森林総合研究所 研究情報...森林総研東北支所 研究情報 vol.8 4 '09-2...

Post on 03-Sep-2020

6 Views

Category:

Documents

0 Downloads

Preview:

Click to see full reader

TRANSCRIPT

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

(Nematoda: Aphelenchoididae), carried by the Japanese pine sawyer, Monochamus alternatus (Coleoptera: Cerambycidae), and the nematode’s life history. Appl. Entomol. Zool. 31: 443-452.

Maehara, N. and Futai, K. (1997) Effect of fungal interactions on the numbers of the pinewood nematode, Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Aphelenchoididae), carried by the Japanese pine sawyer, M o n o c h a m u s a l t e r n a t u s (Co leop te ra : Cerambycidae). Fundam. Appl. Nematol. 20: 611-617.

Maehara, N. and Futai, K. (2000) Population changes of the pinewood nematode, Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Aphelenchoididae), on fungi growing in pine-branch segments. Appl. Entomol. Zool. 35: 413-417.

Maehara, N., Hata, K., and Futai, K. (2005) Effect of blue-stain fungi on the number of Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Aphelenchoididae) carried by Monochamus alternatus (Coleoptera: Cerambycidae). Nematology 7: 161-167.

Maehara, N., Tsuda, K. , Yamasaki , M., Shirakikawa, S., and Futai, K. (2006) Eff ect of fungus inoculation on the number of Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Aphelenchoididae) carried by Monochamus alternatus (Coleoptera: Cerambycidae). Nematology 8: 59-67.

島津光明・樋口俊男 (2008) カビを利用した松くい虫防除剤について. 山林 1484: 55-61.

富樫一巳 (1996) 松枯れをめぐる宿主-病原体-媒介者の相互作用 . ( 昆虫個体群生態学の展開 . 久野英二編 , 京都大学出版会 , 京都 ). 285-303.

ありません。一方、線虫寄生菌は、青変菌が先に広がっていても効果はありますが、伸長速度が遅いという欠点があります。そのため、いずれもマツの枯死後早い時期に接種する、あるいは労力の軽減を含めて種駒よりさらに良い接種方法を検討する必要があります。

6.おわりに 現在、筆者らは、媒介者カミキリに対する昆虫病原菌 B. bassianaと、病原体センチュウに対する兵糧攻め菌および線虫寄生菌の併用について、相乗効果を得るべくさらに研究を進めています。 また、マツ材線虫病の防除を成功させるためには、枯死木の駆除とともに健全木への予防が欠かせません。しかし、カミキリに対する B. bassiana不織布製剤は駆除的利用に限られ、現在のところ予防的に使える天敵微生物は見付かっていません。また、センチュウに対する兵糧攻め菌 Trichoderma sp. 3 および線虫寄生菌 Verticillium sp. に関しても、今考えられているのは駆除的利用方法です。病原体および媒介者のそれぞれに関して、予防的に利用できる菌類あるいは他の微生物を探索することが今後の課題となっています。

引用文献相川拓也 (2006) マツノザイセンチュウの伝播機構-どのように媒介昆虫へ乗り移りそして離脱するのか- . 日林誌 88: 407-415.

岸 洋一 (1988) マツ材線虫病-松くい虫-精説 . トーマス・カンパニー , 東京 , 292pp.

小林享夫・佐々木克彦・真宮靖治(1974)マツノザイセンチュウの生活環に関連する糸状菌(Ⅰ). 日林誌 56: 136-145.

小林享夫・佐々木克彦・真宮靖治(1975)マツノザイセンチュウの生活環に関連する糸状菌(Ⅱ). 日林誌 57: 184-193.

黒田慶子・伊藤進一郎(1992)クロマツに侵入後のマツノザイセンチュウの動きとその他の微生物相の変遷 . 日林誌 74: 383-389.

Maehara, N. (2008) Reduction of Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Parasitaphelenchidae) population by inoculating Trichoderma spp. into pine wilt-killed trees. Biological Control 44: 61-66.

