存在表現とコピュラ文とは、一方では、 存在文・所在文と...
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存在文・所在文とコピュラ文の対応 184
一 はじめに
存在表現とコピュラ文とは、一方では、
(1)a
時計は机の上にあります。/b 時計は机の上です。
(2)a
彼には不安がある。/b
彼は不安だ。
のように同義的・類義的に置換可能な場合があり、一方では、
(3)a
駅前にコンビニがある。/b
?駅前はコンビニだ。
(4)a×順位は三位にある。/b
順位は三位だ。
のようにどちらかが不自然になる(用いられるとしてもかなり意味が
異なる)場合もある。本稿は、ここにどのような条件があるか、その
概略を考察するものである。以下、二つの文が同義的・類義的に置換
できることを「対応する」ということにする。
丹羽(二〇一五ab)と同様、動詞「ある」(「いる」も含む)を用
いる存在表現の中で、「Bに(は)Aがある」型の文を存在文、「AはB
にある」型の文を所在文と呼びわける(Aがガ格名詞、Bが主として
ニ格名詞)。同論では存在文・所在文を、ニ格名詞Bやガ格名詞Aに
どのような名詞が用いられるかによって、「場所型」「時間型」「抽象
場所型」「周辺要素型」「関係基体型」「状況型」「内容型」「上位型」
などに分類している(具体的には後述)。
一方、「~は~だ」という形の文の主要なタイプとして、次のよう
なものが挙げられる(丹羽二〇〇六:四章を一部改定)。
帰属文:山田は会社の社長だ。
(「山田」はカテゴリー「会社の社長」の一員である)
指定文:この会社の社長は山田だ。
(
カテゴリー「この会社の社長」の成員が「山田」である
と指定する)
同一文:この川は淀川だ。
(「この川」と「淀川」は同一のものである)
ウナギ文:(ご注文は?──)僕はウナギだ。
(文脈から「注文がウナギだ」という関係が推論される)
性質文:これは高品質だ。
(「これ」が「高品質」という性質を備えている)
一時的状態文:社長は多忙だ。
(「社長」は「多忙」な状態にある)
性質文、一時的状態文の「Bだ」は「状態名詞+だ」とも「形容動
存在文・所在文とコピュラ文の対応
丹 羽 哲 也
(『文学史研究』56号 2016. 3)
185 存在文・所在文とコピュラ文の対応
詞」とも言え、これをコピュラ文と呼ぶか否か問題である。しかし、
本稿は、「BにはAがある」・「AはBにある」という形の文と「Bは
Aだ」・「AはBだ」という形の文の関係を考察するものであるので、
その当否には立ち入らない。
上記の、存在文・所在文の分類とコピュラ文の分類とはまったく異
なるものである。ここでは、前者の分類枠に依って、対応・非対応を
見ていくことにする。前者が名詞の種類に依存する分類で、対応関係
を捉えやすいためである。なお、例文は、対応の成否を見やすくする
ために作例を中心とするが、どういう文脈で用いられるかが重要な場
合は実例を用いる。また、名詞に下接する「だ」と「である」、(及び
その丁寧形)を、説明の中ではまとめて「だ」と表示する。例文に付
す「×」は対応する文として不自然であることを、「?」はやや不自
然であることを示す。
二 場所型
二・一 同一文・帰属文・指定文の場合
場所型は(1)aのようにニ格項Bに場所を表す名詞が用いられる
タイプである。コピュラ文の中で、場所型の存在文・所在文に対応す
るものは、(1)bのようにBに場所名詞がくるものであるが、当然な
がら、場所名詞が用いられても、対応しない場合も多い。
(5)あの山は槍ヶ岳だ。
(6)槍ヶ岳はあの山だ。
(5)a×あの山には槍ヶ岳がある。/b×槍ヶ岳はあの山にある。
(6)a×槍ヶ岳にはあの山がある。/b×あの山は槍ヶ岳にある。
(5)(6)は同一文で、「あの山」と「槍ヶ岳」とが同一個体である
