不安(表4)〔10〕にはさまざまなものがあるが,正しい知識がない故のものばかりだと思われ,医療者から正確な説明を受けることで解消されると考える.対症療法で痛みのコントロールが困難なとき

には,積極的に LEP配合薬を使用する.初経後早期に発症する月経困難症の存在自体が子宮内膜症のリスクとなるという報告〔11〕もあり,機能性月経困難症に対する LEP配合薬の早期介入が子宮内膜症を予防する可能性がある.血栓症といった注意すべき副作用はあるものの,思春期のその先のライフステージを見据えた診療が望まれるだろう.

まとめ思春期月経困難症では,

・思春期女性の発達状況を十分考慮し,器質的

表4 娘の薬物療法に対する不安理由

1)副作用発達段階にあるので副作用が心配体調の変化が心配副作用についての知識がない身体への影響

2)常用くせになるのではないか病気が慢性化していくのではないか他の病気の時に,薬が効かなくなるのではないか安易に薬に頼り,他の対処法を考えないこと

3)年齢成人ではないので不安年齢が若いので将来に対する不安薬の説明書には○歳以上と書かれているから

4)薬の選択娘に合っているかどうかわからない何をのませたらいいのかわからない

図2 月経困難症と不定愁訴との関連

思春期月経困難症―心とからだの視点から 109

所見の有無を鑑別し診断する.・心理的背景など丁寧に問診し,必要であれば他科との連携をとる.

・本人だけでなく,保護者にも正確にしっかり説明する.

文 献〔1〕日本産科婦人科学会.産科婦人科用語集・用語解

説集 改定第3版.東京:金原出版,2008〔2〕日本産科婦人科医会.研修ノート.No75,2006〔3〕Gagua T et al. Assessment of anxiety and de-

pression in adolescents with primary dysmenor-rhea-a case-control study. J Pediatr Adolesc Gyne-col2013;26:350-354

〔4〕ACOG Committee. ACOG Committee. OpinionNo310, Endometriosis in adolescents. Obstet Gy-necol2005;105:921-927

〔5〕泉谷知明ほか.産婦人科研修ノート.診断と治療社,2009

〔6〕川瀬良美.月経に対する心理と態度.周産期医学2002;32:21-24

〔7〕野田洋子.女子学生の月経の経験.女性心身医学2003;8:64-78

〔8〕難波梓沙ほか.中学・高校における不定愁訴.母性衛生 2008;48:451-460

〔9〕Kitamura M et al. Relationship between premen-strual symptoms and dysmenorrhea in Japanesehigh school students. Arch Womens Ment Health2012;15:131-133

〔10〕梅村保代ほか.中学生女子の月経随伴症状と家庭における月経教育の実態.母性衛生 2009;50:275-283

〔11〕Treloar SA et al. Early menstrual characteristicsassociated with subsequent diagnosis of en-dometriosis. Am J Obstet Gynecol 2010;202:534

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