Maehara, N. and Futai, K. (1996) Factors aff ecting both the numbers of the pinewood nematode, Bursaphe lenchus xy lophi lus

研究情報 2008年度 Vol. 8 №4平成 21年2月 20日発行

独立行政法人 森林総合研究所 東北支所 岩手県盛岡市下厨川字鍋屋敷 92-25 〒020-0123 TEL 019(641)2150 ㈹ FAX 019(641)6747ホームページ http://www.ffpri-thk.affrc.go.jp/

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

Vol.8 No.4 2009Vol.8 No.4 2009 --22

独立行政法人

森林総合研究所 東北支所ISSN 1348-4125

研 究 情 報

病原菌の一種 Beauveria bassianaを利用してカミキリの幼虫および成虫を防除するための一連の研究を行ってきました。そして、この菌が脱出直後の成虫に有効であるという結果に基づいて開発されたこの菌の不織布製剤が、2007 年2月に脱出成虫の駆除を対象として農薬登録され、2008 年4月から製造販売されています。不織布製剤の有効性や開発の経緯の詳細については、島津・樋口(2008)をご覧下さい。 一方、センチュウに対する予防措置として、健全木への薬剤の樹幹注入があります。予防効果が高く、環境への悪影響の心配もありませんが、薬剤を注入するために空けた穴から腐朽菌が侵入してしまうことがあり、また薬剤が高価なため大面積での実施には不適であるという欠点もあります。センチュウの駆除措置に関しては、枯死木材内のカミキリ幼虫に対して用いる殺虫剤や燻蒸剤に殺線虫効果もあることが分かっていますが、先に述べたような問題点があります。そのため、筆者らは菌類を用いてセンチュウを防除するための研究も併せて進めてきましたので、ここではこちらについて説明します。

2.マツノマダラカミキリのマツノザイセンチュウ保持数 カミキリ成虫によってマツ枯死木から健全木へとセンチュウが運ばれることでマツ材線虫病が生じることはすでに述べましたが、カミキリが保持するセンチュウの数が皆無かあるいは非常に少ない場合には、マツは枯死しません。理論的には、センチュウ保持数が 1000 頭未満のカミキリはマツを枯らしにくいと考えられています

1.はじめに マツ材線虫病(いわゆる松くい虫被害)の病原体はマツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus)であり、その病原体をアカマツやクロマツ(以下マツと略記)の枯死木から健全木へと媒介するのがマツノマダラカミキリ(Monochamus alternatus)の成虫です。そのため、本病の防除対象としては、病原体「マツノザイセンチュウ」(以下センチュウと略記)と媒介者「マツノマダラカミキリ」(以下カミキリと略記)が考えられます。またその防除法は、大きく「予防」と「駆除」に分けられます。 本病を防除するために通常行われているのは、あらかじめ健全木の樹冠部に殺虫剤を散布しておくことで枝を摂食する(これを幼虫期の摂食と区別して後

こうしょく

食と呼ぶ)ために飛来したカミキリの成虫を殺す方法(予防散布)と枯死木材内のカミキリの幼虫を殺虫剤や燻蒸剤によって殺す方法(伐倒駆除)です。殺虫剤による防除は、効果が高く速い反面、生態系内の他の生物への悪影響や環境汚染を引き起こす可能性がゼロではありません。また、燻蒸剤は効果と安全性は高いですが、被害材をシートで密閉する必要があり手間がかかるとともに、急斜面などでは適用できないこともあります。このような現行の防除法の問題点に加え、少しでも環境への影響が少ない防除法が求められるという背景の下で、天敵や拮抗微生物を利用する生物的防除法(微生物を利用する場合は特に微生物的防除法ともいう)の開発が望まれてきました。そこで、筆者らは昆虫