ことを表す。これらは、AとBとが空間的な関係を表すものではなく、
(5)(6)のように、対応する存在文・所在文を考えても成り立たな
い。仮に例えば(5)aが成り立つとしても、「あの山にあるいくつ
か峰の一つとして槍ヶ岳がある」という意味で、(5)とは意味が異
なる(注1(。
(7)七号車はグリーン車です。
(8)この列車のグリーン車は七号車です。
(7)は帰属文で、「(この列車の)七号車」が「グリーン車」という
カテゴリーに所属することを表し、(8)は指定文で、「この列車のグ
リーン車」というカテゴリーの要素が「七号車」であること表す。こ
れらも、存在文・所在文とは対応しない。(7)で示せば、
(9)a×七号車にはグリーン車があります。
b×グリーン車は七号車にあります。
これらが成り立つとしたら、7号車の中にグリーン車のエリアがある
ということで、意味が異なる。
二・二 所在文と性質文の対応
対応が成り立つのは、一つは、次のような所在文と性質文とである。
(10)彼女の家は学校の近く{aにある/bだ}。
′′′
′
′
存在文・所在文とコピュラ文の対応 186
このb「学校の近くだ」は「学校に近い」に相当し、「彼女の家」の
性質を表す。もっとも、これはBが「近く」「遠く」「中心」など場所
兼性質を表すという性格を持つ名詞に限られる。
二・三 所在文と慣用的ウナギ文との対応
所在文とコピュラ文が対応する場合の多くは、「AはBだ」がある
種のウナギ文の場合である(以下、丹羽二〇〇六:四章に依る)。
(1)
時計は机の上{aにあります/bです}。
(11)
私の家は神戸{aにある/bだ}。
これらのbは「時計は{その場所が}机の上です」「私の家は{場所
は}神戸だ」のように補って意味理解がなされる。
ウナギ文は、通常、次のような文を指し、ある文脈の中で用いられ
て、中括弧の部分が補って理解される。
(12)ぼくはウナギだ。(ぼくは{注文が/好きな食べ物が/ペット
が}ウナギだ)
(13)彼は七時です。(彼は{犬の散歩時間が/起床時間が/朝食の
時間が}七時です)
これらは、
(12)注文、何にする?──ぼくはうなぎだ。
(13)ぼくは夕方五時から犬の散歩に行きますが、彼は七時です。
のような文脈で用いられる。ウナギ文には、それだけでなく、次のよ
うな文も含まれる。
′′
(14)夜のニュースは七時と九時です。(夜のニュースは、{時間が}
七時と九時です)
(15)太陽系の惑星は九つだ。(太陽系の惑星は、{数が}九つだ)
(16)彼女は着物だ。(彼女は{着ている物が}着物だ)
これらも中括弧の部分を補って理解される。(12)(13)と異なるの
は、これらの理解に特別な文脈は必要なく、主語名詞Aと述語名詞B
との関係から推論されることである。(14)で言えば、文脈によって
は、「夜のニュースは、{私が見るのは}七時と九時です」という解釈
もあり得るが、そういう文脈がなければ、常識的に{放映時間が(=
夜のニュースの存在時間が)}ということを言っていると理解される
のである。このようなウナギ文をここでは「慣用的ウナギ文」と呼ぶ。
(1)(11)も、(14)~(16)と同様で、「時計」と「机の上」、「私の
家」と「神戸」との関係において、{場所が/は}を補い(注2((注3(
得る。
所在文と慣用的ウナギ文とが対応するといっても、使用条件の違い
はある。次の所在文では、文章の冒頭として見ると、対応するコピュ
ラ文が少し不自然である。(「#」は文章の冒頭または段落の冒頭であ
ることを示す。)
(17)#「天国にいちばん近い島」といわれるフランス領ニューカ
レドニアは南太平洋にある。(?である)
(97・5・17・夕(注4()
(18)#祈りは天に昇る。ギリシャ中部テッサリア地方メテオラに、
14世紀から十七世紀にかけて建てられたギリシャ正教の修道
院群は、切り立った岩山の上にある。(?である)
(99・1・1・朝)
この(17)(18)の「AはBだ」は、次の文脈では自然な文になる
187 存在文・所在文とコピュラ文の対応
(「にある」も自然)。
(17)フランス領ってあちこちにあるの?──うん。例えば、フラ
ンス領ニューカレドニアは南太平洋だ。(にある)
(18)ギリシャ正教の修道院群がどこに立っているかというと、切
り立った岩山の上である。(にある)
これらは、次のように{場所が/は}を補って理解できる。
(17)フランス領ニューカレドニアは{場所は}南太平洋だ。
(18)ギリシャ正教の修道院群は、{場所が}切り立った岩山の上で
ある。
(17)は、「フランス領ってあちこちにあるの?」という質問によって、
「フランス領ニューカレドニア」の存在場所がどこであるかという関
心が喚起され、(18)も「どこに立っているかというと」にそういう
関心が直接示されている。
また、次の例においても「だ」が成り立つ(「にある」も自然)。
(19)展望は圧巻だった。雲霧のため墨絵のように浮かんだ四国の
山並みに囲まれ、松山市街が一望の下にあった。子規の生家
跡は、城の麓の南側。親友であった秋山真之と兄の好古の生
家跡は、西側にある。(である)
(02・12・22・朝)
(20)#事故のすさまじい衝撃で正徳さんは失神。気付いた時は病
院のベッドの上だった。(にいた)
(93・10・18・夕)
(19)は「子規の生家跡」との対比で、「秋山真之と兄の好古の生家
跡」の場所に対する関心が喚起されやすく、(20)は意識を取り戻し
た時に「自分の居場所はどこか」という関心が喚起されやすいと言
える。
′′′′′′′
′
以上のように、(17)(18)・(19)(20)の「だ」が自然で、(17)
(18)の「だ」がやや不自然なのは、前者は「その場所はどこか」と
いう関心が喚起されやすい文脈にあり、後者はそうではないというと
ころにある。存在場所に対して関心を抱いていることが明らかな場合
に、慣用的ウナギ文が用いられやすいのである。
但し、関心が喚起されやすいか否か、「AはBだ」が自然か否かは、
相当に微妙で、ここでその詳細に立ち入ることはできない。
二・四 存在文と慣用的ウナギ文との対応
他方、存在文「BにはAがある」と「BはAだ」との置換は、所在
文「AはBにある」と「AはBだ」との置換に比べて、次のbのよう
に成り立ちにくい場合が少なくない。
(21)a
机の上に花瓶がある。/b?机の上は花瓶だ。
c
花瓶は机の上にある。/d
花瓶は机の上だ。
(22)a
信州には別荘がある。/b?信州は別荘だ。
c
別荘は信州にある。
/d
別荘は信州だ。
dのコピュラ文は、「花瓶は{場所が}机の上だ」、「別荘は{場所は}
信州だ」のように補い得る慣用的ウナギ文である。bの文は、 (21)
bで言えば、次のような文脈では成り立つ。
(21)b 床の間に大きな壺があるし、棚には抹茶茶碗がたくさんあ
る。机の上は花瓶だ。
これは「机の上は{そこにあるものが}花瓶だ」と補い得るが、この
′
′
′
存在文・所在文とコピュラ文の対応 188
ような文脈が必要であるというのは、慣用的ウナギ文とは言い難い。
dの{場所が}を補うのとbの{そこにあるものが}を補うのとを比
べれば、前者の方が慣用化しており、それがdとbの許容度の違いと
なっているということであろう。
但し、次の例では、bも自然である。
(23)a
隣にコンビニがある。/b
隣はコンビニだ。
c
コンビニは隣にある。/d
コンビニは隣だ。
(24)a
二階には控え室がある。/b
二階は控え室だ。
c
控え室は二階にある。/d
控え室は二階だ。
(23)「隣」は他の並びの建物との対比を、(24)「二階」は他の階との
対比がなされやすく、その中で、そこがどんな所か、何がある所かと
いう関心が喚起されやすいのである。
なお、(23)c(24)cのような所在文は「Aはどこにあるかという