前原紀敏 : 生物被害研究グループ■専門分野 : マツ材線虫病・森林昆虫

菌類によるマツノザイセンチュウの微生物的防除-「兵糧攻め制御法」開発の試み-

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

センチュウ保持数を 1000 頭未満に減少させる必要がありますが、果たして前述の Trichoderma sp. 3(ここでは兵糧攻め菌と呼ぶことにします)およびVerticillium sp.(線虫寄生菌)に、菌を接種していない対照区と比べてカミキリが保持するセンチュウ数の平均値を 1000 頭未満に減少させる効果が見られました。また、兵糧攻め菌を接種した丸太では、菌を接種していない対照区の丸太と比べて、青変菌の繁殖が抑制されている様子が材の青変度合いを見ることで肉眼的に確認できるとともに(図-5)、兵糧攻め菌の緑色の分生子(無性的に作られる脱落性の不動胞子)が形成されていることも確認できました(図-6)。ただし、兵糧攻め菌は、速く伸長できますが、青変菌より先に広がらなければ効果が

(Maehara et al., 2006; Maehara, 2008)。センチュウを直接殺すのではなく、餌をなくすことによって増殖を抑える、すなわちセンチュウを「兵糧攻め」にするという発想に基づいています。また、線虫寄生菌を接種してセンチュウを直接殺すことで、材内のセンチュウ密度を低下させる方法も試みました。いずれの方法も、センチュウの駆除措置に相当します。この試験は何度か行ったのですが、ここでは結果の一例を表-3に示します。先に述べましたように、センチュウ保持数が 1000 頭未満のカミキリはマツを枯らしにくいと考えられていますので、

表-3 マツノマダラカミキリのマツノザイセンチュウ保持数に及ぼすアカマツ枯死木に接種した菌類の影響の一例

図-5 Trichoderma sp. 3 ( 兵糧攻め菌 ) 接種7か月後のアカマツ枯死木丸太 (a) および菌を接種していない対照区の丸太 (b) の縦断面の様子

図-6 Trichoderma sp. 3(兵糧攻め菌)接種4か月後のアカマツ枯死木丸太の木口面の様子兵糧攻め菌の緑色の分生子が見える。

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

(富樫 , 1996)。そして、1本のマツ枯死木から脱出してくるカミキリ成虫の中にも、膨大な数のセンチュウを保持しているものもいれば、全く保持していないものもいることが明らかにされています。したがって、カミキリに多数のセンチュウを保持させないことが、マツ材線虫病の拡大を抑えるために重要となります。 カミキリのセンチュウ保持数に影響する要因としては、含水率が高すぎる、あるいは低すぎる材から脱出したカミキリのセンチュウ保持数は少ないこと、体サイズの大きいカミキリほど多くのセンチュウを保持していること、また、センチュウの病原力(マツを枯死させる能力)が強いほど、カミキリに多く運ばれることが報告されています(岸 , 1988; 相川 , 2006)。しかし、これらの要因だけで、カミキリのセンチュウ保持数の大きなばらつきの全てを説明することはできません。 枯死木中のセンチュウは、蛹室で羽化した(蛹から成虫になった)ばかりのカミキリに乗り移ります。そのため、カミキリがセンチュウを多く保持するために必要な条件は、その蛹室にセンチュウが多数集中して、羽化したカミキリに多数乗り移ることです。さらにさかのぼって考えてみますと、まず枯死木材内でセンチュウがよく増殖していなければならないことになります。では、センチュウは何を摂食して増殖するのでしょうか。

3.マツノザイセンチュウと菌類  セン チュウ が 属 す るアフェレンクス目(Aphelenchida)の線虫は、元来、菌食性線虫であり、菌類を餌として増殖します。センチュウも、灰色かび病菌(Botrytis cinerea)を餌として容易に培養できることから分かるように、菌食性の性質を持っています。さらにセンチュウはマツという高等植物に対して寄生性を持

ち、これを加害します。センチュウは、菌類上だけではなく、マツのカルス(植物体の一部を切り取り、植物ホルモンを含む培地上で培養したときに形成される無定形の細胞塊)上や無菌クロマツ稚苗内でも増殖できます。さらにマツ柔細胞に多い不飽和脂肪酸がセンチュウの生活に有利にかかわっていること、および柔細胞摂食を予測させる組織解剖観察の結果も示されています。よって、この線虫はマツ柔細胞からも栄養分を摂取することができると考えられています。そして、植物寄生性や菌食性の性質を持つ一般的な線虫と同様に、センチュウも口針を持ち、それを相手に突き刺してその細胞内容物を吸収することが知られています。 カミキリ成虫によって後食時にマツ健全木へと運ばれたセンチュウは、後食のために枝に付いた傷口(後食痕)から樹体内に侵入し、そのうちの一部が速やかに分散移動します。そしてその頃には、柔細胞を摂食すると考えられています。一方、健全なマツの樹体内にも、量的にはあまり多くはありませんが菌類が存在しているので、センチュウはこれらの菌類も餌として利用している可能性があります(小林ら, 1975)。 外観的な病徴であるマツの針葉の変色や萎凋 (いちょう)が見られる頃になると、センチュウは柔細胞を餌として利用することができなくなります。一方、材内の菌相は大きく変化し、その量も著しく増加します。すなわち、健全木の中に存在した Pestalotiopsis属菌などに代わり、青変菌(Ophiostoma属菌などの材を青黒く変色させる菌類の総称)(図-1)や材の黒変を引き起こすMacrophoma属菌などが優占するようになります(小林ら, 1974, 1975)。マツに外観的な病徴が現れる頃、センチュウの数は爆発的に増加しますが、それと時期を合わせるように青変菌も樹体内に

図-2 アカマツ枝切片(長さ1cm)で生育している菌類上でのマツノザイセンチュウ数の経時的変化    Maehara and Futai (2000) を改変。

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

広がっており、この時期のセンチュウの餌として、この青変菌が重要な役割を果たしていると考えられています(黒田・伊藤 , 1992)。さらに、マツが完全に枯死した後も、センチュウは青変菌などの菌類を摂食しています。ただし、材内には、青変菌のようなセンチュウの増殖にとって好適な(餌になる)菌類(例えば、図-2 Ophiostoma minus)ばかりではなく、センチュウの増殖にとって不適な(餌にならない)菌類(例えば、図-2 Trichoderma sp. 3)も存在します(Maehara and Futai, 2000)。また、センチュウを殺す能力のある線虫寄生菌(例えば、図-2 Verticillium sp.)も検出されています。

4.マツノマダラカミキリのマツノザイセンチュウ保持数に及ぼす菌類の影響

 このようにマツ枯死木材内でのセンチュウの増殖に青変菌が重要な役割を果たしていることが明らかになりま

した。そこで、筆者らがカミキリのセンチュウ保持数に及ぼす青変菌の影響をマツ枯死木で調べたところ、カミキリの蛹室に青変菌がよく繁殖している場合に(図-3)、蛹室周辺のセンチュウの数が多くなり、そこから羽化脱出したカミキリが保持するセンチュウの数も多くなることが明らかになりました(Maehara et al., 2005)(表-1)。 しかし、この調査では、カミキリのセンチュウ保持数に及ぼすセンチュウの餌にならない菌やセンチュウを殺す線虫寄生菌の影響および青変菌を含めたこれらの菌類の相互作用の影響を解明できていません。そこで、筆者らは、センチュウのカミキリへの乗り移りを再現できる人工蛹室(マツ材片に蛹室に相当する穴を

図-1 青変菌によって変色したアカマツ丸太

図-3 アカマツ枯死木における青変菌がよく繁殖した    マツノマダラカミキリ蛹室    上の矢印:成虫の脱出孔、下の矢印:幼虫の穿入孔。

表-1 1本のアカマツ枯死木から羽化脱出したマツノマダラカミキリの    マツノザイセンチュウ保持数に及ぼす蛹室壁の青変菌の影響

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

木から運び出すセンチュウの数が強く影響を受けることが明らかになりました。

5.菌類によるマツノザイセンチュウの防除 以上で得られた知見をもとに、筆者らは、夏にマツ材線虫病で枯れたマツに、その年の秋に様々な菌類(センチュウの餌にならない菌類)を図-4のような種駒で接種して青変菌(センチュウの餌になる菌)の繁殖を抑制することで材内のセンチュウ密度を低下させ、翌年の夏にカミキリがそこから運び出すセンチュウの数を減少させる方法を試みました