とBにある」という選択指定的な性格を持ち、(23)d(24)dのウナ
ギ文も「場所がBだ」という選択指定的な性格があるという点で、同
義的である。これに対して、(23)(24)のaとbを比べると、慣用的
ウナギ文のbは選択指定的だが、aの存在文には特にそういう性格は
なく(文全体が焦点であることも可能)。この点で、意味の違いがあ
る。
三 時間型
時間型の存在文・所在文は、Bに時間を表す名詞が用いられるタイ
プである。まず、場所型の(5)~(8)と同様、コピュラ文が同一
文・帰属文・指定文である場合には、存在文・所在文に対応しない。
次は帰属文の例。
(25)四月一日は入学式の日だ。
(25)a
×四月一日には入学式の日がある。/b×入学式の日は四
月一日にある。
時間型のAは次の「入学式」「阪神淡路大震災」のように出来事を
表す名詞が用いられる。
(26)a
四月一日には入学式がある。/b
四月一日は入学式だ。
c
入学式は四月一日にある。/d
入学式は四月一日だ。
(27)a
小学生の時に阪神淡路大震災があった。
b?小学生の時は阪神淡路大震災だった。
c
阪神淡路大震災は小学生の時にあった。
d
阪神淡路大震災は小学生の時だった。
(26)のコピュラ文は、bは「四月一日は{その日の行事は}入学式
だ」、dは「入学式は{時期が}四月一日だ」のように補って解釈で
きる。(27)も同様に、b「小学生の時は{起きた出来事が}阪神淡
路大震災だった」、d「阪神淡路大震災は{時期が}小学生の時だっ
た」のように補うことができるが、bは単独ではやや不自然で、
(27)b
社会人一年目は東日本大震災があったし、小学生の時は阪
′′
189 存在文・所在文とコピュラ文の対応
神淡路大震災だった。
のような対比文脈が必要である(注5(。二・四節の場所型と同様で、dとb
の差は、{時期が}を補う方が{起きた出来事が}を補うより慣用化
しているということであろう。その一方で、(26)bは{その日の行事
が}と出来事を補う文だが、(27)のような対比文脈を必要としない。
このようなスケジュールの叙述は、月日と出来事の組み合わせに対す
る関心(いついつに何があるかという関心)が高いためだと考えられ
る。
他方、次の(28)(29)は、コピュラ文bは成り立つが、所在文a
は自然ではない。
(28)彼女の結婚は六月{a×にある/bだ}。
(29)選挙の実施は来夏{a×にある/bだ}。
これが「結婚」「選挙の実施」でなく、次のように「結婚式」「選挙」
であるならば自然である。
(30)彼女の結婚式は六月{aにある/bだ}。
(31)選挙は来夏{aにある/bだ}。
次も同様である。
(32)国会の解散は予算案成立後{aにある/bだ}。
(33)機器の更新は三月頃{aにある/bだ}。
これは、存在文の場合も同じで、「結婚式がある」「選挙がある」「国会
の解散がある」「機器の更新がある」は自然だが、「×結婚がある」「×
選挙の実施がある」、あるいは、「×開店がある」「×開始がある」「×
入場がある」「×出発がある」「×実用化がある」などは成り立ちにく
い。所在文・存在文が成り立たないのはどれも動作性名詞だが、「選
挙」のように動作性名詞でも成り立つものがあって、詳細は明らかで
はない。
なお、Aが動作性名詞の存在文の場合、
(34)a×六月に彼女の結婚がある。/b?六月は彼女の結婚だ。
(35)a
六月に彼女の結婚式がある。/b
六月は彼女の結婚式だ。
(34)bのように「結婚」では対応するコピュラ文も成り立ちにくい。
(35)bならば「六月は{行事が}彼女の結婚式だ」というように補っ
て理解できる(「行事」という言葉がぴったりではないにせよ)が、
(34)bはそのように補って理解することが相対的に難しいためであ
ろう(注6(。
四 周辺要素型
周辺要素型の所在文は、「AはBある」の形でBが副詞的要素であ
るものである(他と異なりBは無助詞が多い)。
(36)お饅頭はちょうど百個{aあります/bです}。
(37)定年後の人生は二・三十年ほど{aある/bだ}。
(38)全国に信用金庫は二百八十二行{aある/b×だ}。
(36)(37)はそれぞれbのようにコピュラ文に対応する。これは、
「お饅頭は{数が}ちょうど百個です」「定年後の人生は{年数が}
二・三十年ほどだ」のように補う慣用的ウナギ文として成り立ってい
る。(38)のbが成り立たないのは、「全国に」という場所要素があっ
て、「AはBだ」という構文にならないからである。また、
存在文・所在文とコピュラ文の対応 190
(39)商品はたくさん{aある/b×だ}。
(40)わが党は国民とともに{aある/b×だ}。
(39)は(36)(37)と同様に{数が}を補って理解できるが、「たく
さん」が「だ」を伴わないために成り立たない。(40)bも「ととも
に」が「だ」を伴わず、かつ、慣用的ウナギ文として補う要素も想定
しにくいために成り立たない(注7(。
本節までの範囲において対応が成り立つのは、主として、(ア)所
在文・存在文のBが場所・時間・数量であり、コピュラ文が慣用的ウ
ナギ文という特別な構文で場所・時間・存在物・出来事・数量を補っ
て理解される場合であった(慣用化の度合いの違いもあった)が、一
方で、(イ)所在文のBが場所兼性質を表し、コピュラ文が性質文
の場合というものもあった。次節以降は、慣用的ウナギ文に依らず、
(イ)のようなBまたはAの名詞の性質に依存するものが多くなる。
五 抽象場所型
これは、場所項Bの名詞が抽象的な場所を表すものに転用されたタ
イプである。所在文の例を挙げると、
(41)山田は社長の地位{aにある/b×である}。
(42)この試合は、ファンの記憶の中{aにある/b×である}。
(41)(42)は「社長の地位」「ファンの記憶の中」という抽象的な場
所に「山田」「この試合」が存在することを表す。これに対して、
(43)芸能界は浮き沈みが激しい世界{a×にある/bである}。
(44)太郎は次郎より二歳年上{a×にある/b
だ}。
(43)は帰属文で、「芸能界」が「浮き沈みの激しい世界」というカテ
ゴリーの要素であることを表し、(44)は性質文で、「太郎」が「次郎
より二歳年上」という性質を持つことを表す。このように一方のみが
成り立つ場合とともに、両方とも成り立つ場合も少なくない。
(45)実態は闇の中{aにある/bである}。
(46)血圧は正常の範囲内{aにある/bである}。
(47)彼は私とは正反対の立場{aにある/bである}。
いずれもAがBという抽象的な場所内にあるという把握も、AがBと
いう性質を持つという把握も可能である。
存在文についても同様に、一方のみのことも両方のこともある。
(48)a
紛争の背景には貧困がある。/b
紛争の背景は貧困だ。
(49)a
彼女の心には深い傷がある。/b×彼女の心は深い傷だ。
どのような名詞が性質を表すことができるか、詳細は不明であり、ま
た、所在文・存在文の示す抽象的な場所という概念も内実は漠然とし
たままである(注8(。
このタイプは、場所型と異なり、慣用的ウナギ文とは対応しにくい。
次の(50)は場所型、(51)は抽象場所型の例。
(50)私の家は路地の奥{aにある/bだ}。
(51)彼女のことは心の奥{aにある/b×だ}。
(50)は「私の家は{場所が}路地の奥だ」という関係に把握できる
が、(51)はそのように補うことが難しい。
191 存在文・所在文とコピュラ文の対応
六 関係基体型
関係基体型は、Aが関係名詞で、Bがそれを補充するというタイプ
である。次のaは存在文、cは所在文。
(52)a
私には責任がある。/b×私は責任だ。
c
責任は私にある。
/d×責任は私だ。
(53)a
太郎にはそういう欠点がある。/b×太郎はそういう欠点
だ。
c?