空け、高圧蒸気滅菌した後に、菌類、センチュウ、カミキリの老熟幼虫または蛹をその穴に接種し共存培養する方法)を考案して、カミキリのセンチュウ保持数に及ぼすこれらの菌類の相互作用の影響を調べました(Maehara and Futai, 1996, 1997)(表-2)。その結果、①材内に1種類の菌だけが存在する(各菌を単独接種した)場合:センチュウの餌になる青変菌の一種 Ophiostoma minusの存在下では、センチュウが非常によく増殖し、カミキリのセンチュウ保持数も非常に多くなりました。一方、センチュウの餌にならない菌であるTrichoderma sp. 3 が存在すると、センチュウの増殖が悪く、カミキリのセンチュウ保持数も非常に少なくなり、またセンチュウを殺す線虫寄生菌の一種Verticillium sp. の存在下では、センチュウが増殖できなくて、カミキリのセンチュウ保持数はゼロになりました。さらに、②材内に2種類の菌が存在する(2種類の菌を接種した)場合:O. minusとVerticillium sp. の組み合わせでは、接種の順序にかかわらず Verticillium sp. 単独接種の場合と同様に、カミキリが保持するセンチュウの数はほとんどゼロでした。O. minusとTrichoderma sp. 3の組み合わせについては、カミキリのセンチュウ保持数は、O. minusを先に接種した実験区ではO. minus単独接種の場合と同様に多くなりましたが、Trichoderma sp. 3を先に接種した実験区と両種の同時接種区では少なくなりました。 以上のように、センチュウに対する好適性が異なる菌類間で見られる相互作用の結果、マツ枯死木材内で広く優占する菌が何であるかによって、センチュウの増殖の良し悪しが影響を受け、さらにはカミキリがその枯死

表-2 人工蛹室から脱出したマツノマダラカミキリ成虫のマツノザイセンチュウ保持数に及ぼす菌の種類と接種の順序の影響

図-4 Trichoderma sp. 3 ( 兵糧攻め菌 )(a) と    Verticillium sp. ( 線虫寄生菌の一種 )(b) の種駒

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

センチュウ保持数を 1000 頭未満に減少させる必要がありますが、果たして前述の Trichoderma sp. 3(ここでは兵糧攻め菌と呼ぶことにします)およびVerticillium sp.(線虫寄生菌)に、菌を接種していない対照区と比べてカミキリが保持するセンチュウ数の平均値を 1000 頭未満に減少させる効果が見られました。また、兵糧攻め菌を接種した丸太では、菌を接種していない対照区の丸太と比べて、青変菌の繁殖が抑制されている様子が材の青変度合いを見ることで肉眼的に確認できるとともに(図-5)、兵糧攻め菌の緑色の分生子(無性的に作られる脱落性の不動胞子)が形成されていることも確認できました(図-6)。ただし、兵糧攻め菌は、速く伸長できますが、青変菌より先に広がらなければ効果が

(Maehara et al., 2006; Maehara, 2008)。センチュウを直接殺すのではなく、餌をなくすことによって増殖を抑える、すなわちセンチュウを「兵糧攻め」にするという発想に基づいています。また、線虫寄生菌を接種してセンチュウを直接殺すことで、材内のセンチュウ密度を低下させる方法も試みました。いずれの方法も、センチュウの駆除措置に相当します。この試験は何度か行ったのですが、ここでは結果の一例を表-3に示します。先に述べましたように、センチュウ保持数が 1000 頭未満のカミキリはマツを枯らしにくいと考えられていますので、

表-3 マツノマダラカミキリのマツノザイセンチュウ保持数に及ぼすアカマツ枯死木に接種した菌類の影響の一例

図-5 Trichoderma sp. 3 ( 兵糧攻め菌 ) 接種7か月後のアカマツ枯死木丸太 (a) および菌を接種していない対照区の丸太 (b) の縦断面の様子

図-6 Trichoderma sp. 3(兵糧攻め菌)接種4か月後のアカマツ枯死木丸太の木口面の様子兵糧攻め菌の緑色の分生子が見える。

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

(富樫 , 1996)。そして、1本のマツ枯死木から脱出してくるカミキリ成虫の中にも、膨大な数のセンチュウを保持しているものもいれば、全く保持していないものもいることが明らかにされています。したがって、カミキリに多数のセンチュウを保持させないことが、マツ材線虫病の拡大を抑えるために重要となります。 カミキリのセンチュウ保持数に影響する要因としては、含水率が高すぎる、あるいは低すぎる材から脱出したカミキリのセンチュウ保持数は少ないこと、体サイズの大きいカミキリほど多くのセンチュウを保持していること、また、センチュウの病原力(マツを枯死させる能力)が強いほど、カミキリに多く運ばれることが報告されています(岸 , 1988; 相川 , 2006)。しかし、これらの要因だけで、カミキリのセンチュウ保持数の大きなばらつきの全てを説明することはできません。 枯死木中のセンチュウは、蛹室で羽化した(蛹から成虫になった)ばかりのカミキリに乗り移ります。そのため、カミキリがセンチュウを多く保持するために必要な条件は、その蛹室にセンチュウが多数集中して、羽化したカミキリに多数乗り移ることです。さらにさかのぼって考えてみますと、まず枯死木材内でセンチュウがよく増殖していなければならないことになります。では、センチュウは何を摂食して増殖するのでしょうか。

3.マツノザイセンチュウと菌類  セン チュウ が 属 す るアフェレンクス目(Aphelenchida)の線虫は、元来、菌食性線虫であり、菌類を餌として増殖します。センチュウも、灰色かび病菌(Botrytis cinerea)を餌として容易に培養できることから分かるように、菌食性の性質を持っています。さらにセンチュウはマツという高等植物に対して寄生性を持

ち、これを加害します。センチュウは、菌類上だけではなく、マツのカルス(植物体の一部を切り取り、植物ホルモンを含む培地上で培養したときに形成される無定形の細胞塊)上や無菌クロマツ稚苗内でも増殖できます。さらにマツ柔細胞に多い不飽和脂肪酸がセンチュウの生活に有利にかかわっていること、および柔細胞摂食を予測させる組織解剖観察の結果も示されています。よって、この線虫はマツ柔細胞からも栄養分を摂取することができると考えられています。そして、植物寄生性や菌食性の性質を持つ一般的な線虫と同様に、センチュウも口針を持ち、それを相手に突き刺してその細胞内容物を吸収することが知られています。 カミキリ成虫によって後食時にマツ健全木へと運ばれたセンチュウは、後食のために枝に付いた傷口(後食痕)から樹体内に侵入し、そのうちの一部が速やかに分散移動します。そしてその頃には、柔細胞を摂食すると考えられています。一方、健全なマツの樹体内にも、量的にはあまり多くはありませんが菌類が存在しているので、センチュウはこれらの菌類も餌として利用している可能性があります(小林ら, 1975)。 外観的な病徴であるマツの針葉の変色や萎凋 (いちょう)が見られる頃になると、センチュウは柔細胞を餌として利用することができなくなります。一方、材内の菌相は大きく変化し、その量も著しく増加します。すなわち、健全木の中に存在した Pestalotiopsis属菌などに代わり、青変菌(Ophiostoma属菌などの材を青黒く変色させる菌類の総称)(図-1)や材の黒変を引き起こすMacrophoma属菌などが優占するようになります(小林ら, 1974, 1975)。マツに外観的な病徴が現れる頃、センチュウの数は爆発的に増加しますが、それと時期を合わせるように青変菌も樹体内に

図-2 アカマツ枝切片(長さ1cm)で生育している菌類上でのマツノザイセンチュウ数の経時的変化    Maehara and Futai (2000) を改変。

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

(Nematoda: Aphelenchoididae), carried by the Japanese pine sawyer, Monochamus alternatus (Coleoptera: Cerambycidae), and the nematode’s life history. Appl. Entomol. Zool. 31: 443-452.