そういう欠点は太郎にある。/d×そういう欠点は太郎だ。
c
そういう欠点は太郎にもある。/d
そういう欠点があるの
は太郎だ。
(52)acで言えば、「責任」は必ず誰かの責任であり、それを「私」
が補充する関係にある。(53)cが少し不自然なのは、「そういう欠点」
について、それを誰が持つかを問うて選択するということがあまりな
いからで、cのように「も」があればより自然になる。これらに対応
する(52)(53)のbdは、帰属文・指定文・同一文・性質文として
捉えられる関係になく、かつ、慣用的ウナギ文としての理解もできな
いため、成り立たな(注9(い(ただし、dの代わりに、aに対応するdが可
能である)。
「BはAだ」が性質文として自然な場合もある。
(54)a
彼には問題がある。
/b
彼は問題だ。
c
問題は彼にある。
/d
問題は彼だ。
(55)a
妻の方には不満があった。/b
妻の方は不満だった。
′
′
′
′
c
不満は妻の方にあった。/d?不満は妻の方だった。
d
不満があったのは妻の方だった。
名詞Aが「ある」のガ格に立つ(acが成り立つ)か、「Aだ」で性
質を表す(bが成り立つ)かは、個々の語に依る。
(56)a
彼にはそうする{必要/必要性}がある。
b
彼はそうすることが{必要/×必要性}だ。
c
そうする{必要/必要性}は彼にこそある。
d
そうする{×必要/×必要性}は彼だ。
d
そうする必要があるのは彼だ。
(57)a
彼女には{×柔軟/柔軟性}がある。
b
彼女は{柔軟/×柔軟性}だ。
c{×柔軟/柔軟性}は彼女にこそある。
d{×柔軟/×柔軟性}は彼女だ。
d
柔軟性があるのは彼女だ。
(54)「問題」と(55)「不満」と(56)「必要」とは、「ある」のガ格
にも立ち「だ」を伴って性質述語にもなるのに対して、(57)の「柔
軟」は「ある」のガ格には立たないが性質述語にはなり、(56)「必要
性」と(57)「柔軟性」は「ある」のガ格には立つが性質述語にはな
らない。
(57)「柔軟」のように、性質述語にはなるが「ある」のガ格に立た
ないものは、形容動詞も含め、数多くある。
(58)a×彼には優秀がある。/b
彼は優秀だ。
(59)a×この製品には高品質がある。/b
この製品は高品質だ。
(60)a×この壁には真っ白がある。/b
この壁は真っ白だ。
′′′
存在文・所在文とコピュラ文の対応 192
七 状況型
状況型所在文は、BがAの一時的状況を表すタイプである。次のよ
うに、この「にある」は「だ」に置換できることが多い。
(61)人口は減少傾向{aにある/bだ}。
(62)日本の社会は今、過渡期{aにある/bである}。
(63)アホウドリは絶滅の危機{aにある/bだ}。
(64)彼は、かなり不利な条件{aにあります/bです}。
このタイプは、これら「減少傾向」「過渡期」「絶滅の危機」「不利な
条件」のように変化や動作のある方向・局面を表す名詞において成り
立つことが多い。
次のような状態を表すものは、「だ」の文が成り立つが「にある」
に置き換えられない(((
(注
。
(65)彼は強気{×にある/だ}。
(66)僕はショック{×にあった/だった}。
(67)社長は多忙{×にある/だ}。
(68)妹はご機嫌{×にあった/だった}。
(69)バターは品薄{×にあります/です}。
但し、
(70)
学力は高いレベル{aにある/bだ}。
(71)
僕はショック状態{aにあった/bだった}。
という例では所在文も成り立ち、個々の語に依るところも大きい(((
(注
。
八 内容型
内容型の所在文は、Aの内容がBで示される関係にあるものである。
(72)この作品の独自性は、色の使い方{aにある/bだ}。
(73)彼の心配は妻の健康{aにあった/bだった}。
(74)就職の際の大きな壁は日本語{aにある/bである}。
(75)学生時代の思い出は、何と言っても部活{aにある/bだ}。
BがAの内容であることは、「色の使い方というこの作品の独自性」
「妻の健康という彼の心配」のように「BというA」の形が可能であ
ることに現れる。これらの例で所在文とコピュラ文とが置換可能なの
は、Aの内容がBであるという指定的性格が両者に共通するからで
ある。
ただ、次のように、所在文が不自然な場合もある。
(76)周りの感想は、「まさか」{a×にあった/bであった}。
(77)デジタルの元の意味は指{a×にある/bである}。
(78)お返しは家で取れたサツマイモ{a×にあった/bだった}。
(79)このペットボトルの中身は水道水{a×にある/bだ}。
「AはBにある」も「AはBだ」も、Aの内容をBで指定するのは同
じである。しかし、「にある」の場合、Aの内容は、Bそのものとい
うより、「Bに含まれるあるもの」と言い得るものである。(72)aで
いえば、「この作品の独自性」の内容は「色の使い方」なのであるが、
実際には何らかの具体的な使い方があるのであり、「色の使い方にあ
る」は、そういう関係を表現している。したがって、指定されるも
193 存在文・所在文とコピュラ文の対応
のが、Bに含まれるのでなく、Bそのものでしかない場合は、(76)
~(79)のように「AはBにある」になじまない。「感想」は「まさ
か」という言葉そのもの、「お返し」は「サツマイモ」そのものであ
る。これに対して、「AはBだ」の方は、Aの内容がBの中にあるか
Bそのものかということには関与しないので、上のどの例も成り立つ。
九 上位型
次の(80)のように、内容型所在文「AはBにある」は対応する存
在文は成り立たず、その一方で、上位型所在文と上位型存在文とが成
り立つ(丹羽二〇一五a:9)。
(80)a
内容型所在文「上位項Aは下位項Bにある」
将来の懸念はインフレにある。
b×内容型存在文「下位項Bには上位項Aがある」
×インフレには将来の懸念がある。
c
上位型所在文「下位項Aは上位項Bとしてある」
インフレは将来の懸念としてある。
d
上位型存在文「上位項B{としては/には}下位項Aがある」
将来の懸念{としては/には}インフレがある。
内容型所在文の(80)aは、指定文(81)と同義的に対応するが、
(81)将来の懸念はインフレである。
それとともに、上位型存在文(80)dが(81)と類義的に対応すると
も言える(存在文の方に指定性がないという点で類義的)。(72)~
(75)に対しても次のような上位型存在文が成り立つ。
(82)この作品の独自性としては、色の使い方がある。
(83)彼の心配としては、妻の健康ということがあった。
(84)就職の際の大きな壁としては日本語がある。
(85)学生時代の思い出としては、何と言っても部活がある。
他方、上位型所在文(80)cの対応するコピュラ文は(86)である。
(86)インフレは将来の懸念である。
これは「下位項Aは上位項Bである」という通常の帰属文である。次
も同様の例。
(87)言葉は民族の基盤{aとしてある/bである}。
(88)戦争は外交の延長{aとしてある/bである}。
(89)鬼ごっこはスポーツの原点{aとしてある/bである}。
この所在文「AはBとしてある」は、AをBの一員として特に位置づ
けるという意味合いが強い。それ故、単純にAがBに属することを表
す文には用いられにくい。
(90)これは僕の時計{a?としてある/bだ}。
(91)明日は日曜日{a?としてある/bである}。
十 まとめ
以上のことをまとめれば、次の二つに大別される。
(ア)
場所型・時間型・周辺要素型の所在文・存在文は、コピュラ文
の中で、{場所が・時間が・存在物が・出来事が・数量が}と
存在文・所在文とコピュラ文の対応 194
いった要素を補って理解できる慣用的ウナギ文に対応し得る
(慣用性の度合いに差もある)。
(イ) その他の所在文・存在文、および場所型所在文の一部は、Bま
たはAの名詞の性質によって、帰属・性質・一時的状態・指定
という意味関係を表すコピュラ文に対応し得る。
(ア)はコピュラ文が慣用的ウナギ文という特殊な構文によって所在
文・存在文に接近したもの、(イ)は所在文・存在文がBやAの名詞
の性質によってコピュラ文に接近したものと言うことができる。
コピュラ文の方を基準に整理すると、次のようになる(対応する場
合のみを代表例とともに示す)。
(ア)
慣用的ウナギ文/場所型・時間型・周辺要素型の所在文・存在
文
(24)二階は控え室だ。/二階には控え室がある。
控え室は二階{だ/にある}。
(26)四月一日は入学式だ。/四月一日には入学式がある。
入学式は四月一日{だ/にある}。