Maehara, N. and Futai, K. (1997) Effect of fungal interactions on the numbers of the pinewood nematode, Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Aphelenchoididae), carried by the Japanese pine sawyer, M o n o c h a m u s a l t e r n a t u s (Co leop te ra : Cerambycidae). Fundam. Appl. Nematol. 20: 611-617.

Maehara, N. and Futai, K. (2000) Population changes of the pinewood nematode, Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Aphelenchoididae), on fungi growing in pine-branch segments. Appl. Entomol. Zool. 35: 413-417.

Maehara, N., Hata, K., and Futai, K. (2005) Effect of blue-stain fungi on the number of Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Aphelenchoididae) carried by Monochamus alternatus (Coleoptera: Cerambycidae). Nematology 7: 161-167.

Maehara, N., Tsuda, K. , Yamasaki , M., Shirakikawa, S., and Futai, K. (2006) Eff ect of fungus inoculation on the number of Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Aphelenchoididae) carried by Monochamus alternatus (Coleoptera: Cerambycidae). Nematology 8: 59-67.

島津光明・樋口俊男 (2008) カビを利用した松くい虫防除剤について. 山林 1484: 55-61.

富樫一巳 (1996) 松枯れをめぐる宿主-病原体-媒介者の相互作用 . ( 昆虫個体群生態学の展開 . 久野英二編 , 京都大学出版会 , 京都 ). 285-303.

ありません。一方、線虫寄生菌は、青変菌が先に広がっていても効果はありますが、伸長速度が遅いという欠点があります。そのため、いずれもマツの枯死後早い時期に接種する、あるいは労力の軽減を含めて種駒よりさらに良い接種方法を検討する必要があります。

6.おわりに 現在、筆者らは、媒介者カミキリに対する昆虫病原菌 B. bassianaと、病原体センチュウに対する兵糧攻め菌および線虫寄生菌の併用について、相乗効果を得るべくさらに研究を進めています。 また、マツ材線虫病の防除を成功させるためには、枯死木の駆除とともに健全木への予防が欠かせません。しかし、カミキリに対する B. bassiana不織布製剤は駆除的利用に限られ、現在のところ予防的に使える天敵微生物は見付かっていません。また、センチュウに対する兵糧攻め菌 Trichoderma sp. 3 および線虫寄生菌 Verticillium sp. に関しても、今考えられているのは駆除的利用方法です。病原体および媒介者のそれぞれに関して、予防的に利用できる菌類あるいは他の微生物を探索することが今後の課題となっています。

引用文献相川拓也 (2006) マツノザイセンチュウの伝播機構-どのように媒介昆虫へ乗り移りそして離脱するのか- . 日林誌 88: 407-415.

岸 洋一 (1988) マツ材線虫病-松くい虫-精説 . トーマス・カンパニー , 東京 , 292pp.

小林享夫・佐々木克彦・真宮靖治(1974)マツノザイセンチュウの生活環に関連する糸状菌(Ⅰ). 日林誌 56: 136-145.

小林享夫・佐々木克彦・真宮靖治(1975)マツノザイセンチュウの生活環に関連する糸状菌(Ⅱ). 日林誌 57: 184-193.

黒田慶子・伊藤進一郎(1992)クロマツに侵入後のマツノザイセンチュウの動きとその他の微生物相の変遷 . 日林誌 74: 383-389.

Maehara, N. (2008) Reduction of Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Parasitaphelenchidae) population by inoculating Trichoderma spp. into pine wilt-killed trees. Biological Control 44: 61-66.

Maehara, N. and Futai, K. (1996) Factors aff ecting both the numbers of the pinewood nematode, Bursaphe lenchus xy lophi lus

研究情報 2008年度 Vol. 8 №4平成 21年2月 20日発行

独立行政法人 森林総合研究所 東北支所 岩手県盛岡市下厨川字鍋屋敷 92-25 〒020-0123 TEL 019(641)2150 ㈹ FAX 019(641)6747ホームページ http://www.ffpri-thk.affrc.go.jp/

森林総研東北支所 研究情報 Vol. 8 №4 '09-2

Vol.8 No.4 2009Vol.8 No.4 2009 --22

独立行政法人

森林総合研究所 東北支所ISSN 1348-4125

研 究 情 報

病原菌の一種 Beauveria bassianaを利用してカミキリの幼虫および成虫を防除するための一連の研究を行ってきました。そして、この菌が脱出直後の成虫に有効であるという結果に基づいて開発されたこの菌の不織布製剤が、2007 年2月に脱出成虫の駆除を対象として農薬登録され、2008 年4月から製造販売されています。不織布製剤の有効性や開発の経緯の詳細については、島津・樋口(2008)をご覧下さい。 一方、センチュウに対する予防措置として、健全木への薬剤の樹幹注入があります。予防効果が高く、環境への悪影響の心配もありませんが、薬剤を注入するために空けた穴から腐朽菌が侵入してしまうことがあり、また薬剤が高価なため大面積での実施には不適であるという欠点もあります。センチュウの駆除措置に関しては、枯死木材内のカミキリ幼虫に対して用いる殺虫剤や燻蒸剤に殺線虫効果もあることが分かっていますが、先に述べたような問題点があります。そのため、筆者らは菌類を用いてセンチュウを防除するための研究も併せて進めてきましたので、ここではこちらについて説明します。

2.マツノマダラカミキリのマツノザイセンチュウ保持数 カミキリ成虫によってマツ枯死木から健全木へとセンチュウが運ばれることでマツ材線虫病が生じることはすでに述べましたが、カミキリが保持するセンチュウの数が皆無かあるいは非常に少ない場合には、マツは枯死しません。理論的には、センチュウ保持数が 1000 頭未満のカミキリはマツを枯らしにくいと考えられています

1.はじめに マツ材線虫病(いわゆる松くい虫被害)の病原体はマツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus)であり、その病原体をアカマツやクロマツ(以下マツと略記)の枯死木から健全木へと媒介するのがマツノマダラカミキリ(Monochamus alternatus)の成虫です。そのため、本病の防除対象としては、病原体「マツノザイセンチュウ」(以下センチュウと略記)と媒介者「マツノマダラカミキリ」(以下カミキリと略記)が考えられます。またその防除法は、大きく「予防」と「駆除」に分けられます。 本病を防除するために通常行われているのは、あらかじめ健全木の樹冠部に殺虫剤を散布しておくことで枝を摂食する(これを幼虫期の摂食と区別して後

こうしょく

食と呼ぶ)ために飛来したカミキリの成虫を殺す方法(予防散布)と枯死木材内のカミキリの幼虫を殺虫剤や燻蒸剤によって殺す方法(伐倒駆除)です。殺虫剤による防除は、効果が高く速い反面、生態系内の他の生物への悪影響や環境汚染を引き起こす可能性がゼロではありません。また、燻蒸剤は効果と安全性は高いですが、被害材をシートで密閉する必要があり手間がかかるとともに、急斜面などでは適用できないこともあります。このような現行の防除法の問題点に加え、少しでも環境への影響が少ない防除法が求められるという背景の下で、天敵や拮抗微生物を利用する生物的防除法(微生物を利用する場合は特に微生物的防除法ともいう)の開発が望まれてきました。そこで、筆者らは昆虫

前原紀敏 : 生物被害研究グループ■専門分野 : マツ材線虫病・森林昆虫

菌類によるマツノザイセンチュウの微生物的防除-「兵糧攻め制御法」開発の試み-

top related