(36)お饅頭はちょうど百個{です/あります}。
(イ1)
性質文/場所型所在文、抽象場所型所在文・存在文、関係基
体型存在文
(10)彼女の家は学校の近く{だ/にある}。
(45)実態は闇の中{である/にある}。
(48)紛争の背景は貧困だ。/紛争の背景には貧困がある。
(54)彼は問題だ。/彼には問題がある。
(イ2)一時的状態文/状況的所在文
(61)人口は減少傾向{だ/にある}。
(イ3)指定文/内容型所在文・上位型存在文
(81)将来の懸念はインフレである。
/(80)将来の懸念はインフレにある。
将来の懸念としてはインフレがある。
(イ4)帰属文/上位型所在文
(86)インフレは将来の懸念である。
/(80)インフレは将来の懸念としてある。
対応すると言っても、場所型の二・三節などで見たように、微妙な
文脈に依存する場合があり、また、(イ)は個々の名詞の語彙的性質
に依存する面が強く、具体的には不明な点が多く残っている。
〈注〉
(注1)同一個体であることと空間的に重なることとは同じではない。
「シネマ名画座」はこのビルの八階{aだ/bにある}。
この映画館がビルの八階を占有して空間的に一致するという場合
でも、コピュラ文のaは、同一個体であることを表すわけではな
い。これは二・三節の慣用的コピュラ文であり、
「シネマ名画座」は{場所が}このビルの八階だ。
のように補って理解できる。
(注2)もともと{
}の成分があって、それが省略されているとい
うのではなく、これらの「AはBだ」の意味解釈において補って
理解されるということである。それ故、補った文が多少ぎこちな
195 存在文・所在文とコピュラ文の対応
い文になっても問題はない。{~が}と{~は}でどちらがより自
然かということも問題ではない。
(注3)慣用的ウナギ文は、意味解釈のために{
}という成分を補
う必要がある文だが、逆は成り立たない。
a
彼は銀行員だ。/b
彼は{職業が}銀行員だ。
aは帰属文だが、bのように補って理解することもできる(詳し
くは丹羽二〇〇六:四章)。(8)の指定文でも、
(8)
この列車のグリーン車は{場所が/車両が}7号車だ。
のように補うこともできる。
(注4)実例は『CD-
毎日新聞(データ版)』による。
(注5)次のbは不自然である。
a
小学生の時にある事件があった。
b×小学生の時はある事件だった。
これは、「ある事件」では「小学生の時」と他の時との対比が成り
立たないためである。
(注6)動作性名詞について言えば、次のように主体の動作や変化を
表すコピュラ文もある。
[1]
彼女は六月に結婚です。(×彼女は六月に結婚がありま
す。)
[2]
太郎はいま休憩です。(×太郎はいま休憩にあります。)
[3]
計画は成功だ。(×計画は成功にある。)
これらは存在文・所在文には対応せず、それぞれ、「結婚します」
「いま休憩しています」「成功した」のように動詞述語に対応する。
(注7)周辺要素型の所在文に対応する存在文は、場所型などの存在
′
文に吸収され、周辺要素型の存在文というものはない(丹羽二
〇一五a:8)。なお、存在文と所在文が対応しないものとして、
「百花繚乱という言葉がある。」のような無表示型存在文というも
のもあり(丹羽二〇一五b:263)、これは「Aがある」という構文
で、Bがないため、コピュラ文に対応しない。
(注8)丹羽(二〇一五a:2)では、心理的領域、表現領域、現実
領域と分けているが、不十分である。
(注9)文脈に依存するウナギ文としてなら、どれも成り立つ。例え
ば(52)b「君は何を重んじる?」──「私は責任だ。」
(注10)一節でこの種のコピュラ文を「一時的状態文」と名づけ、こ
の節の所在文を「状況型所在文」と名づけているのは、後者が動
作性を持つものが多いことを反映させている。
(注11)状況型の存在文は、
(63)a×絶滅の危機にはアホウドリがある。
b
ホロホロ鳥ではない。アホウドリが絶滅の危機にある。
のように、「BにはAがある」という形では成り立たず、「AがB
にある」の「A」が焦点になる場合に成り立つ(丹羽二〇一五
a:11)。これは「アホウドリが絶滅の危機だ」のように対応する。
′′
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